カットする場所を決めきれず、随分長くなってしまいました。
申し訳ございません。
「茶柱が立ったわ」
隣に座るダージリンが、手に持つティーカップの中を見て呟く。
「イギリスのこんな言い伝えを知ってる?『茶柱が立つと、素敵な訪問者が現れる』」
こんな状況でも余裕をかましていられるとは。
今さらではあるが、ダージリンの胆力に脱帽する。同時に、見方によってはダージリンは、今の状況から目を逸らしているとも思えた。
「お言葉ですが、もう現れています。素敵かどうかはさておき・・・」
オレンジペコも、私と同じような心境のようで、ダージリンの言葉に水を差す。
その直後、近くで砲弾が炸裂する音が聞こえ、乗っている戦車が揺れ動く。さらに、外から砲撃の音が立て続けに響き、ダージリンの手の中にあるカップの紅茶が波打つ。だが、それでもダージリンは紅茶をこぼしはしない。
「いくら親善試合とはいえ、油断しすぎたのでは・・・?」
オレンジペコが不安そうに、ダージリンに話しかける。私も、この状況を抜け出すのは至難の業だと思い、オレンジペコに同調する。
「この包囲網は、スコーンを割るように簡単には砕けません」
「落ち着きなさい」
だが、ダージリンはやんわりと私たちの言葉を受け入れて、その上で否定する。
「いかなる時も優雅・・・それが聖グロリアーナの戦車道よ」
ダージリンが言うが、私は内心焦っていた。
おそらくこの試合は、“あの人”が見てくれる最後の試合。
ならば、せめて最後は勝利を飾り、あの人を喜ばせたい。
まだ試合が始まって1時間程度しか経っていないのに、これで終わりなど認めたくなかった。
8月24日。
水上が聖グロリアーナにいられる時間も、残り1週間となってしまった。それはつまり、水上にとって、アッサムと一緒に時を過ごすことができる日も終わりが近くなっているという事を意味していた。
そんな水上の事情を知ってか知らずか、ダージリンは水上に、おそらく最後となるであろう給仕としての重要な役割を任命された。
それは、大洗で行われるエキシビションマッチの戦闘詳報を記録する事。
その役割を受けて水上は、誠心誠意努力して、誰が見ても納得できるような記録を書き上げようと決意した。
それは、最後に任された大仕事だから、という理由があるし、何より今回の報告書は聖グロリアーナだけのものではないという理由もある。
だが、今水上は、大洗アウトレットリゾート近くに特別に設置された観客席で、膝に乗せたノートパソコンから目を離して、モニターを見ながら貧乏ゆすりをしていた。
聖グロリアーナが追い詰められている。
試合が始まってからまだ1時間も経っていないのに。
周りの観客たちは『いいぞー!』『突撃しろー!』などと歓声を上げている。
今歓声を上げている客は、大洗女子学園と、今回のエキシビションマッチで大洗女子学園のタッグとして参戦している知波単学園の応援をしている。水上の周りにいるのは、ほぼ全員大洗・知波単連合のサポーターだ。
前に行われた練習試合の時とほぼ同じ状況。
だが、今回は観客の数が違う。
練習試合の倍以上かと思われるほど観戦客がいて、屋台や出店の数も多い。どうやら、何かの祭りと合わせて今回のエキシビションマッチは開催されているらしい。それに加えて、大洗女子学園は奇跡の全国大会優勝を果たした伝説とも言える学校だ。その学校が公開試合をすると聞けば、全国から戦車道ファンが押し寄せてくるのは予想できたことだった。
だが、そんなことは水上にとっては些末な問題である。
今問題視しているのは、ダージリンたちが窮地に立たされているという事。
ダージリンの乗るチャーチルとマチルダⅡ3輌は、ゴルフ場のバンカーで足止めを喰らっている。
別動隊は、ゴルフ場の脇にある土手で、大洗・知波単連合の足止めを喰らっていて、すぐには援護に向かえそうにない。
未だどちらのチームも白旗を上げた車輌はいないが、ダージリンたちを取り囲むように大洗・知波単連合の戦車12輌が発砲を続けている。撃破されるのは時間の問題だろう。
このままでは、聖グロリアーナが負けてしまう。
手に汗がにじみ、拳を握る水上。
おそらく水上が見るのは最後となるであろうこの試合で、3カ月もの間世話になった聖グロリアーナが負けるのは、見たくなかった。
しかし、そんな水上の想いとは裏腹に、大洗・知波単連合の戦車は発砲を中止して、じわじわと包囲網を狭めていく。
そして、距離がある程度近づいたところで再び停車し、発砲を再開する。
最初は当たらなかったが、Ⅳ号戦車がマチルダⅡに向けて発砲すると、そのマチルダⅡが前部に被弾し、白旗を上げる。
瞬間、観客席からは歓声が沸き上がる。
だが、水上は対照的に、心苦しそうにキーボードを叩く。聖グロリアーナの戦車が撃破されるというのは、自分の身体が傷つくような気分だ。だが、この戦闘詳報は正式な記録として残るものである。一個人の感情で書く書かないを決めてはならないものだ。
だから、水上は唇をへの字に曲げながらキーボードを叩く。
そして続けざまに、知波単連合の九七式中戦車が発砲し、マチルダⅡに命中。またも白旗が上がり、水上は苦悶に満ちた表情でパソコンに文章を打ち込む。
今ゴルフ場で12輌もの戦車の砲撃に晒されている聖グロリアーナのチャーチルとマチルダⅡ。
勝負あったか、と思ったところで思わぬ変化が起きた。
なんと、チャーチルとマチルダⅡを包囲していた知波単学園の九七式中戦車が、唐突に前進を始めたのだ。しかも、大洗女子学園の戦車を置いてけぼりにして。
「出たぞ!知波単名物“突撃”!」
席に座っていた観客の1人が、知波単学園の謎の進軍を見て声を上げる。
この知波単学園の“突撃”に何か意味があるのかは分からないが、戦車が悠然と進んでいく姿はカッコいいもので、他の観客たちも『おおー』と声を上げる。
突撃中の九七式中戦車は、前進しながらチャーチルとマチルダⅡに向けて発砲を続けている。
だが、その攻撃はほとんど当たっておらず、良くてチャーチルやマチルダⅡの砲塔、前面装甲を掠る程度だ。
(・・・・・・何がしたいんだろう)
知波単学園戦車隊の意図が良く分からない水上だが、とにかく詳細を書く事にする。
「勝手にスコーンが割れたわね」
大洗・知波単連合の包囲網が、知波単学園の“突撃”によって崩れたのを見て、ダージリンが得意げに微笑む。
「後は美味しくいただくだけですか」
オレンジペコも、外の様子をペリスコープで見ながら呟く。
私はそれを聞きながら、スコープに顔をくっつけて、照準をこちらに向けて前進してくる知波単学園の戦車に合わせる。
砲弾は既に装填されているので、後は砲撃の指示を待つだけだ。
データによれば、知波単学園は全車輌による一斉突撃という大胆な作戦で、全国大会ベスト4入りを果たしたこともある。だが、その時の栄光に囚われて、知波単学園は突撃を貴ぶという精神が今なお根付いている。
今回の唐突な突撃も、その“伝統”によるものだろう。
「それに、もうすぐサンドイッチも出来上がるわ」
飛来してくる九七式中戦車の砲弾。だが、私はその砲弾が飛んでこようがチャーチルを掠ろうが、気にしなかった。
「砲撃」
ダージリンの指示を聞いた瞬間、私はトリガーを引く。続けて、隣にいるルクリリのマチルダⅡも発砲する。この2発の砲撃によって、まだなお突撃を続けており回避行動を一切取らない九七式中戦車2輌を撃破した。
さらに私は、砲塔を旋回させて、黒松の林からたった1輌だけで前進してくる九七式中戦車を狙い、撃つ。その砲弾は命中して、戦車を擱座させる。
車長と思しき、キューポラから身を乗り出していた少女は頭を抱えていた。私はそれを尻目に、砲塔を前へと正面へと向ける。
そして、3輌撃破されたにもかかわらず突撃を止めない果敢とも無謀とも言える精神を持つ九七式中戦車2輌をルクリリと共に撃破し、後はふらふらと突撃しているような逃げているような、どっちつかずの動きをしている九七式中戦車のみ。あれを撃破すれば、大洗・知波単連合の戦力を大分削ることができる。
と、そこで突然通信が入る。
『待たせたわね!』
知波単学園の戦車が立て続けに5輌撃破されたのを見て、先ほどまでの歓声はどこへやら、水上のいる観客席は落胆ムードに包まれていた。
だが、水上のキーボードを叩く手は、ダージリンたちが窮地に追いやられていた時と比べると格段に速くなっている。
何せ、完全に包囲されていてもはや絶望的と思われていたチャーチルとマチルダⅡが、向かってくる知波単学園の戦車を連続で撃破してみせたのだから。
この逆転劇を見て、喜びもしないほど水上は無感情ではない。
それに加えて、チャーチルの砲手は、他ならぬアッサムだ。自分の恋する者だ。その人が頑張って敵を撃破している姿を見て、嬉しくないはずがない。
と、そこでカメラが切り替わり、ゴルフ場脇にいる大洗・知波単連合の守備隊の戦車4輌が映し出される。
ところが、そこにいた知波単学園の戦車1輌も急に前進して、土手を下る。だが、その直後に砲撃を喰らって白旗を上げる。この間、僅か5秒。
さらに、最後に残っていた知波単学園の戦車も前進しようとするが、大洗女子学園の1輌の戦車―――確かルノーB1だったか、が向きを変えてそれを妨害する。
そして、そこにいる大洗・知波単連合の3輌の戦車の車長が何事かを言い合い、それから3輌の戦車は向きを反対方向に向けて土手を離れる。
その直後、解き放たれた猟犬のように、7輌のモスグリーンの戦車が土手を乗り越えてきた。
今回のエキシビションマッチで、聖グロリアーナ女学院とタッグを組むことになった、プラウダ高校の戦車だ。
プラウダ高校は、第63回戦車道全国高校生大会で、大洗女子学園と準決勝で戦った学校だ。
プラウダ高校戦車隊の隊長と副隊長とは、このエキシビションマッチの前に行われた打ち合わせで顔は知っている。
だが、最初に水上がその隊長の姿を見た時、『小学生かな?』と素直に思った。それぐらい、そのプラウダ高校戦車隊隊長は背が低かった。
だが、隣に控える背の高い黒髪の女性―――ノンナと名乗ったその人は、まるで水上の考えを読んでいるかのように冷たい視線を水上に向けてきた。
その視線は、それだけで人を殺せるんじゃないかと思うくらい鋭くて、冷たくて、怖かった。
ダージリン曰く、その戦車隊隊長であるカチューシャ(これもニックネームのようなものだろうが水上は特に言及しなかった)は、こんなちんちくりんでも水上と同じ高校3年生であり、作戦を考える頭脳と指揮能力、カリスマ性は確からしい。
人は見た目では分からないものだなと、水上はしみじみと思った。
意識を目の前の試合に戻す。
プラウダ高校の戦車隊がゴルフ場内に進入すると、ダージリンたちの乗るチャーチルとマチルダⅡはバンカーを乗り越えて脱出を図る。
それを見て、チャーチルとマチルダⅡを取り囲んでいた戦車が発砲しようとするが、そこで横合いから別の戦車の砲弾が着弾する。
大きなエンジン音と共に姿を現したのは、4輌のクルセイダーだ。ローズヒップが率いるクルセイダー部隊が合流してきたのだ。
いったいこれまでどこで何をしていたのかという疑問はさておき、これで状況は逆転した。
プラウダの戦車隊と、聖グロリアーナの戦車隊が大洗女子学園の戦車を挟み、フラッグ車であるⅣ号を狙う。
だが、流石は全国優勝を成し遂げた大洗女子学園。簡単にはやられはしない。
大洗女子学園(と、知波単学園の残り2輌)の戦車はゴルフ場を脱出し、市街地戦へ持ち込もうとするらしい。
市街地に出ると、大洗・知波単連合の戦車は発砲による挑発や入り組んだ道を利用して聖グロリアーナ・プラウダ連合の戦車を分散させようとする。だが、ダージリンにその手は通用しない。
ダージリンは、全国大会での大洗女子学園の試合を全て見てきた。
だから、大洗・知波単連合の隊長であるみほが、敵の戦力を分散させて、戦車の特性を生かし各個撃破する戦術を得意としている事は当然分かっていた。だから、今回の挑発もそれが狙いだと判断し、挑発には乗らずにフラッグ車であるⅣ号戦車を狙い撃ちすることにしたのだ。
だが、相手が作戦に乗ってこない事に気付いたみほたち大洗・知波単連合は、地形を最大限に生かした局地戦に持ち込む事にしたらしい。
M3リーが、町営駐車場の傍にある道でノンナの乗るIS-2を待ち伏せし、撃破を狙うが、逆にM3リーは返り討ちに遭ってしまった。
13:18 市街地
IS-2がM3リーの待ち伏せを受けるも、これを退けて返り討ちにする。
大洗・知波単連合残り9輌。
大洗町役場の前では、Ⅲ号突撃砲の待ち伏せ攻撃を受けたT-34/76が撃破され、さらに三式中戦車が同じくT-34/76を、大洗の主力とも言えるポルシェティーガーがT-34/85をそれぞれ1輌撃破する。
13:20 大洗町役場前
三号突撃砲が待ち伏せによってT-34/76を撃破。
聖グロリアーナ・プラウダ連合残り13輌。
やがてクルセイダー部隊の4輌がⅣ号戦車を追うも、内3輌は返り討ちに遭ってしまい、残るは1輌だけ。残った1輌に乗っているのは、動きからしてローズヒップだろう。
戦車の動きだけで、誰が乗っているのかを分かってしまうあたり、大分聖グロリアーナの戦車道に染まってしまったなぁ、と水上は心の中で呟いた。
と、大洗・知波単連合の主力とも言える戦車、ポルシェティーガーが、プラウダ高校の戦車隊から集中攻撃を受けて撃破されてしまった。これで、大洗・知波単連合の戦力は大分低下するだろう。水上は胸を撫でおろす。
さらに、運のいい事に大洗町役場を抜けたプラウダ高校の戦車が、逃げるⅣ号戦車を発見。そのⅣ号戦車から逃げていたローズヒップのクルセイダーが転進して、プラウダ高校の戦車の後に続く。
さらに別方向からT-34/85が1輌やってきてⅣ号戦車を追撃する。
その最中、商店街を逃げるⅣ号戦車を狙ってT-34/85が発砲するが、砲弾は僅かに逸れて道の端に立っている信号機に命中し、信号機をなぎ倒す。
その倒れた信号機を踏んでしまった事と、突然の急カーブによってT-34/85はコントロールを乱し、カーブに面するように建っている『肴屋本店』の店に突っ込む。だが、家屋を破壊するまでには至らず、玄関先に収まる形で停車した。
(ほっ)
水上はそれを見て安心する。前の練習試合では、マチルダⅡが盛大に突っ込んで店舗を破壊し、主人のおっちゃんを喜ばせたが、また壊されてはあの主人もたまったものではないだろう。
そう思っていたのだが。
後ろからやってくるローズヒップのクルセイダーが、倒された信号機を踏み、コントロールを失ってスピンしながらカーブを曲がり、停車していたT-34/85と激突。激突の衝撃によって火花がT-34/85の予備燃料タンクに引火して爆発。さらに肴屋本店の厨房にあるガスボンベまで誘爆し、肴屋本店は木っ端みじんに爆発四散。無数の瓦礫と化してしまった。
これは流石にいかんだろう、と思ったのだが。
「ぃやったぁ!うっしゃああッ!!」
狂喜乱舞と表現するに相応しい声を聞いて、心配は不要なようだ、と水上は思ってキーボードを叩く。
13:34 商店街
T-34/85が倒れた信号機を踏みコントロールを失い店舗に衝突。さらに後ろからクルセイダーが激突し、予備燃料タンクを破壊。その衝撃で店舗を倒壊させ、2両とも巻き添えとなり走行不能となる。
聖グロリアーナ・プラウダ連合残り6輌。
と、そこで水上の後ろの方から歓声が上がった。
立ち上がり、振り返ってみてみると、大洗・知波単連合の八九式中戦車と九五式軽戦車、そして聖グロリアーナ・プラウダ連合のルクリリの乗るマチルダⅡが、大洗リゾートアウトレットに進入してきたのだ。
八九式中戦車の乗員は周りで見物している観客たちに手を振っているが、ルクリリは怒り心頭の様子。
「あれ、いいのかよ・・・」
水上は悔しそうにつぶやく。
この付近は、発砲禁止区域に指定されている。理由は単純で、一般の見物人が大勢いる中で発砲して、誤って人に当たってしまっては大惨事となってしまうからだ。
だから、この特設観客席やモニターが設けてある大洗リゾートアウトレット付近の道路と敷地内は、発砲禁止区域となっている。
その、大勢の一般客がいる敷地内をあえて堂々と突っ切り、マチルダⅡを無傷で振り切ろうとするとは、大洗・知波単連合は中々に腹黒いメンツも揃っていると言える。
発砲禁止区域を先に抜けた八九式中戦車と九五式軽戦車は、姿を消した。
ルクリリのマチルダⅡは街を走り2輌の行方を追うが、やがていつか見た立体駐車場にやってきた。
タワーパーキングの警告音が鳴っているため、ルクリリのマチルダⅡはその前に陣取る。
やがて、タワーパーキングの扉がゆっくりと開くが、その後ろの立体駐車場から八九式が姿を現す。
「バカめ2度も騙されるかっ!」
だが、ルクリリのマチルダⅡは砲塔を真後ろに向けていた。前の練習試合で受けた八九式の待ち伏せを、ルクリリは見抜いていたのだ。
ところが、さらにその隣にある立体駐車場の動きまでは読めなかったらしい。
「へ?」
隣の立体駐車場から九五式軽戦車が姿を現したのを見て、ルクリリは慌てて車内に引っ込む。
その直後、砲塔上部に砲撃を受けて、マチルダⅡの車体から白旗が上がってしまった。
それがモニターに映されると、観客席から再び歓声が上がった。
「お疲れ様、ルクリリ・・・」
水上は小さくルクリリをねぎらうと、パソコンのキーボードを叩く。
13:52 立体駐車場
八九式中戦車、九五式軽戦車の待ち伏せ連携攻撃を受けて、マチルダⅡが撃破される。
聖グロリアーナ・プラウダ連合残り4輌。
試合も終盤。
今まで姿を隠していたダージリンの乗るチャーチルが、大洗・知波単連合の全車輌から追われることとなり、大洗海岸を逃走する。
だが、大洗ホテルの脇をチャーチルが通り過ぎると、海から1輌の巨大な戦車が姿を現したのだ。
プラウダ高校の校章が写された、巨大な砲塔を持つその戦車は、KV-2。
試合前のミーティングで、カチューシャがどうしても参加させたいと言っていた戦車だ。
『かーべーたんは絶対に参加させるんだから!じゃなきゃダージリンと手を組むなんてごめんよ!』
見た目通りというか、年にそぐわずというか、何と言うか、カチューシャが駄々をこねにこねた結果、火力は中々だが速度が遅く発砲間隔も長いKV-2は今回のエキシビションマッチに投入される事になったのだ。
水上は、カチューシャが熱く推したその戦車の実力を見てみようと、パソコンから一度目を逸らしてモニターを注視する。
大洗・知波単連合の戦車は、海から突如現れたKV-2に怯んだようで、動きを止める。
その戦車隊目がけて発砲するKV-2。
確かに、カチューシャの言っていた通り、152mm砲の威力はなかなかのものだ。これが大洗ホテルに直撃して一部倒壊など起こさず戦車に当たればよかったのだが。
KV-2は次弾装填までに時間がかかる。それを知っていたのか大洗・知波単連合の戦車は再びチャーチルを追う。
逃げる大洗・知波単連合の戦車を狙ってKV-2が再び発砲するが、狙いは左にそれて大洗シーサイドホテルを貫通し、展望風呂で大爆発を起こした。
さらに次弾装填を急ぎ、大洗・知波単連合の戦車を狙おうとするKV-2。だが、不安定な足場で砲塔を無理に回した結果、バランスを崩して転倒。砲身が地面に突き刺さり、KV-2は走行不能となって白旗が上がった。
「・・・・・・どう書けばいいんだろう」
結果としてKV-2は、ホテル2軒を撃破しただけに終わり、挙句の果てには自滅した。
記録係として、正直に書くべきか。だが、あのKV-2を強く推してきたカチューシャは何と言うだろう。ちょっとでも、活躍したと書くべきだろうか。だが、事実を曲げて書くというのは記録係として失格だし・・・。
水上は、割と真剣にこの問題を考えることとなった。
14:03 アクアワールド駐車場
柵を乗り越えたⅣ号戦車がチャーチルの横にドリフトして回り込むも、IS-2の攻撃を受けて狙いが逸れる。そのすきにチャーチルはアクアワールド方面へと逃走。Ⅳ号戦車はこれを追撃する。
14:05 アクアワールド駐車場
擱座したと思われていたローズヒップのクルセイダーが到着。丘を飛び越えてチャーチルの援護をしようとするも、後方に待機していた大洗・知波単連合のヘッツァーの攻撃を受けて撃破される。
聖グロリアーナ・プラウダ連合残り3輌。
肴屋本店の爆発に巻き込まれて行動不能となったかと思われていたローズヒップのクルセイダーが、満身創痍でアクアワールド駐車場へと入ってきた。
後で、肴屋本店の下りの部分は書き換えよう、と水上は思った。
そして、チャーチルの援護をするために小高い丘を飛び越えるクルセイダー。
だが、駐車場後方に控えていた大洗・知波単連合のヘッツァーが発砲し、クルセイダーを撃ち落とした。
あのすばしっこい、しかも跳んでいたクルセイダーに弾を命中させるとは。あのヘッツァーには、腕のいい砲手が乗っていると見える。
14:06 アクアワールド正面玄関前
Ⅳ号戦車が先に階段を上って正面玄関前に回り込み、階段を上がってきたチャーチルをg
チャーチルとⅣ号戦車がアクアワールド目がけて駐車場をまい進する。そして、階段を上がり、正面玄関前で一騎打ちに持ち込もうとする。
先に階段を上がったのはⅣ号戦車。階段を上がってきたチャーチル目がけて発砲する。
だが、黒煙の中で白旗を立てていたのは、カチューシャの乗っているT-34/85だった。
その後ろから、チャーチルがゆっくりと出て来て、Ⅳ号戦車に狙いを定める。
だが、Ⅳ号戦車の装填手が驚異的な速度で次弾を装填し、発砲する。同時に、チャーチルも発砲。
Ⅳ号戦車の砲弾はチャーチルの砲塔を掠め、チャーチルの砲弾は、Ⅳ号戦車に見事命中。
14:06 アクアワールド正面玄関
Ⅳ号戦車が先に階段を上って正面玄関に回り込み、階段を上がってきたであろうチャーチルを狙い発砲する。しかし、カチューシャの乗るT-34/85が囮となって撃破される。
聖グロリアーナ・プラウダ連合残り2輌。
同時刻 アクアワールド正面玄関
後から回り込んだチャーチルがⅣ号戦車に向けて発砲し、これを撃破する。
14:07
大洗・知波単連合フラッグ車走行不能により、聖グロリアーナ・プラウダ連合の勝利
『大洗・知波単フラッグ車、走行不能!よって、聖グロリアーナ・プラウダの勝利!』
アナウンスが告げ、大型スクリーンに勝利した学校の文字が表示されると、観客席からは『ああ~・・・』と残念そうな声がそこかしこから上がる。どうやら、観戦に来たほとんどの客は大洗・知波単連合の応援に来たらしい。
水上は、キーボードを叩く手を止めて、息を吐く。
聖グロリアーナが、勝った。
正しくは、プラウダ高校の力も借りたのだが、勝利したことに変わりは無い。
だが、試合が終わってしまった事に、水上は僅かに寂しさを覚える。
これで、聖グロリアーナで自分がやる大きな仕事は、終わった。
後は、いつも通り給仕としてダージリンたちに尽くし、聖グロリアーナを去る日が来るのを待つだけとなる。
それが、寂しかった。
試合が終わると、両校の選手が開会式を行った場所で挨拶をする。観客席からは大きな拍手が送られた。無論、水上も拍手をする。
今回の試合では、回収班と整備班が日本戦車道連盟から派遣される。故に、各学校の整備班の生徒が整備にあたることは無い。
では、戦車の整備が終わるまで試合に参加した選手たちは何をするのか。
答えは、温泉に入る、だった。
大洗には、少し街の中心地から離れた場所に『潮騒の湯』という温浴施設がある。
その潮騒の湯で、選手たちは今回の試合での疲れを癒すらしい。
両校の戦車道履修者たちがいっぺんに入るとなれば、女湯だけでは狭すぎる。だから今日は、この潮騒の湯は戦車道連盟で貸し切りとなっていた。
水上は、先に学園艦に戻ってお茶会の準備でもしようかと思ったのだが、ダージリンから『あなたも来なさい』と連絡を受けて、水上は渋々皆と一緒に潮騒の湯へと向かう事になった。
大洗港には学園艦が停泊することができるが、同時に停泊することができるのは2隻まで。今回、大洗でエキシビションマッチを行うために、大洗女子学園、知波単学園、聖グロリアーナ女学院、プラウダ高校の学園艦4隻が鹿島灘に集結することとなった。その中で、大洗港に入港したのは、地元である大洗女子学園と、プラウダ高校の学園艦。なぜプラウダ高校の学園艦が他の2校を差し置いて入港したのか、その理由はカチューシャのわがままとだけ書いておく。
ともあれ、聖グロリアーナ女学院の学園艦は、大洗港から少し離れた場所に停泊しているため、戻るためには船を使わなければならない。
だが、水上一人を乗せるために船を一往復させるというのは流石に燃料が無駄ということで、水上は他の戦車道履修者及び戦車と一緒に戻る事になったのだ。
ならば、せめてアウトレットモールで時間を潰させてくれればいいのにと水上は思わなくもなかったが、よりにもよって女子しかいない温浴施設に連れて行かれるとは。ダージリンはつくづく人をからかう事が好きらしい。
ちなみに余談ではあるが、水上はダージリン、オレンジペコともアドレスを交換している。理由は、『アッサムと交換しているのに私たちと交換しないというのは、給仕としてどうなの?』と、理由になっているんだかいないんだか分からないような言葉からだ。
ともあれ、水上は大洗、知波単、聖グロリアーナ、プラウダの生徒たちと共に潮騒の湯に入る。この時従業員は、一人だけ男がいる事に対してものすごくびっくりしていた。水上は、苦笑いを浮かべてごまかす事にする。
脱衣所へ入っていく戦車道履修者たち。この先は水上が踏み込めるわけがないので大人しく待合室で座って待つことにする。従業員が時折こちらに向けて笑顔で手を振ってくるのが、正直とても辛い。
戦闘詳報の書き直しでもするか。そう思って水上は、持っていたパソコンをテーブルに載せて電源を入れる。
そうでもしなければ、恐らく温泉につかっているであろうアッサムたちの姿を想像して、よからぬ欲望が増幅しかねないから。
女性の風呂は長い。
そう実感したのは、戦闘詳報を書き終えて、ラックに入れてあった2冊目の雑誌を水上が読み終えた時だ。
水上の普段の入浴時間は平均しておよそ20分ほど。温泉に出かけた時など、外の風呂に入る時は1時間ほど入る事もある。
だが今、水上は待合室で、2時間ほど座りっぱなしで雑誌を読んでいた。
(ダージリンめ・・・)
この場を離れようにも、いつダージリンたちが出てくるのか分からないため、迂闊に出歩く事も許されない。
結果的に、水上は戦闘詳報を書きなおしたり、雑誌を読んだりお土産物を見たりして時間を潰すしかなかった。
見かねた従業員が、冷えたジュースを持って来てくれたのが、とてつもなく申し訳ない。
早く出てきてくれ、と心の中で切に願う水上。
と、その時。
ピンポンパンポーン。
案内を告げる電子音が聞こえてくる。
水上は、自然と音がした方向、スピーカーを見る。
『大洗女子学園、生徒会長の角谷杏様。大至急、学園にお戻りください。繰り返します。生徒会長の角谷杏様。大至急、学園にお戻りください』
急に名指しで呼び出しとは、珍しい事もあるものだと水上は思った。
数分後、風呂上がりで顔が上気している、栗毛を頭の両サイドでツインテールにした小柄な少女が出てきた。
全国大会前の大洗での練習試合でも見かけた、大洗女子学園の生徒会長・角谷杏だ。
「よっす」
「どうも」
杏は、手でだけ水上にあいさつをすると、早急に潮騒の湯を後にする。
手短な挨拶だったが、逆に水上はそれもまた新鮮でいいもんだと思った。
そして、さらにその数分後、また1人風呂から出てきた。
その人物は。
「あれ、アッサム?」
一応、髪は黒いリボンでまとめてあるが、いつものように髪はウェーブがかっておらず下ろしてあるアッサムだ。
アッサムも風呂上がりで顔が上気しており、頬がやや紅潮している。
「他の皆は?」
「水上、急いで支度を」
「え、あ、分かった」
水上が聞くが、アッサムはそれに答えず、すぐに準備をするように水上に指示をする。水上は、急いで荷物―――と言っても財布と携帯とパソコンぐらいしかないが、それを纏めるとアッサムの後に続いて潮騒の湯を後にする。
聖グロリアーナ学園艦と、大洗を結ぶ連絡船は、大洗港から出ている。そこまでの道のりを、アッサムと水上は早歩きで歩いていた。
その道すがら、やたらとトラックやワゴンなど、大きな荷物を運ぶことができるような車とすれ違う。
大洗港の駐車場にも、トレーラーやトラックなどの大型車両が何台も並んでいた。
(・・・・・・なんだ?さっきはこんなにトラックなんていなかったのに)
さっきはエキシビションマッチが行われていたので道が封鎖されているという事もあったのだが、それにしたってトラックの数が急激に増えた気がする。
「・・・アッサム、一体何が起きたの?」
水上が聞くが、アッサムは振り返らず、歩きながら、小さく答える。
「嫌な予感がするの」
その言葉に、水上は、納得できてしまった。
「大洗女子学園が廃校?」
翌日、『紅茶の園』で水上がダージリン、オレンジペコ、アッサムのカップに紅茶を淹れ終えて、アッサムがそれを一口飲んでから、その話題を出した。
その言葉を聞いて、ダージリンは目を丸くし、オレンジペコは信じられない、という表情をする。水上は、ショックのあまり持っていたポットを落としそうになった。
アッサムは、情報処理学部第6課(通称GI6)に所属している。だから、他校の情報を入手することはアッサムにとっては造作もない事である。
昨日、アッサムが先に風呂から上がって、連絡船に一足先に戻り、自分のパソコンで何かを調べていたのは、何が起きているのかを調べるためだったのだ。
そして昨夜、何が起きているのかをアッサムは突き止め、今朝になってそれを報告することにしたのだ。
「・・・どうして」
オレンジペコが、悔しそうに言葉を洩らす。
「大洗女子学園の廃校は、全国大会優勝と引き換えに撤回されるのでは?」
水上が動揺を隠せずにアッサムに聞く。アッサムは、首を横に振った。
「文部科学省曰く、廃校の撤回は可能性の話であって、廃校撤回を検討しても良いという意味であり、確約ではなかったそうよ」
「そんな・・・」
屁理屈だ。
水上はそう思った。
「もう、大洗女子学園の学園艦で暮らしている生徒と一般人は全員退去済み・・・学園艦も、大洗を離れてしまったわ」
「・・・・・・・・・」
言葉が出ない。
水上は、聖グロリアーナに訪れたあんこうチームのメンバー5人の事を思い出す。
あの時、あんこうチームのメンバーたちは、ここで開かれたお茶会で、楽しそうな笑みを浮かべていた。
みほも、沙織も、華も、優花里も、麻子も。
彼女たちは、優勝して廃校を撤回できたことを、とても喜んでいた。
大洗女子学園の戦車道履修者たちも、廃校を撤回することができると信じて戦い抜いてきた。だから、優勝した時の喜びはひとしおだったのだろう。
自分たちの居場所を、失わずに済んだと。
自分たちの居場所を、守ることができたと。
だというのに、彼女たちの学校は、再び廃校となってしまった。
廃校にするというのは、言葉にするのも、文章におこすのも簡単だ。しかし、それを実行するとなると、それには多大なる犠牲が伴う。
大洗女子学園の生徒も、先生も、学園艦に暮らす一般人も、その犠牲となる。
それぞれの生活が、失われてしまうのだから。
なぜ、優勝したにもかかわらず、大洗女子学園が廃校になってしまうのか。なぜ、文部科学省は廃校を強行するのか。その理由は分からない。
だが、少なくともこれだけは言える。
大洗女子学園の皆は、何も悪くない。大人たちの勝手な都合で、彼女たちの居場所は奪われるのだと。
それが、どうしようもないくらい腹立たしくて、水上は無意識のうちに拳を握っていた。
「・・・・・・・・・」
ダージリンは、何かを考えこむような仕草をしている。
オレンジペコは、俯いてしまっており、テーブルの上のお菓子に手を伸ばそうともしない。
アッサムは、まだ何かを調べているようで、キーボードを叩きながらパソコンとにらめっこをしている。
「・・・ダージリン様、何とかなりませんか」
水上は、自然とそんな言葉をダージリンに向けて発していた。
「・・・水上」
「私は、あの大洗女子学園が廃校になってしまうなんて、黙って見過ごせません。何か、手は無いのでしょうか」
「・・・・・・・・・」
ダージリンは水上を真剣な目つきで見つめる。水上はひるまず、ダージリンの目を見つめるままだ。
「・・・・・・水上は、大洗女子学園を助けたいのかしら?」
「はい」
「どうして?」
「・・・・・・大洗女子学園の皆さんは、廃校が撤回されると信じて全国大会を勝ち上がってきました。そして、彼女たちは優勝を手にして、自分たちの居場所を守ることができた。にもかかわらず、皆さんの思いが、再びの廃校という形で無残にも踏みにじられてしまうなんて、とても耐えられません。彼女たちの積み上げてきた思いが、無に帰するなど、黙っていられません」
「・・・・・・」
オレンジペコが水上の事を見上げる。アッサムも、パソコンから目を上げて水上の事を見つめる。
ダージリンは、意地悪気な笑みを浮かべてこう言ってきた。
「水上は、大洗に恩を売りたいから、そう言ってるの?」
「違う」
敬語を捨てて、素の口調でダージリンに面と向かって告げる。アッサムもオレンジペコも、当のダージリンも、驚いた表情で水上の事を見た。
「俺はただ、大洗女子学園を助けたいだけだ。恩だとか、貸し借りだとか、そんな事は考えていない」
その言葉を聞いて、ダージリンがふっと笑う。そして、今さらながら自分が声を荒げてダージリンに意見してしまった事に気付き、水上は謝罪する。
「・・・・・・失礼しました」
「・・・人に尽くしたい、実にあなたらしいわね」
水上が、お辞儀をするが、ダージリンは気にしていない風に呟いて紅茶を一口飲む。
「・・・お言葉ですが」
そこでアッサムが、小さく手を挙げてダージリンの視線を自分へと向けさせる。
「昨夜、サンダース大付属高校の超大型輸送機・C5Mスーパーギャラクシーが大洗女子学園に着陸したとの情報が」
「何ですって?」
「・・・それと、大洗女子学園が戦車全8輌を紛失したという届け出が文科省に出ております」
「紛失・・・?」
その単語を聞いて、水上は首をかしげる。
戦車のような巨大なものを、普通失くすだろうか。思い入れのある戦車であればなおさらだ。それも、8輌全部を、1度に。
そこで、水上はある推測を立てる。だが、その推測を先に立てたのはダージリンとアッサムの方だったようだ。
「もしや、サンダースが大洗の戦車を預かって・・・?」
「そう考えるのが、無難かと」
ダージリンが頷き、顎に手をやって考え込む。
そして。
「・・・戦車を預ける、いいえ。隠すという事は、大洗はまだ諦めてはいないという事ね。水上」
「はい」
「電話機を持ってきて頂戴」
突如名前を呼ばれて、水上がハッとしたように顔を上げ、指示を受けると迅速に、壁際に置いてあった電話機をダージリンの下へと持ってくる。
そして、ダージリンはダイヤルを回してどこかへと電話を掛ける。
「ダージリンよ」
相手が電話に出たようで、ダージリンは自分の名前(?)を名乗り、単刀直入に用件を告げる。
「大洗女子学園が、廃校の危機にあるの」
電話の向こう側で、誰かが何かを言っているが、水上には誰が何を言っているのかは分からない。
「・・・ええ、そうよ。そこで、一つ聞きたいのだけれど」
そこでダージリンは言葉を切って、目を閉じ、ひと呼吸整える。
そして、目を開き、こう告げた。
「あなた、大洗女子学園を助けたくはない?」
それから数日の間は、水上はダージリンたちの指示の下東奔西走する日々を送ることとなった。
アッサムが、戦車道連盟、大洗女子学園、文部科学省の動きを細大漏らさず収集して、水上がそれを記録し、ダージリンへと報告する。その上で、ダージリンが水上に指示を出し、水上はそれを遂行する。
指示の中には、『大洗女子学園の制服を買い集める事』『日本戦車道連盟に“申請”を出すように』など無茶振りとも言えるものもあったが、水上は愚痴の1つもこぼさずにその指示に従った。
その間、ダージリンは、国内の戦車道の科目がある学校に、懇願とも取れる連絡を送っていた。
内容は実にシンプルで、『大洗女子学園を救うために、力を貸してほしい』だ。
その呼びかけに応じたのは、黒森峰女学園、サンダース大付属高校、プラウダ高校、アンツィオ高校、知波単学園。大洗女子学園の戦車隊、ひいてはその隊長・西住みほと接点のある学校ばかりだった。
だが継続高校はあいまいな返答をし、他の学校に至っては協力したい旨を伝えた上で断ったり、文科省に目を付けられたくないという理由で断ったりした。だが、それでもダージリンたちはめげない。
そして、大洗女子学園の生徒会長・角谷杏が、文部科学省の学園艦の管理及び運営を統括している学園艦教育局と接触。さらには日本戦車道連盟とコンタクトを取り、その上で日本戦車道連盟理事長、高校戦車道連盟理事長、陸上自衛隊1等陸尉を連れて、再度学園艦教育局へと赴いたという情報を手に入れたダージリンとアッサムは、一つの可能性を示した。
大洗女子学園は、何かしらの条件で廃校を撤回される、と。
その条件とは恐らく、戦車道での試合で勝利する事。
ここで、協力を承諾した学校に対して、ある呼びかけを行ったダージリン。それを受けて、協力すると承諾した聖グロリアーナ女学院を含む7つの学校は行動を起こし、本格的に大洗女子学園を救うために動き始めることとなる。
そしてついに、大洗女子学園が、大学選抜チームとの試合に勝利すれば、本当に廃校が撤回される、という情報が入ってきた。
だが、試合を行う直前になって、試合の詳細が判明する。
ルールは殲滅戦。車両は大洗女子学園が8輌に対して大学選抜チームはその3倍以上の30輌。
それを初めて聞いた時、水上は『馬鹿げてる』と思わず口にしてしまったぐらいだ。
大洗はたったの8輌で、相手チーム30輌全てを相手にしなければならない。おまけに大学選抜チームは社会人チームを破った文句なしの強敵。しかも敵チームの主力戦車は、大洗の保有する戦車よりもはるかに性能が優れたパーシング重戦車。その上その隊長は天才少女とも言われ、日本戦車道における二大流派の内の1つである島田流の跡継ぎ・島田愛里寿。
大洗が勝つことができる可能性は、限りなくゼロに近かった。
そこで再度、他の学校に対して協力を呼び掛けるダージリン。しかし得られた回答は同じで、どの学校も自校の情勢が大変、目を付けられるのが怖い、行っても力になれない、と返ってきた。
だが、それでも最後まで、大洗女子学園を救う事を諦める事はしない。
大洗女子学園を、見捨てたりはしない。
ダージリンが好敵手と認めた彼女たちの居場所を、そう簡単に奪われてたまるものか。
そして、“決戦”を明日に控えた夜。
水上とアッサムは、学園艦側部公園に来ていた。先に来ていたのはアッサムで、水上が後から来たのだ。
アッサムは、ベンチにも座らず、柵に手をかけて立ったまま海を眺めていた。
「・・・緊張してる?」
水上が隣に立ち、優しく話しかける。アッサムは、水上の方を見ず、海を見たまま、答える。
「していない、と言えば嘘になるわね」
「そりゃそうだ」
アッサムが、確認するように声に出す。
「明日は、戦った事の無い、恐らくは最強とも言える大学選抜チームとの試合。30輌を相手にするなんて初めてだし、私の腕が通用するかは分からない。こうして大洗女子学園を助けるために駆け付けたわけだけど、力になれるかどうかも不安・・・。緊張しないはずがないわ」
心の内にある緊張や不安は、声に出すだけで少しだけだが軽くなる。アッサムが前に実践したことだ。
アッサムが、水上の手を握る。水上は、その手を優しく握り返す。
「・・・・・・どうすれば、緊張が取れる?」
水上がアッサムに問いかける。
アッサムはふっと笑い、繋いでいた水上の手を離し、水上の方を見て目を閉じる。
そう言えば、自分が試合をする前日も、こうしたっけ。その時の事を思い出しながら、水上はアッサムの顔に自分の顔を近づける。
そして、『頑張ってね』とだけ言って、アッサムと口づけを交わす。
少しの間だけそうしてから、やがて唇を離す。
「明日は、俺も全力で応援する」
「“記録”も忘れないでよ?」
アッサムが笑いながら忠告し、水上は頷く。
公園でそんなやり取りが行われている間にも、聖グロリアーナ学園艦は航行を続けている。試合が行われる北海道の大演習場に最も近い、学園艦が停泊できる港、苫小牧港へと。
次回は、今回以上に蛇足になることが予測されます。
予めご了承ください。