バトラーと私   作:プロッター

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邂逅

 寝過ごした。

 バスの停留所の看板の前で、私は嘆息する。

 こうなってしまったのも、バスの中で自分が心地よい振動に釣られて眠ってしまった事が原因だ。

 普段なら、こういった事は絶対と言っていいほどない。電車に乗っていて眠気に襲われることもあるが、降りる駅の手前でしっかりと目が覚めるタイプだ。乗りなれている戦車の中も振動はあるが、あれはむしろ眠気を覚ましてくれる。

 戦車道も無い休日、久々の陸地で、久々に1人で出かけてみればこの有様だ。

 また、口からため息が漏れる。

 しかし、これもまた気分転換と置き換えれば、幾分か気も楽になる。この状況さえも、少しだが楽しめそうだ。

 少し気分が上向きになってきたところで、バスの時刻表を見る。次のバスの時間は30分後。今は16時半。次のバスで帰るとなると、目的地までおよそ45分。歩いて帰れない距離ではないが、ここまできて歩いて帰るという打開策は除外した。せっかくの休日なのに、歩いて疲れて寮に戻って即倒れこむというのも淑女らしくは無い。だから、バスの料金はもったいないがバスで帰ることにしよう。それでも、何とか日没までには寮に戻れそうだ。

 さて、次のバスが来るまでどうやって時間を潰そうか。

 そう思いながら、私は肩にかけていたポシェットの中に入っている、『面白いジョーク集』と書かれた小さめの本を取り出す。発売からわずか2日の、今日買ったばかりの新しい本だ。

 私は、ジャンルを問わずよく本を読む方だと思う。寮の部屋の本棚は、隙間が無いくらいには本が収められている。それでも、ダージリンの格言が誰のものかを即座に言い当てて、戦車道メンバーの中でも屈指の読書家と知られる後輩のオレンジペコには敵わないが。

 中でもお気に入りなのは、ジョーク関連の事が書かれた本だ。

 ジョークはいつだって私の事を笑わせてくれる。時には、他の人も笑顔にしてくれる。

 笑顔になれば、自然と気持ちも上向きになっていく。そのジョークの性質が、私はとても気に入っていた。

 だから、この本が発売されると知った時、私はとてもわくわくした。

 そして地元に寄港した今日、私はこの本を買い、さて帰ろうかとバスに乗ったところで寝過ごしてしまいここまで来てしまったわけだ。

 この本も、本当なら寮に帰って静かに読みたかった。

 私は、外で本を読むと言う事はあまりしない。外で本を読もうとしても、喧騒が集中を乱して来るのだ。せっかく読んだ本も内容が頭に半分ほどしか入ってこないので、損をした気分になる。

 しかし、他に30分もの時間を潰す方法が無いので、仕方なく本を読むことにした。

 また、溜息を1つつく。

 と、その時だ。

「あのー・・・」

 突如聞こえてきた声を耳にして、後ろを振り返る。

声の主であろうそこに立っていたのは、私よりも背が高い、だが成人には達していないような風格の青年だ。

「何か?」

 私が尋ねると、その青年は心配そうな顔で私の顔を見つめる。

「あ、すみません、突然声を掛けてしまって。ですが、憂鬱そうな顔で溜息をついていたもので、どうしたのかなぁ、と」

 そんな顔をしていたのか。私は自分の顔に手を当てる。

 私は声を掛けた青年に対して笑顔で答える。

「心配をしてくださってありがとう。でも、ご心配なく。ちょっとバスで寝過ごして、ここまで来てしまって途方に暮れてただけですわ」

「あ、そうだったんですか。まあ確かにこんなところに来ちゃったらなぁ・・・」

 安心したような表情で青年が周りを見回す。

 確かに、辺りを見回しても民家が数件あるだけ。喫茶店のようなお店も無い。ちょっと離れたところには、バスの転回場があるが、それだけだ。

来てしまった私が言うのもなんだが、本当に何もない。

「・・・・・・ところで、その本・・・」

 と、青年が私の持っていた本を指差す。

「この本が何か?」

「それ、僕も持ってます」

「へ?」

 意外な発言を聞いて、私は気の抜けた声を吐く。そんな私を傍らに、その青年も肩にかけていた鞄から一冊の本を取り出す。その本のタイトルは、私の今手に持っている本と同じものだ。

「これ、面白いですよね」

「ああっ、内容は言わないでください。まだ読んでないんですからっ」

「あ、そうでしたか。すみません」

 ペコリと謝って、青年は私の隣に座る。どうやら、彼もバスを待つようだ。

 さっきまで話していた人が隣に座った途端に会話が途切れる。どうも気まずい。本当に初対面の人が隣に座っていても普段は何も思わないのだが、今回は勝手が違う。さっきまで会話を交わしていたのだから。

何か話題は無いものか。そう思いながら視線を落とすと、そこにあるのは読もうと思っていたジョークの本。

 そこで私は、こんなことを聞いてみた。

「あの・・・」

「はい?」

 青年が顔を向ける。私は、恐る恐る聞いてみる。

「もしかして、ジョークとかが好きだったりするんですか?」

 青年の顔が真顔になる。いきなりこんなことを聞かれて意表を突かれたのだろう。

 私も、初対面の人に向かっていきなり何を聞いているんだ、と今さらに気付き、慌てて謝罪しようとする。

「あっ、すみません、変な事を聞いて」

「あ、いえいえ。お気になさらず。でも、ジョークは好きですよ」

 ジョークが好き。それを聞いて、私の目がキラリと輝いた。ような気がする。

「ジョークは人を楽しませてくれますからね。内容は色々ありますが、大体は人を笑顔にしてくれますから」

 私と同じ考え方だ。

 私と同じ考え方をしている人に初めて会えて、私は感動に似たなにかを覚える。

「私もジョークが好きなんです。やっぱり、笑顔になって気持ちが上向きになれるっていう性質が好きで」

「あ、分かります分かります」

 そうして私達は、バスが来るまでの間とりとめもない話をした。

 このジョークが有名だとか、あのジョークは腹を抱えるくらい笑ったとか。他愛もない話をし続けた。

 ジョークについての話で、こんなに話が盛り上がったのは初めてかもしれない。

 学校でもジョークの話をしたり、時には自作のジョークを披露したりするのだが、周りの反応はあまり芳しくない。皆、意味が分からないと言った様子で首を傾げたり、苦笑したりする。ダージリンは、私のジョークを聞くと口元を抑えて『ぷくくくく』と笑ってくれるが、オレンジペコ曰く『笑いのツボがおかしいだけです』とのことだ。それはそれで微妙な気分になる。

 だから、この青年とジョークに関する話で盛り上がることができたのは、私にとってとても嬉しかった。

 楽しい時間と言うものはどうも早く過ぎてしまうもので、あっという間に30分が過ぎ、目的のバスが到着した。

 私とその青年は、バスに乗り込んで自然と隣同士の席に座る。

「あなたはどちらまで?」

 私が聞くと、青年は顎に手を当ててこう言った。

「山下公園まで」

「そうなんですか。私も同じです」

「あ、そうだったんですか」

 やがてバスのドアが閉まり、静かに走り出す。さっきの停留所から乗ったのは私たち2人だけのようで、バスの中には私達と運転士以外誰もいない。

「でも正直意外でした」

「何がですか?」

 青年が微笑を浮かべながら私を見つめる。

「貴女みたいな人が、ジョークが好きだったなんて」

 その言葉に、私はデジャヴを覚える。

 それは、学校でも何度か聞いた言葉だ。

 ジョークを好きだと初めて言った際、後輩のルクリリからはこう言われた。

『アッサム様って、そう言うのが好きだったんですね。意外だな~』

 ルクリリは決して、悪意を持って言ったわけではないと言う事は分かっている。

 だが、その言葉を聞いて私は少し、ほんの少しだけ傷ついた。

 私は普段どう思われているのか、おおよその見当はつく。

 冷静、頭脳明晰、データ主義で抜け目がない。全て人から言われてきた事だが、否定したことは一度も無い。自分でもそうだと思うところはあるし、何よりそうだという自覚がある。

 だからこそ、ジョーク好きと言う自分の性格は、普段の自分とはかけ離れたものなのだろう。

 そのギャップに悩んでしまう事も何度かあった。

 そしてまた、そう言われてしまい少し落ち込んでしまう。

「あ、す、すみません!決して悪い意味で言ったわけではなくて・・・!」

 青年があたふたと手を振って弁解しようとする。

 そして、こんなことを言ってきた。

 

「貴女みたいな綺麗な方がジョークが好きっていうのが、ギャップで可愛いっていうか、何ていうか・・・」

 

 綺麗。

 可愛い。

 クールと言われ慣れている私にとって、この2つのワードは聞き慣れないものだ。

 そして、自分がそう言われたという事実に今更ながら気づいて、顔の温度が上がっていくのを感じる。

 おそらく、今の自分の顔は真っ赤になっているのだろう。

「って、女性にあまりこういうことは言ってはいけませんね。すみません」

「い、いえ。そんな、別に気にしていませんから・・・」

 私は顔を赤くしたまま、先の青年の謝罪を受け入れる。

 その後は、なぜか私は青年の顔を見ることができず、お互いに視線を合わせようとしないまま、バスは目的地を目指す。

 そして、バスが『山下公園』のバス停に到着すると、私と青年は並んでバスを降りる。

 空はもうすぐ日没と言う事もあって暗くなっているのだろうが、私は空を見上げることができない。目線を上げたら、隣に立つ青年と目を合わせてしまいそうで。

視線は下を向いたまま、会話は無し、お互い距離を微妙に保ったまま山下公園の中へ入る。

 やがて、噴水の前まで来ると気まずい沈黙が破られる。

「あのっ」

「あのっ」

 被った。

 私が再び沈黙したのに対し、青年はわずかに逡巡して言葉を紡ぐ。

「さっきはすみません。変なことを口走ってしまって」

「い、いえ。私も別に気にしていませんわ」

 綺麗、可愛いと言われて正直嬉しかったのは内緒だ。

「あ、えっと・・・貴女はこれから?」

「ああ、私はこれから寮に戻ります」

 そこで青年は、こう提案した。

「よければご一緒しましょうか?もう時間も時間ですし、女性を1人で歩かせるのは少々危なっかしいというか・・・」

 私の事を心配してくれるのか。この青年の心遣いに感動する。

「心配には及びませんわ。寮すぐそこですので」

「・・・そうですか、分かりました」

 青年もあまり深入りしようとせずに引き下がる。

 人との距離の取り方も、申し分ない。

 って、なんで私はこの人の事を品定めしてるような見方をしているんだ。

 私は頭をわずかに振って考えを払拭する。

「では、これで。今日は一緒に話してくださってありがとう。とても楽しかったわ」

「僕もです。ジョークについて語り合えて、とても楽しかったです」

「また機会があれば、会いましょう」

「ええ。そうですね」

 そう言って、私たちはさよならを交わし合う。そして、青年は私とは反対方向、横浜の街へと姿を消していった。

 私は、その後姿が見えなくなるまで見送り、やがて見えなくなると、私は踵を返して、寮がある聖グロリアーナ女学院の学園艦へと向かった。




数あるガルパンの恋愛作品に影響されて自分も書いてみたくなったと思った次第です。
ここまで読んでいただき、本当に感謝しています。
ご指摘、ご感想があれば、送信していただけるとありがたいです。
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