予めご了承ください。
「「あっ」」
校門の前で、水上とアッサムは出会った。
アッサムは思い出す。昨日自分が水上にしたことを。そして、自分が水上に対して恋をしているという事を。
水上は思い出す。昨日自分がアッサムにしてもらった事を。そして、自分がアッサムに対して恋をしているという事を。
「・・・おはよう、水上」
アッサムは、顔をわずかに赤らめて、視線を水上から逸らしながら挨拶をする。
「・・・おはよう、ございます。アッサム様」
水上は、気恥ずかしそうに顔を紅潮させて、視線をアッサムから逸らして挨拶をする。思わず素の口調で話そうとするが、今は周りに聖グロリアーナの生徒たちがいる。ここでタメ口で話してしまっては、面倒な事になりかねない。
2人は、なんとなく視線をお互いから逸らしながら並んで学校の校舎へと向かう。せっかく会ったのに別々に登校するというのはおかしかったからだ。
「・・・風邪はもう大丈夫なの?」
「ええ。アッサム様が看病してくださったおかげです」
アッサムに聞かれて、水上は改めてアッサムに感謝の言葉を述べる。
だが、アッサムは“看病”という単語を聞いて、昨日自分のやった行動を思い出し、顔が真っ赤になってしまう。
「・・・・・・っ」
「?アッサム様?」
水上がアッサムの顔を覗き込む。だが、アッサムは素早く水上から距離を取る。そして、『ごめんなさい』とだけ言うと一目散に昇降口へと淑女らしからぬ格好で走って行ってしまった。
「・・・・・・えぇ・・・?」
アッサムの行動が理解できない水上は、その場に立ち尽くす事となってしまった。
しかし、水上は内心どこかホッとしている。
(・・・・・・緊張した)
アッサムの事を好きだと自覚したのは今朝の事だ。それからまだ時間もそんなに経っていないにもかかわらずアッサムと会ってしまい、どんな顔をすればいいのか分からなかった。
言葉を交わすのも緊張したし、アッサムの顔を覗き込んだのだって今思えばとても恥ずかしかった。
かといって、自分から突っぱねてしまうと嫌われかねないので、どうしていいのか分からずに悶々としていたのだ。そこで、アッサムが突如退場してしまったため、水上は安心したのだ。
(・・・・・・恋すると、人って変わるもんだなぁ)
おそらく、自分の中にある感情が恋だと自覚しなければ、普通に会話することができただろう。それができなくなってしまうとは、恋とは恐ろしいものだ。
私は全速力で昇降口をくぐり、下駄箱で靴を履き替える。
そこで、一息ついて改めて考える。
私は昨日、水上に対する恋心を認めた。それから一夜明けた今日、まさかもう水上と会う事になるとは思わなかった。戦車道の時間になるまで会うことは無いと思っていたのに。
いざ実際に会うと、何を話せばいいのか分からなかった。
水上の顔を直視することができなかった。
水上と言葉を交わす事すらままならなかった。
(・・・・・・恋すると、人って変わるものなのね)
おそらく、私がこの感情を恋と認めなければ、普通に会話することができたのだろう。それができなくなってしまうとは、恋とは恐ろしいものだ。
水上が教室につくと、クラスにいた女子たちは物珍しそうな目でこちらを見てきた。おそらく、昨日休んでしまったから不審に思われたのだろう。
背中に視線を感じながら水上が席に着くと、パタパタとこちらへかけてくる人物がいた。
「水上さんっ」
「?」
水上が、その人物を見る。それはチャーチルの操縦手・ルフナだった。
「ルフナ様、どうかされましたか?」
「風邪、治ったんですね」
「ええ、ご心配をおかけしました」
水上が頭を下げると、ルフナは瞳に涙を浮かばせて穏やかな笑みを浮かべる。
「よかった・・・本当によかったです」
なぜルフナがそこまで安心しているのか、水上は全く持って分からない。
「・・・私はもう大丈夫ですので、ご安心ください」
とりあえず、言葉で安心させることにした。ルフナはそれで満足したのか、軽やかな足取りで席へと戻って行った。
一体、なぜルフナのテンションが上がっているのか、水上には皆目見当がつかない。
しかし、その疑問は一旦置いておき、まずは目先の授業に集中する事にする。だが、ここでまた問題が発生した。
(しまった、昨日の授業内容が分からない・・・!)
休んでしまった事の弊害が生まれ、水上は小さくため息をつく。
だが、そこでまたルフナがやってきた。
「水上さん」
「はい?」
そして、プリントを数枚差し出して来る。
「昨日の授業のノートを印刷してきました。よろしければ使ってください」
水上は、それを受け取り笑顔をルフナに向ける。
「どうも、ありがとうございます」
ところが、ルフナはなぜか顔を赤くして、自分の席へと足早に戻る。そして、顔を俯かせたまま動かなくなってしまった。
水上は、ルフナの態度の理由が分からなかったが、貰ったプリントはクリアファイルに丁寧に入れて、まずは授業に臨むことにした。
今日は土曜日だったので、授業は午前中で終わったのだが、戦車道だけは違った。明日の大洗女子学園との試合に向けて最終調整を行うらしい。
今日の訓練は、昨日と同じく通常の砲撃訓練と、行進間射撃、躍進射撃だ。だが、水上は昨日いなかったため、昨日どんな訓練が行われていたのかを知らない。そして、ルフナとアッサムがどういう状況だったのかも、当然ながら知らない。
しかし、今日の訓練は見る限り順調と言えた。
アッサムの砲撃は的に見事に命中していたし、ルフナの操縦さばきも普段と変わらなかった。
「昨日とは大違いね」
訓練が終わり、『紅茶の園』で紅茶を淹れ終えて、一口飲んだところでダージリンがそんな事を言った。
「?」
水上が頭に疑問符を浮かべる。ダージリンは水上を見てこういった。
「昨日はひどかったのよ。ルフナは操縦がてんでダメだし、アッサムは的にちっとも当てられなかったし」
「そうだったんですか?」
水上がアッサムとオレンジペコを見ながら聞くと、アッサムは苦しそうに目を閉じ、オレンジペコは苦笑しながらうなずいた。
「まあ、誰かさんが見ていなかったから、でしょうね」
ダージリンが愉快そうに言うと、アッサムがぎろりとダージリンを睨みつける。ダージリンは、その視線に気づかぬふりをして優雅に紅茶を飲む。
状況が全くつかめない水上は、頭に疑問符をいくつも浮かべるしかない。オレンジペコにどういうことか説明を求めるが、オレンジペコはなぜか首を横に振った。
「で、話は変わるけれど」
ダージリンが、先ほどのふざけたような口調を消し、真剣な顔つきでアッサムとオレンジペコを見る。視線を向けられた2人は、自然と姿勢を正してダージリンの言葉を待つ。
「明日は大洗女子学園との試合よ。相手の実力は未知数。もしかしたら相手にならないほど弱いかもしれないし、逆に強いかもしれない。心してかかるように」
「「はい」」
それから3人は、明日の詳細な作戦について話し合う。その間、水上はダージリンから渡された、大洗女子学園の戦車のデータを読んでいた。
戦車道についてはほとんど素人の水上でも、大洗女子学園の戦車を見て『なんだこれ』と言いそうになった。
聖グロリアーナと比べると戦車に統一性が無く、どの戦車も一癖も二癖もあるような戦車ばかりだった。
Ⅳ号戦車はともかく、38(t)は足回りが弱く、M3リーは砲塔が2つあるものの車高が高い。Ⅲ号突撃砲は砲塔が回らないし、八九式は装甲と火力が貧弱。
こんな寄せ集めともいえる戦力で強豪校・聖グロリアーナに挑もうとするなど、水上からすれば無謀と言うべきものだった。
当然ダージリンもそれに気づいているのだろうが、ダージリンは生存性が高いチャーチルと、火力・装甲共にバランスの良いマチルダⅡを登用して試合に臨むことを決定した。
(容赦ないな)
水上は、大洗女子学園に同情した。ダージリンは、その水上の表情を見て何を考えているのか察したのか、こんなことを言っていた。
「イギリス人は恋愛と戦争では手段を選ばないの」
あんた日本人だろ、水上は心の中でそうツッコんだ。
午後8時。
私は、水上と日の出を共に見た、学園艦側面部の公園に足を運んでいた。
というのも、気持ちを落ち着かせるためだ。
明日は、大洗女子学園との試合。相手の実力は、ダージリンの言う通り未知数。緊張していないと言えば嘘になる。
練習試合に限らず、戦車道の試合を行う前日は、いつだって緊張する。その緊張をほぐすために、私は時折こうして公園で海を眺めて気持ちを落ち着かせているのだ。
だが、今日の私は違う。
試合で緊張しているというのもそうだし、水上に対する気持ちを整理する目的もあってここに来たのだ。
水上の事は、好きだ。これはもう変わらない。
では、どうして水上を好きになってしまったのか?
水上は気遣いのできる優しい人間で、初めて出会った時の事を大切な思い出と言ってくれて、私のような女性に対して『綺麗』や『可愛い』と言ってくれた。そして、『人に尽くしたい』という芯のある夢を抱いている。
そして昨日、水上は風邪で弱っている中で、涙ながらに『アッサムに会いたい』と言ってくれた。
それがどうしようもなく愛おしかった。
「・・・・・・はぁ・・・」
私は、水上に対して悪い印象など何一つとして抱いていなかった。
水上の全てが、輝いて見えた。
完全に惚れてしまっていた。
「・・・・・・」
私は欄干に顔をくっつける。こうでもしないと、火照った顔を冷やす事が出来そうにない。
その時だった。
「アッサム?」
声を掛けられ、私は顔をバッと上げる。そして、声のした方向を見るとそこにいたのは、私がずっと考えていた水上だった。
「・・・・・・水上」
私は改めて海を見る。まだ顔は赤いだろう、こんな顔を見られてしまっては恥ずかしくてどうしようもない。
「・・・・・・どうして、こんな時間に?」
私は海を見ながら水上に尋ねる。
「ちょっと、考え事をするためにね」
私と同じだ。それが、私は少しだけだが嬉しかった。
「アッサムはどうして?」
「・・・緊張してね。それをほぐしに来たの」
あなたの事を考えていた、とは言えない。だから、ここに来た理由の半分だけを伝える。
「・・・そうか。まあ、明日は試合だからな」
「ええ。何度も試合を繰り返しても、この試合前の緊張だけは慣れない物ね」
水上が私の横に立つ。それだけでも、私の鼓動は高鳴っていた。
「・・・アッサムは、すごいよ」
「え?」
その言葉に、私は顔を水上に向ける。
「戦車道の世界がどういうものか、男の俺には分からない。でも、すごく厳しくてつらい世界なんだって事は、なんとなくわかる。そんな世界で、アッサムは弱音の1つも言わないで、今こうして緊張と戦いながら、試合に挑もうとしている。それが、すごいと思ったんだ」
水上が海を見ながら言う。
私は欄干に手を乗せる。その手は、僅かに震えていた。水上の言葉を聞いても、私の中の緊張は消えていない。その緊張が、震えという形で体に現れているのだ。
「・・・・・・でも、私だって最初の頃は、弱音を吐いたり、何度も辞めようって思った事が何度もあった」
「それでも、だよ」
水上が、私の手に自分の手を重ねる。私は体をびくりと震わせるが、その手を振り払おうとはしない。
水上の温もりが、手から伝わってくる。私の鼓動が高鳴っていく。それが水上に悟られないか、場違いな不安を抱く。
「アッサムは辞めないで、ここまで戦車道を貫いてきた。それがすごいって、俺は正直に思ってる」
震えは、無くなっていた。
私は、水上の方を見つめる。水上も、私の方を見る。この時だけは、視線を逸らすことが許されないような、そんな気がした。
「男の俺には、アッサムを応援することしかできない。それか、給仕として紅茶を淹れて、アッサムを癒すことぐらいしかできない。だから、これだけは言わせてくれ」
水上はスッと息を吸って、私の事を見つめる。
「頑張って、アッサム。俺は、アッサムの事を心から応援するよ」
優しい表情で告げられて、私は呼吸を忘れそうになる。
胸の鼓動が、収まらない。
愛しいという気持ちが私の身体を満たしていく。
「・・・水上」
「何?」
「・・・ちょっと、あっちを向いて目を瞑っていてくれる?」
私は海を指差す。水上は、私の言う通り海の方に顔を向けて目を瞑った。
「別にいいが、どうかしたのか?」
「・・・・・・」
水上は私に聞いてくるが、私は何も答えない。
私は、静かに水上に近づいて、
僅かに背伸びをして、
水上の頬に、小さく口づけをした。
私が顔を離すと、水上は心底驚いたような表情で私を見る。
私は、水上に対して小さく笑いながらこう言った。
「ありがとう。緊張はもうなくなったわ」
「・・・・・・・・・」
水上は呆けたように口を開けたまま言葉を発しない。
「もう遅いし、私は戻るわね。それじゃ、また明日」
その水上を放っておき、私は寮へと足早に戻ることにした。
当然ながら、私にもダメージが無いわけがない。
私の顔は、真っ赤になってしまっているのだろう。鏡を見なくても分かるくらい、顔が熱くなっていた。
水上に対する気持ちが抑えきれなくて、あんなことをしてしまった。
水上にとっては、迷惑だったかもしれない。
でも、私の気持ちは止められなかった。
「・・・・・・」
私は、寮に戻る途中で、電柱に身体を預ける。
「・・・・・・どうしようもないくらい、好きなんだ」
改めて、私の中にあるこの感情の大きさを、認識した。
アッサムが去った後も、俺はその場を動くことができなかった。
アッサムは、何をした?
目を瞑っていたら、俺の右頬に何か温かく柔らかい感覚があった。
だが、それは指や掌の感覚ではない。となると考えられるのは一つしかない。
「・・・・・・」
アッサムの、唇だ。
「・・・・・・」
俺は右の頬に手をやる。さっきここに、アッサムが・・・
「・・・・・・は、はは・・・」
俺は乾いた笑いを漏らしながら、欄干に顔をくっつける。
元々俺がここに来たのは、アッサムに対する気持ちを整理するためだ。
だのに、俺はアッサムと出会った。
そして、アッサムが緊張していると知り、その緊張をほぐそうと俺は必死に言葉を紡いで、アッサムに自分の素直な気持ちを伝えた。
そして、アッサムは俺に・・・
「・・・・・・」
もう何度目かもわからないが、俺の脳裏にはアッサムとの思い出が奔流のように流れていた。その全てが輝いていて、夢のように思えてならない。しかし、これは紛れもない現実だった。
「・・・・・・もう、完全に惚れてるな」
結局俺は、日付が変わるまでその場を動くことができなかった。
大洗女子学園との試合ですが、
細かく表現すると長くなりすぎてしまうので、カットさせていただきます。
ごめんなさい(土下座)。
感想・ご指摘等があればお気軽にどうぞ。
遂にお気に入りが100を超えました。
さらに評価もいただき、感謝の念に堪えません。
心から、お礼を申し上げます。