バトラーと私   作:プロッター

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こんな時間に投下して申し訳ございません。
大洗に聖地巡礼してたんです。



砲手として

 アッサムがBC自由学園の偵察へと出発したのは、抽選会が行われた日から2日後の火曜日だ。

 偵察、諜報活動と聞いて水上は、黒いスーツにサングラス、懐には拳銃という古き良きスパイのイメージを抱いていた。

しかし、実際偵察に向かうアッサムはそこまで徹底したスパイの恰好はしていない。

カモフラージュとして、普段はかけないサングラスをかけて、髪はポニーテールにし、さらに髪を縛るのは赤いシュシュと、一見すればアッサムには見えないような出で立ちだった。その上、着ている服は黒いスーツではなく、白いポロシャツに青のデニムと清涼感ある服だった。そして、どんなルートで手に入れたのか分からないBC自由学園の制服を持っている。さらに偵察に必要なものを鞄に詰めて、BC自由学園艦の母港で、連絡船が出ている岡山へと発った。

 それから2日。

 水上は、アッサムがいないことに対して寂しさを感じていた。アッサムから事前に『BC自由学園に行く』と事前に告げられていたので、風邪を引いた時のように、急に『いない』と告げられた時のような漠然とした不安に飲まれることは無かった。だが、自分の好きな人の姿を見ることができないという事は、それだけで水上の中にくすぶる焦りや不安、寂しさを助長させる。

 さらに、水上は聞いた事がある。

 潜入先の学校に身分がバレた場合は、捕虜として尋問を受けるということを。

 アッサムが、暗い牢屋に鎖でつながれてBC自由学園の生徒から尋問を受けるなんて、想像しただけで反吐が出そうだった。それぐらい、水上はアッサムの事が心配で心配でたまらなかった。

 その不安が態度に現れていたのか、オレンジペコからこんなことを言われた。

「水上さん、大丈夫ですか?」

「何がですか?」

「だって、眉間にしわを寄せて、難しそうな顔をしているから・・・」

 言われて水上は、自分の眉間を指で抑える。無意識にそんな表情をしていたとは。オレンジペコに『失礼しました』と謝罪して目をぱちぱちと開閉する。

 そこへダージリンがやってきて、こんなことを言った。

「あら、愛しのアッサムに会えなくて寂しいのかしら?」

「お戯れを」

 ダージリンのからかい交じりのジョークに水上は即答する。割と真面目に、低めのトーンで返したので、隣にいたオレンジペコはその声の低さにビクッと震えていた。

 だが、水上は心の中では『バレてる!?』と滅茶苦茶焦っていた。だから、咄嗟に低いトーンで返事を返すことができたのは奇跡とも言えるくらいだった。

「では、今日も練習を始めましょう。今日は、市街地で5対5のフラッグ戦を行うわ」

 全国大会が近づいている今、訓練内容のほとんどは模擬戦だった。市街地、荒野、平原、至る所で殲滅戦だったりフラッグ戦だったりをしている。

 水上は、そのたびに試合の審判を任されている。最初の時は戸惑う事が多かったが、場数を踏んでいくうちに慣れてきてしまった。

「今日もアッサム様はいませんが、私たちはどうしましょうか」

 オレンジペコがダージリンに話しかける。

 アッサムは、チャーチルの砲手だ。そのアッサムはBC自由学園に偵察中で不在。だから、チャーチルは昨日行われた訓練―――平原地帯で行われた4対4の殲滅戦には参加していなかった。

「・・・さすがに、全国大会が近いのに、練習を2日続けてやらないというのはちょっと・・・」

 列に並んでいるルフナが小さく手を挙げて意見を述べる。ダージリンは、ふむ、と顎に手をやる。やがて水上を見て、名案を思いついたと言わんばかりに手を合わせる。

「ねえ、水上」

「なんでしょうか」

 

 時刻は午後7時前。

 BC自由学園艦と本土を結ぶ連絡船のデッキの椅子に、私は腰かけていた。2日間にわたる偵察を終えて、今は聖グロリアーナへと戻る途中だ。

「・・・はぁ・・・疲れた」

 他校への潜入調査は初めての事ではないが、いつもバレたらどうしようという不安と隣り合わせの事なので、偵察はいつだって緊張する。

 加えて、潜入先は“あの”BC自由学園だ。複雑な内部情勢に揉まれながら戦車隊の偵察を行うなど、心が疲れるにもほどがあった。

 噂には聞いていた通り、BC自由学園は内部での諍いが盛んだった。学園艦が甲板上で縦に半分になっているかのように、貧富の差が激しい。それは校舎だったり、寮だったり、様々な面で、内部進学をした“エスカレーター組”と、高校になって外部から入学してきた“受験組”との差が如実に表れていた。

 BC自由学園の“エスカレーター組”は、中等部からBC自由学園の生徒だったというお嬢様が多く、茶髪や金髪、赤毛など日本人離れした髪の色、髪型をしている。この辺りは聖グロリアーナと似ていた。私も、長いブロンドヘアーという事で、なんとか“エスカレーター組”に馴染むことができた。

 だが、そのせいで黒髪の多い“受験組”から度々突っかかれることがあり、正直とても辟易していた。ちょっとした暴力を交えての喧嘩に発展した時は、もうどうしようと泣き言を言いそうにもなった。

 その上、食堂のメニューはエスカルゴ定食、フォアグラ定食、ポトフなどフランスをイメージしたものが多く、イギリス風メニューに慣れてしまっていた私の舌にはあまり合わなかった。おまけにソウルドリンクはぶどうジュース。べつにジュースが嫌いというわけではないのだが、やっぱりいつも飲んでいる紅茶の味が恋しくなってくる。

 聖グロリアーナに帰ったら、まず水上の淹れた紅茶を飲みたかった。

「・・・・・・ふふっ」

 無意識に、『水上が』淹れた紅茶を飲みたいと思っていた。

 こう思うようになったのも、水上に恋をしたからだ。そう思うと、自然と笑みがこぼれる。

ほんの少し前までは、紅茶なら誰が淹れたものでもいいと思っていたのだが、最近は水上の紅茶が私のお気に入りだ。茶葉はダージリンでもアッサムでも、何でもいい。とにかく、水上の淹れた紅茶が飲みたかった。

(さて・・・)

 自分の手元にあるメモ帳に目を落とす。

 BC自由学園の戦力は概ね把握することができた。どんな戦術を取るのか、どのような戦車を有しているのか、隊長はどのような人物なのか、それらを2日間にわたって調べてきた。

 後は、聖グロリアーナに戻ってこれらのデータを基に作戦を立案する。パソコンと顔を突き合わせての作業は慣れっこだったが、やっぱり疲れるものだ。

 小さくため息をついて、既に陽が落ちて、月明かりに照らされている瀬戸内海を眺める。夏も間近になり、気温が順調に上がってきている今日この頃、涼やかな潮風が私の髪を撫でるように吹き、潮の香りが鼻腔をくすぐる。月明かりが海面に反射しているのが、とても幻想的だ。

 穏やかな気持ちで海を眺めていると、右の方から何やら話し声が聞こえた。

 どうやら、若い男女のカップルのようだ。2人は海を指差しながら明るく話しており、男性の方は時折女性の髪を撫でている。女性は恥ずかしそうに、だが嬉しそうに目を瞑って、男性の撫でを甘んじて受けている。

 私はそれを見て、ふとこう思った。

 私も、ああいう事をされたい、と。

 誰に?

決まっている、水上だ。

 水上に対する恋心を自覚してから、水上と2人きりになったのは、私が風邪を引いて水上が看病に来た時以来無い。あの時は風邪を引いていたのでロマンチックとは言い難かった。まあ、ネグリジェで抱き付いたり、額にキスをされたりと、行動だけ見ればロマンチックとは言えたが。

 ともかく、あれ以来私と水上の仲は特に進展していない。普通に学校で昼食をダージリンたちと共に食べ、戦車道の授業では水上は給仕に徹し、私はチャーチルの砲手として訓練に励む。『紅茶の園』でもあまり私と水上との間に会話は無い。

 もっと水上と触れ合いたかった。もっと水上と話したかった。

 贅沢を言うならば、あの寄港地に寄った時のように、2人だけで街を歩いたり、食事を楽しんだり、買い物をして、2人だけの時間を過ごしたい。

 それはつまり、

「・・・・・・・・・」

 水上とデートをしたい、という事だ。

 だが同時に、それは無理かもしれない、と消極的に思う。

 まず、水上をデートに誘うきっかけがない。面と向かって『休日私に付き合ってください』なんて言えば、水上は間違いなく困惑するだろう。そして、私に対して変な感情を抱くに違いない。そして、恐らくは『男として』ではなく『給仕として』私に付き添う事になる。

 携帯でアドレスを交換してはいるが、メールや電話で誘うという選択肢は除外する。こういうお誘いは、直接口で伝えてこそ真剣さが伝わるからだ。

「・・・・・・はぁ」

 デートに限った話ではないが、一度『あれをやってみたい』『これをしてみたい』と思うようになると、それが実現できなければ気持ちが晴れなくなる。胸の中にモヤモヤが溜まっていき、お腹の中がぐるぐると渦巻く感覚を覚える。

 その時だった。

 鞄に入れていたスマートフォンが電話の着信を告げる。画面を開くと、

『着信:水上進』

 私はバッと席を立ち上がり、船の後方まで移動して、周りに人気が無いのを確認してから電話に出る。

「もしもし」

『もしもし、アッサム?今大丈夫?』

 水上の声。最後に聞いたのは2日前の出発の日だった。たった2日しか経っていないのだが、それが随分と長く感じられた。久々に、好きな人の声が聞けるという事に、とてつもない安心感を覚える。

「・・・ええ、大丈夫よ。どうかした?」

『いや、大した用は無いんだけど・・・』

 電話口で水上が何かを言い淀んでいる。やがて、『あー』とか『えーっと』とつぶやいてから、小さく咳き込んでゆっくりと話した。

『・・・・・・アッサムと話してなくて、なんか寂しいと思ったから』

 私の顔は、今恐らく、みっともないくらいにゆるんでしまっているのだろう。

 それぐらい、今の言葉は嬉しかった。温かかった。

 だから、私も思っていたことを告げる。

「・・・私もよ。水上と話が出来なくて、少し寂しかった」

『・・・・・・そっか』

 水上が嬉しそうに呟く。

『そうだ、偵察大丈夫だった?変な事とかされてない?尋問とか、審問会とか、つるし上げとか』

 心配そうに聞いてくる水上。おそらく偵察や諜報活動という事に対していいイメージを抱いていないのだろう。そのことがおかしくて、私は思わず吹き出してしまう。

「大丈夫よ。偵察は無事に終わったわ」

『そう?よかった・・・』

 ほっと溜息をつく水上。

 水上は、真剣に私の事を心配してくれている。人に尽くす事を夢見る水上らしいと言えばらしい。

 そんな水上に対して安心感を抱いたところで、私の中にふとした疑問が浮かび上がる。

「ところで、気になったんだけれど」

『何?』

「戦車道の訓練はどうだったの?私がいなかったけど・・・」

『あー、それは・・・・・・』

 私は何気ない感じで尋ねるが、なぜか水上は気まずそうな声を出す。

『実は、な』

「?」

『・・・・・・俺、チャーチルの砲手をやらされた』

「へぇ~」

 なるほど、砲手をやったのか。大変だっただろうに。

何気ない感じで流そうとするが、私は一瞬の間を挟んだ後で、その言葉の意味が理解できずに聞き返す。

「・・・なんですって?」

『だから、チャーチルの砲手をダージリンに任されて、試合に参加させられた』

 沈黙。

 そして。

「・・・・・・えええっ!?」

 久々に、淑女らしからぬ大声を上げてしまう。割と距離を取っていたのだが、デッキの上ににいた客たちが、何事かと私の方を見る。だが、今の私はそんな事全く気にならない。

 むしろ気になるのは、水上がなぜチャーチルの砲手をやらされたのか、だ。

 

 さかのぼること数時間前、場所は聖グロリアーナ女学院の戦車格納庫前。

「ねえ、水上」

「なんでしょう」

 ダージリンが水上に語り掛ける。水上は、また審判を任されるのかな。何て事を考えていたが、ダージリンはこんなことを抜かしてきた。

「チャーチルの砲手をやってくれるかしら?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」

 ダージリンの言っている意味が分からなかった。水上の隣に立つオレンジペコも、口をあんぐりと開けている。ルフナやルクリリにニルギリ、並んでいる戦車道履修生たちも表情が驚きに染まっている。

「だから、チャーチルの砲手をお願いしたいの」

 ダージリンがもう一度告げる。水上は手をブンブン振ってそれを拒絶する。

「何で私が」

「全国大会が近いのに、フラッグ車を務める私たちチャーチルが練習をしないなんておかしいじゃない。だから、あなたにはアッサムの代わりに砲手をやってほしいのよ」

「でしたら、整備班の方にお願いすればいいじゃないですか。あの方たちなら、戦車の仕組みにも詳しいでしょうし」」

「整備班はあくまで整備班よ。戦車の修理しかできない、実戦には向いていないわ」

「それを言うのなら私だってそうでしょう。男ですし、戦車道の訓練なんて双眼鏡で見ていただけです」

「見ていたなら試合での攻撃の要領は分るでしょう?」

「戦車に乗った事ありません。戦車は女性の乗り物でしょう」

「今はね。でも、昔は男が戦車に乗っていたらしいじゃない。何ら不思議ではないわ」

「それ以前に私は物を撃ったことなどありません」

「アッサムも最初はそうだったわよ。何事も最初は未経験からスタートする、普通にある事じゃない」

「いやしかし」

 何を言ってもダージリンに上手く返されてしまう水上。そこで、意外な方面からダージリンへの援護射撃があった。

「・・・やりましょう、水上さん!」

 列に並んでいたルフナだった。だが、水上はなおも食い下がる。

「ルフナ様、お言葉ですが・・・。何度も言っているように、私は男で、戦車に乗る資格などありません。砲手を務めた経験など皆無ですし」

 だが、水上の抗議の言葉をスルーし、他の履修生たちがルフナの言葉を聞いてからざわざわと話し始める。

「確かに、面白いかもしれませんね」

「ええ。男性が戦車に乗るのなんて、初めてですもの」

「どんな戦い方を見せてくれるのか、楽しみですね」

 みんななぜか肯定的な反応を現している。困り果てた様子で、水上は聖グロの常識人で最後の希望・オレンジペコを見つめる。

 ところが、オレンジペコも最初は困惑気味だったはずなのに今はキラキラした眼差しで水上の事を見つめている。

 どうやら、彼女も水上が戦車に乗るところを見てみたいそうだ。

(見るな、そんな目で見るな)

 オレンジペコへの協力を諦め、必死で目線をオレンジペコから逸らす水上。だが、その先にはニッコリ笑顔のダージリンが。

 そして、最終確認という意味で、改めて聞いてきた。

「やってくれるわよね?」

 というわけで今、水上はなし崩し的にチャーチルの砲手の席に座っていた。

(まさかこんなことになるなんて・・・)

 この学校に来た当初は、戦車道の給仕と言っても戦車に乗ることは無いだろう、とたかをくくっていた。戦車は女性の乗り物、男性が入る余地はない。そう思っていたのだが、まさか自分がその戦車に乗って、その上砲手を務める事になろうとは夢に思っていなかった。

 戦車に乗る前水上は、中は狭くて暑苦しい、というイメージがあったが、意外にも中はあまり狭くは無く、通気性もあるので別に死ぬほど暑いというわけではない。上下ぴっちりスーツを着ていた水上はとても蒸し暑かったが。

『それでは、試合開始!』

 審判係の生徒が、無線で試合開始を宣言する。それを受けて、ダージリンが自分のチームの戦車に前進の指示を出す。

 当然、水上の乗っているチャーチルも動き出す。初めて戦車に乗って、初めて戦車が動き出した。その場面に立ち会い、水上は僅かながらに感動する。だが、履帯のせいでお尻がぶるぶる震えていた。

「行きますよ、水上さん!一緒に勝利を掴みましょう!」

 なぜかテンションの高いルフナ。勝利を掴もうと言われても、水上は戦車に乗ったのも試合に参加したのも生まれて初めてだったので、何をどうすればいいのかさっぱりわからない。一応、撃ち方の説明は一度だけされたが、ちんぷんかんぷんだ。

今回の模擬戦の内容は、ダージリンからの説明にもあった通り、市街地にて、5対5のフラッグ戦。ダージリンが車長で、現在水上が砲手を務めているチャーチルがフラッグ車のAチームと、ルクリリが車長を務めるマチルダⅡがフラッグ車のBチームに分かれている。

 だが、砲撃訓練も行っていない水上が、撃ってもまともに当たるとは到底思えない。それはダージリンもオレンジペコもルフナだって十分理解しているだろうに、なぜか得意げな表情だ。

 水上は、スコープの中を覗き込む。古い建物が並ぶ街並みが見えるが、まだ戦車の姿は見えない。

 ともかく、素人の水上は、ガンガン撃って敵をやっつけよう、と考えた。

「逸る心を抑えるのよ、水上」

 ところが、その考えが読まれたのか、そばにいたダージリンに声を掛けられる。

「アッサムは、常に冷静に敵を撃滅してきたわ」

 そう言われて、気づく。水上が今座っている場所に普段いるのは、アッサムだ。

 アッサムは、どんな気持ちで試合に臨んていたのだろう。大洗の時のように、やはり緊張していたのだろうか。

「焦ると攻撃は絶対に当たらない。気持ちを落ち着かせて、敵を倒す事に集中するの」

 ダージリンの言葉は、もっともだった。焦って攻撃をやたらめったらに行っても、当たらないものは当たらない。大洗女子学園との練習試合で、それは分かっていた。

「・・・・・・」

 加えて、今自分がいる場所にはもともとアッサムがいたのだと思うと、なんだか気持ちが落ち着いてくる気がする。

 まるで、アッサムが傍にいてくれているような感じだ。

(・・・・・・へっ)

 試合中にもかかわらず、好きな人―――アッサムの事を思い出して、アッサムが傍にいる気分になると、先ほどまでの逸る心が落ち着いたのを感じた。

 そしてその直後。

「!」

 スコープの中に、一台の戦車が現れる。それは角ばった青い車体のクルセイダー。こちらに向けて砲塔を向けていた。

(落ち着け、冷静になれ)

 弾の装填はオレンジペコが済ませてある。後は照準を合わせて、トリガーを引けば砲弾が放たれる。

 水上は、照準をクルセイダーにゆっくりと合わせる。

 その時、クルセイダーからの砲撃を受けるが、チャーチルの厚い装甲は、離れた場所にいるクルセイダーの砲弾を弾いた。

「!」

 そこで、水上がトリガーを引くと、砲弾が放たれる。しかし、攻撃はクルセイダーには当たらず、その近くにある一軒家に当たった。

(まあ、そう上手くは行かないよな)

 ところが、水上の攻撃が命中した一軒家がガラガラと音を立てて倒壊し、道を塞いでしまった。

 それを確認したクルセイダーは、向きを変えて別の道へと回ることにしたようで、チャーチルの前から姿を消した。

「やるわね、水上」

「え?」

 ダージリンが水上を褒めるが、水上はなぜ自分が褒められたのか分からない。その理由を聞くために、水上はスコープから目を離してダージリンに身体を向ける。

「今の攻撃であの家を崩さなければ、クルセイダーはこちらに接近して、撃破された可能性があるわ」

「・・・・・・」

「でも、あなたの攻撃で家を崩して道を塞ぎ、クルセイダーの侵攻を阻止したのよ」

「そう、ですか」

 褒められるのは嬉しいが、今のは完全なまぐれだ。狙ったわけでもないので、微妙な気持ちになってしまう。

 そんな水上をよそに、ダージリンが次の指示を出す。

「ルフナ、あの瓦礫を乗り越えられる?」

「当然です」

 ルフナがチャーチルを前進させる。チャーチルの登坂性能があれば、瓦礫の山を乗り越えるなど容易いものだ。

 瓦礫を乗り越えるチャーチル。瓦礫の上を通る間、戦車の中は左右上下に傾き、ごつごつした感触が履帯を通して体に響く。

 そんな中でも、ダージリンは手に持ったカップに入っている紅茶を一滴もこぼさない。『どんな走りをしようとも紅茶を一滴もこぼさない』という聖グロリアーナの噂は本当だったと改めて認識させられた。

「この調子で頑張りましょう、水上さん!」

 瓦礫を超えると、ルフナが後ろを向いて水上に笑いかける。いったいなぜ、ルフナはここまで元気なのかが水上には皆目見当がつかない。だが、ルフナの言う通り、とにかく頑張るしかなかった。

 結果、このあと水上は数発ほど撃つ機会があったのだが、戦車に当たる事はおろか掠る事も無かった。だが、ダージリンは『威嚇と牽制としては十分』と評価してくれた。オレンジペコも『お疲れ様でした』と労ってくれたし、ルフナに至っては水上の手を掴んでブンブン振りながら『すごかったですよ!』と絶賛した。

 

『・・・とまあ、そんな感じで何とか終わったよ』

「へぇ・・・」

 水上は何て事の無いように話しているが、私からすれば『すごい』としか言いようがない。

 まず、男が戦車に乗るという事自体が稀だし、訓練とはいえいきなり練習も行わずに実戦投入というのもすごい。おまけに、あのダージリンから褒められるなど、通常ならばあり得ない事だ。

 私だって、最初の頃は戦車に当てる事も掠り傷を負わせることもできなかった。その時の隊長からは『まだまだ練習が必要ね』と言われて、初心者ながらに悔しいと思っていたものだ。

『でも、今回戦車に乗って分かった事があるよ』

「何が?」

 水上が話しかけてきたので、私は思考を一度中断する。

『やっぱり、アッサムは凄いって』

「・・・どうして?」

 いきなり自分が褒められたので、嬉しいと思う前に驚く。

『あんなガタガタ揺れる戦車の中で、冷静に相手を狙って攻撃して、撃破するなんて、すごい難しいことだよ。それに、紅茶をこぼしたりもしないんだってね。それを平然とやってのけるアッサムが、すごいって思った』

「・・・・・・」

 水上は、自分の事を褒めてくれている。それはとてつもなく嬉しい事だし、自分の事が誇らしく思えてくる。

 けれど、ここで水上の言葉を否定したとしても、水上は『それでも』と、私を肯定する言葉見つけて、私の事を褒めてくれるに違いない。

 だから、水上に対して告げる言葉は、一つだけだ。

「・・・ありがとう」

 そこで数秒の間が開く。このまま沈黙が続くというのも居心地が悪いので、今度は私の言葉を聞いてもらう事にしよう。

「・・・ねえ、水上」

『何?』

 今、私は精神的にも身体的にも疲労している。

「私、ね」

『うん』

 だから、少しくらい、わがままを言っても責められはしない、と思う。

 私の中にある、ちょっとした願い事を、水上に告げることにした。

「帰ったら、水上の紅茶を飲みたい」

 水上は少しの間沈黙し、やがてこう言ってくれた。

『・・・分かった。美味しい紅茶を淹れてあげるよ』

「・・・・・・うん」

 私が頷くと、水上は、優しい、穏やかな口調で告げる。

『だから、早く帰っておいで。待ってるから』

「・・・ええ」

 そして、電話が切れる。私はしばらくの間、電話が切れたスマートフォンを見つめると、ポケットにしまう。

 海の方を見る。相変わらず、海面に光が反射している月が綺麗だった。

「・・・・・・・・・」

 船が汽笛を鳴らして、岡山港に入港する。その後は新横浜まで新幹線。そして横浜港から連絡船に乗って聖グロリアーナに戻る。

 聖グロリアーナに着くのは、明日の朝だ。

 そしたら、水上の紅茶を飲みながら、作戦を立てよう。

 

 水上は、目の前の光景に圧倒されていた。

 アッサムが、一心不乱に画面を見続けながらキーボードを叩いている。ブラインドタッチというやつだ。パソコンには、水上が戦闘詳報を報告する時にも使ったレポートソフトが映し出されており、白紙の文面に猛烈な勢いで文字が入力され、戦力データを表したグラフが書き込まれる。

 かれこれ一時間はこの状態だ。アッサムの手元にあるカップの中の紅茶もとうに無くなっていたが、水上は紅茶を淹れるのを躊躇っていた。今、アッサムの集中を切れさせるような真似は、許されないと思ったから。

水上もパソコンは結構するほうだが、一時間も連続で文字を打ち込むなんてことは滅多にない。

 今、アッサムが作成しているのは対BC自由学園戦の作戦要領書だ。過去のBC自由学園の戦績と、実際にアッサムが偵察に行って入手した情報をもとに、聖グロリアーナが勝つことができる作戦を立てている。

 水上は、戦車道の給仕で砲手の経験も一度だけあるとはいえ、結局は素人だ。だから、作戦がどんな内容なのか、グラフや表のデータが何を表しているのかは全く分からない。

 だが、アッサムの驚異的な集中力を目の当たりにして、アッサムは真剣に作戦を考えている、聖グロリアーナが勝てるような作戦を考えてそれを文章に記している、というのだけが水上に伝わってきた。

 しばらくして、アッサムがエンターキーを『ターンッ』と勢いよく叩く。

「・・・できた」

 アッサムが小さく呟く。作戦要領書は完成したらしい。

 後は、これをダージリンに見せて、細かい部分の指摘を貰い、それを加味してさらに書き直して、ダージリンに了承をもらえれば完成だ。

「お疲れ様です」

 水上がねぎらいの言葉をかけて、空になったティーカップに紅茶を注ぐ。今日の紅茶はアッサムティーだ。

「ありがとう、水上」

 アッサムが紅茶を一口飲んで口の中を湿らせる。そして、『美味しい』と目を閉じて告げた。一杯目と比べるとわずかに温度が下がってしまったが、それでも十分美味しかった。

 今、この『紅茶の園』の部屋にいるのは水上とアッサムの2人だけだ。今日は金曜日で戦車道の訓練もあったのだが、ダージリンとオレンジペコは不在だった。というのも、次の土曜日に大洗女子学園とサンダース大付属高校の試合が淡路島で行われるため、2人はその観戦に行っている。

 なぜ、試合を見に行くのかを水上が聞くと、ダージリンはこう言ったのだ。

「大洗女子学園との試合は面白かったわ。そして、大洗女子学園はまだまだ強くなると思う。そして、もしかしたら、またみほさんと砲を交える事になるかもしれない。その時のために、みほさん達の戦い方を学ぶのよ」

 それにオレンジペコを連れて行ったのにも理由はある。

ダージリンは、自分が卒業した後、オレンジペコを戦車隊の隊長にしようとしているのだ。それで、他の学校―――特に大洗女子学園の戦い方も見ておくべきとダージリンは考えて、オレンジペコを連れて行ったのだ。

 水上も同行するべきかを聞いたが、ダージリンは首を横に振った。あくまで、“聖グロリアーナの生徒”として行くのではなく、“個人”としてダージリンとオレンジペコの2人だけで行くらしい。

 よって、水上は聖グロリアーナに残る事となったのだ。

 その結果、今日の戦車道の訓練はチャーチル抜きでの訓練となった。内容は、マチルダⅡとクルセイダーが2輌ずつ計4輌のチーム同士でのフラッグ戦だ。アッサムと水上、ルフナは試合の審判を務めた。

そして現在、『紅茶の園』では水上はアッサムと2人きりの状況になっている。最初、アッサムは『2人だけだから敬語は無しでいい』と言ってきたのだが、隣の厨房にはルクリリやルフナなどの戦車道履修者がいる。もし聞かれでもしたら、誤解されかねない。水上がそう言うと、アッサムは渋々敬語を承諾した。

「・・・はぁ」

 アッサムが溜息をつきながら肩をぐるぐる回す。長時間パソコンを見続けながら指を動かしていたので、肩が凝ってしまったのだろう。おまけにアッサムは、岡山から戻ってきたばかりだ。偵察と長時間の移動の疲れも溜まっているに違いない。

そう考えた水上は、アッサムに『失礼します』と一言断りを入れると、優しく肩に手を当てて、丁寧にゆっくりと揉みしだく。

「あっ・・・ありがとう・・・」

「いえ、これしきの事」

 水上は口では冷静を装っているが、内心では制服越しとは言えアッサムの身体に触れているというこの状況に胸が高鳴っている。

 普段から周りに気を遣っている水上が、疲れた様子のアッサムを見て放っておけないと即座に判断して、迅速に行動を起こしてしまったのが、かえって仇となってしまった。しかし、今さら止めるわけにもいかないので肩もみを続けることにする。

 アッサムの身体は、男の水上からすれば華奢と表現するくらいには細く、そして小さい。肩に触れた時、アッサムはビクッと身体を震わせたが、今では水上の手に身体を委ねている。

 また、肩を揉まれているアッサムも同様に、制服越しとはいえ水上に身体を触れられているという状況にドキドキしていた。

 水上の手は、アッサムからすれば大きなものだった。けれども、その手は優しく自分の肩を揉み解してくれている。正直言って、とても気持ちがいい。声が出てしまいそうだ。

 だが、お互いにそれを言葉にすることは無く、だが表情には確実に現れているので、お互いに顔を合わせずにいる。

「結構凝ってますね」

「そうね・・・んっ。長時間の移動で疲れて・・・あっ。その上、パソコンで肩が凝って・・・んんっ。正直、辛かったの・・・あんっ!」

 恐らくは凝りが解されているのが気持ち良いのだろう、肩を揉むたびに官能的な声を上げるアッサム。

それを聞いて水上は、何も感じないほどの朴念仁ではない。聖グロリアーナの給仕であろうと、人に尽くすことを夢見ていようと、心は純粋で健全な男子高校生だった。

 何が言いたいかというと、ものすごいざわざわ来る。

 だが、水上は下唇を切るほど思いっきり噛みしめて、昂る感情を隠している。

(無心、無心、無心、無心、無心)

 心の中で無心と唱え続け、耳に入ってくる音をただの空気の振動と認識し、何とかして理性を働かせる。

 やがて、全体的に肩をほぐし終えると、アッサムが手を挙げて水上を制する。

「ありがとう、水上。だいぶ楽になったわ」

「それは何よりです」

 平然を装って答える水上。アッサムの言葉を聞いて、水上は色々な意味で安心した。

(危ない、もう少しで抑えが利かなくなるところだった・・・)

 何とかこれまでのピンクがかった場の雰囲気を変えるために、水上は話題を変える事にする。

「もうすぐ全国大会ですが、その前に一度お休みになられては?」

「そうね・・・」

 水上は、話題を変えるという目的もあったし、何より疲れたアッサムを気遣ってこの話題を口にした。

「全国大会も大事ですが、アッサム様は聖グロリアーナの参謀で、チャーチルの砲手です。試合の日に倒れてしまっては、元も子もありません」

「・・・・・・・・・」

「アッサム様が倒れたりでもされたら、皆さんはとても悲しみますよ。もちろん、私も悲しみます」

 水上はあくまで低姿勢に話す。

それを聞いていたアッサムは、一つの事を考えていた。

 BC自由学園から聖グロリアーナに戻る時、連絡船の上で楽しそうに話をしていた―――おそらくはデート中だったカップルを見ていて、アッサム自身も水上とああいう関係になりたい、と思っていた。

 そして今、自分は休むべきだと告げられた。

 さらに、明後日は日曜日で、戦車道の訓練も無い休みの日だ。

「・・・ねえ、水上」

「はい、なんでしょう」

 水上と視線を合わせずに、アッサムは水上に話しかける。水上は、まだ警戒してはいない。

「・・・明後日の日曜日、何か予定はある?」

「日曜日ですか?いえ、私には特に予定はございません」

「そう」

 チャンスだ。アッサムはそう感じる。

「・・・その、水上さえよければ、なんだけど・・・」

「?」

「・・・・・・次の日曜日、私と、その・・・」

「何でしょうか?」

 最後の言葉が、恥ずかしくて出てこない。背中に感じる、水上の優しい視線が突き刺さるように痛い。

 だが、ここで一歩踏み出さなければ、チャンスをふいにしてしまう。今この場にはダージリンとオレンジペコはおらず、自分と水上しかいない。こんなことを面と向かって言うことができる機会は、恐らく二度と訪れないだろう。

 言え、たった一言だけ、それだけで済む。

 多分、言わなければ、すごい後悔してしまうから。

 アッサムは、腹を決めて口を開き、言葉を紡ぐ。

「・・・・・・一緒に、出掛けない?」

「・・・・・・・・・」

 意を決してアッサムが告げる。

 水上が黙り込む。おそらくは、アッサムの言葉の意味を理解しようとしているのだろう。

 やがて、水上がハッとしたような表情でアッサムの事を見る。

 水上の頭の回転は、ごく普通の一般レベルだ。

 休日に、女性と、一緒に、出かける。

 それが意味する事が何なのかが分からないほど、水上も鈍くはない。

「・・・それって、つまり・・・」

 水上が何かを言おうとするが、そこでアッサムが振り返って、顔を赤くしながら、水上にこう言った。

 

「私と・・・・・・デート・・・してくれる?」

 

 上目遣い、顔赤らめ、乞うような話し方。

 それを全身で受け止めた水上は、頭の中で『うぇああああ!?』と喜んでるのだか驚いてるのだか分からないような声を上げる。

「あ、ええと・・・・・・」

 どう返事をすればいいのか分からない。デートのお誘いなど、生まれてこの方初めてだった。

 もちろん内心では、飛び跳ねるくらい喜んでいた。もちろんぜひ行きたいと言いたかった。好きな女性からデートのお誘いを受けるなど、人生で経験することは無いだろうと思っていたのだから。

しかし、それを素直に表現してしまえば、アッサムからは気持ちの悪い男だと思われかねない。それだけは絶対に避けるべきだった。

 こういう時は、何と言うべきだろう?嬉しいです?はい、喜んで?あ、これは居酒屋だ。

 どう返せばいいのか困惑する水上を見て、アッサムはしゅんと落ち込んでしまう。

「・・・ごめんなさい、迷惑よね」

 アッサムの表情に陰りが生じたのを見て、水上は心が締め付けられるような感覚に陥る。

 アッサムだって、きっと勇気を振り絞って自分をデートに誘ったのだ。それに応えなくして、何が給仕だ、いや、それ以前に男としてどうなんだ。

「そんなことは、ありません」

 水上が、アッサムの肩をガシッと掴む。アッサムは、『あっ・・・』と小さく声を上げ、心底驚いたような表情で水上を見つめる。

「私のような者でよろしければ、喜んで、お付き合いさせてください」

 至近距離で、真剣なトーンで告げられて、アッサムは顔をわずかに紅潮させて戸惑う。

「あ、ありがとう・・・・・・」

 そして、顔が近すぎたと今さら気付いた水上は、肩から手を離して、一歩下がる。

 そしてまた、沈黙。

 どうしたものかとアッサムが目を泳がせると、時計はちょうど6時を指していた。

「あ、もうこんな時間・・・」

「そ、そうですね。じゃあ、今日はお開きという事で・・・」

 アッサムが立ち上がり、ノートパソコンを畳む。そして、周りに散乱していた資料を纏める。

 水上も資料を纏めるのを手伝い、アッサムの持って来ていたファイルに丁寧に挟んでいく。

 そして片づけが終わると、アッサムと水上は並んで『紅茶の園』を出る。その出口でアッサムを見送ろうとして、水上の耳元にアッサムが顔を近づけて、こう言った。

「詳しい話は・・・・・・メールで・・・ね」

「・・・はい」

 突然近づいてきたアッサムの顔に動揺しつつも、水上はかろうじてまともな返事を返す。それを聞くと、アッサムは心なしか嬉しそうに寮へと戻って行った。

 その後は、普段と同じように、何気ない表情で、皿洗いと掃除を手伝うことにした。

 だが、皿洗いをしていた履修者が帰り、さらに掃除をしていた他の履修者たちも帰し、『紅茶の園』から誰もいなくなったところで、水上は。

「~~~~~~~!!」

 声にならない声を上げて、大きくガッツポーズを取った。




深夜テンションで色々おかしなことになってしまってるかもしれません。

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