Another Receptor   作:梶木まぐろ

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完全聖遺物

「……黙れと言ったぞ、クリス!」

「気安く名前呼ぶな! てめぇのことは、前から気に入らなかったんだ!」

 

 ネフシュタンに備わった、触手状のブレードが律を襲う。翼も苦しんだその変幻自在の攻撃を、空に跳んで避ける。

 対シンフォギア戦闘における空中での機動力は、律の独壇場だ。自在に空中を駆けるその様は、あたかも足に羽根でも生えているのではないかと思えるほど。

 別に重力を操るとか、特別な力を持っているわけではない。大気中に存在する微細な塵──その小さな一点に向けてギアの脚力を収束し、足場としているのだ。

 

「ちょろちょろとっ! コソ泥くらいしかできねぇ無能がっ!」

「……ッ!!」

 

【マルチプライ・ブレード】

 

 十字手裏剣へと変形した手甲の一部を、怒りとともにクリスへと投げ付ける。が、その一撃を、クリスはあっさりとブレードで弾いてのける。まったくの無意味──そう言ってしまっても、過言ではなかった。

 

「……くそっ、出力が違い過ぎる」

「そんな竹トンボみてーなのが、このネフシュタンの鎧に通用するもんかよ!」

 

 見下したように、クリスが嘲う。

 

「まったく、忌まわしい鎧だ……」

「ハッ! てめぇが盗み出したくせに、笑わせるぜ!!」

「言うなッ!」

 

 コソ泥。彼女が律をそう評することには、まさにそれが理由だった。

 二年前──フィーネの手によって、ツヴァイウィングのコンサートを襲ったノイズの大量発生。その混乱に乗じて、一つの陰謀が動いていた。

 コンサートを通じて高まったフォニックゲインによって『ネフシュタンの鎧』を起動させるという、特異災害対策機動部二課において了子が立てた表向きの計画。そしてその計画を横合いから殴りつけるような、()()()である起動したネフシュタンの鎧を奪取するという、『フィーネ』の立てた裏の計画。その実行犯としてかり出されたのが、当時十四歳だった律その人だった。言われるがまま、クトネシリカをその身に纏い、混乱に乗じて人知れず運び出した──それが世界にどんな結果をもたらすかすら、わからないままに。

 結局のところ、どちらも同じ人物が立てた計画である以上、壮大な自作自演であると言えなくもない。

 だが──そう切り捨ててしまうには、あまりにも多くの犠牲と被害と因縁を、その計画は産み落としてしまった。

 それは事件の中枢に立ち合った、たった十四歳の純粋な少女の心を、千々に引き裂いてしまうほどに、罪深いことだった。

 

「ネフシュタン……!」

「気に入らねぇかよ。けど、すばしっこいだけで、こっちに勝てるかっ!?」

「その鎧の使い方は、ボクのほうがよく知っている!」

 

 ネフシュタンの鎧の持つ、主な攻撃手段は二つ。一つはその構造に備わった、触手状の自在可動ブレード。そしてもう一つが、完全聖遺物としての巨大なエネルギーを収束して放つ黒い光弾、『NIRVANA GEDON(ニルヴァーナ・ゲドン)』だ。

 そのどちらも律は知っている。機動力でかき回せば、その機能を十全に発揮できないところまで、熟知していた。

 

「バカが! そういう驕りは、だいたい命取りになんだぜ!!」

「お前はボクを……見下しすぎだ!」

「見下しもするぜ、ハンパ女! アタシに一度も勝てたこと、ないだろうが!」

 

 クリスの蹴りと、律の手甲剣が激突する。

 古代のスケイル・メイルという触れ込みのネフシュタンの鎧だが、実際には全身を覆う、自己再生能力を持った微細な欠片の集合で構成されており、類例にあるような動きを制限する不自由さはない。むしろ未来的なデザインですらある。

 シンフォギアとまったくメカニズムは違うものの、人間の持つ身体能力を増幅する一種のパワードスーツである、という点には差がない。

 抜群の戦闘センスを持つクリスが扱えば、シンフォギアであろうとネフシュタンの鎧であろうと、そのポテンシャルを引き出すことは、さほど難しいことではなかった。

 

「この……戦闘バカがっ!」

「そいつぁ、負け惜しみだぜっ!」

 

 手甲剣を弾かれ、体制を崩したところに追い打ちのブレードが襲いかかる。律は空中での変則的な動きを最大限に活用して、かわすのが精一杯だった。

 クトネシリカは聖遺物の『格』としては、上の中といったところ。決して弱い聖遺物ではない。完全聖遺物たるネフシュタンの鎧と比べれば見劣りするとはいえ、その差は戦術で埋めることが可能な程度。

 しかし、こうも一方的に押し込まれているということは、つまり使い手にこそ大きな差があることに他ならない。

 クリスには、言うだけの強さはあるのだ。

 

「情けねぇな! 喧嘩売ってきたのは自分のくせにっ!」

「五月蝿いっ……五月蝿いッ!!」

 

 ネフシュタンの鎧を前にすると、律は冷静ではいられない。自分の『罪』を突き付けられて、平静でいられるほど彼女は大人ではなかったし、達観してもいなかった。

 それができるのであれば、彼女はきっと──心底フィーネに信服し、その身を『道具』として捧げていたことだろう。そしてそれができないから、彼女はまだ『人間』だと、自分のことを思えるのだ。

 だが、『人間』であるがゆえの弱みも、またある。

 

「ぐ……がはっ!?」

 

 突然の刺すような、刺し貫かれるような胸の痛み。そして激しい吐血が律を襲った。

 以前にもあった、そして彼女にとっては()()()の発作だった。

 

「こ、こんな時に……!」

「相変わらずやわいヤツだぜ! お前なんかいなくたって、フィーネは別に困りゃしねぇんだよ!」

「……所詮『スペアパーツ』でしかないことは、自分が一番よくわかってる!」

「だったら!」

「それでも! 割り切れないことはあるんだッ!!」

 

 叫びながら、左の手甲より弾頭を放つ律。

 

「ウザってぇっ!!」

 

 弾頭を切り払った瞬間、瞬間的に広がった黒煙がクリスを包み込む。煙幕弾だ。

 視界を奪ったことを確信した律が突撃する。空中を蹴り、一気に間合いを詰めて跳び蹴りからの連続攻撃を叩き込む。飛燕の連撃、闇の向こうから打ち込まれる無数の蹴りは、クリスをもってしても避けられるものではない。

 

「くっ! 目眩ましとは、てめぇらしいな!」

 

 闇雲に振り回されるブレードは、虚しく宙を斬るばかり。律は死角から死角へと移動しつつ、さらに打撃を打ち込み続ける。

 一際重い音がして、クリスの身体が煙幕から弾き飛ばされる。強烈な裏蹴りを鳩尾に叩き込まれ、クリスの顔が苦痛に歪んでいた。

 

「くそっ、よくも……どこいきやがった!?」

 

 顔を上げ、煙幕の方を見るが、そこにはもう、律の姿はなかった。

 

【ソニック・ヒール】

 

 天高く飛び上がり、自分本来の速度に重力加速度を加えて叩き込まれる、超音速の踵落とし。避けられるものではなかった。

 防御態勢を取るヒマすらなく、ネフシュタンの鎧を纏ったその脳天に、律の踵が直撃する。

 

「まだだ!」

「ッ!?」

 

 これで終わりではない。

 律はそのまま力任せにクリスの身体を前のめりに引きずり倒し、地面へと叩き付けた。衝撃が地面を砕き、まるで爆発したかのように、放射状に土砂を吹き飛ばす。

 頭部強襲という、脳への直接打撃攻撃。常人ならば──普通のシンフォギアならば、意識をこの一撃で十二分に断ち切ることができよう。どれほど堅く、どれほど頑丈な鎧を身に纏おうとも相手が人間であるかぎり急所と関節への攻撃は有効なはずなのだ。

 しかし今の相手は雪音クリス。戦闘者としてのあらゆる能力が、律の計算の上をいっていた。

 

「つ、痛ぅ……! やりやがったな!」

「なっ!? ソニック・ヒールは完璧に入った! そんな甘い技じゃない……のにっ!?」

「てめぇのほうこそ! アタシを見下しすぎなんだ、よッ!!」

「うわっ!?」

 

 己を踏み付けていた律の足首を掴み、地面へと叩き付ける。何度も何度も、それが少女の膂力であるとは信じられないほどの苛烈さで、律の長身をまるでゴミクズのように振り回すクリス。

 

「さっきはよくも汚ねぇ足で足蹴にしてくれやがったな! お返しだっ!」

「がは……っ!!」

 

 クトネシリカの仮面を力任せに踏み付ける。仮面に亀裂が走り、目の辺りの一部が砕けて血にまみれた律の素顔が見えた。

 

「このままその大事な()()をブチ砕いてやろうか? 見られると困るんだろ、顔を!」

「クリス、お前っ!」

「うおっ!?」

 

 頭を踏まれたまま、首筋と肩のバネを使って瞬間的にその腕へと両脚を絡み付かせる律。そのままクリスを押し倒すと、肩関節をとって押さえ込む。

 動く度に仮面から不吉な音が聞こえるが、構っていられる状態ではなかった。即座に折る──その気になって、思い切り体重をかける。

 

「ちょっせぇ! こんなモンッ!!」

「なっ!?」

 

 あろうことか、律の肩口に乗せたまま立ち上がるクリス。さすがに楽々とまではいかないが、それでも持ち上げられてしまったのは、事実だった。

 渾身の力を込めても、完全聖遺物のパワーに負けていることを如実に感じる。こんな細腕一本すらたやすく折ることができない現物に、絶望すら感じた。

 

「離れろッ!!」

 

 そのまま腕の一振りで、まるでバックホームされた球のように、律の身体が宙に舞う。ホールドした腕にしがみつくことさえ許されず、ずりと手が滑った。

 凄まじい速度で遠ざかるクリスの姿。このままの勢いで叩き付けられれば、無事では済まない。

 せめて受け身を、と身を硬くしたものの──衝撃はこなかった。

 

「大丈夫ですかっ!?」

 

 律の身体を、響が受け止めていた。

 その小さな身体で、自分よりも背が高く大きな律を、懸命に受け止めたのだ。

 

「ひ、響!?」

「え……い、今のって!?」

 

 思わず、本当に思わず響の名前を口にしていた。素の声で。

 どうやらクリスに踏まれたせいで、仮面の変声機能が故障してしまったようだった。

 どう取り繕おうか、悩む律。しかし意外にも、助け船は翼から来た。

 

「話は後にしておけ。敵の仲間割れなど放っておくつもりではあったが……奴の話が聞こえてしまった。聞きたいことがある。死んでもらうわけにはいかん」

「……ずいぶんとお優しいこって」

 

 わずかに声を震わせながら語る翼。置き場のない感情を、こらえているかのようだ。

 そもそも、これはただの喧嘩だ。子供じみた、ワガママとワガママのぶつかり合いだ。自分がクリスの挑発に我を失わなければ、起きなかったはずの諍いだ。

 だがきっかけこそそうであっても、今の自分はすでにフィーネの計画のために動くクリスを、半ば反射的にとはいえ明確に邪魔をしてしまった。

 もとから、自分の存在は絶対条件ではないのだ。あの魔女が言い訳を聞いて帰順を許すことはあるまい──そういう結論しか、導き出せなかった。

 ならば、とも思う。

 

「ボクのことなんか構わず、二人で逃げてくれんかな。あいつの目的は響なの、知ってるだろ? それだけは……絶対にさせない」

「話があると言ったろう。貴様のような重要参考人を、見逃したまま後退はできん。それにあのネフシュタンの鎧を前にして、おめおめと引き下がれるものか」

 

 ああ、と律は思った。

 こいつも結局、自分と同じだ。二年前の事件の影に、まだ縛られている人間なのだとわかった。

 加害者側と被害者側という立場の違いはあるが、結局のところはあの瞬間から、一秒たりとて時間は進んでいない。

 大事なものを失ってしまった喪失感に満ちていることに、共感すら覚えた。だが──それ以上は望めない。望んではいけない。

 

「先に言っておくけど、共闘とか勘弁してくれよ。敵の敵だからって、やっぱりボクは敵なんだぜ? そのほうが、あんたもラクだろ」

「わかった……ならば好きにしろ。私も好きにさせてもらう」

「言われなくて……も?」

 

 ふと、不安げな視線を感じた。響だ。

 わずかに、砕けた仮面の隙間から、響を一瞥する。安心させるように軽く細めると、律は先に飛び出した翼の後を追った。

 

 

 

 

「おいおい、バカかお前!? 敵の手借りてまで、アタシを倒しにくんのかよ!?」

「借りてない! 青いのがボクに着いてきただけだ!」

「そういうことだ! 勝手にやらせてもらう!!」

「チッ……めんどくせえ連中だぜ!」

 

 二対一。

 数だけ見れば、不利なのはクリスのほうだ。

 対して自分たちの側は、ベテランのシンフォギア装者が二人。響は最初から頭数には入れてないが、戦力換算としては間違っていない。

 翼も律も、響を戦わせないという方向性だけは、文句なく一致している。連携を取る気はなくとも、行動は自然、それを意識したカタチになっていた。

 口では何と言おうと、取り繕うことはできない。

 

(さて、いよいよ本気で姉さんに逆らっちゃってるよな……ボク)

 

 口調の軽さと裏腹に、背筋が震えた。あの姉は必要があれば、自分を『処分』することなど何の痛痒も感じずにやってのけるだろう。

 たまたま実の妹として生まれ、装者適正があったから手元に残されただけなのだ。アメリカに送られなかったのは、ある『確率』が一番高いであろう、という理由にすぎない。愛されているわけではないのだ。

 だから遅かれ早かれ、クリスのように自分以上に有用な力を持つ者が出てくれば、立場がなくなることはわかっていた。

 そしてもう一つ──仮に『フィーネ』に愛されていたとしても、響の身柄そのものを求めている以上、律にとって選ぶべき手は二つしかない。

 響を生け贄にして、自分の命を永らえるか。それとも自分が命を賭けて、響を守るか。

 無論、考えるまでもない。前者など選べるわけがあるものか。

 これ以上──、何もかも──、あの『立花響(愛しき友)』から奪い取れというのか。

 対価など求めてはならない。自分のせいで彼女が奪われたものを思えば、命を捧げてなお足りぬ。

 それでも、まだ命を惜しむ()()()()()があった。

 死ぬのは怖い。言うまでもなく、どうしようもなく『人間』なのだ、櫻井律は。

 だがここからは、いつでも自分を殺せる怪物を敵に回さなくてはならない。ならば──命を惜しめば、命ごと何もかもを失う。

 だが逆に、せめて響だけでも生命を繋ぐことができるのならば──それは律の勝ちであろう。気の遠くなるほどの時を渡ってきた魔人に、只人の身で一矢報いたことになる。

 

(一人でテロやって国家転覆とか国土割譲目指すより、難しいんだろうけどな……)

 

 支配者への反逆。きっと一手でもしくじれば全てが灰燼に帰す、シビアなゲームになるだろう。しかし、それを超えねば、『未来』はない。

 悩む余地など、最初からありはしなかった。目の前の最善を、いつだって死にもの狂いで掴み取っていくしかない。

 その腹が決まれば、律の行動は迅速だった。

 

「……風鳴先輩! お先にっ!!」

「むっ!」

 

 ぐん、と一段階、スピードを上げる律。

 翼もどちらかと言えばスピードタイプであるが、火力と装甲を犠牲にしてまで機動性能に特化したクトネシリカのシンフォギアは、速度の面では一日の長がある。

 後詰めを任せて、律は一期に駆け込んだ。

 

「悪いなクリス! ボク、決めたぜ!」

「何を!」

「まずはお前を……ぶっ飛ばす!!」

 

 クリスの懐に飛び込んだかと思えば、襲いかかるネフシュタンのブレードを、空中で回転しながら避ける。避けただけではない。その回転を利用して、強烈な延髄斬りを、クリスの首筋へと叩き込んだ。

 

「もう一発ッ! さらにおまけでッ!!」

「なぁっ!」

 

 よろけた身体に追い打ちをかけるように、返しの蹴りが幾度にも突き刺さる。

 顎に、こめかみに、鼻先に。少女の顔を容赦なく蹴り上げるというのは、ビジュアル的にはいかがなものかといったところだが──そうでもしなければ打倒できないのだ、このネフシュタンの鎧というものは。

 

「鎧を何発叩かれたところで、効くわきゃ……あれ?」

 

 ガクンと、急にクリスの膝が抜ける。

 視界がぐらりと、地震でも見ているかのように揺れていた。

 

「な、なんだぁっ!?」

「あんだけ蹴たぐって、ようやく一発いいのが入ってくれたか」

「てめぇハンパ女! 何しやがった!?」

「堅い鎧に包まれてようが、結局人間が着てるものに過ぎないわけで、人体構造上の弱点は避けられん。しかし……さっきは『蔓』を仕掛けても、力でひっくり返されたからな。ちょっと考え方を変えたのさ」

「考え方?」

「脳だよ、脳。そっちを攻めた。こめかみや顎に特定の方向から打撃を与えることで、脳震盪を誘発したのさ。ドロドロだろう、景色が?」

「て、てめぇ……」

「だけどあいにく、ボクの火力では今のお前を仕留めきれない。『ライズナ・ドロップ』を使っても不可能だろう。そこで出てくるのが……」

 

 唄が聞こえた。

 戦場(いくさば)に響く、防人(さきもり)の唄が。

 

「う、上から何かっ!?」

「もらったぞッ!!」

 

【天ノ逆鱗】

 

 それは楯と見まごうような、巨大な剣だった。白く輝く銀の太刀。無双の一振り、『天羽々斬』。それが変形した巨剣が、翼によってクリスへと天高くより、振り降ろされたのだ。

 直撃だった。避けようはなかった。間違いなく、直撃していた。

 なのに──。

 

「ちっ……くしょおおおっ!!」

 

 クリスはまだ、動いていた。

 さすがのネフシュタンの鎧も、あちこちが砕けてダメージを負っているが、まだまだ動きにキレがある。戦力は十分に残っているだろう。

 しかし、彼女はそのまま翼と律に背を向けると、空の向こうへと飛び去ってしまったのだった。

 

「……どういうことだ?」

「あれがネフシュタンの鎧の弱点さ。あの鎧は耐久力と再生能力が強すぎてね。破損部分を着用者ごと取り込んで、修復しようとする性質があるんだ。要はあの鎧は使えば使うほど、人間から遠のいていくってわけだ」

 

 ネフシュタンの鎧の性質について、律はよく知っている。身をもって、知っているのだ。

 

「それを防ぐためには、ある種の『透析』を行って、侵食を除去するしかない。誰だって人間辞めたくないからねー。実質的に使用は『透析』とセットであり、大ダメージを受けたら撤退せざるを得ないってわけ」

「そんな……ことが……」

「あるんだよ。完全聖遺物なんて、まったくろくなもんじゃ……がふっ!」

 

 突如として咳き込む律。再びの発作だった。

 口元を抑えながら膝をつき、そしてそのまま倒れる律。

 

「おい!」

「し、しっかりして!」

 

 戦闘が終わり、駆け寄ってきた響が律を抱き起こす。

 

「わ、悪いね響、手間ぁかけちゃって。今までガマンしてたんだけど……緊張の糸が切れたら、一気に……」

「いいから! 血が! 口から血がすごい出てる!!」

「……もしかして、Linkerを使っているのか……?」

 

 翼がそう考えるのも当然だ。Linkerという新技を用いてシンフォギアをまとう装者は、身体を薬剤に蝕まれ、多臓器不全を起こしやすい。

 かつてのガングニール装者、天羽奏も外見はともかく、身体の内側には見えないダメージが薄紙を貼り重ねるように、幾重にも積み重なってボロボロになっていたという。

 翼はそれと同様の現象が、律にも起こっているのではないか──と思ったのだ。

 

「いや、違うよ。別の理由さ。それよりも、だ」

 

 響の腕にしがみつくようにしながら、ゆっくりと翼に目を合わせる。

 

「……投降する。二課まで、連れて行ってくれ」

 

 そう言いながら、震える手で律はゆっくりと仮面を外し、自らその素顔を翼と響にさらすのだった。




─用語解説─

■天ノ逆鱗
翼のカットイン技。巨大な盾!? ではなく剣。
どうしても直撃したところが描きたかった。
クリスちゃんごめん。

■蔓(かずら)
とある古武道流派における、関節技を指す言葉。
律はこれでクリスを仕留めようとしたが、完全聖遺物の圧倒的なパワーの前に、クラッチを外されてしまった。
1000万パワーに100万パワーに挑むのは無謀である。

■クトネシリカの仮面
フィーネの蝶型チョーカーと同じく、変声機の機能を持つ。
一話で響が律の声に気付かなかったのは、この機能によるもの。
クリスによってこの機能は破壊されてしまった。

■ソニック・ヒール
律のカットイン技。
アームドギアから煙幕弾を発射し、敵の視界を奪ってから闇の中でコンビネーションアーツを叩き込み、防御を崩す。
しかる後に上空へと飛び上がり、急激な高低差によって相手を惑わしつつ、超音速の急降下踵落としによってトドメを刺す。

■マルチプライ・ブレード
律のカットイン技。
シンフォギアの一部を変形させて放つ十字手裏剣。
マルチプライ、は『×』の意。

■律の持病
心臓周辺に抱える疾患の一種。
緊張や疲労によって発作が起こると、激痛と大量の吐血を伴うことが特徴。
ある理由により、現代科学においては根治が不可能。
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