ハロウィン
シュウは自分の部屋で、この日のために用意した服に着替えていた。この日のために、シュテルたちと一緒に買い物に行き、選んでもらったものだ。着替え終わったシュウの服装は、東洋の貴族のような服装に黒いマント、ついでに口には牙のようなものもつけている。
シュウは鏡の前に立ち、一つうなずいて言った。
「誰これ」
今日はハロウィン。なぜかこの地域ではハロウィンは盛大に行われている。街中にハロウィン関係の飾り付けが施され、仮装をした子供たちが家々を訪問している。今も耳を澄ませば、どこからかトリックオアトリート、という声が。
「シュウ! トリックオアトリート!」
「あ、レヴィか」
ドアを開けて入ってくるレヴィ。仮装はしている、と言えるのだろうか。バリアジャケットの衣装だった。
「レヴィはそれ?」
「うん。どう?」
「いや……。時折見てるから何とも……」
シュテルたちのバリアジャケットは見たことがある。だから今更驚きはしない。ただ少し残念だったのか、レヴィは口を尖らせた。
「あはは、ごめんね。はい、お菓子」
シュウがカップケーキを差し出すと、すぐにレヴィの顔が輝いた。受け取ってすぐに口の中へ。しばらく租借して、笑顔になった。
「うん! 美味しい!」
「そう? なら良かった」
シュウはビニール袋にカップケーキを丁寧に入れていく。数は二十個ほど。少し作りすぎたかもしれないが、残れば朝食にでもすればいい。用意を済ませ、シュウはレヴィに言った。
「お待たせ。行こうか」
「うん!」
レヴィと共に部屋を出て、鍵を掛ける。そして隣のシュテルたちの部屋へ。リビングではすでに準備を終えたシュテルたちが、思い思いに過ごしていた。
ユーリは黒い服に同色の三角帽子。魔女だろうか。ディアーチェは甲冑めいた衣装に黒色のマント。魔人、だそうだ。そしてシュテルは、猫耳。シンプルだ。
「おー……。ハロウィンって感じがしてきたね」
「それなりにな」
ディアーチェがうなずく。ただ少し恥ずかしいのか、まともに顔を見ようとはしてくれない。ユーリも帽子を目深にかぶってしまっている。シュテルだけが普段通りに本を読んでいた。
「シュテルは猫、なんだね。……えっと……」
うまく言葉が出てこない。こういった時はどんなことを言えばいいのかと悩んでしまう。シュテルは本を閉じると、さて、と立ち上がった。
「王。そろそろ向かいますか?」
「ん? ああ、そうか……。そうだな」
シュテルの言葉にディアーチェがうなずき、それを聞いていたユーリも立ち上がった。それぞれお菓子の入ったビニール袋を手に取る。それら全てに、シュテルとディアーチェの二人が作ったお菓子が詰められていた。
これから向かうのは八神家だ。先日、ハロウィンパーティをする、という連絡が本人からあり、こうして準備を整えていたのだ。仮装もしてきてな、ということで今の格好となっている。
「では行くか」
ディアーチェが言って、部屋を出て行く。シュウはしばらく呆然としていたが、やがて慌てて四人を追った。
――かわいい、て言いたかったんだけどね……。
なかなか言葉に出すのは難しいな、とシュウは小さくため息をついた。
八神家に到着したのは昼を少し過ぎてからだ。インターホンを押すと、シャマルが笑顔で出迎えてくれる。いらっしゃい、と招き入れてくれた。
リビングにはすでに参加者が揃っていた。八神家一同、そしてなのは、フェイト、アリサとすずかだ。テーブルにはすでにお菓子が並べられている。そしてやはりと言うべきか、全員が仮装をしていた。
アリサとすずかは童話に出てくるような騎士の衣装。はやては顔に控えめなメイクをしている。フランケンシュタイン、といったところか。フェイトは黒いローブの魔女姿。なのはは控えめで、そしてシュウの隣と被っていた。
「ナノハも猫ですか」
「うん。おそろいだね」
そうですね、とシュテルがうなずく。無表情ながらもどこか柔らかい印象を受ける。なのはもそれを分かっているのか、嬉しそうに笑っていた。
ちなみにヴォルケンリッターの面々は仮装していない。曰く、買い出し担当だからだとか。だがここに来るまでの間にも仮装している人が大勢出歩いていた。それを指摘すると、一瞬言葉に詰まり、大人の姿だと恥ずかしいんだ、としどろもどろになる。
「うん。大人も仮装してたよ?」
「ぐっ……!」
「うん。まあ無理にしろとは言わないし言えないから、これ以上はやめとくよ」
そう言ってシグナムから視線を逸らす直前、シグナムが安堵のため息をついていたのを見逃さなかった。追求はしなかったが。
「ところでシュウのそれは……。吸血鬼?」
問うてきたのはフェイトだ。いつの間にかディアーチェたちが持ってきたお菓子などをテーブルに並べている。シュウもすぐに手伝いながらうなずく。
「うん。仮装なんて初めてだからちょっと恥ずかしいね。変じゃない?」
「そんなことないよ、似合ってる」
フェイトの笑顔にシュウの頬が緩む。事前にこの姿を見ていたのはシュテルたちだけだったので、正直不安にも思っていた。
「それを選んだのはやっぱりシュテル?」
そう聞いてきたのはアリサだ。シュウはそうだよとうなずく。選ぶ時に希望を聞かれ、特にないけどあまり派手じゃないもの、と告げるとこれを選んでくれた。その時は派手だと思ったものだが、周辺の仮装を見ると十分控えめだった。
「準備完了や! じゃあ始めよか!」
はやての言葉で皆がお菓子を食べ始める。それぞれ菓子を選び、会話を弾ませていく。
――お菓子があるだけで普段と変わらないような。
そう思ったが、口には出さずに心の中にしまった。
「これが今日の自信作! 王様、勝負や!」
はやての声。その向かい側のディアーチェが鼻を鳴らす。
「来ると思っていたぞ。我はこれだ!」
ディアーチェもテーブルには出さずに取っておいたお菓子を出した。二人が同時に新たなお菓子をテーブルに出し、全員の注目を集める。見守られる中で、はやてとディアーチェの二人はお互いのお菓子をまず観察した。そして次に、お互いに一口ずつ頬張る。
「ふむ。なるほどな。見た目はただのケーキだが、カボチャの風味がしっかりと効いている。カボチャのほのかな甘みがなかなかに……」
「王様のは見た目からすごいなあ。カボチャの皮を器にしてるんやね。中に入ってるのもカボチャをしっかりと使った……」
ある意味二人の世界だ。この会話についていけない一同は苦笑しつつ少し距離を取る。
「あれは少し時間かかりそうだね……。今のうちにちょっと買い物に行ってくるよ」
シュウがそう言って玄関へと向かう。それを聞いたシグナムたちが自分たちが行こう、と言ってくれるが、シュウは困ったように首を振った。
「気分転換もしたいんだ。……あとちょっと察してほしいかな」
実は結構居心地が悪かったりする。これははやてたちが悪いなどというわけではなく、単純にシュウの問題だ。理由は単純。女の子ばかりに囲まれて、男は自分一人だからだ。友人が聞けばきっと羨ましがるだろうが、実際にこの場に立つと居心地の悪さが際立ってしまう。
シュウの気持ちを察したのはザフィーラだ。シグナムたちがそれ以上何かを言う前に、気をつけて行くといい、と言ってくれる。ザフィーラが了承したのでシグナムたちもそれ以上は言えなくなる。
玄関で靴を履いたところで、
「私も行きましょう」
いつの間にか、シュテルがそこに立っていた。
八神家を出てのんびりと歩く。出かける前にテーブルを見た時、お菓子はまだまだ残っていたが飲み物が残り少なかったはずだ。それらを買えばいいだろうとスーパーへと向かう。
「それにしても、毎年思うけど海鳴市はすごいね」
シュウがそう言うと、隣のシュテルが、そうなのですかと首を傾げてくる。
「うん。僕が生まれたところだと、ハロウィンなんて誰も気にしてなかったよ。だからちょっと新鮮だね」
何か行事があれば街ぐるみで楽しもうとしているような気がする。一人だった時は煩わしく思えたものだが、今はしっかりと楽しむことができる。
周囲を見ると仮装した人が大勢いる。ほとんどは子供たちで、シュウのように吸血鬼だろう男の子や魔女の女の子、童話に出てくる騎士の子、様々だ。辺りを見ているだけでも飽きることがない。
「一度聞いておこうと思っていたのですが」
シュテルの言葉にシュウが振り返る。笑顔で首を傾げるシュウに、
「その衣服で良かったのですか?」
問われたシュウは質問の意味が分からず、言葉を返せない。シュテルが続ける。
「地味なもの、と頼まれましたから。……それはそこまで派手とは思いませんが、地味かと聞かれると否定しなければいけません」
ああ、とシュウは納得した。派手ではないが地味というわけでもない。どうやらシュテルも少し気になっていたらしい。
「シュテルはどうしてこれを選んでくれたの?」
「単純に、貴方に似合うだろうと思ったためです」
真顔でそんな返事。そんなことを言われるとは思わなかったので、そうかな、とシュウは照れくさそうに笑う。少しだけ顔が赤くなっていくのを自覚する。
「えっと……。実際、どうかな? 僕の格好。変じゃない?」
今更聞くことでもないとは思うが、シュテルに選んでもらったものだ。やはりシュテルから感想を聞いてみたいという思いはあった。ただ、鏡を見た自分の感想が、誰これ、だったので聞くのは少し怖かったりもするのだが。
シュテルが改めてシュウを見る。しばらくして、小さくうなずいた。
「とても似合っていると思いますよ」
「本当に?」
「こんなところで嘘などつきません」
シュウの疑いの声にシュテルはため息をついた。シュウは嬉しそうに笑い、ありがと、と言っておく。シュテルが似合っていると言ってくれたなら、自分にとってはそれでもう満足だ。自然と頬が緩む。
スーパーの側まで行くと、人通りが増えてきた。自分たちと同じく買い出しの人だろうか。はぐれないようにとシュテルに手を差し出すと、すぐに手を握ってくれた。それが嬉しくもあり、やはり少し恥ずかしい。
赤くなった顔を見られないようにシュウは前を向いて歩いて行く。そして、ふと思い出したように言う。
「シュテルも似合ってる」
「は?」
「猫耳。すごくかわいいよ」
やっと言えた、とシュウは勝手に満足する。シュテルからの返事がないのできっと呆れられているのだろうが、今更だと気にもとめない。
だから、後ろを歩くシュテルの頬が朱に染まっていることにも、シュテルが小声で、不意打ちは卑怯です、とつぶやいたことにも、全く気がつかなかった。
Side:Stern
「楽しかった!」
我が家に帰り着いてのレヴィの第一声。ディアーチェに促され、レヴィが風呂の準備に行く。
「シュウはどうした?」
「疲れたから早めに寝る、と自宅の方へ」
「ああ……。まあそうだろうな」
シュウとシュテルが買い出しから戻ってきた後、近所の家々を周りに行った。はやてと面識のある家にしか行っていないのだがシュウにとっては初対面だ。それなりに気も遣っただろう。歩いた距離もそれなりだったので、体力的にも疲れているはずだ。
あとで甘い物でも差し入れしよう、と考えながら洗い物を始めようとするシュテルへと、
「シュテル」
ディアーチェが声をかける。シュテルが振り返った。
「何でしょうか?」
「何かいいことでもあったのか? 機嫌がよさそうだが」
シュテルはしばらくきょとんとしていたが、やがて薄く笑みを漏らした。とても自然な笑みだ。
「そうですね。少しだけですが、ありました」
「ふむ。そうか。ならば良い」
ディアーチェが満足そうにうなずいてリビングへと向かう。王がどこまで察しているか分からないが、それでも、さすがは王、と思ってしまう。
シュテルは買い出しのことを少し思い出し、少し頬を染めながらも、少しだけ嬉しそうに微笑んでいた。
ハロウィンです。昔、英語教室に通っていた頃はハロウィン前後でパーティをしていました。
ちょっとだけ懐かしいです。卵を隠して探すゲーム、とか。
……英語の成績? 最底辺でしたが何か?
数学と現代国語はそれなりだったのですけどねー……。
次回からchapter2が本格始動です。
……といっても、chapter1と違って日常白が強いですが。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。