……微妙に百合っぽくなってしまった気がしないでもない……。
そんなつもりはなかったのですが……。
後半はその点に関して注意です。
シュテルは、珍しくどこか緊張した面持ちで立ち、目の前の人の言葉を待っていた。シュテルの目の前にいるのは、いすに座った高町桃子だ。八等分にされたケーキの一つを、桃子はゆっくりと口に運ぶ。
「いかがでしょうか」
シュテルの言葉に、桃子は笑顔を浮かべた。
「ええ、すごく美味しいわ。十分合格点」
その言葉に、シュテルは安堵の吐息を漏らした。切り分けた残りのケーキが、店のケースへと並べられていく。本日限り、数量限定と書かれたポップ広告もつけられた。
「定期的に戻ってくるの?」
シュテルと共に食器を片付けながら桃子が聞く。
「はい。一ヶ月に一度は戻ってくるつもりではあります。まだまだ教わっていないことも多いですので」
「もう十分教えたつもりなのだけれど……。でも、そうね。お互いに教え会って切磋琢磨しましょうか」
桃子の申し出に、よろしくお願いしますとシュテルは頭を下げた。
開店した翠屋を後にして、シュテルは町中を歩く。桃子には手伝いますと申し出たのだが、他のところにも挨拶してきなさい、と半ば追い出されるように送り出されてしまった。慣れ親しんだ海鳴の街を歩きながら、シュテルはどうしようかと考える。
商店街やご近所など、軽い付き合い程度の場所へはすでに家族総出で挨拶を済ませている。シュテルたちが引っ越しで遠くへ行くと聞くと、多くの人が驚き、別れを惜しんでくれていた。ずいぶんとこの町とも深い付き合いをしていたものだ、と思う
「ああ、そう言えばあそこがまだでしたね」
行き先を決めて、シュテルはそちらへと足を向けた。
しばらく歩き、そしてたどり着いたのは小さな書店。ここだけはまだ挨拶を済ませていなかった。
「失礼します」
そう言って中に入る。初めて来た時から、品揃えを除いて何一つ変わらない書店。温もりすら感じる店内に、シュテルはわずかに頬を緩めた。並べられた本を見ながら、シュテルは奥へと進んでいく。
――懐かしいですね……。
ここはシュウと初めて会った書店だ。もし自分があの時、この書店に立ち寄っていなければシュウと出会うこともなく、それ以前に本を探していなければまずここに立ち寄る機会すらなかっただろう。もしそうなっていれば、シュウの中のロストロギアを自分たちが封印していたかもしれない。
「事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものだ」
その声へと顔を向ければ、楽しげに笑う初老の男と目が合った。ここの店主で、シュテルのことをにこやかに見つめている。
「いらっしゃい。商店街の連中から聞いてるよ。挨拶に来てくれないかと思っていた」
「すみません。遅くなってしまって……」
「いやいや、来てくれただけで十分だよ。今更話し込むこともないしね」
男はそう言いながら、カウンターの下、おそらく棚になっているのであろう場所から本を一冊取り出した。古い本のようだが、丁寧に扱われているようで状態は良い。それをシュテルへと差し出してきた。
「もう本を勧めるのも最後になりそうだからね。とっておきだ」
「ありがとうございます。……とても古い本のようですね」
受け取って中身に軽く目を通す。どうやら日本を舞台にしたファンタジー小説のようだ。
平凡な少年が魔女と出会い、魔法の世界へと旅立っていく、という内容だった。
シュテルは大きく目を見開くと、男を見る。男はただ楽しげに笑うだけだ。
「君たちと会えて良かったよ。この街に立ち寄ることがあればまた顔を出してくれ」
そう言う男の表情からは、何も読み取れなかった。
その日の晩は自宅のマンションに戻った。このマンションで寝起きするのは、シュテルはこれが最後だ。そう思うと感慨深いものがある。だからといって特別なことをするわけでもなく、普段通りに過ごしてはいるが。違うことと言えば、夕食の席にシュウがいないことぐらいだ。
シュウは現在、アパートの方に戻っている。シュウにも思うところがあるのだろう、四人で相談して邪魔をしないことにしていた。
翌朝。シュテルはディアーチェと共に朝食の準備をして、ラップをかけて食卓に並べておく。二人で満足そうに頷く。
「では王。私は先に」
「うむ。我はユーリとレヴィと出るとする。気にせず行ってこい」
王の言葉に、シュテルはありがとうございます、と頭を下げた。食卓をもう一度見て、少し名残惜しく感じている自分の感情に内心で驚く。今までの生活を思い出すと、自然と笑みがこぼれた。
隣から笑いを堪える声が聞こえ、シュテルはディアーチェへと振り返る。どうかしましたか、と。
「いや、なに。ずいぶんと変わったものだと思っただけだ」
「変わった……ですか?」
「うむ。最近のうぬは以前よりも笑顔が多くなった」
もっとも、常の無表情と見分けがつきにくい笑顔の方が多いが、とディアーチェが付け加える。そうでしょうか、と首を傾げながらも、そうかもしれませんねとすぐに頷いた。
「ですがそれは王も同じでしょう。よく笑っています」
「そうか? ……そうかもしれんな」
二人揃って食卓を見やり、同時に笑みをこぼした。目覚めた頃からでは考えられないことだ。
「それでは」
「うむ。気をつけてな」
ディアーチェの見送りを受け、シュテルは自宅を後にした。
向かった先は、高町家だ。今日一日はなのはと過ごすことになっている。
インターホンを押すと、すぐになのはが顔を出した。シュテルの姿を認め、満面の笑顔を浮かべてくる。おはよう、と嬉しそうに告げてくるなのはに、シュテルもおはようございます、と返しておいた。
「早く来すぎましたか」
「そんなことないよ。大丈夫」
ちょっと待ってね、となのはが室内へと戻っていき、そしてすぐに出てきた。シュテルの隣に並び、言う。
「じゃあまずは、せっかくなので」
「模擬戦といきましょうか」
二人は顔を見合わせ、なのはは照れくさそうに笑い、シュテルも淡く微笑んだ。
模擬戦を終えた頃には、昼を少し過ぎていた。海鳴市のデパートで昼食代わりにデザートの食べ歩きをして、その後はショッピングを楽しむ。声を出しての会話ではこのお店の服がかわいい、あそこのデザートが美味しい、といった女の子らしいものだったが、それと同時進行される念話では、
『やはりあの場面、フェイントよりも真正面から撃つべきでしたね』
『うん。でもフェイントもびっくりしたよ。あんな方法もあるんだね』
先の模擬戦での反省会だ。模擬戦は三回行い、一勝一敗一分けという結果に終わっている。お互いに忙しくなる前に明確な決着を、と密かに思っていたのだが、それは叶わなかった。だが、それでもいいとも思う。いずれまた戦えばいい、と。
ショッピングの後は最近話題の映画を見て、それが終わると夕日が沈もうとしている時間になっていた。今日は高町家で一泊することになっているので、二人で帰路につく。
「あれ? シュウ君だ」
帰路の途中、公園のブランコへと視線を向けるなのは。シュテルもその姿を確認して、思わず眉をひそめていた。
ブランコに腰掛けるシュウは、両手で顔を覆い、天を仰いで静止していた。微動だにしないので少々怖くなってくる。
「すみません、なのは。少しだけ」
「うん。大丈夫」
行ってらっしゃい、となのはに見送られ、シュテルはシュウの元へと走った。
側まで来て気づいたが、シュウは何事かをつぶやいていた。あまりに小さな声で聞き取ることはできなかったが、どうにも少し危ない人に見えてしまう。
「シュウ」
名前を呼んでみるが、反応はない。小さくため息をついて、シュウの肩を軽く叩く。そうしてやっと、シュウが反応を示した。顔を覆っていた手に隙間ができ、そこからシュテルの顔を確認して、
「うひゃあ!」
奇声を発しながら後ろに倒れてしまった。あまりにも突然の反応だったので、シュテルは何もできずに呆然としてしまっていた。
「……シュウ?」
倒れたシュウに歩み寄ると、シュウが短く一言。
「……恥ずかしすぎて死にたいです……」
「落ち着いてください。どうかしたのですか」
シュテルが手を差し出すと、シュウはその手をしばし見て、その手を取らずに視線を明後日の方向へ投げた。シュテルが首を傾げると、
「……聞いてる? 聞こえた?」
「何の話かが分かりませんので、聞いていないと思います。独り言のことなら聞こえていません」
そう正直に答えると、シュウはゆっくりと息を吐き出した。ほっと安堵するかのように。
「うん。何でもないんだ。忘れて」
そう言いながら、シュウはシュテルの手を取った。ありがと、とシュウが立ち上がる。
「こんなところで一人でどうかしましたか? フミカと一緒だったのでは?」
「文花は晩ご飯の支度中。邪魔になりそうだから散歩してるところだよ」
「なるほど……。ところで」
シュウがここに来た経緯は理解した。だが、次はそれ以上に気になることができている。シュテルはシュウの横顔を観察しながら、問うた。
「なぜ目を合わせないのですか?」
う、とシュウの声が漏れ聞こえる。無言でシュウの返答を待っていると、やがてシュウはおそるおそるといった様子でシュテルの方へと顔を向けた。一つのことを除いて、いつも通りのシュウの顔だ。
その一つというのが、顔が真っ赤になっていること。
「シュウ……。大丈夫ですか? 体調が悪いのなら家に……」
「いや大丈夫何でも無いただちょっといろいろ考えちゃっただけで!」
そこまで息継ぎなしで、慌てたように答えてくる。シュテルが、何を? と更に問いかけると、シュウは気まずそうにまた視線を逸らした。
「いや、本当にちょっと……。いろいろ聞いて、ね。今はレヴィに言われたことが……」
シュテルが片眉を持ち上げる。ふむ、と少し考えるように視線を下げ、分かりましたと頷いた。
「レヴィはあとできつく叱っておきます」
「いや違うよ! 嫌なことを言われたわけじゃなくてね! ただその……。結婚とか……」
最後は声が小さすぎて聞き取れなかった。やがてシュウが首を振る。何でも無い、と。
「気にしすぎはよくないね……。ごめんね、シュテル。心配かけて」
「いえ……。何かありましたらいつでもどうぞ」
「うん……。ありがとう」
照れくさそうに笑うシュウを見て、シュテルは満足そうに頷いて。そして、
「お気になさらずに。貴方に元気がないと、私も調子が狂いますので」
そう言いながら、淡く微笑んだ。
「もういいの?」
シュテルがなのはの元に戻ると、なのはが心配そうに聞いてきた。シュテルは一つ頷き、大丈夫ですと答える。念のため振り返ってみたが、シュウはすでに帰宅したようだった。
「私たちも行きましょうか、ナノハ」
「うん。そうだね」
そうして二人も、高町家への帰路についた。
高町家では、豪華な夕食をご馳走してもらった。桃子曰く、シュテルの門出を祝って、だそうだ。それほどのことでもないだろうとは思いつつも、シュテルは桃子の料理に舌鼓を打った。
「ミッドチルダだっけ? そこに引っ越すんだよね」
夕食中、そう聞いてきたのはなのはの姉、美由希だ。そうです、とシュテルが頷くと、美由希がしみじみとした様子で言う。
「そっかあ……。寂しくなるね。妹が増えたみたいで嬉しかったのに」
「はは、そうだな。こうして食べる夕食も最後かもしれないと思うと、それだけで寂しいと思えるよ」
「全くだ。最初は驚いたものだが、今となっては可愛い娘の一人だからなあ……」
恭也、士郎と続く。士郎の言葉は尻すぼみに、やがて目頭を押さえてうつむいてしまった。
「本当に……寂しく……」
「あなた……」
桃子が士郎の背を撫でる。恭也と美由希が思わず苦笑している。それを見て、いつの間にか自分は高町家の一員として認められていたのかと驚きながらも、胸が温かくなるのを感じていた。
夕食後、なのはと共に風呂に入り、なのはの部屋で思い出話に花を咲かせた。出会った頃のことや、数多くやってきた模擬戦、共に挑んできた事件のことなど。
「貴方が墜ちたと聞いた時は、さすがに肝を冷やしたものです」
「にゃはは……。あの時のことも、すっごく感謝してるよ? ずっとリハビリに付き合ってくれたし……」
「さて、何の話でしょうか。覚えていませんね」
とぼけるシュテルに、なのははまたまた、と笑顔を浮かべる。
数年前、なのはは異世界での任務からの帰還中に襲撃にあい、大けがを負った。二度と空を飛べないだろう、と言われたほどだったが、必死のリハビリにより魔導師として復帰できた。シュテルはそのリハビリに、ほぼ毎日付き合っていた。
「シュテルがいなかったら、途中で挫折しちゃってたかも……。だから、本当に感謝してるんだよ」
「あのような形で好敵手を失ってしまうことが不本意だっただけです。それだけですよ」
それが本当でも、私にとってはやっぱり恩人なんだよ。なのはのつぶやきのようなささやき声を、シュテルはあえて聞こえていないふりをした。
思い出話も終えたところで、就寝することになった。なのはの強い希望により、なのはと同じベッドにで眠ることになっている。
「仕方のない方ですね」
「にゃはは。ごめんね?」
「謝るなら戻っていいですか?」
「それはだーめ」
ベッドから出ようとしたシュテルの腕をなのはが捕まえる。シュテルはやれやれと首を振って、ベッドの中へと戻った。
「シュテルはあったかいねえ……」
「そうですか」
寄り添ってくるなのはに小さくため息を漏らしながらも、シュテルはなのはの頭を撫でてやる。なのはは驚いたようにびくりと体を震わせたが、すぐに幸せそうな笑顔を浮かべ、その身を預けてくる。警戒が一切ない姿。さほど悪い気はしないので、シュテルはなのはが眠るまで彼女の頭を撫で続けた。
翌日。朝食を終えてリビングでしばらく寛いだ後、シュテルは高町家の玄関に立った。今日は休日の最後の日で、シュウと約束がある。シュウが以前暮らしていたアパートでの待ち合わせで、そろそろ出発しなければならない。
身支度を調えて靴を履く。見送りに来たなのはと一緒に玄関を、高町家を出る。なのは以外の皆は仕事や学校、訓練などで家を空けていた。
「それではナノハ、お世話になりました」
「うん……」
なのはの表情は浮かない。今朝からずっとこの調子だ。気晴らしに一緒に朝食を作ったりもしたが、結局いつもの調子に戻ることはなかった。
「どうかしましたか、ナノハ」
「何でも……ないよ……?」
「…………」
せめてもう少し隠す努力をするべきだ、と思うが、その言葉は小さな吐息として無音で吐き出した。
「もう二度と会えなくなるわけではありません。ナノハもいずれはミッドチルダで暮らすのでしょう」
「……うん。そのつもり、ではあるんだけど……。ちゃんとまた、会えるかなって……」
この言葉にシュテルはわずかに驚いた。なのはが言おうとしていることは分かる。管理局は決して安全な職場ではない。むしろなのはが選んだ道は常に危険が伴うものであり、シュテル自身も嘱託魔導師として働く時は安全な任務ばかりではない。いつ、どこで、誰がいなくなっても、不思議ではない世界だ。
つまりは、弱音。なのはがここまではっきりと弱音を口にするのは本当に珍しい。無表情が常のシュテルが目を丸くするほど驚く程度には。
「貴方らしくもない」
シュテルが小さく首を振る。そうだよね、と眉尻を下げたまま笑うなのはに、シュテルはそっと手を差し出した。彼女の頬に触れて、告げる。
「貴方なら大丈夫ですよ。あなたの力量は私が保証します。だから自信を持ってください」
「うん……。ありがとう、シュテル」
ようやくなのはが薄く微笑む。いつもの笑顔ではなかったが、さすがにそこまで求めるのも酷だろう。シュテルは小さく頷くと、なのはから距離を取った。
「次はミッドチルダでお会いしましょう。その時は、そうですね。サービスしますよ」
「え? 奢ってくれないの?」
「……ふむ。考えておきましょう」
冗談だよ、と笑うなのはと、分かっていますと無表情に答えるシュテル。なのはが楽しげに、シュテルは薄く笑う。
「ではナノハ。次にお会いする時まで、貴方の道が勝利に彩られますように」
なのはが目を瞠るのを見て、シュテルは満足そうに頷き、きびすを返した。
今の言葉は、なのはと最初に出会った時、別れ際に送った言葉だ。なのはが覚えているかどうかは分からなかったが、今の反応から察するに覚えていたのだろう。少しだけ気恥ずかしさを覚えてしまうが、それを心地よくも感じる。
「シュテル! 元気でね! 絶対に会いに行くから!」
「期待しないで待っておきます。無理はしないように」
それでは、さらばです。
そう言い残し、シュテルは足早にその場を立ち去る。これ以上ここに留まると、自分まで辛くなってしまう。そう、感じてしまっている。
なのはが自分たちの店に来られる時間はしばらくは作れないだろう。頻繁に顔を合わせていただけに、それが少しだけ寂しく思う。そう感じてしまっている自分に驚きもする。
「またいずれ……。その時は私の自信作をご馳走しましょう」
小さな声でつぶやいて、その時のことを思い描く。
高町家を後にして、思い人の元へと向かいながら、シュテルはどこか楽しげに笑っていた。
珍しく半月で更新ですよー! ……いつも遅くて申し訳ないです……。
今回は出立のシュテル編でした。
なのはとの別れをメインに書こうと思っていたら、ちょっと百合っぽく気がします……。
お嫌いな方は申し訳ないです。一応この駄文では親友同士の扱いです。
なのはのリハビリにシュテルが付き合っているのは、当然ながら独自設定です。
シュテるんならそれぐらいするんじゃないかな、と。
書店のおじさんは何者なのか。ご想像にお任せします。
主人公の両親が雇った人間かもしれませんし、本当にただの一般人かも。
以上、ですよ! 次はまた1日に更新できるようにしたいです。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。