シュウたちが住まうマンション。自分たちの部屋の浴室に五人は集まっていた。それぞれが浮かべる表情は、困惑や苦笑など、あまりいいものではない。その理由は単純なものだ。
「お湯、出ませんね……」
ユーリがつぶやいた言葉に、出ないねー、とレヴィが脳天気な声で返す。その反応にディアーチェは冷ややかな視線を向けるが、レヴィは気づいていない。
「シュウ。そちらはどうでしたか?」
シュテルがそう問う。シュウの部屋の風呂のことだろう。そちらが無事ならまだ良かったのだが、しかしシュウは申し訳なさそうに首を振った。そうか、とディアーチェがため息をつく。
「仕方がありませんね」
シュテルはそう言うと、一人その場を後にした。ディアーチェがすぐに何かを察したようで、仕方がないな、とディアーチェも浴室を出て行く。残されたシュウはどうしようかとしばらく困惑していたが、自分と同じようにきょとんとしているレヴィとユーリを残そうとも思えず、その場で待っていることにした。
そして、さほど時間を置かずに戻ってきたシュテルとディアーチェの手には、着替えなどを含めたお風呂セット。なるほど、確かに仕方ないね、とシュウも得心して、着替えを取りに自分の部屋へと向かう。
「シュテル。ちなみにどこの?」
「最寄りですね。修理がいつ終わるか分かりませんが、数日通う可能性もあります。近場の方が良いでしょう」
未だによく分かっていないらしいレヴィとユーリに、ディアーチェが告げる。銭湯へ行くぞ、と。それを聞いた途端、二人が嬉しそうな歓声を上げた。
準備を終えて、すぐに銭湯に向かう、ということには残念ながらならなかった。実際には、修理の手続きなどで少し時間を取られてしまっている。後ほど聞いた話では、シュウたちの部屋だけでなく、その階の全室でトラブルが起きていたらしい。
それの詳細に関して五人ともそれほど興味がなかったため、修理を依頼した後は気にせず銭湯に向かった。
シュウたちのマンションから最寄りの銭湯までは、歩いて二十分ほど。遠いとは言わないが、自宅の風呂が使えればわざわざ来ようとも思えない、そんな距離だ。故にここに来るのは初めてだったりする。大きくはないが小さいとも言えない、そんな規模の銭湯だ。
入り口から入ってすぐに広めに造られたホールに出る。その奥にカウンターがあり、何人かの店員が利用者と会話をしている。周囲を見てみると、利用者はそれなりに多いようだ。
カウンターで利用料を支払い、シュウとシュテルたちはその場で別れることになる。
「それでは、シュウ。またここに集合でよろしいですね?」
「うん。もちろん」
風呂の後の集合場所を決めて、シュウは風呂へと向かった。
脱衣所で衣服を脱ぎ、浴室に向かう。親子連れの利用者が多いのか、親子らしき組み合わせが何人もいた。その様子を見て、シュウはまぶしいものを見るかのように目を細め、わずかに表情を曇らせる。少しだけ、羨ましい、という感情が芽生えてしまう。もっとも、今となっては両親を拒絶しているのはシュウ自身だ。羨ましい、と思うのは何か違う気がする。
――言えば、一緒に来てくれるのかな。
父親の顔を思い出し、シュウは苦笑した。今更イメージできないな、と。
体を洗って、浴槽へと向かう。子供一人というのが珍しいのか何度か視線を感じたが、特に声を掛けられることはなかった。浴槽の隅に浸かり、ゆっくりと息を吐き出す。少し熱めのお湯だが、とても気持ちがいい。
油断していると寝てしまいそうだ、と思いながら、シュウは軽く首を振った。本当に寝てしまうとシュテルたちを長時間待たせてしまうことになる。適度に切り上げてさっさと上がろう、と心に決めて、
「……あ」
それが、視界に入った。浴槽の側、出入り口とは反対側にある小さな扉。その脇には、露天風呂、と書かれた張り紙がある。せっかくだし見ていこう、とシュウは露天風呂へと向かった。
露天風呂には他の利用客がいなかった。ほとんどシュウの貸し切りだ。そのことを不思議に思いながら、シュウは湯船に浸かる。上方へと視線をやると、明るい月といくつかの星を確認できた。山の旅館などで見る夜空とは違いあまり星は見えないが、それでも湯船に浸かりながら夜空を見られるというのは、なかなかいいものだと思う。
露天風呂の周囲は高い柵で囲まれていて、外部から露天風呂がのぞけないように工夫がされている。ただそれでも、ここは街の中だ。もしかすると、他の利用客は誰かに見られるかもしれないという可能性を嫌ってあまり来ないのかもしれない。
そんなことを考えていると、扉を開く音が聞こえてきた。誰か来たのかと思うと同時に、疑問も出てくる。音のした方向が、自分が入ってきた方向より少しずれているような……。
「あ! シュウだ!」
自分の名を呼ぶ声にシュウが目を大きく見開く。つい先ほどまで聞いていた声で、表情を引きつらせながらそちらを見やる。案の定、そこにいたのは、家族とも言える四人だった。
「な、なんで……?」
シュウが何とかそれだけ言葉を紡ぐ。その意味が分からずに、ディアーチェとレヴィ、ユーリが首を傾げる。だがシュテルはその意味を正確にくみ取ったらしく、短い答えを口にした。
「混浴ですよ、ここ」
今度こそシュウの表情が凍り付いた。そんな注意書きがあっただろうか。
そんなシュウを放置して、四人が湯船に浸かってくる。全員、混浴という点を配慮したのか、体にタオルをしっかりと巻いている。
レヴィが空を見て、あまり見えないね、とつぶやくと、残念ですとシュテルがつぶやいた。
「まあ、仕方あるまい」
ディアーチェはそう言うと、ゆっくりと息を吐いてリラックスする。その横で、シュテルも一息ついていた。シュウとは少し距離を取っている。本人たちはあまり気にしないはずだが、どうやらシュウに気を遣ってくれたらしい。そのことに少し申し訳なさを感じていると、背中から誰かに抱きつかれた。
「シュウ、捕獲!」
レヴィだ。いつの間に背後に回り込んでいたのか、全く気がつかなかった。レヴィの体温が直に感じられ、顔が赤くなってくる。
「れ、レヴィ! ちょっと離れて……」
シュウがそう言っても、いやだ、とレヴィは楽しそうに拒否してしまう。シュウはすぐに言葉を続ける。
「い、いやでも、体が密着してて、その、なんというかね……!」
恥ずかしそうなシュウの言葉。レヴィは少し考え、そしてぽんと手を叩いた。
「シュウ! あれだよあれ!」
「な、なに?」
「……当ててんのよ」
レヴィの言葉を聞いた四人が示した反応は、少しずつ違うものだった。ユーリはよく意味が分からなかったのか首を傾げ、ディアーチェはどこで覚えたのだ、と呆れながら立ち上がる。シュテルもディアーチェと同じようにため息をついて、そしてやはり立ち上がった。
シュウはどう反応を返していいのか分からず、苦笑い。
「えっと……。レヴィ。どこで覚えたの?」
「ん? お昼のテレビでやってた……えっと……。ドラマってやつ?」
なるほど、とシュウは頷いた。おそらく先の言葉ははっきりと意味を理解して言ったものではないのだろう。レヴィらしいとも言える。
「レヴィ」
いつの間にかディアーチェもすぐ側まで来ていた。正確にはレヴィの隣だ。そのレヴィの腕を掴んで、立ち上がらせる。戸惑うレヴィへと、ディアーチェは無表情に告げた。
「来い」
短い、王の一言。だがそれだけでレヴィはディアーチェを怒らせてしまっていることを察したらしい。素直に、はい、と頷いた。
「ではな、シュウ。我らのことは気にせず、ゆっくり温まるのだぞ」
そう言って、ディアーチェとレヴィが女湯の方の扉へと歩いて行く。ユーリも慌ててそれを追っていく。
「お騒がせしました。また後ほど」
シュテルが最後にそう言って、シュウへと小さく頭を下げた。そしてそのままきびすを返し、歩いて行こうとする。そのシュテルの腕を、シュウが掴んだ。
「シュウ? どうかしましたか?」
わずかに戸惑いの色を混ぜて、シュテルが問うてくる。シュウ自身無意識の行動だったので、特に用事があったわけでもない。シュウはしばらく悩んだ末に、
「その……。せっかくだから、もう少し一緒に、とか……」
最後の方は尻すぼみになり、自分ですらあまり聞き取れなかった。おそるおそるとシュテルの顔をうかがい見る。シュテルはいつもの無表情でシュウを見つめていたが、気のせいか、少しだけ頬が赤くなっているような気もする。
やがてシュテルは、少しだけなら、と頷いてくれた。
浴槽の隅で、シュウとシュテルは並んで座っていた。並んでと言っても、二人の間にはわずかに距離がある。さすがに少し恥ずかしいという思いからだ。
二人は無言で、静かに夜空を眺めていた。やはりあまり星は見えないが、それでも飽きることなく二人の視線は夜空に向いている。聞こえてくるのは水の音だけで、とても静かな夜だ。
「誰も来ないね」
シュウがちらりと男湯と女湯へと続く扉を見る。ディアーチェたちが出て行ってからは、一度も開いていない。貸し切り状態となっているため、少しだけ気分が良い。
「やっぱり僕は、静かにのんびり入る方がいいな……」
シュウにとって、風呂は一人で入るものだ。それは今も変わらない。そのためこういった大衆浴場はあまり好きではない、というのが本音だ。それを聞いたシュテルがどこか寂しそうな、気遣うような表情をするが、シュウはそれには気づかない。頬をだらしなく緩めて、続ける。
「でも、たまにはこういうのも悪くないよね……。今度は友達も誘って来てみたいかな」
シュテルがかすかに安堵の吐息を漏らす。それには気づいたシュウが首を傾げると、シュテルは何でもありません、と首を振った。
「シュテルと一緒に入ることなんて滅多にないから、そういう意味でもまた来たいかな」
そんなことをシュウがつぶやく。するとシュテルはわずかに目を開き、やがてそっぽを向いた。そのまま立ち上がり、浴槽を出て行く。
「シュウ。そろそろ出ましょう。ディアーチェたちを待たせてしまいます」
「あ、うん。そうだね」
余計なことを言ったか、と少しだけ反省しつつ、シュウも男湯へと続く扉へと向かう。
もう一方の扉の前で、シュテルがかすかに頬を染めてうつむいていることに、最後まで気づかなかった。
「二本! 二本買いたい! お願い王様!」
「今回だけ! 今回だけですから!」
「だめだ! 絶対に、だめだ!」
売店の前で騒ぐ三人。三人の側には牛乳が冷やされた冷蔵ケース。
「だって、決められないよ! コーヒー牛乳とフルーツ牛乳どっちかなんて!」
「そうです、ディアーチェ! せっかくここまで来たんですから!」
「むう……。だが、だめだ! そもそも今日は財布を持っているのはシュテルだ!」
どうやらレヴィとユーリが、ディアーチェに牛乳を買ってもらおうと強請っているらしい。シュウがその様子を遠目から微笑ましく見つめていると、少し遅れてシュテルも更衣室から出てきて、シュウの隣に並んだ。同じ光景を見て、少しだけ呆れたようにため息をつく。
「公衆の面前で何をやっているのですか」
そう言いながら、シュテルが三人へと歩いて行く。それに気づいたレヴィが、
「シュテル! 牛乳買って! コーヒーとフルーツ!」
早くもおねだりを始め、ユーリも期待のこもった眼差しで見つめてくる。どうしたものかとディアーチェへと視線を向けると、任せる、と口の動きだけで伝えてきた。
「シュウ」
唐突に呼ばれ、少しだけ驚きながらも返事をする。
「飲みますか?」
シュテルの短い問い。なるほど、とすぐにその問いの意図を察して、シュウは頷いた。
「うん。ちょっとのぼせちゃったから、二本飲みたいんだけど、だめかな」
果たしてシュテルの望んだ答えだったのだろう、どこか満足そうに頷くと、シュテルはレヴィとユーリに向き直った。
「では一人二本まで許可します。それ以上は、買いません」
レヴィとユーリはぱっと顔を輝かせると、嬉しそうに牛乳を冷蔵ケースから取る。ディアーチェは、やれやれと首を振りながらも、口元は笑っていた。普通の牛乳を一本だけ取る。
シュウとシュテルは、それぞれコーヒー牛乳とフルーツ牛乳を取った。そのまま会計に向かおうとして、シュテルが足を止めてシュウを見る。
「シュウ。よろしいのですか?」
結局一本しか取っていないことを言っているのだろう。シュウは肩をすくめて、答えた。
「二本はちょっと量が多いから。その代わり、あとでシュテルの牛乳もちょっとだけ欲しいかな?」
「分かりました。では私も、貴方のものから少し頂きます」
平然とした様子でそんな会話を交わす二人。
その様子を見守っていたディアーチェは、顔を耳まで真っ赤にして、少しだけ呆れを含ませながらも満足そうに微笑んでいた。
終わり方が分からず、若干強制終了になってしまいました……。
今回はリクから、です。
ただ温泉は旅館のお話とかぶっていますので、銭湯という形になりました。
もっと混浴シーンや主人公のもんもんとした心境?を書けば良かったなと反省中……。
9月中に一週間連続更新を!と息巻いておりましたが、間に合わなくなりました。
お仕事が忙しくて、ここ2ヶ月休んでいないですよー。あははー。
……いずれ、やります。はい。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。