「今日もここで食べていていいの?」
自分の席で自身の弁当を食べていた文花は、少し呆れたような表情をしながら目の前の人物に問うた。文花の目の前に座るシュウは、少し目を逸らして口ごもる。
「いや、せっかくみんな学校に来てるんだし……。新しい友達が増えた方がいいかなって……」
「それはそうかもしれないけど、お弁当ぐらい一緒に食べればいいじゃん」
「いや、まあ……。分かってはいるんだけどね……」
シュテルたちに友達が増えればいいと思っているのは本当だが、しかしもう一つ、大きな理由もある。はっきり言ってしまえば、学校ではシュウはシュテルたちを避けていた。その理由は単純に、学校での距離感が分からない、というものだ。さすがに家にいる時と同じように接するのは良くないだろうと思い、かといってどのように接すればいいのかも分からず、今の状況に陥っている。
そんなシュウの考えも分かっているのだろう、文花はやれやれと首を振って、ぽつりとこぼした。
「シュテルお姉ちゃんたち、すごく人気だよ」
「え……?」
「シュテルお姉ちゃんはクールで格好良い。男の子だけでなくて女の子にも憧れてる人は多いよ。レヴィさんは明るく元気で、男の子たちとよく一緒に遊ぶから自然と惹かれてる人も多いって話だし……。ユーリさんは守ってあげたい子、て見られてる。ディアーチェさんは最初はつきあいにくいって思われてたみたいだけど、ユーリさんと一緒にいて気にかけているのを見て人気が急上昇」
お箸をゆらゆらさせながら、言い続ける。シュウはそれを黙って聞いている。文花は、その上、とさらに続ける。
「四人とも美少女! 人気が出ないわけがないよ!」
なにやら熱い力説に変わってしまっていた気がするが、それらの言葉には概ね同意できる。やはり見ている人は見ているものだ。
「まあ、なのはさんたちがすでに人気だったから、こうなることは分かってたけど」
おかずを口に入れながら、一人で納得して何度も頷く文花。シュウは、へえ、と驚きの声を漏らしていた。
「なのはたちって人気なんだ」
「どうして私より長くこの学校にいるお兄ちゃんが知らないかな……?」
呆れたように文花はため息をついた。シュウは、どうしtだろうね、と苦笑する。理由は分かる。はっきり言って、そういった話題に興味がなかったためだ。シュテルたちと出会う前のシュウは、まだまだ自分の生活で精一杯だった。
「とにかく! このままだとみんな取られちゃうよ! いいの?」
ふむ、とシュウは腕を組んで考える。わずかな思考の後、シュウは頷いた。
「それはないと思う」
文花が怪訝そうに眉をひそめ、シュウが続ける。
「シュテルとレヴィは王様第一。ディアーチェはユーリ、ユーリはディアーチェが第一。ここに割って入るのはなかなか難しいよ。少なくとも一週間じゃ絶対に無理だ」
「お兄ちゃんの前例があるけど」
「僕だってシュテルの一番になれたとは思ってないよ。僕にとっては一番だけど」
「はいはい、ごちそうさまでした」
文花は口を尖らせると、そっぽを向いた。それを微笑ましく思いながら、シュウは弁当を食べ進めていく。シュテルとディアーチェの合作である弁当は、やはり美味しい。しばらくそのまま無言で食べ進めていると、文花が視線をこちらへと向けてきた。
「お兄ちゃん」
「ん?」
改めて呼ばれて、シュウは首を傾げた。
「お兄ちゃんの気持ちは分かるけど、シュテルお姉ちゃんを避けちゃだめだよ。きっと楽しみにしてたはずだから。……表情からは分からないけど」
最後の一言にシュウは苦笑する。だが真剣に頷いた。
教室に戻り、シュウは自分の席に座る。ちらりとシュテルの席へと目をやると、なのはたちのグループの他、別のグループのクラスメイトも交えて何かを話している。人気者だな、と改めて思う。
文花に言われずとも、このままではいけないとはシュウも思う。せっかく学校に来ているのだから、もう少し話をしてみたいとも思う。できれば一緒に弁当を食べたい。そんなことを考えていると、シュテルと目が合った。
「……っ」
思わずシュウは目を逸らす。いけないとは思いつつも、どう反応すればいいのか分からなかった。
Side:Stern
『してシュテルよ。シュウの様子はどうだ?』
授業中、そんな念話がディアーチェから届く。シュテルは授業をしっかりと聞きながら、それに返事をする。
『変わらず、ですね。相変わらず目を合わせようともしてくれません』
『むう……。やはり黙って来たのが悪かったか? 怒らせてしまったか……?』
『でも家ではいつも通りだよ? そんなに怒ってはいないんじゃないかな?』
そう言ったのはレヴィだ。シュテルもそれに同意する。だが、なおさらシュウが自分を、自分たちを避ける理由が分からない。
『やっぱり晩ご飯の時に聞いてみます?』
ユーリの言葉に首を振るのはディアーチェだ。
『家では普通にしておるのだ。わざわざ蒸し返すこともあるまい。それに、できればこちらから気づいてやりたいところではある』
『さすが王様! 尽くすタイプだ!』
『やかましい。シュテル、何かいい案はあるか?』
話を振られたシュテルは今一度考える。このクラスの来た直後、シュウは驚いた顔をしていたが、決して怒っているわけでもなかった。むしろ自分の勘違いでなければ、喜んでくれていたようにも思える。
『原因が分からない以上、もう少し様子見としておきましょう』
シュテルの言葉に、三人は仕方がないかと頷いた。
Side:Hero
「ねえ、シュウ君」
放課後。帰り支度をしていると背後から顔をかけられた。見ると、なのはが真剣な面持ちでこちらを見ていた。
「どうしたの?」
「ちょっと聞きたいことがあって……」
「分かった。移動しよう」
周囲からいくつかの視線を感じるのでシュウがそう提案すると、なのはは素直に頷いた。二人で教室を後にして、屋上へと向かう。昼休みと違い、人影はかなり少ない。それでも念のため隅の方まで行ってから、シュウはなのはへと向き直った。
「それで、なに?」
「うん。どうして学校だとシュテルたちを避けてるの? 家では普通なんだよね?」
ああ、なのはが聞いてくるのか。シュテルたちが直接聞いてくると思っていたシュウは、少しだけ驚き、次いでどこか複雑そうな表情を浮かべた。それを見たなのはが、慌てたように言う。
「シュテルたちから聞いてほしいって言われたわけじゃないよ? 私が気になっただけだから」
「うん、分かってる。大丈夫」
どう答えたものかと少し考え、ここで嘘を言っても仕方がないだろうと判断して正直に話すことにした。どうせ取るに足らない、くだらない理由だ。
「僕とは一緒にいない方がいいかなって。それでちょっと避けてる」
「どうしてそう思うの?」
「最初の日に騒がれちゃったからね。あんまり仲良くしているのを見られたら、また何か言われるかもしれないから。僕が言われるならいいけど、シュテルたちがそれで不快な思いをするのは嫌だなって」
おそらくシュテルたちは気にしないでいいと言うだろうし、実際に気にしないだろう。それでも、もし誰かに何かを言われているところを見てしまったら、自分がとても嫌な気持ちになる。つまりはただただ自分の問題なのだ。
なのはは、そっか、と頷いた。
「ありがとう、シュウ君。話してくれて」
「まあ別に隠しているわけでもないしね」
二人は小さく笑い合い、その場を後にした。
Side:Stern
『そんなことを言ってたよ』
なのはからの念話に、シュテルは少しだけ渋面になっていた。
なのはにシュウから理由を聞いてきたと言われた時は少し反応に困ってしまったが、シュテルたちを知る者は誰もが何かあったのかと心配していたそうだ。その結果、なのはが代表して一先ずシュウから聞いてみる、ということになったらしい。知らずのうちにとはいえこんなことで心配をかけてしまったことに申し訳なく思いながらも、なのはからシュウの理由を聞く。
そして、大きなため息をついた。
『ありがとうございます、ナノハ』
『ごめんね。余計なことだったかなとは思ったんだけど……』
『いえ、助かりましたよ』
なのはとの念話を終えて、シュテルはリビングを見る。普段通りにテレビを見ているシュウがいて、一緒にテレビを見ているレヴィとユーリはシュウのその様子に安堵している。シュテルはひとまずディアーチェにだけ、念話で先の話を伝えておいた。
突然のシュテルの念話にディアーチェは驚きながらも、全てを聞き終えた後は少しばかり憤慨しているようだった。
『今更我らがそんなことを気にすると思っているのか、あの阿呆は』
『落ち着いてください。私たちが気にするかというより、シュウが気にするということです。シュウの気持ちの問題なのでしょう』
『むう……。そう言われると、怒るに怒れない……』
ディアーチェの言葉に、シュテルは同意する。自分たちのこともやはり気にかけているのだろうが、シュウ自身の気持ちの問題なら自分たちは何も言えない。言ってくれなかったことを少し寂しく思うが、それも自分たちに心配させまいとしてのことだろう。
『して、どうする? シュテル』
その問いに対するシュテルの答えは、即答だった。
『シュウには悪いですが、実力行使といきましょう』
Side:Hero
昼休み。今日もシュウは妹のところへと行こうとして席を立って、その直後に肩に手を置かれた。
「どこへ行くつもりだ?」
ディアーチェだ。なぜだろう、その声はとても怖い。シュウはゆっくりと振り返ると、その場にいる三人へと引きつった笑みを浮かべた。
「えっと……。文花のところに、行こうかなって……」
「文花なら今日は友達と一緒に食べるって言ってたよ」
レヴィの言葉にシュウは目を見開き、そしてなのはへと振り返る。なのはは微苦笑しつつ、手を合わせていた。
なのはを見たものの、彼女を責めるつもりはない。口止めはあえてしなかったのだから。むしろシュテルたちに伝えてほしいと思っていたぐらいだ。もっとも、その結果こうして捕まることになるとは思わなかったが。
レヴィの話も真実なのだろう。そして導かれる結論。文花も一枚噛んでいる。今の自分にどうやら味方はいないらしい。
いつの間にかクラス中の視線が自分たちに突き刺さっている。シュウは冷や汗を流すが、シュテルたちはどこ吹く風といった様子だ。三人でシュウの手や腕を掴み、引きずるようにして歩いて行く。
「さあ、行きましょう」
シュテルが言って、シュウは観念したように項垂れた。
屋上の一角を五人で使い、弁当を広げる。シュウはシュテルとディアーチェに挟まれる形で座らされた。目の前にはレヴィとユーリがいて、背にはフェンス。逃げ場はない。
「さて、シュウ」
シュテルが口を開いて、シュウがびくりと体を震わせた。それを見て取ったシュテルが、うっすらと苦笑する。
「心配しなくとも、私たちは怒っているわけではありません。貴方が私たちのことを考えて避けていたことは聞いています。ですが……」
「我らに対して気を遣いすぎだ、たわけ。今更我らがそんなことを気にするとでも思っていたのか?」
シュテルとディアーチェの言葉に、シュウは曖昧な笑みを浮かべた。大人しく答える。
「思ってはないけど、せっかく学校に来たんだから、少しでも不快なことは避けてほしくて」
「私たちのことに気を遣ってくれるのは嬉しいですけど、でも家族ですよ? 避けられる方が、悲しいです」
「そうそう! 普段通りにしようよ」
ユーリとレヴィが言って、シュウが少し目を丸くする。次に、そうか、と頷いた。申し訳なさそうに眉尻を下げて、頭を深々と下げる。そのシュウの行動に、今度はシュテルたちが驚いた。
「ごめん。そうだよね、避けられるのは嫌だよね」
ユーリから言われて、すぐに想像した。シュテルからずっと避けられたらどう思うかを。おそらく自分なら数日はショックで凹んでしまう。
「分かってくれたなら、いいのです」
さて、お弁当にしましょう。シュテルがそう言ったところで、この話は終わりとなった。
その後は、シュウも遠慮はしないようになった。といっても、授業の合間の休憩時間は普段と変わらない。ただ、昼食の時間は、シュウはシュテルたちと一緒に食べるようになった。シュテルたちも他のクラスメイトに誘われることがあるため、必ず全員が揃うということはなかったが。
周りからの反応は、特に何もなかった。初日のシュテルからの説明で、登校前からシュテルたちと知り合いになっていたのだから当然だろう、と思われているのだろうか。詳しくは分からないが、何もないならそれに越したことはない。
そうしてシュテルたちの学校生活は特に問題なく過ぎていき、あっという間に一週間は終わってしまった。
最後の日の放課後。シュテルたちはクラスメイトたちに囲まれて、別れを惜しまれていた。その様子を、シュウは黙って見守る。たくさんの友達ができていたようで、シュウにとっても嬉しく思う。
一通り話し終えたのか、クラスメイトたちが順次帰宅していく。誰もがシュテルたちに、にこやかに手を振っていた。やがて教室に残されたのは、シュウとシュテルたち、そしてなのはたちだ。
「お疲れ様、シュテル」
なのはが声をかけると、シュテルは無表情に肩をすくめただけだった。
なのははしばらくシュテルとたちとシュウのことを何度か順番に見ていたが、すぐに少しだけ残念そうに眉尻を下げた。だがすぐに笑顔になり、さてと、と立ち上がる。
「先に帰るね」
「はい。お疲れ様でした」
なのはたちが元気よく手を振りながら教室を後にする。そして残ったのは、いつものメンバーだ。だが四人は何も言わず、静かに待つ。程なくして教室の扉が開かれ、ユーリが駆け込んできた。
「すみません、遅くなりました!」
五人揃ったところで、全員立ち上がる。帰ろうか、と五人が教室を出ようとして、
「…………」
シュテルは教室を一度だけ振り返った。しばらく夕日に照らされる教室を眺めて、きびすを返した。
買い物に行ってくる、とディアーチェはユーリとレヴィと共にスーパーに向かった。シュウとシュテルは二人で家路を歩く。急ぐ必要はないので、のんびりと。
「シュテル。学校、どうだった?」
シュウが聞いて、シュテルが無表情に答える。
「悪くはなありませんでした。いえ、それなりに楽しめました」
そっか、とシュウは嬉しそうに微笑む。
帰り道は、シュテルたちがシュウの見ていないところでどういったことをしていたのか聞いた。淡々と語るシュテルはやはり無表情だが、声音は柔らかい。機嫌が良さそうだ。シュウも自分の事のように嬉しく思う。
やがてマンションにたどり着き、自分たちが住む部屋へとエレベーターで上る。
「そう言えば、その制服はどうするの?」
シュテルたちの服装は、当然ながら学校の制服だ。シュテルは自分の服を見て、少し黙る。どうやらシュテルたちも何も聞いていないらしい。
「返す必要があれば、何か言ってくるでしょう」
そう結論づけて、それまではタンスにでもしまっておくことになった。
「そっか。良かった」
「何がですか?」
「うん。かわいいから」
え、とシュテルの足が止まる。立ち止まったシュテルへとシュウは振り返り、笑顔で言った。
「ずっと言う機会がなかったけど。似合ってる。かわいい」
シュテルが目を見開き、すぐに顔を背けた。その顔はほんのりと朱に染まっている。シュテルは咳払いをして、足早にシュウを追い越した。
「……ありがとうございます」
すれ違いざまに、そんな言葉を残しながら。
シュウはシュテルの後ろ姿を眺めながら、幸せそうに微笑んだ。
――うん。来てもらって良かった。
一週間の出来事を振り返りながら、シュウはそう思っていた。
体験入学編はこれで終わり、です。
あとは短編3話、ですよー。
誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。