バトラーと私   作:プロッター

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ブランクが開いたのもクオリティが低いのも
ぜんぶ仕事ってやつのせいなんだ(暴論)


想われる人として

「水上さんっ」

 大洗女子学園との練習試合から一夜明けた翌日の月曜日。周りが女子しかいないという状況に慣れてきた水上が大人しく登校し、教室に着くや否や、同じクラスのルフナから声を掛けられた。

「ルフナ様、おはようございます」

「おはようございます。ちょっと、いいですか?」

「?」

 挨拶も手短に、ルフナが本題へ移ろうとする。何か厄介ごとでも頼まれるのだろうか。

 しかし、水上の心配は杞憂に終わる。

「今日の昼食、ご一緒してもよろしいでしょうか?」

「へ?」

 何を言われるのかと思えば、水上からすればどうという事の無いものだった。もっと言えば、元居た潮騒高校でも何度か経験した出来事である。昼食のお誘いなど、別に特別なイベントでも何でもない。

「別に構いませんよ」

「本当ですか?ありがとうございますっ」

 水上がこれを承諾すると、ルフナは心底嬉しそうな表情を浮かべて自分の席へと戻って行った。そして、その先で同じクラスメイト数名と話してキャー、と小さく黄色い歓声を上げる。

(・・・・・・?)

 しかし、男である水上は、女の子の事情について全く知識がない。だから、黄色い歓声の意味も分からず、とりあえず自分の席に座ることにした。

 このとき水上は、ここは自分の通っていたごく普通の学校である潮騒高校ではなく、男が自分以外存在しないお嬢様学校であったために、女子が男子を昼食に誘う事自体がイレギュラーなのだが、そのことには気づいていなかった。

(今日も戦車道か)

 時間割を確認する。昨日は試合だったが、それでも時間割通りに戦車道の授業はあるらしい。

戦車の整備具合によっては、今日の訓練に参加できない戦車もあるだろう。となれば、今日訓練を行うのは、昨日撃破されることが無かったチャーチルと、試合に参加しなかったクルセイダーだろう。

 水上は、今日の戦車道の授業はどうなる事やら、と考えながら朝のホームルームが始まるのを待った。

 

 午前中の授業を切り抜けて、今は昼休み。

 食堂は相変わらず、聖グロリアーナの生徒でごった返していた。そんな中で、水上とルフナは向かい合って昼食を摂っている。水上は、味が気に入ったフィッシュアンドチップス、ルフナもまた同じメニューだった。

「水上さんって、どこの学校からいらしたんですか?」

 食事を始めて数分ほど経ったところで、ルフナが水上に尋ねる。いきなりの質問に水上は驚くが、聞かれた内容自体は別に何の変哲もないものだ。なので、正直に答える事にする。

「潮騒高校、って分かりますかね?一応、母港は聖グロリアーナと同じ横浜港なんですが」

「そうだったんですか。どんな学校なんですか?」

「いやぁ、別に何の変哲もない普通の学校ですよ。特に特徴も無いような」

「へぇ・・・でも、どうして水上さんはここにいらしたんですか?」

 なんだが妙にぐいぐいと突っ込んでくるルフナ。ここで、水上は聖グロリアーナに来た理由をルフナに言うべきがどうか迷ったが、これも別に隠す事ではないので正直に話す事にした。

 自分は人に尽くす仕事に将来就きたい。その為に勉強をするために、聖グロリアーナに給仕として短期入学してきた。

 そう言うと、ルフナは顔を輝かせた。

「人に尽くすのが夢ですか!凄いです・・・私なんて、まだ夢らしい夢も見つかっていないのに・・・」

「まあ、焦って無理に見つける必要はないとは思いますよ」

「ですがもう3年生ですので・・・」

 そんな風に2人で会話をしているのを、じっと見つめる視線が2つあった。

 ダージリンとオレンジペコだ。

「あら。水上とルフナ、意外と仲がいいのね」

「同じクラスみたいですし、自然と話す機会が増えたのでは?」

 ダージリンが実に面白そうにつぶやくと、オレンジペコはあまり関心が無さそうに呟く。

「これをアッサムが見たら、どう思うかしらね」

「アッサム様が?」

 ダージリンが脈絡もなくアッサムの名を出すと、オレンジペコが何を言っているのか分からない、と言った感じでダージリンを見る。

「・・・・・・オレンジペコにはまだ早いかもね」

「はい?」

 どことなく子ども扱いされたことに対して、オレンジペコが抗議の念を視線で表すが、ダージリンは気にせず近くにある椅子に座る。オレンジペコは、ダージリンの言っていることがよくわからない、という表情を浮かべながらダージリンの前の席に座った。

 

「アッサム様が風邪?」

 戦車道の授業の時間。アッサムがなかなか姿を見せなかったので、アッサムと同じクラスのダージリンに聞いたところ、ダージリンから『アッサムは今日は風邪を引いていて欠席している』と言われた。

 そのことに水上は、ショックを受ける。というのも、風邪を引いた原因の一つには間違いなく、自分があるからだ。

(俺が風邪ひいて見舞いに来てくれた時にうつったのか・・・?多分、そうなんだろうな・・・)

 アッサムはきっちりとしていて、体調管理なども抜け目がないタイプと水上は思っている。そのアッサムが体調を崩すとしたら、昨日の試合による疲労か、あるいは誰かから風邪を貰ったとしか言いようがない。もしくは、その両方が併発したのだろう。

 その上で、水上は考える。

(どうして何も言ってこないんだ・・・?)

 自分が風邪を引いてしまった日、水上はアッサムに『風邪を引いてしまった』とメールを送った。それを見てアッサムは、自分の事を心配し、見舞いに来てくれた。

 しかし、今回アッサムは水上に連絡を一切よこしてない。

 これは水上の勝手な推測だが、アッサムとはもうただの友達という関係ではなくなった、ような感じがしている。強いていうなれば、友達以上恋人未満、というやつだ。

 寄港地で一緒に街を歩いて、風邪を引いたら見舞いに来てくれて、人前で抱き付いてきて。友達の範疇を超えている気がしなくもない。

 それぐらいの関係になった相手に対して、どうして何も言ってこない?

 もしや、そのような関係になれたと思っているのは水上だけで、アッサムは別に水上の事などどうも思っていないのか?

「では、訓練を始めます」

 悶々と考えているうちにダージリンが、訓練開始を宣言する。

 今日は砲撃訓練の予定だったのだが、マチルダⅡは全車修理中で訓練に参加できない。チャーチルも、砲手のアッサムがいないために砲撃訓練に参加することができない。よって、クルセイダーだけが訓練を行う事になった。マチルダⅡの乗員と、チャーチルの乗員であるダージリン、オレンジペコ、ルフナは、普段の水上と同じように訓練場の脇で砲撃訓練を双眼鏡で見学する。

 ダージリンは無線機を持って、クルセイダー部隊に何らかの指示を送っている。オレンジペコはその横で、双眼鏡片手に訓練を見届けている。ルフナは、水上の隣に立って同じように訓練を見ており、時折水上に話しかけたりしてきた。

 だが、今水上の頭を埋め尽くしているのは、アッサムがなぜ自分に対して何も言ってこないのか、という不安混じりの疑問だった。

 ルフナの言葉など、半分聞き流していた。

 

 訓練終了後は、いつも通り『紅茶の園』でお茶会が開かれる。たとえ、アッサムがいなくても。

 せめて、ダージリンやオレンジペコには気取られないようにしよう。水上はそう考えて紅茶を淹れる。時折、普段はアッサムが座っている、今は空席となってしまった席を眺める。

 そして紅茶をダージリンとオレンジペコのカップに注ぎ、一礼して後ろへ下がる。

 ところが。

「水上」

「はい」

 紅茶を一口飲んだダージリンが、顔を上げて水上を見る。

「味が落ちたわね」

 どうやら、水上の動揺は紅茶に現れてしまったらしい。ダージリンは、オレンジペコにも意見を求める。

「ペコもそう思うわよね?」

「え?いえ、私はダージリン様ほど舌が肥えてはいないので・・・」

 そう言いつつも、オレンジペコは不満そうに水上を見ている。やっぱり、オレンジペコも不味いと感じていたのだろうか。

 水上はそう考えて、紅茶を淹れなおそうとする。

 だが、そこでダージリンが上品に笑う。

「水上、安心して」

「はい?」

「ペコの視線は、やきもちだから」

「やきもち?」

 ダージリンが言うと、オレンジペコは『ダージリン様!』と困ったように声を上げる。しかし、ダージリンの口は止まらない。

「昨日、水上の紅茶がルクリリやルフナ、他の戦車道メンバーに好評だったでしょう?」

「え?ええ・・・」

「ペコも、ここに入学した当初から『美味しい紅茶を淹れる新入生がいる』って噂になってたのよ」

「そうだったんですか」

 今さら知ったオレンジペコの秘密を聞いて、感心したように水上は息を吐く。当のオレンジペコは『あうぅ・・・』と顔を赤くして縮こまりながら、恥ずかしそうにその話を聞いていた。

「そして、その噂は聖グロリアーナ全体にわたり、ペコの名はわずか数週間で全校に知れ渡ったわ」

「なるほど」

「その後あなたがやってきて、その紅茶が美味しいと評判に。しかもあなたはここで唯一の男子として注目の的になったでしょう?ペコからすれば、あまり面白くは無いって事ね」

「・・・そう言う事でしたか。なんだか申し訳ないです」

 水上がオレンジペコに頭を下げる。だが、オレンジペコは顔を赤くして手をブンブン振って水上の謝罪を取り消そうとする。

「いえ、そんな・・・私は別に嫉妬なんて・・・」

 オレンジペコの困惑する様子を見て満足したのか、ダージリンがテーブルの上に盛り付けられていたスコーンを1つ手に取って齧る。

「ところで、このあとなんだけれど」

 ダージリンが言うと、水上とオレンジペコもダージリンに注目する。

「アッサムのお見舞いに行こうと思うの。ペコもどう?」

 オレンジペコは二つ返事でダージリンの意見に賛同する。

「私も行きます。アッサム様の事が心配ですから」

 ダージリンは、オレンジペコを見て頷く。そして、水上の方を向いた。

「水上はどうする?」

 正直に言えば、お見舞いに行きたかった。アッサムの事が心配でならないから。

 しかし、アッサムは聖グロリアーナの女子寮で生活している。原則的には男子禁制の場であるため、男の水上は立ち入ることができない。

 さらに、水上は先ほど、もしかして自分はアッサムから何とも思われていないのでは、と恐れを抱いていた。

 よって水上は、こう言うしかなかった。

「・・・私も行きたいところですが、アッサム様は暮らしているのが女子寮ですので、男の私は行くことができなくて」

「・・・・・・そう」

 ダージリンは、水上の返事を聞いて、それまで浮かべていた微笑を引っ込める。そして、オレンジペコにこういった。

「ペコ」

「はい、なんでしょう」

「10分ほど席を外してくれる?」

「へ?」

 オレンジペコは、なぜそんな事を言われるのか分からないという表情を浮かべるが、ダージリンの表情は真剣そのものだった。それこそ、戦車道の訓練や試合の最中に見せる様な。

 それを見て、オレンジペコはただ事ではないと判断し、大人しく指示に従う。席を立ち、お茶会の開かれている部屋を出て行った。

 残されたのは、ダージリンと水上のみ。水上は、どうしていいのか分からずそのまま立ったままだ。ダージリンは、紅茶を一口飲んで、水上の方を振り返る。

「水上」

「はい」

 その表情は、先ほどと同様に真剣だった。普段のように微笑を浮かべておらず、時折見せるふざけた様子が無い。

「あなたが風邪を引いた時、アッサムが見舞いに行ったでしょう?」

 この状況では嘘をついたりごまかす事は出来そうにない。水上はそう考えて、素直にうなずいた。

「・・・ご存知でしたか」

「そりゃそうよ。普段私とアッサム、ペコは3人で帰るのに、あの日だけはアッサムは1人別の方向へ向かったもの。学園艦でただ一つしかない、ホテルの方へ向かってね」

「・・・・・・」

 ダージリンの考察力に水上は脱帽する。伊達に戦車隊の隊長を務めてはいないらしい。

 だが、見舞いに来たことがバレたぐらいでは別にどうということはない。水上は、ダージリンの言葉の続きを待つ。

「そして、水上」

「はい」

「水上は、人に尽くすのが夢だそうね?」

「・・・はい」

 どこでその情報が漏れたのか。アッサムか、あるいはルフナか。しかし、これもまた人に知られて都合が悪いような話ではない。むしろ、なぜその話を今しているのか、水上には理解ができなかった。

「人に尽くすのが夢と言っているのに、友達以上の関係になったアッサムを見舞いに行かない。そもそも、水上の風邪がうつったのかもしれないのに、それでも見舞いに行かないのはどうかと思うわね」

 ダージリンの言葉に、水上は何も言い返せない。

 そうだ。水上は、アッサムとは友達以上の関係である前に、人に尽くす事が夢だった。にもかからわず、女子寮だからという理由で、アッサムにどう思われているか怖いという理由で、見舞いに行くかどうかを決めあぐねて、結果的に『NO』と答えてしまった。

 人に尽くすことを夢としている者が、つまらない理由で、そして人からどう思われているのかという答えの無いような疑惑に囚われて見舞いを拒むなんて。水上は、己の事を恥じた。

「・・・・・・仰る通りです」

「あなたは、アッサムが女子寮だからと遠慮したけれど、本当は見舞いに行きたくてしょうがない。違うかしら?」

 水上は何も言えない。責められているような口調もそうだし、自分の考えが全て読まれてしまっているという事に対しても閉口せざるを得ない。

思えば、ここに来て初めて紅茶を淹れた時も、ダージリンには考えを読まれていた。ダージリンは、人の心を読む事に長けているのだろう。

「その上で、もう一度聞くわ、水上。アッサムの見舞いに、ついてくる?」

「はい」

 即答だった。

 

 今日の『紅茶の園』の後片付けは、ルフナとルクリリ、その他に任せる事にして、水上はダージリン、オレンジペコと共に聖グロリアーナ女学院3年生寮へと向かう。水上がついてきた事に、オレンジペコは驚いていたが、ダージリンが『水上もアッサムの事が心配みたいで』と言うと、オレンジペコは納得した。

 寮へと向かう途中で、水上はコンビニ(ここもレンガ造りだった)で、アッサムが見舞いに来てくれた時と同じように風邪薬、そしてレトルトのおかゆとスポーツドリンクを買った。

 3年生の寮に入るのはオレンジペコも初めてのようで、中に入ってもきょろきょろと辺りを見回している。1年生の寮とは、違うところがあるのかもしれない。

 だが、それ以上に辺りを気にしているのは水上だ。学校の時と同様にスーツ姿であるものの、ここは本来男子禁制の女子寮。寮の管理人に事情は話してあるものの、それでも緊張するものだった。現に、すれ違った名前も知らない女生徒は水上の方を振り向いて心底驚いた表情を浮かべている。

 階段を上り、しばらく廊下を歩くと『428』とプレートが掛けられた部屋の前でダージリンが立ち止まる。

「ここが、アッサムの部屋よ」

 

 異変に気付いたのは今朝起きた時だった。身体が重く、咳も止まらず、熱を測れば平熱よりもはるかに高い。

「こほっ」

 風邪だった。

 私は学校を休もうと即決して、学校に欠席する旨を伝える。そして、ふと机の上で充電状態にあるスマートフォンに目が行く。思い浮かべるのは、水上の顔だ。

 水上が風邪を引いた時、水上は私に『風邪を引いた』とメールを送ってきた。

 メールを送れば、水上が来てくれるのだろうか。そして、看病してくれるだろうか。

 淡い希望を抱くが、私はそこで頭を振って、変な事を考えるのを止める。

 水上が来る事を望むなんて、病人の立場で少々わがままと言える。それに、また水上に風邪がうつったらどうする。いや、そもそも水上が女子寮にまで来るとは思えない。そして何より、『紅茶の園』で給仕として過ごしている水上に、さらに負担をかける事になってしまう。

 そう考えて、私は水上に連絡をするのを止めた。

 だが、これで今日一日水上に会えないことが確定し、寂しい気持ちになる。

(・・・風邪薬は・・・)

 戸棚をガサゴソと漁るが、見つかったのは風邪薬の空き箱だけ。いつの間にか切らしてしまっていた。

(・・・・・・抜けてるなぁ)

 私は仕方なく、備え付けの冷蔵庫で冷やしてあった冷却シートを額に貼る。これだけで熱を帯びた身体が冷やされた感じがする。

 同時に思うのは、あの時の水上だ。水上は、風邪薬も冷却シートも無く、外に出ることもできず、ただひたすらに布団の中で苦しんでいたのだろう。

(・・・・・・・・・)

 そう思うと、同じく風邪を引いていた水上に対して後ろめたい気分になってしまい、冷却シートをはがしてゴミ箱に捨ててしまう。

 今思えば、これがいけなかった。

 私はその後眠りに就いたのだが、起きたら症状が悪化してしまった。

「こほっ、こほっ、けほっ」

 咳の頻度が増え、体温も計ってみるとさらに上がっていて、身体が動かせない。体中にじんわりと嫌な汗が浮かんでいるのが分かる。

(・・・どうしよう)

 水上には申し訳ないけれど、冷却シートを貼るか。そう思って体を起こそうとするが、身体が重く感じられて全然動かない。

(・・・・・・バカね、私)

 自嘲気味に笑い、再び眠ろうとする。だが、随分眠ってしまったおかげで眠気はあまり感じられなかった。

 仕方ない、本でも読んで気を紛らわそう。そう思い私は、枕元に置いてあった『エスニックジョーク集』の本を手に取る。

 前に寄港した港町で水上に買ってもらった、大切な本だ。この本を手に取るだけで、あの時の思い出が蘇ってくる。

 本を買ってもらい、喫茶店であーんをされて、街を2人で歩き、リボンを買ってもらって・・・。

 好きな人との思い出は、時間が経っても色褪せないものだった。だが、今水上との思い出を思い出してしまったのはだめだった。

 なぜって、水上に会いたいという思いが増幅してしまうから。

「・・・・・・はぁ・・・けほっ」

 ため息をつくと、一緒に咳まで出てくる。そしてつい力を入れてしまい、開いていた本のページにくしゃっとしわが入る。

「あ・・・・・・」

 それを見て私の目頭が、熱くなる。

 なぜか、あの人との思い出にひびが入ってしまったような気がして。

 その時だった。

 コンコン。

 ドアがノックされる。私は反射的にドアの方を見ようとするが、ドアはベッドからの死角に位置している。

『ダージリンよ。入るわね』

 私の返事を聞く間もなく、ダージリンが入ってくる。続いて、オレンジペコも入ってきた。私は急いでマスクをつけて、風邪がうつらないようにする。

「ダージリン、オレンジペコも・・・けほっ。どうして・・・こほっ」

「どうしてって、お見舞いに来たに決まってるじゃない」

 ダージリンが当たり前のように告げると、隣に立つオレンジペコもこくこくと頷く。私は、それがどうしようもなく嬉しかった。

「・・・・・・ありがとう。けほっ」

「それに、来たのは私たちだけじゃないわよ」

「え?」

 ダージリンが、入口の方を見ながら、ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべている。

 まさか、いや、でも、もしかしたら。

「・・・こんばんは、アッサム様」

 その人は、見慣れたスーツを着ていて、見慣れた黒い短髪で、私が頭の中でずっと会いたいと願っていた人物で、私が恋していた人物で。

「水上・・・・・・」

 その姿を見ただけで、私の目から涙があふれそうになった。

 私が体を起こそうとすると、水上は優しく手でそれを制した。

「辛いでしょうから、そのままで結構ですよ」

「・・・・・・こほっ、こほっ」

 水上の手でベッドに寝かされる私。

「お腹が空いているでしょう。すぐにおかゆをおつくりします。と言っても、レトルトのものですが」

 水上が、手に提げていたビニール袋を机に置き、その中からスポーツドリンクを取り出して私に手渡す。そして、レトルトのおかゆを取り出して、小型のキッチンへと向かい、レトルトのおかゆを準備する。

 その間私は、ベッドで仰向けになったまま涙を静かに流していた。

 なるほど、私に会いたかったと言って涙を流していた水上の気持ちもわかる。

 会いたかった人に会えて、その人から尽くしてもらう。風邪で弱った心にとても響くものがあった。

 ダージリンとオレンジペコは、私が涙を流しているのに気づいて、優しい表情で見つめている。

 オレンジペコは、ポケットからハンカチを取り出して私の頬を流れる涙を拭いてくれる。そして、私の涙が止まったところで、水上がおかゆを持ってきた。水上のホテルに行ったときは、袋のまま水上に食べさせたが、今日は部屋に置いてあったお皿におかゆが移されていた。

「すみません、お皿を使わせていただきました」

「けほっ、気にしなくていいわ・・・こほっ」

 そして、スプーンでおかゆをすくい、それを私の口元に持ってくる。

 しかし、仰向けのままでは食べづらいので、私はオレンジペコの手を借りて上半身を何とか起こす。

 その時だった。

「あっ・・・」

 水上がわずかに顔を赤くして目を逸らす。そして、私は気付く。

 私の寝間着は、黒いネグリジェ。それも、胸元と腕が大きく露出しているタイプの。普段私は、この姿で人前に出る事が全くと言っていいほどない。それに、寝る間だけ着るのだから、寝やすさを重視した結果、このネグリジェにしたのだ。

 そんな恰好を、水上に見られてしまった。私は、風邪のせいでもないだろうが顔が熱くなるのを感じる。

 そして、それと同時に恥じらいも感じて、掛布団で服を隠す。

「・・・・・・失礼しました」

「・・・いいえ。大丈夫よ」

 言葉では平然を装っているが、心の中では滅茶苦茶恥ずかしかった。ダージリンなんて、口元に手を当て面白そうに笑っている。

 気を取り直して、水上はスプーンでおかゆをすくい、息を吹いて冷ますとおかゆを差し出して来る。

 それはつまり。

「・・・あーん」

 こういう状況になるわけだった。しかし、今恥ずかしがっている状況ではない。そもそも、寄港した港町であーんをし合った仲だ。ここにきて恥ずかしがる必要がどこにある。

「あーん」

 私はおかゆを頬張る。咳で痛んだ喉が温められて、身体が芯から暖かくなる。

 だが、オレンジペコの羨ましそうな視線と、ダージリンの愉快そうな視線を受けて少し恥ずかしくなる。

 その後、無くなるまで私は水上におかゆを食べさせてもらい、全て無くなると私は風邪薬を飲んでベッドに横になる。

「思ったより元気そうで安心したわ」

「ええ。もし、おかゆも食べられないほど弱っていたらどうしようかと思いました」

 ダージリンとオレンジペコが安心したように呟く。

「じゃあ水上。後はよろしく」

「え?」

 ダージリンが、そこで部屋を出ようとすると、水上は素っ頓狂な声を上げる。が、ダージリンにもう一度。

「よろしく」

 とだけ告げられると、水上は大人しく『・・・はい』と返事をする。オレンジペコもダージリンと一緒に部屋を出て行ってしまい、残されたのはベッドに横になっている私と水上だけ。

 水上は、私の方を少し見ると、椅子を引っ張ってきて私の横に座る。

 そして、水上は。

「・・・・・・どうして」

 不安そうな声で、私に話しかけてきた。

「どうして、何も言ってこなかったんだ」

 言ってこなかった、というのは風邪を引いたという事を水上に伝えなかった事だろう。私は、水上から目を逸らして、すまなそうに言う。

「・・・私だって、水上に会いたかった。でも、わがままで水上に会いたいなんて、ずうずうしいと思ったし、水上にまた風邪がうつったら悪いし・・・水上の負担になるのが、怖くて・・・」

 本心を告げる。風邪で弱っているせいだろう、なぜか本音がすらすらと口から出てくる。だが、それを聞いて水上は、ため息をついた。

 そして、逡巡し、あることを告げる。

「・・・俺が風邪ひいた時、アッサムにメールを送ったのは覚えてるよな」

「・・・ええ」

「あの時、俺は・・・アッサムと会えないのが寂しい、アッサムと繋がっていたい、アッサムが見舞いに来てくれたらいいな、って思ってメールを送ったんだ」

「えっ・・・?」

 その水上の意外な本音を聞いて、驚きを隠せない。

「自分勝手だよな。病人のくせしてそんなこと考えていたなんて」

「・・・・・・」

「でも、アッサムは来てくれた。こんな自分勝手な俺の事を、見舞いに来てくれた。俺は、どうしようもなく嬉しかったよ。涙を流すほどに」

「・・・・・・」

「でも、そう思っていたからこそ、俺はアッサムに同じことをされたとしても、迷惑だなんて思わない。負担とも感じない。風邪をうつされたって何とも思わないよ」

「・・・・・・」

「アッサムは、そう言う事、思ったりしなかったのか?」

「そう言う事、って・・・?」

 私が聞き返すと、水上の表情が、何かに怯える様な表情に染まる。

「・・・・・・俺に会いたい、とか。いや、俺じゃなくてもいい。誰かに会いたいとか、誰かと繋がっていたい、とか」

 ああ、その答えは決まっている。

「・・・・・・思ってた」

 私は、今目の前にいるあなたに会いたいと思っていたから。

「なら、遠慮なく言ってくれていいんだよ」

「・・・・・・どうして?」

 私は、その理由を聞く。なぜ、水上はそこまで私の事を思ってくれるのだろう。

「・・・・・・俺は、アッサムの事を・・・・・・」

 そこで水上は言葉を切り、何かを言い淀む。だが、決意したかのように顔を私に向けてくる。

「大切な人だって思ってるから」

 私の体温が一気に上昇する。それは、風邪のせいではない。もっと、別の要因からだ。

「大切な人のために何かができるっていうのは、俺からすればそれだけですごい嬉しい。それに、俺は人に尽くすのが夢だって言っただろ?」

「・・・ええ」

「・・・そう言うやつが傷つくのは、誰かのために、何かができるような場で、何もできない時だ」

 水上の真剣な眼差しに、私は耐え切れずに顔を逸らしてしまう。

「・・・・・・・・・偉そうなことを言ったけど、要するに、俺はアッサムの力になれるのならなんだってやるよ。戦車道の給仕の負担なんて、風邪を引くかもなんて、そんなのはどうでもいい。アッサムの手助けができるのなら、そんな事は小さな問題だ」

 視界がぼやける。どうして、この人はこんなに力強く、そして私を惹きつけるような事が堂々と言えるんだろう。

「こういう時くらいは、頼ってくれると俺は凄く嬉しいよ」

 愛おしさがあふれてくる。

 たまらず私は起き上がる。おかゆと風邪薬のおかげかもしれないし、水上に勇気づけられたことで身体が軽くなったのだろうか。

 ともかく私は、身体を起き上がらせると、驚いた様子の水上に抱き付く。今の自分の恰好が、露出度の高いネグリジェであるという事を忘れて。自分の汗で臭わないかという事も考えず。

 そして。

「ありがとう・・・・・・ありがとう・・・」

 涙ながらに、お礼を言った。

水上は、私の背中を、頭を優しく撫でてくれた。

 

 落ち着いたところで、私は水上から離れて再びベッドに寝転がる。風邪薬のおかげかもしれないが、眠気が出てきたのだ。

「・・・・・・じゃあ、俺はそろそろ帰るよ。何かあったら、いつでも連絡してくれ」

「ありがとう・・・水上」

 と、水上が部屋を出ようとしたところで何かに気付く。その視線の先にあるのはゴミ箱。具体的には、その中にある何かだ。

「・・・冷却シート?」

 ゴミ箱の中にあるものを見つめて水上が呟く。

 私は『しまった』と言った感じに目線を逸らす事にする。

「何ではがしちゃったんだ」

「・・・・・・水上が風邪を引いた時、冷却シートもしてなかったのを思い出して。それで、なんだか後ろめたくなって・・・・・・」

 嘘をつくという選択肢もあったのだが、私はそれをしなかった。

「・・・・・・冷蔵庫、見させてもらうぞ」

 水上がキッチンに移動する。そして、冷蔵庫を開ける音が聞こえる。さらに、何かを取り出す音が聞こえて来て、私の下へと戻ってきた。その手には、もう1枚の冷却シートがある。

 それを認識した直後、水上は私の額にデコピンを仕掛けてきた。

「つっ・・・」

 地味に痛い。熱で額が熱くなっているから余計に。

「何を・・・・・・」

 流石に抗議しようかと思ったところで。

 

 水上の顔が近づいてきて。

 私の額に優しくキスをしてきた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 私の頭の中が真っ白になる。

 ただし、水上も顔を赤くしながら冷却シートのビニールをはがし、私の額にぺたりと貼った。

「・・・・・・お大事に」

 そして、顔を赤くしたまま部屋を早足で出ていってしまった。

「・・・・・・・・・」

 さっき、私は何をされた?

 水上の顔が近くなったと思ったら、額に柔らかい感触があって。

 私は改めて額に手をやるが、そこにあるのは冷却シートだけ。

 けれど、私の額は、まだ熱かったような感じがした。

 

 部屋を出たところで、ダージリン、オレンジペコと再会する。ダージリンはそのまま自分の部屋へと戻り、俺はオレンジペコを寮まで送ることにした。

 その道中、俺はさっき自分のしたことを思い出す。

 俺に対して後ろめたいと思って冷却シートをはがしたと聞き、俺はなぜかどうしようもないくらい、アッサムが愛おしく感じてしまった。

 そして、同時に何をバカなことをしたんだ、という気持ちも現れて、思わずアッサムにデコピンをしてしまった。

 さらに、アッサムの額に―――

「水上さん?」

「はい!?」

 オレンジペコに急に声を掛けられて俺は変な声を上げる。これにはオレンジペコもびっくりしたようで、少し体を震わせて俺から少し距離を取る。

「だ、大丈夫ですか?顔が赤いですけど・・・もしかして、風邪がうつったとか・・・?」

「な、何でもないです。ご安心ください」

 オレンジペコを安心させるように手を振るが、それでもオレンジペコは納得がいっていないようで。

「・・・・・・もしかして・・・!」

 何を思ったのか、オレンジペコの顔がボンッと真っ赤になる。

 この時俺は、『あ、この子絶対勘違いしてる』と直感的に感じた。

「いや、恐らくオレンジペコ様が考えているような事はしていないで―――」

「えっちなのは良くないと思います!」

 俺の言葉を最後まで聞く事無くオレンジペコが声を上げ、オレンジペコは寮へと向かって走って行ってしまった。

「・・・・・・やべーな、これ」

 これは、解くべき誤解ができてしまった。さて、明日オレンジペコにはどう説明しようか。

 そう思ったところで。

「・・・・・・俺、アッサムのおでこにキスしたんだよな」

 誤解されてもおかしくないような事を自分自身やったのを思い出し、今さらながら後悔する羽目になってしまった。




聖グロリアーナ女子寮の部屋の中は、
基本1人一部屋、家具家電つき、小規模のキッチンつきと言った感じです。

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