いくら戦車道の強豪校であろうとも、本場イギリスと提携していようとも、聖グロリアーナ女学院にも夏休みはある。
その期間は、8月1日から31日までと、他と比べると少し短めだ。水上の本来通っている潮騒高校は、7月15日から8月31日までであるから、聖グロリアーナはそれよりも2週間ほど短い計算になる。
そして当然と言えば当然だが、宿題も出される。自由研究や日記など、ごく一般的な学校にありがちなものは無いが、一般科目の宿題は普通の高校と同じくらいの量だった。
水上は、聖グロリアーナ女学院の生徒ではあるが、短期入学と言う形式上、宿題の量は通常の半分ほどしかなかった。そのことに対して水上は、普段よりも量が少ないと歓喜した。
だが、例え夏休みであっても戦車道の訓練は続いている。毎日ではないが、週に2、3日程度の頻度で訓練は行われている。
今日は、全国大会が終わったという事もあり、模擬戦ではなく通常の砲撃訓練が行われた。停止射撃、躍進射撃、行進間射撃全てをこなす。
そして訓練が終わると、またいつも通りお茶会が開かれる。夏休みでも、栄養科は活動を続けているようで、お茶菓子は通常通り提供されている。
水上がいつものように紅茶を淹れ、ダージリン、オレンジペコ、アッサムの3人が今日の訓練の成果について語り合っているところで。
リリリリン、リリリリン。
部屋に置かれている電話機がベルを鳴らす。水上は素早く電話を取り、応対する。
「はい、聖グロリアーナ女学院、紅茶の園です」
電話の向こうから聞こえてきたのは、聞き覚えのある声だ。
『大洗女子学園生徒会の、河嶋桃だ。戦車隊隊長のダージリンと話がしたい』
「かしこまりました。少々お待ちください」
電話を保留にして受話器を置き、ダージリンの下へ電話機を持って行く。
「ダージリン様、大洗女子学園の河嶋という方からお電話です」
「分かったわ」
ダージリンが受話器を手に取り、保留を解除する。
そして、ダージリンは『ええ』とか『分かりましたわ』などと返事を何度かして、最後にこう締めくくった。
「こちらも、手加減は致しませんわ」
受話器を置いて電話を切る。水上は、電話機を元あった場所まで持っていき、元の位置に戻すとダージリンの下へと歩み寄る。
「水上」
そのタイミングを見計らって、ダージリンが水上に声を掛ける。
「はい」
「8月の24日、大洗でエキシビションマッチが開催される事になったわ」
「エキシビションマッチ・・・ですか」
ここに電話が来たという事は、恐らくは戦車道関連のイベントなのだろう。それは分かる。だが、エキシビションマッチとは一体、なぜ大洗で行われるのだろうか?
頭に疑問符を浮かべる水上を見て、アッサムが補足をする。
「戦車道全国大会で大洗女子学園が優勝したでしょう?全国大会で優勝した学校は、地元でエキシビションマッチという試合を行う権利が与えられるの」
「・・・はあ」
「エキシビションマッチは、準優勝校と優勝校が準決勝で試合をした相手校・・・つまり、ウチとプラウダ高校ね。それと、準優勝校が1回戦で戦った相手・・・これは知波単学園が、その試合に参戦できるの」
「・・・・・・なるほど。という事は、先ほどの電話は・・・」
「要は我々に、エキシビションマッチの試合に参加してほしい、という事ですよね?ダージリン」
アッサムの問に、ダージリンは頷いて紅茶を飲む。
「だから、スケジュールの調整をお願いするわ」
「かしこまりました」
「それと、オレンジペコ」
急に名を呼ばれたオレンジペコ。だが、オレンジペコは驚きもせずダージリンの方を見る。
「なんでしょう、ダージリン様」
「ローズヒップを呼んできてくれるかしら?」
「えっ・・・・・・はい、分かりました」
どうやら、オレンジペコは乗り気ではないらしいが、ダージリンの命令とあれば従わないわけにはいかない。渋々席を立ち、部屋を出て行った。
「・・・ダージリン、どうしてローズヒップを?」
「あの子も、エキシビションマッチに参加してもらおうと思うの。それに、明日の訓練はちょっと趣向を凝らそうと思ってね」
「?」
ダージリンの要領を得ていない言葉に、アッサムは首をかしげるだけ。アッサムに分からない事は、水上にも当然ながらわかるはずはない。
「あ。そうだ、水上」
「何でしょうか」
「ちょっと、ドアの前に立っていてくれる?」
「?分かりました」
少し意味の分からない指示だったが、とりあえず従う水上。
言われた通り、ドアの前に立ってしばらく待つと、外から『タタタタタ』と誰かが駆けてくる音が聞こえてきた。その音は次第に大きくなっていき、やがて。
バァン!
「ローズヒップ、参上でございますわ!」
大きな音を立てて勢いよくドアが開かれる。そして、ワインレッドのタンクジャケットに身を包んだ癖のある赤毛の少女が飛び込んできた。
そのドアの前に立っていた水上がどうなるのかは、言うまでもない。
「ふげっ!?」
ドアの直撃を顔に受け、跪く水上。
その様子を全て見ていたダージリンは膝を叩いて必死に笑いをこらえている。
「ふげっ・・・て。ふげっ、て・・・!」
「ピタゴラ・・・」
アッサムが呆然とした様子で、水上が顔をぶつけた様子をある教育番組に例える。
そこで、息を切らしながらオレンジペコがやってきた。
「ローズヒップさん・・・全力疾走は、淑女として、どうかと・・・」
「あら?これでもまだジョギング程度のおつもりだったんですけれど・・・」
そこでオレンジペコは、顔を抑えて跪いている水上を見て『ひっ』と小さく悲鳴を上げる。
「だ、大丈夫ですか?水上さん・・・」
水上は、何とか手で大丈夫とオレンジペコに告げると、顔を抑えたままダージリンの方を見る。
「ダージリン、謀ったな・・・。滅茶苦茶痛いぞチクショー・・・」
「素。素の口調が出てるわよ、水上」
水上が騙されて被害を被った事により全く気にしていなかったが、アッサムが忠告をする。肝心のダージリンは、初めて聞いた水上の素の口調を聞き、口元を抑えて笑っていた。
顔を抑えていた手を離すと、手のひらに血が付いていた。
「あっ、鼻血・・・・・・」
オレンジペコが痛々しそうにつぶやくと、水上は自分の鼻の下に指をやる。すると、指にもまた血が付いてしまった。さっきドアに顔をぶつけた衝撃だろう。
それを見て、アッサムが急いで席を立って水上の下へと駆け寄る。
「水上、大丈夫?」
「・・・どうにか」
未だ跪いたまま鼻を抑える水上。アッサムは、ポケットからティッシュを取り出して、小さく細長く丸めて、水上の鼻血が出ている鼻にギュッと詰め込む。
この時、2人の距離はほぼゼロに近かったのだが、2人はその程度の事でもう動揺などはしない。
水上は顔全体が痛かったし、アッサムは水上の事が心配でならなかったから。何より、2人とも唇同士のキスを交わしたのだから。今更顔を近づける程度では動揺しない。
ようやく水上が立ち上がり、鼻血を止めるために上を向く。
そして、アッサムがローズヒップをきっとにらみつける。
「ローズヒップ、あなたが乱暴にドアを開けたせいで、水上は怪我してしまったのよ?」
「ご、ごめんあそばせ・・・」
ローズヒップが頭を下げて謝ってくる。水上は、鼻を抑えながら『大丈夫ですよ』と笑顔で答える。それを見てオレンジペコは、『強い人だなぁ』と心の中で水上の事を評価した。
「それと、ダージリン?」
アッサムがじろっとダージリンの事を見る。ダージリンは、大爆笑から抜け出して何事もなかったかのように紅茶を飲んでいた。
「悪戯とはいえこれは少々度が過ぎていると思いますよ」
「ごめんなさいね。でも、多分こうなるだろうな、って思って」
「理由になってません」
水上は心の中で、いつか絶対仕返ししてやると心に誓った。
「ごめんなさいですわ、水上さん。まさか、ドアの前に人が立っているとは思わなくて・・・」
「いえ、私も迂闊でした」
ローズヒップが、上を向いたままの水上に向かって、改めて礼儀正しい45度のお辞儀をする。水上は、根は優しい子なんだろうな、と心の中で思った。
この赤毛の少女がローズヒップ。
水上が初めて聖グロリアーナに来て、初めて戦車道の訓練を見学した時。一列横隊の訓練中に隊列を乱して撃破判定を受けたあのクルセイダーの車長であり、そして聖グロリアーナ戦車隊クルセイダー部隊の隊長だ。
ローズヒップは、全国大会が終わるまでは紅茶の名も与えられない、無名の履修生だった。
だが、全国大会で幾度も窮地を乗り越え、準決勝ではフラッグ車まで通じる道を拓いたとして、その功績を称えられダージリンから“ローズヒップ”の名をいただいたのだ。
しかし普段の言動からは、他の聖グロリアーナの生徒のような淑やかさや優雅さはあまり感じられず、普段の水上とさして変わらないような雑多な雰囲気を醸し出していた。アッサム曰く、『これでも前よりはマシになった』とのことだが、この前はどうだったのかは全く想像できない。
「で、ローズヒップ」
「はい、何でございましょう」
「今度、大洗でエキシビションマッチが開催される事になったの」
「えきしびしょん・・・?かっこ良さそうな響きですわね!」
オレンジペコが苦笑し、アッサムがため息をつく。どうやら、エキシビションとはなにかは分かっていないらしい。
アッサムが簡単にエキシビションとは何なのかを説明する。その説明を聞いてローズヒップは、『へえ~』と生返事を返すだけ。本当にわかったのかどうかは定かではない。
「それで、そのエキシビションマッチに、あなた達クルセイダーの部隊も参加してもらうわ」
「マジですの!?」
「マジよ」
ローズヒップが嬉しそうに顔を輝かせる。嬉しそうな様子を見てダージリンがまた紅茶を飲む。
ローズヒップも、水上が新しく用意したカップに注がれた紅茶を飲んだ。イッキで。
「かーっ、美味い!」
酒を飲んだおっさんのような反応をして、アッサムが頭を抱える。ダージリンはプルプルと震えて笑いをこらえている。オレンジペコは『頭が痛い』と言わんばかりにおでこを抑えていた。
水上はと言えば、自分の淹れた紅茶が『美味い』と言われて、嬉しいと言えば嬉しいのではあるが、反応が他の聖グロリアーナ生と違うので、新鮮さも感じていた。
「ローズヒップ、もう少しゆっくりと飲みなさい」
「ですが、紅茶は熱いうちに飲めと・・・」
「確かにそうは言ったけれど、イッキで飲んでいいとは言ってないはずよ」
アッサムがローズヒップに説教する。
思えば、最初にここへ来た時も、アッサムはローズヒップに説教をしていた。そのような場面は、あの時以来何度も見ていたので、アッサムはローズヒップの世話役とでも言うべき存在なのだろうか。
「それで、ここからが本題なのだけれど」
ダージリンが紅茶のカップを置いて手を組む。その至って真面目な姿勢を受けて、アッサムとオレンジペコも姿勢を正す。ローズヒップは、キョトンとした顔を浮かべるだけだ。
ダージリンの口からどんな言葉が飛び出すのか、3人は緊張していたが。
「水上」
「?」
この局面で突然名を呼ばれた水上。いきなりの事に少し驚いたが、ダージリンの下へと歩み寄る。
「はい」
「明日の訓練、模擬戦でしょう?」
「はい、明日は市街地エリアで、5対5のフラッグ戦を予定しております」
明日の訓練の事を聞いてくるダージリン。なぜ今聞いてくるのだろうか?
「その明日の訓練なんだけど」
ダージリンが、水上の方を振り返る。
そして、ここにいる誰もが予想し得ないことを言った。
「あなた、私と勝負しなさい」
全員が沈黙する。
その沈黙は、驚きからくるものだ。
アッサムも、オレンジペコも、口をぽかんと開けている。ローズヒップは顔の角度を斜め45度くらいに傾けている。どうやら、まだダージリンの言った言葉の意味が理解できていないらしい。
「・・・無礼を承知で言いますが、何を仰っているのか意味が分かりません」
そして、勝負しろと言われた当の水上は、ダージリンに聞き返す。
「あなたがここにいられるのも、もうあと1カ月足らずでしょう?思い出作りの一環よ」
あと1カ月足らず。
その事実を聞いて、アッサムは顔を曇らせる。オレンジペコも、少し寂しそうな表情をしていた。
「思い出作りのために私と勝負ですか?戦車戦で?」
「ええ。なかなか面白いとは思わなくて?」
「おっもしろそうですわね!」
ダージリンの言葉に真っ先に反応したのは、ぱちんと指を鳴らしたローズヒップ。しかし、それでもまだ当の水上は納得してはいない。
「私は男です。戦車に乗る資格がありません」
「でもこの前は砲手をやったじゃない」
「・・・・・・あれは仕方なくやったのであって」
「それに、いつもと同じように訓練を繰り返していても、いずれは皆の血肉とならなくなる。普段とは少し違う訓練をすれば、気持ちもリフレッシュされると思うの」
「どうでしょうか。私のような異物が混じったところで―――」
「でも、確かに面白そうですね。男性の方が戦車を指揮すると、どうなるのでしょう。楽しみです」
水上がごねるのを遮ってダージリンの意見に同調したのはオレンジペコ。最近、オレンジペコはダージリンと共同戦線を張ることが多くなった気がする。アッサムと付き合い始めてから、それが顕著だ。
こうなってしまっては、最後の希望アッサムに望みを託すしかない。アッサムが否定してくれれば、水上もまだ抵抗の余地がある。
水上は、すがるような目線をアッサムに向けるが、アッサムは。
「・・・・・・面白そうじゃない」
希望は、打ち砕かれた。
その日の夜。学園艦側部公園にやってきた水上は、欄干に顔を乗っけて海を眺めていた。
「はぁ・・・」
もう何度目かもわからない溜息をつく水上。
まさか、自分が戦車に乗って指揮をして、ダージリンと戦う事になるなんて、想像したことも無かった。
あの後、水上はダージリンから明日の模擬戦の内容を教えてもらった。
ルールはフラッグ戦。お互いのチームの戦車は5輌。ダージリン率いるAチームはチャーチル1輌にマチルダⅡ2輌、クルセイダーが2輌。対する水上のBチームは、マチルダⅡ3輌にクルセイダーが2輌。そして水上のチームにはルクリリとローズヒップがいるが、だからと言って絶対勝つことができる、というわけでもない。
だが、勝負をする以上は、勝ちたいと水上は思っている。
しかし相手はあのダージリン。自分のような凡人の考える作戦などお見通しだろう。
「どうしろっていうんだよ・・・」
頭を抱え込む水上。
お茶会が終わった後、ホテルに戻った水上はいくつか作戦を考えてみたが、どれも破られる可能性が高すぎる。
そして、こんな状況でも水上は、アッサムの事を考えていた。
アッサムは、いつも試合の前はこんなプレッシャーと戦いながら作戦を考えていたのだろう。そして、黒森峰戦を除けばいつも勝ってきた。
水上も今、アッサムと同じように作戦を考えているが、勝てるのかという不安と、自分がチームリーダーであるというプレッシャーに押し潰されそうだ。
ああ、という言葉にならない声が水上の口から洩れる。
と、そこで。
「水上?」
声を掛けられた。
その声は、水上の忘れるはずもない、愛すべき人のものだった。
「アッサム・・・」
水上が声のした方向を見ると、そこにいたのは聖グロリアーナの制服を着ているアッサムがいた。
アッサムはゆっくりと水上に歩み寄り、傍に立つ。
「・・・・・・ここにいると思った」
アッサムの笑いながらの言葉を聞いて、水上は首をかしげる。
「?どうして」
「・・・私も、試合前の緊張をほぐすためにここに来ることがあるの。それで、もしかしたら水上も、って思ってきてみたら、ね」
「・・・・・・なるほどな」
確かに、水上は緊張を少しでも解すためにここへやってきた。海を見ていると少しでも心が落ち着くと思っていた。それに、アッサムと日の出を見て、アッサムの弱音を聞いたここにいれば、試合前のアッサムの気持ちが少しでも分かるんじゃないか、と思っていたのだ。
「確かに・・・緊張してるよ」
「まあ、そうよね・・・」
はぁ、とため息をつく水上。そして恨めしそうにアッサムを見る。
「あそこでアッサムが反論してくれれば・・・こんな事にはならなかったのに」
「ごめんなさいね。でも、男の人が戦車に乗って指揮を執るって、なんだか新鮮に思えたから」
アッサムが特に悪びれてもいない様子で水上に笑いかける。水上はその笑みを向けられて何も言えない。
「あーあ・・・ダージリンに勝つ方法なんて思いつかない・・・」
「・・・・・・無理して勝とうとしなくても、良いんじゃないかしら?」
「え」
アッサムが言った何気ない一言で、水上はアッサムの方を向く。
「水上は、戦車に乗るのは初めてじゃないみたいだけど、実際に試合で指揮を執るのは初めてなんでしょ?」
「・・・・・・ああ」
「誰でも最初は勝つことができる、っていうのは間違いよ。現に、あのダージリンだって、2年生の時はじめて指揮を執って練習試合をしたけれど、その時は負けてしまったもの」
「・・・・・・そうだったのか」
ダージリンの知られざる過去を知って、頷く水上。
「だから水上も、初めてだからって『絶対に勝とう』とは思わない方がいいわよ。余計にプレッシャーを感じてしまうし、勝利への重圧に押し潰されてしまうから」
アッサムの言っている事は、もっともだと思う。勝たなければ、と思っているからこそ余計にプレッシャーを感じてしまっていたのだから。
だが、それでも初めて指揮を執って試合をするということで、それだけでもプレッシャーは尋常ではない。
「アッサムの言う通りだ。でも、やっぱり緊張する・・・・・・」
水上がまた欄干に顔を付ける。それを見たアッサムは、少しだけ笑い、こう言った。
「・・・・・・ね、水上」
「んー?」
水上が欄干に顔を付けたまま生返事を返す。
「ちょっと、こっち向いてくれる?」
「・・・別にいいけど、なんで―――」
水上の言葉は途切れた。
なぜなら、水上がアッサムの方を向いた瞬間。
アッサムが自らの唇を、水上の唇に重ねたからだ。
「・・・・・・」
しばしの間、唇を重ね合わせる2人。
やがて、アッサムが顔を離すと、唇も自然と離れる。
「・・・・・・緊張、取れた?」
「・・・・・・ああ」
水上は、優しく笑う。アッサムは心底安心したように胸に手を置く。
「よかった」
「・・・・・・アッサム」
「何?」
その様子を見た水上は、アッサムに真剣な眼差しを向けて、肩に手を置き、告げる。
「・・・アッサムに伝えたいことがあるんだ」
「・・・何かしら?」
「・・・・・・俺が、ここを去る日に言うよ」
「・・・・・・楽しみにしているわ」
アッサムが、実に楽しそうな笑みを浮かべると、水上は肩から手を放す。
「じゃあ、もう遅いし帰るわね」
「送ろうか?」
「大丈夫、1人で帰れるから」
「・・・そうか」
「それじゃ、明日は頑張りましょう」
「ああ」
アッサムは手を振って水上と別れる。水上は、アッサムの姿が見えなくなるまで見送った後、改めて海の方を見る。
(・・・・・・伝えるのは、本当に、最後だ)
水上が、聖グロリアーナを去る日に告げる、と言った言葉は、生半可な気持ちでは言えない、尋常ではないほどの覚悟と勇気をもって言うべき言葉だ。
今はまだ、その覚悟と勇気が水上にはない。それを、あと1カ月足らずで身につけて、その言葉をアッサムに告げよう。
それまで、その言葉を告げるのは、禁止だ。
あと、1カ月足らずで、水上はここを去ってしまう。
その事実を思い出し、私はため息をつく。
「・・・・・・」
分かっていたはずだった。水上がここにいられるのは3カ月だけ、というのはここに給仕係が来ると告げられた時に知った事だ。
ならば、水上が3カ月でここからいなくなってしまうという事も、当然知っていた。
だが、今の今まで、その事実から目を逸らしてきた。
その理由は分かっている。
水上と、ずっと一緒にいたい、離れたくないと思っていたからだ。
仮にこの気持ちを誰かに素直に話したとしても、『携帯があるでしょ』と言われるに違いない。確かに、水上とはアドレスを交換しているので、いつでも連絡を取り合うことはできる。それで、繋がりを保つことができる。
だけど、それでも、水上の顔がもう見られなくなってしまう、と思うと切なくて、胸が詰まってしまう。
ずっと、水上と一緒にいたい。
もっと、水上と時を過ごしたい。
その願いを叶えることができる究極の選択肢は、残っていた。
それは。
「・・・・・・・・・・・・けっこ」
私はその言葉を言いそうになって頭をブンブン振る。
それは流石に、飛躍しすぎだ。今の私にはまだ、早急すぎる。
とにかく、水上は後1カ月足らずでここを去る。
ならば、せめて思い出に残るような事をしよう。
明日の模擬戦も、思い出に残る事だ。
生まれて初めて、戦車で男と戦うのだから。
ガルパンの世界で男が戦車に乗るのは邪道と捉えられていますが、
これはあくまで創作ですのであしからず。
感想・ご指摘等があればお気軽にどうぞ。