ぐだぐだですよ!
午前五時。それがシュテルの起床時間だ。目覚ましが鳴る前に目を覚ましたシュテルは、念のためにセットしてある目覚まし時計のスイッチを切る。ちなみにセットされている時間は五時半。今のところこの目覚まし時計が仕事をしたことはない。
シュテルはベッドから出て、顔を洗う。朝食の準備のためにキッチンに向かうと、すでにディアーチェが材料を前に腕を組んで唸っていた。
「おはようございます、王」
「ん? ああ。おはよう」
簡単に挨拶を交わし、ディアーチェはシュテルの隣を横切って部屋を出て行く。
シュテルとディアーチェの起床時間はほぼ同じだ。洗面台は一つしかないので、どちらかが顔を洗っている間に片方が朝食と弁当の献立を考える、という取り決めをした。この役割は一日ごとに交代している。
キッチンに並べられた材料の側には、今日の献立が書かれたメモ用紙がある。シュテルはそれを手に取ると、早速調理を始めた。
午前六時半。微かに目覚まし時計の音が聞こえてくる。それから少ししてキッチンに入ってくるのは、眠たそうな目をこするユーリだ。おはようございます、と間延びした声で言うユーリにディアーチェが一瞬だけ表情を崩す。
「ああ、おはよう、ユーリ。すまぬが顔を洗ったらレヴィを起こしてきてくれぬか?」
「はい、分かりました」
すぐにユーリは洗面台へと向かっていく。ちなみに聞こえてきた目覚まし時計の音は二つなのだが、レヴィが目覚まし時計だけで起きてくることは少ない。必ず誰かが起こしに行っている。
ユーリとレヴィがリビングに入り、テレビを見始める頃。玄関の鍵が開けられて一人の少年が入ってくる。もちろんシュウで、おはよう、と全員に挨拶してからキッチンへ。
「お茶でいいかな?」
「はい。お願いします」
シュウは挨拶の後、全員分の飲み物を用意する。そこだけがシュウに割り振られている朝の仕事で、終わった後は自分の席で待機だ。
全員が揃ったところで朝食がリビングのテーブルに並べられる。今日のメニューは焼き魚に白いご飯、お味噌汁、そしてたくあん。和風のメニューだ。
「いただきます」
ディアーチェが手を合わせ、シュテルたちも続く。ここまでが朝食の流れだ。
この後、普段なら七時半にシュウは学校へと向かい、四人は洗い物や洗濯などの家事全般を終えた後に今日の予定の確認となる。だが今日は、今日から一週間はいつもと違う流れだ。
食器などを流しに置いて、全員が自分の部屋へと戻る。シュウは大人しくリビングで待機。程なくして戻ってきたシュテルたちは、全員がシュウの学校の制服姿だ。
「行きましょうか、シュウ。……どうしました?」
シュテルが声をかけるまで、シュウはぼんやりと四人のことを眺めていた。シュテルに声をかけられて、うん、と頷きを一つ。そして一言。
「似合ってる。みんなかわいい」
それを聞いた全員の動きが少し固まる。その反応にシュウが首を傾げると、シュテルが小さく首を振った。
「ほら、行きますよ、シュウ」
「うん。了解」
シュテルに促されて、玄関へと向かうシュウ。その後に続くシュテル。後に残された三人は、
「慣れておるな」
「さすがですね」
「王様、かわいいだって! かわいい!」
少し顔を赤くしながら苦笑するディアーチェとユーリ、そして素直に嬉しそうにしているレヴィも二人を追って家を出た。
Side:Stern
「と、ここまでが朝の流れです」
シュテルが言う先、なのはがへえ、と少し顔を赤らめて相づちを打った。
朝のホームルーム前。シュテルはなのはたちのグループと一緒にいる。レヴィはサッカーをするという男の子たちについて行き、ディアーチェは一人クラスが違うユーリと一緒だ。シュウは自分の席でうたた寝をしている。なのはに聞いた話では、いつものことらしい。
「意外……って言うとシュウに悪いかもしれないけど、シュウもそんなこと言うんだね」
「ええなあ、好きな人からかわいいって言ってもらえるなんて、ちょっと羨ましいわ」
フェイトとはやてが言って、そういうものですか、とシュテルが返す。その反応にすずかが首を傾げた。
「シュテルちゃんは嬉しくないの?」
問われ、考える。今までそれほど気にしなかったことだ。今までどう感じたかを思い出し、なるほどと一人頷いた。
「嬉しい、のでしょうね。今まで気にしたこともありませんでした」
「あやふやね。まあ正直、あんたたちらしいわ」
アリサの言葉に、なのはたちが同意するように頷いた。
今日は昨日と違い、クラスメイトに囲まれるということはなかった。
最初の授業が終わり、休憩時間。何人かのクラスメイトに話しかけられ、当たり障りのない返事をしていく。シュウの方を見てみると、目が合った。シュウは一瞬だけ目を丸くした後、小さく手を振ってくる、シュテルが小さく頷くことでそれの返事をすると、シュウは嬉しそうな笑みを浮かべ、机に突っ伏してしまった。
さらに次の休み時間では、どこかで見覚えのある女子生徒が話しかけてきた。相手もシュテルのことをどこかで見たことがあるらしく、どこで会ったかと二人で考える。それに助け船を出したのはなのはだ。
「翠屋じゃないかな? シュテルには時々手伝ってもらってるから」
「あ、そうかも! シュテルさんも翠屋を手伝ってるんだね」
「シュテルはすごいんだよ、シュテルが作るお菓子もおいしいって評判で」
なのはがなぜか自慢げにそう話し、女子生徒たちの瞳が輝く。食べてみたい、作り方を教えて、と何人かに頼まれ、いずれ機会があれば、と約束してしまうことになった。
昼休み。今日はなのはたちと一緒に食べることになった。シュウを誘ってみるが、こちらは文花から誘われているらしい。シュテルたちが来ていることを知って、何があったのか聞きたがっているそうだ。
「僕も昨日知ったばかりだから僕に聞かれても、とは思うんだけどね……。だから僕のことは気にしないでね」
そう言って教室を出て行くシュウを見送って、シュテルもなのはたちと共に屋上に向かった。
「人気者ね、シュテル」
にやにやといたずらっぽく笑いながらアリサが言って、シュテルは肩をすくめた。三回目の休憩では男子生徒にも話しかけられており、昼食を一緒にと誘われている。約束がありますので、と断ってはいるが。
「転校生だからでしょう。物珍しさ以上のものはないと思いますが」
「そんなことないと思うけど……」
なのはが不満そうにそう言うが、それ以上は何も言ってこなかった。
「さて、と。こうやってゆっくり話せる機会なんてそうそうないし、シュテル、あんたのこと教えなさい」
「構いませんよ。何を聞きたいんですか?」
そこからは、アリサやすずかが、シュテルがどういった生活をしているか聞いたり、他のマテリアルズのことを聞いたりといった時間になった。シュテルも家族のことを聞かれて悪い気はしないので、素直に答えていく。なのはの友人なら誰にも口を割らないだろうと判断して、隠すこともしなかった。
予鈴が聞こえて、シュテルたちは慌てて弁当箱を片付けて教室へと戻る。その途中、
「聞いたことは他の誰にも言わないから安心しなさい」
アリサにそう話しかけられ、シュテルは少し目を見開き、ありがとうございますと返事をする。
「お礼はいいわよ。あ、そうだ。今度一緒に遊びに行かない? もちろんみんな一緒に」
「そう、ですね。ディアーチェたちに聞いておきます」
そう答えながら、シュテルはわずかに微笑んだ。
Side:Levi
少し時間は戻り、朝の登校時。
「おっはよー!」
レヴィが教室の扉を開けて元気よく挨拶すると、多くのクラスメイトたちが挨拶を返してくれた。そのことが何となく嬉しくて、自然と頬が緩んでしまう。ふと視線を向けた先、レヴィが入ってきた扉とは違う方から教室を出ようとしている男子生徒たちを見かけた。その手にはサッカーボール。
レヴィは瞳を輝かせ、そのグループへと近づいていく。
「サッカー、だっけ。やるの?」
レヴィがそう聞くと、グループの一人が顔を向けた。
「ああ。今からな」
「おお! ボクも混ぜて!」
それを聞いた男子生徒が戸惑い、周囲の友人へと視線を向ける。誰もが困惑したような表情を浮かべていた。
「だめ……?」
少し不安になりながら、聞く。誰もが少し考えていたようだったが、やがて、まあいいかとつぶやいた。
「いいよ。一緒にやろう!」
「ありがとう!」
ぱっと顔を輝かせたレヴィに、男子生徒たちがわずかに顔を赤くして、それをごまかすように教室を出て行く。レヴィはそれには気づかずに、嬉しそうにしながらそれについて行った。
朝の時間で、レヴィはクラスメイトから、特に男子生徒から一躍有名になった。サッカーで活躍できたことが大きかったらしい。最初こそルールをはっきりとは知らないため少しばかり迷惑をかけたが、覚えてからは持ち前の運動神経で大活躍だ。それを見たり聞いたりしたクラスメイトたちからも関心を寄せられている。
だが教室に戻ってきたレヴィはそんなことはどうでもいいらしく、すぐにシュウへと駆け寄って先ほどのサッカーの話をする。男子からは嫉妬の視線を、女子からはどこか微笑ましいものを見るよう視線を向けられ、シュウの心中は穏やかではなかった。それにもレヴィは気づいていなかったようだが。
休憩時間ではクラブからの勧誘の嵐だった。クラブというものがどういうものか分からないレヴィはとりあえず一通り話を聞いていたが、全て聞き終えて全クラブに共通していることを理由に、言う。
「放課後もやるの? じゃあ、やらない。みんなと一緒に帰るから」
それを聞いてもまだ諦められない幾人かが粘り強く説得していたが、この点はレヴィも譲ることができないらしく、頑として聞き入れなかった。
昼休み。この時間もサッカーをすると聞いていたレヴィは大急ぎで弁当を食べ終え、今朝と同じグループと一緒に校庭に出る。そこで待ち構えていたのは別のクラスの男子生徒たち。険悪な雰囲気、ではもちろんなく、むしろ彼らはレヴィを見るとわずかに驚いた様子を見せてすぐに微笑んだ。
「その子が噂の転入生の女の子、か。俺たちも今朝のサッカーを見ていたけど、すごかったな」
相手がそう言って、レヴィに笑顔を向ける。
「今日はよろしく。がっかりさせないようにがんばるよ」
どういうことか分からないレヴィは、しかしとりあえずは頷いてよろしく、と返しておいた。
その後に、これから隣のクラスと短い時間ながらも試合をすると聞いた。試合、と聞いてレヴィが顔を輝かせる。そんなレヴィへ頼もしいなとみんなが言いながら、作戦を細かく聞いた。
そして始まった試合はかなりの接戦になった。さすがにチーム戦となると、レヴィも身体能力にものを言わせることができない。相手の一点リードで、もうすぐ予鈴が鳴ろうかというところで、
「レヴィ」
校舎の方から声がかけられる。見ると、ディアーチェとユーリの二人がコートの側に立っていた。
「あれ? 王様、どうしたの?」
「レヴィがここで試合をしていると聞いたからな。時にレヴィよ」
「うん」
「貴様、このまま負けるつもりではあるまいな?」
ディアーチェの目が細められる。レヴィがびくりと体を震わし、でも、と言葉を続ける。
「みんなすごいから、今のままじゃ……」
「ならば許可してやる。さっさと終わらせてこい」
レヴィが勢いよく顔を上げ、輝かせる。いいの、と問いかけるレヴィに、ディアーチェは頷きだけを返した。そのやり取りの意味が分からずに首を傾げる仲間たちのもとへと、レヴィは戻る。その表情は、とても楽しそうで、嬉しそうで、そして背筋が寒くなる笑みだった。
そして予鈴が鳴った。
「あっはっは! やっぱりボク最強!」
たった五分で逆転されて呆然とする相手チーム。何もしていないにも関わらず逆転してしまって、やはり呆然とする仲間たち。レヴィはその全員へと明るい声で言った。
「楽しかったよ、ありがとう! じゃ、ボクは先に戻るよ!」
そして意気揚々と校舎へと戻ろうとしたところで。
「やり過ぎだ阿呆!」
「あいた!」
ディアーチェに怒られて涙目になっていた。
マテリアルズで最初に決められていたことがある。ただでさえなのはたちと同じ姿で目立つのだから、せめて他のことでは極力目立たないことにしよう、というものだ。レヴィには体育などで本気を出すなという指示が与えられていた、とのことだった。
Side:Dearche
再び時間を戻し、登校時。
「では我はユーリを送ってくる」
教室に入るシュテルたちへとそう告げて、ディアーチェはユーリと共に隣のクラスに向かう。ユーリは嬉しそうにしながらも、
「私一人でも大丈夫ですよ?」
一応そう言ってみるが、ディアーチェはだめだと首を振った。
「ディアーチェ。ありがとうございます」
断っても自分を心配してくれているディアーチェはついてくるだろう、そう察して素直に礼を言うと、ディアーチェはわずかに頬を染めて目をそらした。
「我がそうしたいだけだ」
「はい、分かっています。それでもありがとうございます」
ディアーチェが苦り切った表情を見せる。レヴィはそれには気づかないふりをして、自分の教室の扉を開けた。
ユーリが入ってきたことで、クラス中の視線が一斉にユーリを捉える。ただそれは悪意のこもったものではなく、好意的なものだった。それを示すかのように、側の女子生徒が明るい声音で言った。
「おはよう、ユーリ」
「はい。おはようございます」
その後も、自分の席につくまでは何度も挨拶をされた。誰もが好意的で、明るく優しい。ユーリも挨拶をしてもらえるのが嬉しいのか、始終笑顔でそれに応じていた。
――なるほど、確かに要らぬ心配だったな。
ユーリと席にたどり着き、ディアーチェはそう結論づけた。もう少しここでユーリと話してから教室に向かおう、と思っていると、
「あの、あなたがディアーチェさん?」
遠慮がちなその声に振り返ると、最初に挨拶をした女子生徒が側に来ていた。ディアーチェが警戒心を隠すことなく、訝しげに相手を観察する。ユーリが慌てて言った。
「ディアーチェ。このクラスの、私の最初の友達です」
「……ああ、そうか」
ディアーチェが頬を緩ませる。ユーリが友と認めている者なら邪険にするわけにもいくまい。自分のことはユーリから聞いただけだろう。ディアーチェはその少女へと素直に手を差し出した。
「ディアーチェだ」
「あ、えっと……。よろしくお願いします」
相手もその手を握り、しっかりと頭を下げた。
王様。なるほど、王様だ。
周囲からそんな声が聞こえてくるが、ディアーチェは一切気にしない。ユーリへと向き直り、少しだけ寂しげに言う。
「我はいない方がいいか?」
「え? そんなことないですよ! 一緒にいてください」
ユーリに手を握られ、そうか、とディアーチェは安堵のため息を漏らした。
周囲からの視線が微笑ましく温かいものになっていたのだが、二人はそれには気づかなかった。
昼休み。授業が終わると同時にディアーチェは席を立つと、シュテルとレヴィへと目配せをする。すぐに、行ってらっしゃい、という内容の念話が返ってきた。ディアーチェも行ってくる、と念話で返し、隣の教室へと向かった。
ユーリの席には女子が三人集まっていた。四つ繋げられた机にはそれぞれの弁当箱が並んでいる。ユーリと目が合うと、満面の笑顔で出迎えてくれた。
「すまぬ。待たせたか?」
授業が終わってすぐに来たつもりだったのだが。少しだけ申し訳なく思いながらユーリの元へと向かう。すぐにユーリと、そして女子三人が首を振った。
「こっちの授業が十分早く終わったの。だから気にしなくていいわ」
そう答えたのは三人のうちの一人。朝に声をかけてきた者だ。朝の間にずいぶんと打ち解けることができた。他の二人は見覚えはないが、おそらくこの者の友人だろう。
誰かが用意してくれていたのか、ユーリの隣に空いている席があったのでディアーチェはそこに座った。自分の弁当箱も机に置く。
「いただきます」
誰かが言って、ディアーチェとユーリもそれに続いた。
今日のユーリの弁当箱はいつもと違い、少し大きめのものだ。様々な種類のおかずが入っている。ユーリから頼まれ、ディアーチェが用意したものだ。その時は理由を聞いていなかったのだが、この場でそれを知ることができた。
「えっと……。本当にもらっていいの?」
「はい! そのために作ってもらいましたから!」
ユーリの言葉を受けて、おずおずといった様子でユーリの弁当箱からおかずをいくつか取る三人。それを見て、なるほどとディアーチェは頷いた。ユーリはこの三人とは昨日から仲良くなっていたのだろう。ユーリの弁当を見て、誰かがおいしそうとでも言ったのか。ユーリはディアーチェが褒められると自分のことのように喜んでくれる。気を良くしたユーリが、みんなの分も頼んでみると言ったのかもしれない。
おかずを口に運ぶ三人を、ユーリが緊張の面持ちで見守る。家族以外からの評価に興味がないディアーチェは、さっさと自分の弁当を食べ始めた。ただそれでも少しは気になるもので、横目で反応を窺ってはいたが。
それぞれがおかずを食べて。のみ込んだ後の第一声は、
「美味しい!」
というものだった。
「なにこれ! すごく美味しい! すっごい!」
友人からの絶賛に、ユーリは少し得意げだ。
「ディアーチェの料理は世界一ですから!」
さすがにそれは無いと思うが、と思いながらも、ディアーチェは何も言わない。ただどうしても表情が緩んでしまうが。
「これ、ディアーチェさんが作ったの?」
その問いにディアーチェは視線だけを向け、そうだと頷く。すると三人とも驚いたように目を丸くして、すごい! とすぐに破顔した。
「ディアーチェさん! 今度料理教えてよ!」
「我がか? 悪いが……」
断ろうとしたところで、ユーリと目が合った。何かを期待するような眼差しで、思わず言葉に詰まってしまう。ディアーチェは内心で、仕方がないなと苦笑した。
「我らも普段は別のことをしていることが多い。それで都合のつく日があれば、引き受けよう」
「本当? ありがとう!」
嬉しそうな三人の笑顔。ユーリも念話で、ありがとうございますと伝えてくる。
――まあ、悪くはないな。
学校というものに通うにあたって不安がなかったわけではない。しかし実際に通ってみれば、悪くはないと思えるものだった。
どちらかとまとめて前後編にしても良かったかも、と今になって思っています。
ただあまり長くしすぎるのもな、という謎の判断……。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。