ベッドに横たわる少年と少女。少年、シュウは緊張した面持ちで隣の少女を見やる。少女、シュテルはシュウと目が合うと、ほのかに頬を染めて、艶めかしい声でシュウの名を呼ぶ。その声に、シュウは思わず生唾を呑み込んだ。
シュウはシュテルをそっど抱き寄せ、その首元に……。
「うわあああ!」
シュウは大声を出して飛び起きた。荒い息をつきつつも、必死に周囲の状況を確認する。部屋は薄暗いが、見覚えのある部屋だ。
シュテルの、部屋だ。
先ほどまでの夢を瞬時に思い出し、現実と夢との区別が曖昧になる。激しく頭を振って、落ち着け、さっきのは夢だと何度も自分に言い聞かせる。
なんて夢を見たものだろうか。正に悪夢だ。
――ん? 悪夢か?
夢をゆっくり思い出す。夢の中でのシュテルの姿。その姿を思い出し、思わず頬が緩みそうになり、
「シュウ。どうかしましたか?」
隣からのシュテルの声。ぎょっとしつつ隣を見れば、シュテルが自分を気遣わしそうに見つめている。そして再び夢をリフレイン。顔を真っ赤にしてしまう。
「シュウ? 体調でも悪いのですか?」
そっと伸ばされてくるシュテルの手。シュウはそれを黙って見ていたが、自分に届きそうになったところではっと我に返り、
「うわあああ!」
思わずその場を逃げ出した。後に残されたシュテルは、状況が理解できずにただただ呆然としていた。
翌日。従業員の二名が嘱託魔導師としての仕事に出ているため、喫茶店は臨時休業。休みとなった三人のうち、二人が閑散とした店内に残っている。普段は客が使うテーブルの一つを使い、向かい合って座っていた。
残るもう一人、ユーリは買い物に行っている。帰ってくるまでまだ一時間はあるはずだ。故に言うべきは、今。
「そんな夢を見たんだよ! 僕はあれかな、変態かな!」
シュウがそんな言葉を吐き出す。その先にいるのは、
「その、なんだ……。それを我に言われても、な……」
顔を真っ赤にしたディアーチェがいた。
何が言いたいのだ、こやつは。それがディアーチェの率直な感想だ。仕事に向かうシュテルとレヴィ、そして買い物に向かったユーリを見送った後、ディアーチェは店内でのんびりと読書をしようとコーヒーを用意した。そのうちシュウも来るだろうと予想して、二人分。その予想通りにシュウが来たのだが、そのシュウから発せられた言葉は予想外のものだった。
曰く、相談がある、とのこと。そう言えば今朝方はシュテルと余所余所しくしていたが、それに関することだろうか。自分が解決できることなら相談に乗ってやろうと身構えたディアーチェに放たれた言葉は、シュウの夢の話だった。
――何だそれは。のろけか。これがのろけというものなのか。
頬を引きつらせながらそう思っていた。二人は幼い頃から恋仲と呼べる関係になっていたのだから、今更実際にそんなことがあっても不思議ではない。さすがに言葉にされると恥ずかしいものはあるが。
だが、とディアーチェは思い直す。そう言えばこの二人に関しては、テレビやドラマ、小説でよくある『そういったこと』をしている気配がない。せいぜいが、二人で図書館や映画館に出かけていったり、買い物に行ったりなどちょっとしたデートをするぐらいだ。今も昔も、それ以上の話を聞いたことがない。
それ故に、シュウは夢の中であってもそういったものを見たのが衝撃だったのだろう。そして思ったのだろう、自分はシュテルをそんな目で見ている変態なのかと。
「シュウ。うぬは今年で幾つになる?」
「へ? えっと……。二十歳だね」
「至って健全だ。むしろ遅いぐらいだ。気にするな」
話は以上だ、と言わんばかりにディアーチェは本を広げた。シュウは驚きで一瞬固まっていたが、すぐに慌てたように口を開く。
「いや、そんな適当なこと言わないでよ……!」
「と、言われてもな……」
このような取り乱し方をするシュウは滅多に見ない。珍しいこともあるものだと内心で苦笑しつつ、それならばとディアーチェが少し考えて、言う。
「我も男の悩みなど分からん。他の誰かを頼るべきだろう。例えば……。クロノ・ハラオウンなどどうだ?」
言ったものの、これはないなとディアーチェはすぐに首を振った。彼は立場的に、自分の知人の中で最も多忙な人間の一人だ。そんなことはシュウも分かっているはずであり、それは無理だと言ってくると予想して、何か代わりの案をと再び考え始める。だが、
「分かった! 行ってくる!」
次の瞬間には、シュウは喫茶店を飛び出していた。
「……は?」
後に残されたのは、呆然とするディアーチェだけだった。
友人からの突然の連絡。しかも、至急相談したいことがあると言われれば、クロノも流石に心配になってしまう。部下たちに簡単に説明して、自分にしかできない仕事を急ぎで終わらせ、他の仕事は別の者に担当してもらう。本来ならこんなことをすれば良い顔などされないものなのだが、そこはクロノの人望か、部下たちは皆、たまには息抜きも必要ですと笑顔で引き受けてくれた。
そしてシュウの元へと駆けつけて、話を聞いて。
「帰っていいか?」
「ひどい!」
クロノは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえ、大きなため息をついた。多くの仲間に迷惑をかけて駆けつけてみれば、相談内容はのろけ話に近いもの。部下たちに合わせる顔がない。
「シュウ。君のその夢はおかしなところはない。気にする必要はないと思う」
「むう……。ディアーチェにも言われたけど、納得いかない……」
「いや待て。ちょっと待て。誰に相談しているんだ君は!」
クロノの狼狽した声に、シュウは不思議そうに首を傾げた。ディアーチェにだけど、と平然と答えるシュウに、クロノは頭が痛くなってくる思いだ。男同士ならともかく、女性にそんなことを相談するとは。
「とにかく、これ以上僕から言うことは何もない。納得できないなら、ユーノにでも聞いてみたらどうだ?」
「ん……。よし、そうしてみよう!」
言うが早いが、シュウは挨拶もそこそこに駆けだした。無限書庫へと向かったのだろう。クロノは小さくため息をつくと、空いた時間で何をしようかと考える。
「一応、様子を見に行くか」
クロノは一つ頷くと、その場を後にした。
ふと、歩きながら思う。
――そう言えば、ユーノは今日、なのはと会うと言っていたような……?
「かくかくしかじかでこうなんだけど、どうしよう!」
「わーわー! こんなとこで言うことじゃないよ! 落ち着こう!」
「そ、そうだよシュウ君! とりあえず落ち着いて! ね!」
たまたま休みだったユーノに連絡を入れ、指定された飲食店へとシュウが向かうと、なぜかなのはもそこにいた。しかしそんなことを気にする余裕もなく、シュウはユーノに駆け寄ると、ことのあらましを説明した。してしまった。大声で。
ユーノとなのはが顔を真っ赤にしながら、とりあえずとシュウをいすに座らせる。自分たちの水をシュウに差し出して、少しでも落ち着いてもらおうとする。その意図を察したわけではないだろうが、シュウは水を二杯とも飲むと、ゆっくりと息を吐いた。
「ふう……。ありがとう」
「落ち着いた?」
「落ち着きました」
シュウは一度だけ頷き、店員を呼んでコーヒーを注文する。その様子を見ていたなのはとユーノが、どこか安堵したような表情を見せていた。二人もシュウの向かい側へと並んで座った。
「それにしても、びっくりしたよ。いきなりあんな……えっと……」
「なのは、無理に言わなくてもいいと思うよ……」
「そ、そうだよね」
言葉にしにくそうにしているなのはへとユーノが言って、なのはは引きつった笑みで頷いた。二人はそろってため息をつくと、シュウへと視線を投げてくる。シュウは店員が持ってきたコーヒーを一口飲み、一瞬だけ動きを止め、そして何も言わずに飲み続けている。
見られていることに気づいたシュウが首を傾げると、二人はまた大きなため息をついた。
「えっと……。シュウ。ちょっと言いにくいけど、はっきり言っておくよ」
ユーノの言葉に、シュウが緊張した面持ちになる。そんなシュウへと、ユーノは言った。
「気にしすぎだよ。それ以上は、正直言いようがないかな」
「クロノにも言われたけど、納得できないよ! 初めてだよあんな夢!」
なおも言い募るシュウへと、どうしたものかとユーノは困ったように苦笑する。ユーノがちらりとなのはを見れば、なのはの笑顔は困惑で引きつっていた。
「いっそのこと、シュテルに直接聞いてみたら?」
無論これは本心で言ったわけではない。きっと、そんなこと聞けるわけがない、と返すはずだと思ってのことだ。だがユーノのその予想は見事に外れてしまった。
「そっか、それが手っ取り早いか!」
そして直後に駆け出すシュウ。もちろんお金を置いていくことは忘れない。ぽかんと間の抜けた表情をした二人が取り残される。
「……って、ちょっと待ってシュウ!」
慌ててユーノが立ち上がり、続いてなのはも立ち上がる。
「ユーノ君、お会計は私がしておくから、シュウ君を追って!」
「分かった!」
そんな短い会話を交わして、ユーノは急いでシュウを追った。
「ただいま戻りました」
シュテルは喫茶店に戻ると、少しばかり珍しい来客者にわずかに目を細めた。テーブルで向かい合って座っているのは、ディアーチェとクロノだ。クロノはシュテルに気がつくと、片手を上げて挨拶をしてくる。
「久しぶりだね」
「はい。お久しぶりですね。今日はどういったご用件で?」
「いや、その……」
クロノとディアーチェが視線を交わし、二人揃って困ったような苦笑を見せる。何か問題でもあったのだろうかと首を傾げていると、
「ただいま!」
背後からの声。シュテルが振り返ると、シュウが息を切らして立っていた。シュテルが少し驚き、そしてディアーチェとクロノがなぜか目を大きく見開いている。少しだけ焦りの感情が見えるのは気のせいだろうか。
「おかえりなさい、シュウ。出かけていたのですか?」
「うん、ちょっとね。それでね、シュテル。聞きたいことがあるんだ」
「はい、何でしょうか」
ディアーチェとクロノが席を立つ。身振り手振りでシュウによせ、やめろと指示を出す。だがシュウはそれには気づかずに、言った。
昨夜の夢を。それに混乱している自分の心境を。全て、言ってしまった。
「ああ……」
「遅かった……」
店の外からはユーノとなのはの声。どうやらシュウを追いかけてきたらしい。
そしてシュテルは、
「…………」
目を大きく見開き、そして頬を赤く染めていた。
どうにかして場を繕わなければ。シュウから相談を受けた四人が瞬時にそう考え、高速で頭を回転させる。どうすれば穏便に済ませられるかと。だが、最初に口を開いたのはシュテルだった。
「シュウ」
「うん」
「昨夜は眠れたのですか?」
「いや全く!」
「でしょうね」
シュテルが苦笑。どうやら一人で納得しているようだが、シュテル以外には、シュウも含めて訳が分からない。首を傾げているシュウの耳元へとシュテルは顔を寄せ、
「おやすみなさい」
シュウにしか聞こえない声で、優しく告げた。
何かしらの魔力が込められていたのか、シュテルの声を聞いたシュウはその場で眠りに落ちた。力の抜けたシュウの体をシュテルが受け止め、慣れた様子で二階へと運んでいく。しばらく待つと、シュテルはすぐに戻ってきた。
「えっと……。シュテル。その、聞いても、いいかな……?」
なのはの遠慮がちな声にシュテルは頷いた。
「デバイス関連の仕事が立て込んでいまして、昨日まで一週間近く、ほとんど寝ていないようでした。今回のこれは、その影響でしょうね。寝不足で意識そのものが朦朧としていたのだと思います」
「つまりは、正気じゃなかった、と?」
そのクロノの言葉に、シュテルはまた頷いた。その場に居合わせた一人一人に視線を向け、そしてシュテルは頭を下げた。
「おそらく次起きた時は何も覚えていないと思いますので、シュウの代わりに謝罪します。ご迷惑をおかけして、すみませんでした」
「迷惑だなんて思ってないよ。ただ、その……。びっくりはしたけど……」
なのはは苦笑しながらも、でも気にしてないから、と付け加えた。
一件落着、と見てよさそうだ。そう判断したディアーチェは、さて、と立ち上がり伸びをする。わざわざシュウの、家族のためにここまで来た三人に、
「詫び、というわけではないが……。せっかく来たのだ、何か食べていくといい。メニューから適当に選べ」
そう言うと、ディアーチェは厨房へと向かう。注文が決まればシュテルが伝えに来てくれるだろう。そう考えて、ディアーチェは先に調理の準備を始めていく。
「ディアーチェ」
不意にかけられる声。振り向いた先にはシュテルがいた。
「ありがとうございます」
シュテルのその言葉に、ディアーチェは気にするなと手を振った。
日も暮れて、夕食も終わり。
「おはよう、すっかり熟睡しちゃったよ。……あれ? みんな揃って何してるの?」
欠伸をしながらのシュウの言葉に、その場にいる全員が苦笑とともにため息をついた。
青年期でのお遊び回です。
いろいろとやってしまった感がありますよ……!
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。