ある冬の日。昼食後ののんびりとした時間。五人はリビングで、思い思いにその時間を過ごしていた。
ディアーチェはホットコーヒーを飲みながら読書をしている。表紙やそのタイトルから察するに、ミステリー小説のようだ。時折本から視線を外し、家族の様子を確認しているのは流石といったところか。
シュテルは図書館で借りてきた本を側に置き、編み物をしていた。数日前から始めているもので、時間があれば少しずつ進めている。先日、何を作っているのかシュウが聞いたところ、秘密です、という言葉が返ってきた。
シュウはレヴィとユーリと一緒に、テレビのバラエティ番組を見ていた。番組では、今日の誕生日さんを祝おう、というありきたり企画物をしているところだ。今日が誕生日の一般人のもとへ、有名芸能人が特大のケーキとプレゼントを持って行く、というもの。単純だが、それ故に分かりやすい。
「誕生日って、生まれた日のことだよね。みんなお祝いするの?」
そんなことを聞いてきたのはレヴィだ。シュウが頷いて答える。
「みんな、とは限らないけど、お祝いする人が多いと思うよ。誕生日会、なんてことをしたりもするし」
「へえ! どんなの?」
「みんなでケーキを食べたり、誕生日の人にプレゼントを渡したり、かな?」
この辺りはシュウの経験談ではなく、人から聞いた話や本などで得た知識だ。シュウ自身、誕生日会というものに参加したことはない。クラスメイトの誕生日会に誘われたこともあるが、プレゼントを用意することができないので、いつも遠慮していた。
「いいなあ、楽しそう!」
レヴィの表情が輝き、隣で聞いていたユーリも、おもしろそうですね、と無邪気な笑顔を浮かべる。こんな顔を見ると、いつかやってあげたいなと思ってしまう。
「ねえ、ディアーチェ。みんなの誕生日って、いつ?」
「知らん」
「あ、うん……。ごめんね」
ディアーチェの短い言葉に、シュウは申し訳なさそうに頭を下げた。どうやら聞いてはいけないことだったらしい。するとディアーチェがわずかに驚き、慌てたように言う。
「いや、待て! 誤解されているようだから言っておくが、本当に知らないのだ! 我らはもともとこことは違う世界での生まれであり、さらには正確な日付など全く覚えていないのだ。別に怒っているわけでは、ないからな?」
それを聞いたシュウは、安堵のため息をついた。嫌われなくて良かった、と。それを見ていたディアーチェも、小さく吐息する。
「じゃあ、何か記念日を作って、そこで誕生日会をしようか」
「おー! 楽しみ!」
レヴィが屈託無く笑い、ユーリもいつにしましょうか、と楽しげに話す。二人での会話を始めたことで、シュウはテレビに視線を戻し、ディアーチェも読書へと戻った。
だが、その次の瞬間には全員が動きを止めることになる。
そう言えば、といった様子でユーリがシュウへと視線を向けた。
「ところでシュウの誕生日っていつですか?」
「ん? 明日だよ」
え、と聞いた本人であるユーリが固まり、へ、と珍しくレヴィも動きを止めた。ディアーチェは驚愕のあまり彼女にしては珍しく口を半開きにし、シュテルもやはり彼女にしては珍しく、完全に動きを止めて目を見開いていた。もっとも、シュテルの様子はシュウからは見えていないのだが。
「あ……」
ディアーチェが言葉を絞り出す。首を傾げるシュウへと、ディアーチェの叫び声が降り注いだ。
「阿呆か貴様!」
「うわ! びっくりした!」
あまりの大声にシュウが身をのけぞらせる。そんなことはお構いなしにとディアーチェが言葉を続ける。
「なぜだ! なぜもっと早く言わなかった!」
「え、いや……。聞かれなかったから……」
「ああ、そうだな、確かに聞かなかった! だが、それでも言ってくれても良いだろう!」
シュウが困ったような苦笑を浮かべ、少しだけ言いにくそうに音を出さずに口を動かしていたが、やがて、無理だよと首を振った。怪訝な表情を浮かべるディアーチェに、告げる。
「だって、聞かれるまで忘れていたから」
「…………」
ディアーチェは完全に沈黙すると、やがてソファへと深く体を沈めた。天を仰ぎ、手で目を覆って深々とため息をつく。疲れ果てたような、そんなため息だ。
「ああ、そうだな……。うぬらしい……」
つい最近まではシュウ自身が誕生日とは無縁の生活を送っていたのだ。祝いも何もしない誕生日なら、忘れてしまっても仕方がないのかもしれない。
「少し出かけてくる。夕食までには戻る」
ディアーチェはそう言って立ち上がると、足早に部屋を出て行ってしまった。後に残された四人のうち、シュウが困惑したような表情を浮かべる。もしかして怒らせてしまったかな、と。
「シュウが気にすることではありません。私が気がつくべきでした」
シュテルの声に振り返ると、シュテルも編み物を中断して立ち上がり、外出の準備をしていた。いつの間にか、レヴィとユーリも準備を終えている。
「シュウ。貴方も外出するなら、戸締まりをお願いします」
「うん……。予定はないけど……」
「ではゆっくり寛いでください。部屋のものは自由に使っていただいて構いませんので」
それでは、行ってきます。
シュテルが小さく頭を下げて、部屋を出て行く。レヴィとユーリもそれに続き、シュウだけが一人取り残されてしまった。
「何が何やら……」
シュウは不思議そうにつぶやきながら、再びテレビへと視線を戻す。いつの間にか、今日の占いへとコーナーが変わっていた。
Side:Dearche
ディアーチェは家を出ると、真っ直ぐにある場所へと向かっていた。あまり気乗りはしないが、こういった時は役に立つ。それぐらいの評価はしているつもりだ。そうしてディアーチェがたどり着いたのは、八神家だった。
門の前で足を止め、しばらくその建物を睨み続ける。やがて小さく深呼吸すると、八神家の扉を開けた。
「子鴉! 邪魔するぞ!」
大声でそう告げる。すると、リビングの方からはやてが顔を出した。ディアーチェの姿を認めて、嬉しそうに破顔する。
「いらっしゃい、王様! 突然やね?」
「問題があるか?」
「ううん。ないよ」
柔和な笑みを浮かべながら、はやてはディアーチェをリビングへと通した。今日は八神家の面々も休みだったのか、ヴォルケンリッターも全員がリビングに集まっている。ディアーチェを見ると、それぞれが挨拶を送ってきた。ディアーチェは手を上げることで返事をとして、はやてへと向き直った。
「子鴉。話がある」
「うん? 料理勝負か? いつでも受けて立つで」
楽しそうなはやてへと、しかしディアーチェは首を振った。今回は全く別の用事だ。
「頼みがある」
その短い言葉に、はやての瞳が驚愕で見開かれ、はやての家族たちも絶句する。実は何かあるのではと思わず訝しんでしまっているはやてへと、ディアーチェは続ける。
「明日、シュウの誕生日だそうだ。そのことを先ほど知ったところでな、何の準備もしていない」
「え……。知らんかった……」
「ああ……。本人に聞いたが、誕生日会、だったか? そういったものにもほとんど参加したことがないそうだ。だから、できれば……」
「うんうん。シュウ君のために誕生日会をしてあげたい、てことやね」
「はっきり言うな! だが、まあ、そうだ。だが我らはいまいち誕生日会というものが分からん。だからこそ貴様に手伝ってほしいのだ」
頼む。ディアーチェが頭を下げ、はやてがさらに衝撃を受けたように言葉を失ってしまう。
あのディアーチェが、自分に対して頭を下げている。これは、初めてのことだった。それだけディアーチェは真剣なのだろう。はやてはしっかりと頷いた。
「任せて、王様。最高の誕生日会をしよう!」
はやての力強い言葉に、ディアーチェは頷き、そしてとても小さな声で、ありがとう、とつぶやいた。はやてだけはその声を聞き取ることができたが、あえて聞こえないふりをした。
Side:Levi
レヴィとユーリはアースラを訪れていた。真っ直ぐにブリッジへと向かい、目的の人物を探す。レヴィはフェイト、ユーリはリンディだ。ブリッジをぐるりと見回すと、艦長席で何かを話しているフェイトとリンディを見つけることができた。
「いた! オリジナル!」
「え? レヴィ?」
フェイトが驚いて振り返り、隣にいたリンディも眉をひそめる。地球の拠点に遊びにくることはあるが、アースラまでフェイトを訪ねてきたことは初めてだ。
「どうしたの?」
レヴィが側まで来るのを待ってから、フェイトが優しく問いかける。リンディと仕事上の話をしていたのだが、わざわざアースラまで自分を探しに来るほどだ。何か事情があるのだろう。リンディもそう思ったのか、何も言わずにレヴィの言葉を待っていた。
「えっとね! 明日シュウの誕生日らしいんだけど実は何もしらなくて用意してなくてでも何かしてあげたいけど何も思い浮かばなくてそれでオリジナルに聞こうと思って!」
「と、とりあえず落ち着こう? はい、深呼吸」
フェイトに促されてレヴィが深呼吸する。その間に、
「明日、シュウの誕生日なんです。それで何かしてあげたいんですけど、そういった日に何をするのか分からなくて……。何をすればシュウは喜ぶでしょう?」
ユーリの説明。レヴィのものより分かりやすい。なるほど、とフェイトとリンディが頷いた。
「シュウ、明日誕生日なんだ。言ってくれれば良かったのに……」
「でもあの子らしいわね。この世界の誕生日のお祝いの仕方はあまり詳しくないのだけど……」
そう言いながらフェイトとリンディが少し考える。誕生日会の準備そのものはシュテルやディアーチェがするだろう。レヴィたちも手伝うだろうが、それとは別に何かをしたいらしい。
先に案を思いついたのは、フェイトだった。
「少し前に行った友達の誕生日会のものだけど、歌とか、どうかな?」
「歌? どんな?」
「誕生日の歌。それぐらいなら教えてあげられるけど……」
言いながら、フェイトはリンディの顔色をうかがう。そのリンディは少し困ったような苦笑を浮かべていた。今はまだ、仕事の途中だ。ここで放り出すことはできない。それでもリンディも思うところがあるのか、仕方がないわね、と頷いた。
「レヴィさん。ユーリさん。フェイトはまだ仕事の途中なの。だから今すぐに教えてあげることはできないわ」
「ええ……。どうしても?」
残念そうなレヴィの声に、しかしリンディは微笑んで言う。
「レヴィさんとユーリさんがフェイトの仕事を手伝ってくれたら、その分早く終わるわね?」
その言葉の意図をすぐに察し、レヴィとユーリが勢いよく手を上げた。
「よしオリジナル! 手伝ってあげよう! だから早く教えて!」
「がんばります! 急ぎましょう!」
二人のその勢いに、フェイトは驚きつつもどこか嬉しそうに頷いた。
Side:Stern
「飾り付けはこんなところだけど、参考になった?」
「はい、とても。ありがとうございます」
シュテルは翠屋のキッチンにて、桃子と厨房に立っていた。二人の目の前にはホールケーキ。誕生日用に仕上げられたもので、桃子がわざわざ作ってくれたものだ。
数時間前、マンションを出たシュテルは真っ直ぐに翠屋を訪ねていた。店を手伝っていたなのはと挨拶を交わし、シュテルから事情を聞いたなのはがすぐに桃子に繋いでくれた。昼食時を過ぎて店も落ち着いていたために、こうして桃子から誕生日ケーキの作り方を直接教わっている。
「すみません、実際に作っていただいて」
作られたケーキを丁寧に箱に詰める桃子にシュテルが言うと、桃子は、気にしなくていいわよ、と笑顔で応じる。ケーキの箱を冷蔵庫に入れながら、
「いつもお手伝いしてもらっているわけだし。そうだ、よければ明日、誕生日ケーキを作ってあげるけど、どう? もちろんこっちもお金とか気にしなくてもいいわよ」
桃子のその申し出はとてもありがたいものだ。内心で感謝しつつ、しかしシュテルは首を振った。
「いえ、自分で作りたいと思います」
「ふふ、そうね。私もその方がいいと思うわ」
桃子もシュテルの返答を予想していたのだろう、それ以上何も言うことはなかった。
「今日はありがとうございました。また手が必要な時はいつでもお呼びください。最優先で予定に入れます」
「そうね。その時はお願いするわね」
桃子が小さな袋にてきぱきといろいろな物を詰めていく。そしてそれをシュテルへと差し出した。怪訝そうに眉をひそめながらもシュテルが受け取ると、桃子が続ける。
「誕生日用の飾り付け一式。少し多めに入れておいたけど、もっと必要ならいつでも言ってね。それと、私の予定よりも、貴方の大切な人の予定を優先するように」
桃子が悪戯っぽく笑うと、シュテルはわずかに目を見開き、次いで口元を少しだけ緩めた。そうします、と短く答える。
「ありがたく頂きます。では、失礼します」
桃子に丁寧に頭を下げて、その場を後にした。
翠屋を出て少し歩いたところで、後方から誰かが走ってくる音が聞こえてきた。すぐに誰かを察して、立ち止まって振り返る。なのはが息を切らして走ってくるところだった。
「良かった! 追いついた……!」
なのはの言葉にシュテルが首を傾げる。何か用事ですか、と。それを聞いたなのはが少しだけ頬を膨らませた。
「用事はないけど、友達と一緒に歩きたいと思ったら、だめ?」
「いえ……。そうですね。ご一緒しましょうか」
なのはの言葉に、シュテルは無表情に頷いた。それを聞いたなのはが嬉しそうにシュテルの隣を歩く。
「明日、シュウ君の誕生日なんだね」
「はい。そのようです。私たちも先ほど知ったところですが」
「もっと早く言ってくれれば良かったのにね……。でもシュウ君のことだから、自分でも忘れてたんだろうなあ……」
「そうだと思います。シュウですから」
二人は顔を見合わせると、なのははおかしそうに笑い、シュテルもわずかにだが笑みを漏らした。
「誕生日プレゼントは決まってるの?」
「さて、どうでしょう」
シュテルの返答をどのように解釈したのか、なのはは、そっかと頷いた。続いて小さな声で、じゃあお買い物はしなくていいか、と聞こえてくる。おそらく、シュテルが何も用意できていなければ一緒に買いに行ってくれるつもりだったのだろう。なのはの気遣いに内心で感謝する。そして思う。得がたい友人を持てたものだ、と。
「それじゃあここで! 私ははやてちゃんの家に行ってくるから!」
「はい。ありがとうございます、なのは」
「私は何もしてないけど……。何かあったら言ってね! それじゃあ、また後で!」
そう言い残し、なのはが走り去っていく。その後ろ姿を見送りながら、シュテルは小さく首を傾げた。
――また後で?
Side:Hero
薄暗い部屋の中。シュウは心地よい微睡みに身を任せていた。シュテルたちが出かけた後、さすがに彼女たちの部屋に居続けるのもどうかと思い、自分の部屋に戻っている。することもないし昼寝でもしよう、とリビングの電気を消して、シュウはテーブルに突っ伏してうとうととしていた。
そのシュウを起こしたのは、物音だ。扉の鍵が開けられ、誰かが中に入ってくる。シュウが欠伸をしながら体を起こしたちょうどその時に、見慣れた少女が入ってきた。
「おかえり、シュテル」
シュウがどこか嬉しそうに笑って言うと、シュテルの表情が一瞬だけだが引きつったように見えた。どうしたのだろう、と首を傾げるシュウへと、シュテルが言う。
「すみません、シュウ。少し用事ができてしまいまして……。明日の夕方まで、帰ることができなくなりました」
「ん……。長いね。大丈夫?」
「ええ、危険なことはありません。大丈夫ですよ」
シュテルはそう言いながら、シュウの隣に静かに座る。じっとシュウの瞳を見つめてくる。
「シュウ」
真剣な声音。思わずシュウは居住まいを正した。
「ご飯は大丈夫ですか?」
真顔で聞いてくることがそれか、と内心で苦笑しつつ、心配されても仕方がないかとも思う。シュウは冷蔵庫と財布の中身を思い出し、しっかり頷いた。
「うん。大丈夫」
「そうですか。それなら良いのです。では、そろそろ行きますね」
立ち上がろうとしたシュテルの手を、シュウが掴んだ。シュテルが少し驚きながらシュウを見る。そのシュテルの目を見て、シュウは眉尻を下げながらも微笑んだ。
「行ってらっしゃい、シュテル。気をつけてね」
その言葉に何を思ったのだろう。シュテルは何かを堪えるように目を閉じ、やがてしっかりと頷いた。
「はい。行ってきます、シュウ」
シュテルが出て行くのを見送って、シュウは再びテーブルに突っ伏した。シュテルたちがいないなら、もう少し、ご飯の準備までは寝ていよう。そう考え、目を閉じる。
――でもやっぱり寂しいなあ。
そんなことを思いながら、再び微睡みに身を任せた。
故に気づかなかった。隣の部屋で、
「ええか? 今回のミッションは時間との勝負や。大丈夫やな?」
「もちろんです、我が主」
「王様は料理に集中してええからな。しっかり美味しいもの、作ってあげてな」
「うむ。そちらは任せるぞ」
「レヴィとユーリは私と一緒に練習、だよ。結界を張るから屋上に行こう」
「うん!」
「はい!」
「シュテル、それは間に合いそうなの?」
「間に合わせてみせます。……ですが、何かあれば、協力をお願いします」
「うん! それまでははやてちゃんたちを手伝っておくね」
そんな会話が交わされて、何かしらの準備が大急ぎで進められていた。
翌日。シュウは朝食をコンビニのパンで済ませ、昼食を冷凍のピラフで済ませた。買い物に出かける際になぜか隣の部屋、シュテルたちの部屋が気になったが、とりあえずは気にしないことにして買い物を済ませ、自宅でのんびりと過ごしている。
昼寝と読書で時間を潰し、気づけば太陽は西へと傾いていた。シュテルたちは未だに帰ってきていない、らしい。シュウはどこか寂しげに小さくため息をつくと、きっと疲れて帰ってくるであろう四人のために、腕によりをかけて夕食を作ろうと立ち上がる。何を作ろうかと考え始めたところで、勢いよく扉の開く音が響いた。
シュウが体を大きく震わせ、戸惑いがちに部屋の入り口へと振り返る。誰かが姿を見せる前に、
「静かに開けられんのか!」
「ごめんなさい!」
聞き慣れた少女たちの声。ディアーチェとレヴィだ。シュウは苦笑しつつも、嬉しそうに玄関へと向かう。そこにいたのは、ディアーチェとレヴィ。それにシュテルとユーリもいた。
「おかえり。今から晩ご飯を作ろうと思っていたところだったよ」
それを聞いた少女たちがわずかに目を見開き、次いで安堵のため息をつく。シュウが困惑していると、シュテルが手を差し出してきた。
「間に合ったようで何よりです。シュウ、迎えに来ました」
「えっと……。迎えって、どこかに行くの?」
「来ていただければ分かりますよ」
少女たちが、どこか悪戯っぽく笑う。いつも無表情なシュテルですら、どこかうっすらと微笑んでいた。
いまいち事情が分からないながらも、シュウは四人に促されて部屋を出る。そして案内されたのは、隣のシュテルたちの部屋だ。シュウは首を傾げながらも、シュテルたちの後に続く。そしていつも通りリビングに通されて、
「シュウくん、誕生日おめでとう!」
突然の大勢の声に、シュウは目を丸くした。
リビングは様々な飾り付けがされており、部屋の中央のテーブルには大きなケーキと豪華な料理の数々。そのテーブルの周囲には、なのはやフェイト、はやてたち。皆が笑顔でシュウを見ていた。
「えっと……。なにこれ?」
未だに状況が掴めていないシュウに、なのはが言う。
「シュウ君、今日が誕生日なんだよね?」
「あ、うん。よく知ってるね」
「だからね。誕生日会だよ」
「へえ……。誰の?」
「もちろんシュウ君の」
シュウの動きが止まる。ゆっくりと振り返る先にはシュテルたちがいて、四人共が頷いた。
「そういうことです。お誕生日おめでとうございます、シュウ」
シュウはしばらく放心したままだったが、やがて、
「あ、ありが、とう……?」
どうにかそれだけの言葉を絞り出した。
その後は、シュウにとって全てが新鮮な体験だった。
ケーキのろうそくの火を吹き消したのは今よりももっと幼かった頃以来だし、まず大勢の友人が集まって祝福してくれることそのものが初めてだ。自分のために集まってくれたと聞いた時は、本当に泣きそうになってしまった。
シュテルたちは昨日からずっと準備をしていたらしい。ディアーチェは一日かけて今並んでいる豪華な料理の準備をし、はやてたちはこの部屋の飾り付けを家族総出で行っていたそうだ。レヴィとユーリ、フェイトは、歌の練習。その歌は、先ほど聞かせてもらった。よくある誕生日の歌だったのだが、一生懸命歌う二人に自然と笑みがこぼれてしまった。
なのはははやてたちの手伝いをしつつ、シュテルに頼まれればそちらの手伝い、だったらしい。ケーキ作りを手伝っただけだけど、と言っていたが。
そしてシュテルは、誕生日ケーキの作成。無論シュウ好みの味にしてくれている。そして、もう一つは……。
大勢で遊び、食べて、騒いで。気づけばとっぷりと日が暮れていた。どうやら全員、今日はここに泊まっていくらしい。食べ終わったお皿などは八神家が片付けている。最初は自分の家だからとディアーチェたちが片付けようとしていたが、はやて曰く、
「シュウの家族が側におらんとあかんやろ? あたしたちでやっとくから、王様たちはのんびりしておけばええよ」
とのことで、シュウたちはリビングで余った料理をつつきながらのんびりと過ごしていた。隣のキッチンからは洗い物や、はやてたちの談笑の声が聞こえてくる。
「まったく、妙な気の遣い方をしおって……」
ディアーチェはそんなことを言いながらも、その表情は穏やかなものだった。
さらにしばらく過ごし、レヴィとユーリが眠気から船をこぎ始めた頃。ディアーチェは二人を連れて寝室に向かった。ついでに子鴉たちの様子を見てくる、と言い残して。すでに洗い物の音はしなくなっているので、ディアーチェからあてがわれた部屋に集まっているのだろう。
つまり、リビングに残されたのはシュウとシュテルの二人だけだ。二人は同じソファに並んで座り、静かにのんびりとお茶を飲んでいた。しばらくそんな時間が流れたところで、シュテルが、今のうちですね、と立ち上がる。首を傾げるシュウの目の前で、シュテルは部屋の隅に丁寧に置かれていた紙袋を取ると、それをシュウに差し出してきた。
「誕生日プレゼント、というものです」
シュウが驚きで目を丸くする。よく見れば、シュテルの頬はわずかながら朱に染まっていた。そんなシュテルの表情に感想を抱く余裕は、今のシュウにはない。シュテルから紙袋を受け取ると、おそるおそるといった様子で口を開いた。
「開けても……いい?」
「はい」
許可を得たので紙袋に手を入れ、中のものを丁寧に取り出す。それは、マフラーだった。少し長めの、暖かそうなグレーのマフラーだ。
「わあ……。いいの? もらっちゃっても」
「もちろんです。そのために作りましたし」
シュテルの後半の声は、少し小声になっていた。それでもしっかり聞き取ったシュウは、最近シュテルが何をしていたのかを思い出す。編み物をしていた姿を。
「もしかして、これ……。シュテルの、手作り?」
「そうなりますね。まだ慣れていないので少し歪なところもありますが……」
「そんなことないよ! すごいなあ……」
シュテルからの手作りのマフラー。そう考えただけで、自然と頬がにやけてしまう。シュウはそのマフラーをそっと抱くと、笑顔で言った。
「ありがとう。シュテル」
「いえ。喜んでもらえたのなら、作った甲斐があったというものです」
そう言ってそっぽを向くシュテルの頬は、彼女には珍しく真っ赤だった。そんなシュテルの反応が新鮮で、そしてとても魅力的で。再びシュウの隣に座ったシュテルの手をそっと握ると、驚いたように目を丸くするシュテルと目が合った。
「本当にありがとう」
「いえ、その……。どういたしまして」
シュテルが言葉に詰まるのもまた珍しい。シュウは楽しげに笑うと、そっとシュテルへと身を寄せる。シュテルはまた驚いたように体を震わせたが、しかし離れるようなことはせず、シュテルもシュウへと身を寄せてきた。
「うん……。僕は幸せ者だね。みんなに祝ってもらえて、好きな人からプレゼントまでもらって」
シュテルは無反応。ただ、頬を染めるだけ。
その後はしばらく静かな時間を楽しんでいたが、やがて二人は顔を見合わせると、揃って照れくさそうに笑い合った。
翌日。残りの片付けを終えて、なのはやフェイト、はやてたちは帰って行った。
シュウたちはそれを見送った後、いつも通りの一日を過ごし始める。リビングで皆でのんびりと過ごす一日を。今日もそうなることだろうと思っていたのだが、
「ああ、そうだ。渡すものがあったのだ」
ディアーチェが読んでいた本を閉じ、リビングを出て行く。何事だろうと思いながらもしばらく待っていると、すぐにディアーチェが戻ってきた。その手には、小さな長方形の紙片が二枚。ディアーチェはそれを、シュウに手渡してきた。
「商店街の福引きで当たったのでな。我は興味がない。行ってくるといい」
渡されたものは、商店街にある映画館の無料券だった。作品名は書かれていないので、どうやら何にでも使えるらしい。期限は、今日までだ。
「ぎりぎりだね」
「ああ。さっさと行ってくるといい」
言い終えると、ディアーチェは自分の席に座り。読書を再開する。レヴィとユーリに視線を向けると、彼女たちもテレビの特撮に夢中なようだった。
「シュテル。一緒に行かない?」
シュウが聞いて、シュテルが答える。
「はい。ご一緒しましょう」
二人はそれぞれ身支度を調えると、玄関へと向かう。
シュウの首元に巻かれる温かそうなグレーのマフラー。それを見たディアーチェが満足そうに微笑んでいたのだが、シュウはそんなことには気づかない。
「それじゃあ、行こうか」
「はい」
シュウとシュテルはどちらからともなく手を繋ぐと、賑やかな街の中へと出かけていった。
今回は主人公の誕生日のお話です。
ちなみに桃子さんが作ったケーキもこの誕生日会に持ち込まれているという裏設定があったりします。
……ちなみに両親と妹ちゃんは、知っていてあえて何も行動していません。
まさかシュテルたちが知らないとは思っていないので邪魔しないように、という気配り、という裏設定。
ちなみにこのマフラー、以前投稿したクリスマスの時のマフラーです。
クリスマスのお話の数日前の出来事、ですね。
※ここから先はいつも以上に後書きよりも雑記に近いです。
本来なら10:07に投稿したいところですが、予約投稿の設定上10:00になりました。
さて、なぜそんなタイミングでかというと、一番最初のお話、その投稿時間を見ていただければお察しいただけるかと思います。
そんなこんなで、第一話を投稿してから一年です。
一年の節目ということでの誕生日ものでした。
砂糖もましましです。ブラックコーヒーはいかが?
第一話を投稿した時、こんなにたくさんの方に読んでもらえるとは思っていませんでした。
いろんな人に読んでもらえているだけでも、本当に嬉しいことです。
このような拙作ですがマテリアルズの、シュテルの魅力が少しでも伝わっていればいいのですけど。
マテリアルズ好きの同志が増えていれば、それ以上は望めないほど嬉しいことです。
すでに完結しているものをだらだらと続けるのはあまりいいことではないとは思いますが、私自身、もう少しこの二人の日常を書きたいと思っているので、もう少しばかりお付き合いいただければと思います。
今後ですが、おそらく月一更新すらできなくなります。お仕事が……!
少しずつ書いていきたいとは、思います、よー!
アナザーとオリジナルも書きたいので、ペースはさらに落ちますけども……。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。