過去から現在、そして未来。
だが、その流れは決して平穏で、安定していたものではない。時に災害、時に疫病、そして時に戦争と、文化という名の生命の流れを乱す脅威に、常に晒されていた。
認定特異災害『ノイズ』も、その一つだ。
人知を超えた、異形の怪物たち──そうとしか形容のしようがない『災害』。だが人類は、暴威にさらされるままではいなかった。
聖遺物と呼ばれるオーバーテクノロジーを宿した古代遺産を、人類は手にしていた。
その力を利用して開発された、
人間が鎧い、人によって振るわれる、大いなる力。しかし、その存在は現行憲法に抵触する可能性があるため、完全な非公開とされている。
ゆえにその力を授かった者たちは人知れず、まさしく世のため人のために戦っていた。
それは己が血潮と引き替えに、終わりなき戦いが続く六道、修羅の道。そんな道を征ける者は、決して多くない。
今、この世にシンフォギアを鎧う者はただ一人。
第一号聖遺物『天羽々斬』を授かった者、風鳴翼──ただ一人の、はずだった。
「……もう一つ、シンフォギアの反応です! このパターンは……『クトネシリカ』ッ!?」
「クトネシリカ、だとうっ!?」
自衛隊、特異災害対策機動部二課。
都内某所、某学院の地下深くに存在する彼らの秘密基地は今、騒然としていた。
「バカな! つい先ほどの『ガングニール』の反応に続き、また聖遺物だと……」
「……クトネシリカは、十年以上前に行方不明になった聖遺物よ。いつ、どこで見つかっても不思議はないわ。残っていたのなら、ね」
大声を上げた巨漢は二課の責任者たる司令、
聖遺物『クトネシリカ』について語ったのは二課の技術顧問であり、聖遺物研究の第一人者にしてシンフォギアの生みの親、
「クトネシリカの状況はどうなっている!?」
「ノイズと交戦中の模様! ですが、翼さん及び新たなるガングニール装者のどちらとも、共同戦線を取っていないようです!」
オペレーターの報告からだけでは、状況を明瞭に掴むことはできなかった。
「出自も、思惑も、まるでわからないわね~。なかなか強いってことくらいかしら? どっこの誰なのかしらね、あんなの用意したの」
秘密基地のレーダーに目を向ければ、翼を示す青い光点と、ガングニール装者を示すオレンジの光点、そしてクトネシリカ装者を示す灰色の光点が表示されている。
ノイズの反応は、青い光点と灰色の光点を中心に、次々にかき消えている。オレンジの光点が右往左往しているのは、見なかったことにしたほうがよさそうだ。
「……ン?」
「どうかした、弦十郎クン?」
「いや……まさかとは思うんだが」
クトネシリカ装者を示す光点の動きを見ながら、弦十郎が眉をしかめた。
よく見れば、その動きは常にオレンジ色の光点──すなわち、ガングニール装者をかばうような行動をとっている。
彼女──シンフォギアを鎧える者は少女のみだ──に近づくノイズがあるなら、クトネシリカ装者は、それを優先して倒しているようにしか思えなかった。
「二人は仲間……なのだろうか?」
「今の段階では何とも。でも、可能性はあり得るわね。だとしても、一体何を考えているのやら……」
了子にも、出現した新たなシンフォギア装者の意図が読めないのだろう。のらりくらりとした普段の態度が消え失せ、真剣な表情で考え込んでいる。
そんな彼女の横顔を見つめながら、弦十郎が聞いた。
「だが実際のところ、この二課以外で……いや了子くん以外で、シンフォギアを作れる者がいるのか?」
「いるわけないわ~、って言いたいところだけど、現実はキビシーわね。ガングニールとクトネシリカ、二つの存在は私の絶対性を揺るがすってこと」
「技術の流出、盗用か」
「可能性は高いわね。盗んだのは合衆国か、それともEUか、はたまたどこぞの共産国家か……こっちの技術を狙ってる連中は多いし、まったく世に争いの種は尽きねじ、ね」
「何にせよ、最高機密のシンフォギアを野放しにするわけにはいかん。彼女たちは保護せねばならんな」
「大丈夫、すでに諜報部スタッフに向かってもらってるわ」
了子の言葉に弦十郎がうなずく。
「ようし! 到着次第、現場の周囲を急いで閉鎖! こっちに映像も回せと伝えろ! 急げっ!!」
そしてそれから数分後、現場の状況をモニターで確認した彼らは、驚愕の光景を目の当たりにする事になる。
天羽々斬を鎧う少女、
血汗と共に身につけた数々の戦技は、いかような状態であろうとも、その五体を最善に動かす。ノイズ如きに後れを取るような、防人・風鳴翼ではない。
だが、その心は到底、戦いに集中しているとは言い難いものだった。
理由は二つ。
一人はガングニールを鎧い、救助した子供を抱えて右往左往している少女。あからさまに素人だ。
というか今日の昼間に、翼が在籍する私立リディアン女学院の学食ビュッフェで見かけた記憶がある。ガングニールを鎧っていることは、到底捨ておけることではないが──後で正体を探るのは簡単だろうし、それ自体は自分でなくてもいい。
今、やらなければならないことは別にある。
最後のノイズを斬り倒し、地面に降り立った翼は視線を動かす。ガングニール装者の前に立つ、もう一人のシンフォギア装者の姿を見つめた。
「何者か、と聞いても答えんのだろうな。そして、わざわざ顔を隠している以上、こちらに着いて来る気もなさそうだ」
「……」
黒、あるいは濃いグレーのシンフォギアだった。己の正体を隠すように、顔を覆うつるりとした仮面と、くすんだ赤色のマントを身に纏っている。表情──顔がわからないので年齢は定かではなかったが、身の丈がおそらく翼自身よりも高い。同年代の少女だとしたら、かなりの長身だ。
彼女に見覚えはまったくない。自分以外のシンフォギア装者を見るのは二年ぶりだったし、天羽々斬とガングニール以外の聖遺物を鎧う者に至っては、初めてだった。
「あ、あの……」
「あなたは黙っていて。今、私はこの仮面の者と話をしている」
剣呑な雰囲気に耐えられなくなったガングニールの少女が、おずおずと声を上げようとしたところをぴしゃりと制する。
「……響、そこを動くな」
「え」
仮面の装者はちらりとガングニールの少女──
「お前が故あって、この
仮面の装者に合わせるように、翼も歩き始める。
「悪いが、シンフォギアを野に放っておくわけにはいかない! 力ずくでも、こちらに同行してもらうッ!!」
先手を取って、翼が踏み込む。
新たなるシンフォギア装者たちの確保。それが司令部より伝えられた、翼の新たなる役目だった。
だが、役目はなくとも彼女は刃を合わせようとしただろう。シンフォギアが信念の鎧と信じる翼にとって、己以外のシンフォギアは、ここにいてはならないものだから。
「今やシンフォギアはただ一つ、この私の天羽々斬以外にない! 貴様は何だ、お前たちは何なのだ!?」
「こっちが聞きたい! だったら、響の……その子のシンフォギアは何と説明する? 何で彼女が、戦いに巻き込まれる!? 二年前も、今も!!」
ややハスキーな怒声と共に、仮面の装者の右腕が閃く。
そこにあったのは、手甲と一体化した折りたたみ式の大剣だった。
「それがクトネシリカの
「真っ向勝負で、風鳴翼に勝てるとは思ってない!」
地面を蹴り、後方に跳躍する仮面の装者。赤いマントが風をはらみ、大きくはためく。
【ペインレス・ダガー】
翻したマントから、無数の飛び道具が撃ち放たれる。
「投げナイフ……いや、まるで苦無ッ!?」
「そしてッ!」
苦無を剣で迎撃するため、翼の脚が止まった。その瞬間を、仮面の装者は見逃さない。風のように一気に間合いを詰め、懐に飛び込む。
死角となる下方から、仮面の装者の膝蹴りが翼を襲う。
しかし──!
「止められたっ!?」
「いい気になるな、接近戦はこちらも得手だッ!」
膝をアームドギアの柄頭で受け止め、払い除ける。
翼にとって白兵戦、そして組み打ちはもっとも慣れ親しんだ戦い方だ。戦闘経験で言うならば、翼のそれは他を圧倒するものがある。先読みまで含んだとっさの判断力については、二年間の孤独な戦いによって研ぎ澄まされていた。
「ちっ!」
だが、仮面の装者も無能者ではない。すぐさま膝を引き、横に流れた身体を立て直すと、マントを翻して翼の視界を奪う。
間髪入れずに彼女の足元を襲いかかったのは、右腕の大剣だ。見えない位置からの急襲、容易に避けられるものではない──はずだった。
しかし、風鳴翼は風鳴翼。裏をかかれた上でなお、小細工と断じ踏み越えるのが、風鳴翼という刃のあり方だ。
「まるで忍者だッ、常にこちらの裏をかく……だが、これしきっ!」
くるぶしについたブレードを逆立て、クトネシリカのアームドギアを弾いていなす。
──否、いなしたはずだった。
【アンカー・シークレイト・ソード】
バチンとロックの外れる音がした瞬間、クトネシリカのアームドギアが変形する。ワイヤーで繋がれた、無数の剣片に──まるで刃でできた、鞭のように。
刃鞭はくるぶしのブレードごと翼の脚を絡め取り、蛇のように巻きついた。
「もらった!」
「くっ、不覚っ!?」
脚を絡め取り、翼の身体を引き上げる。少女の身とはいえ、長身に見合った膂力が抵抗を許さなかった。
吊り上げられ、縦横無尽に振り回される翼。その身が仮面の装者のすぐ近くを通過した瞬間、囁くような声が聞こえた。
「……あの子を粗略に扱ってくれるなよ」
「何ッ!?」
真意を問い返すことはできなかった。
身体にかかる、急激な加速による重圧。そして一瞬で遠ざかる仮面の装者の姿。
(投げ飛ばされたか!)
そう気づいた時には手遅れだった。天地上下の感覚が狂ったまま、受け身も取れずにコンクリートの地面へと叩き付けられる。
「ぐっ……待てっ、逃げるな……っ!!」
息もできないほどの痛みを堪えて立ち上がるも、すでに仮面の装者の姿は、彼方へと遠ざかってしまっていた。
ひらりひらりと跳躍を繰り返し、無数のビルを飛び越えて駆けるその様は、まるで脚に羽根が生えているかのようだ。
そして彼女は、気力を振り絞って立ち上がる翼のことを嘲笑うかのように、そのまま夜の闇へと消えていった。
そして十数分後──ノイズが出現した現場よりだいぶ離れた、とある雑居ビルの屋上。
先ほどの仮面の装者は、十分に距離を取ったことを確認すると、その身を塔屋の壁へと預けていた。
呼吸が荒い。仮面に隠れてわかりにくいが、首筋や二の腕など肌が露出している部分には、じっとりと脂汗が滲んでいる。急激に体力を消耗していることは、誰の目にも明らかだった。
「ぐ……ううっ……」
心臓のあたりをかきむしりながら、苦しみ悶える仮面の装者。やがてその身体が光に包まれ、鎧っていたクトネシリカのシンフォギアが解除された。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
服──私立リディアン音楽院の制服だった──が汚れるのにも構わず、積み重なった風雨で汚れた屋上に、大の字に寝転がる。
震える手でポケットをまさぐり、ピルケースを取り出す。中に入っていたタブレットを青ざめた唇に含むと、乱暴に噛み砕き、飲み下した。
効き目は覿面。荒かった呼吸が少しずつ収まり、激しく上下していた胸も、ゆっくりと規則正しい動きに変わる──いや、戻っていく。
「キ……キツかったぁ! ノイズとは段違いのプレッシャー、あれが風鳴翼か。学校で見るのとは大違いだよ……!」
冷や汗でべったりと張り付いた前髪をかき上げながら、彼女は誰に言うとでもなく呟いた。
天に浮かぶを金色の月を見上げていると、段々と憂鬱な気分になってくる。この後に確実にやってくる独断専行へのペナルティを考えると、とてもではないが愉快にはなれなかった。
「……きた」
ポケットの中で携帯が震える。
イヤイヤ取り出して、発信者名を確認すると、ただ「S」とだけあった。出ないわけにはいかない名前だ。
「も、もしもし……」
『私よ。単刀直入に聞くわ……どうして勝手に動いたのかしら?』
電話の主は冷たく、刺すような声だった。
「……」
『答えなさい、
「響が……ノイズに襲われて、戦闘に巻き込まれたから、です」
『響……? ああ、なるほど、さっきのガングニール装者のことね。あの子、あなたの知り合いだったの?』
「……幼馴染みだよ。知らないだろうけど、姉さんの帰りがいつも遅くて一人になりがちだった、ボクのことを心配してくれて……響のご家族には、ずいぶんとよくしてもらったんだ」
『あら、当てつけ?』
「そういうんじゃない。ボクにとって大事な子だったってだけだ。あの子と、もう一人の幼馴染みは、絶対に……」
『ふぅん、そう……』
電話の向こうでは、考え込むような雰囲気があった。こういう時に邪魔をすると、怒られる。『律』と呼ばれた少女は、体験としてそれを知っていた。
『まぁいいわ、なんとか追っ手も撒いているようだし……戦闘データについては、いつも通りこっちで改竄しておきましょう』
「……ごめんなさい」
『ふふふ……あなたとあたしは血を分けた、たった二人きりの
「は、はい……」
優しく甘ったるい話し方でありながら、聞いていると背筋が凍るような恐怖を感じる。ほかの人間が同じ言葉を聞いても、きっとこの感覚は理解できない。実の妹である彼女だけが、感じ取れるものだった。
『それに、今回は面白いサンプルも手に入りそうなことだしね。それで独断専行はチャラにしましょう』
直感的に、それがガングニール装者──響のことを指しているのだと気付いた。およそ人間を人間として見ていない、このおぞましさ。
「あ、あの子をサンプルだなんて言わないで……」
『あら、どうして? あなたの持病にも、関係があるかも知れないわよ?』
姉の言葉の意味はよく理解できなかったが、何にせよ、大切な幼なじみをサンプル扱いされることには、我慢ができない。
「姉さん……そんなことはどうでもいい! それより、どうしてあの子がシンフォギアを!?」
『落ち着きなさいって。彼女が本部に到着次第、それを調べるわ。そういう意味でも『サンプル』といったのよ、あたしは』
「くっ……!」
『……ま、彼女の扱いについてはあなた次第よ、律。ともかく、今は学院に戻りなさい。帰還ルートはDで。緒川クンたちと鉢合わせしないようにね』
「……はい」
電話が切れた。
実の姉との会話であるのに、この世の誰と話すよりも重圧を感じる。電話越しだからまだ話せるのだ。これが面と向かってだったら、何も口答えできず、ただ唯々諾々と彼女の言葉に従ってしまうことだろう。
歳の離れたあの姉は、ここまで自分を育ててくれた恩人だ。しかし同時に、もはや魂までも彼女によって鷲掴みにされ、縛り付けられているような気さえする。
もしも律に『守るべきもの』がなければ、とうに彼女のためだけに動く都合のいいロボットと化していたことだろう。
「響も、未来も……! ボクが、守るんだ……っ!」
それは孤独で独りよがりな、誰に望まれたわけでもない、彼女だけの誓い。しかし同時に、何よりも純粋な願いだった。
─用語解説─
■アンカー・シークレイト・ソード
クトネシリカ装者のカットイン技。
アームドギアである手甲剣を変形させ、刃のついた鞭として操り、攻撃する。
■クトネシリカ
アイヌ文化由来の宝剣の聖遺物。原型は反りのある鉄剣。
アイヌユーカラ(神謡)によれば、無数の
十年以上前に風鳴機関の研究者によって発見されたのち、行方不明になっていた。
■クトネシリカのシンフォギア
顔を隠す仮面と、くすんだ血の色のマントが特徴のシンフォギア。
全体のイメージは黒に近いダークグレー。
忍者めいたトリッキーな動きとスピードが持ち味。
■ペインレス・ダガー
クトネシリカ装者のカットイン技。
ギアによって生成され、マントの裏に隠し持った無数の苦無を投げつける。
ペインレス、は苦無の意。
■律(りつ)
クトネシリカを鎧う、私立リディアン音楽院の生徒。
とある人物の血を分けた実の妹で、響に対して強い思い入れを見せる。