フクイデ先生 作:フクイデスト
伏井出先生に少しでも幸せになって欲しい…
「はぁ~……」
とある書店で大きな溜め息をついている少年がいた。彼の名前は和泉 正宗、高校一年生にして、ライトノベル作家である。
そんな彼が何故、大きな溜め息をついているかというと初サイン会を行った際に書いた自身のサイン色紙を盛大にディスられたからだ。
「大袈裟だね、ムネ君。ネットじゃ、よくある事だよ。この先もそんなかんじだと、きっと心が持たないよ?」
そんな彼に激励?を送ってるのはたかさご書店の看板娘である高砂 智恵。正宗がライトノベル作家だと知っている古くからの友人だ。
「自分でも小心者だって思っているから、普段はネットなんか見ないの!これだから、ネット評論家は嫌いなんだ!」
「今回のは有名税だよ、気にしなくてもいいんじゃないかな?」
「俺、そこまで有名でもないし。こんな有名税は要らない…」
「あっそっかぁー」
そこは少しくらいは否定してくれてもいいんじゃないかな?と思う正宗だった。二人がそんな会話をしていると、普段全然人で溢れ返るなんてことのないたかさご書店に人が集まり始めた。
「おい、なんか異様に人が多くないか?この書店ってこんなに人気の場所だったか?」
「ああ…、もうそんな時間だっけ?時間確認してなかった…」
「これから此処で何が起こるんだ?」
「ある先生がサイン会を行う予定なの」
「先生って…ライトノベル作家か?」
「うーん、一応ジャンル分けではSFになってるけど。その独特の世界観でありながら、読みやすい文章で表現されていることからあれはライトノベルだって言う人もいるよ?」
「なんだそれ。どんなSFだよ」
「ムネ君も買っていったじゃない…えーっと…」
正宗の懐疑的な返答に智恵は件の作家の書籍を探している。人気の書籍なのか入り口の平積みされている位置に置かれていたようで数秒後には戻ってきた。
「ほら、伏井出先生の『コズモクロニクル』。ムネ君も買っていったでしょ?かなり気に入ってたじゃない」
「…はぁ!?じゃあ、今から来るのは伏井出ケイ先生なのか?!どうして、こんな書店に?」
「こんなって…。さぁ、何で此処なのかは分からないよ。ここ最近、先生はファンサービスを大切にしているらしくて講演会や握手会も行っているよ?その一環じゃないかな?」
伏井出ケイ。5年前、突如現れた謎のSF作家で代表作はデビュー作でもある『コズモクロニクル』。累計部数壮大なスペースオペラ的な世界観に個性的なキャラクター、そしてSFなのに読みやすいという事で現在日本で有数の作家である。
彼の経歴はほぼ不明であり、3年前までは女性なのか男性なのかも不明だった。しかし、近年では執筆作業がひと段落したという事でサイン会や握手会などを行うようになり性別や容姿がはっきりした。
伏井出先生の担当者が言うには独特な感性を持っている人らしい。時折、何かを思い出すように瞑想することもあり、伏井出先生が言うには宇宙との交信らしい。
ここだけを聞くと電波系な人にしか思えないが、握手会などでのファンに対する態度を見た限りは礼儀正しい紳士だ。
「俺も伏井出先生のファンだから調べてるけど、サイン会が此処で行われるなんて聞いてなかったぞ?」
「だって、告知は2時間前にされた突発的なものだもの。書店側には前々から連絡は入っていたけれどね。前日から告知してたら、人で店が埋もれちゃうでしょ」
「それでも、この人数は十分過ぎるだろ。流石は人気作家…」
既に書店内は人で一杯となっている。伏井出ケイのサインを貰おうと、店外まで行列ができ始めていた。
伏井出ケイの姿を拝もうとする、熱狂的なファン達通称『フクイデスト』だろう。正宗は流石にそこまでの熱意はないが、伏井出ケイの新作が出るたびにこの書店で買っている。
「ムネ君も先生にサイン貰う?最後に店舗への挨拶があるから、その時なら関係者としてサイン貰えるよ。それを参考に次のサイン会では馬鹿にされないように頑張るとか」
「参考には出来なそうだけどな。…サインの方はお願いします!」
「じゃあ、ごめんだけど。奥の方で待っててね。ここに居ると邪魔になるから。裏から眺めてるのならいいよ」
「扱いがぞんざいぃ…」
正宗は智恵に言われた通り、店の奥で待機した。1時間くらい過ぎた頃、騒がしかった店内が少し静かになった。人の気配も徐々になくなり、最後には静まり返った。
気になった正宗がソーっと店内を覗くと、伏井出ケイのサイン会は終了したようでファンもいなくなっていた。
「どうも、貴女が高砂智恵さんですね?本日は私のためにお店の時間を使って頂きありがとうございます」
「い、いえ!むしろ、伏井出先生がサイン会を行うという情報だけでお店が繁盛しましたよ。お店に置いてあった、先生の書籍もこのために来たお客さんが全て買っていきました」
「私の書籍も置いて頂けているのですね。それはとても嬉しいです。今後も皆さんの琴線に触れる作品を作っていきたいですね。どうぞ、これからも贔屓にしてください」
「はい!先生の作品なら自信を持っておススメ出来ますよ。あのですね…、友人が先生のファンでして。先生のサインをどうしても欲しいと言っているのですが、いいですか?」
「ええ、それくらいはお安い御用ですよ。私のファンであるというのなら、尚更断る理由がありません。それでその方はどちらに?」
「えっと…」
智恵が正宗に向かって、こっちに来いとジェスチャーしている。正宗は高鳴る鼓動を何とか抑えながら、伏井出の前に躍り出た。
「は、初めまして。『コズモクロニクルⅠ 闇よ輝け!』の頃からファンです。新刊も面白かったです!これにサインをお願いします!」
正宗が取り出したのは最新作の『星空のアンビエント』。流石に家に帰って自分のを持ってくるのは無理だったので、書店にあったものを購入したのだった。
「これは嬉しい言葉ですね。SFという事で最初期は私の本を手に取ってくれる人が少なくて苦労したのですよ。その頃からファンというのはとても嬉しい事です」
伏井出ケイは正宗の言葉に嬉しそうに返答しながら、手慣れた手つきで自身のサインを書いていく。
「普段はしないのですが…お名前は何と言うのですか?」
「い、和泉正宗と言います。和の泉で和泉、伊達政宗の政を正に変えて正宗。和泉正宗です」
「和泉正宗君だね?では、最初期からの古参ファンである正宗君へ伏井出ケイよりっと。これでいいのかな?」
伏井出ケイはサインに和泉正宗君へと付け足した。普段のサイン会ではそういう事はされないので、本当のファンなら堪らないサービスだろう。
「名前まで入れてくれてありがとうございます!これは家宝にします!」
「それほど喜んでもらえたら、作者として冥利に尽きる。これからも応援をよろしくお願いします」
「はい!それで伏井出先生に相談があるんですが…」
「相談?私はカウンセラーではないので、心の悩みは解決できませんが…」
「いえ、そういうのじゃなくて。自分、ライトノベル作家なんです。先生のように面白い作品を書くにはどうすればいいでしょう?」
伏井出ケイは正宗の言葉に驚き目を見開いた。しかし、その後興味深そうな目で彼を見る。
「ライトノベルですか…私とは畑違いですので助言になるかは分かりませんがそれでもいいですか?」
「大丈夫です」
「そうですね…。私はいつも執筆する時には瞑想をしているのですよ。自分の想い描きたいものをしっかりとイメージすることで自然と筆が進む。この感覚は共感して頂けないでしょうが、貴方にもこれだけは譲れないというものがあるのなら自分の納得のいくものが出来上がるはずです」
「…絶対に譲れないもの…」
正宗の脳裏には今も家で引き籠っているだろう妹の姿が浮かんだ。彼が命に代えてでも大切にしているものといえば彼女だろう。
「その譲れないものに対する熱意を執筆活動に注ぐのです。さすれば、きっと他人から見ても、面白いと感じて貰えるものが書けるのではないでしょうか?」
「……ありがとうございます!何かを掴めたような気がします」
「そうですか、それならよかった」
「先生、そろそろお時間です」
「わかりました、では正宗君、智恵さん。本日はありがとう。また、星の導きがあるのなら、何処かで出会うことでしょう」
伏井出ケイは独特な別れの挨拶でたかさご書店を去っていった。二人は大物小説家と対談したことで極度の緊張感を味わっており、それから解放されたことでようやく落ち着いたのだった。
「それにしても伏井出先生、噂通りの不思議な人だったな。最後の挨拶とか一般人がしたら、中二病か電波系なのに似合ってるんだもん」
「……あっ、ムネ君。時間大丈夫なの?」
「時間?」
「エロマンガ先生の生配信始めるよ?家で見るんじゃなかった?」
「あっ…やっば!俺帰るわ、じゃあな!」
「じゃーねー」
「(俺の絶対に譲れないもの…その情熱を小説に注ぐか…。まだ、はっきりとは見えていないけれど、何か掴めた気がする!)」
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黒塗りの車の中で今後のスケジュールを聞いているのは、先程までたかさご書店でサイン会をしていた伏井出ケイ。彼は目を閉じて、瞑想しているようだ。担当編集者にはいつものことで、この状態でも話は聞いていると分かっているので続けている。
「さっきの少年の事だが…」
「和泉正宗と名乗っていた少年ですね」
突然、目を開けた伏井出が担当編集者に問う。彼も唐突な問いにそつなく返答する。
「彼、ライトノベル作家と言っていたな。彼の作品は何かわかるか?」
「ライトノベル作家は本名じゃなくてペンネームが多いです。検索しても引っ掛かるか…。あっ、本人か分かりませんが同じ名前のライトノベル作家がいます」
「ほう…彼の書いた作品に興味がある。一つ購入しておいてくれ」
「先生がライトノベルに?…。想像できない組み合わせですね。彼から宇宙の信号的なものを感じたんですか?」
「いや、ただの個人的な興味だ。ただ、今執筆している作品はSFとは言いづらくてね。これは俗に言うライトノベルだと私は思っているんだよ」
彼の頭の中ではある作品の構想が練られている。その作品はSFというよりも、確かにライトノベルらしい作品だった。
「…ウチでは無理ですかね?」
「客層に合わないだろう。安心したまえ、既にSF作品の方は構想を練り終わっている。これは私なりの新たなるチャレンジだよ」
「お願いしますよ。先生に抜けられると、ウチの雑誌の購買数がどれだけ減る事か…。あぁ…想像もしたくない…」
「そう思うなら、私に変わるような人物を見つけて来なさい。私も永遠に小説を書き続けられる訳ではないのだから」
「SF作家なんて年に数人誕生するかどうかですよ…それで?その作品のタイトルは決まっているんですか?」
担当編集者の問いに伏井出ケイは待ってましたと自慢気に答えた。
「SF作品の方は『アンバランス・ゾーン』。私の短編作品を纏めたものを本として出そうと考えている。ライトノベルの方はだね」
「GEED、ある少年が人間としてヒーローとして成長していく物語だ」