昼休み。シュウは誰もいない教室、視聴覚室に来ていた。普段は鍵のかかっているはずの扉は、なぜか今だけは開いていた。あの子が開けたのだろうかと考えながら、シュウは中でしばらく待つ。その手には、朝に受け取った手紙がある。
手紙の内容は、簡単な告白の文章だった。そして最後に、昼休みにここに来てほしい、というもの。ここで返事を聞かせてほしい、ということだろうか。
どうやって断ろうかと考え始め、しばらくして。教室のドアが開かれた。入ってきたのは、朝の少女、ただ一人だ。少女はシュウをみつけると、花が咲いたような満面の笑顔を見せてくれる。
「良かった! ちゃんと来てくれたんだね」
少女がこちらへと歩いてくる。
少女の姿を改めて見て、そう言えばこんな子いたな、というのがシュウの本音だった。黒いロングヘアに黒い瞳、顔にはそばかすがある。何度か姿を見たことは当然あるが、それほど記憶に残っているわけでもない。もっとも、シュウ自身クラスメイト全員を覚えているわけではないが。それでもこの少女は、見かけるたびに笑顔を浮かべているほど明るいイメージのある少女だ。今まで自分と接点などなかったはずなのだが。
そこまで考えたところで、少女が目の前に立った。少しだけ恥ずかしそうにしながら問うてくる。
「手紙、読んでくれた、よね?」
そうだった。その返事のために来たのだ。シュウはしっかりと頷いて、一言謝罪を口にしようとして、しかし目の前の少女の、待って、という一言に口を閉じた。
「西崎君は私のこと、よく知らないよね?」
名前すら覚えていません、とは口が裂けても言えない。シュウが引きつった笑みでどうにか頷くと、それじゃあ、と少女が言葉を続ける。
「放課後、一緒に遊びに行こう? 私のことを知ってほしいから。返事はそれから聞かせて」
たった一日の付き合いで考えが変わることはないと思うが、一日だけなら、とシュウは了承した。ここで首を振って断ってしまうのは簡単だが、それだと勇気を出して想いを告げてくれた少女に失礼だろう。
告白というものがどれほど勇気が必要か、それだけはよく分かっているつもりだ。シュウも、シュテルへとしっかりと想いを告げられずにいるのだから。それができただけでも、この少女は尊敬に値すると思っている。
「それじゃあ放課後! 帰らずに待っててね! 約束、だよ!」
少女は元気よくそう言うと、すぐにきびすを返して走り去ってしまった。
――なんだか……妙なことになっちゃったな……。
心の中で苦笑しつつ、シュウもその教室を後にした。
そして放課後。シュウは少女と共に街を歩いていた。少女が、是非とも一緒に行きたいところがある、というので先導するのは少女だ。シュウはその後ろをのんびりとついて行く。少女の方は何度もシュウへと振り返り、時折シュウと目が合うと顔を赤くして視線を戻していた。
少女に失礼だとは思いつつも、シュウはシュテルがこの反応を取る様子を想像してみる。
――うん。あり得ない。
きっと可愛いだろうなとは思うが、シュテルのイメージではない。そんなことを考えながら一人で微苦笑していると、目の前の少女が首を傾げていた。慌てて、何でも無いよと言うと、少女はまた前を向いて歩き始める。
とりあえず今はこの少女のために時間を使おう。一先ずシュウはそう決めて、思考を中断した。
悪いことは続くものだ。それもとびきりの内容で。最初の方から、まさかとは思っていた。途中から、たまたま同じ通り道なのだろう、と思っていた。だがここまで来れば間違いない。断っておけば良かったとシュウは頬を引きつらせた。
少女に案内されてたどり着いたのは、翠屋だ。ピーク時ではないためか、席は空いているようではある。できれば埋まっていてほしかった。
悪いことはさらに続く。店内に入ると、いらっしゃいませと元気な声で出迎えてくれたのはなのはだった。少女と、そして共にいるシュウを見て、目を大きく開いて唖然としている。
「シュウ君……? どうして音奈ちゃんと一緒に……?」
音奈と呼ばれた少女が、シュウよりも先に答えてしまう。
「デートだよ。だめ?」
「ふえ……? でーと……?」
少しして意味を理解したのか、なのはが顔を真っ赤にする。同時にシュウへと向けられる、非難の混じった眼差し。なのはがこんな目を向けてくることは意外だったが、それも仕方のないことだろうとは思う。なのはに案内されて音奈と共にテーブル席につき、
「……っ!」
カウンターの奥の人影と目が合った。厨房にいたのであろうその人影は、すぐに奥へとまた姿を消す。
――最悪だ……。
思わず頭を抱えてしまう。なのはが怒るのも当然だ。よりにもよってこんなタイミングで来てしまうとは。先ほどの人影は、シュテルだった。手伝いに来ていたのか料理を教わりに来ていたのかは分からないが、間違いない。自分がシュテルを見間違えるはずがない。
「西崎君。どれにする?」
シュウの心境を知ってか知らずか、音奈は楽しげにメニューを見ていた。
Side:Stern
珍しくシュテルは動揺していた。厨房に戻って手伝いを再開するが、先ほど見たシュウが気になって仕方がない。一緒にいた少女は誰だろうか。初めて見る顔ではあった。無論、シュウの交友関係に口を挟むつもりなどないのだが、なぜか気になってしまうのだ。
「大丈夫?」
動きが悪くなったシュテルを心配したのか、桃子が声をかけてくる。シュテルは今までの思考を無理矢理頭から追い出すと、大丈夫ですと頷いた。
Side:Hero
翠屋での軽食を終え、シュウは音奈と夕焼けの道を歩いていた。あの後は音奈の趣味や家の話など、いろいろと教えてもらっていた。楽しげに、気持ちの良い笑顔を浮かべる音奈は魅力的な女の子なのだろうとは思う。もしもシュテルと出会う前なら、この少女と常に一緒に行動するようになっていたかもしれない。
ただしそれは仮定の話だ。シュウにとってやはり一番はシュテルであり、今もシュテルにどう話そうかと考えて続けている。音奈の話は半分近く聞き流してしまっていた。
やがて音奈が足を止めた。シュウへと振り返り、とても悲しげな笑顔を向けてくる。今にも涙が落ちそうな、泣き笑いに近い顔。それを見て、さすがにシュウも反省した。
「ごめん……」
素直に謝ると、音奈が苦笑しつつも首を振る。別にいいよ、と。
「やっぱり、シュウ君の心にはもう誰かがいたんだね」
「うん……。最初に、言っておくべきだった」
「気にしなくていいよ。それに……」
音奈が一歩後ろに下がる。そうして見せてくるのは花が咲いたような満面の笑顔。シュウが驚いている中、音奈が続ける。
「まだ、諦めてないから。いつかきっと、振り向かせてみせるよ!」
「あ、あはは……」
これにはシュウも苦笑するしかない。素直に諦めてほしいところだが、そうもいかないようだ。
「ところで西崎君。好きな人って、もしかしてなのはちゃん?」
シュウが目を瞠り、違うと首を振る。
「どうしてそう思ったの?」
「なのはちゃんと会ってすごく戸惑っていたみたいだから」
なるほどそう見えるのか、と妙に納得してしまった。確かになのはに見られたことにも焦ったのだが、シュテルに伝わってしまうという理由のためだ。たださすがに説明まではしづらいので、違うよ、という否定の言葉だけ伝えておく。
「ふうん……。じゃあ、そういうことにしておくね」
どうやら音奈の中ではシュウの好きな人はなのはということになったらしい。ただこれ以上の説明も難しいので曖昧に笑って流すことにした。
「じゃあ、西崎君! また学校でね!」
音奈が大きく手を振り、シュウも小さく振り返す。それでも満足したのか、音奈はきびすを返すと走り出した。まるで何かを振り切るかのように。シュウは音奈の背が見えなくなるまで見送って、悪いことをしたかなと項垂れた。もう少し、何かやり方があったのかもしれないのにと。
「シュウ」
背後からの声。シュウが振り返ると、無表情のシュテルがいた。目が合い、お互いに黙り込む。しばらくして、先に口を開いたのはシュテルだった。
「先ほどの方は?」
「クラスメイト……だよ。ちょっといろいろあって」
「そうですか」
再び黙り込む。気まずい沈黙が場を支配する。お互いに、何を言えばいいのか計りかねている状態だ。やがてシュテルがきびすを返した。黙って歩き始めてしまう。
「あ、シュテル……!」
「すみません、まだ手伝いの途中なので」
「そっか。うん、ごめん……」
振り返らずに言ったシュテルの言葉に、シュウは頷いた。歩き去って行くシュテルを、シュウは黙って見送ることしかできなかった。
Side:Stern
シュテルは翠屋に戻るまでの間、自身の感情が理解できずにいた。
シュウが見知らぬ少女と翠屋に来てから、どうにも気分が悪い。説明のできない感情にずっと悩み続けている。シュウと一緒にいるのが他の家族やなのはなど面識のある者ならこんなことにはならないのに、なぜか知らない少女だと焦燥感に似た何かを感じる。
――私は……どうしたのでしょうか……。
足を止め、振り返る。すでにシュウの姿はない。そのことに寂しいと感じてしまう自分に驚いてしまう。自分は、何をどうしたいのだろう。
「……シュウ……」
目を閉じ、もう一度自身の感情と向き合う。しかしやはり何の感情なのか、理解ができない。シュテルは小さくため息をつくと、そこで気持ちを切り替えて翠屋の中へと入っていった。
だんだんと短くなっているような気がしますよ……!
五千字は書きたいのですけど、続かないのです……。
地味に妙な関係性になってきました。
自分自身着地地点を見失いつつありますよ……!
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。