バトラーと私   作:プロッター

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あなたに尽くしたい

 俺はそのメールを見た直後、スマートフォンに指を滑らせ、『すぐに行く』と返信する。そして、寝間着から私服へと着替えて、財布とスマートフォンをポケットに突っ込み、ホテルを飛び出す。

 ここでアッサムと話をしなければ、会わなければ、アッサムがどこかへ行ってしまいそうな気がしたから。

 俺は駆け足で学園艦側部公園へと向かう。その公園は、アッサムと日の出を見て、夢を聞いて、友達であることを誓い合った思い出の場所だ。

 その公園へと向けて、俺は走る。

 気づけば、空はどす黒い雲に覆われていた。

 公園にたどり着き、辺りを見回してアッサムの姿を探す。やがて、海に面したベンチに座っている、長いブロンドヘアーを青いリボンでまとめた少女を見つける。

 アッサムだ。

 俺はアッサムにゆっくりと近寄る。夜の闇でよく見えなかったが、近づいてみるとアッサムは、紫のサッシュ・ブラウスにスキニージーンズと、初めて2人でデートした時の服と同じ服を着ていた。

 そして、俺は偶然にも、そのデートの時と同じ服を着ていた。

「アッサム・・・」

 アッサムの名を呼ぶ。アッサムは俺の言葉を聞いて顔を上げ、俺の方を見る。その表情は、普段と変わらない凛々しい表情だったが、今の俺にはそれが、無理して取り繕っているようにしか見えない。

「ごめんなさいね、こんな時間に呼び出して・・・」

「いや、大丈夫だ」

 俺はアッサムの隣に座る。

 そして、沈黙が訪れる。

 おそらくアッサムは、内に秘めた思いや感情を告げるのを躊躇っているのだろう。

 オレンジペコやルフナの言う通りだとしたら、アッサムは俺に対して心を許している。

 しかし、心を許した相手に対してでも言いにくい事というのはいくらでもある。現に、俺が心を許している相手にはアッサムの他に学校の友人や家族などがいるが、その誰が相手でも言えない事はある。

 だが、このまま黙っていても状況は進展しない。

 俺が今できる事と言えば、アッサムが本音を、感情を吐き出せるようにきっかけを作ることぐらいだ。そして、アッサムの話を聞いて、何とかアッサムを慰めるしかない。

 そう思って俺は、ある一言を告げる。

 その一言を告げるのに、大分覚悟が必要だったが、やがて俺は意を決してその言葉を、アッサムに告げた。

「・・・・・・試合、惜しかったな」

 その言葉を聞いて、アッサムがこちらを見る。

 俺はアッサムの顔を見ることができず、ただ目の前に広がる海を眺めるだけだ。アッサムも、俺から視線を逸らし、俺と同じように海を眺めながら言葉を紡ぎ出す。

「・・・勝てなかった・・・」

 アッサムが、膝の上で自らの手をギュッと握る。

「・・・・・・私は、今回の試合に向けて、黒森峰のデータを徹底的に分析した・・・」

 そのアッサムの手が小さく震える。

「・・・・・・戦車も、戦績も、陣形も、指揮系統も、その全てを・・・」

 俺は、そのアッサムの震える手を優しく握る。

「・・・・・・シミュレーションだってした。それで、私は、聖グロリアーナが勝てるような作戦をいくつも考えた・・・・・・」

 アッサムの声が震え出す。

「・・・・・・でも、できた作戦は勝率40%・・・」

 俺は、アッサムの顔を横目に見る。その瞳は、涙で潤んでいた。

「・・・・・・それでも、ダージリンは、オレンジペコは、皆は・・・私の立てた作戦を信じて、その40%に賭けてくれた」

 瞳に涙が溜まり、やがてあふれる涙が頬を伝う。

「・・・・・・私は、私の作戦に全てを託してくれた皆の期待に応えようと、全力で戦った・・・」

 でも、と告げ、アッサムは自らの頬を乱暴に服の袖で拭う。

「・・・・・・勝てなかった・・・」

 涙が止まらない。とめどなく涙があふれ出る。

「・・・・・・皆、私を、私の作戦を信じて戦ったのに、勝てなかった・・・」

 アッサムが体をかがめる。

 俺の頭に、一粒の水滴が落ちる。

「・・・・・・それが、どうしようもないくらい、悔しくて・・・・・・」

 ぽつぽつと、雨が降り出す。地面に敷き詰められたレンガに、いくつものシミができる。俺とアッサムにも、雨粒が落ちる。

 やがて、その雨の勢いは徐々に増していく。

「・・・・・・何が、間違ってたんだろう・・・」

 雨の勢いが増していき、アッサムの声が小さくなっていく。涙は流れたままだが、それでも声を押し殺して、泣くのを我慢している。

 

「・・・・・・どうして、負けたんだろう・・・・・・」

 

 俺は、戦車道の給仕を務めているとはいえ、一度だけ砲手を務めたとはいえ、所詮は男だ。乙女の嗜みである戦車道の事に関して、口出しすることはできない。

 こんな時だけ、俺は自分が男であることが恨めしかった。

 何か適当な言葉を見つけて、アッサムを慰める、何て事すらできない。

 よく頑張ったね?

 俺はアッサムが頑張っている姿を見ていたよ?

 皆一生懸命戦ったよ?

 どんな言葉をかけても、今のアッサムには薄っぺらく聞こえてしまうだろう。

 だから俺は、言葉ではなく態度で、アッサムを慰めるしかなかった。

 俺は、アッサムの肩を優しく抱き寄せた。

 アッサムの身体は震えていて、小さかった。雨のせいで冷たくなっていた。

「・・・・・・う」

 それで感情の堰が切れてしまったのか、アッサムは声を上げて、俺の胸の中で泣き出した。

 まるで、アッサムの悲しみが具現化したかのように、雨の勢いが強くなる。

 その泣き声は、雨のせいで、傍にいた俺にしか聞こえなかった。

 それでいい。

 今、アッサムの悲しみを、悔しさを受け止められるのは、俺しかいないのだから。

 俺は、泣きじゃくるアッサムの頭を撫でて、その感情を全部吐き出すよう促す。

 それに応えるかのように、アッサムはしばらくの間、俺の胸の中で泣き続けた。

 

「・・・・・・ごめんなさい。みっともない姿を見せてしまって・・・」

「いや、大丈夫だよ」

 雨が降りしきる中で、アッサムはしばらくの間泣き続けた。そして、自分の内にある悔しさや悲しさをすべて吐き出し終えると、水上の胸から顔を離し、水上へと向き直る。

「・・・いつぶりかしら・・・こんなに声を上げて泣いたのは」

「・・・でも、これでやっと安心できた」

「?」

 水上のホッとしたような表情と言葉を聞いて、アッサムは首をかしげる。

「アッサム、試合で負けた事を気に病んでいると思ったから・・・。それで、心の中にずっと蟠りを抱えているんじゃないかって、心配したんだよ」

「・・・・・・」

「でも、さっき、アッサムは泣いてくれた。それで、アッサムの中にあるモヤモヤが全部吐き出せたんじゃないかって思う」

 言われてアッサムは、自分の胸に手をやる。

 水上に本音を告げるまで、アッサムの中には確かに、胸の中に大きな蟠りがはびこっていた。その蟠りに囚われて、アッサムは今日学校を休んだ。

 しかし、水上に本音を告げた今、アッサムの胸を支配していたモヤモヤは、蟠りは、無くなってしまっていた。

「・・・・・・そうね。私も、水上に全部言えて、すっきりした」

「それは良かった」

 そこで水上は、自分たちが雨のせいでびしょ濡れであることに気付いた。急いで水を拭かなければまた風邪を引いてしまうと言って、水上は自分が泊っているホテルにアッサムを連れて行くことにした。アッサムの寮は、公園よりも少し距離が離れている。水上の泊っているホテルの方が近かったから、それが最善だと思ったのだ。

 ホテルに着き、部屋に備え付けてあるバスタオルでアッサムの髪や顔、身体を拭く。流石に服を脱がす事はしない。服の上からポンポンと叩くように拭くだけだ。

 水上も自分の髪や顔を拭き、電気ケトルでお湯を沸かす。そして、緑茶の素をカップに入れ、お湯を注ぎ、アッサムに手渡す。

「ありがとう」

 アッサムはベッドに腰かけて、それだけ言って緑茶を受け取り一口飲む。

「落ち着いた?」

「ええ、もう大丈夫」

「そうか」

 そう言って水上は、アッサムの横に座る。

 そして、再び沈黙。だが、公園の時のような気まずさは無い。あの時とは違う、心地よい沈黙だ。

 緑茶を半分ほど飲んだアッサムが、ゆっくりと呟く。

「水上」

「ん?」

「・・・・・・全国大会が終わったら、伝えたいことがあるって言ったわよね?」

「・・・ああ、そうだな」

 水上は、何かを察したかのような表情をする。アッサムはその表情を見て、小さく微笑む。

「本当は、優勝してから伝えたかったんだけど・・・ね」

「うん」

 アッサムは、言い淀む。手の中にあるカップをギュッと握る。だが、覚悟を決めて水上に言葉を告げる。

「・・・水上は、人に尽くしたいって立派な夢を持ってる」

「・・・・・・」

「・・・水上は、こんな私の事を可愛いって言ってくれた」

「・・・・・・」

「・・・水上は、いつも私の事を気にかけてくれた」

「・・・・・・」

「そして、私なんかの事を心配して、私の本音を聞いてくれた」

 水上は何も言わない。アッサムは、意を決して、自分の中にある最後の気持ちを、告白する。

 

「私は、あなたの事が好きです。よければ、私と・・・・・・付き合ってください」

 

 その言葉を聞いて、水上は顔を抑えて天井を仰ぎ見る。

「・・・先に言われちゃったか」

「・・・・・・え?」

 水上は、アッサムを見据える。そして、水上もまた言葉を紡ぎ出す。

「アッサム」

「・・・・・・」

 

「俺も、君のことが好きだ・・・愛してる」

 

 アッサムは優しい笑みを浮かべる。

 水上もまた、小さく笑う。

「俺でよければ、喜んで、お付き合いさせてください」

 水上の言葉を聞いて、アッサムの瞳から、また涙が一筋流れ出る。

「・・・・・・はい」

 そしてアッサムは、顔を水上に向けたまま瞳を閉じる。

 それが何を意味しているのか、水上は分からないほど馬鹿ではない。

 水上は、アッサムの顔に、自分の顔を近づけていく。

 2人の顔の間の距離がゼロになる直前で、水上も同じように目を閉じる。

 そして、2人の唇が重なり合った。

 

 キスより先の事なんて、できなかった。

 アッサムは今、いくらか持ち直したとはいえ精神的に不安定な状態だった。何より、“そう言う事”をするのには万が一の責任が生じる可能性がある。今はまだ、水上にはその責任を負う覚悟がなかった。

 ほんのわずかな間だけ、時間にすれば一分も満たない時間、2人は唇を重ね合わせて、やがて名残惜しそうに唇を離す。

 考えてみれば、唇を重ねるキスは初めてだ。それ以前は額や頬にキスをしていたのに、唇同士を重ねるというのは無かった。

 だが、唇を重ねるキスとは、心が自然と満たされる感覚になる。心が温まったような気がする。

 外を見れば、いつの間にか雨は止んでいた。

 水上はアッサムを寮まで送ろうと提案する。アッサムは大丈夫と最初は断ったのだが、夜はやはり危険と水上が言ったので、最終的に水上が送ることになった。

 夜の道を2人で手を繋いで歩く。雨が降った後なので、アスファルトの匂いが漂っていた。おまけに今は夏で、僅かに蒸し暑い。しかし、それすらも今の水上とアッサムにとっては心地良いと感じられた。

「・・・・・・次の日曜日、空いてる?」

「うん」

「じゃあ・・・デート、する?」

「もちろん」

 アッサムが提案し、水上はそれに乗る。ついこの間は、デートに誘うのにも勇気と度胸、覚悟が必要だったのだが、今では臆面もなく誘える。

 やはり、告白して、自分の感情が認められたからだろう。

 やがて寮の前につき、水上はアッサムの手を離す。そして、アッサムは『また明日』とだけ告げると、寮へと戻って行った。

 水上はそれを見送り、ホテルへと戻る。

 その道すがら、空を見上げると、雲の間から星空が見えた。

 そして思い出す。

 自分が給仕として聖グロリアーナにいられる期間は、3カ月の間だけ。もう1ヵ月と少しが経過してしまったので、ここにいられるのは後1ヵ月と数週間ほどしかない。

 その期間が終わってしまえば、水上は潮騒高校へと戻り、アッサムとはまた離れ離れになってしまう。

 なら、それまでにもっと思い出を作ろう。

 もっと、アッサムと過ごそう。

 明日からは、どう過ごすか。

 水上はそれを考えながら、ホテルへと続く道を歩いた。




これで、アッサムと水上の恋物語は一区切りつきました。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

ですが、この話は水上が聖グロリアーナで給仕として3カ月を終えるまで続きます。
まだこの話は続きますので、今後ともよろしくお願いいたします。

感想・ご指摘等があればお気軽にどうぞ。

それでは、また次回の投稿でお会いしましょう。








次回作の構想は出来てはいますが・・・
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