バトラーと私   作:プロッター

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大洗女子学園との試合はカットすると言ったな。
あれは嘘だ。(心の底からごめんなさい)

今回ちょっと長めです。
ご注意ください。


好敵手として

 聖グロリアーナ女学院の学園艦は、日曜日の午前8時半に大洗港に入港した。その隣の区画には大洗女子学園の学園艦が既に停泊していたが、カタログ上では規模は聖グロリアーナの半分ほどしかない。だから、入港した当初は隣に学園艦があるという事には気づかなかった。

 入港して錨を下すと、車を下すためのタラップが学園艦に接続される。そして、試合に参加する聖グロリアーナの戦車5輌がタラップを通って大洗の地に降り立ち、試合会場へと向かって邁進していった。

 水上はそれを見送ると、歩行者用のタラップを降りて大洗の地に足をつけ、辺りを見回す。

「・・・随分久しぶりに来たな」

 水上は小学生の頃、一度だけ、両親に連れられて大洗の水族館に来たことがある。それ以来、大洗の地に足を付けた事が無かった。ついでに言えば、大洗に学園艦が停泊できる港がある事など知らなかった。

 本当ならここで、大洗の街を観光したいところだったのだが、水上はダージリンから試合の詳細を記録するように指示を受けている。なので、今水上はノートパソコンを腕に抱えている。持ち運びができる様な軽さは無いのだが、手書きで書く労力に比べればどうという事はない。

 水上は、大洗リゾートアウトレット近くにある特設会場へと足を運んだ。

 

 試合開始まで30分を切ると、この試合のために特別に設置された大型モニターがある会場に、大勢の観戦客が集まってきた。ほとんどは地元の住民で、中には大洗女子学園の生徒もいる。聖グロリアーナの関係者らしき人物は、水上以外にはいないようだ。

 そんなほぼアウェーの中で、水上は観戦席に座っていた。

 季節は夏。天気は快晴。気温も割と暑い。そんな中でスーツをぴっちり着て、膝の上にはノートパソコン、左手には屋台で買ったあんこうの唐揚げと、まるで社会人のような出で立ちは傍から見れば奇異に映るようで、水上はちらちらと周りの人の視線を感じていた。

 それでも、水上の意識は大型モニターに向いている。

 モニターには、両校の戦車とその車長が映っており、お互いに対面している。

 聖グロリアーナ側は見慣れた戦車とタンクジャケットだったので、特にコメントすることは無い。問題は大洗女子学園の方だ。

 まず、戦車の色がおかしい。38(t)は金ぴかだし、M3リーはショッキングピンク、Ⅲ号突撃砲は形容しがたい色合いでおまけに時代劇で見る様な幟まで立っている。八九式は『バレー部復活!』なんて白く書かれていて、唯一見た目がまともなのはⅣ号戦車だ。

 これには流石に観戦客も度肝を抜かれたようで、至る所から『何あれ・・・』という声が聞こえて来て、既に酒が入ったおっさんたちはがははと笑っていた。

 次に、大洗女子学園側の車長たちは全員タンクジャケットではなく制服を着ていた。いや、1人だけ体操着の人がいるし、変なコートと帽子を身に着けている人もいる。それはともかく、タンクジャケットすらないという事は、本当に急造で戦車道のチームを作ったという事だろう。

(・・・急ごしらえのチームで強豪校の聖グロに挑もうなんて、割とマジで無謀だと思うが・・・)

 水上はそう思ったが、口には出せない。周りにいるのはほぼ全員が大洗女子学園の応援に来ているのだろうから。ここで敵意を買う言動は慎まなければならない。

 やがて、3人の女性の審判が姿を現し、両チームともに試合前の挨拶を交わす。そして、車長たちはそれぞれの戦車に乗り込み、試合開始地点へと移動する。

 いつの間にか観客席からは声が聞こえなくなり、これから始まる戦闘を前に期待と不安の入り混じった表情を観戦者たちは浮かべていた。

 水上は、そんな中でも冷静にパソコンでレポート制作用のソフトを立ち上げて、戦闘詳報を書く準備に入った。

 試合が始まるまで、あと5分。

 

 試合開始地点に移動すると、オレンジペコが紅茶の準備を始め、ダージリンは戦車の上に立って戦闘区域を眺める。

 私はというと、砲手としているべきポジションで、試合に向けて意識を集中させていた。

 練習試合でも、全国大会でも、エキシビションマッチでもそうだったが、私は試合前に緊張して身体が震えていることが多い。そして、恐れや不安が心に纏わりついて、割とあたふたしてしまう事もあった。

 けれど、今の私には恐れや不安などの負の感情は無く、身体も震えてはいない。ただあるのは、勝とうという強い意志だけ。

 昨日、あの人が、心を込めて応援してくれたのだ。それに全力で応えるのが、応援された者の使命とでもいうべきだろう。

(・・・頑張らなくちゃ)

 そして、応援から連想して、昨日の事を思い出す。震える私の手に、水上が手を重ねてくれた事を。

 私は、自分の左手に目をやって、右手で左手を優しく包み込む。

 そして思い出す。水上の頬にキスをしたことを。

 途端に恥ずかしくなって、前に勢いよく屈みこむ。隣でお茶を淹れていたオレンジペコと、操縦席で待機していたルフナがびっくりして私の方を見るが、気にしている場合か。

 今は、あの時の事を思い出して真っ赤になってしまった私の顔を、いつも通りの顔に戻さなければ。

 数分ほど俯いたところで、ようやく恥ずかしさが引いていき、私は顔を上げる。オレンジペコは心底心配しているような表情で私の方を見ているが、私は『何でもない』と手を振ってオレンジペコを安心させる。

 少々気持ちが揺らいでしまったが、今の私の中には不安や恐れはない。

 目の前の試合を、全力で戦い抜こう。

 そして、終わったら水上の淹れた紅茶を飲もう。

『試合開始!』

 スピーカーから審判員の声が聞こえる。

 ついに、戦いの火ぶたが切って落とされたのだ。

 

10:00 試合開始

大洗女子学園チームは試合開始地点より前進し、聖グロリアーナチームへと接近を試みる。

聖グロリアーナチームに動きは無し。

 

 試合開始直後に大洗側のチームが動き出したことで、観客席は一斉に歓声を上げる。

『動いたぞー!』

『頑張れー!』

 観客たちが声を上げるが、水上は冷静にパソコンに詳細を打ち込む。

大型モニターの右半分には、大洗側の映像が流されている。そして左半分には、聖グロリアーナ側の映像が映し出されている。だが、聖グロリアーナ側はすぐには動くことは無く、動き出したのは試合開始から3分ほど経った後だ。

 ダージリンが前進の指示を出すと、聖グロリアーナの戦車がゆっくりと隊列を乱す事無く動き出す。それを見て、観客席からは感嘆の声が聞こえてくる。

 水上自身も、練習で聖グロリアーナ戦車隊の綺麗な隊列を見た事は何度もあるので別に驚きはしなかったが、やはりいつ見ても綺麗なものだった。

 

10:23 岩盤地帯

崖の合間を縫って大洗女子学園チームのⅣ号戦車が逃走。聖グロリアーナチームは全車輌でこれを追撃するも、Ⅳ号戦車の操縦手は腕が良いようで、聖グロリアーナチームの攻撃を全て避けている。

 

「囮ね」

 ダージリンは、前方をジグザグに走るⅣ号戦車を見ながらそう言った。

 砲撃を続けている私も同意見だった。

 最初に向こうが攻撃を仕掛けたのは、今からおよそ5分前。荒野を進軍中に突如左前方に攻撃を受けた。ダージリンがその攻撃した戦車を確認すると、それはⅣ号戦車。大洗側の戦車の中では比較的優れた性能を誇る戦車だった。

 しかし、そのⅣ号戦車は攻撃を一度だけ行うと崖の向こう側へと移動してしまう。

 奇襲が目的ならば2発目の攻撃もできただろうに、なぜかそれをしない。さらに言えば、大洗の戦力は明らかにこちらに比べると劣っているのに、主力とも言えるⅣ号戦車を1輌だけで奇襲に使う。それが、不審でならない。

私たちの戦車はⅣ号戦車を追撃するが、Ⅳ号戦車はジグザグに走行して攻撃を華麗に避けている。中々腕の良い操縦士が乗っていると見えた。

 そして、Ⅳ号戦車は崖の合間を縫って高速で前進している。まるで、ある1点に私たちを誘い込むかのように。

 おそらくそこで、他の大洗の戦車が待ち伏せをしてこちらに攻撃を仕掛けるという算段だろう。

 この程度の事は、普段から参謀としてダージリンの傍にいて、戦況の把握を心掛けている私にとって、攻撃を続けている片手間でも考えられることだった。

「・・・・・・」

 私は、オレンジペコに淹れてもらった紅茶を左手に持ちながら、スコープで前方を見る。

 Ⅳ号戦車はジグザグに走行しているが、左右に動くそのパターンも読めてきた。ならば、私がやるべきことは、Ⅳ号戦車が動くであろう未来位置を予測して、そこを攻撃する事。

 そして、右に移動していたⅣ号戦車がふっと左に寄り始める。その瞬間、私は主砲のトリガーを引いた。

 だが、攻撃した直後、Ⅳ号戦車が右にまた動く。背中に目でもあるかのようにこちらの攻撃を避けたのだ。砲弾は、崖に直撃して小規模の岩崩を引き起こす。

 私は、淑女らしからぬことだとは思いつつも舌打ちをする。

 自分の攻撃が避けられるなんて。

 しかし、焦ったところで攻撃が当たるわけでもない。むしろ焦ると逆に命中率は下がる。そう考えて私は、紅茶を飲んで思考を落ち着かせた。

 

10:38 岩盤地帯

大洗女子学園チームのM3リー搭乗員が逃亡。これを見てマチルダⅡが攻撃し、M3リーの撃破に成功する。

大洗女子学園チーム、残り4輌。

 

「これはいかんな」

 水上は口に出して、モニターに映し出されている映像を眺めた。

 大洗女子学園チームはやはり急造で練度もまだ足りないらしく、攻撃がバラバラだった。悪く言ってしまえば、ヘタクソだ。

 やたらめったら、“下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる”と言った具合に攻撃をしている。

 戦力差が明らかに開いている相手に対して有効なのは、まず相手の動きを止める事。ダージリンが『紅茶の園』で言っていた事だ。

 それに従うならば、まず大洗側は、聖グロリアーナ側の戦車の履帯を狙って足止めをするのが得策だったのだろう。

 しかし、大洗側の攻撃はバラバラで、聖グロリアーナの戦車に掠りもしない。

 その攻撃の中で、聖グロリアーナの戦車は悠然と前進を続けて、大洗側の戦車との距離を詰める。

 そして、距離がある程度詰まってきたところで攻撃を開始する。

 その攻撃にびっくりしたのか、なんと試合中にもかかわらずM3リーの搭乗員6名が戦車を放り出して逃げてしまったのだ。

 接近していたマチルダⅡがこれ幸いとばかりにそのM3リーを攻撃する。攻撃は見事に命中し、M3リーの車体から白旗が上がった。

『大洗女子学園、M3リー、走行不能!』

 アナウンスで告げられると、観客たちは『ああ~・・・』とため息をつく。

 さらに状況は変わる。

 後退しながら攻撃していた38(t)の履帯付近に、マチルダⅡの攻撃が着弾する。その衝撃で、38(t)の履帯が外れてしまい、窪地に擱座してしまった。それでも38(t)は攻撃を続けているが、変に角度がついてしまっているため攻撃が一向に当たらない。あれもいずれは撃破されるだろう。

 水上はパソコンで状況の変化を事細かに打ち込む。

(もう時間の問題だな)

 水上は、あまりにも早く決着がついてしまう事に肩透かしを食らい、あんこうの唐揚げを1つ食べる。

 

10:59 市街地

大洗女子学園チームが市街地に移動。聖グロリアーナチームはこれを追撃するも、大洗リゾートアウトレット付近で大洗女子学園チームを見失う。

やむを得ず、分散して大洗女子学園チームの戦車を捜索する。

 

 あの岩盤地帯で勝負がついてしまうと思ったが、大洗女子学園側は市街地へと移動して局地戦に持ち込むらしい。

 大洗と聖グロリアーナの戦車が水上のいる特設会場の脇を通過すると、観客席にいる人たちが皆立ち上がって、戦車に向かって手を振る。

 水上は、パソコンを打つ手を一度止めて、通過する戦車に目をやる。

 真っ先に目に映ったのは、アッサムの乗るチャーチルだ。

(頑張って、アッサム。アッサムなら、必ず勝てる)

 水上は、自然と拳を握ってアッサムの事を心の中で応援する。

 それと同時に、昨日の出来事が頭に蘇ってきた。

 具体的には、自分の頬に、アッサムがキスをした事を。

 水上は恥ずかしさを紛らわせるために、パソコンに意識を集中してダカダカとキーボードを乱暴に叩き、左手に持っているあんこうの唐揚げをまた1つ口の中に放り込んだ。

 

11:06 商店街

大洗女子学園チームのⅢ号突撃砲の待ち伏せを受けて、マチルダⅡが1輌撃破される。

聖グロリアーナチーム、残り4輌。

 

11:10 立体駐車場

大洗女子学園チームの八九式中戦車の奇襲を受けて、マチルダⅡが1輌撃破される。

聖グロリアーナチーム、残り3輌。

 

 まず水上は、商店街でⅢ号突撃砲の待ち伏せ攻撃を受けてマチルダⅡが撃破されたのを見て『あっ』と声を上げた。観客席は『おおおおおっ!』と歓声を上げる。

 さらに、立体駐車場でタワーパーキングの前で攻撃の準備をしていたルクリリのマチルダⅡ。その後ろの可動式駐車場から八九式が姿を現したのを見て、水上は『ルクリリ後ろ!』と心の中で叫ぶ。

 だが、ルクリリがその八九式に気付いた直後に、八九式からの攻撃を受けて爆発炎上してしまった。

 観客席からは、その奇襲の方法が面白かったのか、笑い声が上がっている。

「マジかよ・・・」

 奇襲攻撃で2輌のマチルダⅡを撃破した大洗女子学園。最初は勝ち目はないだろと思っていたのだが、今こうして戦車を2輌撃破したのを目の当たりにして、もしかすると聖グロリアーナは負けてしまうのかもしれない、と考え始める。

 しかし、状況はさらに覆される。

 まず、路地を逃げ回っていたⅢ号突撃砲が、マチルダⅡの攻撃によって撃破された。

 車高が低いのを生かして路地を逃げていたのだろうが、車体の側面に立てていた幟が災いし、逆に位置を教える事となってしまったようだ。

 さらに、立体駐車場で撃破されたと思われたルクリリのマチルダⅡは、撃破されていなかった。というのも、外部燃料タンクに被弾して爆発を起こしただけで、戦闘を続行する事は可能と判断され、撃破判定には至らなかったらしい。

 それを見た八九式は慌ててもう一度攻撃するが、八九式の貧弱な主砲ではマチルダⅡの装甲を貫く事は至近距離でもできない。

 立体駐車場で逃げ場がなくなってしまった八九式を、マチルダⅡは冷静に攻撃して撃破した。

 観客席からは再び残念そうなため息交じりの声が上がる。そんな中で、水上はホッとしながら、『マチルダⅡが撃破された』という文章を書き換える。

 

11:10 立体駐車場

大洗女子学園チームの八九式中戦車の奇襲により、マチルダⅡが攻撃を受ける。

だが、燃料タンクを破壊されただけのようで撃破には至らず。

 

 大洗側の残存車輌がⅣ号戦車だけとなってしまい、聖グロリアーナは残りの4輌で一気に追撃する。

 Ⅳ号戦車は市街地の地形を生かして逃亡する。その最中、1輌のマチルダⅡが急カーブを曲がり切れずに、カーブに面して店を構えている『肴屋本店』というお店に激突する。

「ウチの店がぁ!!」

 すると、水上の後ろから突如おっちゃんの叫び声が聞こえた。どうやら、この人のお店だったらしい。水上は心の中で同情する。

 が。

「これで新築できるッ!!」

 続いて出てきた嬉しそうな言葉を聞いて思わず水上はグリンと首を後ろに向ける。

「縁起良いなぁ」

「うちにも突っ込んでくれねぇかな」

 その両脇にいたおじいさん2人も羨ましそうに『肴屋本店』のおっちゃんを見ていた。

 そう言えば、戦車道の試合中に破損した建築物は、戦車道保険という国からの保険で補償されると聞いた事がある。という事は、先ほどマチルダⅡが突っ込んだあのお店も戦車道保険で直されるのだろう。

 そう言う事か、と水上は安心してモニターを見ることにした。

 

11:29 商店街

Ⅳ号戦車を追い詰めるも、突如38(t)が路地より出現。攻撃を仕掛けるが外れ。聖グロリアーナチームは一斉砲撃によって38(t)を撃破。

しかし、それによりⅣ号戦車に逃亡のチャンスを与えてしまい、さらにマチルダⅡが1輌撃破される。

大洗女子学園チーム、残り1輌。

聖グロリアーナチーム、残り3輌。

 

11:34 市街地

回りこもうとしたマチルダⅡが、先回りしていたⅣ号戦車に撃破される。

聖グロリアーナチーム、残り2輌。

 

11:35 市街地

路地から出てきたマチルダⅡが、再び向きを変えて回り込んだⅣ号戦車に撃破される。

聖グロリアーナチーム、残り1輌。

 

11:44 市街地

Ⅳ号戦車がチャーチルに突撃を仕掛ける。しかし、激突する寸前でⅣ号戦車がドリフト気味にチャーチルの側面に回り込んで砲撃を仕掛ける。おそらくは、最初の攻撃で凹んだ箇所を狙った攻撃かと思われる。チャーチルはこれに対して砲塔を回す事によってその箇所をガードし、さらにはⅣ号戦車を攻撃し、撃破する。

 

11:45

大洗女子学園全車輌走行不能により、試合終了

 

 水上は、呆然とモニターを見ていた。

 試合開始直後はこんな戦力で勝てるのか、と思っていた大洗女子学園が、まさか残り1輌になるまで聖グロリアーナを追い詰めるとは思わなかった。

 だが、聖グロリアーナは勝つことができた。快勝ではなく、辛勝と言うべきだったが。

 けれど、今は勝利を祝福するとしよう。

 水上は、パソコンを閉じて立ち上がり、最後に残っていたあんこうの唐揚げを食べて、ダージリンに指示された場所に向かった。

 

 水上はダージリンたちと合流し、港を歩いている。大破した大洗女子学園側の戦車を積んだトレーラーがすれ違うが、ダージリンたちは気にも留めない。視線の先にいるのは、Ⅳ号戦車に乗っていた5人の搭乗員たちだ。チャーチルに撃破された衝撃で、着ていた制服には埃やすすがこびりついていたが、怪我などはしていないようだった。水上はそれを見て、ホッとする。

「あなたが隊長さん?」

 ダージリンが、栗色のショートヘアの少女に話しかける。

「あ、はい」

「あなた、お名前は?」

 ダージリンに名前を聞かれて、その少女は顔を曇らせる。

「・・・西住、みほです」

 その名前を聞いたダージリンは驚いたような顔をする。

「もしかして西住流の・・・?」

 そして、ふっと笑う。

「随分、お姉さんとは違うのね」

 みほは俯いてしまう。それを見た、ウェーブがかった明るい茶髪の少女―――武部沙織が、『あの!』と声を上げる。そして、水上を指差した。

「そこの男の人は誰ですか!聖グロは女子高って聞いたんですけど!」

 ダージリンが意表を突かれる。そのせいで、みほがホッとした表情を浮かべているのには気づいていない。

 実は沙織は、西住の家系について言及されて落ち込んでしまったみほの事を気遣って、無理にでも話題を変えようとしたのだ。そのことに気付いたのは、当事者であるみほと、その隣に立っている、背の高い長い黒髪の少女―――五十鈴華だけだった。

「ああ。給仕として、聖グロリアーナに短期入学している水上よ」

「聖グロに男子がですか!?そんな事ってあるんですねぇ~」

 癖の強いショートヘアの少女―――秋山優花里が心底驚いたようにつぶやく。

 水上は、一歩前へ出て挨拶をした。

「給仕の水上です。以後お見知りおきを」

 すると、沙織が頬に手を当てて顔を紅潮させる。

「給仕かぁ、いいなぁ~。私もこんな人にお世話されてみたいなぁ~。衣装マジックですごいイケメンに見えるし。紅茶も美味しいんでしょ?」

「沙織さん、またですか?」

 華が呆れた表情で沙織の事を見る。

「何気に結構ひどいこと言ってるぞ、沙織」

 そして、その隣にいる、同じく黒い髪を腰まで伸ばした背の低い少女―――冷泉麻子が指摘する。

 だが、水上は悪い気分ではない。元々水上は、自分の顔は決してイケメンなどではないと自負していた。そんな自分が、衣装マジックがあるとは言え、イケメンと評価されたことにに照れてしまう。

 そしてこの時、水上はアッサムの後ろにいたので気づかなかったが、アッサムはムッとした表情をしていた。

 その後水上は、大洗女子学園の生徒たちと一言二言言葉を交わすと、ダージリンたちと共にその場を去った。そして、聖グロリアーナ学園艦に戻る間に、水上はダージリンから指示を受ける。

「水上」

「はい」

「寄贈用ティーセットの準備をお願い」

「・・・かしこまりました」

 水上は、寄贈用ティーセットを用意する意味については、予め説明を受けている。聖グロリアーナは、好敵手と認めた相手に対してティーセットを贈る風習があった。

 つまり、ダージリンは大洗女子学園を好敵手と認めた、という事になる。

「どうして贈るのか、って顔をしているわね、水上」

「はっ、失礼いたしました」

「でもそうね、理由ぐらいは言っておくべきかしら」

 表情に出てしまっていたのか、水上は慌てて謝罪する。しかし、ダージリンは謝罪を受け入れると、大洗を好敵手と認めた理由を告げる。

「確かに、大洗の戦車道チームとしての実力はまだ未熟とも言えるわ。けれど、試合の再中盤から最終局面にかけては、奇襲攻撃で驚かされてばかりだった。ティーカップを割ってしまうほどにね」

 あのダージリンが動揺して、ティーカップを割ってしまった。

 その事実に水上は驚く。

「最終的に私たちが勝ったけど、今日の試合は、西住まほ・・・みほさんのお姉さんとの試合よりも、楽しかったし、面白かった」

 ダージリンが、そびえる聖グロリアーナ学園艦を見上げながら言う。

「いつかまた、戦いたい。そう思えるような相手だったわよ、彼女たちは」

「・・・なるほど」

「そう言うわけだから、ティーセットの準備をよろしくね。私たちは、少し街を歩いてから戻るわ」

「かしこまりました。お茶会の準備もしておきます」

「お願いね」

 言葉を交わして、聖グロリアーナ学園艦のタラップの前で、水上とダージリンたちノーブルシスターズは分かれた。

 

 16時過ぎに、聖グロリアーナ学園艦は大洗港を出港した。

 夕日をバックに、今日の練習試合に参加した戦車道の履修者たちは、聖グロリアーナの甲板上でお茶会に興じていた。

 普段の授業後に行われるお茶会は、『紅茶の園』のメンバーだけが参加するものだ。しかし、今回のお茶会は試合に参加した選手をねぎらう形で執り行われている。

 テーブルがいくつも並べられており、その上には色とりどりのお茶菓子が皿に盛りつけられていた。

 そんな中で水上は、給仕として全員のカップに紅茶を注いで回っている。口々にありがとうと言われるのだが、そのお礼一言一言にお辞儀を返している暇もない。

 そして、何より水上には気になる事がある。

「・・・!・・・!・・・!」

 なぜかダージリンが椅子に座って、膝小僧をパンパン叩きながら笑いをこらえている。

「あの、ダージリン様は一体・・・?」

 アッサムに尋ねると、アッサムは水上から視線を逸らしながら、遠い眼で言った。

「・・・試合の後、大洗の街で大納涼祭を見物していたんだけれど」

「はい」

「その中で、あんこう踊りなる舞台があってね」

「あんこう踊り?」

「あのⅣ号戦車の搭乗員が、あられもない格好で変な踊りを踊っているのを見て、ツボにはまったみたい」

 あられもない恰好、と聞いて水上が真っ先に思い浮かぶのは水着同然の布面積の服だ。しかし、これ以上説明を求めると色々とマズい気がしたので、深くは聞かないことにした。

 オレンジペコを見ると、オレンジペコはそのあんこう踊りの様子を思い出したのだろう、微妙な顔をしている。

 そこで、後ろから声を掛けられた。

「水上さん」

「はい?」

 その声の主はルクリリ。右手に持った紅茶のカップを掲げて、水上に笑いかけている。

「この紅茶すごく美味しいです」

「ありがとうございます。オレンジペコ様が教えてくださったおかげです」

 水上が謙遜するが、ルクリリはそれでも笑顔を水上に向けたままだ。

「でも、教えてもらった事をそのまま実行するって結構大変なんですよ?それができるなんて、水上さんは凄いです」

「それほどでもありませんよ」

 ルクリリが水上を褒めているのを見て、ルフナが近寄ってくる。

「そうですよ、水上さんの紅茶はウチのクラスではすごい人気なんですから」

「そうなんですか?」

「ええ、皆水上さんの紅茶が飲みたいって言って、本当に人気なんです」

「へぇ~・・・やるじゃん色男」

 ルクリリに小突かれる。一応、水上の方が年上のはずなのだが、ルクリリはそう言うところは気にしないらしい。水上も、自分は給仕であるため年齢は別に関係ないと思っていたので、あまり気にはしなかった。

 そこで、水上は2つの視線を感じた。

 後ろをちらっと見ると、そこにいたのはアッサムとオレンジペコ。2人ともなぜか不機嫌そうな顔をしている。アッサムから視線を感じる事は度々あったが、オレンジペコから視線を受けるのは初めてだ。

 水上は、逃げるようにその場を離れることにした。

 一方、笑いの渦から脱出したダージリンは、紅茶を持ってアッサムとオレンジペコ、2人の間に立つ。

「ペコ、どうかした?」

 オレンジペコは、頬わずかに膨らませながらダージリンの方を見る。

「いえ・・・水上さんの紅茶が褒められることは、喜ばしい事のはずなのに、なぜか・・・」

 言いながら俯くオレンジペコ。しかしダージリンは、そのオレンジペコの頭に手を優しく置いてこういった。

「それは、嫉妬よ。ペコ」

 嫉妬、という言葉を聞いてアッサムがピクッと肩を震わせる。

 ダージリンはそれに気づいて、アッサムに顔を近づける。

「アッサムのそれも、嫉妬よね?」

 アッサムはため息をつく。どうやら、ダージリンには『気づかれていた』らしい。

「・・・・・・さあ、どうでしょうかね」

 だが、アッサムははぐらかすことにした。

 ここでそうだと認めてしまえば、ダージリンにいじられることは必至だという事が明らかだから。

 ルフナやルクリリ、他の女子から口々に褒められる水上の事をじっと見ながら、アッサムは紅茶を飲む。

 少し、苦かった。

 

 その日のお茶会は、日没を過ぎても続いていた。

 テーブルの上のお茶菓子はすでに無くなっていたのだが、水上の紅茶があまりにも好評だったために、お茶会は思いのほか長引いていたのだ。

 水上は、もう何度目かもわからないが紅茶を淹れて、履修者たちのカップに注いでいく。そして口々に褒められて、愛想笑いを浮かべてお辞儀をする。

 やっと落ち着いたところで、水上はそれに気づく。

 アッサムが1人、海を見ながら紅茶を飲んでいることに。

 水上は、アッサムの傍に近づいてポットを見せる。だが、アッサムは手を振っていらないと主張した。

「・・・如何なさいましたか」

 そのアッサムの不満そうな態度を見て、水上が不安になる。アッサムは、その質問にも答えずにプイっと顔をそむけた。

「・・・・・・」

 水上はどうしたものかと思ったが、やがて一つの方法を思いつく。

「アッサム」

 水上が、アッサムをの事を呼び捨てにする。アッサムはそのことに驚いて、周りを見回す。なぜなら、素の口調で話すのは2人だけの時という約束だったからだ。今この場には、ダージリンやオレンジペコはもちろん、他の戦車道履修者だっている。

 だというのに、水上は素の口調でアッサムに話しかけたのだ。そのことに、アッサムは流石に動揺する。

「ちょっと、水上待って。ここは人が・・・」

「アッサム」

 アッサムが水上に敬語を使うように言うが、水上は聞かずにまたアッサムを呼び捨てにする。

「何かあったのか?」

「・・・・・・」

 水上がアッサムに尋ねる。アッサムは、観念したかのように小さく言葉を紡ぐ。

「試合、水上に応援されたのに、あんまり活躍できなくて」

 アッサムは嘘をついた。女の子に褒められてデレデレしている水上を見て嫉妬していたなんて言ったら、水上はどんな顔をするだろうか不安だったし、そこから自分の抱く感情に気付かれるのが怖かったからだ。

 だが、水上はそんな事か、と言った感じに言った。

「そんな事無いよ。アッサムは十分に頑張った」

「でも・・・」

 アッサムが何かを言おうとするが、水上はアッサムの手を握ってそれを制する。アッサムはドキリとするが、水上は続ける。

「アッサムは頑張った。試合を見ていた俺が断言できるよ」

「・・・・・・具体的に、どのあたりが?」

 意地悪気にアッサムが聞くが、水上は動じない。

「確かに、最初の方では砲撃が当たらないことが多かった。でも、最後はⅣ号戦車を撃破したじゃないか。それだけでも十分に頑張ったって言えるよ」

「・・・・・・・・・」

 アッサムは何も言わない。水上はさらに続ける。

「アッサム自身は、頑張ったとは思ってないんだと思う。でも、アッサムがそう思っていても、俺はそうは思わない」

「・・・・・・」

「俺はちゃんと見ていたよ。アッサムの頑張っている姿を」

 真っ直ぐな瞳で、水上がアッサムに告げる。それを受けて、アッサムがの目が見開かれる。

(どうして、この人は・・・・・・)

 アッサムは、水上に近づく。

(こんな風に・・・)

 また一歩近づいていく。

「アッサム?」

 水上が何かを言ってくるが、今のアッサムには届かない。

(・・・私の心を、温かくしてくれるのだろう)

 

 アッサムは、水上の胸に寄り掛かり、そのまま腕を背中に回して抱きしめた。

 

「ちょ、アッサム!?」

 突然のアッサムの行動に動揺を隠せない水上。そして思わず声を上げてしまい、周りからの注目を集めてしまう。

(しまった!)

 周りにいた戦車道履修者たちが、唖然とした顔で水上とアッサムの事を見ている。

 しかし、アッサムは今なお水上の事を抱きしめたままだ。

 好きな女性に抱きしめられるというのは嬉しいことこの上ないのだが、今の状況では面倒なことを起こす要因に他ならない。

(マズいぞ、この状況は嬉しいっちゃ嬉しいが、それ以上にマズい!)

「あ、アッサム様。そろそろ離していただかないと・・・」

 水上は口調を敬語に戻してアッサムに離れるように言う。そこでアッサムもようやく、今の状況に気付いたのか、弾かれるように水上から距離を取る。

「ご、ごめんなさい。ちょっと寂しい気持ちになっちゃって」

「い、いえ。まあ、そう言う時ってたまにありますよね。あ、あはは・・・」

 水上が目を逸らしながら渇いた笑みを浮かべる。そして、アッサムから距離を置くように、そして今の出来事を無かったことのようにするかのように、水上は履修者たちのカップに紅茶を注いで回った。

 だが、もう時間を巻き戻す事はできない。今までの事は全部見られてしまっていた。眼鏡をかけて、三つ編みを頭の後ろでまとめた少女―――ニルギリからは『頑張ってください』と声を掛けられたし、ルクリリはにやけ顔で『ほっほーう』と意味深にうなずいていた。ダージリンは『あらあら』と口元に手をやりながらも顔はニコニコしており、オレンジペコは何も言わずに顔を真っ赤にして俯いてしまっていた。

 そんな中で、ルフナだけが悲しそうな表情で、手の中にあるカップの紅茶を見つめていた。




ラストの構想はできているのに、そこまでの道のりが長すぎて作者本人が困っている始末。

ご感想・ご指摘等があればお気軽にどうぞ。


余談
戦車道大作戦で☆3以上のアッサムが出ません(泣き言)
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