いずれ修正する……かも?
「これで全部、かな」
シュウの部屋に段ボール箱が三箱運び込まれた。持ってきたのは男女二人組。シュウの両親だ。シュウは封を開けて中を見て、頼んでおいた教材であることを確認する。両親へと顔を向けて、言った。
「うん。ありがとう。助かったよ」
教材のことを忙しいであろうリンディに頼むのは申し訳ないと思っていたところだ。その点、両親なら遠慮無く頼むことができる。無論思うところはあるが、背に腹は代えられない。
「分からないことがあればいつでも答えるから」
母親の言葉に、シュウは曖昧な笑顔を返すだけだった。
両親が帰った後、シュウは荷物を空き部屋に運び入れた。普段使っていない部屋だったそこも、今では魔法の教材や資料などが詰め込まれ、シュウの勉強部屋として機能するようになっている。実際にここで勉強することも多いため、小さなちゃぶ台まで用意したほどだ。
ここの模様替え、といっても教材の段ボールを詰め込んだだけだが、それは数日前から一気に行われたものだ。そのため、まだまだ整理もできておらずシュウ自身何がどこにあるのか理解できていない。今日もシュウは目的の教材を探して段ボールを漁ろうとして、
「……ん?」
それが、視界に入った。ただの錯覚、または見間違いかゴミだろうと考え作業に戻ろうとするが、どうしても気にしなってしまう。シュウは手を止めると、先ほど視界に入ったものを見ようと部屋の隅を見る。そしてそれは、すぐに見つかった。
影の中にあるので分かりにくくはあったが、それは黒いボールのようなものだった。持ち込んだ覚えのないそれが、部屋の隅に無造作に置かれている。
「……なにあれ」
レヴィかユーリ、もしかしたら文花が持ち込んだのか、一瞬その考えもあったが、即座に自分で否定した。ここはつい最近まで一切使用されていなかった部屋で、鍵がかけられたままだった。わざわざあの三人が入ろうとするとは思えない。
首を傾げながらも、シュウはそれへと手を伸ばす。その途端、黒い玉はシュウの目の前で浮かび上がった。ぎょっとして後退るシュウの目の前で、黒い玉がゆっくりと透け始める。直感で捕まえないといけないと感じてシュウが手を伸ばすが、間に合わないことはすぐに分かった。
そうシュウが諦めかけた時、頭に聞こえてくる声があった。
『いい加減目障りだね』
女の声だ。その声の直後、黒い玉は突然光の鎖に縛られた。シュテルたちが使ったものを見たことがあるが、バインド、というものだったはずだ。誰が、と周囲を見渡しても誰かがいるはずもなく、シュウは自分の右手を見つめた。小さく首を振って、黒い玉へと近づく。今度は消えることはなかった。
黒い玉を両手で包み込むように持ったまま、シュウは考える。これからどうしよう、と。魔法に詳しくない自分に名案が浮かぶわけもない。少し間途方に暮れ、隣人を頼ろうかなと考える。だが不意に思い出したことがあった。以前、クロノから緊急の時は連絡するようにと電話番号らしきものを受け取っていたのだ。これは緊急だと言えるだろう。この程度でと怒られるかもしれないが。
シュウは早速携帯電話の電話帳機能を開く。登録件数は二十もないのですぐに見つかった。とりあえず電話をかける。忙しいとは思うのですぐに出ないかもしれない、と思っていたが、わずか二コールで繋がった。
『シュウか! どうした!』
かなり切羽詰まった声だ。電話をかけたシュウが逆に驚いてしまう。まさかここまでの反応を示されるとも思っていなかった。
「え、えっと……。ちょっと聞きたいことがあって……」
『え? あ、そうか……。いや、すまない。気にしないでくれ』
クロノが苦笑する気配が伝わってくる。シュウはそのことを不思議に思うが、とりあえずは気にしないことにした。
それでどうした、と言うクロノに、シュウは簡単な状況説明を行った。全てを聞き終えたクロノの反応は、無し。しばらく無言の時間が流れ、シュウがおそるおそるといった様子で名前を呼ぶ。
「クロノ……?」
それで我に返ったのか、相手が驚く気配が伝わってきた。
『すまない。すぐに迎えに行く。それを見せてもらってもいいか?』
「あ、うん。もちろん。むしろ僕から頼みたいぐらいだし」
では後ほど、と通話が終わる。シュウは携帯電話をしまうと、何か様子がおかしかったなとしきりに首を傾げていた。
しばらくして自宅にやってきたクロノに案内され、シュウはアースラの休憩室に来ていた。休憩室の隅の席に座り、対面に座る人物を見る。リンディとクロノが神妙な面持ちで座っており、もう一人、なぜか文花もこの場にいた。心配そうな瞳をしきりにシュウへと送ってくる。
「えっと……。どうして文花がここに?」
「お兄ちゃんから緊急の連絡がきたって聞いて、つい……」
文花が眉尻を下げて、申し訳なさそうに言った。心配してくれるのは嬉しいが、文花まで来るとは思っていなかったのでシュウは内心でかなり驚いていた。そしてすぐに何となくだが察することもできた。自分の知らないところでまた何か起こっているのか、と。
「貴方から預かった黒い玉は、今調べてもらっているところです」
そう切り出したのはリンディだ。そちらを見ると、今までにないほど真剣な表情で自分を見つめていた。リンディが続ける。
「その結果が出るまでに、伝えておかなければいけないことがあります」
そう前置きして聞かされたことは、文花が持っていたデバイスのことだった。デバイスの意思、体を乗っ取る術式などは、まあそれぐらいあるだろうとは思っていたことではある。誰が何の目的で、かは分からないまでも。だが、その後に聞いたことは全く予想していないものだった。
「デバイスに記録されていた所有者の名前は東江幸司。知っているわね?」
リンディの言葉にシュウは大きく目を見開いた。なぜここで親友の名前が出てくるのか。シュウが絶句したまま固まっていると、それを見かねたのかクロノが補足してくれる。
「この登録情報だが、まるで調べた人間に見つけてくださいと言わんばかりに分かりやすく明記されていたらしい。だから東江幸司が本当の持ち主なのかは実際には分からない。ただ、それでも」
――魔法の関係者であることは間違いないはずだ。
クロノの言葉に、シュウは黙ってうつむいた。誰かが一般人であるコウの名前を使ったのでは、と言おうともしたが、それはないとも思う。シュウと文花を狙った誰かが、たまたまただの生徒の名前を使った、などとは考えられない。シュウと親しい人を選んだとしても、シュウは交友関係は少ないながらも他にも友人はいる。たまたまコウが選ばれた、とは考えにくい。もちろんその可能性もあるのだが、コウが魔法の関係者と思った方がシュウにとってもしっくりくるものがある。
こればかりは推測をいくらしても仕方がない。そう判断して、シュウは携帯電話を取りだした。怪訝そうな表情を見せる三人に言う。
「じゃあ確かめよう。コウに電話してみるよ」
「な……!」
待て、と止める間もなくシュウが短縮番号を押して電話をかけてしまった。呆然と凍り付く三人をぼんやりと眺めながら、シュウはコウの明るい声が届くのを待つ。しかし、いつまで待ってもコール音が続くだけだった。
――なんだ……?
もちろん、本来なら不思議に思うことでもない。ただ用事があった、それだけのはずだ。しかしどうしてか、シュウの心を焦燥感が支配する。今すぐ彼の無事を確認するべきだと、シュウの心が叫んでいるようだった。
シュウは一度電話を切ると、出ない、と短く報告した。安堵する三人の前で、シュウは今度は学校に電話をかける。再び驚く三人を無視して相手を待つと、すぐに電話が繋がった。相手はシュウの担任だ。コウに電話が繋がらない、何か知らないかと口早に聞く。本来なら気にしすぎだと一蹴されるところなのだろうが、担任はわずかに驚いた気配を伝えてきた。そして、
「……っ!」
担任から聞いた言葉にシュウが絶句して目を見開いた。その反応に目の前の三人が眉をひそめるが、シュウは気にしていられない。礼を言って電話を切ると、クロノに叫ぶように言った。
「クロノ! 病院に送って! あとシャマルさんを貸して!」
「え? あ、ああ……。連絡してみよう」
シュウの剣幕に押され、クロノは頷くしかなかった。
担任から聞いた話を簡単に纏めると、早朝、コウが学校の屋上で倒れているのが発見された。コウは腹部から血を流し、己の血だまりの中にいたそうだ。当然救急車が呼ばれ運ばれたが、現在も意識は戻っていない。曰く、未だに生きているのが不思議な状態、とのことだった。
「まるで狙ったかのような展開ね……」
シュウからその報告を聞いて、リンディは顔をしかめていた。そしてすぐに心の中で否定する。これは自分たちの責任だろう、と。どういった方法が取られていたかは分からないが、相手側には自分たちの動きが筒抜けだったのだろう。秘密裏にコウの捜索を始めたのだが、どうやらそれが相手に伝わり、コウを始末しようとした、と考えるべきか。
「一体これは、どういう状況なの……?」
推測するにはあまりに情報が少なすぎる。シュウを狙っていることは間違いないのだろうが、一体いつから、誰が、どんな手段を用いているのか、全てが分からない。リンディは小さくため息をつくと、ブリッジのいすにもたれかかった。とりあえずはシュウに同行したクロノからの報告を待とう、と。
病院の一室。固く閉ざされた白い部屋、そのベッドにコウが横たわっていた。医者の話を盗み聞いた話では、手を尽くした、もうできることはない、とのことだった。
現在、この部屋の周囲に人はいない。というより、この空間に人がいない。クロノがコウごと結界を張ったためだ。当然人の目がある場所だからとクロノはさすがに渋っていたが、シュウがしつこく食い下がると嘆息しながらも結界を張ってくれた。
はやてに連絡をして、そして急遽ここに来たシャマルが治癒魔法を展開している。シャマルの額からは汗が浮かび、その表情は悲壮一色。それだけで治癒魔法ですらどうしようもないと察しがつく。
「お兄ちゃん……」
文花の心配そうな声。シュウは瞼を閉じると、小さくため息をついた。
――なんて無力なんだ。
この親友は自分のために色々と動いてくれていた。どこまでが演技だったかは分からないが、そんなことはシュウには関係ない。コウには、直接言うことはないが、多大な恩を受けているを感じている。いつか恩返しがしたい、と。だが自分にはその親友を救うことすらできない。
――いや。
すぐにシュウは首を振った。あるじゃないか、と。今、ここに、自分がいるではないか。
シュウはその場に座り込み、コウの手を強く握った。目を閉じ、強く念じる。相手はもちろんコウではなく、シュテルから聞いたことのある存在、自分の中、ギフテッドに宿る魂だ。
――お願いだ……。コウを助けて……。
誰も何も言わない。静かな静寂がその場を支配している。それでも、同じことを繰り返し何度も念じ、願っていると、誰かが小さくため息をつく気配が、周囲からではなく自分の心から聞こえてきた。
『生きているなら、まあ治療するぐらいはできるさ。でもね、自分で何をしようとしているか分かってるのかい?』
シュウにとっては初めて聞く声。しかも自分の中から聞こえてくる声に不思議な感覚を覚えてしまう。だが不快なものではなく、むしろ安心感すら覚えるものだった。その声に応えるために、シュウは再び心の中で言う。
――もう普通の生活には戻れない。コウのこともある。分かってる。それでも僕は、友達を見捨てることなんてできない。
『嫌になるほどまっすぐだね。誰に似たんだか……。まあ、今回はあたしらが引き起こしたことだ。手を貸してあげるよ。ただもう一つだけ忠告だ』
そこで声は一泊間を置いて、
『この願いを叶えたら、シュウの魔力がほとんど失われる。また、何かを引き寄せるよ』
――気をつける。シュテルにちゃんと、言う。
シュウの答えに、声は忍び笑いを漏らした。じゃあやるか、と柔らかい声音で言ってくれる。そして、自分の中から温かいものがあふれ出てきた。
『まあ、問題はすぐに会えるかどうか、だけどね』
その声は、シュウには届かなかった。
重体の患者が消えたことで大騒ぎになっている病院を後にして、シュウたちはアースラに戻っていた。医務室ではコウが眠っている。念のため精密検査をすることになっていた。
「自分でギフテッドを制御できるようになったのか?」
コウの顔を見つめるシュウの背後、クロノがそう問うてくる。シュウは振り返ると、小さく首を振った。
「まさか。たまたま、応えてくれただけだよ」
「そうか」
それきり無言。静寂がその場を支配する。シュウが気まずく感じてコウへと視線を戻す。
コウと目が合った。
「あ……。目が覚めた?」
シュウが微笑んで聞くと、コウはしばらくシュウを見つめた後、おもむろに右手を腹部へと押し当てる。おそらく傷の有無を確認したのだろう、傷が消えていることを確認すると、コウは大きく目を見開いた。
「傷は、治したよ。それでコウ、聞きたいことがあるんだ」
「……あとや」
コウの掠れた声が耳に届く。シュウが首を傾げると、コウは突然体を起こすとシュウの胸ぐらを掴んだ。驚いたクロノが止めに入ろうとするが、シュウがそれを手で制する。
「シュウ。シュテルさんはどこや」
「えっと……。お仕事のはずだけど」
「今すぐ呼び戻せ! 今すぐや!」
やはり魔法のことを知っている、と思うと同時に、何をこんなに慌てているのだろうとも思う。慌て方が尋常ではない。傷が治っているといっても、体力までは戻っていないはずなのに。シュウがコウの剣幕に戸惑っていると、医務室のドアが開いた。そして駆け込んできたのは、ユーリだ。
「シュウ! 大変です!」
シュウが振り返りユーリを見る。その表情は、今までにないほど慌て、怯え、恐怖しているもの。初めて見るその表情に、シュウは嫌な予感を覚えてしまう。
そして、嫌な予感というものは良くも悪くも裏切らない。
「シュテルが……捕まっちゃいました……」
そのユーリの報告に、クロノが驚きで目を瞠り、コウが遅かったかと肩を落とし、そしてシュウは言葉の意味が理解できず呆然と立ち尽くした。
友人くんをどうしようかと迷いましたが、生存してもらいました。
この後の説明役としての役目が残っていますので笑
病院から重傷の患者を運び出して騒ぎを起こすとか絶対やらないと思います。
……思うのですが、こうすれば、という名案が浮かびませんでした……。
もしかするといずれ、修正するかも、ですよー……。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。