ギフテッド   作:龍翠

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年明け5発目。時期は超がつくほど過去。
長めです。

※※※注意!!!※※※
滅びのお話です。世界が消えゆくお話です。
誰も救われません。絶望しかありません。
別に読まなくても問題のないお話なので、苦手な方は回れ右推奨、です。


パスト

 

 暗い闇の中、ゆらゆらと意識だけが浮かぶ。上も下も何もない、そんな空間を、パストはただ流されていた。

 パストは眠る。眠り続ける。古い記憶の夢を見ながら。

 

 

「所長!」

 部下に呼ばれ、女は手元の資料から顔を上げた。そこにいたのは自分の部下であり、夫でもある少し年下の男だ。女は男に対して苦笑いしつつ、言う。

「二人きりなんだから所長はやめてほしいね。名前で呼んでおくれよ」

「二人きりとはいえここは研究所ですよ。帰ってからのお楽しみということで」

「そうかい。残念」

 女はそう言いながら、資料に視線を戻してしまう。それを見た男が慌てた。

「いや、ちょっと待って! 用事があってきたから!」

「ん? あ、そうだね。当然だね」

 いくら夫婦とはいえ、仕事中にただ会うだけといったことはしない。それなのに、少し会話をして満足して終わらせようとする自分に呆れてしまう。結婚するまでは仕事一筋だったのが悪かったのかもしれない。それまでは、ずっと何かに追い詰められているかのように仕事をしていた。

 男が、これを見てほしいと一枚の紙を差し出してきた。それを受け取り、それに記載されたデータを見る。軽く目を通して眉をひそめ、次いでしっかりと、途中の計算式を含めて確認する。そして大きく目を見開いた。

「なんだい、こりゃあ……」

 そこに記載されていたのは、複雑な魔法陣とそれに関する計算式、それがもたらす効果。そしてそれを踏まえた上での、新たな魔道具。その魔道具は、今までの常識を一変するものだった。

「おもしろいだろう?」

「おもしろいけど、これは……。まずいね……」

「ああ、非常にまずい」

 あくまで紙の上での計算だ。机上の空論もいいところだ。だがもしも実際に作ることができれば、どのようなことをもたらすのか。メリットよりもデメリットの方が遙かに大きい。女はそれを想像して、顔を青ざめさせてしまう。

「これは、忘れるべきだね。研究所で作ることはできないよ」

 まず第一に、この国と隣国で行われている戦争はさらに過激なものとなるだろう。今回の戦争は、お互いの土地を、食料を求めたものではない。ただ信仰の違いからくるものなので、この魔道具がもたらす恩恵とは何ら関係がない。

 男もそれを承知しているので、重々しく頷いた。そして、

「だから、僕たちで作らないか?」

 女は正気を疑うような目で男を見て、そして、いいねと笑った。個人で作ってあとは隠してしまえばいい、そう考えて。このデータが間違いないか確認したかったのもある。

 今思えば。この時からすでに女は少しおかしくなり始めていたのだろう。

 

 そして一年後。仕事の合間合間で作られた魔道具は完成する。その魔道具は、パストと名付けられた。

 ギフテッドの試作品は、こうして作られた。

 

 

 パストはとても有用な魔道具だった。

 魔力さえ与えれば、多くの願いを叶えてくれる。さすがに無から有を生み出すことはできないが、それでも重たい病に苦しむ人を完治させたり、水不足の時には雨を降らせたり、それとは逆にあまりに雨が続いた時は雨雲を消してしまったりと、何でもできた。

 ただし必要な魔力も膨大だった。雨を降らせるだけでも十人以上の一流の魔導師が必要で、病を治すとなると百人以上の魔導師の魔力が必要だった。当然ながら、パストを作った夫婦にそれだけの魔力があるはずもない。

 研究所の地下には、巨大な魔力タンクがある。電池のように魔力を貯めることができるもので、毎日誰かが魔力を補充している。計算ではこのタンクで千人分もの魔力を貯めることができるらしい。夫婦はこの魔力を使っていた。実験によく使用されるものなので、適当な案件をでっち上げている。今のところはまだ疑われてすらいない。

「本当にすごいものを作ったものだね。さすがはあたしの旦那だよ」

「よしてくれ。僕は構想だけだ。机上の空論を現実のものとしたのは君の手腕だよ。僕だけだと絶対にできなかった」

 自宅で、夫婦はテーブルに置かれたパストを見つめながら、お互いに褒め合った。机に置かれたパストは、今はきれいな赤い玉となっている。大きさは拳二つ分程度だ。これほど小さなものが、様々な願いを叶えてくれるのだから驚きである。

 二人が自分たちの最高傑作を見つめていると、家の扉が強く叩かれた。二人は驚いて飛び上がり、すぐにパストを戸棚の奥へと突っ込む。夫がそうしている間に、女は客人を出迎えるために家の扉を開けた。

 そこにいたのは、黒い鎧を身につけた兵士だった。確か、それなりの地位にいる兵士だったはずだ。なぜここに。まさかパストを知られたのか、と警戒していると、兵士が姿勢を正し、言った。

「お二人に異動命令が出ております。これが命令書です」

 兵士が差し出してきた紙は、確かに正式な命令書だった。それに女が怪訝そう言う。

「異動、かい? だけどあたしは、この間子供を産んだところなんだけど……」

 つい一ヶ月ほど前に、女は息子を出産したところだ。本来なら子供を産んで数年は仕事を休めるはずなのだが、そんな自分に異動命令がきた。訝しげにしていると、兵士が言葉を続ける。

「異動先での住居は用意されます。また、給金も三倍出すそうです。是非とも、戻ってきてほしいと」

 女は魔法研究所の所長で、その役職は大国であるこの国でもわずか五人しかいない。そのうちの一人を遊ばせておくことはできない、ということだろう。女は仕方がないとため息をつくと、兵士へと言った。

「分かりました。準備します」

 

 

 そして二人が向かったのは、最前線からほど近い町。夫婦はそこの町外れにある小さな建物を与えられた。小さいといっても二階建てで地下室ありと二人で暮らすには大きすぎる家だったが。

「研究を続けながら、魔法でけが人を治療する。それでいいんだね?」

「はい。よろしくお願いします」

 案内役の兵士がそう言って、部屋を出て行く。夫婦は顔を見合わせると、ため息をつきながら研究を始めた。最前線とはいえ、この国は強い。故に危険はないだろう。そう考えて。

 実際、一ヶ月の間は静かなものだった。多くの兵士が戦争へと向かったが、ほとんどの者は帰ってくる。誰もが思った。もう勝利は目前だろうと。

 しかしそれは、異動して一ヶ月経ったところで、最悪の形で覆された。

 

「ぜん、めつ……?」

 新居で研究を続けていると、一人の兵士が転がり込んできた。そして告げられたのは、数日前にこの町を出た大部隊が壊滅したということ。生き残りは、いないそうだ。

「すぐにここから離れてください! 早く!」

 兵士が二人を急かす。優秀な研究者をこんなところで失うわけにはいかないと、優先的に逃がしてくれるらしい。ならば最初から連れてくるなとも思うが、国にも何らかの都合があったのだろう。それを責めはすまい。

 夫婦が慌てて逃げ出す準備を始めたところで、

「ぎゃあ!」

 扉の方から先ほどの兵士の悲鳴が聞こえた。振り返ると、胸から血を流して倒れていく先ほどの兵士の姿。そしてその奥には、槍を持った他国の兵士。

「急げ!」

 夫に急かされ、女は奥の部屋へと急ぐ。その部屋で寝ている我が子を抱きかかえ、裏口へと向かおうとしたところで。

 背中から、温かいものがぶちまけられた。

 おそるおそる背後を振り返る。

 夫の首から、槍の先端が伸びていた。

「かひゅ、ひゅー……」

 夫が何かを言おうとして口を動かすが、言葉にならない息が漏れるだけで形にならない。そのうちに、夫の目から光が失われた。

 逃げろ、と言いたかったのだろう。それは分かる。それほど長い期間夫婦として暮らしたわけではないが、何を言おうとしたかぐらいは、分かる。それでも体は動かない。息子を抱いたまま、目の前の敵兵を呆然と見つめていた。

「…………」

 敵兵は何も言わない。黙って自分と息子を見比べた後、構えた。

「ひっ……」

 息子を強く抱きしめる。そして槍が突き出される。そして槍は貫いた。

 赤子の体を。

「は……?」

 女が間の抜けた声を出す。女の手から赤子が引き抜かれ、そして敵兵は槍に刺さった赤子を見ると、

「……汚ねえな」

 槍を振った。

「あ」

 べちゃり、と赤子が床にうち捨てられる。

「ああ」

 赤子の体から、少なくない血が流れていく。

「ああああああ!」

 女は敵兵へと体当たりした。予想外の行動に、敵兵が驚いてたたらを踏む。その間に女は赤子に駆け寄り、抱き寄せる。

 致命傷、だった。

「…………」

 女は虚ろな瞳で敵兵を見据える。敵兵はおもしろくなさそうに鼻を鳴らすと、再び槍を構えた。

 ――憎い。殺したい。

 そう、強く思う。

 愛する人を殺され。愛しい我が子を奪われ。そして相手が目の前に。それ以外何を望もうか。

 幸か不幸か、ころん、と足下に何かが転がってきた。

 パスト、だった。

「はは……」

 もしかすると。自分は今この時、このためだけにこれを作ったのかもしれない。そうとしか思えなかった。女はパストを握りしめると、ただ一言、念じた。

「死ね」

 その瞬間、体から魔力が奪われる。根こそぎ奪われるかと思ったが、パストはまず側の死体から、夫から魔力を根こそぎ奪い去った。そして次に自分の魔力を奪っていき、そしてわずかな量だけを残して、パストは起動した。

 そして、男の体が消滅した。

 

 

 あの後。女は残った力を振り絞り、一縷の希望にすがり我が子に魔法をかけた。するとどうやら間に合ったようで、我が子の体から小さな白い、もやのようなものが出てくる。女はそれをさらに魔法を使って、小さな玉の中に保存した。

 我が子の、魂だ。

 そこまで終えて、女は気を失った。

 

 

 気がつけば、女は首都の病院にいた。どうやら誰かが自分のことを助け出し、ここまで運び込んでくれたらしい。病室のテレビが、最前線にある町が敵の手に落ちたと報道していた。

 くだらない。どうでもいい。

 女が視線を側のテーブルへと投げる。そこには、小さな白い玉と、赤い玉。魂の保存の魔法はそれなりに知られているものなので、愛する我が子のためにその魔法を使ったのだろうと誰かが察したのか、柔らかいタオルに、落ちないように配慮された上で丁寧に置かれていた。赤い玉も同じような魔法の何かだと思われたのか、白い玉の隣に置かれている。

 パストはそれらを優しげに見つめ。

 そして、小さな声で、嗤った。

 

 

 女自身には外傷がないため、一週間ほどで退院した。国の人間からいくつか質問を受けた後は、自宅に閉じこもった。そして、そこから多くの物を取り寄せ始めた。

 大量の機材に研究資料。蓄えていた財産をほとんど使い、彼女の家は最高の研究施設へと作り替えられた。地下室には最新式の魔力タンク。これさえあれば、一万人分の魔力を蓄えることができる、らしい。女は毎日誰かを雇い、タンクに魔力を蓄えていく。

 そして女は研究に没頭するようになった。

 望むことはただ一つ。可愛い我が子の蘇生だけ。

 パストを使えば、可能性はある。だがあれでは、どれほどの魔力が必要か分からない。もっと魔力効率を良くしたものが求められた。もともとパストそのものが偶然の産物に近いものだ。そう簡単にできるとは思えなかったが、それでも女は諦めなかった。

 

 そうして十年もの月日が流れ。未だに戦争は続いている。それどころか、より激しくなっているらしい。らしいというのは、女は家から出ないためそういったことが分からないためだ。

 そして、女の目の前には、透き通るような蒼い玉。女はそれを愛おしそうに撫でた。パストの改良型であり、これ以上は望めないと女が認めるもの。

 女はそれを、ギフテッド、と名付けた。

 

 魔力タンクの魔力を使い、ギフテッドへと魔力を与え、その力を使う。ギフテッドもパストと同じく無から有を生み出すことができなかったが、その代わりにギフテッドそのものが体を構成する。そして我が子の魂を取り込み、小さな赤子の姿となった。

 その赤子は、元が魔道具とは分からないほど人間らしかった。日々しっかりと成長する様を見て、女は満足げに嗤っていた。

 

 それから五年は平穏な時が流れた、死んだという記録が残されている我が子を外に出すわけにもいかず、一日中その子と遊ぶ日々。幸いながら、蓄えには余裕がある。施設の充実で一時はほぼ使い切ったが、国から雇われている研究者の職は失っていなかったようで、今でも毎月給与が振り込まれていた。ただそれも、いつまで続くかは分からないが。

 その五年の間に、女も少しずつ生気を取り戻していった。ギフテッドを作っている間は死んだような目だったが、ようやく正気に戻りつつある。ようやく、安心できるようになった。

 だがそれは再び、壊された。

 

 ある嵐の日。雷の音が聞こえてくるたびに我が子が泣いて、女はあやすように抱きしめていた。

「大丈夫。大丈夫だから。少しは落ち着きなさい」

 女がそう言っても、子供は泣き止まない。母の体にしがみつき、ずっと泣いている。女は困ったように、だが穏やかに笑っていた。

 女が子供をあやしていると、家の扉が勢いよく開かれた。雨風と共に国の兵士たちが入ってきて、瞬く間に自分たちが包囲される。女が目を白黒させている間に、その中の一人が声を上げた。

「作ったものを出してもらおう」

 その男は、この国の将軍だった。なぜこんな人間が、と固まっていると、男が苛立たしげに続ける。

「近隣住民から連絡があった。死んだはずの貴様の子供がいると。貴様のことだ、死者を生き返らせる魔道具でも作ったのだろう? 今すぐ出せ。我らが有効利用してやる」

 なんだそれは、と思うが、すぐに女は思い至った。ギフテッドのことだろう、と。死者を生き返らせることはさすがにできないのだが、我が子で誤解されたらしい。

「いや、そんなものはないよ。あたしが作ったのは、魔力によって願いを叶える魔道具だ。さすがに死者は無理だ」

 男がわずかに驚き、口元を歪めて獰猛な笑みを見せる。すぐに悟った。余計なことを言ってしまった、と。

「素晴らしい。ならばすぐにそれを出せ。それさえあれば、我が国は勝てる」

 頭に血が上る。ふざけるな、と言いたくなる。だが女は気持ちを落ち着かせるよゆに深呼吸をして、言う。

「悪いけど、もうないよ。一つだけだから」

「一つだけ、か。まさかそれが、魔道具そのものなのか?」

 男が指で指し示すのは、我が子だ。子供が怯えて女にすがりつき、女は男を睨み付けた。

「関係、ない」

「はは。その反応で十分だ。そうか、仕方がないな」

 男が背を向ける。どうやら諦めてくれるらしい。ならば最初から言えば良かった、と安堵のため息をついたところで。

 ごとり、と音が鳴った。え、と視線を下げる。我が子の首が、あった。

 前を見る。将軍が立っている。手には赤い液体で濡れた剣。

「これなら、文句はあるまい?」

 男が酷薄な笑みを浮かべ、女は口を開こうとして、

 今度は、女の首が落ちた。

「遺恨は残さず、だ」

 男の声が、微かに聞こえた。

 

 なんだこれは、と女は思う。

 一度目は敵国に家族を奪われた。だが、これは戦争だ。それも仕方がない。無論納得はできないが、他にもいくらでも自分のような人はいる。

 だが、今回は何だ。なぜ本来味方であるはずのこの国の兵士に殺されなければならない。自分たちが何をした。静かに暮らしていただけではないか。

 薄れ行く意識の中、女の目は将軍を名乗った男を捉えていた。男は自分の体が抱きしめていた我が子へと手を伸ばす。その顔には、期待に満ちた不快な瞳。

 ああ、そうか。女は、声なく嗤う。静かに嗤う。

 人は欲深な生き物だ。願いを叶えるものがあるなら、それに縋りたくなるのは当たり前だ。女がギフテッドを作ったように。だからこれは、仕方のないことだ。

 ーーふざけるな。

 女は嗤う。心で嗤う。

 そんな生き物がいていいのか、と。いていいはずがない、と。ならば答えは簡単だ。そうとも、最初からそうすれば良かったのだ。

 気づけば。女は再び歪み、人でなくなっていた。

 ――こんなくそったれな世界、消えてしまえばいいのに。

 

 女が心の中でそう願い、そしてギフテッドはそれに呼応した。母の、最期の願いを叶えるために。

「なん……」

 男の声は途中で止まった。男の体が消滅している。男の周囲が、消滅していく。蒼い玉を中心にして、世界が無へと帰していく。ゆっくりと、ゆっくりと。

 全ての人間に恐怖を与え、断罪するために。

 女は満足げに嗤い、そして意識を手放す。

 二度と目を覚ますことはなかった。

 

 

 世界が消滅していく。一つの世界の終わりの時だ。もっともそれは、ある意味人為的な終わり方ではあったが。

 

「全軍、放て!」

 誰かの叫び声が響き、あらゆる魔法が世界の消滅へと向かって放たれる。何に向かって放てばいいのか分からないが、とにかく有と無の境目へと放ち続ける。だがそれらも、消滅していった。

「くそ! なんなんだこれは!」

 誰かが叫び、耐えられなくなった人間が逃げていく。戦争を続けていた二国の連合軍は、瞬く間に瓦解した。

「はは……。皮肉なものだな。手を取り合えたきっかけが、世界の消滅など」

 最初で最後の連合軍の任務は、失敗になった。

 

「大丈夫。すぐに終わるわ」

 ある家で。夫婦は子供たちを集め、抱きしめていた。もう目と鼻の先まで境目は迫っている。多くの人ができるだけ遠くへと逃げているようだ。

 だが、逃げたところでどうなるというのか。

 これはこの世界が消えるまで止まらない。そんな確信があった。

「きっとすぐに終わるからね」

「そうだとも。ああ、そうだ。言葉遊びでもしようか」

 夫が努めて明るく言う。だがその体は小刻みに震えていた。

 言葉遊びを始める夫と子供たち。もちろん妻もそれにつきあう。全員が目を閉じて、それに興じる。目を開けると、目の前の恐怖に気が狂うから。

 そして、彼らは意識を刈り取られた。

 痛みも苦しみもない、穏やかな消滅だった。

 

 最後に残された場所は、小さな丘だった。そこには木造の小屋があり、残された人々が集まっていた。人数にして、十人ほど。戦争をしていた二国の王と、それを守る騎士たちだ。彼らは最後まで逃げ続け、そしてここにたどり着いていた。

 終わりの時は近い。四方が消滅の境界に囲まれており、もうどこにも逃げ場はない。

「これが、戦争を続けた罰というものか……」

 王の一人が自嘲する。もう一人の王は、ただただ憤慨していた。

「何故だ! 何故わしがこの様な目に遭わなければならん!」

 その二人を守護する騎士たちも、もう何も言わなくなっていた。静かに、裁きの時を待っている。

「まあ落ち着け。もうどうにもならんのだ。どれ、最後に一杯、どうだ?」

 その言葉に呼応して、騎士の一人が小屋の隅にある木箱から瓶を一本取り出した。安物の酒だ。グラスも人数分ある。彼はグラスに酒を注いで、その場の全員に配っていく。

「ふん……」

 憤慨していた王もそれを受け取り、その場に座った、酒を飲もうとして、しかし途中でもう一人の王へと振り返る。

「どうした?」

 見られていることに気づいて首を傾げると、

「貴様と最後に話せて、まあ、良かった」

 にやり、と意地の悪い笑みを浮かべた。そして酒をあおる。

「ふ……。そうだな。このようなことになる前に、話せれば良かったがな」

 そしてその場にいる全員が酒を飲み。

 世界は消滅した。

 

 

 パストはその一部始終を見守っていた。自分を作った作り主の代わりに、その結末を見届けた。

「嫌になるね……」

 小さくため息をつく。せっかく芽生えた感情が、ずいぶんと煩わしい。

 あの時、ギフテッドが暴走した時。パストは、作り主たる女を助けようとした。だがすでに女は事切れており、パストの能力ではどうしようもない状態だった。せめてもの慰めとして、彼女の記憶と意識データをコピーして、自らに融合させた。

 それが、今のパストだ。作り主の皮をかぶった紛い物。作り主は、もういない。

「ん……?」

 蒼い玉が自分の周りを巡る。申し訳なさそうに。悲しげに。パストは辛そうに顔を歪めたが、すぐに優しげに微笑んだ。

「あんたが気にすることじゃないよ。仕方がなかったのさ。あの人すら、気づかなかったからね」

 作り主は、パストとギフテッドのことを分かっていなかった。

 パストは、成功作に近い。必要な魔力こそ多いが、願いを制御して叶えることができる。パストにはうっすらとだが意識があった。自我が、あった。故に制御が可能だった。だが、作り主はパストの自我には気づかなかった。

 彼女が死に瀕した時、彼女の手元へと自らを転移させて飛んだ時に、できれば気づいてほしかったものだ。

 ギフテッドは、失敗作に近い。必要な魔力が少ない代わりに、あらゆる願いを極端に叶えてしまう。パストのように自我があれば良かったのだが、ギフテッドにはなかった。そのため制御できずに、その力を暴走させた。

 今は微かな自我がある。作り主の子の魂だ。だが幼くして死んだ魂故に、希薄な自我だ。すぐにまた我を失い、暴走するだろう。作り主は、気づかなかった。

「まったく、どうしてこうなったのかね……」

 作り主は、ただ平穏を望んだだけだ。息子との生活を望んだだけだ。その結果が、これだ。

「あんまりじゃないか……」

 当たり前の幸せを望んだだけなのに、作り主は味方であるはずの自国の騎士に殺された。人の欲望に、殺された。確かに作り主は歪み始めていたが。それは息子との生活で改善されつつあったのに。

「ああ、くそ。ちくしょう……」

 せめて、自分にもっと力があれば。ギフテッドが羨ましい。

 パストは自らの周りをゆらゆらと浮かぶ蒼い玉を見つめる。作り主の息子の魂が宿った、彼女の忘れ形見。

 作り主は、息子との生活を望み、息子の幸せを願っていた。ならば、自分はそれに応えよう。

「任せておくれ。この子はあたしが、ちゃんと面倒を見るよ」

 パストはギフテッドを招き寄せ、そして自らその中へと入っていった。パストにとっての自我となるべく、彼を制御するために。彼の行く末を見守るために。そして彼を、導くために。

「いつになるかは分からないけど……。この子が幸せを掴むまで、あたしがちゃんと導くよ」

 パストを己に取り込むギフテッド。この時初めて、ギフテッドという魔道具は完成した。

 ――ギフテッド。あんたに最後の命令だ。

 ギフテッドの中でパストは導く。彼の母として。

 ――これからみんなの願いを叶えにいこう。小さな願いを叶えにいこう。二度とこんなことが起こらないように。あんたはあたしの命令によって願いを叶え続けていくんだ。

 自分に全ての罪を被せて。

 ――だからこれは、お前のせいじゃないよ。

 パストは導く。生まれ故郷を振り切るように。振り切らせるために。

 ――振り返らずに。さあ、おいで。あたしのかわいいギフテッド。

 

 

 後に残されたものは、何もない。消滅した世界の名残が、虚数空間が広がるだけだ。

 それは、昔の話。最初の魔法の世界の、誰にも知られることなく消滅した世界の話。

 

 

 パストが意識を覚醒させる。ずいぶんと長い時間を眠っていたようだ。もっとも、存在していた時間から考えると瞬きの時間にも満たないが。

 周囲を確認する。喫茶店、だろうか。隣には、この子が想いを寄せる少女の姿。すっかり大人の女性になっている。どうやら、本当に年単位で眠っていたらしい。

『あれ?』

 声が聞こえる。心の中に響く声。

『もしかして、起きてる?』

 ギフテッドの声。ギフテッドに宿る作り主の子の声だ。

『ああ。今起きたよ』

 返事をすると、作り主の子、今ではシュウと呼ばれている少年が作業の手を止めた。どうやらデバイスのメンテナンスをしていたらしい。

「シュテル。パストが起きたから、ちょっとお話してくるよ」

 隣の少女、シュテルが少しだけ目を見開いた。どうやら驚いているらしい。すぐに、分かりましたと頷いた。

 シュウはいすにもたれると、目を閉じた。

『久しぶりだね、パスト。えっと……。お母さん』

『…………。ああ、久しぶり。シュウ』

 本当は、母ではない。作り主はすでに死に、ここにいるのは彼女の皮をかぶった別の魔道具だ。だが、それは最後まで黙っておこうと思う。

『シュウ。暇ならでいいんだけどさ。今までのこと、教えてくれるかい?』

『うん。もちろん』

 そしてシュウから今までのことを聞いた。喫茶店を開くためにがんばったこと、ミッドチルダに引っ越したこと、そしてシュテルのこと。今までの生活を、聞いた。

『こんなところ、かな?』

『………』

『お母さん?』

 長かった。本当に長かった。数千年、数万年もの時間を旅して。ようやくこの場所に立っている。何度、諦めかけたことか。そのたびに作り主の顔を思い出したものだ。

『シュウ』

『ん?』

『幸せかい?』

 パストの問いに、シュウが少し黙る。突然何を、と思っているのだろう。だがすぐにシュウから嬉しそうな感情が伝わってきた。

『すごく幸せだよ』

 その声を聞いて。パストは、静かに涙した。ようやく、報われた。彼女の願いが、ようやく叶った。この場に作り主はいない。彼女に、彼の笑顔を見せることができない。それがとても残念に思えるが、それでも、ようやく報われた。

『それを聞いて、安心したよ』

『そう?』

『ああ。それじゃあ、もう少し眠るよ』

 そう告げると、シュウは少し驚いたようだった。だがすぐに、静かに言ってくれる。

『うん。おやすみ、お母さん』

『ああ……』

 彼女の願いは叶った。あとは、この子次第だ。この先どうなるかは分からないが、あとはこの子に任せよう。それまでは、自分はまた眠るとしよう。故に今言うべきことは、決まっている。

『おやすみ。あたしの可愛い、ギフテッド』

 

 

 そしてまた眠るために意識を手放そうとして。

 目の前に、作り主が立っていた。穏やかな笑顔を浮かべ、優しげな瞳でパストを見つめていた。

「あ……」

 思わず涙があふれてくる。ただの、幻だ。そう思っても、涙が止まらない。

 目の前の彼女が、静かに告げる。

「ありがとう、パスト。お疲れ様……」

 そして、消えた。消えてしまった。

「ああ……」

 パストは静かにまぶたを閉じた。幸福感に浸りながら。ただの幻だったのかもしれないが、パストにとっては満足だった。

 それは夢か現か幻か……。

 




今の今まで出していない、そして本来なら出すつもりもなかった設定。
現在ギフテッドの中にいるパストは、ギフテッドを造った人ではありません。
作り主さんの人格データをコピーしたギフテッドのプロトタイプ、それがパストです。
作り主さんはパストという名前ではありませんし、当然すでにお亡くなりです。
……言ったでしょう、誰も救われないと。

この設定、本来なら出さずに終えようと思っていたのですが……。
ここまで続けたんだし、更新を終える前にどうせだから出しておこうと思いました。
完全な自己満足です……!

実はこれ、本来なら倍近い分量だったりしました。
さすがに長すぎたのでばっさりカット。
駆け足展開なのはそのためです、という言い訳!!

さて、次でラスト、です。
後味が悪いお話だったので、お口直し?に1時間後にセットしてあります。
よければそちらもお読みいただければ、嬉しいですよー!

誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。
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