バトラーと私   作:プロッター

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今回クオリティが低めです。
ごめんなさい。


戦う者として

「ではこれより、ダージリン様率いるAチーム対水上さん率いるBチームの模擬戦を行います」

 晴天の下、審判を務める戦車道履修者が宣言する。

「礼」

「「よろしくお願いします」」

 礼を告げると、対峙しているダージリンと水上、そして両チームの各車輌の車長が挨拶をする。

 この時点で水上は、既に逃げ出したい気分だった。

 本当に自分が試合をするのか。あのダージリンと、戦車で、戦うというのか。

 男の自分が戦車に乗って指揮を執るなんて、一生無いと思っていた。

 だが、実際に今自分はこうして戦車道の訓練場に立ち、挨拶を交わして、戦車に乗り込もうと歩を進めている。

 これまで何度も模擬や試合を行っていたアッサムやオレンジペコ、ルクリリは果たしてどんな心境だったのだろう。聞いておけばよかった。そうすれば、少しだけだが気持ちも和らぐと思ったが、過ぎたことを悔やんでも仕方がない。

 それに、ここまで来たらもう後戻りはできないし、『やっぱりできない』と言って逃げ出すのも男としてどうかと思う。

 けれど、作戦は一応考えて来てはいた。通用するかどうかは分からないが、全力で戦うほかない。

 水上は、フラッグ車であり自分の乗る戦車―――マチルダⅡの前に立ち、車体に手を触れてこう呟く。

「・・・・・・よろしく頼む」

 初めて自分が指揮をするのだから、自分が車長として乗るのだから、その戦車に対しても礼儀を尽くすべきだ。

 そう思って水上は、マチルダⅡに挨拶をしたのだ。

 それが見られたのだろう、後ろからくすくすと笑い声がする。その声の主の顔を見てやろうと思い、振り返った先にいたのは。

「あ、すみません」

 ルクリリだった。

「・・・・・・何かおかしなところでも?」

「いえ、別に。でも、なんだかいいなあ、って思っただけです」

 ルクリリのほんわかとした言い方に、水上は首をかしげる。なんだかいいとは一体どういう意味だ。

「大事な試合の前に、自分の乗る戦車に向かって挨拶をするなんて、漫画みたいじゃないですか。それが面白いと思ったんですよ」

 漫画みたい、と言われて水上は、確かにその通りだと思う。

 試合やコンクールの前に、スポーツ選手だったり演奏家だったりが、自分の使うスポーツ器具や楽器に向けて、『頑張ろう』とか『よろしく』と語り掛けるシーンを、水上は何度も漫画の中で見てきた。

 それを、まさか実際に自分でやるとは。確かに笑える。

「・・・・・・一つ、聞いてもいいですか?ルクリリ様」

「はい?」

 そこで水上は、試合をする上で聞きたかったことをルクリリに尋ねる。

「自分がこうして戦車で戦う時って、どんな気持ちですか?」

「・・・・・・そうですねぇ」

 ルクリリは顎に手をやって考える。そして、自分の意見がまとまったようで、水上の方を見る。

「最初は確かに、私なんかが戦うなんて、と思う事は何度もありました。勝てるのかな、負けちゃったらどうしよう、不安だなあ、って思い、悩みました。今だって、ダージリン様や他の学校と戦う前は緊張するし、試合中はハラハラしっぱなしです」

 やっぱりそうか、と水上は思う。

 誰だって、戦いに身を投じる時は緊張するし、勝てるだろうかと不安になるものだ。水上自身がそうだし、弱音を吐いたアッサムもそうだった。そして、今話を聞いたルクリリも同じ。

「・・・・・・でも、気づいたんですよ。悩むぐらいで不安が解消されるなら、いくらでも悩めばいい。けれど実際はそうはいかないって」

 水上はハッとしたようにルクリリを見る。

 確かに、悩んで未来や過去が変わるのであれば、いくらでも悩めばいいのだろう。でも、ルクリリの言う通り現実はそう上手くいくはずが無い。

「そこからは簡単でした。縮こまって悩むのはやめにして、全力で戦おう、自分のベストを尽くそうって、開き直りました」

 にぱっと笑うルクリリ。その笑みは、水上の中にある悩みや不安を打ち消すように明るかった。

「・・・・・・体のいい現実逃避ですね」

「水上さんも、もし悩んでいるのであれば、参考にしてくださいね」

 思わず皮肉っぽく言うが、ルクリリはそれを全く気にせずに笑ったまま告げる。その笑顔を見て、水上もふっと笑う。

「・・・・・・そうですよね。悩んでいても、何も変わりませんものね」

 改めて、ルクリリに向き直る水上。

「ありがとうございます、ルクリリさん。気が晴れました。これで、試合に向けて全力で取り組めます」

「それは良かった」

「今回の試合、よろしくお願いします」

 水上がお辞儀をする。だがそこで、ルクリリが何かを期待するような目を自分に向けているのに気づく。その目線を向ける理由を水上が聞くと、ルクリリがこんな事を言ってきた。

「・・・・・・指揮をする時、なんですけど・・・。敬語じゃなくて、素の喋り方で話してもらってもいいですか?」

「・・・・・・」

 水上は考える。

 確かに、指示する際に言葉が、ここで水上が使っているような丁寧語だと、指揮に真摯さが伝わらないかもしれない。

 普段のような、悪く言ってしまうと若干威圧的な話し方の方が、指示がしやすいと言えばしやすい。

 ルクリリの言い分にも一理あると思い、水上は、今この時だけは敬語は封印し、素の口調で指揮を下すことにした。

「よし、締まって行こう」

「・・・はい!」

 水上の言葉を聞き、ルクリリは笑顔で頷いた。

 

 戦車に乗り込み、市街地エリアへと移動する。そして、試合開始地点であるエリアの南端で試合開始を待つ。

『・・・・・・・・・・・・』

マチルダⅡの中で、水上はその時を待っていた。

他の操縦手、砲手、装填手は、ジッと試合が始まる瞬間を待っている。水上のようにきょろきょろと中を見回したりはしない。水上は初めて車長を務める上にマチルダⅡに乗るのも初めてなので、周りにあるものすべてが珍しいからというのもあるが。

『それでは、試合開始!』

 スピーカーから審判の声が聞こえてくる。操縦手がエンジンをふかし、前進する準備をする。

「作戦はどうしますか」

 操縦手が聞いてくる。水上は懐から地図を取り出し、そして咽頭マイクのスイッチを入れて通信を始めた。

「ジャスミン、ローズヒップはそれぞれ東西に展開して、市街地を前進。敵フラッグ車のチャーチルを探せ。敵を発見した場合でも発砲せずに後退。安全確保を最優先にするように」

『了解!』

『こちらも了解ですわ!』

 指示を出すと、無線から威勢のいい2人分の声が聞こえてくる。最初に聞こえたのはジャスミンの、後から聞こえたのはローズヒップの声だ。

 その直後、グオオオンというエンジン音が車外から聞こえ、続けて履帯が地面をこする音が聞こえてきた。

「ルクリリとディンブラは、その場で待機」

『はい』

『了解』

 

「さて、水上はどういう作戦で来るのかしら?」

 横に座るダージリンが、実に嬉しそうに呟く。

 私も、楽しみではあった。

 戦車の指揮を執ったことなどない、さらに戦車に乗ることはあり得ないはずの、男である水上が、どんな戦い方を見せてくれるのか。あまり乗り気ではなかった水上には申し訳ないが、楽しみだ。

 私がこれからの試合に胸を躍らせている間にも、私の乗るチャーチルはゆっくりと市街地を前進している。今進んでいる道の幅は、車が1台通れる程度の広さしかないため、チーム全車輌で横一列に並んで進むというわけにはいかない。チャーチルの前後を、ニルギリとバイカルのマチルダⅡで守っているという具合だ。残りのクランベリーとバニラのクルセイダーは、別方向に偵察として向かわせている。

 ダージリンが、キューポラから身体を乗り出して周りを見る。

 やがて、交差点に差し掛かったところで。

「敵戦車発見、クルセイダー1輌」

 ダージリンの言葉を聞いて、私は自然と姿勢を正し、スコープを覗き込む。スコープの中に広がっているのは、作戦を練るために何度も歩いてみて回り、何度も試合をしたことで覚えてしまった廃れた街並みだ。

「方位9時、距離180ヤード」

 ダージリンの指示した方位を目指して砲塔を回転させる。

 ところが。

「・・・退いた?」

 ダージリンが再び身体を車内に滑り込ませ、少し考える。

「妙ね」

「?」

 砲弾を装填し終えたオレンジペコが、ダージリンの方を見て、どういうことかと目で問いかける。

「あの動きからして、あのクルセイダーに乗っているのはローズヒップ・・・。でも、なぜか攻撃をせず後退した・・・」

 ダージリンほどの観察眼を持っていれば、戦車の動かし方でだれがどの戦車に乗っているのかが分かるようになる。

 ローズヒップの乗るクルセイダーの動きには、私も目を光らせているためどんな動きをするかはなんとなくつかめていた。

そのクルセイダーは、恐らく急停車・急発進ですぐに視界から消えたのだろう。

「偵察でしょうか」

「・・・・・・」

 私の意見を聞いてもなお、ダージリンは考えているままだ。

 まだ、水上の真意は見えてこない。

 

「・・・了解」

 ローズヒップから、チャーチルのいる位置と、護衛の状態に関する連絡を受けて、俺は改めて地図を見る。

 報告によれば、ダージリンの乗るフラッグ車は市街地エリアのほぼ中央を南北に突っ切っている細い道を南下中。彼我の距離はおよそ800メートルほど離れている。

「・・・・・・」

 俺は考える。この先、ダージリンはどのようなルートを通るだろうか。

 そして、どこで“作戦”を発動させるか。

 ダージリンの通る道を仮定し、“作戦”を発動させる場所を決める。

「・・・ジャスミン、今の位置は?」

『こちらジャスミン、現在C28地点にて待機中・・・近くに戦車の駆動音あり。おそらくは、敵チームのクルセイダーのものかと』

「なるべく敵戦車に見つからないように、C55地点の十字路へ急行。東側で待機せよ」

『はい!』

「ディンブラは、C55地点の十字路に向かい、西側で待機するように」

『了解』

「俺とルクリリは、C55地点に南側から向かう。ルクリリ、先鋒は任せる」

『はい』

 

 最初にローズヒップの乗るクルセイダーを見つけてから10分以上が経過する。

 チャーチルは先ほどと同じ道をゆっくりと前進し続けているが、水上のチームに動きは無い。

「・・・仕掛けてきませんね」

 オレンジペコが紅茶をカップに注いで、そのカップをダージリンに渡す。ダージリンはそれを受け取り、一口飲む。

 私も、手に持ったカップの中にある紅茶を覗き込む。

 その紅茶に映されているのは、私自身の顔だ。

 自分の顔を見続けるというのはあまりいい気分ではないので、スコープの中を覗き込む。そこに広がっているのは、何の変哲もない街並みだ。

「まさか、怖気づいたのかしら?」

 ダージリンが愉快そうに言うが、私はそれを強く否定する。

「それはありません」

「?」

 ダージリンが、私の方を見るのが分かる。だが、私は顔を合わせようとはせず、スコープの奥に広がる市街地を見つめ続ける。

「・・・クルセイダーを偵察に出したという事は、こちらの出方を見ているという事。ならば、何かしらの策があるかと思われます」

「・・・・・・」

 ダージリンが、私の言葉を受けてまた考えこむ。

 やがてチャーチルと2輌のマチルダⅡは、大きな十字路へと出てくる。

 そこで、動きがあった。

『敵発見!左右から接近―――』

 突如流れ込んできた無線。それは、今チャーチルの前を進んでいるニルギリからのものだった。だが、その通信が途中で途切れ、代わりに聞こえてくるのはノイズ。

 そして、その直後。

『有効。Aチーム、マチルダⅡ走行不能』

「なっ・・・!」

 審判からの通信が聞こえ、ダージリンが息を呑んだのが、見なくても分かる。

 私はスコープの中に広がる光景をじっと見つめる。どうやら、先を走るニルギリのマチルダⅡは、横合いから奇襲を受けて撃破されたらしい。

 待ち伏せか。

 と、その時。後ろからグオオオンというモーター音が聞こえてきた。

 その音は、まったくもって不本意ではあるが、聞き慣れてしまったものだ。

 クルセイダーのモーター音である。

 それも、これだけの音量を出すほどモーターを回しているという事は、相当な速さで突っ込んできている。となれば、そのクルセイダーの車長は分かったも同然だ。

 ローズヒップだ。

 

『ダージリン様神妙にお縄につくんですのおおおお!!』

 スピーカーから、興奮した様子のローズヒップの声が聞こえてくる。どうやらスピードを出して興奮しているあまり、マイクのスイッチを入れてしまっているのに気づいていないのだろう。

 俺を含め、マチルダⅡの乗員は全員苦笑していた。

 俺の考えた作戦はこうだ。

 十字路に誘い込み、チャーチルの前部を護るマチルダⅡを、左右からクルセイダーとマチルダⅡで挟み込み撃破。さらに後ろからクルセイダーを突っ込ませて後部を護っているマチルダⅡも討つ。そして最後に、前部のマチルダⅡを、挟み込んだクルセイダーとマチルダⅡを使って横道へ追いやり、正面からマチルダⅡで狙い撃ち撃破する。

 前後左右四方向から攻める作戦である。

 果たしてうまくいくかどうかは不安だったが、出だしは上々。何とか、チャーチルの前を行くマチルダⅡの撃破には成功した。

 次に、後ろのマチルダⅡも撃破できれば勝機は見えてくる。

『撃てッ!』

 ローズヒップの声が聞こえた直後、スピーカーから轟音が聞こえてくる。その音を聞いて、俺たちマチルダⅡの乗員は耳を塞ぐ。

『有効。Aチーム、マチルダⅡ走行不能』

 よし、と俺が声に出すと、装填手がハイタッチをしてくる。

「ディンブラ、ジャスミン。擱座した戦車を横にどかせ。ジャスミンは後退、ディンブラは前進して戦車を撤去。ルクリリ、射程内に入るまで発砲は控えるように」

『了解!』

3人の返事を聞いて、俺は胸の中に熱い思いがこみ上げてくるのを感じる。

もしかしたら、勝てるかも―――

そこで、無線が入ってきた。

『こちらディンブラ、チャーチル前進中!』

「!」

 チャーチルは、擱座したマチルダⅡを無理やり押して道を出ようとしているのだ。

 そしてその上。

『チャーチル、こちらに砲塔指向中!』

 その直後、轟音が響く。

『有効。Bチーム、マチルダⅡ走行不能』

「くっ」

 ディンブラは撃破された。

『前方、距離約50ヤード先にチャーチル及びマチルダⅡ発見』

 続けて流れてきたのは、前を行くルクリリの通信。本来ならば、チャーチルの前にいるマチルダⅡはジャスミンとディンブラで横にどかしてあるはずだったのだが、それはできなかった。となれば、前にいる沈黙したマチルダⅡが邪魔で、ルクリリのマチルダⅡではチャーチルを撃つことができない。

『こちらジャスミン、後方から狙います!』

 さらに流れ込んできたのは、ジャスミンの声。ジャスミンは、チャーチルの後ろから狙って撃破しようとしているのだろう。

 ところが。

『えっ!?』

 驚いたようなジャスミンの声。そして、次の瞬間轟音が響いた。

『有効。Bチーム、クルセイダー走行不能』

 後ろに回り込んだジャスミンのクルセイダーが撃破される。

 と、同時に俺は思い出す。向こうのチームにも、クルセイダーが2輌いることを。

 おそらく、その2輌の内1輌が後ろからジャスミンの乗るクルセイダーを撃破したのだろう。

 となると、もう1輌のクルセイダーはどこに・・・

「!」

 俺は嫌な予感がしてキューポラから身を乗り出して後ろを見る。装填手が俺の名を呼ぶが、今の俺の耳には届かない。

 後ろを見て俺は、愕然とした。

 相手チームのクルセイダーが、こちらに迫ってきていたからだ。

 

「左右と前、後ろから挟み込むなんて、やるわね」

 ダージリンが紅茶のカップを揺らしながら優雅に呟く。

 ニルギリはやられる直前で、“左右から”敵戦車が迫ってくると言っていた。

 そして、後ろからはローズヒップのクルセイダーが来た。

 ここで、私も気づく。

 水上の狙いは、私たちの前後を挟むマチルダⅡを撃破して、その上で前後のどちらかから攻めてくると。

 後ろからくる可能性は、低かった。なぜなら、後ろの道に交差点は無く、マチルダⅡが撃破されてしまえば、チャーチルとローズヒップのクルセイダーとの間には擱座したマチルダⅡが居座る事になる。その動けなくなったマチルダⅡが邪魔で、クルセイダーはチャーチルを狙えなくなるからだ。

 逆に前には、交差点がある。横道に撃破されたマチルダⅡを動かせば、前は開く。そこから狙ってくることは予想できた。

 それを感じたのはダージリンも同じ。ダージリンはそれに気づくとすぐに前進の指示を出し、横道で待ち伏せていた1輌の戦車を撃つように指示する。

 私はそれに従い、落ち着いて狙いを定めてその戦車を撃破した。

 もう1輌の待ち伏せていた戦車は、別動隊のクルセイダーが倒すだろう。

 後は、前にいるであろうマチルダⅡを、回り込ませたクルセイダーが倒せば終わりだ。

 

『Bチームフラッグ車、マチルダⅡ走行不能。よって、Aチームの勝利』

 通信機から聞こえてくる声を聞いて、俺はため息をつく。

 中にいる乗員たちも、攻撃された衝撃で灰や煤を被ってしまっている。俺自身の着ているスーツも汚れてしまった。

 キューポラから身を乗り出してみると、自分の戦車が撃破された証である白旗が、パタパタと揺らめいていた。

「・・・負けたか」

 俺の人生で、恐らく最初で最後の戦車戦は、敗北という形になった。

 中を覗き込むと、乗員たちは皆俺の事を見ていた。

 しかし、その顔には悔しさや悲しさと言った感情は無い。

 あるのは、達成感だ。

「・・・・・・行きましょう」

 水上が促すと、乗員たちは笑って頷いた。

『はい!』

 

 格納庫の前まで戻ると、両チームのメンバーは改めて挨拶をする。そして、『紅茶の園』のメンバー以外は解散となった。

 そして、『紅茶の園』でのお茶会。

 初めての戦車戦で無い知恵を振り絞って作戦を立てて、その上乗りなれていない戦車に乗って指揮を執ったので、水上は疲れ切っていたが、それでも紅茶を淹れる事について妥協はしない。

 いつものように紅茶を淹れてダージリン、オレンジペコ、アッサムの3人のカップに紅茶を注ぐ。

「今日は楽しかったわよ、水上」

「ありがとうございます」

 ダージリンが話しかけてきて、水上はお辞儀をする。

「まさか、4方向から攻めてくるとは思いませんでした」

 オレンジペコが素直な感想を水上に告げる。

「市街地戦でしたので、地形を生かした戦い方をしようかと思いまして」

「初めての試合で2両もマチルダⅡを撃破できるんだから、すごいと思うわよ」

 アッサムが称賛してくれる。それがなんだかこそばゆくて、水上は頬を掻く。

「ここを去る前に、いい思い出ができたんじゃないかしら?」

 その言葉を聞いて、ダージリン以外のその場にいるメンバーは顔をわずかに俯かせる。

 水上が、聖グロリアーナを去るまで、後11日。2週間を切ってしまっていた。

「・・・・・・寂しくなりますね」

 オレンジペコが、心底つらそうに言う。

 水上が、聖グロリアーナに来たのは5月の中旬すぎ頃。実に3カ月もの間聖グロリアーナに、『紅茶の園』にいたのだから、もはやその認識は赤の他人とも、単なるインターンシップとも言えない。

 立派に、仲間と言えるべきものだった。

 その仲間と、分かれてしまう。

 それは、家族や友人との離別ほどではないが、悲しくて、辛いものだ。

 まだ別れてもいないのに、水上たちは悲痛な表情を浮かべてしまう。

 そこでダージリンが。

「こんな格言を知ってる?」

「・・・・・・」

 全員が、ダージリンの方を見る。アッサムも、今回ばかりはため息などはつかずに、真剣にダージリンの事を見つめる。

「『始まりと呼ばれるものは、しばしば終末であり、終止符を打つという事は、新たな始まりである。終着点は、出発点である』」

「・・・T・S・エリオット、ですね」

 オレンジペコが補足をする。ダージリンは、オレンジペコにうなずいて見せて、その場にいる全員の顔を見回す。

「これで、全てが終わりなんてことは無いわ。また、新しい道が始まるのよ」

 水上は、上手く笑えたと思う。

 アッサムは、呆れたように笑っている。

 オレンジペコは、その瞳をわずかに涙で湿らせている。

 そしてダージリンは、水上の事を、いつくしむような目で見つめていた。




ディンブラ、バイカルは、名前だけのこの作品でオリジナルのキャラクターですので、
ご注意ください。

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