「こんなところ、かな?」
マンションの最寄りのスーパーで、シュウは買い物をしていた。左手に買い物かごを持ち、右手には買う物のリストが書かれたメモ用紙。すでにかごには、あるものの材料が収まっている。卵やいくら、大きめの海苔などだ。
今日は節分。豆まきの準備は終えているのだが、一つ準備を忘れていた。恵方巻きだ。かごに入っている材料は恵方巻きのもので、帰宅した後はシュテルと作ることになっている。ただ、詳しい具材は分からなかったためその辺りは適当に選んでいたりもするが。
そろそろレジに行こうかな、と足の向きを変えたところで、
「あ! シュウ見つけた!」
後ろからの元気な声。どうしてここに、と思いながらも振り返る。
「レヴィ。どうしたの?」
レヴィがいつもの笑顔で立っていた。その表情のまま、言う。
「王様が、荷物が多くなってるだろうから手伝ってこいって」
「そうなんだ。気にしなくても良かったんだけどね」
確かに量が量なのでかなり重たく感じてはいるが、持てないことはない。むしろ女の子に荷物を持たせるという方が申し訳ない気持ちになる。これでも男としてのプライドがあるのだ。すでにほとんど打ち砕かれているものだが。
「とりあえず持つね」
言うが早いか、レヴィはシュウから買い物かごを奪い取ってしまう。それを見て、シュウは頬を引きつらせた。かごを持ったレヴィの反応は、いつもと大差ない。つまりはシュウが重いと感じていたかごに対しても何とも思っていない。自分の中で何かがまた砕けた気もするが、今更気にしても仕方のないことでもある。
シュウは少し肩を落としながらも、レジへと向かう。レヴィがそれに着いてくる。やがてレジの列へとたどり着いたところで、シュウは気づいた。いつの間にかレヴィがいないことに。思わず苦笑して、シュウは来た道を戻る。レヴィはすぐに見つかった。
「何を見てるの?」
「あ、シュウ。な、なんでもないよ?」
レヴィが素早く棚へと商品を戻す。シュウはその商品を見て、薄く微笑んだ。ファミリーパックのチョコレートだ。有名なメーカーのもので、小袋に入ったチョコレートが二十個ほど入っている商品。シュウはそれを手に取ると、黙ってかごに入れた。
「え? いいの?」
不安そうな表情をしながら聞いてくるレヴィに、シュウは頷いて言う。
「うん。小さいやつならともかく、これなら皆で食べられるしね。じゃあ、今度こそ行こう」
再びシュウがレジへと向かう。レヴィはそんなシュウの後ろ姿をしばらく見つめ、花が咲いたような笑顔を浮かべた。
Side:Levi
買い物袋を持ってレヴィはシュウの後を歩く。シュウの手にも買い物袋がある。自分が両方とも持つと言ったのだが、シュウはそれを断固として聞き入れなかった。せめて半分は持つ、と。
――変なところで頑固だよね。
シュウなりに気を遣ってくれているのだろうことは分かる。でなければお駄賃代わりのチョコレートなど買わないだろう。レジの時、シュウは他の商品とチョコレートの会計を分けていた。チョコレートはシュウの財布からだ。それを見ていたのがレジの奥だったこともあり、レヴィには止めることができなかった。
家族なんだから気を遣わなくてもいいのに、と思う一方で、それがシュウのいいところかな、とも思う。レヴィは買い物袋からチョコレートを一つ取り出す。実はこっそりと小さな板チョコもかごに入れていた。それを見たシュウは苦笑していたが、シュウが買うなら入れなかったのに、とは思う。
レヴィは板チョコの包装紙をはがすと、それを適当なサイズに割る。
「はい、シュウ」
「ん? ああ、ありがと」
差し出されたチョコの欠片を受け取って、シュウが口に放り込む。ゆっくりと食べるシュウの横顔を見つめながら、レヴィも板チョコを口に入れる。ほどよい甘さが口に広がる。その甘さに頬を緩めながら、レヴィは目の前を歩く背中を見つめた。
シュウの背中は決して大きなものではない。シュウと喧嘩などしたことはないが、したとしても間違いなく自分が勝ってしまうだろう。ただ、それでもいいとは思っている。レヴィはシュウのことが好きだし、他の家族も同様に思っているはずだ。いつの間にかシュウがいて当たり前の生活になっているのだから。仕事以外で暴れられる機会は少ないが、それでもレヴィは今の生活が気に入っていた。
不意にシュウが振り返る。レヴィを見て、笑顔を向けてくれる。レヴィに元気を与えてくれる笑顔だ。
「レヴィ、どうしたの?」
笑顔に笑顔を返すレヴィ。何でもない、と前置きして、
「ご飯が楽しみだなって思ってただけだよ。さ、早く帰ろう!」
レヴィが走り出す。すぐにシュウを追い抜く。背後からシュウの慌てたような声。
――うん。これでいい。これがいい。
レヴィは心の底から楽しげな笑い声を上げながら、シュウと走って行った。
Side:Hero
「つ、疲れた……」
何故か途中から走り始めたレヴィを追って、シュウも全力で走った。マンションにたどり着いた頃にはシュウは荒い息をしていたのだが、レヴィは平然としていたものだ。もっと体力つけた方がいいよ、と悪戯っぽく言われ、まじめに取り組むべきか、とも思っている。
「お帰りなさい。……何かあったのですか?」
疲れ果てた様子で玄関にたどり着いたシュウを見たシュテルが怪訝そうに眉をひそめる。そしてリビングへと視線を移す。先に上がったレヴィへと何かしらの疑惑を向けているのかもしれない。シュウは何でもないよと手を振った。
「ちょっと体力不足を痛感しただけ。それだけだよ」
「ならばいいのですが……」
シュテルは未だ納得のいっていない表情だったが、これ以上詮索するつもりもないのだろう。シュウとレヴィが持ち帰った買い物袋を両手に持つと、運んでおきますと告げてキッチンへと向かってしまった。平然とした足取りで、だ。
「……体力と、力もか。先は長いなあ……」
シュウは小さくため息をつくと、シュテルを追ってキッチンへと向かった。
キッチンではすでに酢飯の準備が終えられていた。大きなボウル二つに良い匂いのするご飯がたっぷりと入っている。シュテルへと視線を移すと、具材の準備を始めていた。手際よく魚をさばいている。器用なものだ。
「シュウ。具材を巻くのは任せる。今は少し休んでいろ」
キッチンの奥で卵焼きを焼いているディアーチェが言ってくる。シュウは少し考えた後、そうするよ、とリビングへと向かった。
リビングのテーブルにはすでに先ほど購入したチョコレートが広げられていた。レヴィとユーリがそれに手を伸ばしている。
「シュウ。お帰りなさい」
ユーリにただいま、と返事をしてシュウは自分の席へ。こたつに入って一息つく。
「二人とも。ちゃんとシュテルとディアーチェの分をおいておきなよ」
一応そう言っておくと、すぐに二人が頷いた。
「もちろんだよ」
「大丈夫です。ちゃんと先に分けています」
よく見れば、チョコレートの小袋は五等分されていた。ならいいかと、シュウもチョコレートに手を伸ばした。
しばらくして、ディアーチェがリビングに入ってくる。その手にはカップが三つあり、そのうち二つをユーリとレヴィに配る。シュウへはカップの代わりに視線が送られてきた。
「具材の準備は終わったぞ。巻きは任せた」
そう言って、ディアーチェはカップを傾けながらチョコレートに手を伸ばす。シュウは小さく頷くと、キッチンへと向かった。
キッチンではシュテルが具材を並べているところだった。テーブルに酢飯のボウルがあり、その側に大きな海苔と七種類の具材が用意されている。シュテルはシュウを見ると、こちらへ、と隣を示す。
「では始めましょうか」
シュテルの隣に立ったシュウは、シュテルと一緒に巻き寿司を巻き始めた。
作る数は五つだ。さほど難しいわけでもないので時間もかからない。数分ほどでその作業も終わった。シュテルが最初に一つだけ一緒に作り、残り四つは全てシュウが巻いた。
「大丈夫かな? 変じゃないかな?」
巻き終わったものを何度も見直し、見比べながらシュウが不安そうに聞く。シュテルはシュウの横から同じように見比べ、やがてすぐに頷いた。大丈夫です、と。
「それにしても、巻くのはやりたいとのことでしたが、何かあったのですか?」
実は今回の恵方巻きは、手作りなら自分が巻きたいとシュテルとディアーチェに頼んでいた。たが特に理由があったわけではない。ただ、少しでも関わっておきたかった、それだけの理由だ。さすがにそんな説明はできないので、シュウは笑って誤魔化した。
「鬼は外!」
「福は内!」
レヴィとユーリの元気な声が響く。シュウたち三人はその姿を見守りながら、二人の後をついて行く。恵方巻きを作り終えた後は、この豆まきとなっていた。レヴィとユーリはすぐに豆を準備し、リビングからまき始めている。二人の声が大きいので近所迷惑にならないかと不安に思ったが、ディアーチェ曰く念のため簡易的な結界を展開しているとのことだった。
全ての部屋へと豆をまき終わり、次にシュウの部屋へと向かう。シュウは別にいいよと断ったが、レヴィとユーリが残念そうな表情をしたのでお願いすることにした。
今度はシュウの部屋で元気な声が響く。だがそれもすぐに終わる。リビングとキッチンで豆まきが終わってしまうためだ。他にもいくつか部屋はあるのだが、使わないし掃除が面倒だからと物置としてすら使っておらず、扉は常に閉ざされている。
豆まきを終えた後は年の数だけ豆を食べる。豆まきで余った豆をテーブルの中央に置き、それぞれの目の前に小皿を並べる。すぐにレヴィが手を伸ばし、しかし一粒も取らずに手を止めた。
「ボクたちって何粒食べればいいの?」
レヴィの当然の疑問。無論シュウに答えられるはずもなく、隣のシュテルへと視線をやると、シュテルは黙って首を振っただけだった。シュテルもやはり分からないらしい。
「気にする必要はないだろう。シュウと同じ数でいい」
そう言ったのはディアーチェだ。そのディアーチェの意見に従い、シュテルたちはシュウの年の数だけ豆を食べた。
豆の後は恵方巻きだ。シュウたちは恵方巻きを、今年の恵方へと体を向けて黙して食べていく。ゆったりと流れる静かな時間。それぞれが食べる音しか聞こえない。
――うん。おいしい。
シュウは一人、満足していた。さすがはシュテルとディアーチェだ、と。シュウたちの恵方巻きに使われた具材は七種類。卵焼きにいくら、サーモン、穴子、かんぴょう、きゅうり、桜でんぶだ。
ゆっくりと味わい、食べ終わる。ふと周囲を見ると、どうやらシュウが一番最後のようだった。他の四人は食べ終わった後もシュウのために静かに待っていてくれたらしい。シュウが申し訳なさそうに頬をかく。
「おいしかった! これなら毎日でも食べたいかも!」
レヴィが幸せそうな笑顔で言って、そうだなとディアーチェが頷く。
「だがな、レヴィ。毎日となると、カレーを食べられなくなるがそれでも良いか?」
「ごめん今のはなしたまにだから美味しいよね!」
「撤回が早いです」
三人のやり取りを聞きながら、シュウも自然と笑みをこぼした。
「シュウ。どうでしたか?」
シュテルの声。隣を見ると、シュテルがお茶を飲みながらシュウを横目で見ている。シュウはしっかりと頷いて答える。
「うん。美味しかったよ、本当に」
「そうですか。ならば良いのです。……私が巻いたものをお渡ししたので、少し気になっただけです」
「……へ?」
それは初耳だった。シュテルと一緒に巻いたのだが、巻いた後はシュテルに任せていたのでそこまでは知らなかったのだ。五つとも混ぜて適当に配ったと思っていたので、シュテルの言葉にシュウは目を丸くした。
「そっか、シュテルが巻いてくれたやつだったんだ……」
ちょっと嬉しい。シュウが照れくさそうに笑いながら小声でつぶやく。シュテルはそれをしっかりと聞き取ったのか、ほのかに頬を赤くしてそっぽを向いていた。
Side:Levi
デザート代わりに残りの豆をつまみながら、レヴィはシュテルとシュウの様子を見ていた。今までも二人は仲が良かったが、最近はさらに仲が良くなったと感じている。レヴィにとっては大好きなシュテルを取られたと思う部分もあるが、シュウも大切な家族だ。この二人が仲良く幸せそうにしているなら文句などない。
レヴィが締まりの無い笑顔を浮かべると、ユーリが怪訝そうに眉をひそめていた。首を傾げて聞いてくる。
「レヴィ。どうかしました?」
「え? えへへ、何でもないよ?」
シュテルとシュウの様子を眺めながら、レヴィはさらにもう一粒、豆を口に入れてしっかりと噛みしめた。
現在の皆の心境?みたいなものを書きたいなと。
次はユーリ、その次はディアーチェの予定です。
レヴィから見た主人公は、一緒に遊べる楽しい家族、みたいなものなのかもしれません。
恵方巻きのくだりは若干適当な知識です。
……リアルでは毎年必ず恵方を向いて黙して食べているのですけどね。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。