フクイデ先生   作:フクイデスト

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雪の扉

 『この扉の向こうの世界には、グラルファンが住んでいる』

 

 そう言う老人と出会ったのは、中学生最後の夏だった。その出会いは僕の背中をそっと押してくれた。

 

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 雲一つない晴天、季節は夏。そんな炎天下を少年はいつものコース、いつものスピードで走っている。

 

 そんな少年の前を三人の少年が通りかかる。

 

 「おーい!日向!」

 

 その声に少年は走るのを止め、その場で足踏みをしながら振り返る。

 

 「おお、皆どうしたの?」

 

 「これから、塾の夏季講習だよ」

 

 「塾?」

 

 「ほら、来年は受験だろ?」

 

 「で?日向は何してんの?」

 

 「何ってお前、走ってんじゃん」

 

 「何でだよ、この前の地区大会で…」

 

 「おい!」

 

 友達の一人がある言葉を口に出そうとして、残りの二人が止める。その光景に日向は友達の気遣いと心配してくれていることを感じた。

 

 「大丈夫だよ、そうやって必要以上に気遣う必要はないよ。これは単なる習慣、体力づくりだよ。ほら、受験も最後は体力って言うじゃん」

 

 「ふふふ…言うか?」

 

 「言うんだよ」

 

 「「「「ぷっ…はははははは」」」」

 

 「じゃあな、俺はこの後も走るから」

 

 「ああ、頑張れよ日向」

 

 三人と別れ、土手を走っていく。走り続けると街の公園にたどり着いた。日向はそこで休憩を取ることにした。

 

 自動販売機でスポーツ飲料水を買い、近くの日陰のベンチへ座る。走っている時は頭を空っぽに出来ていたが、休憩をしていると色々な事が頭をよぎる。

 

 「大人になったら…か。何だか面倒だなぁ…」

 

 日向はベンチで体を横たわらせる。セミはミンミンと騒がしく鳴き、空は澄み渡った青だった。

 

 「俺の夢って何だろう、何がしたいんだろう」

 

 そんな時、突如として何処からかバイオリンの音色が聞こえる。それは不思議と魅了されるもので、日向は体を起こし音の方向を探す。

 

 「…あっち、かな?」

 

 音の発生源は階段を上った先にあるようだ。階段を一歩ずつ上がっていく。

 

 そこで見たものは野外だというのにカードを掲げ、ラッパ型蓄音機でバイオリンの音色を聞いている老人だった。

 

 夏、足を止めた少年が老人と出会う。それは老人にとっても、少年にとっても一生忘れられない出会いとなる。

 

 

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 「あのー、おじいさん。何をやっているんですか?」

 

 カードを掲げる老人へ日向は訊く。周囲に人は居ないが傍からみたら老人の行動は奇妙な行動だろう。

 

 「グラルファンに私の思い出の曲を聞いてもらっているんですよ。ここは空気が澄んでいて、綺麗な音に聞こえますから」

 

 「グラルファン?」

 

 行動も変なら発する言葉もよく分からない。日向はそう思った。

 

 「ええ、グラルファンはこの扉の向こうに住んでいるんです」

 

 老人が指差すのは先程から掲げているカード。確かにカードには、青い扉の絵が描かれている。

 

 「関わっちゃ、駄目な人だ…」

 

 「何か言いましたか?」

 

 「いや、何も…どうぞごゆっくりと」

 

 日向は老人を危ない人だと考えたようで、後退りしながら帰ろうとする。しかし、肘が蓄音機に当たり、ホーンが外れてしまった。

 

 「ああ!すみません!」

 

 「いえいえ、大丈夫です。これは古いのでよく外れてしまうんですよ。すみませんが、ホーンを固定するのを手伝って頂けますかな?」

 

 「はい、それくらいなら…」

 

 その後、少し手間取ったが無事ホーンは固定することが出来た。

 

 「ありがとうございます」

 

 「いいえ、僕が原因ですから…」

 

 老人が蓄音機を回そうとハンドルを回そうとする。

 

 「あっ、僕が代わりに回しますよ」

 

 「でも、君は練習の途中なんでしょう?」

 

 「………練習はもういいんです。本当は地区大会、先月終わってるんです」

 

 少年はハンドルを回し続ける。すると、蓄音機はまた美しい音色を奏で始めた。

 

 日向と老人は近くのベンチに座り、少年が話始める。

 

 「あの地区大会の日。僕、凄く調子よかったんですよ。予選から自己ベストを出すほどには」

 

 少年の脳裏にはあの日の映像が蘇る。太陽が照り付ける中、六人の走者がスタート地点に並ぶ。

 

 競技は男子陸上100m。応援席には友人三人達、同じ部活の生徒、両親や先生などが応援に来ている。

 

 そして、彼の隣にはこの三年間何度も競い合ったライバルがいた。

 

 『位置について』

 

 クラウチングスタートの体勢になり、前を見据える。すると、一直線のコースが光って見えた。

 

 「僕はその光景を見た時、絶対に勝って全国大会に行けると思った」

 

 『よーい』

 

 応戦席の観客も静まり返り、静寂が会場を包む。そうでなくても、今の日向の集中力の前にはスタートの号令以外は聞こえないだろう。

 

 『どん!』

 

 掛け声と共に空砲が鳴る。それと同時に走者たちがスタートした。

 

 1秒、2秒、3秒、4秒、5秒と経っていく内に二人の走者以外は先頭から外れていく。その先頭の走者こそ日向とそのライバルだ。

 

 10秒、11秒、12.22秒。二人の差は傍から見たら全くなく縺れ合うようにゴールした。

 

 ゴールと共に観客席から歓声が沸くと共にどっちが勝ったんだ?という疑問の声も湧いた。

 

 「一瞬、どっちが勝ったんだって自分でも分からなかったんだ。それで、判定を聞いたらね」

 

 老人は少年の話を結末を見守るように聞き続けている。

 

 「すこっと、負けてたんだ」

 

 「ああぁぁ…残念です」

 

 老人の心からの言葉なのだろう、その声色はとても悲しそうなものだった。

 

 「2/100秒の差。それで僕の夏は終わってしまったんです」

 

 「それはおしいです、実におしい!」

 

 「ふふふ」

 

 他人の話なのにそれを真摯に聞き、心から残念がる老人の姿に日向は笑う。先程までの老人に対する印象は無くなっていた。

 

 「それよりもおじいさん。その扉の向こうのグラルファンってのに、音楽を聞かせるんでしょ?」

 

 「そうでした、そうでした。ああ、そう言えば、自己紹介をしていなかったですね。私はトミノと言います」

 

 「僕は日向です。トミノさんはそこで待っててください。僕がもう一度、回してきます」

 

 少年がハンドルを回すと蓄音機からまたバイオリンの音色が奏でられる。老人は少年が来た時のようにカードを掲げ、グラルファンに音楽を聞かせる。

 

 「グラルファンって、音楽が好きなんですか?」

 

 「ええ。もしグラルファンがこの音楽を気に入ってくれたら、この扉を通って姿を現すそうです」

 

 「へぇ…じゃあ、来たら僕も見ることが出来ますか?」

 

 「グラルファンはとても寒い世界から来るんです。だから、グラルファンが近づくとこの街も冬になりますよ」

 

 少年は最早最初のような懐疑心はなく、老人の語るグラルファンという生き物に興味が湧いてきた。

 

 「グラルファンって、どんな生き物なんですか?」

 

 「グラルファンは伝説の生き物でね。人の心の奥の大切な思い出を、目の前にそのまま蘇らせてくれます。そして、その思い出の風景に入るとグラルファンと一緒に思い出の世界へ行けるのです」

 

 「思い出の世界へ…」

 

 少年は流石にただの御伽噺だと思っていた。しかし、その三日後に…

 

 

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 「寒い…まるで冬みたいだ…」

 

 少年の街は夏だというのに、雪が降るほど気温が下がっていた。

 

 「ドミノさん…いないな」

 

 いつもの場所に老人の姿はなかった。少年は老人を探すために街を歩き回る。すると、ようやく橋の上で老人の姿を発見する。

 

 「おお、日向くん。見てください、もう直ぐグラルファンが来るんです」

 

 老人がポケットから取り出したのは3日前と同じカードだった。ただ、違うのはカードの絵柄が少し変わり、青い扉が開きかけている。

 

 「ここでは風邪を引いてしまいます。私の家に行きましょう」

 

 老人の後ろを少年は付いていき、彼の家に着いた。老人は一人暮らしの様で家には誰もいない。

 

 ただ仏壇に一人の女性の遺影がある事から、彼は既婚者だったのだろう。

 

 「グラルファンは私を連れて直ぐに扉の向こうの世界へ飛び立ちます。その後は何もかも元通りです。ただ、グラルファンがこちら側にいる間は現実の世界の時間が止まります」

 

 「時間が…止まる?」

 

 老人は衝撃の事実をあっさりと告白する。

 

 「ええ、現実と思い出。両方の時間は同時に流れることはないのです」

 

 「じゃあ、トミノさんは誰も知らない内に思い出の世界に行っちゃうんですか?」

 

 「大丈夫、君もグラルファンを見ることが出来ますよ。最初の雪のような光が見えたら目を閉じるんです…」

 

 「トミノさんはどうして思い出の世界に行きたいんですか?」

 

 少年の言葉に老人の視線が別の方向を向く、それは居所が悪くて目を逸らしたのではない。

 

 老人の視線の先には大切そうにバイオリンと夫婦と子供の写真が置いてあった。

 

 「四十年前の妻と私、そして息子です。妻は五年前に亡くなりました。この頃がつい昨日の事のように感じられるのです」

 

 「……トミノさん、バイオリンもしてたんですね」

 

 「私はバイオリニストでした…」

 

 「もしかして、グラルファンに聞かせてたあの曲って…」

 

 「ええ、あれは私の曲です」

 

 「へぇ…すごいじゃないですか!」

 

 「いえいえ、録音されたのはあの一枚だけです。私は有名なバイオリニストにはなれなかったんです。昔はずっと弾き続けることができたのですが、今ではもうできません。それもこの歳では当たり前のことですが…」

 

 老人はそれ以上は語らなかった。ただ、少年には今の老人は誰にもどうにもできない、大きな穴のような寂しさを感じているんだと思えた。

 

 

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 その日の夜、少年は家でグラルファンが現れるのを待った。時刻が20時を過ぎた頃、窓の外から雪のような光が溢れだす。

 

 「来た!」

 

 老人の言葉通り、少年は目を塞いだ。空には青色の大きな扉が出現し、開き始める。

 

 少年がもう大丈夫かなと目を開け、時計を見てみると秒針が止まっている。外へ出て、街の人達を見てみると全員が固まっている。

 

 「本当に時が止まってる!」

 

 少年は老人と会っていた公園を目指した。すると、そこには美しい白い翼に黄金の毛。緑色の瞳にユニコーンのような一角を生やした生物がいた。

 

 その巨大な生物は何をするでもなく、ただ佇んでいる。

 

 「あれがグラルファン………そうだ、トミノさんは?」

 

 周囲に老人の姿はなく、少年は次に老人の家を目指した。

 

 老人の家の近くに来ると、いつものバイオリンの音色が聞こえ始める。そして、少年は老人の家へ到着した。

 

 「トミノさん」

 

 「ああ、日向君来たんですね…」

 

 老人は少年の名前を呼ぶが、顔は少年の方を向いていない。それもそのはず、老人の目の前には彼の望んだ思い出の世界が見えているのだから。

 

 老人と思い出の世界の間には天の川のように光の粒子が流れている。この川が現実と思い出の世界を分けているのだろう。

 

 思い出の世界の世界では若い男性がバイオリンを弾いている。それを子供が聞いて、女性が夕飯の支度をしている。

 

 『お父さん、僕お腹減ったよ』

 

 『おっ、そうか。じゃあ、ご飯にしようか』

 

 『うん!はやく!はやく!』

 

 『少し待ってくださいね。もう支度も終わりますから!』

 

 『やったー!!ごはん!ごはん!』

 

 『じゃあ』

 

 『『『いただきます!』』』

 

 思い出の世界では一つの家族の団らんの時間が流れている。老人はそれをずっと眺めている。

 

 「トミノさん…あの思い出と一緒に行くんだね?」

 

 少年は悲し気にこの短期間で心を通わせた老人に語り掛ける。しかし、老人の口から出たのは予想外の言葉だった。

 

 「私は…いけません…」

 

 「どうして?あそこはトミノさんの一番大切な思い出の世界でしょ?トミノさんが欲しかったもの全部があそこにあるんだよ?」

 

 「こんなふうに見て、ようやく分かったことがあるんです。あの光景は皆、あそこにいる私。あの時の私の物なんです」

 

 悲痛そうに、しかし納得したような様子の老人を少年は見つめる。

 

 「あの時間をもう一度生きることは出来ない。一度きりなんですよ」

 

 「一度きり?」

 

 「そう、どんな一瞬も一度きりです」

 

 少年の脳裏にあの日負けた光景が蘇る。

 

 「一度きりだから忘れない。一度きりだから空っぽになるくらい、一生懸命になれる…」

 

 少年の目にはもう悲しみの色は残っていない。残っているのは決意だけだった。

 

 「トミノさん、グラルファンを返そう」

 

 少年が老人の手からカードを取るが、老人はそれを拒否しない。ただ、思い出の光景を慈しむように眺めている。

 

 少年はグラルファンの元へ蓄音機とカードを持って向かった。

 

 「おーい、グラルファン。こっちを向いてくれ!」

 

 少年が思い出の公園で音楽を流し、グラルファンへ呼びかけるがグラルファンは反応しない。

 

 すると、公園の近くで大きな光が上がり、一つの形となった。それは青い慈愛の巨人。慈愛の巨人は手から暖かな光を出すと、少年の掲げているカードへ照射する。

 

 するとカードから光が溢れ出し、グラルファンが出現した時のように空へ扉が出現した。

 

 グラルファンは扉が出現したのを確認するとある方向を見詰める。その場所には老人がいた。

 

 「ああ、私はもういいんだ。行ってくれ、グラルファン…」

 

 その言葉を聞いたのか、グラルファンは大きな翼を広げる。

 

 翼を広げたグラルファンは天使のように美しく、身体からは光が零れるように煌めいている。

 

 「綺麗…」

 

 「ああぁぁ……」

 

 グラルファンは羽ばたくことなく、光の粒子となって。扉の向こうへ帰っていった。

 

 空に浮かぶ扉は閉まり始め、完全に閉まると何もなかったかのように消えた。それと同時に現実世界の時間は動き出す。

 

 公園は静かだが、街の方から人々の声が聞こえる。グラルファンはもう帰ったのだ。

 

 「トミノさん、これ」

 

 「いいえ、カードは君にあげましょう」

 

 カードを返しに来た少年へ老人はそう告げる。

 

 「お別れの時間です」

 

 「お別れ?」

 

 「扉を開けた人間は現実から消えなければなりません」

 

 老人の言葉に少年は固まる、ここで老人との別れになるとは思ってもなかった。それ故に目から涙が流れるが止まらない。

 

 「覚えておいて欲しい事があります」

 

 「…なんですか?」

 

 「私が幸せだったという事です。バイオリニストとして、有名になる事もなかった平凡な人生でした。でも、精一杯生きたんです。心から寂しいと感じるほど、大切な物があったんです」

 

 「はい、忘れません」

 

 「ありがとう…」

 

 老人は少年の返答に満足そうに微笑むと、幻だったかのように消えていった。しかし、少年の手に有るものが決して老人との思い出が幻ではないと語っている。

 

 

 

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 僕は思い出を作るために生きる訳じゃない。

 

 でも、僕がこの世界から去っていく時、精一杯生きたと思いたい

 

 僕は走る。ゴールが見えなくても。一番じゃなくても

 

 僕は大人になる

 

 

 

 

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 「…っう…」

 

 『兄さん、泣きすぎ…』

 

 「…マサムネ…この程度で泣くなんて…お子様ね…」

 

 「いや、お前らも泣いてるじゃん…」

 

 何故、三人がパソコンの前で号泣しているかというと、今日はラノベ天下一武道会の結果発表の日。

 

 それの結果発表を待っていたのだが、突如伏井出ケイのSF作品の出版社がHPで小説を投稿した。

 

 それは次に出版する伏井出の書籍に入っている一話らしく、結果発表まで時間があった三人はそれぞれ小説を読み始めたのだった。

 

 「このお試し小説を読んで感動した人は絶対に買うだろうな…」

 

 「ええ、恐ろしい戦法ね。これで先日の企画取り消し騒動の悪印象を打ち消そうって魂胆みたい」

 

 『それにしても早すぎる…優さんも伏井出先生もあれから2日しか経ってないのに…』

 

 「ネットの伏井出先生宇宙人説も嘘とは言い切れないくらいの速さだな」

 

 ピピピピッとアラームが鳴り響く。

 

 「このアラームって何だったかしら?」

 

 「何か…需要な事を忘れているような…」

 

 『ラノベ天下一武闘会だよ!何で二人とも忘れてるの!発表まで一分を切ってるよ!』

 

 「「あ…」」

 

 ラノベ天下一武闘会の結果は和泉マサムネが投票結果では2位。だが、千寿ムラマサが規定違反の為に優勝を逃したのだった。

 

 物語は加速する。『世界で一番可愛い妹』は優勝したことによって、刊行が決定した。

 

 伏井出ケイは『GEED』2巻の発売日、そして感動系短編集『君に会うために』を発表した。









書くために見る→泣く→書くために見る(以下ループ)
今回の話は大分端折っているので、レンタルして借りて欲しいです
この話の魅力は美しい映像表現にもありますから
自分は今でも見ると泣いてしまいます
ウルトラで基本的に泣く回は太田愛さんの脚本でした
また、書いて欲しいです
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