「大きな荷物だな」
三月のある日。シュウの部屋を訪れていたディアーチェの言葉だ。ディアーチェが見ているものは、リビングに置かれている大きな段ボール箱。先日、両親から送られてきたものだ。必要なければ着払いで送り返しなさい、という手紙もあった。
「何が入っているのだ?」
「雛人形。分かる?」
「うむ。しかし、なぜだ? シュウは男であろうが」
女の子が暮らす家ならまだ分かるが、シュウは男だ。なぜシュウの家へと送ってきたのか分からない。ディアーチェが眉をひそめていると、シュウは苦笑して言う。
「それはまあ……。多分、みんなと一緒にいることが多いからじゃないかな」
「む……」
シュウが多くの時間をディアーチェたちと過ごしていることは両親も知っている。だからこそ、両親は使わなくなった雛人形を送ってきたのかもしれない。あの家の女の子、つまりはシュウの妹も今はこちらに住んでいるため、実家ではまず飾らないのだろう。なら妹宛に送ればいいのにとは思うが、妹もよくシュウの家を訪ねてくるためシュウの家の方が都合がいいと判断したのだろう。
だが、シュウの方も送られてきても邪魔なだけだ。スペースを多く取るため、飾ろうとも思えない。それ以前に飾り方を知らないというのもあるのだが。
「なるほどな、雛人形か」
誰も興味など持たないだろう、そう思っていたのだが、ディアーチェは興味深く箱を見ている。予想外の反応にシュウは少し驚きつつも、笑顔で問いかけた。
「興味あるの? 見たい?」
「いや……。だがユーリが喜びそうではあるな」
なるほど、とシュウは頷く。確かに飾っていれば、ユーリは特に喜ぶかもしれない。なら飾ってみるのも悪くはないだろう。
「ディアーチェ。手伝って」
「うむ、分かった」
さすがにリビングで飾るのは邪魔なため、シュウは空室を使うことにし、まずは段ボール箱を使っていない部屋へと運ぶことから始まった。
Side:Dearche
シュテルとレヴィが仕事に向かうのを見届けてから、ディアーチェはシュウの部屋を訪れていた。ちなみにユーリはうたた寝をしている。あれはしばらく起きないだろう。シュウの部屋で見つけたのが雛人形で、今はそれらの飾り付けを行っていた。
「これが説明書、だね。えっと……」
二人で説明書を見ながら少しずつ組み立てていく。ディアーチェにとっては実物を初めて見るものなのでなかなか難しい。頼りになるはずのシュウも組み立ては初めてなのか、何度も説明書を読み返しては唸っていた。
――これは時間がかかりそうだな。
自宅で昼寝をしているユーリのことが気にかかったが、念のためここに来ている旨の書き置きはしてある。一先ず目の前の作業に集中することにした。
どれほど時間が過ぎただろうか。ようやく組み立てと飾り付けが終わった頃、空腹感に驚いた。作業に集中するあまり昼食時を逃してしまっていたらしい。時計を確認してみると、短針が二を指している。ユーリはまだ起きていないのだろうか。
「完成、で良いな?」
「うん。大丈夫だと思う」
「では少し遅くなってしまったが昼食にしよう。ユーリを呼んでくる」
今からではあまり凝ったものは作れない。冷凍庫に何かあったかと考えながらディアーチェは部屋を出ようとして、すぐに振り返った。
「シュウ。昼食は……」
どこで食べる、と聞こうとしたが、すぐにディアーチェは口を閉じた。シュウは組み立てられた雛人形たちを見て、懐かしいものを見るかのように目を細めている。昔のことを思い出しているのかもしれない。邪魔をするのも無粋だろうと考え、ディアーチェは静かに部屋の扉を閉じた。
自宅のリビングに戻ると、ユーリはまだ眠っていた。机に突っ伏して整った寝息を立てている。その様子に苦笑しながらディアーチェはユーリの肩を揺らした。
「ユーリ。遅くなったが昼食にするぞ」
ユーリがゆっくりと目を開け、ディアーチェを認めると柔らかな笑顔を浮かべる。ディアーチェは苦笑を漏らしながらキッチンへ。冷凍庫から袋詰めされたピラフを三袋取り出す。少し考えて、冷凍ハンバーグも出すことにした。
電子レンジで解凍しながら、ディアーチェはシュウのことを思い出す。遠いものを見るように目を細めていたシュウを。
どのような理由があるとしても、シュウの最近までの暮らしは決して恵まれていたものではなかった。それ故に、時折まだ平和だったのだろう昔を思い出している節がある。シュウの心のより所なのかもしれない。
ユーリやレヴィ、特にシュテルはシュウのことを気に入っているようだ。もちろん自分もシュウのことは良く思っている。シュウも庇護すべき家族だと思っている。それ故に、支えてやりたいとも。
「まあ……。我は手助けしかできんか」
シュウはシュテルと一緒にいる時が一番安らいだ表情を見せる。ならば自分はこの二人を支えることに徹することが最善だろう。ディアーチェは温まったピラフを皿に移しながら、小さく頷いた。
未だ船をこいでいるユーリを連れて、シュウのリビングへ。シュウがいなかったのでユーリを先に座らせ、ピラフの皿を置いておく。雛人形の部屋をのぞき見ると、シュウはまだそれを見つめていた。
「シュウ」
呼びかけると、すぐに反応があった。振り返り、笑顔を見せる。
「なに?」
「用意ができた。さっさと食べてしまえ」
「用意って……。ああ、そっか。お昼ご飯」
気づいていなかったのか、ディアーチェは呆れたようにため息をついた。シュウへと短く告げる。冷めるぞ、と。
「うん。今行く」
シュウが立ち上がったのを確認して、ディアーチェは満足げに頷いた。
Side:Hero
昼食後。シュウはディアーチェとユーリと共に買い物を済ませた。買ったものは今日の夕食と、そして雛あられ。雛あられを見たユーリが、何ですかそれと不思議そうに首を傾げていたが、あとのお楽しみ、と笑顔を送る。
やがてシュテルとレヴィが帰ってきた。二人ともに怪我がないようで一先ず安心する。
「王様! 今日の晩ご飯は?」
「まあ待て、レヴィ。それよりもうぬらに見せたいものがある」
ディアーチェが楽しげな笑みを浮かべ、シュウへと目配せしてくる。シュウも笑みを返し、三人を自宅のあの部屋へと案内する。シュテル、レヴィ、ユーリの三人は怪訝そうにしながらもシュウの後に続いてくれた。
そして部屋に入った三人は、驚きで目を丸くした。
「これは……雛人形、ですか?」
「うん。実家から送られてきたんだ。どう?」
「なんかすごい!」
瞳を輝かせるレヴィ。なんかって何だろうとシュウは思わず苦笑してしまう。
「すごいです! いつの間に作ったんですか?」
聞いてくるのはユーリだ。シュウがディアーチェへと視線を送り、言う。
「ユーリが寝ている間に、ね。ディアーチェが、ユーリが喜びそうだって手伝ってくれたよ」
「な! シュウ!」
話を振られると思っていなかったのだろう、ディアーチェが慌てる。そんなディアーチェへユーリが嬉しそうに、
「ありがとうございます、ディアーチェ!」
「う、うむ……」
ディアーチェは顔を背け、小さな返事をした。顔が赤くなっているのだが、それは何も言わないでおく。
「じゃあ見るものも見たし、ディアーチェ、晩ご飯にしようよ」
「ああ……そうだな」
ディアーチェが夕食の準備のために退室する。シュテルが手伝うためにそれを追い、シュウもそれに続こうとして、
「せっかくだからここで食べようよ!」
レヴィの声にシュウはぴたりと動き止めた。
雛人形が飾られた部屋に大きめのちゃぶ台が運び込まれる。夕食はディアーチェが作ったちらし寿司だ。ちゃぶ台の中央に大きな皿に山盛りにされ、それぞれ自分たちの皿に好きな量を移していく。
「うん。さすがディアーチェ。美味しい」
「そうか」
シュウに言われたディアーチェの返事は短いが、その表情はどこか嬉しそうでもあった。
ちらし寿司の後は、雛あられを大きな皿に入れ、皆でつまみながら雑談に花を咲かせる。今日の仕事の話や雛人形の準備の話など。部屋は違うがいつも通りの夕食後の風景だ。皆が話を続ける中、シュウはそれには加わらずぼんやりと雛人形を眺めていた。
それは片付けの時になっても変わらない。皆が食器等を片付けている間も片付け終わってからも、シュウはずっと考え事を続けていた。思い出すのはまた実家にいた頃のことだ。何も知らずに平和に暮らしていた頃だ。
「シュウ。どうかしましたか?」
背後から声を掛けられ、シュウは驚いて振り向いた。シュテルがわずかに眉尻を下げてシュウを見つめている。シュウは少し言葉に詰まったが、やがて力なく微笑んだ。
「何でも無いよ。ちょっと昔を思い出していただけ」
「そうですか」
それ以上シュテルは何も言わない。シュウが話したくないことを聞こうとしないでいてくれる。それがとてもありがたい。シュテルは何も言わず、シュウの隣に座った。湯気の立つココアのカップを差し出してくれる。
「ああ、ありがとう」
受け取り、それに口を付ける。体が暖まる。
「この雛人形は、文花のものなんだ」
シュウの言葉をシュテルは黙って聞く。シュウも返事を求めているわけではないので、淡々と話を続ける。
「文花が両親におねだりして買ってもらったものなんだけどね。イメージと違ったらしくて、雛人形が怖いって泣き出して……。結局一度飾っただけで、押し入れの奥深くにしまわれたよ」
さすがにあの両親もショックだったろうなと思う。わがままな妹だな、と。もっとも、その妹の泣き声にもらい泣きした自分が言えるものではないが。雛人形を見て泣き始めた兄妹にさぞかし慌てたことだろうと思う。
今となってはもう、この雛人形の前でそんな光景が広がることはないだろう。そのことを少しだけ寂しく思う。
「この雛人形も、もうちょっとちゃんと飾ってあげられたら良かったのにね」
そんなことをつぶやくと、シュテルがそうですねと頷いた。
「ならこれから毎年飾りましょう」
「へ?」
「準備が面倒なのでしたら、手伝いますよ」
シュテルの言葉に、シュウはしばらく唖然としていたが、やがて顔を真っ赤にした。そうだね、とシュテルから顔を背けて言う。この子は自分が言っている言葉の意味を考えているのだろうか。
「どうかしましたか?」
「い、いや! 何でもないよ!」
慌ててそう言いながら、雛人形に視線を戻した。
これから毎年。ずっとシュテルたちと一緒にいられれば、それも叶うのかもしれない。
ずっと一緒にいられれば。
「毎年使うなら、ちゃんと丁寧にしまわないとね」
「そうですね。私も覚えておきたいので教えていただけますか?」
「うん。もちろん」
隣のシュテルの体温を感じながら、シュウは静かに微笑んだ。
Side:Dearche
部屋の扉にもたれかかり、ディアーチェは一人ため息をついた。扉から背を離し、自宅へと戻る。もうしばらく戻らないだろうし、先に風呂を済ませておくか、と。
「我にできることは、まあ……。手助け程度だな」
家臣の安寧を守るのも王の務めだ、とディアーチェは笑う。自分たちは、あの二人はこれでいい、と。滅多に見せない優しい笑みを浮かべながら、ディアーチェは静かにその場を後にした。
ディアーチェから見た主人公は、守るべき家臣(家族)、でしょうか。
何度か昔という言葉を使いましたが、大人からすれば昔というほどでもないです。
ですが、子供にとっては長く感じるだろうと考え、昔、としておきました。
ここで一つ、来週の予定を。
ラスト5話ぐらい?は毎日更新にチャレンジするですよ!
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。