この場を借りてお礼申し上げます。
曇天が広がる空の下、聖グロリアーナ女学院と黒森峰女学園の全国大会準決勝は行われていた。
モニターの向こう側には、戦闘が行われていた荒野が広がっており、黒煙を上げて擱座している戦車が何輌もいる。
カメラが切り替わり、対峙していた聖グロリアーナのフラッグ車であるチャーチルと、黒森峰女学園のフラッグ車であるティーガーⅠが映し出される。
一方の戦車は、砲塔から白い煙を上げていた。
もう一方の戦車からは、黒煙が上がり、白旗が立っていた。
やがて、審判が試合の結果を宣言する。
『試合終了、黒森峰女学園の勝利!』
観客席から歓声とため息が混じった声が響く。
キーボードを叩いていた水上も、手を止めて小さくため息をつく。
聖グロリアーナが、負けた。
思えば、水上が聖グロリアーナに来てから、聖グロリアーナが敗北したところは見た事がない。大洗女子学園との練習試合も、BC自由学園との試合も、ヨーグルト学園との試合も、全て聖グロリアーナが勝ってきた。
だが今日、水上は初めて、聖グロリアーナが負けたところを目の当たりにしてしまった。
お腹のあたりが熱くなる。
頭がぐるぐると渦に飲まれる感覚になる。
どうしようもなく悔しくなる。
これが、敗北。
「・・・・・・・・・・・・くっ」
涙が出そうになる。
心の底から叫びたくなる。
だが、ここで泣いても、叫んでも、結果は変わらない。
今は、奮戦した聖グロリアーナと、勝利した黒森峰を称えよう。
そう思って水上は、1人拍手を送る。それを見た周りの観客たちも、1人、また1人と拍手をする。やがて、観客席に座るほとんどの観客が拍手を両校の生徒へと送り、それを受けた生徒たちは、観客席に向かって深くお辞儀をした。
その中には、黒森峰女学園の隊長・西住まほ、聖グロリアーナの隊長・ダージリンの姿も当然あった。
そして、水上の恋するアッサムの姿も、あった。
聖グロリアーナ女学院は、負けはしたものの善戦はしたと水上は思っていた。
敵の戦車隊はティーガーⅠとティーガーⅡをベースに、ヤークトパンターやヤークトティーガー、エレファントなどの駆逐戦車と、攻撃力重視の編成で、アッサムの読み通り浸透突破戦術を仕掛けてきた。
これに対して聖グロリアーナ戦車隊は、同じように相手の戦車に自軍の戦車をぶつける形で進撃し、敵戦車とフラッグ車の撃破を狙った。
結果、敵戦車の6~7割を撃破する事に成功した。ルクリリが捨て身の特攻で敵の重駆逐戦車を倒したり、赤毛の少女の乗るクルセイダーが敵陣に向かって一直線に突っ込んで活路を開いたりしたが、フラッグ車まで撃破するには至らず、敗北してしまった。
けれど、敵の戦車を半分以上撃破し、さらにあの黒森峰のフラッグ車をあと一歩のところまで追い詰めた事に関しては、他の観客たちも『すごい』と言っていたし、水上自身もそう思っていた。
だから、何とかして聖グロリアーナの戦いは、とても見ごたえのある、素晴らしいものだったと伝えたかった。
「・・・・・・・・・・・・」
だが、今水上は、口を閉ざしたまま何も言えない状況にある。
現在水上は、聖グロリアーナ学園艦の甲板上で行われているお茶会に、給仕として参加していた。しかし、その雰囲気は重苦しく、大洗女子学園との練習試合の後のようなにぎやかさ、和やかさは微塵もない。
場を支配しているのは、後悔や悲しみと言った負の感情だ。
いつもあたりを走り回っている赤毛の少女も、今では大人しく紅茶を飲んでいる。それほどまでのショックだったのだろうか。
ルクリリは肩を落としてスコーンを齧っている。栄養科の作ったものだから決して不味くは無いはずなのだが、あまりおいしくなさそうに食べている、気がする。
ルフナは他の履修者たちと一緒におしゃべりをしているが、会話の内容はやはり試合の事だったし、会話をしている彼女たちの表情は晴れていない。やはり敗北したことに対するショックが大きいのだろう。
オレンジペコを見れば、彼女は顔を赤くして、顔を涙で濡らしている。思えば、水上が聖グロリアーナに来て以来、オレンジペコが乗るチャーチルが撃破されたことは、練習試合でも公式戦でもなかった事だ。つまり、オレンジペコは今日初めて、自分の戦車が撃破された。しかも、フラッグ車であったから悔しさ、悲しさは推して知るべし、というものだろう。
ダージリンは、いつもと同じように優雅に紅茶を飲んでいる。しかし、注意深く見なければわからなかったが、その形の良い眉は僅かに下がってしまっている。やはり、隊長であるダージリンも、ショックを受けていないはずがなかった。
そして、水上はアッサムを見ようとする。が、そこでダージリンから声を掛けられた。
「水上」
「はい、なんでしょう」
水上は、視線をアッサムからダージリンに向けて、ダージリンの傍に歩み寄る。
「明日からの訓練、3日ほどキャンセルしてくれるかしら?」
「・・・かしこまりました」
訓練をキャンセルするとは、すなわち訓練が休みになるという事だ。このタイミングでそうするのは、おそらく戦車の整備もあるだろうし、何より履修者たちのメンタルを休ませる意味もあるのだろう。水上はその意見には賛成だったので、大人しく従う事にする。
「それと、私は明日プラウダ高校に行くから、戦車道の事で何かあったらその時はよろしくね」
「はい」
プラウダ高校は、青森に所在する高校で、比較的高緯度の海域を航行している。今聖グロリアーナ学園艦は、四国のあたりを航行している。という事は、プラウダに行くとなると日帰りは難しく、2日はダージリンは戻ってこないだろう。その間に、何も起こらないことをただ祈るしかない。
「スケジュールの調整、お願いするわね」
「かしこまりました。直ちに」
水上がそう言って踵を返し、スケジュールの調整に向かおうとする。
その瞬間、水上は横目で、気になっていたアッサムの様子を見る。
アッサムは、目を閉じたまま静かに紅茶を飲んでいた。その様子はいつもと変わらないように見えたが、心なしか、髪を纏めているリボンが萎れているように見えた。
翌日の昼休み。食堂で、水上はオレンジペコとばったり会った。
本当に会ったのは偶然だったのだが、そこで分かれて食事を摂るというのも妙な気分だったので、そのまま流れで2人で食事を摂ることにした。というより、水上は、オレンジペコを含むノーブルシスターズの3人と昼食を共にすることが度々あったので、別にオレンジペコと食事をすることが嫌だとかそう言うわけではない。
水上はお気に入りのフィッシュアンドチップス、オレンジペコはホットクロスバンだ。
だが、食事を始めた2人の間に会話は無い。口を開けば、昨日の試合の事を話してしまいそうだったからだ。そして水上は、オレンジペコが泣きじゃくっていたのを見てしまったので、試合の事を話せばまたオレンジペコが敗北したことを思い出し、泣いてしまうかもしれない、と考えたのでそのことは話せなかった。
オレンジペコも、実は水上と、というか男性と2人きりで食事をするのが初めてであるため、何を話せばいいのか分からなかった。
結果、2人は向かい合ったまま黙って食事をしている。
その沈黙にオレンジペコが耐えられなくなったところで、脇から声がかかった。
「あら、随分と珍しい組み合わせね」
声のした方向を水上とオレンジペコが見ると、そこにいたのはルクリリとルフナ。ルクリリは、カレーライスの載ったトレーを、ルフナがフィッシュアンドチップスの載ったトレーを持って立っていた。
「隣、いいかしら?」
「あ、どうぞどうぞ」
ルクリリとルフナが座ろうとしたのを見て、水上が先んじて立ち上がり席を引く。ルクリリはそれに手でありがとうと礼をし、ルフナはお辞儀をする。
「で、何の話してたの?」
ルクリリが早速と言わんばかりに話しかけてくる。それに答えたのはオレンジペコだ。
「いえ、私も水上さんも、何も話していません」
「そうなの?2人とも黙ったまま?」
ルクリリが驚いたように話すが、水上は小さく頷くだけ。ルクリリは『へー』と声を漏らしてカレーライスを一口食べる。
「でも、オレンジペコ様と水上さんって、なんだか珍しい取り合わせな気がします」
水上の隣で、ルフナがフィッシュアンドチップスを食べてから呟く。
「確かに。水上さんって、ノーブルシスターズの中じゃアッサム様と一番仲がいい感じがしたから。この前だって2人で出歩いてたし」
ルクリリの何気ない一言に、水上は食べていたフィッシュアンドチップスを吹き出しそうになる。この前、とは水上とアッサムがデートに行った時の事だろう。
水上は何とかしてこの話題から切り替えようとする。隣には、先日水上に告白したルフナがいる。そのルフナの前で、アッサムとどうのこうのという話をするのは気まずいにもほどがあったからだ。
だが、ここでオレンジペコが更なる爆弾を投下する。
「そ、その時は、お2人ともこんな格好でしたか?」
オレンジペコがスマートフォンを取り出して操作をし、画面をルクリリに向ける。それを見たルクリリは。
「・・・そう、この服だった。っていうかこんなことまでしてたんだ。へぇ~」
ルクリリがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて水上を見る。オレンジペコは一体何を見せた?それが気になって仕方がない。
水上の気持ちに気付いたのか、それともルフナにも見せようとしたのか、オレンジペコはスマートフォンを水上とルフナに向ける。
その画面に写されていたのは、お互いに顔をくっつけて眠っている、私服姿の水上とアッサムだった。
(あああっ!?)
思い出す。あの時水上は、カメラのシャッター音を聞いて目を覚ました。あの時聞いた音は、オレンジペコのスマートフォンのカメラの音だったのだ。
「・・・なるほど」
ルフナが何かに納得したかのようにうなずく。
「ええと、それはですね・・・・・・」
水上が弁解しようとするが、オレンジペコ、ルクリリ、ルフナは何かを期待するような目で水上の方を見る。
「で、水上さん」
ルクリリが聞いてくる。
「アッサム様とはどういう関係なんですか?」
面倒な質問が来た、と水上は心の中で思った。しかし、答えないわけにもいかない。むしろ答えなければ好き勝手な妄想をされかねないからだ。
「友達ですよ」
本当は、友達以上の関係なのだが、嘘は言ってはいない。
しかし、ルクリリからの質問はそれだけでは終わらなかった。
「アッサム様に、気があるんですか?」
気がある。それはすなわち、好きか、と聞かれているに等しい。
本来ならば、ここで話題を無理にでも変えるなりごまかすなりしてお茶を濁すべきだったのだが、水上は自分に向けられる3つの視線に息を呑む。
オレンジペコは、期待するような眼差しで。ルクリリは、全てを知っているような眼差しで。ルフナは、どんな嘘も見逃さないというような真剣な眼差しで。それぞれ、水上の事を見つめていた。
『これは、嘘はつけないな』と水上は観念して、正直に吐いた。
「・・・・・・気が、あります」
好きだ、とは言わなかったのは水上のせめてもの抵抗の形だ。
しかし、それだけで満足したのかオレンジペコ、ルクリリ、ルフナの3人ははぁ、と息を吐いて背もたれに背を預ける。
「やっぱり、ですか」
ルフナが感慨深そうに声を上げる。どうやら、ルフナは告白を断られた際にこの答えについて想像がついていたらしい。
「・・・・・・で、今日そのアッサム様の姿は見えないけど、水上さんは何か聞いていないんですか?」
ルクリリが聞いてくる。水上も、それは気になっていた事だ。
アッサムの姿を、今日は見ていない。普段なら、ダージリン、オレンジペコと一緒に食事をしている姿が良く目立っていたのだが、今日オレンジペコは1人だった。
という事は、アッサムは今日学校に来ていない可能性が高い。
「いえ、何も聞いていないです」
水上が答えると、ルフナは少し表情を曇らせる。
「アッサム様・・・・・・もしかして、自分の立てた作戦が上手くいかなかったのを気にしてるんじゃ・・・」
言われて水上は気付く。
昨日の黒森峰女学園との準決勝で、戦車同士でぶつかり合う戦法を取ろうと提案したのは、参謀のアッサムだ。その作戦が失敗し、聖グロリアーナは敗北した。それを気にして寝込んでしまっているという可能性も、無きにしも非ずだ。
昨日見た限りでは、アッサムは普段とそれほど変わらない表情で紅茶を飲んでいたが、もしかしたら心の中ではとても傷ついていたのかもしれない。
「水上さん」
オレンジペコが水上に話しかける。水上は、ゆっくりとオレンジペコに視線を合わせる。
「アッサム様は、多分弱音を吐き出せる相手がいないんだと思います。ダージリン様にはもちろん、私やルクリリ様、ルフナ様にも・・・」
そうだ。アッサムは一昨日の夜に電話をかけて、弱音や緊張を水上に向けて吐き出した。それは、アッサムの周りに、そう言った本音を吐き出すことができる人が、いなかったからだろう。だから、アッサムは、近しい水上に電話をして、本音を告げたのだ。
「おそらく水上さんは、この聖グロリアーナに来る前から、アッサム様と面識があったんですよね?」
「・・・・・・はい。3月末に、本土で一度だけ」
隠す必要も無い事だったので、正直にアッサムと初めて出会った時の事を3人に話す。ルクリリはその話を聞いて『ロマンチックですね~』とコメントしてきたし、ルフナは『なるほど・・・』と興味深そうに頷いていた。オレンジペコは、大きく頷いてから言葉を紡ぐ。
「水上さんとアッサム様はそれなりに付き合いが長いと言えます。今年の4月に入学した私よりも、少しだけ」
そこで、とオレンジペコが区切って告げる。
「アッサム様の不安や悲しみ、そう言った本音を、聞いてあげてくれませんか?」
「・・・・・・・・・・・・」
「アッサム様は、私と同じノーブルシスターズの1人として、常に気高く高貴に振る舞っているきらいがあります。ですから、弱音や本音を吐き出す事がとても少なく、その相手はほとんどいない・・・。だから、アッサム様とそれなりに付き合いが長くて、同じ学年の水上さんが、アッサム様の話を聞いてあげれば、少しでもアッサム様の心の中のもやもやは少なくなると、思うんです」
「・・・・・・・・・・・・」
「ですから・・・」
「分かりました」
オレンジペコが何かを言おうとする前に、水上は返事をする。それを聞いて、オレンジペコは目を丸く見開いて水上の事を見る。
「今夜、アッサム様に話を聞いてみます」
そう水上が言うと、オレンジペコたちは小さく笑う。だが、ですが、と付け加える。
「私は戦車道の事に関しては門外漢です。ですので、アッサム様が戦車道の事で思い悩んでいるとしたら、恐らく私にも話してくれないかもしれません」
「でも、アッサム様は話すと思います」
水上の言葉に間髪を入れず答えたのは、ルフナだった。
「おそらくですが、アッサム様も水上さんには心を許しているんだと思います。皆の前で抱き付いて、一緒に出掛けるくらいなんですから」
ルフナが目を水上から逸らす。そして続ける。
「ですから、多分アッサム様は、水上さんにはすべて話すと思います」
その言葉を聞いて、水上は、そうかもしれない、と思った。
午後8時。
水上は、スマートフォンを机の上に置き、その前にかれこれ30分は座っていた。
スマートフォンには、メールの画面が表示されており、まだ送っていないメールが映されている。
その内容は以下の通りだ。
『こんばんは。
今日は学校で姿を見ませんでしたが、
体調を崩されたのでしょうか?
何か思い悩んでいることがあれば、
遠慮なく言ってください』
もしかしたら、単純に体調を崩してしまっているのかもしれない。そんな相手にいきなり電話をするというのは少々心苦しい。体調が悪い相手に長電話を強要させるというのは給仕云々というよりマナー的にアウトだ。
だから、水上はメールでコンタクトを取ることにしたのだ。
だが、水上はこのメールを送るかどうかに30分間悩んでいた。
こんなメールをいきなり送っても、アッサムは迷惑と思うかもしれない。だが、アッサムは本当に何か思い悩んでいるのかもしれない。そんな相手に対して何もしないというのは、惚れてしまった男としてはだめだと思う。しかし、アッサムもデリケートになっていて、今はあまり自分に触れないでほしいのかもしれない。
そんな答えの出ない疑問を頭の中で繰り返し考えているうちに、気づけば30分が経過していた。
やがて水上は、意を決したように送信ボタンを押す。
メールを送信してから数分の間は、心臓がバクバクと高鳴っているのが感じ取れた。
迷惑と思われるかもしれない。
デリケートな部分に触れられて嫌われるかもしれない。
余計なお世話と思われるかもしれない。
ネガティブな考えが頭を埋め尽くしていき、眠ってこの考えから解放されたいと思い、ベッドに足を向けたところで。
ヴーッ、ヴーッ。
スマートフォンが振動する。その回数からしてメールだ。
水上は奪い取るように素早くスマートフォンを手に取ると、その画面には。
『新着メール:アッサム』
慌ててそのメールを開く水上。焦ってしまい別の場所をタップしてしまったが、何とかメールを開く。
そこには、こう書かれていた。
『今から会えませんか?
場所は学園艦側部公園で。
会えなければ、それでも構いません』
感想・ご指摘等があればお気軽にどうぞ。