「ええい、押すな! 見つかるだろうが!」
ディアーチェの押し殺した声が聞こえてくる。それに反論するのはレヴィだ。
「だって見えないし! 王様ばっかりずるい!」
「遊びではないと何度言えば……!」
「二人とも、落ち着いてください……」
小声で言い合う二人を仲裁するのはユーリだ。何とも複雑そうな表情をしている。そんな三人を眺めながら、シュウは小さくため息をついた。三人の向こう側、建物に隠れて見えにくいが、二つの人影がある。
シュテルと、そしてコウだ。
どうしてこうなったのだろう。思い返してみても、答えは出なかった。
コウがシュテルに唐突な告白をした直後、その時こそ戸惑いや驚きで呆けてしまっていた五人だったが、シュウをのぞく四人は回復が早かった。シュテルがどうしたものかと考え込み、ディアーチェが不愉快そうに眉をひそめる。レヴィとユーリはコウのことを興味深そうに観察していた。
その時のシュテルが考えていたことは、何となくだが理解できる。シュテルはシュウとコウの関係を考えていたのだろう。下手な対応をして、シュウとコウの関係が悪くなることを避けたいと考えたのだろう。だからといって、その後のシュテルの言葉には納得できなかったが。
「付き合う、の意味合いを分かりかねますが……。買い物程度でしたら、時折でよければお付き合いします」
この言葉に驚いたのはディアーチェたちも同じだ。シュテルの言葉を聞いた瞬間、三人とも驚きで目を丸くしていた。まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかったのだろう、告白した当人であるコウも唖然としていた。
「え……? ほんまに?」
「時折では不満ですか?」
「い、いや! そういうわけやないけど!」
コウが慌てたように首を振る。シュテルがならば良いのですが、とうなずきを一つ、自身の携帯電話を取り出す。その意図を察したのか、コウもすぐに自分の携帯電話を取りだした。そして手早く連絡先の交換を済ませてしまう。
「じゃ、じゃあ……。また連絡します!」
「はい。分かりました」
コウがおそるおそるといった様子で手を振り、そして走り去っていく。シュテルはその背中を無表情に見送り、そしてシュウはその一部始終を、口を挟むこともなくただ呆然と見ることしかできなかった。
そして現在。シュウたちは遊園地の中にいる。いつの間にかコウと約束をしていたらしく、シュテルはコウと二人でここに来ている。シュウやディアーチェに相談は一度もなかった。そのことに少なからず衝撃を受けたものだ。
「あの二人、何をしてるのかな」
レヴィの疑問に正確に答えられる者はいない。むしろそれを知るためにここに来ている。
今朝、シュテルが珍しく一人で出かけるということだった。時折あることではあるので気にするべきではなかったのだが、なぜか妙な胸騒ぎを覚えて、シュウは隠れて追いかけてきてしまった。シュウの直感に思うところがあるのか、それについてきたのがディアーチェたちだ。
シュテルとコウが何かしらの話をしながら、移動を始める。それに合わせてシュウたちも少し距離を置いて、後を追いかける。
やがて二人がたどり着いたのは観覧車だった。二人で観覧車に乗り込んでしまう。
「……入っちゃいましたね」
ユーリのつぶやき。ディアーチェが自分を気遣うような視線を投げてくる。シュウはそれに応える余裕もなく、ただただ呆然と観覧車を見上げていた。
Side:Stern
シュテルは観覧車のいすに座る。特別な造りなどない普通の観覧車だ。シュテルの向かい側にはコウが座る。コウは満面の笑顔だ。
「一応聞いておきますが、何のつもりですか?」
シュテルの目がわずかに細められる。そこからシュテルの不機嫌を感じ取ったであろうコウは、しかし肩をすくめただけだった。
「いや、だってデートに誘っても来うへんことは分かってるしなあ。まあ少しぐらいええやろ?」
「……ここで最後ですよ」
「おう!」
コウの明るい返事に、シュテルは小さくため息をついた。
今朝方、コウから電話があった。少し買い物に付き合ってほしい、というものだ。先日の会話もあり、一度ぐらいならいいだろうと了承し、買い物程度ならすぐに終わるだろうと誰にも言わずに待ち合わせ場所にまで来た。そしてコウから聞いたのは、遊びに行こう、という言葉。
当然シュテルはそれならと断ろうとしたが、切り出そうとした瞬間、コウが捨てられた子犬のような目をしたので、結局少しだけならと一緒に来てしまっている。せめて王ぐらいには連絡するべきだったと思うが、今更連絡しても意味はないだろう。
目の前のコウを見る。コウはシュテルが一緒に行くと言ってから、ずっと笑顔だ。今はその笑顔のまま、景色を、というよりは真下の風景を眺めている。
「狙い通り、やな」
そんなコウのつぶやきが聞こえてきたが、意味は分からなかった。
観覧車からコウと共に下りる。あの後は特に会話らしい会話もなかった。ただ、コウが何かを楽しみにしているかのように、下りるのが待ちきれないといった様子だったのは覚えている。その時は意味が分からなかったが、たった今理解した。
「シュウ……」
目の前に、シュウがいた。自分を見つめてくるその表情は、困惑、戸惑いに彩られている。それを見ただけで、罪悪感に心が締め付けられた。してはいけないことをしてしまった、とすぐに分かった。
「おっす、シュウ! 奇遇やな!」
コウの元気な声。その声が今はとても恨めしい。何が奇遇だ、こうなることを知っていたのではないのか。シュテルが不愉快そうにコウを睨み付けると、しかしコウはそれに気づかないようでシュウに手を振っている。いや、気がつかない振り、だろうか。
「えっと……。ごめんね、邪魔をするつもりはなかったんだけど……」
シュウが困ったように苦笑する。不本意な誤解をされているとは分かるが、どう説明すればいいのか咄嗟には出てこない。自分自身さほど自覚はなかったが、どうやらこれでも慌てているらしい。不思議なことがあるものだ、とどこか他人事のように思えてしまう。
「えっと……。ごゆっくり」
シュウはそんな言葉を残すと、きびすを返して走り去ってしまった。シュテルはそれを追おうかと思ったが、コウに腕を掴まれる。無表情でコウを見ると、悪戯が成功した子供のような表情をしていた。
「……貴方は何を考えているのですか」
いつもの無表情ながら、シュテルの声色は低い。しかしコウは臆することもなく、別に、と答えてくる。
「最初会った時にすぐに分かった。俺が立ち入る隙がない」
シュテルがわずかに眉をひそめる。いまいち意味が理解できない。構わずにコウが続ける。
「だから、まずは俺が立ち入る場所を作らなあかん。シュテルさんが俺と一緒にここに来てたら、それぐらいはできるやろ?」
予想以上の効果やったけど、とコウは苦笑した。
コウはシュウがここに来ることを見越していたらしい。その上で、自分と二人きりでいるところを見せた、と。そういうことだろう。何故、と疑問には思うが、シュウの表情や自分の罪悪感など、おそらくコウの目的は果たせているのだろう。それだけは何となく理解できた。
「シュウは鋭いからなあ。来るだろうと信じてたけど、まさか本当におるなんてな」
コウはくつくつと楽しげに笑うと、改めてシュテルに向き直った。無邪気な笑顔をシュテルに向けてくる。今までのことが全てなかったかのように。
「シュテルさん。今日はありがとな。楽しかったで」
「…………」
シュテルは無言。自分のこの感情をどのような言葉にすればいいのか、分からない。こんなことは初めてだ。
「それじゃあ。また遊ぼな」
屈託なく笑うと、コウは手を振ってその場を後にして歩いて行ってしまった。
Side:Hero
シュウは、気づけば自宅のドアの前にたどり着いていた。どこをどのようにして帰ってきたのか覚えていない。帰り際、ディアーチェたちに呼び止められたような気もしたが、それすらうろ覚えだ。ディアーチェたちに悪いことをしたなとは思っているが、それを反省する余裕は今のシュウにはない。
自宅のドアを開け、シュウはすぐに鍵を閉めた。唯一使っている部屋、リビングに向かい、床に倒れ込む。なぜかとても疲れていた。今日はこのまま眠ってしまいたい。そう考えて、実際に目を閉じて間もなく、インターホンが鳴らされた。起き上がるのも億劫なので無視していると、今度はドアが強く叩かれる。
「シュウ!」
ディアーチェの声。しかしシュウは何も言わない。やがてドアを叩く音がなくなり、すぐに人の気配もなくなった。そのことに安堵しつつ、シュウは今度こそ目を閉じた。
Side:Stern
「戻ったか、シュテル」
自宅のリビングに入ったところで、王の低い声が聞こえてきた。シュテルは王を見て、次に居心地悪そうにしているレヴィとユーリを見る。二人には悪いことをしてしまったと思ってしまう。
「経緯を話せ」
王の命令に、シュテルは頷いて説明する。全てを聞き終えたディアーチェは、呆れたように天を仰いだ。
「せめて我に念話でも送っていれば、あらかじめ説明しておけたものを……」
「そうですね。そうするべきでした」
その点は素直に反省している。すぐに済むだろうと思っていた自分が恨めしい。そのせいでシュウに余計な誤解を与えてしまった。
そこでふと疑問に思う。なぜそのことをこんなにも気にしているのだろうかと。
不思議そうに考え始めるシュテルに、ディアーチェはやれやれと首を振った。
「先ほどシュウの部屋に行ったが、出てきてくれなかった。鍵は預かっているが、今勝手に入るのはまずかろう。あとで行くといい」
そう言って王が鍵を投げてくる。シュテルはそれを受け取ると、しっかりと頷いた。
だが、結局その日、シュウが部屋から出てくることはなかった。
Side:Hero
明朝。シュウは太陽が昇るよりも前に目を覚ました。これほど早くに目を覚ましたことに自分でも驚いてしまう。立ち上がって伸びをして、そして腹の音が大きく鳴った。そう言えば昨日は朝食しか食べていない。同時に、あの後シュテルたちとは一切会っていないということにさらに驚いた。
一晩寝て、一応落ち着きはした。シュテルとコウが二人きりで遊園地にいたことには少なからず驚いたが、だから何だとも思う。その程度で困惑するなど自分の器はどれだけ小さいのかと。
だが、朝にいきなり会うというのも何故かとても気まずい。学校でもう少し気持ちを落ち着かせてからにしようと、シュウは静かに着替えて学校に向かった。
まだ暗い道を黙々と歩き、学校にたどり着く。学校の警備員にかなり驚かれたが、早くに起きてしまったので、と説明すると、とても複雑そうな表情をしていた。シュウの教室まで一緒に来てもらい、中に入れてもらう。途中でお腹の虫を鳴らすと、苦笑した警備員がおにぎりをくれた。とてもいい人だ、と思う自分は安いのだろうか。
おにぎりを食べ終え、シュウは自分の席でぼうっと過ごす。空がだんだんと白み始め、クラスメイトたちが登校してくる。その間も、シュウは心ここに在らずといった様子で呆けていた。一応シュテルとどんな話をしようか、などと考えてはいるのだが、それを知らないクラスメイトたちはとても怪訝そうにしていた。
しばらくして、一人の女の子がシュウの目の前に立つ。それに気がついてシュウが顔を上げる。女の子はシュウと目が合うと、顔を真っ赤にした。
――何だこれ。
シュウが不思議そうに首を傾げる。女の子はしばらくもじもじとしていたが、
「これ! 読んでください……!」
そう言って、かわいらしい封筒を机に置いた。そしてこの様子を見守っていた女の子グループに向かって走って行く。シュウは首を傾げながら封筒を開け、中の便箋へと視線を落とす。
「……は?」
シュウが間の抜けた声を発し、そして顔が真っ赤になる。まさか、と思い、どうして自分が、とも思う。
それは、俗に言うラブレターだった。
三角関係どころか四角関係になりそうな勢いですね!
そんなわけで、クラスメイトの女の子、モブちゃん登場です。
……名前? 決める予定すらありませんよ?
友人くんはなかなかに黒いです。真っ黒ですね!
こいつラスボスでいいんじゃないかな……!
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。