マンションの自室、書斎。書斎といっても周囲が本棚、中央にテーブルがあるだけの部屋。その部屋はいつも様々な機械や工具が散乱している。その部屋の中央、テーブルにはシュウがいて、テーブルに突っ伏して眠っていた。
シュウの服装は学生服だ。自身の学校のもので、一週間後には卒業式が控えている。シュウが抱えるロストロギア、ギフテッドの小さな騒動から時は流れ、もうすぐ中学校を卒業することになる。
シュウが眠る書斎の扉がゆっくりと開かれる。そこから顔をのぞかせるのはシュテルだ。シュウの姿を認め、部屋の惨状を見て、ため息をついた。部屋の中に入り、シュウを起こさないようにそっと扉を閉める。散らばった機具を静かに片付け始めた。平時なら二、三日で元に戻るのでわざわざ片付けたりはしないのだが、今日は特別である。
十分ほど続けたところで、シュウの体がわずかに身じろいだ。シュテルが動きを止め、そちらを見やる。シュテルが見守る中、シュウが体を起こし、ぼんやりとする。少しして目が覚めてきたのか、シュテルを見つけると、気の緩んだ笑顔を見せた。
「おはよう、シュテル」
「おはようございます、シュウ」
シュテルが挨拶を返すと、シュウはまだ寝ぼけ眼だったがどこか嬉しそうに微笑んだ。ゆっくりと伸びをして、そして大きな欠伸をする。そんなシュウへと、シュテルは少し呆れながらも告げた。
「昨日も遅かったのですか?」
「ん……。まあ、ちょっとだけ」
少し目を逸らしながら答えるシュウ。シュテルは目を細めながら、しかしそれ以上は追求しなかった。
テーブルで寝てしまっている場合の多くは、深夜遅くまで起きている時だ。シュテルを初め、家族全員がそのことは知っているのだが、自分たちに心配かけさせまいとしてくれているシュウの意を汲み、何も言わないことにしている。ただそれでも、心配はしてしまうのだが。
「はい。シュテル」
「ありがとうございます」
シュウが差し出してきたものをシュテルは受け取る。渡されたのはルシフェリオンだ。シュウが夜遅くまで起きている原因が自分たちのデバイスのメンテナンスということも、あまり強く言えない理由の一つでもある。
「いつも本当にありがたいのですが、無理だけはしないでください」
「うん。大丈夫。僕も好きでやってることだからね」
くあ、と欠伸をしつつ答える。そんなシュウを心配そうに見ていたが、シュテルはすぐに用件を思い出した。ここに来た一番の理由だ。
「ところでシュウ」
「ん?」
「時間は大丈夫なのですか?」
この部屋に窓はない。本来はあるのだが、念のためということで本棚で塞いでしまっている。そのため、この部屋で時間を知るためには日の光は使えず、時計だけとなる。この部屋の時計は、入り口の扉の真上にあり、シュウの視線がそれを捉えた。シュウの表情が引きつっていく。
「シュウ。着替えはリビングに用意してあります。朝食もバターのトーストを用意しておきました」
シュテルの言葉を聞くや否や、シュウは書斎を飛び出した。シュウの足音はまっすぐリビングへと消えていく。
現在の時刻は午前八時。そして今日は平日であり、当然学校もある。
「懲りない方ですね」
そう言いつつも、シュテルはどこかおかしそうに、少しだけ微笑んでいた。
シュテルがリビングに戻ると、ちょうどシュウが着替え終わったところだった。トーストをかじりながら玄関に向かうので、シュテルもそちらへと向かう。靴を履くシュウを黙って見守っていると、シュウがシュテルへと視線を向けてきた。
「ありがとう、シュテル。行ってくるね」
「いってらっしゃい、シュウ。お気を付けて」
シュテルがそう言うと、シュウは嬉しそうに笑う。そしてすぐに部屋を出て行った。
シュウを見送った後、シュテルはディアーチェへと念話を送る。終わりました、と。ディアーチェからの返答は、少し待て、というものだった。シュテルは了解の意を送ると、リビングの掃除でもしようかと足を向けた。
シュウの通う学校は大学までのエスカレーター式だ。そのため、世間の受験シーズンなどとは違い、平常通りに授業がある。しかしながら、そのエスカレーターから外れる者もいる。別の高校へ受験する者や、諸々の事情などで就職する者など、理由は様々だ。そしてシュウもその外れる者で、シュウの場合は就職になる。
シュウの進路は就職で決まっているため、担任の教師が色々と便宜を図ってくれていた。ホームルームまでは自分のクラスにいるが、その後はシュウは経済、経営の勉強など一部の教師に教わっていたりしている。それ故にある程度時間も自分で決めさせてもらっている。建前上は就職先の研修のため、と。実際はその時々によって違うのだが。
その日もシュウは昼休みを待たずに下校する予定だ。今日は少々特別な日でもあり、それが今から待ち遠しい。経済に詳しい教師から授業を受けながら、シュウは顔がにやつくのを止められなかった。
「すまぬ、待たせたな」
そう言ってリビングに入ってくるのは、王であるディアーチェだ。バリアジャケットを身にまとっているところから、どうやら嘱託魔導師としての仕事を終えてまっすぐに来てくれたらしい。
「いえ。すみません、ディアーチェ。わざわざ迎えに来ていただいて」
そう言いながら立ち上がり、コーヒーでも淹れますね、とキッチンへと向かう。戸棚にあるのは残りわずかとなったインスタントコーヒーだ。あることの準備のためにミッドチルダにいることが多くなったため、もうこの部屋には最低限のものしか置いていない。
コーヒーを淹れてリビングに戻り、ディアーチェに差し出す。ディアーチェは黙って受け取り、それを一口飲んだ。すぐに苦笑を漏らし、言う。
「仕方がないとは分かっているが、インスタントではこの程度になるか」
「もう少し物を置いておくべきでしたね」
「一週間程度で引っ越すのだ。ちょうどいいと思うべきだろう」
そんな会話を交わしながら二人でコーヒーを飲みつつ、一息つく。ゆっくりと時間をかけて飲み干し、時間が流れるのを待つ。
「ところでシュテルよ。掃除はどこまで済んでおる?」
「ほぼ終わっています。あとは、この部屋は私たちの私物を片付けるだけですし、シュウの部屋も書斎を残すのみです」
もっともその書斎が問題ですが、とシュテルが目を伏せ、そうであろうなとディアーチェも顔をしかめた。
近日中にシュテルたちはミッドチルダへと引っ越すことになっている。シュテルの魔力を受け取らなければならないシュウもだ。そのためそれぞれ部屋の掃除と片付けを行っているのだが、どうしてもシュウの仕事場となっている書斎だけは手つかずのままになっていた。
「引き払う前日にでも一気にやってしまうのがいいだろうな……。その時はユーリとレヴィも連れてこよう」
「そうですね。お願いします」
その言葉でこの話題を終えたところで、ドアが開かれる音がした。二人でリビングの入り口へと振り返る。顔を出したのは、シュウだ。走ってきたのだろう、息を切らしている。
「ただいま! ごめん、待たせたかな」
「いや、大丈夫だ。気にするな」
飲み終えたカップをテーブルに置き、シュテルとディアーチェが立ち上がる。では行くか、とディアーチェが手を差し出し、シュテルがそれを取る。もう片方の手で、シュウへと手を差し出した。
「では、参りましょう。シュウ」
シュウが笑顔で、シュテルの手を取った。
五人が選んだ道。それは喫茶店の経営だ。ただあまり目立ちたくない五人は、表通りから外れてあまり人目につかない土地を購入した。そこから新築で、翠屋と同じ外観の建物を建てている。翠屋の看板を借りるということでそうしたのだが、士郎と桃子は気にしなくて良かったのにと苦笑を隠しきれずにいた。ちなみに、土地代や建築代などは以前より積み立ててきた貯蓄で支払い終えている。
シュウはミッドチルダには未だにほとんど来たことがない。土地を決める時と建物の建築中に一度、その二回だけだ。休日を利用して訪れたのだが、二回とも土地の周辺を見て回ったりなどしただけなので、都市部の中心などには足を踏み入れていなかった。
シュテルたちに案内され、シュウは表通りから外れた裏路地へと入る。入り組んだ道を通り抜け、やがてその場所にたどり着いた。
建物と建物の間に、他とは違った造りの、翠屋と同じ外観の建物。シュウたちが経営することになる喫茶店だ。その喫茶店は周囲の建物とは違い、入り口の前に少し広めのスペースがある。今はまだ何もないスペースだが、いずれはここにテーブルなども用意しよう、ということになっている。
「おお……。なんだか感慨深いね」
「ええ。そうですね」
シュウのつぶやきに、シュテルも頷いた。早くしろ、とディアーチェに促され、二人は店内へと入る。店内の一階も翠屋とほぼ同じ造りで、カウンターの奥、厨房のさらに奥に二階に上がる階段があるらしい。一階部分にはすでにテーブルやいすなどが運び込まれ、準備さえ整えればいつでも営業を開始できる。
「いらっしゃいませー!」
そう元気な声で三人を出迎えるのは、翠屋のエプロンを着たレヴィだ。その隣には、恥ずかしそうにしているユーリもいる。シュウは、へえ、と吐息を漏らした。
「久しぶり、レヴィ、ユーリ。似合ってるよ」
「ほんとに? ちょっと嬉しいかも」
「ありがとうございます、シュウ」
レヴィが笑顔で言って、ユーリははにかみながらもそう言う。
「一階はあとでゆっくり見るといいだろう。先に二階と三階を見て、部屋決めをするぞ」
ディアーチェの言葉に、シュウとシュテルは頷いた。
二階と三階は五人の居住スペースだ。一階の奥の階段を上がるとまっすぐに延びる廊下があり、その左右に個室が四部屋ずつ、合計八部屋用意されている。そのうち三つが風呂場や客間などで利用され、空いているのは五部屋。そのどれを誰が使うか決めるのが今回の目的だ。
ちなみに三階は共用スペースで、大きな部屋が二つ用意されている。皆でゆっくりくつろぐための部屋だ。地下室も二部屋あり、そこは物置などになる予定だ。
「シュウは希望とかあります?」
ユーリがそう聞いてきて、シュウが頷いて言った。
「シュテルの隣がいいかな」
「…………」
シュテル以外の三人が、複雑そうな、苦笑と微笑が入り交じった表情を見せる。シュテルはいつも以上に無表情だ。
「うぬら二人は同じ部屋でいいのではないか……?」
思わずディアーチェがそう聞いて、
「私物が多くなると僕がすごく申し訳なくなる」
「そ、そうか……」
ディアーチェはそれきり黙り込み、しばらく沈黙が支配する。しばらくして、シュテルの、そろそろ決めましょうという言葉に促され、部屋決めが始まった。
夜。調理器具などを試すことも兼ね、シュテルとディアーチェが一階の調理場で料理をしている。シュウとレヴィ、ユーリはテーブルで雑談をしていた。二人から聞くのは、ここでの生活についてだ。今のところは特に変わりはない、という内容だった。
「お待たせしました」
シュウとディアーチェが厨房から出てくる。運ばれてきたのはそれぞれ違う料理で、レヴィにはカレーライス、ユーリにはハンバーグ、シュウには唐揚げだった。シュテルとディアーチェは、それぞれエビフライとオムライスだ。
「デザートもありますよ」
そう言うシュテルが持ってくるのは、ショートケーキとモンブランだ。
「厨房はどうだったの?」
「とても使いやすい内装でした。中の機器類なども良いものです。さすがはディアーチェ」
「厳選したからな。まあ、その分費用はかかったが、問題のない範囲だ」
腕を組んで自慢げに言うディアーチェ。故に、と続ける。
「申請も終わっておるからな。明日からでも営業できるぞ? ……引っ越しが終わっていない以上、やらぬがな」
「つまりは僕待ち、だね」
どうやら四人ともシュウの引っ越しが終わるまでは営業開始を待ってくれるらしい。それもそのはずで、日常生活の私物こそ少ないが、書斎に詰め込まれているデバイス関係の工具、機器類は結構な量だ。営業中にそれらを持ち込むことはできないだろう。
いや、それ以前に。
「……部屋に入りきるかな……」
シュウの部屋の書斎はここの部屋よりも広い。その書斎で物があふれかえりつつあるのだ。新しい部屋に入りきらなければ、いくつか処分も考えなければならないだろう。
もったいないけど仕方ないか。そう考え、頭の中で不用なものを選び始めたのだが、シュテルの大丈夫ですよ、という言葉で思考を止めた。
「地下室が二部屋あることは言いましたね」
「うん。倉庫だよね。保存できる材料とか雑貨類とか、収納するためのものだって」
「一部屋はその通りだが、もう一部屋は違う」
そう引き継いだのはディアーチェだ。
「もう一部屋はうぬの作業場だ。好きに使え」
「え……? いいの?」
「必要ないと言われても部屋が余るだけです。遠慮しないでください」
「そうそう! シュウにはデバイスのことでいっぱいお世話になってるしね。だから遠慮しなくていいの!」
レヴィが笑顔で締めくくり、他の三人もその通りだと頷いてくれる。シュウは申し訳ないと思いながらも、四人の厚意に甘えることにした。彼女たちのデバイスは常に最良に保とう、心の中で誓いながら。
その日は人数分用意されていた寝袋で、三階にて就寝することになった。
レヴィとユーリは今日も準備や片付けなどで忙しかったらしく、寝袋に潜ってすぐに整った寝息を立て始めた。シュテルとディアーチェはシュウの卒業式の日程を考慮して、今後の予定を相談している。シュウも一応それに参加はしているが、ほとんど聞いているだけとなっていた。
「うぬの希望はないのか? 両親に挨拶などもせぬつもりか?」
ディアーチェにそう聞かれ、シュウは少し考える。未だにほとんど会わないのだが、今まで世話になっているのだ、やはり挨拶ぐらいは必要だろう。
「じゃあ、卒業式のあと、二日ほど欲しいかな。文花とも少し話をしておきたいし」
「うむ。了解した」
「シュテルたちは、誰かと会ったりしないの? なのはとかはやてとか」
予定表を修正していたシュテルが顔を上げる。何かを考える素振りを見せ、そして首を傾げた。
「ナノハたちもいずれミッドチルダへと引っ越してくる予定ですが」
「……ああ、そうでした」
なのはたちは管理局で働くらしいので頻繁に会うということはできないだろうが、会おうと思えばいつでも会えるだろう。わざわざ別れを言う必要もない。しかし何も言わずに行くというのも、シュテルと仲の良いなのはがかわいそうだろうと思っていると、
「ですが、そうですね。あなたがご両親と会っている間に、私もナノハや桃子さんたちに会っておきましょう」
シュテルがそう言ったのを聞いて、シュウは自然と笑顔になった。きっとなのはたちも喜ぶだろう、と。
「ではシュウの卒業式の翌日は各々好きに過ごすことにするか。我も……不本意ではあるが、子鴉どもに挨拶ぐらいしてやろう」
ディアーチェの言葉を聞いて、シュウは思わず苦笑していた。口ではこう言うディアーチェだが、はやてのことを気に掛けていることはよく知っている。最後まで素直じゃないな、と思ってしまう。
「では、明日に備えて休みましょう」
「そうだな。では明かりを消すぞ」
「うん。おやすみ、シュテル。ディアーチェ」
三人がそれぞれ寝袋に潜り込んでいく。
開店前の喫茶店。窓から漏れ出るわずかな光が消えて一日が終わる。明日の朝日を待って、五人の住人は眠りに落ちた。
お久しぶりです。毎度お久しぶりで申し訳ないです……!
今回もまた前後編にわかれてしまいました。
……なら良かったのですが……。
今回は前編→シュテル→レヴィ→ディアーチェ→ユーリ→シュウ→後編と続く予定です。
あくまで予定は未定なので、シュテルと主人公以外はひとまとめにするかもですが。
せめて月2回ぐらい更新したいですね……。でないと半年かかりますよこれ……!
見限られないようにがんばりますよー!
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。