「ご教授お願いします」
八神家のリビング。現在そこにいるのは四人の子供。なのはにフェイト、はやて、そしてシュウだ。少女三人がソファに並んで座り、その向かい側で少年がたった一人で深々と頭を下げている。その光景は少々情けないものがある。
「そ、そんなに頭を下げないでよ! そこまでしなくても、協力するつもりだったから!」
慌てたように言うのはなのはだ。フェイトも勢いよく頷いている。
「そうだよ。私たちでよければ手伝うから」
「そうやで。だからそんな申し訳なさそうな顔せんといてや。な?」
最後にはやてがそう言うと、シュウがようやく頭を上げた。安心したような表情をして、良かった、と和らげる。自分一人ではどうしようかと思っていた。
「じゃあ、早速」
なのはが笑顔で言って立ち上がる。それにフェイトが続き、はやての車椅子を押す。
「始めよう」
三月十四日。ホワイトデー。チョコのお返しをする日だ。シュウもシュテルたちにお返しをしないといけないとは思っていたのだが、良い案が出ずにこの日を迎えてしまった。店売りで済ますのはまずいと考え、なのはたちに頼み込んだというわけだ。事情を聞いたなのはは快諾してくれ、さらにはフェイトやはやてにも声をかけてくれた。その結果として、八神家に呼び出されて今に至る。
結論としては、シュウがある程度の料理はできると聞いて、何かしらお菓子を作ろうということになった。
「一応希望を聞いとこか」
キッチンまで来たところではやてが振り向いて聞いてくる。シュウは少し考え、答えた。
「美味しいもの?」
「曖昧すぎるよ。もうちょっと具体的に」
「えっと……。ある程度簡単なもの、かな。数が作れるように」
なるほど、と女の子三人が相談を始める。当事者のはずのシュウは蚊帳の外だ。助けを求めた時点で当然ではあるのだが。
「あ、それともう一つ」
シュウが思い出したかのように口を開くと、なのはたちがシュウを見てくる。シュウは三対の視線から逃れるように視線を逸らし、言う。
「一つは少しがんばりたい。できればで」
「一つ? 誰に上げるの?」
一つだけ、と聞いてなのはが眉をひそめた。シュウが苦笑する。今更それを聞くのか、と。声には出さなかったが伝わったのだろう、なのははすぐに顔を赤くすると、ごめん、と顔を背けた。
「それじゃあ、始めよか」
はやてに促され、シュウもキッチンに立った。
Side:Nanoha
なのはたちが見守る前で、シュウは調理を続けていた。簡単に作れるものはすでに調理を終えている。今は、少し手の込んだもの、だ。作り方だけを教え、あとは間違ったことをしないか見守るだけだ。
「シュウはうまくやってるみたいだね」
ジュースを飲みながらフェイトがつぶやく。それにはやても頷いた。
「たまに王様に聞くけど、みんなと仲良くやってるらしいで。ユーリも懐いてるとか」
「そうなんだ。レヴィはあまり他の子のことを話してくれないから」
正確に言えば、レヴィは雑談よりも体を動かす方が好きならしく、たまに会ってもそういったことを聞く前に疲れるまで遊ぶことになるらしい。聞かれれば答えてくれるのだろうが、楽しそうな笑顔を見るとそれを中断させてまで聞くことはできない、とのことだった。
逆にディアーチェはたまにはやてを訪ねているらしいが、ほとんどが雑談や料理といったことで終わるらしい。それ故にはやてが彼女たちの事情に一番詳しいと言える。
「シュテルからは何か聞いてる?」
問いかけてきたフェイトに、なのはは一度だけ頷いた。
「うん。ただシュテルも自分から話してくれることって少ないから……。でも、シュウ君といると落ち着く、とは聞いてるよ」
なのはを訪ねてくるのはシュテルだ。ただなのはとシュテルの場合は、頻繁に模擬戦を行っている。その前後や合間に少し聞くだけだ。だが、その短い会話からでもシュテルがシュウのことを気に入っていることはよく分かる。シュウのことを話すシュテルの表情は、いつもの無表情ながら柔らかい雰囲気をまとうためだ。
補足をしておけば、もちろんシュテルと一日雑談に花を咲かせることもあれば、一緒にお菓子作りをしたりなどもしている。だがやはり模擬戦の割合の方が高いのだが。
それにしても、とはやてが言って、なのはは親友へと顔を向ける。はやてが照れたように頬をかきながら言った。
「想いを告げたようだって聞いた時は、驚いたなあ……」
なのはとフェイトが神妙な面持ちで同意して頷いた。なのはとフェイトはディアーチェから聞いたはやてに教えてもらったのだが、本当に驚いたものだ。それと同時に嬉しくも思ったが。
「今の生活が続くといいんだけど……」
そう思うが、シュウやシュテルたちはどう思っているのだろう。この先はどうするつもりなのだろうか。今はまだ、先のことは分からないままだ。
調理をしているシュウへと視線を戻す。レシピを見ながら調理を進めている。そのシュウを見つめながら、なのはは心の中でつぶやいた。
――みんなを……。シュテルをよろしくね、シュウ君。
Side:Hero
八神家で作ったものを丁寧にビニール袋に入れ、三人に何度も礼を言いながら帰路に着いた。その時にこの三人にもお返しを渡しておくのも忘れない。バレンタインの日にシュテルたちを経由してもらっていたためだ。
自宅にたどり着いたシュウは一先ず自分の部屋に向かい、ビニール袋をリビングに置く。ビニール袋の底に入れていた小さな箱を取り出すと、それを冷蔵庫に入れてシュテルたちの部屋へと向かった。
「あ、シュウ。お帰りなさい」
リビングに入ると、ユーリが笑顔で出迎えてくれる。リビングにはユーリ一人きりだった。
「ただいま。ディアーチェは?」
シュテルとレヴィは仕事が入っていたはずだが、ディアーチェは違ったはずだ。ディアーチェの姿を探してキッチンの方を見るが、キッチンの明かりは消されていた。買い物かな、と首を傾げていると、
「シュウ。入れんのだが」
背後からの声。驚いて振り返ると、ディアーチェがスーパーの袋を提げて立っていた。やはり買い物に行っていたらしい。ユーリがいるのに一人で買い物なんて珍しい、と思っていると、シュウの表情からそれを読み取ったのだろう、ディアーチェは苦笑した。
「うぬがいつ帰ってくるか分からなかったからな。ユーリには留守番を頼んでおいた。ユーリ、ほれ」
ディアーチェが小袋サイズのグミを手渡す。目を輝かせてそれを受け取るユーリ。留守番をしてもらったお礼、といったところか。
「シュテルから念話があった。あと一時間もせずに帰るそうだ」
「そっか。じゃあのんびり待ってようかな」
そうしておれ、とディアーチェはキッチンへと向かう。夕食の準備でもするのだろう。シュウはそれを見送ってから自分の席に座った。
それからしばらくして、シュテルとレヴィが帰ってきた。シュテルは平然とした様子で夕食の準備を手伝い始めるのだが、レヴィは疲れ切ったようにリビングのテーブルに突っ伏した。実際に声でも、疲れた、とこぼしている。
「今日は大変だったの?」
「……書類嫌い……」
「……ああ……」
その一言で理解した。何かしらの事務処理を手伝っていたのだろう。確かにシュテルなら黙々と処理するイメージがあるが、レヴィには向いていないように思う。
「お疲れ様」
ねぎらいをこめてそう言うと、レヴィの頬がわずかに緩んだ。
「……夕食にするが、いいか?」
キッチンから顔を出したディアーチェがそう聞いてくる。それを聞いた瞬間、レヴィは勢いよく体を起こした。
「ごはん!」
「……良さそうだな」
呆れたようなため息をつきながらも、ディアーチェは笑っていた。
リビングのテーブルに夕食が並ぶ。ミートソースのドリアだった。ディアーチェ曰く、昨日のうちに仕込んで置いたらしい。五人でそれを全て平らげる。いつもより少し少なめの量だ。
全員の皿が空になったところで、ディアーチェが立ち上がった。
「さて。デザートの時間だ」
そう言ってディアーチェがキッチンから持ってきたのはジャムを使ったクッキーだ。いちごやブルーベリーなど様々なジャムが使われているようで、色鮮やかになっている。
「ちなみにジャムを作ったのはユーリだ」
「私たち二人から、です!」
早速シュウが一つ口に入れ、続いてシュテルとレヴィも頬張る。しっかりと味わって、素直に感想を告げる。美味しい、と。それを聞いたユーリは嬉しそうに破顔した。
「さすが王様! ユーリもすごい! あれだね、共同作業だね!」
「妙な言い方をするなたわけ!」
ディアーチェが顔を真っ赤にして叫び、どうして怒られるの、とレヴィは困惑してしまう。その様子がおかしくて、シュウは思わず噴き出してしまった。我に返ったディアーチェが咳払いして、シュテルとレヴィへと目配せする。
「私からはこちらを」
シュテルが用意したものは湯気の立つカップだ。それぞれの目の前に一つずつ差し出されたそれには、温かいマシュマロの入ったミルク。ほう、とディアーチェが感心したような声を漏らした。
「なるほど。見た目も素晴らしい」
「光栄です」
「ボクはこれ!」
シュテルが礼をした横で、レヴィが箱を差し出してくる。中に入っているのは大量のあめだ。よく見れば、一つ一つ形が違う。どれもが歪な形をしていた。
「もしかして、手作り?」
「うん。オリジナルと一緒に作ってみたんだ。失敗しちゃったけどね」
後半はどこか悲しげな表情になってしまっていた。シュウたちはそれを一口含む。味付けはシンプルで、自然な甘さが口に広がる。見た目とは違い、なかなか美味しい。
「初めてでこれなら大したものだ。菓子作りの中でも難しいものだぞ」
「ええ、本当に。がんばりましたね、レヴィ」
ディアーチェとシュテルに続けて褒められ、レヴィは一瞬ぽかんと呆けた後、すぐに嬉しそうに頬を綻ばせた。そうかな、と照れたように顔を赤くしている。あまり見ない表情でとても新鮮だ。
「次があれば、今度は一緒に作りましょうか」
「うん!」
シュテルの誘いにレヴィは嬉しそうに頷いた。
「それじゃ、最後に僕だね」
一番最後というのは避けたかったが、仕方がないと諦めつつシュウも持参したものを差し出した。袋に入っているのはカップに入ったマシュマロでチョコレートがかかっている。
わずかに驚きを見せる四人。気にしなくとも良かったのだが、とディアーチェは苦笑している。そして、誰も手を着けない。もしかして見た目からだめかな、とシュウが不安に思い始めていると、ディアーチェがため息をついた。
「シュテル。はよ食べろ。我らが食べられん」
「そうだよ、シュテるん。早く早く」
レヴィにも急かされ、シュテルはどうしてかと首を傾げていた。シュテルとしては、王が食べてから、とでも思っていたのだろう。その王であるディアーチェに促されたので、シュテルが最初に口に入れた。
「なるほど。シンプルですが、それ故に美味しいですね」
「そう? それなら良かった」
安堵のため息をつくシュウ。ディアーチェが満足そうに頷いて、全員が食べ始めた。
食事後。ユーリはリビングで、食べ過ぎましたと横になっており、レヴィは幸せそうな表情をしながらテーブルに突っ伏している。ディアーチェは片付けのためにキッチンに行っていた。その直前に、あとの家事は引き受ける、とシュテルに言っていたのを聞いている。
シュテルは不思議そうにしながらも、ではお言葉に甘えますと頷いていた。今はシュウの隣で本を読んでいる。
「あのさ、シュテル」
声をかけると、シュテルが顔を上げた。何でしょうか、と首を傾げてくる。
「ちょっと一緒に来てもらってもいい?」
「構いませんが……。どうかしましたか?」
いいから、とシュテルの手を引いてシュウは自分の部屋へと向かう。シュテルは怪訝そうにしながらも着いてきてくれていた。
シュウの部屋のリビングにたどり着き、シュウはシュテルを座らせる。ちょっと待ってて、と言い残してキッチンへ。冷蔵庫に入れていた小さな箱を取り出して、ついでとばかりにパックのジュースも持って戻る。それは? と聞いてくるシュテルに返事をせずに、今度は小皿とフォークを二組用意して、シュテルと自分の前に置いた。それからようやく、小箱を開けて中身を取り出した。
小箱に入れていたのは、小さめのガトーショコラだ。それを見たシュテルが目を丸くし、その反応にシュウは嬉しそうに微笑んだ。あらかじめ半分に切っておいたガトーショコラをシュテルの皿に載せる。
「はい。シュテルの分」
シュテルはそれをまじまじと見つめている。形悪いよね、と自嘲気味に笑うと、シュテルはそんなことはありませんと首を振った。
「シュテルからも別でチョコをもらったからね。それのお返し、ということで」
「なるほど……。気にしなくても良かったのですが」
「細かいことは気にせずに、食べてみてよ」
シュウに促され、シュテルはフォークを手に取った。シュウが見守る中、シュテルが一口目を食べる。ゆっくりと咀嚼して、呑み込んだ。
「ど、どうかな……?」
緊張しながら聞く。シュテルはシュウを見て、
「手作り、なのですか?」
「うん。なのはたちに教えてもらいながら、だったけど……」
口に合わなかったのかな、と内心で落胆しかけていると、シュテルがゆっくりと優しげに微笑んだ。
「とても美味しいですよ。ありがとうございます、シュウ」
その笑顔を見て、シュウは内心で安堵する。シュウも笑顔を返して、良かった、と言いながら自分の分を食べ始めた。
もともとのサイズが小さかったこともあり、二人ともすぐに食べ終わった。ジュースを飲みながら、二人きりでのんびりと過ごす。静かな、時間。
「シュウ」
呼ばれて、シュウはシュテルを見る。シュテルとしっかりと目が合う。
「ありがとうございます」
シュウは目を丸くして、すぐに苦笑する。律儀だな、と。
「でもまだまだ下手だからさ……。今度、一緒に作ろうね」
「はい。是非とも」
そしてまた無言。お互いが飲み物を飲む音だけが静かに響く。心地の良い静かな時間だ。その時間の中で、二人はそっと体を寄せ合った。どちらからともなく、自然と。二人同時に顔を見合わせ、照れたような笑みを交換する。わずかに頬を赤くしたシュテルを見て、かわいいな、と思ってしまった。
この時間が続きますように。そんなことを心から望みながら、シュウはそっとシュテルに口づけした。
その日のキスは、とても甘い味がした。
原作組から見た主人公は、紫天一家の一員……なのでしょうか?
最後はちょっと甘くしてみました。書いていて楽しかったですよ!
どうしてホワイトデーにガトーショコラ(チョコ系)なのかと聞かれそうですが、「ホワイトデー お返し」で検索した結果だったりします。
ここからがんばって毎日更新したいですよ! でも途中で挫折しそうですよ!
あと丸かぶり寿司うまうま!
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。