ギフテッド   作:龍翠

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シリアス警報、ですよー!
※感想欄での指摘を受け、一部修正しました。修正内容は後書きに記載しております。


第四話

 文花が転校してきてから一週間が過ぎた。文花は毎日のようにシュウのクラスに顔を出す、というようなこともなく、あの一件以後は平穏に過ごしている。だがそれでも、シュウはクラスで孤立していた。あの日以来、シュウに話しかけてくる者はかなり少なくなっている。事情を知っているなのはたちと、友人が一人。ただシュウ自身がほとんど会話に応じようとしないので、なのはたちもそれを察してか積極的に話しかけてくることはない。

 今日も特に何かがあるわけでもなく、普段通りに授業を終えた。

 放課後はいつも通りに自宅へど戻り、いつも通りにシュテルたちと食事を取る。普段と変わらない日常だ。嵐の前の静けさ、とも取れるが、それでもシュウは満足だった。

 

 ある日の放課後。ホームルームを終えて、シュウはすぐに帰り支度を済ませる。さあ帰ろう、と席を立ったところで、

「お兄ちゃん。遊びに来たよ」

 来たか、とシュウの表情は自然と冷たくなった。振り返ると、文花が笑顔で自分を見上げていた。小さくため息をついて、いすに座り直す。気がつけば、いつの間にか教室が静まりかえっていた。やれやれと小さく首を振りながら、文花を見る。

「なにしに来たのかな?」

 シュウの言葉に、文花は笑顔を崩さない。

「お兄ちゃんとお話をしに来ることは、いけないこと?」

「……問題ないね。うん。何の話かな」

 わざと明るい声を出す。文花もどことなく嬉しそうだ。

「そろそろお兄ちゃんに帰ってきてほしいなって。だめ?」

「だめ」

「やっぱり?」

 くすくすと楽しそうに嗤う。自分の答えが変わるわけがないと分かっているだろうに、なぜこの妹は何度も聞きに来るのだろうか。そう考えていると、不意に文花の笑い声が止まった。じっとこちらを無表情に見つめてくる。

「ねえ、お兄ちゃん……」

「シュウ! 一緒に帰ろうぜー!」

 唐突な大きな声。シュウが驚いて目を見開き、文花はびくりと体を震わせる。シュウが教室のドアを見ると、そこにいたのは別のクラスの友人だった。茶色の髪の少年で、カバンを肩に担いでいる。へらへらとした締まりのない笑顔が特徴の、シュウの海鳴市での最初の友人。

「あれ? なんやこの空気。俺、タイミング間違った?」

 友人は教室を見回して困ったような声を漏らすが、笑みは変わらない。まいったなー、とやはり笑い続ける。

「まあどうでもええわ。帰るで、シュウ」

 友人がシュウの席まで歩いてくる。そしてシュウのカバンを掴むと、さっさろ歩いて行ってしまう。シュウは慌ててその背を追おうとして、

「……ごめん」

 文花に小さな声で言う。聞こえてはいないだろう。最後に少しだけ見えた文花の表情は、感情のない無表情だった。

 友人に追いついて、二人で並んで廊下を歩く。途中で友人にカバンを返してもらい、ありがと、と礼を言っておく。友人はやはり笑顔だった。

「さっきのが噂のシュウの妹やな?」

 友人の問いかけに、シュウは神妙な面持ちでうなずいた。この友人は文花のことをどう見たのだろうか。できれば、あまり悪い印象を持っていてほしくはないのだが、そんなシュウの心情など知らずに友人が言う。

「いやあ、可愛い子やったな! なあ、シュウ。紹介してくれへん?」

「……君はいつも通りだね。安心するよ」

「あっはっは。俺はみんなの癒やしやからな!」

 自分で言うなよ、と笑い合う。学校では孤立しつつあるシュウだが、この友人は変わらぬ態度で接してくれる。シュウの事情など一切知らないというのに、それがとてもありがたく、嬉しかった。

 校門まで来て、友人が手を振る。また明日、と。シュウも手を振って、友人と別れた。

 

 自宅で荷物を置いてシュテルたちの部屋に向かう。今日は全員がリビングにいた。台所からはカレーのいい匂いが漂ってくる。食欲がそそられる。

「シュテるん、ちょっとだけ……」

「だめです。夕食の時間まで我慢してください」

「ぶー」

 会話の内容から、レヴィがカレーのつまみ食いをお願いしているのだろう。相変わらずだなと思いつつ、シュウは自分の席に座った。

「おかえりなさい、シュウ」

「ただいま、シュテル」

 挨拶を交わした後、シュテルがお茶を入れてくれる。礼を言って受け取り、のどを潤す。冷たくて美味しい。

「ねえ、シュテるん」

「だめです」

「うー……」

 シュウから見て二度目のやり取り。レヴィは何度もキッチンの方を見てうずうずとしている。だが何度頼んでも無理だと悟ったのか、レヴィは唐突に立ち上がると部屋を出て行こうとする。

「レヴィ、どこに行くの?」

 シュウが聞いて、レヴィが答える。

「遊びに行ってくる! お腹を空かせてくる!」

 そう言って玄関へと向かってしまった。シュウは座ったままそれを見送り、苦笑してしまう。

「まったく、あやつは……」

 ディアーチェの声が聞こえ、

「でもレヴィらしいですよ」

 そんなユーリの言葉。二人とも表情は柔らかい。今日に限らず、何度もあった会話でもある。今更驚くようなことでもない。ただ、少し思うのは、

「少しぐらい味見させてあげればいいのに」

 そうつぶやく。シュテルは少し顔を上げて、肩をすくめた。

「そうですね。帰ってきたら、小皿で少しだけ出してあげましょう」

 そうしてあげて、とシュウが言うと、シュテルは静かにうなずいた。

 

 

 Side:Levi

 公園の子供たちとひとしきり遊び、皆が帰るのを見届けてレヴィも家路につく。そろそろ夕食の時間でもある。今日はカレーなのでとても楽しみだ。自然と足が軽くなり、スキップしてしまう。不思議な音程の鼻歌を歌いながら家へと急ぐ。

「待って」

 背後からの声に、レヴィは足を止めた。振り返ると、そこにいたのは車椅子の少女だ。シュウに写真を見せてもらったので、この少女が誰なのかはすぐに分かった。

「シュウの妹、だよね。ボクに何か用?」

 シュウとの関係は聞いているが、自分との繋がりはないはずだ。首を傾げて問いかけるが、文花は何も答えずにレヴィを見つめ続ける。意図も目的も分からないので、レヴィはどうしたものかと反応に困ってしまう。

「何も用がないなら、ボクは行くけど……」

 そこまで言ったところで、自分の頬を何かがかすめていった。レヴィの頬に傷が生まれる。レヴィはしばらく黙り、文花をじっと見る。

 文花の手に握られているのは黒いカード。それを起点として魔力が渦巻いている。おそらくはデバイスか。シュウの両親が魔導師なら、その娘が魔力を持っていても不思議ではない。デバイスを持っている理由も、自分を襲う理由も分からないが。

「貴方たちが、お兄ちゃんを惑わしているんでしょう?」

 文花の声。レヴィは首を傾げる。惑わすとはどういうことか。

「貴方たちさえいなくなれば、お兄ちゃんを縛るものはなくなる。私に従ってくれる。違う?」

 何を言っているのかいまいちよく分からない。だが自分が何を言おうとも、この少女は納得しないだろうことは何となく分かる。レヴィはデバイスを展開すると、瞬時に結界を張った。得手としている魔法ではないため規模はそれなり程度だが、二人だけの戦いなら十分だろう。

「うん。少しだけ遊んであげる」

 朗らかにそう言い、バルニフィカスを構える。文花の表情が一瞬怯えたような表情になるが、すぐに引き締まったものになりデバイスとバリアジャケットを展開させていく。そうして展開されたデバイスの形状は、鎌。バリアジャケットは黒いローブ。展開が終わると同時に、文花の体がゆっくりと浮く。

「おお。すごい! かっこいい!」

「あ、ありがとう……」

 少しだけ照れたような表情を浮かべ、すぐにはっとしたように表情を引き締める。あの一瞬の照れ笑いが素の性格なのだろう。

「借り物のデバイスなんだけどね」

「あれ? そうなの? まあどっちでもいいけど」

 お互いにデバイスを構える。張り詰めたような緊張感が場を支配する。この緊張感が、レヴィにとっては心地いい。さて、どう戦おうかと考えを巡らしたところで。

 家族の顔を思い出した。シュウの顔を思い出した。シュウの悲しげな表情を思い浮かべてしまった。

 ――……そう、だよね。

 家族とは大切なものだ。レヴィもシュテルやディアーチェたち、家族を傷つけられると悲しいし当然怒る。なら、今ここで文花と戦ったとすればどうだろうか。

 シュウの悲しげな表情を連想する。もしかすると嫌われるかもしれない。それだけは、嫌だった。

 だから、文花がこちらへと向かってくると分かっていても、レヴィはデバイスを下ろした。自分らしくない、と思いつつも、文花の魔力が込められた一撃を、抵抗せずに受け止めた。

 新しい家族に、シュウに嫌われないようにするために。

 

 ただ、気づくべきだったのは、シュウにとってレヴィもまた大切な家族だったということか。

 

 地に伏したレヴィを見下ろす文花は、蒼白になっていた。なんで、どうして、と中身のない疑問ばかりを口にしている。やがて文花は自分のデバイスに向けて叫んだ。

「非殺傷設定っていうのがあるんじゃなかったの!」

 次に聞こえてくるのは少し低めの女の声。それがデバイスの音声なのだろう。

「はい。非殺傷設定はあります」

「じゃあどうして……! この人、今にも……!」

「設定していません。非殺傷設定があるとは言いましたが、設定しろとは言われておりません」

「なに、それ……」

 愕然とした文花の声。なるほど、とレヴィは理解する。文花の目的は自分たちを脅してシュウから遠ざける、というものだったのだろう。殺傷設定だったのは偶然ということか。

「どうしよう、私、私が、殺し……」

 どうやら文花は自分たちの事情も知らないらしい。

 ――まだ生きてるんだけど。ちょっと駆体の維持は難しいけど。

 心の中で苦笑して、しかし声には出さない。レヴィは自分の家族へと念話を送る。内容は単純、駆体の再起動をするからご飯はいらない、と。

「おめでとうございます」

 デバイスの声が再び聞こえる。レヴィはそちらへと意識を向ける。

「何が!」

「これでお兄様と同じですね。同じ人殺しです。おめでとうございます」

 これがデバイスの言うことか。主人を責める発言をして。だが、そう言えば文花は借り物のデバイスだと言っていた。なら主人と思われていなくても当然かもしれない。

「人殺し……。私、が……?」

「ええ、そうですとも」

 文花はしばらく何かをぶつぶつとつぶやいていたようだが、やがて狂ったように笑い出した。笑い声は周囲の空気を振るわせる。狂ったような哄笑。

「あはは、あはははは!」

 文花がきびすを返す。レヴィに背を向けて歩き始める。

「殺しちゃった! 私が、殺した! あはははは!」

 笑いながら文花は歩いて行く。心が壊れた少女はそのまま歩き去って行く。レヴィは黙ってそれを聞いている。

 後悔と悲しみの哄笑を最後まで聞いていた。

 

 

 Side:Stern

 レヴィの念話を受け取った時、シュテルはシュウとともに、帰りの遅いレヴィを迎えに外に出たところだった。レヴィにどういうことかと念話を返すが、返事がない。何があったのかと不安が心を支配する。

 唐突にシュウが足を止めた。遅れてシュテルも足を止めて、そしてそれを見た。

 倒れて動かない、大きな傷を負ったレヴィを。

「レヴィ!」

 シュウとシュテルが駆け出し、すぐにレヴィのもとにたどり着く。二人がレヴィの顔をのぞき込むと、レヴィがゆっくりを目を開いた。

「やっほ、シュウ。どうしたの? なんで泣いてるの?」

 レヴィの声はいつも通りだ。だがその体は全く動かない。

「ど、どうしよう! 病院? 救急車? アースラに連絡した方が……!」

 混乱するシュウをシュテルは手で制し、レヴィをしっかりと見る。レヴィもシュテルをまっすぐに見つめ返してきた。

「駆体の再起動、とのことでしたね。大丈夫ですか?」

「うん。平気。あ、でも早く帰りたいから手伝ってほしいかも」

「分かりました。私から王とユーリにも伝えておきます」

 よろしくー、とレヴィが笑う。こんなことになってもこの子はいつも通りだ。

「それで、レヴィ。何があったのですか?」

「別に? ちょっと文花って子と遊んだだけだよ」

 そうですか、とシュテルは目を伏せた。シュウは大きく目を見開き、絶句している。シュテルはレヴィの頭を撫でると、優しい声音で言った。

「後ほど、念話で構いませんので詳しいことを教えてください」

「うん。それじゃあそろそろ、行くね」

「はい。行ってらっしゃい、レヴィ」

 レヴィが笑い、ゆっくりと体が溶けていく。そしてあっという間に光の粒子となり、消えてしまった。シュテルは小さくため息をつき、そしてシュウはレヴィが消えてしまった場所をいつまでも見続けている。

 シュテルはそんなシュウへと声をかける。

「心配しないでください、シュウ。レヴィは駆体の再起動をするだけです。すぐに戻ってきますよ」

「……そっか」

 シュウが静かに立ち上がる。それにシュテルも続き、こっそりと深呼吸した。いくらシュテルでも、家族に手を出されて怒らないわけがない。内心では激しい怒りを感じているが、今ここで自分が動けばレヴィの行動の意味がなくなる。だからこそ、ひとまずは王とユーリに相談しよう。

 帰りましょう、とシュウを見て、シュテルは息を呑んだ。

「ちょっと用事ができた」

 そう言うシュウの表情は、何もない。完全な無表情。喜怒哀楽のどれもが感じられない、人形めいた表情になっている。だが、なぜかその表情を見ているだけで背筋が冷たくなってくる。

 今更ながら、シュテルは気づく。シュウは感情をはっきりと見せてくれるが、怒りだけは今の今まで見たことがなかったと。そして、これこそがシュウの怒りの表情なのだと。

 完璧なまでに感情を廃した表情のまま、シュウはシュテルにきびすを返した。そのまま歩き去って行く。

「シュウ! 待ってください!」

 呼ぶが、シュウは止まらない。歩いて行ってしまう。シュテルはわずかに迷ったが、一先ずシュウを追いつつ声をかけ続ける。返事を一切返してくれないことが、とても悲しく感じられる。

 今のシュウに何を言っても無駄だろうことを悟り、シュテルはディアーチェとリンディに念話を送った。

 

 

 静かに、されど激しく憤怒と憎悪の炎を燃やし、シュウは愚昧の元へと向かう。その体の中で、心の中で、誰かがため息をついていたことを、シュウには知る由もない。

 




レヴィーーーーー!
ちなみに、当然ながらまじめに戦えばレヴィが圧勝します。完封します。

初登場、主人公の友人。
プロットには初期段階から存在がいたのですが、今の今まで出番がありませんでした。
本当はこの友人を交えてあと二話ぐらいのんびりいこうかと思いましたが、さっさと物語を進めます。
そんなわけで、終わりへと向かうお話でした。
このプチストーリーも次話で終わりの予定です。
……その前に日常回を挟みますけども……。

あ、あとあと! たくさんのお気に入り登録ありがとうございます!
気づけば1000件という四桁になっていました!
嬉しくもあり、怖くもあります。恐縮しまくりです。
本当にありがとうございます。これからも暇つぶし程度で読んでいただければ幸いです。

誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。


※指摘を受け、一部修正しました。
修正内容は以下の通りです。(12/9)
・文花がデバイスの展開→同時にバリアジャケットも展開し、浮いている表現を追加。
 イメージは死神です。バリアジャケットがちゅうにまっしぐらですよ!
・シュテルがマンションに戻る→シュウについていき、ディアーチェとリンディに念話を送る表現を追加。

以上です。
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