後半シリアス。必要ないという方は翠屋を出たあたりで読み飛ばしてください。
それは願いを叶えた。そしてそれは今までの記憶と経験を放棄した。それは後のことを不安に思っていたのだが、きっと中のものがどうにかするだろう、そう判断していた。事実、残された魔力、本来は緊急用のものだが、それさえあれば人の一生程度は体を維持できるはずだった。
それが新たな意識を持ち、一年が経った。二人はまだ何かを願っていた。
そしてそれは、無意識のうちに願いを叶えた。
始業式。校長先生を始めとする先生方の話を聞いた後、生徒たちはそれぞれの教室へど戻っていく。もちろんシュウも今は自分の教室にいて、自分の席でぼんやりとしていた。この後はホームルームの後に下校ということになっている。
今日は何しようか。今はそればかり考えていた。明日からは授業がある。自然とシュテルたちと会う時間も減ることになる。今日のうちにできるだけ遊んでおきたいなと、そんなことを考えていた。
「ちょっと、聞いてる?」
隣からの声にシュウは我に返った。視線を投げると、アリサと目が合う。少々不機嫌そうだが、何かあったのだろうか。
「さっきから何度も呼んでるのに……」
「……ごめん、全然気づかなかった」
気づかなかったとはいえ、アリサを無視してしまったらしい。申し訳なく思い素直に謝罪をすると、アリサはまあいいけど、とそっぽを向いてしまう。
「ホームルームの後にみんなで翠屋に行くんだけど、あんたもどう?」
「へえ。でもどうして僕を誘うの?」
魔法を知った日以来、時折話をすることはある。だが仲がいいかと聞かれれば、どちらでもないと答える程度の間柄だ。それなのになぜ自分を誘うのだろうとシュウは首を傾げる。アリサが少し考える素振りを見せ、すぐに答えてくれた。
「ちょっと話をしたいだけよ。だめ?」
なるほど、とシュウはうなずきを一つ、アリサをよく観察する。シュウと視線が合うと、どうにも気まずそうな表情を浮かべ、すぐにそっぽを向いてしまう。次に、この会話を聞いているであろうなのはに視線を向けると、困ったように眉尻を下げた笑みを浮かべていた。
それらを見て、シュウは内心でうなずいた。聞いたのかな、と。ならば自分の口からしっかりと説明した方がいいようにも思う。ただ、それは今日でなくてもいいだろう。
「悪いけど、ちょっと別の用事が……」
「シュテルがケーキを焼いてくれるらしいわよ」
「行きます」
断る理由はなくなった。シュテルのケーキと聞いただけでよだれが出てくる。アリサはシュウの即答に唖然としていたが、やがて噴き出すように笑い出した。
「じゃあまた、ホームルームの後で。ちゃんと待ってなさいよ」
「了解です」
シュウの返事に、アリサも満足そうにうなずいた。
翠屋の隅の席でシュウたちは陣取っていた。ホームルームの後はまっすぐにここに来ている。途中でシュテルと合流するのだろうかと思ったが、結局ここまで来る間では会っていない。なのはたちの話では、後から来るとのことだった。
「お待たせ」
なのはがカウンターの方からこちらへと歩いてくる。その手にはお盆があり、人数分のケーキとジュースが載せられていた。
「言ってくれたら手伝ったのに」
重そうに運んできたなのはにシュウが言うと、なのははこれぐらいなら、と首を振る。そして並べられるケーキ。無難にショートケーキだ。
「ごめんね、シュウ君。シュテルはもうちょっとかかるみたいだから、とりあえずはこれで我慢してほしいな」
なのはの申し訳なさそうな言葉に、気を遣わなくていいのにと思いながらもシュウは苦笑でうなずく。なのはが席に着いたところで、皆で手を合わせてフォークを持った。ケーキを切り取って、口に運ぶ。しっかりと味わって、シュウは思わず笑顔になった。
「うん。おいしい。さすがシュテル」
シュウ以外の全員がぎょっとしたように目を剥く。何をそこまで驚くのかと怪訝に思うが、今は目の前のケーキをもっと味わいたい。二口、三口と食べ進めていく。
「よく分かったね、シュウ」
フェイトの言葉にシュウは不思議そうに首を傾げた。どういう意味かが分からない、といった様子で。それを見た面々が呆れたような、しかしどこか羨ましそうな表情になる。
「お口に合ったようで何よりです」
カウンターから出てきたのはシュテルだ。桃子に会釈をしてからこちらへと歩いてくる。空いている席、シュウの隣に座った。
「どうして分かったの?」
興味深そうに聞いてきたのはすずかだ。シュウはどうしてと聞かれても、と少し困惑してしまう。だが言われてみれば確かに微妙な違いではあるので、分かりづらいものでもあるのだろう。
「味がちょっと違うから」
シュウがそう答えると、なのは以外の全員が首を傾げた。
「いつもの翠屋のケーキやと思うんやけど、ちゃうの?」
「うん。ちょっと甘さ控えめ。僕好みの甘さ」
皆が一斉にケーキを口に運び、なるほどとうなずいた。
「言われてみれば確かに……。でもこれ、言われないと分からないわよ」
「僕がシュテルのケーキの味を間違うとでも?」
「……あ、そう」
一瞬言葉を失い、すぐにやれやれとアリサが首を振る。見れば他の面々もシュウの言葉に苦笑していた。理由が分からず助けを求めてシュテルの方を見ると、いつもの無表情でお茶を飲んでいた。一連の会話には最初から興味がなかったらしい。
ふと気づく。シュテルの前にはお茶のコップがあるだけで、ケーキはない。
「シュテル。ケーキは?」
「お気になさらずに」
「…………。じゃあ、はい」
シュウは最後の一口になっていたケーキをフォークで刺してシュテルの目の前へと持っていく。あまりに自然な行動に唖然としていたなのはたちだったが、こちらも自然とそのケーキを食べたシュテルを見て完全に絶句してしまった。
「……ふむ。まだまだ改善の余地がありますね。桃子さんに教えを仰ぎましょう」
「相変わらず自分に厳しいなあ……。おいしいと思うけど」
「光栄です」
そんなやり取りが交わされる。二人そろって飲み物を飲み、そろって一息つく。それを見ていたなのはたちは、顔を真っ赤にして黙々とケーキを食べ始めた。
「結局この間のこと聞けてないし! 直接ちゃんと聞こうと思ってたのに!」
翠屋から出たアリサが叫ぶ。まあまあ、とすずかが宥め、なのはとフェイト、はやては苦笑していた。
「この間のことって、封印関係だよね。なのはたちから聞いてないの?」
「まるで他人事ね……。一応聞いてはいるけど、詳しくは本人からって」
シュウは内心で得心した。どうやらなのはたちは自分に気を遣ってくれたらしい。あまり勝手に話していいものではないと判断してくれたのだろう。心の中で感謝しつつも、別にいいのにとも思ってしまう。シュウはどう説明しようかなと考えるが、
「……うん。別に気にしないから、なのはかフェイトかはやて。よろしく」
「シュウ君がそれでいいなら……。じゃあ、アリサちゃん、すずかちゃん。あとでまた教えるね」
なのはの言葉にすずかは素直にうなずいたが、アリサはどこか納得のいかない表情をしていた。だがシュウ自身、あまり自分で語りたいことでもないのは確かだ。アリサもそんなシュウの心情を察したのか、それ以上は何も言ってこなかった。
その後は他愛ない話をしながらのんびりと歩く。この後は、なのはたちは一度解散して各自で昼食を取り、また集まる予定らしい。シュウもそれに呼ばれたのだが、さすがにそれは辞退した。女の子たちの中に男一人だけというのは、これでも結構恥ずかしいものがある。
楽しげに会話をしながら歩いて行く。シュウもそれに時折加わる。シュテルの方は無言だったが、なのはたちの会話はしっかりと聞いているようだった。
普通の学校生活。普通の登下校と友達との会話。今はそれが何よりも嬉しい。ここにいて良かったと実感できる。自分に関しては少し普通ではない部分もあったが、シュテルがいれば普段通りの生活ができる。それがとても嬉しい。
――ずっとこの生活が続けばいいのに。
幸福感に包まれながらそんなことを思った時だった。
「あれ、見ない子だね」
「ほんまやな。車椅子で大変そうやな」
「いやそれはやてもだから……」
「そうやった」
反対側からこちらへと来る子を見てそんな会話が交わされる。その会話を、シュウは一切聞いていなかった。視線はその車椅子の子に釘付けになっている。シュウは大きく目を見開き、顔を青ざめさせ、立ち止まって凍り付いていた。
「シュウ君?」
シュウの異常に気づいたのだろう、すずかが振り返って首を傾げてくる。だがシュウにはそんな声すら届いていない。ただただ車椅子の子を見つめるばかりだ。
シュテルも険しい表情をして車椅子の子を見ていた。真剣みを帯びたその表情に、遅れてシュウたちに気づいたなのはたちは首を傾げるしかない。一体どうしたのか、と。そしてその答えは、すぐに出されることになる。
「やっと見つけたよ。ちゃんと家にいてくれないと、困るじゃない」
いつの間にか車椅子の子が目の前まで来ていた。誰かの知り合いかとなのはたちはお互いを見るが、誰もが首を振るばかり。ただ二人、シュウとシュテルを除いて。
「久しぶりだね、お兄ちゃん」
その言葉に、なのはたちが一斉にシュウを見る。その瞳の色は様々だったが、ほとんどが困惑と心配によるものだった。シュウは車椅子の子、妹の言葉で我に返る。頬を引きつらせながら、妹をしっかりと見る。
「……ああ、久しぶり、文花」
文花と呼ばれた少女がゆっくりと笑顔を浮かべる。その笑顔を見て、なのはたちですら一歩を引いて凍り付いてしまった。
Side:Stern
西崎文花。西崎ケインと西崎さくらの実の子である。魔力資質を持ってはいるが、両親の意向により魔法の存在は徹底的に伏せられている。
以前、シュウの両親を調べた時に彼の妹についても記載があった。だがその時は関係がなかった上に、魔法との関わりも持っていなかったようなので一切気にしていなかった。シュウの実家で顔を合わせた時はさすがに驚いたものだが。
せめてもう少し、シュウの両親から話を聞いておけばよかったと今になって後悔する。これほどの表情を見せられるとは思ってもみなかった。
親愛。憎悪。殺意。様々な感情がない交ぜになった少女の笑顔は、とても凄絶なものだった。ただの人間にこのような表情ができるとは思いもしていなかった。それだけ、この少女が持つシュウへの感情は強いものなのだろう。
良くも悪くも。
「友達と一緒に帰っておしゃべりだなんて、気楽だね」
笑う。嗤う。凄絶に嗤う。
「お兄ちゃんと話をしに来たよ。……逃げないよね?」
少女の言葉に、シュウはゆっくりと、とても長いため息をついた。
シュテルはそんなシュウの手を、誰にも気づかれないようにそっと握った。
ついに登場、妹様。今回のプチストーリーの中心です。
名前は「フミカ」というのは決めてあったのですが、漢字は書いている時に決めました。
……後悔しないことを切に願います……。
サブタイトルが「第一話」といった数字だけの時は基本的にシリアスです。
ほのぼののみをお求めの方はこれらを避けてくださいませ。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。