予めご了承ください。
翌日の聖グロリアーナ女学院の校門前で、水上とアッサムは偶然にも遭遇した。
「おはよう、水上」
「おはようございます、アッサム様」
アッサムも水上も、笑顔で挨拶を交わす。2人の間には、お互いに対する恋心を自覚した時のような、緊張感やぎこちなさはもう無い。
だって、もうお互いに、相手の事が好きだと分かっているのだから。
2人並んで昇降口に向かうアッサムと水上。それだけでもどうやら奇異に見えるらしく、周りを歩く生徒たちは2人を見てヒソヒソと話をしていた。
だが、水上もアッサムもそんな事は気にせず、2人だけの世界に入り浸っている。
「今日も戦車道の授業は休みですが、如何なさいますか?」
「そうね・・・」
ダージリンは一昨日、戦車道の訓練を3日間休みにした。つまり、明日まで戦車道の授業はあるにはあるが、内容は無いという事になる。その時間をどう潰すか、アッサムはまだ考えていなかった。
「水上は昨日、どうしていたの?」
「私ですか?私は昨日は、砲弾や燃料などの物資の確認をしていました」
「今日は?」
「そうですね・・・」
アッサムに問われて、水上は今日はどうするかを考える。
「今日は・・・整備班の見学をしようかと」
「整備班?」
「ええ。まだここに来てからじっくり見た事はありませんでしたし、戦車の整備で忙しいでしょうからお茶でも淹れて差し上げようかと思います」
なるほど、お茶を淹れるというのは人に尽くすのを夢見る水上らしい。それに、見た事がない場所を見るというのも、好奇心からくるものだろう。
「私は、そうね・・・水上と一緒にしようかな」
「・・・・・・・・・・・・」
さらっと一緒に行動する宣言をしたアッサム。それに水上は僅かにびっくりしたが、そもそも自分とアッサムは付き合っているのだ。一緒にいる事の何がおかしいのか。
「・・・分かりました」
水上が頷いたところで、アッサムが水上の手を握る。
周りから聞こえてくるヒソヒソ話が増えた気がするが、水上は気にせず、アッサムの手を握り返す。
そして2人は、手をつないだまま昇降口へと向かった。
昼休み、食堂で水上はアッサム、オレンジペコ、ルクリリ、ルフナと同席して食事をしていた。ここに来た当初は、周りが女性しかいない事に緊張し、戸惑ってしまったが、今ではもう慣れてしまった。その状況に慣れてしまった事に水上は一抹の恐れを抱いたが、あまり深くは考えない事にする。
「アッサム様、昨日は大丈夫でしたか?」
オレンジペコがホットクロスバンを食べてから聞く。アッサムは、うなぎのゼリー寄せを一口食べてから、向かい側に座るオレンジペコに優しく笑いかける。
「大丈夫よ。心配してくれてありがとうね」
そのオレンジペコの隣で、ルクリリがカレーライスを食べながら、ニヤニヤと意味ありげな笑みを浮かべて水上の事を見つめている。
「・・・ルクリリ様、何か?」
耐えかねて水上が、ルクリリに問いかける。ルクリリはその笑みのままで、2人の事を指差す。アッサムが『はしたないわよ』と指摘するが、ルクリリは気にしない。
「お2人とも、自然に隣同士で座ってるので、気になってたんですよ」
今、席の並び順は、水上の隣にアッサム、アッサムの向かい側にオレンジペコ、その隣にルクリリ、さらにその隣にルフナという順番だ。
そして、席に座る際、アッサムはごく自然な流れで、当たり前のように水上の隣に座ったのだ。
「・・・偶然ですよ。他意はありません」
水上が目を逸らしながらフィッシュアンドチップスを齧る。
「もしかして、2人とももう付き合ってたりして」
ルクリリが、別に何も考えていない風に呟くが、それは的中していた。水上とアッサムは、顔を赤くしてお互い視線を下に逸らす。
その割と本気な反応を見て、真っ先に反応したのはオレンジペコだ。
「え・・・?もしかして、お2人とも、本当に・・・・・・?」
水上とアッサムは何も言わない。それが、当たり、と表しているの気付き、オレンジペコもまた顔を赤くする。
「・・・何というか、お似合いですね」
ルクリリが背もたれに身体を預けて、感慨深そうにつぶやく。
そこで水上は、未だ黙ったままのルフナの方を見る。ルフナは、もの悲しそうな表情でフィッシュアンドチップスを食べていた。
そのルフナの事を直視できず、水上は視線を自分の皿に盛りつけてあるフィッシュアンドチップスへと落とす。
(・・・・・・ちゃんと、話をしないとな)
そう考えて、水上は自分のフィッシュアンドチップスを食べる。
迎えた戦車道の時間、練習場に人の姿は無い。他の履修者たちは図書室で時間を潰したり、他の選択科目の見学をしたりしているのだろう。オレンジペコは図書室へ行くと言っていた。ダージリンの格言や名言、ことわざの予習をしておくらしい。
普段、戦車道の授業後のお茶会で運ばれてくるお菓子は、栄養科が作っている。だが、戦車道が休みだから栄養科も休みというわけにはいかない。常日頃から栄養科は、美味しいお茶菓子を研究し、試作しているのだ。今ここにいない戦車道履修者たちの多くは、栄養科の授業を見学に行って、試食と称してお茶菓子を食べているのかもしれない。甘いお菓子に目がないのは、どの女の子も同じのようだ。
そして水上とアッサムは、整備班が戦車の整備を行っている格納庫を訪れていた。
今の時期、格納庫の中は蒸し暑く、熱気であふれている。ぴっちりスーツを着てきた水上も、暑さの余り思わずふらついてしまったぐらいだ。
そんな格納庫の中で、整備班の生徒たちは、赤いつなぎをぴっちりと着て、名前も知らない工具を自在に操って戦車の整備に当たっている。
「皆さま、お疲れ様です」
水上が声を掛けると、整備をしていた生徒たちが目を水上とアッサムに向ける。
「アイスティーを淹れて来ましたので、よろしければどうぞ」
水上が、アイスティーの入ったポットを掲げると、整備班の生徒たちはパァッっと顔を明るくする。そして、工具を工具箱に片付けてから、水上とアッサムの下へと集まる。この環境下での冷たい飲み物は、砂漠でオアシスを見つけた時のような気分にも等しい。
水上が紙コップにアイスティーを注ぎ、アッサムがそれを整備班の生徒たちに手渡す。手渡された生徒は一口飲み、口々に『美味しいですぅ』とか『生き返りますねぇ』と感嘆の声を漏らしていた。
「戦車の整備はどうですか?」
水上が、アイスティーを飲んでいた整備班班長に尋ねる。
「結構きついですけど、やりがいがありますよ」
班長がニッコリ笑顔で言う。
「それにしても、激戦でしたね」
班長が、まだ整備途中のマチルダⅡやクルセイダーを見ながら感慨深そうにつぶやく。
「・・・私が作戦を立てたのに、負けてしまって・・・」
アッサムが、水上の隣で表情を陰らせる。そして、整備班の班長に頭を下げた。
「ごめんなさい。私のせいで・・・」
「えっ、どうして謝るんですか?」
だが、謝られた班長は驚いた顔をする。
「計画通りにいかない、失敗する事なんて誰にでもありますよ。今回アッサム様の立てた作戦が上手くいかなかった事も、その誰にでもある事に当てはまりますから。ですから、あまりに気に病まないでください」
整備が増えるのは整備班としては仕事が増えて嬉しいですがね、という冗談交じりの班長の言葉を聞いて、アッサムがもう一度深く頭を下げる。
その後、水上はスーツの上とベストを脱いで、少しだけだが整備班の手伝いをした。だが、あまり身体を鍛えていない水上に整備班の班長は力仕事を任せ、水上がつい腰を痛めてしまった話については割愛する。
戦車道の授業の時間が終わる。通常ならこのあとお茶会が行われるのだが、今日はお茶会も休みだ。なので、戦車道履修者たちはそれぞれ自分の教室に戻って荷物を回収し、寮へと戻る。
水上も、教室まで荷物を取りに行き、それからまたアッサムと合流して寮へ送ろうとしていた。
だが水上は、自分のクラスに戻った際に、ルフナと遭遇したのだ。
「・・・・・・・・・あ」
ルフナが水上に気付き、何かを言いたそうな目で水上を見つめる。水上は、何て言えばいいのか分からなかった。
水上は、先日ルフナに告白をされた。そして、水上はそれを断った。
その翌日、ルフナは努めて水上と普段通りの関係を築こうとし、水上もそれに答える形で最大限いつも通りに接した。
それ以来、周りに人がおらずルフナと2人きりになる、という状況は無かった。つまり、今この瞬間が初めてとなる。
「・・・付き合う、のですね。アッサム様と・・・」
沈黙を破り、確認するようにルフナが言葉を投げかける。水上は、それに小さく頷いて応じる。
そして、水上はルフナから目線を外して、小さく、だが相手に聞こえるように話す。
「・・・ごめんなさい。ルフナ様を振ってしまって・・・。その上、別の人と付き合うなど・・・」
「・・・いいえ、気にしないでください」
ルフナが首を振り、水上の言葉をやんわりと否定する。
「・・・変な事を聞きますが・・・」
「?」
ルフナが妙な前置きをする。そして、目を水上に合わせる。
「・・・水上さんは、今・・・アッサム様と付き合うことができて、幸せですか?」
その問いの答えは、聞かれるまでも無い事だ。
「はい。もちろんです」
水上が力強く答える。それを聞いたルフナは、安心したように胸に手を当てる。
「・・・それだけで、私は十分です」
「・・・・・・」
「水上さんが幸せであれば、私はそれで十分、幸せです。たとえ、私が振られたのだとしても」
水上は、心の中で思う。
ルフナは、何て強い子なのだろう。
振られてもなお、その相手の幸せを願って自ら引くことができるなど、自分には到底出来そうもない。
それを成し遂げられる、そして、言葉にすることができるルフナは、強い。
「・・・・・・ありがとう、ございます」
その気持ちを、感謝の言葉で表現し、水上は再度頭を下げる。
ルフナは、笑って頭を下げる水上の事を見つめていた。
その頭を下げている間、水上は心の中で決意する。
ルフナも幸せになれるように、応援しよう、と。
その後、水上はアッサムとルフナを寮へと送った。アッサムは最初、ルフナがいる事にびっくりしたが、水上が『大丈夫だ』と目で伝えると、アッサムは安心したようにルフナと共に寮への道を歩む。
「ジョーク好きで、お2人とも意気投合したんですか」
「ええ。最初に出会った時、同じジョークの本を持っていたことで話が広がって」
「そんな事って現実であるんですね・・・私、創作の世界だけだと思ってました」
アッサムとルフナが、水上とアッサムの馴れ初めを聞いて真剣にうなずいている。正直、水上にとっては凄く恥ずかしい事だった。
しかし、ルフナは真剣だし、アッサムも楽しそうに話しているので止められそうもない。聞くに徹している水上は、今さらながら自分の行動を振り返って、恥ずかしくて死んでしまいそうになっていた。
「でも、まさか、また会えるとは思わなかった」
アッサムの、心底嬉しそうな言葉を聞いて、水上は我に返る。
「・・・・・・私もです」
そして、水上はただそれだけ返すと、アッサムは優しい笑みを水上に向けてくれた。
ルフナは、2人の様子を温かい目で見つめていた。
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