文花と部屋で話をした翌日。今日も当然ながら学校がある。起床したシュウは文花との会話を思い出し、陰鬱な気分になってしまう。今は考えるのをやめようと首を振り、顔を洗って制服に着替える。準備を終えたところで、シュウはシュテルたちの部屋へと向かう。
自分の部屋の鍵をしっかりとかけて、次は別の鍵でシュテルたちの部屋の扉を開ける。リビングに向かうと、すでに朝食が並んでいた。バターの塗られたトーストにコーンスープ。珍しく洋食だ。
「起きたか、シュウ」
いすに座っていたディアーチェがシュウに気づき、顔を上げる。ディアーチェの声でレヴィとユーリも振り返り、笑顔で挨拶をしてくれる。
「おはよう。待たせちゃったかな?」
「いや、今用意を終えたところだ。シュテルは飲み物を用意している」
ディアーチェの言葉を聞きながらシュテルの姿を探すと、すかさずディアーチェがそう言ってきた。シュウは恥ずかしそうに頭をかくと、自分の席に座った。
平日の朝食は六時半だ。引っ越しをしてから毎日朝食に呼ばれているのだが、おかげで早起きの習慣がついた。
「シュウ。おはようございます」
シュテルの声に振り返ると、キッチンからシュテルが出てくるところだった。手には人数分のコップ。注がれているのはミルクだろうか。それらをシュテルは並べると、席についた。
「ではいただくとしよう」
皆で手を合わせ、いただきますと食べ始める。少し焦げ目のあるパンは焼きたてのようで、かりかりしていてとても美味しい。
「そう言えば、いつもお米なのに今日はパンなんだね」
シュウがそう言うと、ディアーチェは渋い顔をしてレヴィを睨む。う、と短い声を上げて、レヴィは視線を逸らした。
「こやつが炊飯器のタイマーを入れ忘れたのだ。すまぬな、シュウ」
なるほど、とシュウはうなずく。最初はいつも通りの和食の予定だったらしい。
「いや、僕はどちらかと言えば和食なだけで、パンも好きだから」
頬張りながら、頬を緩ませるシュウ。それを見たディアーチェは、そうかと短く答えただけだった。その表情がどこか安堵したようなものになっていることをシュウは見逃さない。
「もしかして、いつも僕のために? ごめんね」
「む……。自惚れるでない。たまたまだ」
ディアーチェは頬を赤らめ、顔を逸らす。素直ではないがディアーチェは分かりやすい。
「ありがとう、ディアーチェ」
「……ふん」
ディアーチェが鼻を鳴らして食事を再開する。シュウもそれに倣って手早く食べていく。やっぱりディアーチェは優しいなと、そんなことを思いながら。
朝食後はシュテルと一緒に食器を片付け、そして学校に向かう準備をする。シュテルたち四人はこれから今日の予定を話し合うはずだ。休日はシュウも一緒に聞くのだが、平日は仕事の話も多いだろうと思いいつも早めに学校へと向かう。
「それじゃあ、行ってきます」
支度を終えてリビングに集まっている四人に言うと、四人がそれぞれ挨拶を返してくれる。挨拶をすれば挨拶を返してくれる、その当たり前のことがとても嬉しくて、シュウはそれだけで笑顔になれた。
毎朝の学校での日課。それは二度寝。シュウが登校する時間ではまだほとんどのクラスメイトが登校していないので話し相手もおらず、いつも自分の席で寝息を立てている。シュウの後に登校してきたクラスメイトたちも、朝だけはシュウをゆっくり寝かせてやろうと決めているのか声をかけてくることはない。
ただ、今日だけは例外だった。まだチャイムが鳴っていないというのに肩をを揺すられ、シュウは億劫そうに顔を上げる。そして少し驚いたように目を見開き、すぐに表情を和らげた。
「おはよう、なのは。どうしたの?」
そこにいたのはなのはだ。なのはの仲の良いメンバーが側にいないが、きっと聞き耳を立てているのだろう。
「おはよう、シュウ君。えっと……。昨日のことなんだけど……」
なのはが言いづらそうに話し、シュウはああ、と苦笑する。
「文花のことは忘れていいよ。あれは僕と妹の問題だから、なのはたちが気にすることじゃない」
「うん……。で、でも! 私たちで良ければ、いつでもお話は聞くから……! だから、元気出してね」
優しいなと思う反面、この子は将来苦労しそうだなとも思う。文花のことは本当にこちらの兄妹の問題だ。そんなことまで気にする必要はないだろうに。ただ、これがなのはたちの良いところでもあるのだろう。
「ありがとう、なのは。みんなにもそう言っておいて」
「うん!」
なのはがうなずき、自分の席へと戻っていく。そこにはやはり、こちらの様子をうかがっているいつものメンバーがいた。シュウが小さく手を振ると、全員そろって微苦笑を浮かべる。我ながら良い友人に恵まれたものだなとうっすらと自嘲した。自分のような人間に、と。
ホームルームが終わり、授業が始まり、そして終わっていく。気がつけば昼休みだ。まだ誰かと食べる気分にはなれないので、シュウは自分の席で一人で弁当を広げる。シュテル手作りのもので、家を出る時に渡されたものだ。最近の学校での一番の楽しみがこの弁当になっているような気がする。
その弁当に舌鼓を打っていると、聞き慣れた、聞きたくない声がかすかに聞こえてきた。
「すみません、西崎先輩はいらっしゃいますか?」
シュウの頬が引きつる。なぜここに、と思いながら教室の出入り口を見る。クラスメイトが先ほどの言葉の主である少女を連れてくる。少女の車椅子を押しながら。シュウの側まで来ると、少女が小さく頭を下げた。
「……どうしてここに……」
思わずそんな声が出る。少女は、文花は楽しそうに嗤った。
「そんなこと言わないでよ、お兄ちゃん。せっかく遊びに来たんだから」
文花の言葉を聞いて、周囲のクラスメイトが目を丸くする。妹がいたのか、という言葉もかすかに聞こえてくる。シュウはそんな周囲の反応に戸惑いつつも、文花の服装を見て驚いていた。この学校の制服だ。
「転校してきたんだよ。お兄ちゃんに会いたかったから」
おお、という周囲の反応。いつの間にか、教室中のクラスメイトたちがシュウと文花の会話に耳を澄ませている。
「そっか、よく転校できたね。編入試験だっけ? あれは?」
「これでも成績は良い方だから。あの程度なら簡単だよ」
その言葉にクラスメイトたちの笑顔が固まる。簡単か、とシュウも苦笑せずにいられない。結構難しいと聞いたことがあるのだが。
「だってこの足だからね。勉強しかすることがないし」
墓穴を掘った、とすぐに悟った。シュウは、そうだね、と答えることしかできない。それ以上の言葉を続けることができない。
「父さんと母さんは?」
「ほとんどお仕事。でも私が家にいる時は必ずどちらかがいてくれるよ。お兄ちゃんと違って」
にっこりと笑顔になって言ってくる。容赦なく責めてくることに少しだけ安堵する。それでいい、と。ただ、できれば。
「お兄ちゃんは、本当に何もしてくれないね。私から足を奪った張本人のくせに」
こういったことをここで、しかもわざわざ声量を上げてまで言わなくてもいいだろうに。
案の定、周囲からは驚愕と困惑、軽蔑の視線が突き刺さった。シュウは疲れたようにため息をついて、小さく首を振る。自分が選んだ道とはいえ、まさか学校にまで来るとは思わなかった。
だが、それでもいい。この妹が正しく生きるためなら、自分は喜んで学校生活を捨ててしまおう。いくらでも悪役になってやる。そう決意し、シュウは嘲笑を浮かべた。
「それで? そんなくだらないことを言いに来たのかな?」
文花が目を瞠る。クラスメイトたちもシュウらしからぬ発言に驚き、困惑しているのがよく分かる。しかしシュウは言葉を止めない。それでクラスメイトが敵になったとしても、友達が一人もいなくなったとしても、それで構わない。
「文花の人生は僕に関係ない。がんばれ、ぐらいは言っておくけど、気が済んだらさっさと帰るんだよ」
シュウは文花から視線を逸らすと、昼食を再開した。その様に文花が嫌悪と憤怒の入り交じった眼差しを向けてくるが、シュウは気にもとめない。すでにそこにいないかのように、文花を無視して食事を続ける。やがて文花は何も言わずに、出入り口へと戻っていく。
シュウを見る周囲の視線が軽蔑と嫌悪のものになっているが、シュウは甘んじてそれを受け入れる。横目で文花を見ると、文花の友達だろうか、下級生が迎えに来ていた。言葉を交わす文花の表情は、先ほどと違って自然なもので、とても柔らかい。優しい笑顔だ。
――うん。これでいい。
一人満足して、シュウは薄く微笑んだ。
Side:Nanoha
なのはたちが屋上で昼食を取り、教室に戻ってくると、雰囲気が出る前とがらりと変わっていた。張り詰めるような緊張感が漂っている。同じことを感じ取ったのか、誰もが目を丸くしていた。
「何かあったの?」
フェイトが側の男子生徒に聞くと、先ほど起こったこと、シュウと文花の会話を詳しく教えてもらった。それを聞いて、なのはは悲しい気持ちになった。シュウはたった一人のために、生活の半分以上を占める学校で孤独になる道を選んだ。どれほど辛い選択だっただろうか、想像すらできない。
説明を聞いたアリサがすぐにシュウのもとへと走る。シュウの机に前に立つと、シュウは少しだけ顔を上げ、首を傾げた。
「どうしたの? アリサ」
「どうしたのじゃないわよ! あんた、ね……」
アリサの声が尻すぼみになり、やがて消えた。シュウの視線に気圧されたと言うべきか。黙り込んだアリサに満足して、次にシュウはこちらを見てくる。しっかりとシュウと目が合い、そしてシュウの視線から意思を感じた。
何も言うな、と。
どうして、とは言わない。あまりにも悲しい選択だとは思うが、シュウの瞳からは断固とした決意を感じる。ここで自分たちが何か言うことは、シュウの気持ちを踏みにじることど同じだ。アリサもそう考えたのか、結局それ以上何も言わず、自分たちのところへと戻ってきた。
「シュウ君……」
周囲からの視線を受けるシュウは、しかしいつも通りの笑顔を見せる。欠伸をすると、机に突っ伏して昼寝を始めてしまった。
このことで自分にできることは何もない。そう思ったなのはは、せめてシュテルに連絡だけはしておこうと念話を送った。
Side:Stern
『わざわざありがとうございます、なのは。助かりました』
シュテルはなのはとの念話をその言葉で終えた。どうしたものかと考えるが、学校のことで自分にできることは何もない。学校にすら行ったことがないのだから。
――せめて、夕食はシュウの好きなものを用意しましょう。
シュテルはそう決めると、買い物に行くために立ち上がった。
夕方、帰宅したシュウがいつものように自宅での風呂を終えてこちらの部屋へと入ってくる。シュテルもいつものようにシュウを招き入れると、夕食の準備を始めた。
リビングでのいつもの夕食。いつも通りの夜。レヴィが騒ぎ、ディアーチェが怒り、ユーリが笑う。本当にいつも通りだ。その光景を、シュウはいつも以上に楽しそうに眺めていた。
「シュウ。大丈夫ですか?」
思わずそんな言葉が出ていた。シュウは一瞬怪訝そうに眉をひそめたが、すぐに納得したのか何度かうなずく。
「なのはから聞いたの?」
「はい。昼頃に念話を受けました」
「そっか。うん、大丈夫だよ。気にしないで」
そう言うシュウの笑顔はいつも通りのもののようにも見える。だがその笑顔が作られたものだとすぐに気がついた。しっかりと見てみれば、今にも泣き出しそうな気配がある。かなり無理をしているのだろう。
「シュウ……」
声を掛けると、シュウは苦笑した。鋭いなあ、と。
「帰ってきたらみんながいる。今の僕には帰る場所がある。それだけで……十分だよ」
それ以上はシュウは何も言わなかった。食事を再開し、家族との会話に花を咲かせる。その横顔はとても幸せそうだ。
よくない傾向だとは思う。シュウは妹を優先するあまり、自分のことを蔑ろにしすぎている。例え妹がそれで正しく生きていけたとしても、シュウの心が壊れかねない。それは、嫌だ。心の底からそう思う。
だがシュテルが手を出すことはできない。魔法のことならともかく、文花はこの世界で生まれ、この世界で生きている一般人だ。魔力を持っているとはいえ、自分が関わることはできないだろう。そのことをとても悔しく思う。自分は無力だと思ってしまう。せめてシュウの隣にいよう、そう考え、シュウの手を握る。
そんなシュテルの心情を知ってか知らずか、シュウはわずかに驚きつつも、どこか照れくさそうに微笑んだ。
読み直して思います。なんだこれ、と。
妹様が学校に乱入、のお話でした。
本文では触れませんでしたが、両親は実家と妹様の家を交代で回っています。
転移魔法超便利! そんな感じで……?
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。