ギフテッド   作:龍翠

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今回は主人公の出自に関係する部分があります。
「そんなものは必要ねえ! 日常だけでいいんだよ!」という方はSide:Sternをとばしてください。
「ほう、読んでやろうじゃねえか」という奇特な方はそのまま読み進めてくださいませ。


第六話 風邪

 案の定風邪をひいた。

 原因は分かっている。土曜日に土砂降りの雨の中を長時間走ったことが原因だろう。シュテルの家で風呂に入れてもらってはいたが、手遅れだったのかもしれない。

「ううぅ……」

 頭痛にうなされながら、シュウは時計を見た。午前十時。もうあまり時間がない。

 シュテルとディアーチェから、今日も昼食と夕食に誘われている。シュウにとってもありがたい申し出ではあるので軽い気持ちで約束してしまったのが、この状態ではどう考えても行くことができない。

「約束破るのは嫌だけど……。風邪うつしちゃ、悪いしね……」

 せめて連絡だけでもしておこう。そう思ってちゃぶ台に置いてある携帯電話に手を伸ばそうとするが、

 ――……あ、無理。

 頭痛がひどくなって諦めた。もう少し休んでから連絡しよう。そう決めて、再びベッドに潜り込む。それにしても。

 ――シュテルが作るのかな、ディアーチェが作るのかな……。食べたかったなあ……。

 空腹に耐えながら、シュウは小さくため息をついた。

 

 次に目を覚ましたのは、携帯電話が鳴ったからだ。ぼんやりとした意識のまま頭痛をこらえて携帯電話に手を伸ばす。表示されている名前を見て、シュウは驚いて時間を確認した。午後一時。きっとかなり待たせてしまったに違いない。

 シュウは慌てて通話ボタンを押すと、すぐに言った。

「ごめん」

『……突然ですね。急用でも入りましたか?』

 電話の相手、シュテルの声はどこか不機嫌そうだ。それもそのはずだろう。昨日は正午までには行くと言った覚えがある。

「急用……。うん、急用が入ったんだ……。だから今日は行けそうにない。ごめんね、先に連絡をと思っていたんだけど……」

 怒らせることはしたくなかったが、心配させることはもっとしたくなかった。そのためシュテルの勘違いをそのまま利用する。

『…………』

 無言が返ってくる。怒ってるかな、と不安になりながら、シュテル? と呼びかける。

『体調でも悪いのですか?』

 突然言い当てられてシュウは押し黙る。それを図星と取ったのか、シュテルがわずかに苦笑する気配が伝わってきた。

『大方、私たちに心配かけないように先ほどのことを言ったのでしょうが……。わかりやすいですよ、シュウ』

「面目ない……」

 全てを言い当てられシュウは情けなくなる。自分はそんなに単純な性格をしていただろうか。

『今はご自宅ですね? では今日の約束はまた後日ということにいたしましょう』

「うん……。本当にごめんね……」

『いえ、お気になさらずに。では』

 電話が切れる。シュテルの声が聞こえなくなる。それだけで寂しさを覚えてしまうあたり、自分の心はとても弱くなってしまったようだ。

 ――……寝よう。

 シュウは再びベッドに戻ると、すぐに目を閉じた。

 

 次に目を覚ました原因は、聞こえてくるはずのない音が聞こえてきたからだ。部屋の扉側、短い廊下に備え付けられている流しから音がする。ぐつぐつと何かを煮込む音。一体誰がと体を無理矢理に起こしてそちらを見る。

 廊下への扉は閉じられているが、誰かがそこで何かをしていることは分かった。少しずつ思考を開始して、寝る前の電話を思い出す。電話を切る前に自分が自宅にいるかどうかをわざわざ確認していたような気もする。

 ――……もしかしなくても……。

 扉が開けられる。そこに立っていたのは、やはりと言うべきかシュテルだった。

「おや、起こしてしまいましたか」

 シュテルの手には小さな鍋。シュテルはそれをちゃぶ台に置くと、一度流しの方へと戻る。次の戻ってきた時には、お椀とスプーンを持っていた。

「台所をお借りしました。事後承諾になってしまい申し訳ありません」

「いや、それはいいけど……。どうして? むしろどうやって?」

「どうして、というのは理由でしょうか。体調が悪いと聞いたためです。貴方の声の調子から衰弱していると判断してここに来ました」

 まさか声から判断されるとは。次があれば声にも気をつけよう。そう心に決める。

「どうやって、というのは家に入った手段でしょうか。鍵、空いていました」

 不用心ですね、とシュテルはため息交じりに付け足す。それを聞いて昨日の記憶を思い出そうとしてみるが、そんな細かいところまでははっきりと覚えていない。だが確かに閉めた記憶がないような気がする。

「以後気をつけます……」

「そうしてください。……まあ……。そのおかげで貴方を起こさずに済みましたが」

 途中で起きられるというのは想定外でした、とつぶやきながら、シュテルはお鍋からお椀に中身を移していく。そのお椀とスプーンを差し出してきた。中身を確認すると、おかゆだった。黄色い何かが混ぜられている。

「さつまいもです。芋がゆにしてみました」

「ああ、なるほど……」

 スプーンですくって口に運ぶ。一口食べて、二口食べて……。気づけばお椀は空になっていた。あ、と切なげな声をシュウが漏らすと、シュテルはうっすらと苦笑を浮かべ、シュウからお椀と取り上げる。すぐにお代わりを入れてくれた。

 再び差し出されたお椀を受け取り、また食べる。そしてあっという間にお鍋は空になった。

「十分に用意したと思っていたのですが……。シュウ、まさか朝食は……」

「食べたと思う?」

「……愚問でした」

 呆れたようにため息をつくが、その表情は柔らかい。そんなシュテルの顔を見ながら、シュウは何となく幸せな気持ちになる。今までは風邪をひいても、ただ寝て治したものだ。

 不意に額に冷たいものが触れた。シュテルの手だ。ひんやりとしていて気持ちがいい。

「まだ熱いですね……。風邪薬を買ってきたので、それを飲んで眠ってください」

「う……。薬は飲みたくない……」

「子供ですか。飲みなさい」

 子供です、という当然の反論はシュテルに睨まれてできなかった。渡された水と薬を胃に流し込む。錠剤なので飲みやすくはあったが、やはり嫌悪感の方が強い。

「薬なんてここに来てから初めてだよ……」

 そんなことをつぶやきながら布団にもぐる。横になると急に睡魔が襲ってきた。どうやらまだまだ回復は遠いらしい。シュテルが言うようにこのまま眠ってしまうとする。

 早くも朦朧とした意識の片隅でシュテルへと視線を向けると、優しげな微笑を浮かべてこちらを見つめていた。おやすみなさい、とかすかに聞こえてくる。いつまでいるんだろうと思いながらも、起きた時に側にいてくれたら嬉しいな、など思いながら眠りに落ちた。

 

 

 Side:Stern

 シュテルはシュウが眠ったことを確認すると、押し入れの方へと向かう。ごめんなさい、失礼しますと小声で謝罪して押し入れのふすまを開けた。押し入れは上下に分かれていて、上段には何もない。おそらく普段はここに布団をしまっているのだろう。

 下段には段ボール箱がいくつかときれいに畳まれた衣服やタオル、学校に必要なものなど。シュテルは目的のものがすぐに見つかったことに安堵しつつ、タオルを手に取った。流しへと向かい、冷水で濡らしてしっかりと絞る。それをシュウの額に置くと、表情が幾分か和らいだように見えた。

 そこまでのことを終えて、シュテルは持ってきていた文庫本を取り出す。とりあえずはこのまま様子を見るため待機とする。文庫本を開こうとしたところで、ふすまを開けっ放しにしていたことに気がついた。

 もう一度押し入れに向かい、閉める。その直前に、段ボールの上に置かれている写真立てに気がついた。悪いとは思いつつも手にとって見てみる。

 夫婦と思われる男女と、その男と手を繋いでいる笑顔のシュウ。この男女がシュウの両親なのだろう。そしてもう一人。

「妹がいるのですね」

 女と手を握っているのはシュウよりも幼い女の子だ。順当に考えればシュウの妹だろう。そう言えばシュウの家族構成は聞いていない。

 いずれ聞いてみたいと思いながら写真立てを戻し、ふすまを閉めた。

「……っ!」

 珍しくシュテルが息を呑む。視界の上、ふすまの上、天井。小さな穴が空いている。すぐに何食わぬ顔で戻り、読書を始めるふりをする。そっと待機状態のルシフェリオンを握り、魔法を展開。目に見えない魔力の玉がシュテルの目の代わりとして押し入れの穴の奥へ。

 そこにあったのは、監視カメラと思しきものだった。

「…………」

 シュテルは内心で動揺しながらも表情には出さず、魔法を解除する。誰が何のために仕掛けているのかは分からないが、今自分にできることは何もない。シュテルはとりあえずカメラのことを意識から追い出した。

 

 

  Side:Hero

 今度は自然と目を覚ました。シュウはゆっくりと目を開き、体を起こす。まだ体は重たいが、幾分か楽にはなった。

 窓の外は暗く、部屋も電気が消されている。シュテルが消していってくれたのだろう。そこまで考えて、扉の開閉の音で思考は中断された。

 廊下を歩いて部屋に入ってきたのは、やはりシュテルだった。手には買い物袋がある。

「起きたのですね、シュウ」

 いつもの無表情でシュテルが言う。シュウは笑顔でうなずいた。

「うん。おはよう。……夜だけど」

「はい。おはようございます。夜ですが」

 シュテルは買い物袋をちゃぶ台に置くと、夕食を作ってきます、と言って部屋を出て行った。流しから音が聞こえ始める。

 しばらく待つと、昼と同じく鍋とお椀を持ってシュテルが戻ってきた。今回も芋がゆのようだ。

「どうぞ」

 差し出されたお椀を受け取り、ゆっくりと食べ始める。今回はお椀は二個あり、そのうちの一個でシュテルも食べ始めた。

 無言で食事は進み、すぐに鍋は空になった。今回もシュウがほとんど食べてしまった。

「食欲はしっかりあるようですね」

「食欲だけはね」

 自嘲気味に言うシュウの額にシュテルの手が触れる。冷たくて気持ちいいなあ、とまた思ってしまう。

「少し下がりましたね……。しっかりと眠れば、明日には治っているでしょう」

「うん……。ごめんね、助かったよ」

 心の底から言うと、シュテルはどういたしまして、と変わらぬ表情で答える。

「では風邪薬を飲んで眠ってください」

「いやさすがに無理だよ! もう眠気もないし……!」

「横になっていればそのうち眠れますよ」

 いやそれはさすがに、と言おうとしたところで水と薬を手渡された。渋々といった様子で胃に流し込み、また布団に横になる。本当に眠くなってしまうあたり、自分は本当に単純らしい。

「ではシュウ。明日の朝にお弁当を届けに来ます。あと夕食はいかがですか?」

「ん……。いいの?」

「今更そんなことを聞かないでください」

 それを聞いたシュウは苦笑。じゃあお願いします、と答える。

「はい。では私はそろそろお暇いたします」

 そう言ったシュテルの手を、シュウは反射的につかんでいた。わずかに驚くシュテルと、自分でも不思議に思ってしまうシュウ。だがどうしてか、離す気にはなれない。

 やれやれ、といった様子でシュテルはため息をつく。だがその表情に棘はない。

「貴方が眠るまではここにいますよ」

「ん……。ごめんね」

 シュテルの手がシュウの頬に触れ、お気になさらずに、という言葉が聞こえてくる。シュウはそれに笑顔を浮かべると、また深い眠りに落ちていった。

 風邪をひくのも悪くない、そんなことを思いながら。

 




告白イベントとかそういう後なら、こういう看病ネタってもっとあまあまになるのでしょうか。
うちの主人公はそんな度胸ありませんが。

ずっとシュテるんメインの話だなと今更ながら思いました。
今後、奇数話は他のマテリアルズをメインに据えたいと思います。
レヴィ→王様→ユーリという順番でいきましょうか。攻略本?もそんな感じですし。
なので次はレヴィメインでいきたいと思います。

誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。
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