ギフテッド   作:龍翠

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ラスト。時期はStS前。
ちょっと長いです。


ギフテッド

 夢を見ていた。

 古い、古い記憶の夢。

 まったく憶えのない、けれど自分の記憶だと分かる夢。

 ――ああ、そうか……。

 夢を見ながら、シュウは理解した。この記憶が、ギフテッドのものであることに。シュウがシュウとして生まれる前、ギフテッドとして存在していた頃の記憶だろう。

 夢はまるで早送りしているかのように、映像があっという間に流れていく。それでも、本来は自分の記憶であるためか、その流れていく映像を見るだけで、その時のことを瞬時に思い出すことができた。

 例えば、この映像。目の前に立つのは甲冑を着た人間。彼が口を動かす。シュウは知らないはずなのに、思い出すことができる。不思議な感覚だ。確かこの人間は、これから勝てない戦争に向かうところだった。彼の願いは家族に対する伝言で、ギフテッドは人間の言葉を記録してそのまま家族へと届けたはずだ。

 例えば、あの映像。五歳前後の幼い子供が、小さな動物の亡骸を抱えて泣いていた。この子の願いは単純で、生き返らせてほしい、というものだった。自分には叶えることのできない願い。そう伝えると、その子は大声で泣いた。その時は仕方なく、この子の両親を呼びに行った。両親は戸惑いながらも、事情を聞いて礼を言ってくれた。何に対する礼かは分からなかった。

 そして、目の前の映像。雪の中、泣き続ける夫婦。シュウの今の両親だ。

 そうだ。今なら思い出せる。ギフテッドは、ずっと昔の、人だったころの両親を思い出していたはずだ。そして、この夫婦の願いを叶えたいと思ったはずだ。

 ――そうか、こんなことを考えていたのか。

 当時は夫婦が笑顔になることを望んだ。ただ、それだけだ。それだけだったはずなのに、今となってはそんな夫婦を、両親を気にもせずに好き勝手している。当時のギフテッドが今のシュウを見れば、何を思うだろうか。今となっては、分からない。

 多くのことを思い出せた。多くの記憶を見ることができた。気が遠くなるほど長い時間を旅してきた記憶。懐かしいと思うこともできるが、こんなことをしていたのかと他人事として捉えてしまう。

 シュウがぼんやりと記憶を見ていると、不意に、視界が白い光に包まれた。

 

 目を開ける。喫茶店の自分の部屋だ。シュウはあくびをしつつ体を起こし、ぐっと伸びをした。何か、夢を見ていたような気がするのだが、いまいち思い出せない。少しでも思い出せないかと唸っていると、ドアがノックされた。

「シュウ。起きていますか?」

「あ、うん。起きてるよ」

 シュウはすぐにドアへと向かい、開ける。シュテルがいつもの無表情でそこにいた。

「おはようございます、シュウ」

「うん。おはよう、シュテル。すぐに着替えてくるよ」

「はい。お待ちしています」

 シュウはもう一度ドアを閉め、大急ぎで着替えを済ます。外行きの私服に着替えて、部屋から出た。

「ディアーチェたちは?」

「朝食の用意をしています。もうすぐできあがるはずです」

「うあ……。寝坊しちゃったか。ごめん」

 申し訳なさそうに謝ると、シュテルが、違いますよと首を振った。

「シュウはいつも通りに起きています。私たちが、というよりはレヴィが早起きをしただけです」

「あー……。なるほど」

 レヴィが早起きをするのは珍しいが、きっとそれだけ今日が楽しみだったのだろう。今日を企画した張本人としては、嬉しい限りだ。シュウが嬉しそうに笑っていると、シュテルもわずかに微笑んだ。

 

 今日はシュウの提案で、ちょっとしたパーティを開くことになっている。その準備のために喫茶店も、嘱託魔導師としての仕事も休んでいる。招待客が集まる夜までに準備を終わらせなければならない。

 朝食後、食後のコーヒーやジュースをそれぞれ飲む。しばらくそんなのんびりとした時間を過ごしていると、ディアーチェが咳払いをした。すぐに全員がコップを置いて、ディアーチェの方へと姿勢を正す。

 ディアーチェはその様子に満足そうに頷いてから、しかしすぐに不機嫌そうに眉をひそめた。

「うぬの役目なのだがな、店長殿」

 ディアーチェの冷ややかな視線からシュウが目を逸らす、ディアーチェは小さくため息をつきつつも、仕方がないやつだと苦笑した。

「今日の予定だが、昨晩話したことから変更はない。準備の間に何かあれば、すぐに我かシュウにまで連絡すること。他、何かあるか?」

 全員の沈黙、つまりは何もないという答えに頷きを返し、では、とディアーチェがシュウへと視線をやる。シュウは少し困ったような表情をしながらも、とりあえず立ち上がった。

「えっと……。みんなを僕のわがままに付き合わせて……」

「謝るなよ」

 ごめん、と言いかけたシュウが固まり、困ったような表情を浮かべる。少し間を置いてから、言い直す。

「僕のわがままに付き合ってくれてありがとう。今日は一日大変だと思うけど、よろしくお願いします」

 そう言って、しっかりと頭を下げる。結局頭を下げるのか、とみんなが笑っていた。

 その後、もう少しの間だけのんびりとした時間を過ごし、そしてそれぞれが動き出した。

 

 

 Side:Levi

 今日のレヴィの仕事は食材の買い出しだ。朝から必要になるものは昨日のうちに購入してあるのだが、今日で間に合うものはまだ買っていない。できるだけ鮮度のいいものを使いたい、というのが理由にある。

 レヴィは身支度を調えると、意気揚々と出かけていった。向かう先は、ディアーチェとシュテルが懇意にしている市場だ。ほとんどの競りは終わっているが、レヴィには関係がない。ここには協力者がいる。

 鼻歌を歌いながら機嫌良く歩いていると、

「あれ、レヴィ?」

「ん?」

 声をかけられ、振り返る。私服姿のフェイトがそこにいた。

「おいっす! 元気か、オリジナル?」

「うん。元気だよ。えっと、こんにち……」

「おいっす!」

「お、おいっす……」

 フェイトが少し恥ずかしそうにレヴィと同じ返事をしてくれたことに、レヴィは少し嬉しくなる。渋々といった様子だが、オリジナルはこういったことでもレヴィに合わせてくれるので好きだ。時折誘われて一緒に出かけるが、それも時間を忘れるほど楽しい。

「今日は分かってるよね?」

 レヴィが聞いて、フェイトが笑いながら頷いた。もちろん、と。

「じゃあ遅刻しないように! ボクは買い物に行ってくるよ!」

 そう言って立ち去ろうとしたレヴィに、フェイトがおずおずといった様子で問うた。

「私も一緒に行っていいかな?」

 

 フェイトを伴ったレヴィが訪れた場所は、大小の建物が並ぶ一角だ。朝にはここのあらゆる場所で競りが行われている。レヴィは目利きなどはできないので、その光景は一度だけ見たことがあるだけだが。

 本来の仕入れの担当は、シュテルとディアーチェだ。ただこの二人に関しても目利きにそれほど詳しいわけではなく、信頼できる者に任せている。毎朝誰かがその者の店へと取りに行くという形になっていた。

「ここだよ」

 そう言ってレヴィが示す建物は、市場の側にある小さな商店だった。店の看板には店名と、新鮮な魚や果物あります、という短い言葉だけ。すでに店は開いているようだが、客は少ない。

「えっと……。確か……。ここは趣味のお店らしいんだけど、お店の人の目利きは確か。ちょっとした経緯で知り合って、時折ご飯をご馳走する代わりに仕入れを代行してもらってるんだって」

「へえ……。いつの間にそんな知り合いができたの?」

「うん。コウ」

「え……?」

「だから、コウ」

 唖然とするフェイトを置き去りにして、レヴィは店の玄関をくぐる。

 店内の陳列棚には、野菜や果物、魚など様々なものが並べられていた。最寄りの市場だけでは全て仕入れることなどできるはずのない品揃えだ。不思議そうにしているフェイトへと、レヴィが教える。

「毎朝、文花がコウを連れて飛び回ってるって」

「ああ……。えっと……。そう、なんだ……。それで……」

 フェイトの視線は店の奥へと向けられている。そこに誰かいるのかレヴィは知っているし、何を思っているのかもさすがに分かる。レヴィは奥に向かうと、

「やっほー!」

「ん? ああ、もうそんな時間かあ……」

 コウが虚ろな目をレヴィへと向ける。この時間のコウは、いつも疲れ果てている。文花の魔法を駆使して朝から世界を飛び回っているのだから当然だろう。

「大丈夫? いつも以上に疲れて見えるよ?」

「ふふ……。パーティのことで文花がすごい張り切っててなあ……。いつも以上にあちこち飛び回って吟味してたんよ……。選ぶの、俺やけどな……」

「えっと……。ご苦労様です……?」

 フェイトが引きつった笑みでそう言うと、コウはようやくフェイトに気づいたようで、少し目を丸くした。だがすぐに無気力な瞳に戻り、軽く手を振る。

「いつものことやから」

 そしておもむろに立ち上がると、店の奥へと引っ込んだ。待つこと数分、小さなデバイスを持ったコウが出てくる。

「ほら、レヴィ」

「うん。ありがとう!」

「おう。まいどあり」

 金銭のやり取りは、ない。いつも月末にまとめて支払われている。この辺りは信用取引だ。

 レヴィはそのデバイスを持って、また後でね、と声をかけて店を出た。

「そのデバイスに?」

 問いかけてきたフェイトへと、レヴィが頷く。

「うん。全部入ってるよ。シュウがこのためだけに作った特製デバイス、だって」

「へえ……。そんなもの、作ってたんだね……」

 魔法を使うためのデバイスではないとはいえ、決して安価なものではないはずだ。ましてや特製というからには、シュウだけが持つ知識も使われているのだろう。売ればいくらになるだろうか。それを仕入れのためだけに作り、使うとは贅沢なものだ。

「さすがは、シュウだね」

 微苦笑しつつフェイトがそう言って、

「シュウはすごいんだよ。それにシュテるんも……」

 突然始まる家族自慢。フェイトは優しく微笑みながら、レヴィの話を聞いていた。

 

 

 Side:Dearche

「一先ずはこれでいいだろう」

 ディアーチェは大きな鍋に蓋をして、満足そうに頷いた。真後ろで作業しているシュテルへと振り返り、言う。

「ではそろそろ行ってくる」

「はい。お気をつけて」

 振り返らずのシュテルの言葉。いつもなら律儀に振り返って頭まで下げてくるが、今日は目の前のことに集中していた。何をつくっているのかと盗み見てみれば、手を魔法で温めながら飴細工を作っていた。器用なものだ。

 邪魔をしないために、ディアーチェは静かに厨房を後にする。フロアに戻ると、シュウとユーリが携帯ゲームに興じていた。地球に遊びに行った時に貰ったものだ。

「ユーリ。そろそろ行こうと思うが、どうする?」

「あ、行きます! 待ってください!」

 ユーリがシュウへと目配せして、シュウは笑いながら頷いた。二人そろって携帯ゲームの電源を切る。ユーリは足下の荷物を持つと、席を立った。

「行ってらっしゃい。気をつけてね」

 手を振るシュウにユーリが嬉しそうに、はいと返事をする。そのユーリを連れて、ディアーチェは玄関へと向かう。

「すまぬが留守番は任せたぞ」

「うん。了解だよ」

 シュウの見送りを受けながら、ディアーチェとユーリは喫茶店を後にした。

 

 ディアーチェが向かう先は、時空管理局の側の飲食店だ。ユーリと共に軽い食事をしながら人を待つ。コーヒーをすすりながら、わずかに眉をしかめた。

「うまいな……」

 距離があるため自分たちの店の競合店ではないが、自分たちの店よりも優れているものだ。何度か丁寧に飲み、味をしっかりと覚える。また時間のある時にでも改善しなければならない。時間をかけて飲み干して、隣を見る。ユーリは目の前のオレンジジュースをじっと見つめていた。

「ディアーチェ。飲んでみてください」

 見られていることに気づいたユーリが、オレンジジュースのコップを差し出してくる。怪訝そうにしながらもコップを受け取り、中の液体を少し飲む。

「む……」

 こちらも自分たちの店よりも美味しく感じられる。ディアーチェはそれもしっかりと覚えた。

「王様! お待たせ!」

 出入り口の方から声がする。見ると、待ち人が、はやてがこちらへと歩いてきた。管理局の制服に身を包んでいる。手には封筒。その封筒の大きさから、あまり多くはないようだな、と予想をつける。

 はやてはディアーチェたちの向かい側に座った。やってきた従業員にコーヒーを頼み、去ったところで封筒を差し出してくる。

「ごめんな。がんばったんやけど……」

「気にするな。これが終われば後は大丈夫だな?」

「うん。それはもちろん」

 はやての返事にディアーチェは頷くと、封筒の中の資料を取り出す。ざっと目を通して、ユーリにも渡した。書かれていた内容ははやての仕事のもので、管理局の外でもできるものだ。ユーリもすぐに読み終えて、ディアーチェへと返してきた。

 従業員がコーヒーを持ってきて、はやてが礼を言って受け取る。そしてすぐに、それを急いで飲み干した。

「王様、ごめんな?」

「どちらかといえばシュウからの依頼だ」

 はやてをパーティに誘うと、仕事が多くて間に合うか分からないというものだった。それを聞いたシュウがディアーチェたちに協力を依頼。シュウからの依頼ならとディアーチェは引き受けた形だ。

「現場への根回しはもうやってるから、大丈夫やと思うよ。もし何かあったら、いつでも連絡してな」

「ああ」

 ディアーチェは頷くと、封筒に資料を戻してはやてへと返す。

「手伝う代わりに、遅れるなよ。子鴉」

「うん。それは任せて」

 はやての返事にディアーチェは満足そうに頷くと、ディアーチェはすぐに店を後にした。

 

「ユーリ。一応我だけでも十分終わらせることができるものだが、どうする?」

 移動中、ディアーチェが隣のユーリに聞く。ユーリは一瞬きょとんとした後、憮然とした表情で言った。

「帰ります、と言うと思っています?」

「いや……。思っていない」

 いつものやり取りにディアーチェが苦笑すると、ユーリは満足そうに頷いた。ディアーチェの手を取り、嬉しそうに笑う。

「私はディアーチェのものです! ディアーチェは私のものです! 離れませんよ?」

「そ、そういう恥ずかしいことを真顔で言うな! そんな目で見るな!」

 視線から逃げるように歩みを早めるディアーチェ。だが手を繋いでいるので当然ながらユーリもそれについて行くことになる。それに気づいていないのは、恥ずかしさからくる混乱故だろう。そんなディアーチェの様子を見て、ユーリはくすくすと笑い声を漏らす。

 少し歩いたところで、ようやく気持ちが落ち着いてきたのだろう。ディアーチェは立ち止まると、その場で深呼吸した。ユーリへと向き直り、言う。

「ユーリ。あまり軽率な発言はな……」

「ディアーチェは私たちの優しい王様です」

「だ、誰が優しいか!」

「そんなディアーチェが、私は大好きですよ?」

 ディアーチェの動きが完全に止まる。顔は真っ赤になり、何度か口を開閉させているが言葉は出てきていない。たっぷり五分近くそんな状態が続いた後、ディアーチェはきびすを返した。

「行くぞ……」

「はい」

 少しぶっきらぼうになっているディアーチェの言葉に、ユーリは笑顔で返事をした。

 

 

 Side:Stern

「ふう……。何とか形になりましたね」

 シュテルは大きなことをやり遂げたかのように、大仰に頷いた。彼女の目の前には、数々の料理やデザートが並ぶ。シュテルはそれらを冷蔵庫などに持って行き、手洗いをしてフロアに戻った。

 テーブルの一つで、シュウはうたた寝をしていた。その様子にシュテルは薄く苦笑を浮かべながら、シュウの向かい側に腰掛ける。

 シュテルの担当の仕事はこれで一先ず終わりだ。あとは下拵えで終わっている料理を作り終えるだけで、これはもう少し後の時間にすることになる。それまでは少し休憩だ。

「シュウ。起きていますか?」

 呼びかけるが、返事はない。シュテルは時計を見て、まだもう少し時間に余裕があることを確認する。その後にシュウへと視線を戻し、

「仕方がないですね……。あと三十分だけですよ」

 どこか優しい声音で、そう言った。

 

 今日のシュウに仕事はない。せいぜい後片付けをするぐらいだろう。これには理由があり、ここ一週間、シュウはずっとデバイスの仕事にかかり切りだった。タイミング悪く、知り合いの多くから一斉に依頼されたのが原因だ。それを聞いた家族全員が、当日のシュウの仕事はなしにしようということに決まった。

 昨夜も遅くまで仕事をしていたらしい。かなり遅い時間になって部屋に戻っていく音を聞いている。そのがんばりもあって、どうやらデバイスの仕事は終わっているようだが。その疲れがあるのだろう、ユーリとディアーチェを見送った後はずっと静かだったが、眠っていたらしい。

 特に何をするでもなくシュウの寝顔を見つめていると、気づけば三十分が経っていた。自分は何をしていたのかと少しだけ自己嫌悪して、シュウの体を揺する。

「シュウ。起きてください。昼食にしましょう」

 シュウがゆっくりとまぶたを開く。胡乱げな瞳でシュテルの姿を捉え、ぼんやりとした声が発せられた。

「ああ……。うん……。うん……」

 その反応にシュテルは眉をひそめた。大丈夫かと少しだけ不安になり、シュウの横へと移動する。かがみ込んで座っているシュウと視線を合わせた。

「シュウ……?」

 呼びかける。シュウが身じろぎをして、シュテルへと視線を向けてくる。まだ意識がはっきりしないのか、ぼんやりとした様子でシュテルを見ている。そして、

「きゃっ……!」

 シュウの体がぐらりと揺れて、シュテルへと覆い被さってきた。思わず出てきた自分のかわいらしい悲鳴に赤面し、誰も聞いていなくて良かったと安堵する。改めてシュウの顔をうかがい見ると、整った寝息を立てていた。

「まったく……」

 シュテルはため息をつき、シュウの頭を撫でる。

「シュウ。起きてください。そろそろ昼食にしないと」

 そう静かに言うのと、

「お邪魔します。シュテル、い、る……?」

 客が入ってきてシュテルたちの姿を確認したのが、同時だった。

 シュテルが目を見開き、完全に硬直する。

 客も、なのはも動きを止め、そしてすぐに顔を真っ赤にした。

「えっと、その……。お邪魔、だった……?」

「何を勘違いしているんですか……。いえ、して当然とは思いますが」

 シュテルの疲れたようなため息が、ゆっくりと吐き出された。

 

 ようやく目を覚ましたシュウと、先ほど訪れたなのはにコーヒーを出して、次に昼食を用意する。用意と言っても、昨日の残り物を温めるだけだ。それほど時間はかからない。

「ナノハ。昼食はまだですね?」

「うん。ごめんね?」

「いつものことです」

 ディアーチェ作の炒飯を温め、パーティの準備のついでに作っていたケーキも用意する。それらをテーブルに並べると、どこからかお腹の音がなった。シュテルとなのはが揃ってシュウを見る。対するシュウは一瞬だけ憮然とした表情を浮かべ、

「失礼な! まるで僕の腹の音みたいに!」

 そして目を逸らした。

「僕だけど……」

 シュテルが吐息を漏らし、なのはは笑う。シュウも恥ずかしそうに頭をかいた。

 全員がテーブルにつき、手を合わせる。いただきます、と言って食べ始めた。

「うん! 美味しい!」

「それは良かったです。ディアーチェに伝えておきます」

 なのはの素直な感想を受け、シュテルが我が事のように喜ぶ。二人の様子を見守っているシュウも嬉しそうな笑顔だ。

「さて、ナノハ。予定より早い時間ですが、何かありましたか?」

 シュテルが聞いて、なのはが首を振る。

「特に何も。ただ今日と明日は休みをもらえたから、せっかくだからシュテルたちを手伝おうかなって」

「そうですか。気にしなくても良かったのですが……」

 言いながら、シュテルは少し考える。計画通りに準備は進んでいるので余裕はあるが、せっかくの厚意を無下にすることもないだろう。この後も順調に進むとは限らない。そこまで考えて、シュテルはなにはへと向き直った。

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきます」

 シュテルがそう言うと、なのはは安堵のため息をついて笑顔になった。

 

 

 Side:Hero

 昼食後、シュウは食後のコーヒーを飲みながら、のんびりとくつろいでいた。本来なら自分も今日は準備を手伝う予定だったが、シュテルたちから必要ないと言われている。気を遣わせてしまったという自覚はあるが、体力的にも限界だったので甘えさせてもらった。

 ぼんやりとしていると、喫茶店の扉が開かれる。最初に帰ってきたのはレヴィだ。

「たっだいまー!」

 レヴィの元気な声に、シュウは笑いながら、おかえりと返す。レヴィは嬉しそうにしながら、店の奥へと駆けていった。

 レヴィと一緒に入ってきた人物にも片手を上げる。フェイトは少しばかり困惑していたようだったが、シュウの挨拶を受けてこちらへと歩いてきた。

「こんにちは、シュウ。お邪魔します」

 シュウの側に腰掛けるフェイト。レヴィから聞いたのか、すぐになのはが戻ってきた。その手には、コーヒーが満たされたカップが二つ。なのははフェイトに笑いかけると、彼女の前にカップの一つを置いた。もう一つはシュウの前。お代わりらしい。

「なのは、やっぱり……」

「うん。ちょっとお手伝い」

 なのはが照れたように言って、フェイトが納得したように、やっぱり、と笑った。コーヒーに口をつけて、一息つく。

「私もこれを飲み終えたら手伝うよ」

「いいの? ありがとう」

 その後、フェイトはすぐに飲み終わり、手伝いへと行ってしまった。

 再び一人残されるシュウ。コーヒーを飲みながら、次の来客を待つ。

 しばらくして、ディアーチェとユーリが戻ってきた。奥から聞こえてくる声が四人分なので少し訝しんでいたようだったが、シュウからなのはとフェイトが来ていると聞くと、むしろ納得したようだった。

「我も仕上げをするとしようか」

「はい! 手伝います!」

 ディアーチェとレヴィも奥へと消えて、シュウはまた一人残された。

 一人残されてしまったシュウは、また一人で待つことになる。だが今回は、すぐに次の来客があった。

「あ、お兄ちゃん」

 声のした方を見てみると、車椅子に乗った文花と、それを押すコウがいた。二人はまっすぐにこちらへと向かってくる。

「早かったね」

「うん。ちょっとだけ急いじゃった」

 照れたように笑う文花と、少しだけ疲れたような表情のコウ。シュウはそんな二人を見て、

「文花。あんまりコウにわがまま言いすぎたら、だめだよ?」

「あはは、分かってるよ。あ、コウ。コーヒーお願い」

 この妹様は人の話を聞いているのだろうか。シュウが思わず苦笑する前で、了解と言いながらコウが厨房へと向かう。コウがシュウの隣を通る時に、シュウは小さな声で謝罪した。

「ごめん。わがままな妹で」

「まあ、いつものことやし、遠慮されるよかましや」

 だから気にするな、とコウは笑いながら手を振って、厨房へと向かっていった。

 

 コウが戻ってきた後は三人で思い出話に花を咲かせる。幼少の頃や、これまでのこと。色々とあったが、今となってはいい思い出だ。そうして話している間に準備はほとんど終わったらしく、シュテルたちが戻ってきた。テーブルを繋げて、簡易的な長テーブルを作る。そして運ばれてくる料理の数々。シュテルたちが並べている間に、

「遅くなったけど、間に合うたかな?」

 はやても到着。一応私服には着替えているが、その表情は疲労が色濃く見える。それでもなのはたちが手伝っているのを見て、はやては荷物を置くとそれに合流した。

 料理を並び終え、全員が席に着いた。今ここにいるのは、幼なじみとも言える気の置けないメンバーだけだ。

「簡易的なものですけど、結界も張りました」

 結界の担当はユーリだ。音漏れを防ぐためだけが目的で、これで遠慮無くどんな話題でも出すことができる。

「それじゃあ……。何度目かは忘れたけど。集まってくれてありがとう。今日はゆっくりしていってね」

 シュウがそう言って、ジュースで満たされたグラスを持つ。全員が自分のグラスを持って、

「乾杯!」

 シュウの言葉を、全員が繰り返した。

 

 この集まりは、幼なじみ全員にこの店を見つけられてからは、定期的に開かれている。特に大した意味はなく、今までの報告の場のようなものだ。いつの間にかなのはたちの所属が変わっていたり、文花の魔導師ランクが上がっていたりと、開くたびに誰かが話題を提供してくれる。シュウの密かな楽しみだ。

 一時間ほど、シュウはなのはや文花たちの話を聞いていた。はやてがもうすぐ部隊長になるらしい。起動六課、というそうだ。これから発足する部隊で、今後はそれ関係の仕事で忙しくなるらしく、集まりには参加できない可能性が高くなるとのことだった。

 なのはたちも同じ部隊になるらしく、やはり忙しくなるそうだ。

「そっか、ちょっと寂しくなるね。この集まり、楽しみにしてたんだけど」

 シュウが寂しげに言うと、なのはたちは驚いた顔をして、すぐに慌てたように言った。

「ずっと忙しいってわけでもないから。だからまた、みんなで集まろう?」

「うん。その時はみんなの後輩も紹介してね」

「もちろん」

 

 一時間ほど話をしたところで、シュウは断りを入れて席を離れた。玄関から表に出て、夜の少し冷たい空気を吸い込む。夜風が心地よい。

 シュウは携帯電話を取り出すと、番号を押して耳に当てた。三度ほどのコールの後、相手が電話に出る。

「シュウか。どうかしたかい?」

 父親のケインだ。少し緊張しているような気配が伝わってくる。シュウは少し苦笑しつつも、口を開いた。

「特に用事はないんだけどね。久しぶりに話でもしておこうかなって」

「珍しいな……。少し待ってくれ」

 ケインのその言葉の後、何度かボタンが押される音が聞こえる。シュウが言われた通りに待っていると、今度は母のさくらの声が聞こえてきた。二人ともが話せる状態にしたらしい。

「シュウ。元気?」

「元気だよ。文花とコウも元気。二人ともうまくやってるみたい」

「ふむ、そうか。……コウには今度帰ってくるように言っておきなさい。もう一度殴らせろと」

 またケインの声だ。その声にはわずかながら険が混じる。

「一応コウも義理とはいえ息子なのに? でも分かった。言っておく。僕の分もよろしく」

「ああ、任せろ」

 シュウが意地の悪い笑顔を浮かべ、ケインも低い声で笑う。二人そろって低い笑い声だ。さくらが呆れたようにため息をついている。シュテルがここにいれば、さくらと同じようにやはり呆れたことだろう。未だわだかまりがあるとはいえ、文花に対する過保護はシュウもケインも似たり寄ったりだ。

 ひとしきり笑った後で、シュウは一度咳払いをした。ケインとさくらが居住まいを正す気配が伝わってくる。

「昨日、ちょっと夢を見たんだ」

 シュウの突然の話に、二人が首を傾げたようだ。シュウが続ける。

「ギフテッドとしての僕が、父さんと母さんの願いを叶える夢だった」

 多分夢というよりは記憶、とシュウが告げると、二人が息を呑む。構わずにシュウは続ける。

「あの時の僕は、純粋に父さんと母さんの願いを叶えようとしていたみたいだよ」

 あの時は二人の笑顔を望んでいたはずだ。それなのに今となっては、二人とは顔を合わせることすら少なくなっている。シュウはそれを、少しだけ申し訳なく思っていた。シュウがそう思っていることを察したのだろう、ケインとさくらが苦笑した。

「シュウ」

 ケインの声。シュウがなに、と返す。

「私たちは許されないことをした。だからシュウが気に病むことはないよ」

「そうよ。それにね、私たちは、シュウと文花が幸せにしていればそれで満足だから」

 シュウは少し目を見開き、やがて、そっか、と目を細めた。どこの世界でも、親は子の幸せを願うものらしい。自分にもいつか、分かる時がくるだろうか。

「今度、店に来てよ。歓迎するから」

 二人が驚く気配が伝わり、シュウは、そう言えば二人を招待したことはなかったと思い出した。出入り禁止にしたわけではなかったが、二人も遠慮していたのだろう。

 ケインとさくらが嬉しそうに、

「ああ、近いうちに寄らせてもらうよ」

 シュウは、待ってるよと柔らかく微笑んだ。

 

 電話を切って、小さくため息をつく。少し体が冷えてしまっているが、すぐに戻る気にはなれなかった。もう少しだけここにいよう、そう思っていると、頬に温かいものが触れた。驚いて振り返る。シュテルが湯気の立つカップを持っていた。

 どうぞ、と差し出されたカップを受け取る。ホットミルクだった。

「ご両親、ですか」

「うん。今度、店に来てって言っておいた」

「そうですか」

 感情のこもっていない声だ。シュウがシュテルの表情を盗み見ると、それでも少し柔らかい雰囲気を感じることができた。シュテルもシュウと両親の関係については何か思うところがあったのは知っている。心配をかけていることも。これで少しぐらいは安心してもらえただろうか。

 シュテルがシュウの隣に立つ。けれど何も言わず、ただそこにいるだけだ。それがとてもありがたい。シュウは頬を緩ませ、しかしやはりシュウも何も言わず、静かな時間を二人で過ごす。

 夜空を見る。地球のものとは少し違う夜空だ。

 ふと、シュウは思う。パストは、どう思っているだろう、と。かつての自分が叶えようとした願いを他でもないシュウ自身が捨てている。今の現状を、どう思っているのだろうか。

「シュウ、どうかしましたか?」

 不安になったことが表情に出ていたのか、シュテルが気遣わしげに聞いてくる。シュウは隠すことでもないので、夢のことから両親との会話、そしてパストがどう思っているのかという不安の全てを話した。

 聞き終えたシュテルは、少し考えるような素振りを見せた後、

「大丈夫だと思いますよ」

「そう、かな?」

「はい。パストは貴方にギフテッドとしての生を望んでいるわけではないはずです。貴方の幸福を誰よりも願っているのは、おそらくですが他でもないパストですから」

 パストと直接顔を合わせたからこその言葉なのだろう。シュウはそれを、自然と受け取ることができた。安堵に息を吐き、薄く微笑む。それならいいかな、と小さな声で言うと、シュテルは頷いただけでそれ以上は何も言わなかった。

「幸福、かあ……。僕にとっては、今の生活で十分だけどね」

「そうですか?」

「うん。たまにちょっとした刺激があるけど、それも含めて、ね」

 喫茶店で静かに平和に過ごす。シュウは今の生活を気に入っているし、満喫している。だが時折だが、シュテルたちの嘱託魔導師の仕事関係やなのはたちの管理局絡みのことなど、ちょっとした事件に巻き込まれることもある。それでも、それらを含めて、シュウは今が十分過ぎるほど幸せだと感じている。

「それに、シュテルが側にいてくれるしね」

 そんなことを言ってだらしのない笑みを浮かべる。シュテルはわずかに目を見開き、すぐに顔を逸らした。そんな反応も可愛いなと思っていると、

「平然とそんなことを言わないでください……」

 シュテルの小さな声。そんな返し方をされたのは初めてだったので、これにはシュウが驚いた。

「で、でも嘘じゃないよ? 本当だからね?」

「そう分かっているからこそ、ですよ。私もそれなりに、恥ずかしいとは思います」

 ほのかに頬を朱に染めての言葉。シュウが完全に凍り付いていると、シュテルは一度だけ咳払いをした。忘れてください、と店内へと戻ろうとして。そんなシュテルの手を、シュウは反射的に掴んでいた。

「何でしょうか?」

「えっと、その……」

 しばしの逡巡の後、思い切って言う。

「ぎゅっとして、いい?」

「…………」

 完全な無言。シュテルの冷めた目が心に痛い。何でもないです、と言おうとして。

「いいですよ」

 そっと、シュテルが両手を広げる。まさか許可が下りるとも思っていなかったので再び固まり、だがすぐにシュテルの気が変わる前に、彼女の体を抱きしめた。

 ぎゅっと。

「えへへ……」

 シュウが幸せそうに笑い、

「……ふふ」

 その反応を聞いたからか、シュテルも少しだけ恥ずかしそうにしながらも微笑んだ。

「シュテル」

「はい」

「好きだよ。大好き」

「ですから……。そういうことを平然と言わないでください……」

 どうしようかな、といたずらっぽく笑い、シュテルが小さくため息をつく。シュテルが体を離そうとするので、逃がすまいとさらに強く抱きしめた。

「あ、あの……。シュウ……?」

 シュテルには珍しく、困惑と恥じらいを多分ににじませた声。

「もうちょっと」

「仕方がありませんね……」

 シュテルも抱きしめ返してくれる。それがとても嬉しくて、心地よい。

「私も、貴方のことが好きですよ」

 そんなことを耳元で囁いてくる。シュウが嬉しくも恥ずかしさで顔を赤くすると、言った張本人であるシュテルも真っ赤になっていた。

 そんなシュテルと目が合い、しばらく見つめ合い。

 そして、どちらからともなく、そっと唇を合わせた。

 

 

 ギフテッドは願いを叶え、特別な贈り物を多くの人々に与えてきた。

 それは、シュウにとっても同じことだ。

 シュウの願いは叶えられ、シュテルたちという特別な贈り物を得た。

 今の自分は、誰よりも幸福の中にいると思える。

 シュテルの温もりを確かめながら、シュウはそんなことを思っていた。

 

 絶対に、この温もりを手放さない。

 そう心に誓いながら。

 




改めまして。皆様明けましておめでとうございます。
そしてここまでお読みいただきありがとうございます。
書きたいことはだいたい書き終えたので、この拙作の更新は一先ず終了となります。
……オリキャラの音奈についてのお話も書きたかったところではありますが、ボツです。
書いていて楽しくなかった^^;
……それにしても、最後の7行ほどはやっぱりいらなかったかなと思ったり思わなかったり。

近いうちにアナザーの続きも書こうと思います。
あとこれも近いうちに、いずれオリジナルも書き上げたいです。
どこかで見かけたら、また駄文書いるぞこいつ、と笑ってください。

そんなわけで! どんなわけだ!
ありがとうございました、お疲れ様、でした!



それでは、またどこかで。
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