元旦
大晦日。シュウはシュテルたちの部屋で一緒にこたつに入っていた。机の上には天ぷらそばがあり、今は皆でそれを食べている。テレビに流れているのはこの日特有の歌番組。まさに年越しといった様子だ。
「ぷは! おいしかった! ごちそうさま!」
真っ先に食べ終えたのはレヴィだ。しっかりとだし汁まで飲み干し、そしてすぐに机の中央、みかんに手を伸ばす。他の皆も順番に食べ終え、すぐにシュテルが食器を流しへと持って行き、戻ってくる。
「ユーリ。ほれ」
「わ! ありがとうございます、ディアーチェ!」
いつの間にかディアーチェもみかんを手にとっており、むき終えたみかんをユーリに手渡していた。それを見ていたレヴィが少しだけ口を尖らせる。
「王様! ボクにも!」
「先ほど自分で食べていただろうが。……ええい、そんな顔をするな! 待っていろ!」
レヴィが悲しげに眉を下げた瞬間、ディアーチェが次のみかんに手を伸ばす。面倒な、と言いつつも丁寧にむいてやるのはさすがと言える。その様子をシュウが微笑ましく思いながら眺めていると、自分の目の前にも皮のむかれたみかんが置かれた。
「どうぞ」
「ありがとう、シュテル」
いえ、とシュテルは首を振りながら、またみかんをむき始める。シュウはむいてもらったみかんを頬張りながらテレビを見ていたが、すぐに何かを思いついたような表情をした。みかんの一粒を持って、シュテルへと向く。
「シュテル。はい」
シュテルへとみかんを差し出す。すぐにシュウの意図を察したのだろう、シュテルはわずかに躊躇いを見せたが、すぐに小さく口を開けた。そこへみかんを入れてやる。わずかにシュテルの頬に赤みが差す。
「……ん? ディアーチェ、どうしたの?」
じっと見られていることに気づいてシュウが首を傾げる。ディアーチェは首を振ると、気にするなと苦笑していた。どこか満足そうにも見える笑みだった。
数日前。シュテルに想いを告げた日。その後の二人だが、実は特に変わったことがない。今まで通りの生活で、今まで通りの日常だ。ただもちろん変わったこともある。お互いに対して正直になったことだろう。
例えば、食事の時もテレビを見る時も、二人はいつも並んで座るのだが、以前よりも近くなっている。時折視線を交わし、シュウが照れたような笑みを見せることもある。そんな些細な変化に気づいたのは家族だけだが、しかし三人とも何も言わず、ただ見守ってくれていた。
もっとも、二人きりの時はどうかはディアーチェたちには知る由もない。
テレビから鐘の音が流れ始める。除夜の鐘だ。ついに一年が終わろうとしている。
「一年も終わりかあ……。今年はいろいろあった」
シュウがそんなことをぽつりと漏らし、シュテルたちはどう反応すればいいのか困っていた。いろいろの大部分が魔法に、シュテルたちに関係するものなのだから困るのも当然だろう。それを知ってか知らずか、シュウはしばらく遠いものを見つめるように目を細めていたが、やがて頬を緩ませた。
「楽しい一年だった」
それを聞いた四人が一斉に安堵のため息をついた。
さらに時間が流れ、時計の針が十二時を指した。
「明けましておめでとうございます」
シュウがその場で頭を下げ、それに皆が続く。
「今年も……よろしくね」
そう付け加えると、シュテルたちはしっかりと頷いてくれた。
その後は皆で少し仮眠を取る。シュウとシュテル、ディアーチェは二時間ほどの仮眠で起床した。時計の短針は三を指している。
「レヴィとユーリは……。まだ寝てるね」
数時間程度の仮眠だからとこたつで寝ていたのだが、レヴィとユーリはぐっすりと熟睡しているようだ。気持ちよさそうに眠っているので起こしにくい。どうしようかと考えていると、出かける準備を終えたディアーチェが戻ってきてそのままこたつに入ってしまった。
「まだ急ぐ時間でもあるまい。後ほど追いかける。うぬら二人で行ってこい」
シュウとシュテルが顔を見合わせ、ディアーチェへと視線を戻す。さっさと行けと手を振るディアーチェにシュウは苦笑して、小さくありがと、と告げる。
「じゃあ、先に行くね。追いついたら連絡して」
「うむ。気をつけて行ってこい」
「はい。では行ってきます」
レヴィとユーリを起こさないように、シュウとシュテルは静かにリビングを後にした。
目的地の神社は少し遠いところにある。最初は最寄りの神社に行こうということになっていたのだが、なのはたちも初詣に行くと聞き、彼女たちが行く神社に合わせることになった。後ほど高町家でおせちとお雑煮をご馳走してもらう予定になっている。
目的の神社にたどり着く。すでに初詣に来た人々が大勢いた。まだ朝日も昇っていないのに、と思ったが、自分たちにも同じことが言えることにすぐに気づいた。
「シュテル。行こうか」
シュウがはぐれないようにと手を差し出す。シュテルは今度は躊躇いもせずにその手をしっかりと握った。
「はい。行きましょう」
この神社の土地は他よりも少しだけ高いこともあり、初日の出を見る場所として有名だそうだ。シュウとシュテルは夜食代わりに屋台で買い食いをしつつ、敷地の奥へと進んでいく。人混みにもまれながらも歩き続け、やがて拝殿へとたどり着いた。大勢の人が賽銭箱にお金を入れ、手を合わせている。
シュウとシュテルも賽銭箱へとお金を入れる。二人並んで手を合わせ、願い事をする。
――この生活が続きますように。シュテルと一緒にいられますように。
願い事を終えた二人は、次の人の邪魔にならないように素早くその場を後にした。
拝殿を後にした後。日の出まではまだ時間がある。それまではすることもなく、はっきり言ってしまえば暇だ。何かを買うわけでもなく屋台を見て回っていたが、やがてシュテルが足を止めた。それに気づいたシュウもすぐに立ち止まり、シュテルが見ているものへと視線を移す。
そこにあったのは、ちょっとした広場だ。そこに多くの鍋が並べられ、鍋の側にいる人が中のものをお椀に入れ、並んでいる人に配っている。お椀をもらった人は多量に並べられたいすに座り、食べているようだった。
「シュウ。あれを」
シュテルに促され見ると、その広場の入り口に看板があった。豚汁無料サービス、と。
「せっかくだし、行こうか」
「そうですね」
二人そろって広場に入り、近くの列に並ぶ。すると、
「おお、まだ子供なのに偉いねえ。寒かっただろう、ささ、前にお行き」
目の前の人が順番を譲ってくれ、さらにその次の人も譲ってくれる。もちろん一度は断ろうとしたが、遠慮しなくていいんだよ、と言われて大人しく引き下がった。そのまま流されること数十秒、いつの間にか最前列にまでやってきていた。
「どうぞ」
若い女性が豚汁で満たされたお椀を差し出してくれる。シュウはそれを礼を言いながら受け取り、その女性の顔を見る。笑いを堪えているような表情だった。
シュテルと一緒に今度は空いている席を探す。なかなかの盛況ぶりで混雑しているので見つからないだろうとも思っていたが、
「あ! シュテル!」
知り合いの声。そちらを見ると、なのはとフェイトが手を振っていた。
「ナノハ。明けましておめでとうございます」
シュテルが丁寧に頭を下げる。それを見たなのはとフェイトも慌てて同じように頭を下げた。
「今年もよろしくね、シュテル」
「はい、こちらこそ。……今年は勝ち越しますよ」
「にゃはは。負けないよ?」
楽しげになのはが笑い、シュテルもわずかに笑みを漏らしていた。この二人はよく模擬戦をしていると聞いているので、おらくはその関連の話だろう。シュウが黙って二人の会話を聞いていると、
「ごめん、シュウ。邪魔したかな」
隣からの声。フェイトが自分を申し訳なさそうに見ていた。シュウは苦笑して首を振る。
「日の出までどうしようかって言ってたぐらいだし、気にしなくていいよ。僕としてはシュテルが楽しそうならそれで十分だし」
「あ、うん……。そっか」
フェイトが少し顔を赤くして戸惑いを見せる。どうかしたのかとシュウが首を傾げるが、フェイトは何でも無いよと手を振った。
なのはたちと一緒に話をしながら日の出の時間を待つ。はやてたちはどうしたのかと聞くと、こちらはヴォルケンリッターたちと屋台を巡っているとのことだった。そんな会話を交わしているうちに、やがてシュテルが入り口へと振り返る。見ると、ディアーチェたちが豚汁を持ってやってくるところだった。
「……なぜ貴様らまでいる」
ディアーチェが不機嫌を隠さずに、なのはとフェイトを睨み付ける。すぐにシュウがその間へと割って入った。
「たまたま会っただけだよ。暇になったからちょっと話をね」
「そうか。……うぬが良いなら、いいが」
ため息をつきながら、ディアーチェが空いている席に座る。一緒に来ていたレヴィとユーリもディアーチェの隣に座った。
「ディアーチェたちも何か願い事したの?」
「一応な。内容を言うつもりはないが」
「シュウは何か願い事したの?」
そう聞いてきたのはレヴィだ。シュウが頷いて答える。
「欲張って二つほど。この生活が続きますように」
ディアーチェが一瞬だけ目を見開き、表情を少し和らげた。レヴィとユーリは嬉しそうに、どこかくすぐったそうな笑顔になる。
「ちなみにもう一つは?」
そう聞いてきたのはなのはだ。シュウは少しだけ困ったような表情になり、言おうかどうか少し迷う。そのわずかな沈黙を拒否と取ったのだろう、なのはがすぐに手を振った。
「別に無理して言わなくて大丈夫だから!」
「別にそういうわけでもないけど……。まあ、言わなくていいなら、そっちの方がいいかな」
言ってもいいのだが、内容が内容だけに人前で言うのは恥ずかしいものがある。この流れに便乗して黙秘を通すことにした。
「じゃあシュテるんの願い事は?」
豚汁をすすりながらのレヴィの言葉。シュテルはレヴィを一瞥すると、すぐに答える。
「私も二つほど。王を始め、私たちの安寧が続きますように」
「む……。そ、そうか……」
ディアーチェの頬が引きつっている。悪い意味ではなく、笑顔になりそうになるのを堪えているものだ。
「もう一つも聞いていいですか?」
ユーリが聞いて、シュテルが、構いませんとうなずく。先ほどのシュウの時と同じような流れというのが少々気にかかる。シュウはシュテルの表情をうかがい見ながら、言葉を待った。
「シュウと一緒にいられますように、と」
その言葉を聞いた瞬間、それを聞いた全員が顔を赤くした。特にシュウは完全に絶句して、固まってしまっている。ディアーチェが、平然と言いおって、と呆れたように微苦笑している。言った本人はそれらの反応に首を傾げていた。
「何か?」
「う、ううん。何でもないよ」
なのはが照れ笑いを浮かべ、目を逸らした。
「……先に言われた」
ぽつりとシュウが漏らす。ディアーチェがそれをしっかりと聞き取り、シュウへと視線を向けた。
「まさか貴様の二つ目の願い事は……」
「シュテルと一緒にいられますように」
「貴様もか……」
天を仰ぎ、手で目を覆うディアーチェ。シュウも自分のことでなければ同じ反応をしたかもしれないが、当事者となっては何も言えない。
「えっと……。あ、ほら! 初日の出だよ!」
何とも言えない妙な空気の中、いつの間にかゆっくりと日が昇ってきていた。
Side:Stern
この場で話をしすぎていたために、場所を移動するタイミングを逸してしまっていた。シュテルは日の出に気がつくとすぐに行動を開始する。
「シュウ。行きましょう」
「ん? え、どこに?」
戸惑うシュウの腕を取って歩き始める。王やなのはに、少し出てきます、と頭を下げてその場を後にする。
「気をつけてな」
「また後でね」
王となのはの言葉に見送られながら、シュテルはシュウを伴って少し移動、すぐに横道に逸れた。そのまま人の視線がなくなる場所へと向かう。
「シュテル?」
シュウの戸惑いの声。人の視線を感じなくなったところで立ち止まり、シュテルは簡易的な結界を展開した。驚くシュウの両手を取って、空へと飛ぶ。
「うわわ!」
驚き慌てるシュウ。暴れないでください、と告げるとすぐに大人しくなった。そのままゆっくりと上昇し、空高く昇る。しばらくして、
「わあ……」
シュウのそんな声。目の前には昇りつつある太陽と朝日に照らし出された街並みが広がる。幻想的な光景だ。
「きれいだね」
「そうですね」
二人きりで日の出を見つめる。とても静かな時間の中、シュウの声が届く。重くないかな、と。シュテルは苦笑を漏らし、全く、と答えた。
「ねえ、シュテル」
シュウの声。シュテルが視線をシュウへと向ける。
「何でしょう?」
「何でもない。呼んでみただけ」
「……おかしな人ですね」
言いながら、薄く笑う。シュウも楽しげに笑っている。
「じゃあ、これだけ。ありがと。いいものが見れたよ」
「これぐらいでよければ、いつでも」
静かな会話を交わしていく。少しずつ日の光が強くなっていき、二人を優しく包み込んでいく。しばらくの間二人はそのまま日の出を見守っていたが、やがて太陽の光を受けながら、大地へと帰って行った。
Side:Nanoha
なのははフェイトと一緒に日の出を見守りながら、何度か視線を上空へと投げていた。そこから簡易結界の魔力が感じられている。きっと今頃、二人はそこにいるのだろう。自分たちも空で見てみたいと思うが、今は二人に譲ろうと思う。
今頃どんな話をしているのだろうか。そんなことに思いをはせながら、なのはは優しげに目を細めていた。
ついに作中でも年が明けました。ちょっと急ぎ足の気がしますね……。
シュウとシュテルが二人きりの時に何をしているかは内緒なのです。
……いや、二人きりでも普段通りなのがうちの子たちですが。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。