作者自身が『本当にこれでよかったのか』と心配でならない出来です。
お気に召さないようでしたら、申し訳ございません。
私の目は、見開かれた。
呼吸は、いつの間にか止まっていた。
掌は、握りしめられていた。
それほどまでに、今のルフナの言葉は衝撃的だった。
ルフナは、間違いなく、水上に、告白をした。
「「「・・・・・・・・・・・・」」」
私はもちろん、ルフナも、水上も、何も言わない。
しばしの間、沈黙がこの空間を支配する。
「・・・・・・ルフナ様」
その沈黙を破ったのは、告白を受けた水上だった。
「返事をする前に、一つ聞かせてください」
「・・・はい」
「・・・私のような男の、どこに惚れたのですか?」
水上が自信なさげに尋ねる。ルフナは、そんな水上の事を見ながら、顔を赤らめて、その理由を告げる。
「・・・水上さんは、私が怪我をした時、優しく絆創膏を巻いてくれましたよね。それだけの事でしたが、私はとても嬉しかった・・・」
「・・・・・・」
「それで、水上さんが将来人に尽くしたいってことを言ってくれた時、私はとても感銘を受けました」
「・・・・・・」
「・・・いつからか私は、水上さんが誰にでも優しく接している姿を、いつも目で追いかけるようになって。それで・・・・・・誰に対しても優しく、平等に接しているあなたの事が、好きになっていました」
ルフナが言葉を切る。水上は小さく頷いた。どうやら自分に惚れた理由について、納得がいったようだ。
「・・・ルフナ様の気持ちは、とても嬉しいです。私のような男が告白されたのなんて、初めてでしたから」
ルフナの顔が明るくなる。
だが、それとは対照的に、私の顔は暗くなっているのが鏡を見なくても分かる。
その理由は分かり切っていた。水上が、ルフナの告白を受け入れてしまえば、私の中の想いは、水上に告げられることなく消滅してしまうから。水上が、どこか遠い所へ行ってしまうような感じがするから。
水上が、私の下からいなくなってしまうような気がしたから。
「・・・ですが」
ここで水上が、逆接の接続詞を告げる。ルフナが水上の方を見る。陰から見ていた私は、水上の事をただ見つめるしかなかった。
「・・・ルフナ様のお気持ちには、お応えできません。本当に、ごめんなさい」
「・・・・・・・・・」
空気が一瞬で凍り付く。
水上の言葉を聞いたルフナの中にある、心が音を立てて崩れ去ったのが、感じ取れる。
だが、私はどこか、ホッとしてしまっていた。
「・・・どうして、ですか」
ルフナは今、どうしようもないくらい泣きたいのだろう。それを堪えているのが、声を聴けばわかる。
ルフナは2年生から戦車道を履修し始めたのだが、それでも2年間同じチャーチルに乗ってきた仲間だ。だから、声や話し方で、ルフナがどんな気持ちを抱いているのかは分かっているつもりだ。
今のルフナの中にあるのは絶望や悲嘆などの感情だというのが、分かる。
「・・・・・・私には・・・想い人がいます」
想い人がいる。
その言葉を聞いて、私の心臓が跳ね上がった気がする。
「・・・・・・今は、その人の事しか考えられません」
「・・・・・・・・・その人は、まさか・・・」
ルフナが、水上の想っているであろう人物の名前を言おうとする。
私は気付けば、のめりこむように2人の会話に意識を集中していた。
「ルフナ様」
だが、ルフナがその名を言おうとしたところで水上が言葉を発する。
「それ以上の詮索は、お控えください」
言葉自体は丁寧だが、語調にはわずかながらに敵意が含まれている。ルフナもそれを感じ取り、小さく謝る。
水上は、謝罪を受け入れると、ふっと優しく笑う。いつも、私やダージリン、他の戦車道履修者に対して向ける笑顔だ。
「ルフナ様は、とても優しいのですね」
「・・・え?」
突然褒められたことに、ルフナが驚く。私だって、動揺していた。この局面でなぜ、水上がルフナを褒めるのか?
「ルフナ様は、私のような男に対しても目を配り、私の凡庸な夢に対して感銘を受けた。そして、私の行動をいつも気にかけてくれていた。それが、とても優しい事だと私は思います」
「・・・・・・・・・」
ルフナが鼻を啜る音が聞こえる。肩が小さく震えている。拳が握りしめられている。涙を必死にこらえているのが、背中越しでもわかる。
「あなたのような心優しい方であれば、もっと私よりもいい人と巡り会えるはずです」
「・・・・・・・・・」
「ですから・・・・・・気に病まないでください」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ルフナが俯く。その瞳から涙があふれ出て、頬を伝い、床へと滴り落ちる。
水上はそんなルフナの肩を優しく撫でた。
数分ほど、ルフナはむせび泣いていたが、やがて涙でにじんだ瞳を袖で拭い、水上の顔を見つめる。
「・・・・・・ありがとうございます。私の気持ち、聞いてくれて」
「いえ・・・・・・私の方こそ、すみませんでした」
「・・・・・・もう、大丈夫です。それでは」
ルフナは水上にお辞儀をして、踵を返して廊下に出ようとする。その直前で私は、死角に入るように壁に背をつけて身を隠した。
ルフナの瞳に、まだ涙が残っているのが、陰からでも分かった。ルフナは小走りに廊下の向こう側へと姿を消す。
私は、まだ教室に残っている水上の方を見た。
「・・・・・・」
水上は、虚空を見たまま立っている。おそらくは、感情の整理がついていないのだろう。告白されたのは初めてと言っていたから。
という事は、女の子を振った事も初めてと言う事になる。
今、ここで水上に話しかけるのは少々気まずい。どう言葉をかけていいのかもわからない。
だから私は、音を立てずその場を離れようとした。
そこで、ある音が響く。
何かをぶつけるような、『ゴンッ!』という音が。
俺は今日、生れて初めて女の子から告白された。
そして、生れて初めて女の子を振った。
人に想いを告げるというのには、尋常ではないほどの度胸と覚悟が必要だ。どんな結果も受け入れなければならないから。告白をしたことがない俺でも、それぐらいは分かる。
ルフナも、俺に想いを告げるために、覚悟を決めたのだろう。度胸が必要だっただろう。
俺は、そのルフナの覚悟と度胸を、踏みにじった。
人に尽くす、なんて夢を語っておきながら、人の好意を、想いを台無しにしてしまうなんて。これは傑作だ。
俺の中で、怒り、後悔、悲しみや辛さと言った負の感情がないまぜになる。
この胸の内にある感情をどうすればいいのか、どこにぶつければいいのか、分からない。
どうしようもなくなり、俺は近くにあった机に拳を振り下ろした。
『ゴンッ!』という音が、人気のない教室に響く。もしかしたら、廊下にも響いていたのかもしれない。けれど、そんな事は気にするものか。
今はとにかく、この胸の中にある感情をどうにかして排出したかった。
拳を振り下ろす。
俺は、どうするべきだった?
また、拳を振り下ろす。
ルフナの告白を、受け入れるべきだったのか?
もう一度、拳を振り下ろす。
では、どうして自分は告白を断った?
さらに、拳を振り下ろす。
自分には、別に好きな人がいたから?そんな自分勝手な事で、断ったのか?
それは、果たして許されることなのか?
拳を振り下ろそうとする。
その直前。俺の腕が、何者かに掴まれた。その掴んだ主を見ると、そこにいたのは。
「アッサム・・・・・・」
よりもよって、一番見られたくなかった人物だ。つくづく間が悪い。
本当に俺が好きな人に、こんな場面を見られたなんて。
これまでの関係は、ここで終わってしまうのだろうか。
「落ち着いて」
アッサムが泣きそうな顔で懇願してくる。俺は、仕方なく振り上げていた拳をだらりと下した。
「・・・・・・つっ」
気づけば、俺の拳は赤くなってしまっていた。何度も机に叩きつけていたからだろう。アッサムがそれに気づいて俺の手を取ろうとするが、俺はそれを拒む。
「・・・・・・見ていたのか?」
代わりに俺は、質問をした。アッサムは小さく頷く。
「・・・・・・どこから」
「・・・・・・ルフナが、告白したところから」
「・・・・・・全部見られたってわけか」
俺は苦笑する。まさか、全て見られてしまっていたとは。これは言い逃れもできないし、ごまかしも通用しない。
俺は仕方なく、自分の気持ちを全部言うことにした。
「・・・・・・俺、最低だよな」
「・・・・・・」
自嘲気味に俺が呟くが、アッサムは何も言わない。
「人に尽くしたい、何て言っておきながら・・・人の想いを無下に断って、その上その子を泣かせるなんて。バカバカしい話だよ」
「・・・・・・やめて」
「ルフナだって、告白するにはものすごい覚悟が必要だったって事は分かってる。でも、俺はそれを断った。俺にも好きな人がいる、何て下らない理由で」
「やめて」
「そうさ、俺は結局のところ自分勝手だったんだよ。人に尽くしたいっていうのも自己満足で、ルフナの告白を断ったのも自分優先だった。それだけ―――」
パンッ、と小気味いい音が教室に響く。
そして、俺の頬が熱くなっていることに気付いたのは数秒経ってからだ。
「・・・・・・え」
そこで、俺は認識した。
アッサムに頬を叩かれたのだ。
アッサムは、頬を紅潮させて、額に涙をにじませている。だが、その赤らみは、恥じらいや嬉しさによるものではない。怒りからくるものだというのが、冷静ではない今の俺にも分かる。
「・・・・・・水上は、告白されたことが無いんでしょう?」
「・・・・・・」
「・・・・・・だから、告白されて、それを断って、感情がごちゃまぜになっているのも分かるわ」
「・・・・・・」
「でも、だからって、自分のことまで否定するのは、間違ってる」
「・・・・・・」
「それと、これだけは言わせて」
アッサムが頬をわずかに赤くして、瞳に涙をにじませながら、俺の事をじっと見つめる。
「好きな人がいるから、って理由で告白を断る事は、悪い事じゃない」
「・・・・・・どうして」
「・・・・・・」
アッサムは僅かに黙り込む。自分の中の考えをどう言葉にしようとしているのか、考えているのだろう。
やがて、口を開く。
「・・・・・・自分が別に好きでもない人と付き合って、添い遂げたとしても、心の中には多分しこりが大なり小なり残ると思う。そのしこりを抱えたまま一緒に暮らしても、いずれそのしこりは大きくなっていき、遂には自分の心を壊してしまう・・・」
「・・・・・・」
「そうなれば、待っているのは破滅、争いよ」
「・・・・・・」
その通りだ、と俺は素直に思った。
仮に、俺がアッサム以外の人と付き合ったとしたら、俺の中にはアッサムに対する未練が残ったままその人と付き合う事になるだろう。となれば、いずれはその未練が肥大化していき、その人との関係は崩壊するかもしれない。
「だから、好きな人がいるっていう理由で、告白を断ったのは、決して悪い事じゃないわ」
「・・・・・・」
「だって、その後いずれは破局してしまう事を考えれば、その分の時間を無駄にする必要は、付き合う必要はないもの」
「・・・・・・そうか」
俺は口を開き、アッサムの意見を受容する。
アッサムはいつも、大切なことを気づかせてくれる。風邪で看病をしてくれた時、人に尽くされる立場に一度立つことも大切だと教えてくれたのももアッサムだ。そして、今回も。
「・・・・・・ルフナには悪い事をしたと思ってる」
「・・・・・・それでも、いつも通りに接するのが、ルフナにとっても、あなたにとっても一番だと思う」
「いつも通り?」
「変によそよそしかったり遠ざけたりすると、余計にルフナを傷つけてしまうかもしれないから」
「・・・・・・」
アッサムの言う通りだ。その言葉におかしなところは何もない。
「・・・・・・ごめん、アッサム」
「?」
「さっきは、自棄になって机を叩いたり、自分をけなしたりしてた。アッサムには、見苦しいところを見せたと思ってる。だから、ごめん」
「・・・・・・気にしないで、水上。むしろ、安心したから」
「えっ?」
安心した、というアッサムの言葉を聞いて、俺は声を上げる。
「だって、水上は普段あまり弱音を吐いたり愚痴をこぼす事なんてないから。だから、今日みたいに弱いところを見せてくれて、少し安心してる」
「・・・俺は、聖人でも完璧超人でもない。失敗だってするし、さっきみたいに自棄になる時だってある」
「だからこそ、親近感が持てるの」
俺がまた少し自分の事をけなすと、アッサムはそれを否定してくれる。それは、嬉しい事だ。こんな自分の事を、受け入れてくれることが、とても心地良い。
「・・・・・・ありがとう」
「・・・・・・どういたしまして」
窓の外を見る。既に完全に陽は落ちて、辺りは民家の明かりを除いて真っ暗だ。体感時間は30分も経っていないが、実際はルフナから告白をされてからもう1時間以上経過していた。
「・・・もう遅い、帰ろう。アッサムは、明日からヨーグルト学園に偵察に行くんだろ?」
「そうね」
「じゃあ、早く帰って準備した方がいい」
「ええ」
俺が机の上に置いてあった鞄を回収すると、アッサムも床に置いてある鞄を手に取る。
「寮まで送るよ」
「ありがとう」
俺が先導して教室を出ようとしたところで、アッサムに呼び止められた。
「水上」
「ん?」
「・・・・・・水上には、好きな人がいるのよね」
「・・・ああ」
それは、まぎれもない事実だ。具体的に言えば、今目の前にいるアッサムの事が好きだ。だが、それは今言うべきではない。その時が来てからだ。
「・・・その人は、どんな人なの?」
その言葉を受けて、俺は僅かに考える。下手な事を言ってしまえば、バレてしまうかもしれない。しかし、答えないというのも男としてどうかと思う。
「・・・・・・そうだな」
俺は、それとなくアッサムの事を考えながら言葉を紡ぐ。
アッサムは、風邪を引いた俺の事を看病してくれた。
「・・・・・・優しくて」
アッサムは、ジョークが好きだ。自分でジョークを作るほどに。
「・・・・・・ユーモアがあって」
アッサムは、計算と分析が得意だ。
「・・・・・・頭が良くて」
そして何より。
「俺の夢を、応援してくれる人だ」
「・・・・・・そう」
アッサムは、俺の言葉を聞いて、安心したような笑みを浮かべる。どうやら、アッサムの事とは気づかれなかったらしい。
「・・・・・・変な事を聞いたわね、ごめんなさい」
「いや、気にしなくていいさ。さ、それより早く帰ろう」
「そうね」
それだけ言うと、俺はアッサムと共に家路を急いだ。
翌日、水上が教室に登校すると、真っ先にルフナと目が合った。同じクラスなのだから、当然と言えば当然だ。
「・・・・・・おはようございます」
水上が若干気まずそうにあいさつをすると、ルフナはいつもと変わらない笑顔で挨拶を返してくれた。
「おはようございます、水上さん」
そして、クラスメイトとのおしゃべりに興じる。
水上が席に着き、教科書などを取り出したところで、教室の入口から古文の教師が顔を出してきた。
「おい水上」
「はい」
「1限目、参考書使うから、職員室に取りに来てくれ」
「あ、はい。分かりました」
それだけ言うと、教師は職員室へと歩いていった。水上は早速取りに行こうとするが、そこで水上に声がかかった。
「水上さん」
その声の主は、ルフナだった。
「はい?」
「参考書運ぶの、手伝います」
「・・・・・・ありがとうございます」
ルフナの申し出を、断るわけにはいかない。せっかくルフナが、昨日の事を乗り越えて水上に接しようとしてくれているのだ。それを無下にするのだけは絶対に避けなければならない。
水上とルフナは、並んで職員室へと向かい、参考書を一緒に運ぶ。
その量は、前と同じく水上が3分の2、ルフナが残りの3分の1を運んでいる。
たった、それだけ。特に会話らしい会話もしていない。
けれど、その運んでいる教科書の量が、2人の関係が元に戻った事を証明していた。
ヨーグルト学園のくだりは全面カットの方向で行きます。
許せヨーグルト学園・・・
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