「シュウ! お願いがあります!」
ある日の休日。朝食を終えて自分の部屋に戻っていたシュウを、ユーリが訪ねてきた。そして発された言葉がこれである。シュウはしばらくユーリを見つめ、やがて言った。
「うん。いいよ」
「私と一緒に……。って、え? 内容聞かないんですか?」
まさか内容を言う前に頷かれるとは思っていなかったのだろう、訪ねてきたユーリが困惑していた。シュウはそんなユーリへと笑顔を向ける。
「ユーリなら無理難題は言ってこないだろうから。それで、何を?」
「えっとですね……」
恥ずかしそうにしながらも説明を始めるユーリ。シュウはそれを聞きながら手早くお茶の用意をしてユーリに出してやる。それに気づいたユーリが、礼を言いながらお茶を受け取った。そしてまた話の再開。
ユーリ曰く、チョコレートを使ったお菓子を作りたいとのことだった。理由は家族皆に配るためだそうだ。シュテルかディアーチェの方が適任じゃないかな、と言うと、ユーリは二人には頼めません、と首を振った。
「どうして?」
「二人もお菓子を作る準備があるでしょうから……」
はて、とシュウは首を傾げる。どうして三人は突然お菓子を作ろうとしているのかと。そう言えばレヴィも今日は大人しく大きめの本を読んでいた。思い出してみれば、お菓子か何かの本だった気がする。ということは四人全員、ということか。
なんだか自分だけ仲間はずれみたいだな、と寂しげに眉尻を下げると、ユーリが慌てて手を振った。
「ち、違いますよ! シュウに隠れて、とかそんなんじゃないですから!」
「そう? ならいいけど、でもどうして……」
問いかけて、ユーリが頬を染めてそっぽを向いた。シュウがさらに首を傾げ、何か行事でもあったかなとカレンダーを見る。今は二月。そう言えばクラスの皆は十四日のことで色々と話をしていた。
二月十四日。さすがのシュウもすぐに思い当たる。バレンタインだ。シュウは大きく目を見開き、顔を背けた。道理で四人とも突然お菓子作りなどするわけだ。
「ま、まあ事情は大体分かったよ。……ところでユーリの贈る相手は?」
バレンタインにお菓子を作るのだ。当然上げたい相手がいるのだろう。どこかで仲良くなった男の子でもいるのかと思ったが、ユーリはきょとんとしていた。何を聞いているのかと言いたげに。
「家族皆にですよ? もちろんシュウの分もです!」
「あ、うん。ありがと。……そっちか」
好きな人に上げる、ではなく親しい人やお世話になった人に上げるためのものらしい。シュウは納得したように頷いて、それと同時に何故か安堵した。
「僕はシュテルやディアーチェほど料理が上手なわけじゃないんだけど……。それでもよければ、手伝うよ」
「はい! お願いします!」
ユーリが真剣な表情で、しっかりと頭を下げた。
Side:Yuri
まずは二人で簡単な話し合いを行い、作るお菓子の方向性を決める。料理が得意でないユーリのために、簡単に作れて見栄えのいいもの、ということになった。そこからさらに具体的な案をシュウが出してくれる。
「これなら簡単でかわいいと思うけど」
シュウが菓子作りの本からあるページを指し示す。そこに映っている写真には、小さなカップにコーンフレークが少量盛られ、それをチョコレートで固めたものが映っている。
「これでお願いします」
「うん。じゃあ買い出しに行こう」
シュウと共にマンションを出て最寄りのスーパーへと向かう。シュウがかごを持って、ユーリは必要な材料を選んでいく。シュウは最低限必要なもの以外は口出しせずに、自分に任せてくれていた。それが少しだけ嬉しい。
かごに入れたものはコーンフレークと溶かすための大きなチョコレート、それにお弁当によく使う小さな銀カップだ。シュウから指定されていないが、チューブ入りの練乳とカラー砂糖というのも入れておいた。
「あ、忘れるところでした。三人とも今日は用事があるらしく家を空けるそうです。お昼ご飯はどうしましょう?」「
「急だね……。ここでお弁当でも買っていこう」
総菜コーナーへと向かい、二人で弁当を選ぶ。ユーリがハンバーグの入った弁当を選ぶと、シュウも同じもので、とのことだったので二つ入れた。三人がいつ帰ってくるかは分からないので、おやつ用にお菓子もいくつか入れていく。
レジで会計を済ませ、二人はまっすぐにマンションへと戻った。すぐにお菓子作りを始める。といっても作業は単純で、小さな鍋でチョコレートを溶かすだけだ。シュウが見守る中、ユーリはチョコレートを溶かしながら銀カップにコーンフレークを少量入れていく。一先ずは六個ほど。チョコレートがしっかり溶けたところでその銀カップにチョコレートを流し入れる。
「終わりました!」
「うん。大丈夫そうだね」
「じゃあ残りも作っちゃいますね」
「え? あ、うん。もう作るの? まだ先だよ?」
「十四日までの日曜日は今日で終わりですから……。日曜日でないとシュウと一緒に作れませんし」
これぐらいなら一人で作れると思うけど、とシュウは苦笑したが、分かったと頷いてくれた。再びシュウに見守ってもらいながら作業を再開する。そして出来上がった数は三十個だ。思った以上に量が多くなってしまったことに二人で苦笑いしつつ、チョコレートを冷ましている間に昼食を済ませてしまうことにした。
昼食後に冷えたチョコレートをさらに冷蔵庫に入れ、固まるまで待つ。あとはトッピングをするだけだ。
「ありがとうございます、シュウ」
「いや、まあ本当に簡単なものになっちゃったけどね……」
シュウが申し訳なさそうに苦笑する。十分です、とユーリは笑った。
夕方になっても三人はまだ帰ってこなかった。シュウと一緒にリビングでクッキーを食べる。テレビをつけてはいるが、それ以外はとても静かな時間だ。
ユーリはぼんやりとテレビを見ているシュウを見る。時折欠伸をしながら眠たそうにしている。
最近シュテルと親密になっていることを考え、ユーリは微笑んだ。シュテルに笑顔が増えてきたことは一緒に暮らしていればよく分かる。基本的には無表情なのは変わらないが、表情の変化が少し分かりやすくなったと思う。きっとシュウの影響だろう。
今となってはシュウは家族であり、シュウのいない生活は考えられない。シュウは自分が戦えないことを気にしている節があるが、それでいいと思う。自分たちの帰る場所でいてほしいと。もっとも、そんなことを言っても本人は納得しないだろうが。
視線を感じたのか、シュウがユーリを見る。いつもの優しい笑顔でユーリへとほほえみかけてくれる。それに安心感を覚え、思わずユーリも笑みをこぼした。
「ユーリ。全部食べちゃうよ?」
「え? あ、待ってください! ひどいです!」
シュウとお菓子の取り合いを始めながら、ユーリはこんな生活がいつまでも続けばいいのに、と願っていた。
Side:Stern
少し時を遡り。朝食を済ませたシュテルは家族に帰りが遅くなることを告げた後、高町家を訪ねていた。今はキッチンの前に、なのはと並んで立っている。二人ともエプロン姿だ。
「ではよろしくお願いします、なのは」
「うん。私の方こそよろしくね」
バレンタインのためのお菓子作り。なのはにキッチンを借りたいと相談したところ、桃子にも伝えてくれたようで二人そろって快諾してくれた。ついでということもあり、お互いにお菓子作りを手伝おう、ということになっている。
「シュテルは誰に上げるの? やっぱり……シュウ君?」
チョコレートを溶かしながらなのはが聞いてくる。シュテルはなのはを一瞥して頷く。
「もちろん全員分作りますが。ナノハもやはり家族や友人に、ですか?」
「うん。そんなところ」
そうですか、とシュテルが頷いて会話が終わってしまう。ただお互いに目の前の菓子に集中しているため自然と終わっただけでもある。しばらくの間は、協力しながらのお菓子作りが続いた。
夕方。シュテルは冷蔵庫から銀色のトレイを取り出す。それをテーブルに置くと、なのはが歓声を上げた。
「シュテル、すごい!」
トレイの中にあるのはチョコレート。ただししっかりと成形されて、二匹の子猫がじゃれついたものになっている。シュテルは一つを手にとってしばらく眺め、出来映えを確認してまた頷く。悪くない仕上がりだ。
隣を見ると、なのはも自分のものを作り終えたようだ。小さなチョコレートケーキが一つだけ。今回はお試しということらしく、本番は前日に桃子と作るらしい。
「美味しそうにできていますね」
「そう? ありがとう」
なのはが嬉しそうに嗤いながら、丁寧に箱に入れてさらにラッピングまでしていく。そのことを不思議に思いながらも、シュテルも自分のチョコレートを丁寧に箱に詰め、綺麗な紙で包んだ。
「ナノハ。今日はありがとうございました」
なのはに向き直り、頭を下げる。なのはは慌てたように手を振った。
「気にしなくていいよ! 私もいろいろ手伝ってもらえたし」
あとこれ、となのはがラッピングした箱を手渡してきた。シュテルが首を傾げると、なのはが少し恥ずかしそうにしつつ言う。
「バレンタインまではもう学校だから、会えるか分からないと思って……。ちょっと早いけど」
今のうちに、ということらしい。シュテルは少し驚きつつも、箱をしっかりと受け取り、本当にいいのですか、と念のため聞いておく。なのはは苦笑しつつ頷いてくれた。
「うん。もちろんだよ! ただできれば……あとで感想を教えてほしいかな?」
「ええ、もちろんです。お約束します。……では私からも」
先ほど包んだばかりのチョコレートの箱をなのはに差し出す。なのは少し驚いたようだった。
「い、いいの……? みんなに渡す分だよね?」
「大丈夫です。もともと貴方にも渡すつもりだったので」
シュテルがそう言うと、なのはが少し頬を赤くした。戸惑いながらもシュテルから箱を受け取り、照れくさそうに笑う。
「ありがとう。大事に食べるね」
「はい。お口に合えばいいのですが」
ではこれで、とシュテルが頭を下げてキッチンを出て行く。もちろんケーキの箱も忘れない。家から出る前に玄関まで来てくれたなのはにもう一度頭を下げ、シュテルは帰路についた。
もう一個、こっそりと作っていたチョコレートに気づかれていたようでもあるが、それを見たなのはが楽しげに笑っていたようだが、きっと気にする必要はないのだろう。
Side:Hero
十四日。シュウは自分の目の前の光景を他人事のように眺めていた。テーブルには様々な種類のチョコレートが並べられ、なかなかの量になっている。ユーリがシュウと共に作ったコーンフレークのチョコ、ディアーチェははやての案を取り入れたチョコレートケーキ、レヴィはフェイトと一緒に作ったというチョコクッキー、そしてシュテルの猫の形のチョコレート。
「……晩ご飯だね……」
思わずシュウが苦笑を漏らすと、他の四人も苦笑いしていた。予想しておくべきだったと。
たまにはいいだろう、というディアーチェの許可が下りてその日の晩ご飯代わりに皆でチョコレートを食べる。このチョコは、あのチョコはと皆がとても楽しそうだ。シュウは皆の笑顔を見ながら、猫のチョコレートを口に入れた。
夕食を終え、自室に戻る。普段はこの後は一人で読書でもしてあとは寝るだけなのだが、今日はシュテルも一緒に来ていた。どうかしたのと聞いても曖昧な返事が返ってくるだけだ。不思議に思いながらもリビングにたどり着いたところで、
「シュウ。最後にこれを」
手渡されたのは小さな赤い箱。開けていいのかと視線で問いかけて、シュテルが頷くのを確認してから箱を開ける。中に入っていたのは、先ほどとは違う形の猫のチョコレートだ。じゃれ合っている姿ではなく、二匹が寄り添って眠っているチョコレート。
「いいの……?」
思わずそんなことを聞いてしまう。シュテルはもちろんですと頷いた。シュウのために用意しましたから、と。
「それでは、私はこれで」
これを渡すためにここまで来たのだろう。シュテルはそう言って頭を下げると、部屋を出て行こうとする。思わず、シュウはその手を取っていた。
「シュウ?」
「あ、えっと……。せっかくだし、ゆっくりしていってよ」
この誘い方はないな、と自分でも思う。ただ混乱している頭ではこれが精一杯だ。頭の中では、シュテルからのチョコ、僕のために、その言葉がずっと渦巻いている。思考が働かない。シュテルはそんなシュウを少し訝しげに見つめていたが、やがて薄く微笑んだ。
「分かりました。ご一緒しましょう」
それを聞いたシュウは、安堵のため息をつき、次いで顔を赤くしながらも笑顔になった。
Side:Yuri
ユーリはディアーチェと共に片付けをしながら玄関の方へと何度か振り返っていた。先ほど、シュウとシュテルが一緒に出て行ったところだ。ディアーチェはそんなユーリを見て、困ったように苦笑する。
「気になるか?」
「少しだけ……」
正直にそう答えると、我もだ、とディアーチェが頷いた。
「まあ今の二人なら心配あるまい。うまくやっているだろう」
ディアーチェの言葉にユーリは同意して頷いた。その点はもちろん心配していない。ただ、今頃何をしているのかと少し気になっているだけだ。
あの二人が仲良くしている間は、シュウは自分たちの家族でいてくれるだろう。ユーリは二人のことを気に掛けながら、これからも続くであろう平穏な日々に思いを馳せていた。
ユーリから見た主人公は、自分たちが帰るべき平穏、でしょうか?
今回ユーリが作ったチョコは、私が幼少の頃に母親が作ってくれていた思い出の品です。
チョコを溶かしたりが面倒ではありますが、簡単に作れてなおかつ美味しいです。
お時間あれば是非一度作ってみてくださいね。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。