リビングで朝食を取りながら、シュウはシュテルたちの会話に耳を傾けていた。今日の予定を相談するもので、どうやら今日は全員予定があるらしい。仕事ではなく、なのはたちと約束があるそうだ。
予定が決まっているのに何の相談を、と思うが、どうやらシュウをどうするか、ということらしい。
「一人でのんびり過ごすよ?」
というシュウの意見は、相談の最初で却下となっている。シュテルとディアーチェがその言葉を聞いた瞬間、無言でシュウを見てきたので、何でもないです、とそれ以降は発言していない。
――気に掛けてくれるのは嬉しいんだけど、何だろう。情けない……。
内心で少し落ち込みながら、ジャムを塗ったトーストをかじる。のんびりと待っていると、やがてシュテルが視線をこちらに向けてきた。
「シュウ」
呼ばれたシュウが小首を傾げる。シュテルが続ける。
「リンディ艦長から許可をいただきました。アースラに行きませんか?」
シュテルの提案に、シュウは内心で驚きながらも、二つ返事で了承した。
シュウの中には特殊なロストロギアが存在する。だがその記録は抹消しているため、管理局でもシュウは、巻き込まれたただの一般人、という扱いになっている。そのためにアースラに、予定もないのに訪れるのはあまり感心できないと思うのだが、そう考えているのはシュウだけのような気がするのは何故だろう。
シュテルたちと共にアースラを訪れたシュウは、そのままある部屋へと案内された。とても広い部屋で、すでに先客が何人もいる。なのはやフェイト、はやて、ヴォルケンリッターの面々、など。今回は人が多いなと不思議に思っていると、シュウたちに気づいたなのはとフェイト、はやてがこちらへと駆け寄ってきた。
「みんな! こんにちは!」
なのはが元気よく挨拶し、シュテルもいつもより柔らかい無表情で淡々と返事を返す。レヴィは元気よく、ユーリは丁寧に挨拶をする。ディアーチェはそっぽを向いたままだ。
「王様。無視はひどないか?」
「貴様と交わす言葉はない」
「…………」
「ぐっ……。そんな目で見るな! ええい、分かった! こんにちは! これでいいか!」
「やっぱり王様、大好きやー!」
「寄ってくるな阿呆!」
この二人はいつも通りだ。
「それで、シュテル。みんな揃ってるけど、何しに来たの?」
ディアーチェたちから視線を外してシュテルに問うと、なのはが少し驚いたような表情を見せた。シュウが首を傾げると、なのははシュテルを戸惑いがちに見る。
「言ってなかったんだね」
「遅れないことを優先しましたので。説明はここでもできるでしょう」
シュテルがシュウへと向き直る。改まったその態度にシュウが身を硬くするのを見て、シュテルはうっすらと苦笑を浮かべた。
「シュウ。貴方を参加させるつもりはありませんので、その点はご安心ください」
いきなり仲間はずれを宣言されてシュウが内心で落ち込む。それを知ってか知らずか、シュテルは続ける。
「模擬戦をします」
仲間はずれ万歳。思わず安堵のため息が漏れた。
お互いの技術向上を目的とした、集団線を想定した模擬戦闘訓練。これが本日のテーマらしい。そんなお題目が掲げられているが、ようは皆戦いたいだけだろう、と思ってしまう。皆がどう思っているか、本当のところは知らないが。
シュウはシュテルと共に、集団から少し離れた場所にいる。二人で静かに、今回のルールが決まっていくところを眺めている。
「模擬戦かあ。見るのは初めてだ」
「個人戦などはよくしていますが、模擬戦の見学はシュウにとって得る物は少ないでしょう」
「だから呼ばなかった、と。今回は誰もいなくなるから、かな? 別に一人でも、大丈夫だよ」
そこまで自分は子供っぽいのか、それとも頼りないのか。そう思い少し気分を沈ませていると、違いますよとシュテルが首を振る。シュウの目を真っ直ぐに見つめ、
「単純に、私たちが不安なんです。貴方が何かに巻き込まれないか」
「ん……。そうそうないと思うけど。ギフテッドの情報はもうほとんどないんだし」
「私たちの方で、ですよ」
シュテルの言葉にシュウが首を傾げ、すぐにそっか、と得心したように頷いた。
シュテルたちは嘱託魔導師として時折働いている。当然何度か荒事も経験しているらしく、それに関わっていた者の逆恨みにシュウが巻き込まれることを懸念しているのだろう。シュウは魔法の知識はそれなりに得ているが、戦闘となると無力に等しい。シュテルたちの心配は当然と言える。
「ありがとう、シュテル。あとで皆にも改めてお礼を言うよ」
「私たちが原因のことですから、お気になさらずに」
そんな言葉を交わしていると、ルールの相談をしていたなのはがこちらへと手を振ってきた。どうやら終わったらしい。シュテルはなのはに頷きかけると、それでは、とシュウに言う。
「観戦室への行き方は大丈夫ですね?」
「うん。もちろん」
データを収集、纏めるための部屋でもある。今はそこにリンディやエイミィもいるとのことで、この後はその部屋へと向かうことになっている。
「では行ってきます」
「うん。がんばってね、シュテル」
シュテルは小さく頷くと、皆が集まるところへと飛んでいく。シュウはそれを途中まで見送ってから、きびすを返した。出入り口へとのんびりとした足取りで向かう。
ふと、シュウは足を止めた。どんな戦いをするのだろうと少しだけ興味を持ち、振り返る。幾人かの人数に別れ、相対している友人たち。皆が特徴的な衣服に身を包んでいる。あれがバリアジャケット、というものだろう。
「へえ……。いいなあ。僕も魔法が使えたら良かったのに」
戦いたい、とは思わないが、魔法使いに興味がないと言えば嘘になる。それに、クロノが身にまとうバリアジャケットはなかなか格好いい。少しだけ羨ましく思う。
「まあ、無い物ねだりだよね。そろそろ行こう」
苦笑して、きびすを返す。
こういった感想は、せめて観戦室で思うべきだったとシュウはすぐに後悔した。
『結界展開完了! いつでもいいよ!』
どこからか響くエイミィの声。そう言えばいつの間にか、周囲の色が少し変わっているような気がする。そして、すぐに気づいた。ここはすでに結界の中だと。
「どうやら僕は存在感が薄いらしいね。ふふ、新たな発見だよ」
出入り口の扉はびくともしない。安全性のために締め切られているのだろうか。そしてしばらくして、轟音が響き始めた。どうやら模擬戦が始まったらしい。
「あっはっは。どうしようこれ」
シュウは乾いた笑いをその顔に貼り付け、顔面蒼白になっていた。
その頃の観戦室。結界を張り終えて、エイミィはデータの収集を開始する。その後ろには、遅れてやって来たリンディが立つ。リンディは、間に合ったわね、と小さく安堵のため息を漏らし、そしてすぐに、え、と間抜けな声を漏らした。
「艦長、お疲れ様です。どうかしました?」
エイミィが不思議そうに聞いて、リンディが訓練室の一角を指さす。その先を見たエイミィもそれに気づき、見る見るうちに顔が青くなっていく。
「ちょっと待ってみんな! すと……」
慌ててエイミィが叫ぶが、すぐに戦闘が始まり、轟音で声がかき消されてしまった。
非殺傷設定。そうだ、これがあるから死にはしないだろう。そう自分に言い聞かせるシュウの真横を、魔力弾が打ち抜いていく。シュウの顔面、すぐ横を。そして背後の置物が粉砕され、その欠片がシュウの頬を薄く切った。わずかに流れる、血。
「あはは。見ろ。僕がゴミのようだ」
先日見たアニメ映画を思い出しながら、シュウは笑った。
「あはは」
笑った。
「あっはっはっはっは!」
そして走った。笑いながら。そして泣きながら。
「わりと本気で誰か助けて切実に!」
そんなことを叫びながら。
それに気づいたのは偶然だった。
何の気なしに振り返った先。シュウはちゃんと観戦室に向かっているだろうかと振り返った先。それを見て、シュテルの表情が凍り付いた。シュテルには珍しいことに、表情を青くしていく。そしてすぐに、行動に移した。持ち場を離れ、全力で出入り口の側へと向かう。
『シュテル! どうした!』
ディアーチェの念話。だが今はそれに返事をする時間すら惜しい。なぜなら、どこかの三人娘と自分たちの盟主が、強大な魔法の準備をしているのだから。
「シュウ!」
シュテルが呼ぶと、必死に魔法の流れ弾から逃げているシュウが足を止めて振り返った。虚ろな目でシュテルを見つめてくる。内心で焦りを感じながらシュテルはシュウの側に下りると、すぐにプロテクションをかけてシュウを保護した。
「どうしよう、シュテル!」
シュウの声に、何かあったのかと不安に襲われる。
「遺書! 書き忘れた!」
何かはあった。シュウの心が壊れた、そんな意味で。
「シュウ! しっかりしてください!」
大声で呼びかける。何度か続けると、シュウが何度か瞬きをして、瞳に光が戻ってくる。シュテルの顔を認識したのか、すぐに泣きそうな表情になった。
「シュテル……」
「はい」
「怖かった……。本当に本気で怖かった……。死ぬかと思った……」
「ごめんなさい。ごめんなさい、シュウ。もう大丈夫です」
瞳に涙をためるシュウをそっと抱きしめながら、シュテルは周囲を確認する。障害物として設置されている大きめの岩などが点在している場所だ。おそらく観戦室からはこれらの影響でシュウの姿を確認できなかったのだろう。せめて退室までは一緒にいるべきだったと後悔するが、今は無事にシュウを連れ出すのが先だ。
そんなシュウは落ち着いたのか、シュテルから離れると、顔を真っ赤にしていた。
「シュウ。落ち着きましたか?」
「うん……。ごめん、シュテル……」
謝るべきは私たちです、と言おうとしたところで、大きな魔力反応を背後に感じた。シュウが表情を引きつらせ、シュテルもすぐに察しがつく。
「全力全開!」
なのはの勇ましいかけ声が、今はとても恨めしい。
「シュテル……」
シュウの不安げな声に、シュテルは大丈夫ですと頷きかける。
「全身全霊をとして、守ります」
魔力反応へと体を向け、デバイスを構える。
「女の子に守ってもらうって……。なんかもう、情けなくて泣きそうだけど、お願いします……」
シュウのその言葉の直後。光が爆発した。
「ごめんなさい!」
訓練室を出たすぐの廊下で、シュウは缶ジュースを飲んでいた。そのシュウの目の前には、頭を下げる友人知人。誰もが申し訳なさそうな表情をしている。特にクロノやエイミィは激しい自己嫌悪に襲われているらしく、とても苦しそうな表情をしていた。
あの後、シュテルの結界はなのはたちの魔法に耐えきった。そのすぐ後にシュテルが全員へと、シュテルには珍しい大声で念話を飛ばし、シュウが取り残されていることを連絡。慌てて模擬戦は中断され、今に至る。
ちなみにシュウが飲んでいるジュースはクロノが買ってきたものだ。
「ふふ。本気で死を覚悟したね。貴重な体験だったよ」
遠くを見るような目で言うシュウに、全員が言葉を失ってしまう。何と声をかければいいのか分からない、といった様子だ。そんな中で、リンディが前へと進み出てきた。
「本当にごめんなさい、シュウ君。本来なら私たちが気づかないといけなかったのに……。とても怖い思いをさせてしまって、ごめんなさい」
そう深々と頭を下げてくる。艦長という立場の人から頭を下げられたことにシュウは戸惑いを覚え、やがて小さくため息をついた。居心地悪い、と。
「もういいですよ。ジュースももらったし」
「いや、それでいいのか……? 詫びの品にもなっていないんだ。他に何かないのか?」
「じゃあ、美味しいご飯が食べたいです」
シュウがそう言うと、クロノは呆気にとられたように口を開けていたが、やがて小さく苦笑を浮かべた。しっかりと頷いて、言う。
「君らしいな……。分かった。できる限りの手配をしておくよ」
「期待してます」
クロノがもう一度謝罪を言って、その場を後にする。他のメンバーもそれぞれしっかりとシュウに頭を下げて、その場を後にしていった。こんなことがあった直後だからだろうか、さすがにそのまま訓練室に戻る人はいないようだ。
やがてその場に残されたのは、シュウとシュテルたちだ。
「シュウ。すまなかった。我らがもう少し気を配っておけば……」
「ごめんね、シュウ……」
「ごめんなさい……」
ディアーチェ、レヴィ、ユーリがそれぞれそう口にする。家族が意気消沈している姿をあまり見たくないシュウは、努めて笑顔で、
「本当に気にしなくていいから。それより、晩ご飯を楽しみにしようよ。クロノが奢ってくれるみたいだから」
気楽な調子のシュウに、ディアーチェたちが安堵のため息を漏らす。
そろそろ行こう、とシュウがジュースを飲み終えて、五人は移動を開始する。休憩室に全員が集まっているようなので、そちらに向かうことにした。
「シュウ」
歩きながら、シュテルが声をかけてくる。シュウが、どうしたの、と首を傾げると、
「本当にすみませんでした」
「気にしなくていいよ。それよりも、ありがとう。守ってくれて」
情けなくてごめん。シュウがそう口にすると、シュテルは珍しく驚いたように目を瞠った。何を言っているのですか、と首を振る。
「人には得手不得手があります。今回は私が得手とすることだっただけです。デバイスのメンテナンスはいつもお願いしているわけですし」
「うん……。そう、だね」
ここで自己嫌悪しても仕方がないと考え、シュウは頷いて思考を放棄する。いつか自分も、シュテルを守れるようになりたい。そんなことを思いながら。
「……そう言えば、シュテルのあんな声は初めて聞いたなあ。すごい慌てていたような……」
「忘れてください。今すぐに」
シュテルが顔を背ける。その顔は、心なしか少し赤い。シュウはその横顔を見ながら、たまにはこんな日もいいか、と微笑んでいた。
もちろん巻き込まれないことが前提、ではある。
今回は少年期でのお遊び回でした。
気づかずに模擬戦開始とか本来あり得ないとは思いますが、見逃していただきたいです。
ちなみに今回の元は、昔書いていたヴィータ夢小説からだったりします。
……それを書いたのが8年前。少し衝撃を受けました。あの頃はまだ十代だった……。
次回は青年期でのお遊び回、の予定ですよー。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。