バトラーと私   作:プロッター

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こんな作品に付き合っていただいて、ありがとうございます。
今後とも、よろしくお願いいたします。

今回、変なところで話が切れますので、ご注意ください。



男性として

 日曜日の朝6時半。場所は聖グロリアーナ連絡船の搭乗口。

 そこで水上は、腕を組んでアッサムの事を今か今かと待っていた。

 朝一番の連絡船の出発時刻は午前7時。待ち合わせはその15分前の6時45分。そのさらに15分前に、水上は待ち合わせ場所に来ていた。女性の事を待たせるのは男性のポリシーではないと水上が思っていので、多少早めに待ち合わせ場所で待つことにしたのだ。

 ついでに言えば水上は、昨日の夜一睡もしていない。

 何せ、生まれて初めて、女性と2人だけで、街へ出かけるのだ。好きな女性と、デートをするのだ。緊張して、興奮して眠れなくなることを、誰が責められるだろうか。

 水上だって、少しくらい眠らないとマズいという事は十分理解していた。なので、本を読んだり、温かい緑茶を飲んだり、明日の本土でのデートコースを調べるなどして眠気を引き起こそうとしたのだが、逆効果にしかならなかった。

 さらに、アッサムの気分を損ねないような、それでいて歩いていて楽しいデートコースを考えるというのは思いのほか頭を使った。正直、学校での試験以上に知恵を絞って最適解を導き出してきた。

 一応、デートコースは考えてきたのだが、予定通りに行くとは思えないし、アッサムがこれを気に入るかどうかも分からない。

 とにかく水上は、アッサムの気を損ねないように、細心の注意を払って今回のデートに挑む事にする。

 頭の中で昨日考えたデートコースを思い出して、これから始まる生れて初めてのデートに向けて精神統一をしていると、こちらに近づいてくる人影があった。その人物に水上は目を向けて、目を見開く。

 そこにいたのは、間違いない、アッサムだ。それは分かる。長いブロンドヘアーに、それを纏める青いリボン、整った顔立ち。それは忘れようのないものだ。

 だがその顔には、注意深く見なければわからないが、わずかに化粧が施されている。

 服は、紫のサッシュ・ブラウスにスキニージーンズ、青のサンダル。夏へと近づいているので、涼し気な印象を抱かせてくれる。青と紫という色合いも、落ち着いた雰囲気だ。肩には、ポケットがいくつかついている茶色のトートバッグをかけている。

 前の休日で、ダージリンたちと出かけた時とはまた違う服装。それがとても新鮮だった。

 その服装と化粧に見惚れている間にも、アッサムは水上に近づいてくる。向こうも水上に気付き、小さく手を振ってきた。

「ごめんなさいね、待ったかしら?」

 アッサムが水上に話しかける。水上は、いやいや、と笑って手を振る。

「大丈夫、今来たところだから」

 デートの定番ともいえるセリフを言われて、アッサムは小さく笑う。水上もおかしくなって吹き出す。

「じゃあ、行こうか」

「ええ」

 水上とアッサムは、並んで連絡船に乗り込む。

 学園艦と本土を結ぶ連絡船は、一般人が乗船する場合は料金がかかる。だが、その学園艦の生徒と証明できるものがあれば、無料で乗ることができるのだ。

アッサムは生徒手帳を係員に見せ、船に乗る。水上も、聖グロリアーナの教員がもっているようなIDカードを見せると、係員から許可をもらって乗船する。

 朝一番という事と、乗船開始から間もないという事もあって、船の中に人気は無い。

 水上とアッサムは、屋内にある席に座るか、甲板上にある席に座るかで悩んだが、潮風を感じることができるという理由で、デッキの上にある席に並んで座ることにした。

 船が出発するまでの間、水上とアッサムは互いに黙りこくっている。2人きりの状況で沈黙を貫くというのはとても難しい。隣にいる人が好きな人であればなおさらだ。

 先にその沈黙に耐えられなくなったのは、アッサムの方だった。

「水上」

「ん?」

「昨日は、眠れた・・・?」

「全然」

 アッサムの問に水上は間髪入れず即答する。アッサムは、目を真ん丸に開く。

「女の子と2人で出かける・・・というか・・・デ、デートなんて初めてだから緊張して一睡もできなかった」

「・・・そう、なんだ」

 アッサムは、顔を赤らめて俯く。

 水上が、このデートの事を意識してくれていることが、嬉しくもあり、恥ずかしくもあったからだ。

「私も・・・ちょっと寝不足だから・・・」

 言ったところで、アッサムが小さく欠伸をする。口元は抑えて、上品に。

「やっぱり、緊張して?」

「ええ・・・。私も初めてだから」

「・・・・・・よかった」

 水上が安心したようにつぶやいたのを聞いて、アッサムは眉をひそめて水上の方を見る。

「何が良かったの?」

「え、ああ、いや。それはだな・・・」

 水上が『しまった』と言いたげに目を逸らすが、アッサムは水上から視線を逸らさない。その視線に耐えかねて、水上は観念したように肩をすくめてこう言った。

「アッサムは、可愛いし、頭も良いから、こういう経験は結構あるんじゃないか、って不安だったんだ」

 面と向かって可愛いと言われて、アッサムは顔を赤くして目をギュッと瞑る。

「でも、アッサムも初めてって聞いて安心した。俺が、アッサムの初めてになることができたんだと思うと、ちょっと嬉しい」

 どうしてこの人は、こうやっていつも、私が喜ぶような事ばかり言えるのだろう。私の心を、温めてくれるのだろう。

 たまらずアッサムは、隣に座る水上の手を握る。

「・・・・・・!」

 水上がびっくりした様子でアッサムを見るが、アッサムは意地でも水上と目を合わせようとはしない。

「・・・・・・」

 水上も、アッサムの手を握り返す。アッサムの手は小さいけれど、温かかった。

 そんな状況がどれだけ続いただろうか。連絡船が汽笛を鳴らして、聖グロリアーナ学園艦から離れていく。いつの間にか、出発時刻になったらしい。

 学園艦から本土までの時間は、正直なところ分からない。学園艦は常に移動を続けているので、本土からの距離も当然変わってくる。だから、学園艦と本土を結ぶ連絡船の航行時間はバラバラだ。

 だが、アッサム曰く、今聖グロリアーナがいる場所から、横浜港まではおよそ2時間ほどで着くそうだ。

 さて、その間はどうやって時間を潰そうか。

 普段ならスマートフォンでも眺めて過ごすのだろうが、それはデート中では御法度だ。それなら自然と会話でもして場を繋ぐのがセオリーだが、こういう時はどんな会話をすればいいのか、水上にはまったくもって分からない。

 そこで、アッサムが握っていた手を解いて水上に尋ねる。

「ところで水上、朝食は?」

「え?食べてないけど・・・」

 徹夜でデートコースを考えていたために、空腹という感覚を失っていた水上。ホテルを出る直前で、そう言えば朝ご飯はどうしようと思い至ったのだが、生憎その時間にはホテルの食堂は開いてはいなかった。コンビニで買って待ち合わせ場所で食べるという手もあったが、立ちながら食べるというのは聖グロリアーナの生徒としては行儀が悪いと思ったので諦めた。この時点で、水上は聖グロリアーナの校風に毒されていることに、気づいてはいない。

 仕方ないので、本土に着いたら何か買って食べよう、そう思っていたのだが。

 そこでアッサムが、おもむろに鞄から小さなバスケットを取り出すと、膝の上に載せて蓋を開く。

 そこには、イチゴジャムやゆで卵、キュウリなどが挟まれた小さなサンドイッチがいくつも入っていた。

「・・・・・・え?」

 水上が信じられない物を見る目でアッサムの方を見るが、アッサムはやはり視線を合わせようとはせず、頬を赤くして海の方を眺めている。

「・・・作って、きたの。良かったら食べて」

 食べないという選択肢は存在しない。速攻で判断し、ゆっくりとイチゴのジャムが塗られたサンドイッチに手を伸ばす。そして、一口食べて。

「・・・美味しいよ」

 裏表のない、正直な感想をアッサムに告げる。それを聞いてアッサムは、胸をなでおろした。

「よかった・・・・・・こういうことするのは初めてだったから、どうしていいのか分からなくて」

「・・・そうだったんだ」

 アッサムが、自分のために作ってくれた。そう思うと、サンドイッチを食べる手が止まらない。アッサムの分もちゃんと残しているが。

 サンドイッチのパンも、ジャムも、キュウリも、市販のものだというのは分かる。けれど、それでも水上にとっては十分だった。アッサムが、自分なんかのために時間を割いて作ってくれたものだ。それが美味しくなくて、なんだという。

 水上がパクパクとサンドイッチを食べている様子を見て、アッサムは笑みを浮かべる。そして、自分もサンドイッチを1つ手に取って食べる。

 サンドイッチを料理と呼ぶかどうかは疑わしいが、人のために料理を作るなど初めての事だったので、不安でいっぱいだった。水上は美味しいと言ってくれるだろうか、そもそも迷惑と思われないか、と不安と戦いながら作ったが、水上が美味しそうに食べてくれて、美味しいと言ってくれて、心底ほっとした。

 サンドイッチを食べ終えると、水上はBC自由学園はどうだったのかをアッサムに聞いた。アッサムは、フランス系のメニューはボリューミーで重い、内部抗争に揉まれて疲れた、などと愚痴をこぼす。こんなことは、他の聖グロリアーナの生徒には言えない事だったが、水上には自然と話すことができた。やはり、お互いにタメ口で話せて、それでいて付き合いが長いからかもしれない。

 アッサムの話を聞き終えて、水上はアッサムにこう言った。

「今日だけは、戦車道の事を忘れて、目いっぱい楽しもう。それで、来週の全国大会に向けて英気を養うんだ」

「・・・そうね」

 水上の笑顔に、アッサムも笑顔で答える。

 気が付けば、連絡船はベイブリッジの下をくぐり、横浜港に入港していた。

 

 連絡船が港に着くと、アッサムと水上は横浜の地に足を付ける。思えば、横浜に戻ってきたのは4月以来だ。

 アッサムが背伸びをする。水上はきょろきょろと辺りを見回す。

 時刻は9時。商店が開くのは大体10時すぎぐらいからなので、今街やショッピングモールへ行っても店は閉まっているだろう。

 それに、水上は最初に行く場所は既に決めていた。

「アッサム」

「何?」

 自分のプランを言おうとするが、それがアッサムに受け入れられるかどうかは分からない。だから、不安な気持ちでこれからの行動を提案する。

「・・・・・・映画、でもどうかな?」

 言っていて不安感が増していき、ついアッサムから視線をそらしてしまう。

 けれど視線をおっかなびっくりアッサムに戻すと、アッサムは嬉しそうに笑みを浮かべていた。

「・・・私も、そう思ってた」

 水上がホッと一息つく。そして2人は、並んで港から移動を始める。通りを歩いていると左手に、海沿いに伸びる公園が見えた。

 アッサムは自然と足を止める。水上も、並んで止まる。

「・・・あの時は、もう二度と会えないと思ってた」

 アッサムが感慨深そうに、公園を見ながら呟く。あの時というのは、3月末にバス停でアッサムと出会い、あの公園で分かれた時の事だ。

「・・・でも、今こうして俺とアッサムは一緒にいる」

 そう言ってアッサムの手を優しく握る水上。アッサムも、水上の手を握り返す。

「本当に、また会うことができてよかったよ」

「私も、水上と再会できてよかった」

 2人は手をつないだまま再び歩き出し、映画館のある方向へと向かう。

 心なしか、2人の間の距離は少し縮んでいた。

 

 20分ほど歩いたところで映画館に着く。

 水上が好む映画のジャンルはアクションものだった。だが、今はアッサムとのデート中。下手な映画のチョイスをしてがっかりさせるというのは論外だし、自分の趣味を押し付けるというのもどうかと思う。

 だから水上は、前日にこの映画館でやっている映画をすべてチェックして、さらにデートで見るに相応しい映画を調べ上げて、やがて今話題の恋愛映画にしようという結論にたどり着く。

 アッサムに、この映画にしようと提案すると、アッサムは頷いてくれた。

「私も、これが見たいと思ってたのよね」

 水上は涙が出そうになった。映画を見たいという意見も、この恋愛映画を見たいという意見も、一致した。アッサムと考えが同じ、という事に充実感を覚えて、水上は幸せな気分だった。

 券売機で水上は、該当する映画の2人分のチケットを買う。アッサムはそこで『えっ・・・』と声を上げるが、水上は聞こえないふりをして、チケットをアッサムに手渡す。

 アッサムはそこで財布をバッグから取り出そうとするが、水上はアッサムの腕を掴んでそれを止めさせた。

 水上に無言の笑顔を向けられて、アッサムは渋々財布を取り出すのを止める。

 続いて売店でお菓子と飲み物を2人分買い(これも水上が買った)、2人で劇場内に足を踏み入れる。

 今話題の映画という事で、客入りは上々だった。水上は、一番見やすい真ん中あたりの席を取っていた。もちろん、アッサムとは隣同士でだ。

 やがて上映が始まる。映画館で映画を見る事自体、水上もアッサムも久々だったし、水上に至っては恋愛映画を見る事など生れて初めてだった。その初めてが好きなアッサムと一緒とは、忘れられない経験になるに決まっている。

 映画の内容は、身分の違うお嬢様なヒロインと、凡人の主人公の男がふとしたきっかけで恋に落ち、様々な障害を乗り越えながらやがて結ばれるという、言ってしまえばありがちといえる内容だ。

だが結ばれた後で、ヒロインが難病を抱えていると告白し、残りの寿命は後僅かと医師から告げられて、主人公は絶望に打ちひしがれる。何とか手を尽くそうとしても、ヒロインの寿命は刻一刻と迫ってくる。もう、手は残されていないと主人公とヒロインが悟り、病床で眠るヒロインに主人公が小さく口づけをする。

 すると、奇跡的にヒロインの容態が快復し、難病が治ったのだ。主人公とヒロインはお互いに喜びを分かち合い、遂には結婚し、物語はハッピーエンドを迎えた。

 内容は王道だが、それ故に万人受けする内容であるため、人気があるのもうなずける。

 上映終了後、場内の至る所から涙を啜る声が聞こえてきた。現に、水上の隣に座っているアッサムも、目元が赤くなっていて、口元を手で抑えている。

 恋愛映画を見た事がない水上も、この作品を見て涙腺が緩みそうになった。

 そして気づけば、水上はアッサムの手を優しく包み込むように握っていた。それに気付いた水上が手を離そうとするが、アッサムはそれを拒む。

「・・・お願い」

「えっ・・・」

「もう少しだけ・・・このままでいさせて」

 他の客たちが劇場を去っていく中で、水上とアッサムは席に座ったまま、お互いに手を握っていた。そして、他の客が全て退出し、清掃員のおばちゃんが入ってきたところで、2人は席を立ち映画館を後にした。

 ちなみに、映画の中で主人公とヒロインがキスをするシーンがあったのだが、そこで水上とアッサムは、お互いに自分の唇に指をあてて顔を赤らめていた。

 なぜかと言うと、アッサムは、水上の頬にキスをしたことを、水上はアッサムの額にキスをしたことを思い出したからだ。

 そして、お互いに隣にいる者からキスをされたことを思い出して、さらに顔を赤くした。

 

 映画館を出ると、時刻は12時前。ちょうどお昼時という事で、どの飲食店も混みあっていた。おそらく、どの店も行列ができていてすぐには入れないだろう。そこで2人は、時間をずらして食事を摂る事にし、しばしの間街を散策しようという方針で行くことにした。

 ずっと暗い場所で映像をじっと見ていたので、外に出て太陽の光にさらされると水上とアッサムは目を細める。いつもより太陽の光が眩しく見える。

 2人は並んで街を歩き、やがて雰囲気の良さそうな服飾専門店を見つけ、『入る?』『ええ』の一言で入店する。

 メンズ、レディースを問わない衣服を置いているようで、種類も豊富だった。店内にはジャズが流れており、店の雰囲気を壊さず、なおかつ客の気分を盛り上げるような演奏がスピーカーから聞こえてくる。

 そこで、小規模のアッサムファッションショーが開かれた。

 具体的には、アッサムが新しく服を買いたいと言い出して、水上に意見を求めてきたのだ。だが、水上には女性の服のセンスが全く分からない。どうしたものかと迷っている間に、アッサムが試着室で服を着替えて水上の感想を待つ。着ていたのは白のワンピースだった。

 正直な話、アッサムは何を着せても似合うと言えるくらい可愛かった。しかし、ここであてずっぽうに可愛い、何て言ってしまい、アッサムに変な服を着せるという事だけは避けたい。かといって、正直にバッサリと『分からない』と言ってしまえば、アッサムは傷ついてしまうだろう。

 だから、

「・・・俺は男だから、女性の服のセンスはよくわからない。でも、似合っていると思うよ」

 最初に分からないと言った上で、正直な感想を述べる事にする。

「・・・ありがと」

それを聞いてアッサムは、満足したのか次の服へと着替える。

 青のセーターは、聖グロリアーナの制服と似ているとコメントし、紫のペプラム・トップスはモデルみたいと評価する。

 やがて一通り試着し終えて満足したのか、アッサムは水上から評価してもらった白のワンピースと、紫のペプラム・トップスを買うことにした。ここでも水上は財布を取り出そうとするが、アッサムがその前にカードで会計を済ませてしまう。

 少し負けた気分になったので、さりげなく水上は、アッサムの買った服の入っている袋を持つ。

「・・・・・・」

 アッサムはあっけにとられた表情をしていたが、水上は気にせず店を出ることにした。

 店を出たところで時刻は1時過ぎ。まだまだ飲食店は混んでいたが、それでもピークは過ぎたようで行列ができているお店はそれほど多くは無い。

 さて、どこでご飯を食べようか。辺りを見回すが、ジャンルは様々で、和食、洋食、中華、イタリアンなど色々あった。

「アッサムは何か食べたいものがある?」

 水上がアッサムに聞くと、アッサムは意外にも『蕎麦が食べたい』と言い出した。

 ここで水上は思い出す。アッサムは日本人離れした容姿をしているし、学校もイギリス風だが、実際は日本人なのだ。

 だから、食べるものはイギリス風のメニューか、洋食ばかりという先入観があったが、アッサムの食べたいものを聞いてその認識を改めさせられる。

 水上も、ちょうどそんな気分だったので近くにあった蕎麦屋に入店する。客はそれほどではないが行列できるほどには並んでいた。

仕方なく待っている間、水上はアッサムにこのあとはどうしようかと尋ねる。アッサムは、本屋に行きたいと言ったので、昼食を食べたら本屋に行こうと決める。

 やがて順番が回ってきて、席に通される。中は空調が利いていて涼しかった。広すぎず狭すぎずの店の中は客で満員となっている。スーツを着たサラリーマンや家族連れ、そしてアッサムと水上のようにカップルで入っている客もいた。

 水上は向かい合わせの二人掛けの席に着き、メニューを見る。水上は月見とろろ蕎麦(冷)、アッサムは天ざる蕎麦だ。

 料理を待っている間、水上は緑茶を飲んでいるアッサムの事をじっと見つめていた。

「・・・どうかした?」

 アッサムがその視線を受けて水上に尋ねる。水上は、アッサムの事を見ながらこう言った。

「・・・さっき着ていた服もいいけど、やっぱりアッサムはそう言う落ち着いた感じの服が似合ってるなぁ、って」

「・・・そうかしら」

 アッサムは困惑気味に目線を逸らす。もしや、自分のセンスに自信がないのだろうか?

「いや、本当にそう思ってる。アッサムは可愛いし、綺麗だから何を着せても似合うけど、やっぱり個人的には、今着ているような落ち着いた色合いの服が似合ってると思うよ」

 水上はアッサムの事を褒めたつもりなのだが、なぜか当のアッサムはお茶をちびちび飲んで水上と目を合わせようとしない。逆効果になってしまったらしい。

 この時アッサムは、水上に褒められたことが恥ずかしくて顔を俯かせているだけなのだが、水上はその反応を勘違いしてしまっていた。

「お待たせしました」

 と、そこで2人の蕎麦が運ばれてくる。月見とろろ蕎麦は、とろろの上に乗っている卵の黄身が美味しそうだ。アッサムの天ざる蕎麦も、天ぷらが揚げたてのようで湯気が立っている。

「「いただきます」」

 2人は手を合わせて割り箸を割る。水上は卵の黄身を潰してとろろと共につゆと混ぜる。アッサムは蕎麦を麺つゆにつける。そして、2人は同時に蕎麦を一口すする。

「・・・ウマっ」

 水上が思わず口に出す。冷えた蕎麦と麺つゆが、外を歩ていて少し汗ばんでいた体に染み渡る。

「・・・美味しい」

 アッサムも、幸せそうな顔を浮かべて蕎麦をかみしめて言う。水上はそれを見て、自分が作ったわけでもないのになぜか嬉しい気持ちになる。

 後は、2人は無言で蕎麦を啜り続けた。たまにアッサムが天ぷらを咀嚼する音も聞こえてくるが、水上はそのサクサクという音もBGMにしてそばを食べるのに集中する。

 気づけば、結構量があった器の中の蕎麦は無くなってしまっていた。アッサムのせいろの上に盛られていた蕎麦もとうに無くなっている。天ぷらのあった皿も、既に空だ。

 2人は、緑茶を飲んで気分を落ち着かせると、箸をおき、手を合わせる。

「「ごちそうさまでした」」

 混んでいたので長居するのは少々気が引けるので、2人は席を立って会計を済ませる。今回も水上が払うかアッサムが払うかで少し揉めたが、最終的には割り勘に落ち着いた。

 蕎麦屋を出ると、2人は店に入る前に決めた通り本屋へと向かう。本屋は2階建てで、1階は資格・勉強の参考書や重版の本などと硬いイメージのある本が置かれており、2階には小説や漫画などが所狭しと並べられていた。

 アッサムがどんな本を探しているのかは知らないが、水上も欲しい本があったので中でその本を探す。おそらく、2階にあるのだろう。

 2人は2階に上がり、小説が置かれている一角へと足を運ぶ。注意深く棚を見つめていると、目当ての本が見つかった。

「「あった」」

 見つけたのは、『続・エスニックジョーク集』と書かれている本だ。どうやら、アッサムも同じ本を探していた様で、水上とアッサムはまたも小さく笑う。

 だが、ここで問題が起きた。

 この本、残りが1冊しかない。

(どうしよう・・・)

 水上とアッサムは考える。やがて、水上が1冊手に取り、それをレジに持って行く。アッサムは残念そうに水上の後に続いていった。

 ところが、水上がレジで会計を済ませると、その本をそのままアッサムに手渡してきた。

「はい、どうぞ」

 水上は、前の寄港地と同様に、アッサムにプレゼントとして本を買ってあげたのだ。だが、アッサムはそれをただで受け取るわけにはいかない。

「そんな、水上が買ったんだから、水上が持っていて」

 しかし、水上は首を横に振る。

「戦車道の全国大会の前に、これでも読んでリラックスするといいよ」

 そう言って水上は、アッサムの鞄に本を滑り込ませる。

 ここまでされては、鞄から取り出して返すというわけにもいかない。大人しく、受け取ることにした。

 本屋を出たところで時刻は午後3時。

 2人は何となく、朝見た海沿いに伸びている公園へと足を運ぶことにした。

 公園に着くと、噴水の前でアッサムは水上に向き直る。

「ここであの日は分かれたのよね」

「ああ、そうだったな」

 水上が噴水を見上げる。アッサムも、同じ方向を見る。

 少し、こそばゆくなったので辺りを見回して、ベンチを見つける。

「ちょっと休もうか」

「そうね・・・歩き疲れちゃった」

 水上とアッサムがベンチに座る。そこで水上は、少し離れた場所で屋台が出ている事に気付いた。

「ちょっと待ってて」

 水上が立ち上がり、屋台がある方へと向かう。そして、5分ほど経ったところで水上は戻ってきた。両手にバニラソフトクリームを持って。

「暑かったからね、良かったら食べて」

 アッサムがそれを受け取って、ペロリと一口舐める。気温が少し高かったので、ちょうど冷たいものが欲しかったところだった。これぞ渡りに船だ。

 そしてしばしの間無言でソフトクリームを食べる水上とアッサム。そこで、水上は気付いた。

「アッサム、頬に付いてる」

「えっ?」

 水上はハンカチを取り出そうとして、止める。そして、代わりにある行動をとった。

 アッサムの頬に手を添えて、親指で頬についていたクリームを優しく拭き取る。

 そして、拭き取ったそれを、

「あ・・・」

 舐めた。

 水上にとっても勇気が必要な行動だった。そして、この行動がアッサムの心に火をつける事となってしまう。

 水上も恥ずかしかったので、気を紛らわせるためにソフトクリームにかぶりつく。だが、水上の口元にも同じようにソフトクリームが付いていた。

 それに気づいたアッサムが、水上に顔を近づける。

「水上、動かないで」

「えっ?」

 水上は、急にアッサムから『動くな』といわれて困惑する。

 だが、アッサムは水上の事を気にせずに、

 

 口元についていたソフトクリームを、舌を出して舐め取った。

 

「!?」

 あと少し、横にずれていれば、完全にキスになっていただろう。それぐらい、際どかった。

 アッサムが口を離すと、水上はすぐに口元に手をやる。まだ生温かい。

 アッサムを見ると、アッサムは水上とは視線を合わせようとはせず、ソフトクリームをゆっくりと食べていた。

 水上も、アッサムと目を合わせるのは気まずいので、水上もまたソフトクリームを食べる作業に戻る。

 冷たいものを食べているはずなのに、顔はとてつもなく熱かった。

 

 帰りの連絡船に乗ったのは午後5時過ぎ。あまり帰りが遅いと明日から辛いとアッサムが言ったので、日没前の船に乗ることにしたのだ。水上もアッサムと同じように、帰りが遅いと明日の朝起きにくくなると思ったので、アッサムの言う通り早めに帰ることにした。

 そして今、アッサムは水上の肩に頭を傾けて眠っていた。

「すぅ・・・・・・すぅ・・・・・・」

 BC自由学園への偵察と、日ごろの疲れが出てしまったのだろう。水上も無理に起こそうとはせず、優しくアッサムの頭を撫でた。

 そして、眠っているアッサムの唇を見る。

 さっき、自分の口元にアッサムが―――

 また変な考えが頭をもたげるので、水上は自分のこめかみを小突く。だが、同時にアッサムの事が愛おしく感じられる。

(告白は・・・いつするかな・・・・・・)

 アッサムに対する想いを知ってしまった以上、この気持ちを告白しなければ、胸が詰まる思いになってしまう。自分の想いがアッサムに受け入れられるか、拒絶されるかは、実際に告白しなければわからない。だが、告白しなければこの気持ちを一生抱え込んだままになってしまう。

 だが、すぐに告白するわけにもいかない。

 もうすぐ全国大会が始まるのだ。その前に告白などしようものなら、アッサムは間違いなく動揺するだろう。その動揺が試合に現れて勝負を左右してしまうというのは絶対に避けなければならない。

(全国大会が、終わった後だ・・・・・・な)

 自分の想いを告げる時期を決めると、水上は睡魔に襲われる。

 昨日一睡もしてなかったことで、眠気が一気に今になって現れたのだろう。

 水上は抵抗する事無く、その睡魔に身を委ねて目を閉じることにした。




ソフトクリームのコーンで口の中を切ってしまったのは自分だけでいい

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