バトラーと私   作:プロッター

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水上の役割上、試合内容を書く必要があった。
けれど、戦闘内容を全部書くと長くなりすぎる。
逆に全部カットすると短くなりすぎて水上のいる意味がなくなる。
結果、このような有様になってしまいました。
統括すると、
可能な限り善処したんです。ご理解ください。(土下座)

恐らく未見の人はいないと思いますが、今回も多分に劇場版のネタバレがあります。
ご注意ください。

また、今回前半と後半はオリジナル、中盤は劇場版と言った具合になっています。



結束して

 8月28日。

 水上が聖グロリアーナにいられるのが、今日を含めると後4日。本格的に、聖グロリアーナとの別れが近づいてきた。

 だが、今水上にとってそんなことは二の次。気にするべきことは、これから始まる試合の事だ。

 ここは、大洗女子学園と大学選抜チームの試合が行われる、北海道大演習場の特設観戦席。観戦席の前には、大洗のエキシビションマッチで見たような巨大なモニターが設置されており、観客席には多くの大洗女子学園、大学選抜チームの関係者、戦車道ファンなどが座っている。

 今回行われる試合は、対外的には『大学生と高校生の親睦と交流を深めるための試合』と文部科学省及び戦車道連盟は公表した。大洗女子学園の存続を賭けたもの、とすれば文部科学省と戦車道連盟には多くの問い合わせが殺到する事は明らかだ。そうなればパニックになりかねない。それを避けるために、対外的な試合目的を掲げたのである。

 今この場で、この試合が行われる本当の意味を知っているのは、水上を除けば、大洗女子学園の生徒及びその親族、そして戦車道の関係者だけだ。

 聖グロリアーナ女学院学園艦が、ここから一番近くで学園艦が入港することができる港の苫小牧港に着いたのは早朝6時過ぎ。

 そこから水上は、ダージリンたちよりも一足先にバスに乗って、この演習場にやってきた。

 そして、観客席でモニターが良く見えて、なおかつ周りに人があまりいないスペースを見繕ってそこに陣取る。

「よっこいせと」

 水上が、そんな声を出しながら、肩に提げていた大きなクーラーボックスをベンチに置き、その隣に座る。

 水上が座った席のすぐ近くには、『関係者用観戦席』とロープで区切られたスペースが設けられており、そこには2人の女性が座っていた。

 1人は、今の水上のように黒いスーツをぴっちりと着た、長い黒髪の女性。

 もう1人は、その女性とは対照的に赤い洋服を着て、日傘を差した、長く色素の薄い髪の女性。

 水上はその2人が、日本戦車道における二大流派“西住流”と“島田流”の家元であり、高校戦車道連盟理事長と大学戦車道連盟理事長でもある、西住しほと島田千代という、超が付くほどの重要人物であることを知らない。

(タフだなぁ、あの人)

 水上が、黒いスーツを着ている女性―――しほの事を見ながら心の中で思う。

 普段給仕として過ごしている際と同じ黒いスーツに灰色のベストと着こみ過ぎとも言える水上も人の事は言えないが、いくら北海道で夏でも涼しいとはいえ、少し暑苦しいんじゃいないだろうかと思う。

 そんな事を考えながら、左手に抱えていたパソコンを膝の上に置いて電源を入れ、聖グロリアーナにいる間は随分と世話になったレポート作成ソフトを立ち上げる。

 だが、まだ何も入力しない。

 やがて、今まで真っ黒だった大型スクリーンが点き、今回の試合のルールが表示される。だが、多くの観客はその表示されたルールを見て、ざわつき始める。

 ここにいる関係者を除く一般の観戦客は、たった今初めて、試合の概要を知るのだ。水上も聖グロリアーナの人間で、今回の試合の内容は知っていたが、改めてモニターに表示された試合の概要を見る。

 ルールは殲滅戦。

 大洗女子学園から参加する戦車は8輌。対して、大学選抜チームは30輌。

 試合会場は、この北海道大演習場。平原、湿地、高地、山岳、森林、廃遊園地など多くの地形を有している。

 試合会場はともかくとして、お互いのチームの編成の差は、今見てもひどいもんだと水上は思った。

 

 戦車道は武芸の1つであり、言ってしまえばスポーツの一種だ。

 スポーツにおける試合とは、お互いが平等な条件の下行われるのが常だ。だから、試合を行う際にどちらか一方が不利な場合はハンディキャップが適用されるのが一般的である。

 戦車道において、その両チーム内での戦力差を埋めるハンディキャップと呼ばれるものは、フラッグ戦というルールだ。

 フラッグ戦は、全車輌が撃破されれば試合が終わる殲滅戦とは違い、チーム内で決められた1輌―――フラッグ車が撃破されればその時点で試合は終了となる。

 全国大会でもフラッグ戦が適用されているのは、試合を行う各学校での戦力差を埋めるためである。

 大洗女子学園のように、保有する戦車の台数が少ない高校は割とある。そんな学校が、黒森峰やサンダースなど戦車保有台数が多い学校と当たって、その試合が殲滅戦ともなれば、試合の結果は見えたも同然。一方的なワンサイドゲームになる可能性が非常に高い。

 そうならないために、お互いのチームが公平に試合を行うことができるように、フラッグ戦はあるのだ。

 だが、フラッグ戦が善であり殲滅戦が悪であるとは言えない。

 フラッグ戦は、知力を尽くして戦うもの。殲滅戦は、力の限りを尽くして戦うもの。

 そのどちらも、一定以上の需要はあった。

 フラッグ戦はどのような作戦で戦力差をひっくり返すのかが楽しみでワクワクするし、殲滅戦は戦車同士の熱いぶつかり合いを楽しむことができる。

 しかし、それでも、公式試合においてよく採用されるのは、フラッグ戦であった。

 

 今回の大洗女子学園対大学選抜チームの8輌対30輌の試合も、フラッグ戦であればまだ大洗女子学園にも勝機はあった。

 だが、今から行われる試合は、紛れもなく殲滅戦。それも、今回の試合が殲滅戦と告げられたのは試合前日。

 あまりにも、残酷だった。

 やがてモニターの画面が切り替わり、試合開始の宣誓をする場所が映し出される。

 そこに立っているのは、緑の軍服を着た女性と、『JUDGE』と刻まれた銀のプレートを首から提げる、黒い制服を着た3人の女性。彼女たちは、今回の審判長と副審判だ。

 そしてもう1人、そこで立っている人物がいる。

 その人物は、一見すれば大学生にも高校生にも見えない、身長の低い少女だった。水上のすぐ近くに座っている赤い洋服の女性のように色素の薄い長い髪を、頭の左でサイドテールに纏めている。

 だが、その少女の着ている服は、紛れもなく大学選抜チームのタンクジャケットだった。

 彼女こそ、西住流と双璧をなす、日本戦車道二大流派の1つ・島田流の後継者であり、13歳という若さで飛び級で大学に在籍しており、天才少女と謳われ、今回、大洗女子学園と戦う大学選抜チームの隊長・島田愛里寿である。

 その愛里寿の立つ場所へと、大洗女子学園の戦車隊隊長・西住みほが歩いてくる。

 だが、彼女の顔は前ではなく地面を向いており、聖グロリアーナでのお茶会のような明るさも無く、歩く足取りも重い。

 口の動きからして、何かを呟いているのが分かる。おそらく、この試合での作戦を、今なお考えているのだろう。

 やがて、審判長の前にみほがたどり着く。だが、みほの表情は晴れない。

 両チームの隊長の後ろには、それぞれのチームのメンバーが全員揃っている。しかし、メンバーの差は歴然。大洗女子学園側は30人強に対し、大学選抜チームはゆうに100人を超えている。

 さらに、映し出されたみほの沈んでいる表情を見て、観戦席にいる誰もが察した。

 いかに、無名の大洗女子学園を全国大会優勝へと導いた名将・西住みほといえども、今度ばかりは勝つことができない。これから始まるのは、決して試合などという生易しいものではない、大学選抜チームによるワンサイドゲーム、一方的な蹂躙と言える戦いだ、と。

 本来ならば、そうなるはずだった。

『ではこれより、大洗女子学園対大学選抜チームの試合を開始します』

 審判長が試合開始の挨拶を始めようとする。

 そこに立つみほは今、今度ばかりは勝つことができない、と諦めかけていた。

どれだけシミュレーションを重ねても、どんなに緻密な作戦を立てても、経験も知識も有する戦車の性能も明らかに上である大学選抜チームに勝つことができるビジョンが、見えなかった。

 だが、この試合を組むために、生徒会長の角谷杏がどれだけの苦労を、努力を重ねていたのかが分からないほど、みほも愚かではない。

 これが本当に、大洗女子学園を救うことができる最後のチャンスだ。そのチャンスを、無駄にしてはならない。

 たとえそれが、勝つ可能性など全くと言っていいほど無い試合であったとしても。

 みほは、覚悟を決めた表情で前を見る。

『礼』

 審判長が告げ、みほと愛里寿が挨拶をしようとする。

 その直前で。

『待った―――――――――ッ!!』

 スピーカーを割らんばかりの大きな声が突如会場に響く。

 観客席がどよめく。挨拶をしようとしていたみほは、聞き覚えのあるその声のした方向を見る。

 撮影しているカメラも、その声が発せられた方角を映す。その先にいたのは、黒森峰女学園の校章が描かれた黄土色の4輌の戦車だった。

 突如現れた戦車は立ち尽くすみほたちの前で停車し、停車した戦車から2人の少女が下りてくる。

 その2人の少女は、黒森峰女学園のダークグレーの制服でも、黒いタンクジャケットでもなく、大洗女子学園の白と緑の制服を着ていた。

 その人物は、西住みほの実姉であり黒森峰女学園戦車隊隊長の西住まほ。そして、その副隊長である逸見エリカ。

 2人は何かの書類が挟まれたボードを審判長に見せる。その書類を見て、まほの言葉を聞いて、みほは安心したような笑みを浮かべた。

 そこでモニターが切り替わり、大洗女子学園側の戦車のリストが映し出される。そのリストに、新たに4輌の戦車が加えられた。ティーガーⅠ、ティーガーⅡ、そして2両のパンターG型。

 まるで、最初からそうなる事が分かっていたかのようにスムーズに表示された。

 何しろ、戦車道連盟はこの試合の直前で“ある申請”を受け、それを承認しているのだ。戦車道連盟が知らないはずがない。

 新たに戦車とメンバーが加わったのを見て、観客たちも嬉しそうに声を上げる。

 これで、大洗女子学園の車輌数は12輌に増えた。

 続いて、別方向から戦車の音が聞こえてくる。

 そちらにカメラを向ければ、そこにいるのはダークグリーンの3輌の戦車。黄色い稲妻がトレードマークの校章が描かれたその戦車は、サンダース大付属高校のものだ。

 M4シャーマン、M4A1シャーマン、シャーマンファイアフライが新たに大洗女子学園側に加わり、戦車の総数は15輌に。

 聞くところによれば、あのシャーマンファイアフライには、全国でもトップクラスの腕前を誇る砲手が乗っていると聞く。そんな人物が応援に来てくれるとは、とても心強かった。

 また別方向からも、戦車が接近してきていた。モスグリーンの機体に赤い校章が描かれた4輌の戦車は、大洗でのエキシビションマッチでも見たプラウダ高校の戦車だ。

 2輌のT-34/85にIS-2、そしてKV-2。KV-2を見て、水上は大洗でのあの失態を思い出すが、隊長のカチューシャはあれを見てもなおKV-2を投入してきた。よほど、あの戦車に思い入れがあるのだろう。

 大洗女子学園の戦車は、これで19輌。

 そして、新たに映し出されたのは、ここ3カ月で水上が見慣れてしまった、もはや安心感すら覚えてしまう聖グロリアーナの3輌の戦車、チャーチル、マチルダⅡ、クルセイダー。これで大洗女子学園は、22輌の戦車を有することとなった。

 それぞれの車長はダージリン、ルクリリ、ローズヒップだ。そして、あのチャーチルの中にはアッサムもいる。

 昨日は、アッサムの緊張を解きほぐすために、キスを交わした。水上はその時の事を思い出して無性に恥ずかしくなるが、頭を小さく振って、心の中で応援をする。

(頑張れ、アッサム。ダージリン、皆も)

 さらに、草原を颯爽と駆ける1輌の戦車が映し出される。その戦車は、豆戦車と言われるCV33。ピザのような校章が描かれたのはアンツィオ高校のものだ。

 アンツィオ高校には、P40という重戦車もいるのだが、全国大会で大洗女子学園との試合で致命的なダメージを受け、現在は長期修理中となっており実戦投入はできないとの情報を、アッサムは入手した。

 だからと言って、対戦車火力は皆無なCV33を持ってくるとは。何か理由があるのだろうか。

 ともあれ、これで大洗女子学園の戦車の数は23輌にまで上がった。

 そして、水上は新たに現れた1輌の戦車を見て首をかしげる。

 白い車体に『継』と書かれた校章が写されているその戦車は、水上も見た事がないし、事前に水上に渡された戦車のリストにも載ってはいない。

『こんにちは、皆さん。継続高校から転校してきましたー』

 と、その戦車から聞こえてきたふんわりとした女性の声を聞いて、水上は目を見開く。

 最初、ダージリンが呼びかけを行った際に協力的な反応を示さなかった継続高校が、まさかいきなり参戦してくるとは。一体どういう風の吹き回しだろう。

 だが、今は大洗女子学園にとって戦車は1輌でも増えてくれれば嬉しいものだ。ここは素直に喜んでおく。

 大洗女子学園の戦車リストにBT-42突撃砲と表示され、大洗女子学園の戦車は24輌になる。

 そして最後に、森を抜けてきたのは戦車の大群。特有の迷彩模様は、大洗でのエキシビションマッチで見た知波単学園のものだ。それにしては、やたらと数が多い気がする。

 知波単学園戦車隊隊長・西絹代が得意げにスピーカーで高らかに宣言する。

『お待たせしました!昨日の敵は今日の盟友!勇敢なる鉄獅子22輌推参であります!』

 まさか、22輌持ってくるとは。失笑する。

『増援は私たち全部で22輌だって言ったでしょう?あなたの所は6輌』

 ダージリンにしては珍しい、少し苛立ちが感じられる声。それを聞いて、水上は思わず笑ってしまう。

『すみません、心得違いをしておりましたー!』

 知波単学園の西は全く反省の色を示さずに謝罪して、後方にいる戦車21輌の内16輌に待機を命令する。その命令を受けた戦車は、華麗なターンを見せて試合会場を後にした。それを見て、観客たちは歓声を上げる。

 知波単学園からは、九七式中戦車チハ新砲塔が2輌、旧砲塔が3輌、九五式軽戦車が1輌。

 ついに、大洗女子学園の戦車数は、大学選抜チームと同じ30輌となった。

 

 ダージリンは、大洗女子学園がサンダース大付属高校に戦車を預かってもらうように頼んだ時から、一つの可能性を考えていた。

 大洗女子学園は、何としても廃校を撤回させる。そして、撤回させる手段に戦車が用いられる。戦車を隠したのがそれを裏付けていた。

 だが、大洗女子学園の廃校を強行する文部科学省は、例え試合を行うことを認めたとしても、何としても大洗女子学園を廃校にさせようとあらゆる手を尽くして来るだろう。

 そこで真っ先にダージリンが考え付いたのが、圧倒的な戦力で大洗に勝つ隙など与えない、徹底的に叩き潰す試合を組む、という可能性だ。

 そして、大洗女子学園と大学選抜チームの試合が組まれた直後、ダージリンは協力すると言った6つの高校に対して指示とも取れる呼びかけを行った。

 それは、大洗女子学園に短期入学する事。

 この呼びかけを行った時点では、試合がフラッグ戦なのか殲滅戦なのかは分からなかったが、大学選抜チームが30輌用意してくることは分かっていた。

 戦車道のルールでは、他のチームから戦車と人員を借用する事はルールによりできない。

 ならば、自分たちが大洗女子学園の生徒となって試合に参加すればいい。そんな結論にたどり着いた。

 今回短期入学をする事は、文部科学省にはもちろん、大洗女子学園にも気付かれてはならなかった。大洗女子学園に知られれば、試合を組むことが決定した時から大洗女子学園の動向に目を光らせている文部科学省にバレる可能性が高かったからだ。

 だから、ブラフとして最初に、大洗女子学園に『自分の学校の戦車を貸す』と連絡した。その申し出を大洗女子学園は、戦車道のルールに則り断る。

 それで、増援は来ないと大洗女子学園ひいては文部科学省に思い込ませ、その隙に短期転校の手続きと戦車の持ち込みを戦車道連盟に申請し、今回の短期入学をより隠密なものとする事に成功したのだ。

 

 大洗女子学園の戦車道メンバーも、観客たちも、今回の唐突な22輌の増援を前にして歓喜に満ちていた。試合前の意気消沈とした顔はどこにも無く、希望に満ち溢れている。

 相手チームの隊長・島田愛里寿が増援を承認したことで、大洗女子学園の車輌数が30輌で確定し、改めて試合開始の挨拶が行われる。

 観客席は、大歓声に包まれていた。

 水上も、微笑を浮かべながらパソコンのキーボードを叩き、レポートソフトに文章を打ち込んでいく。

 

戦闘詳細記録

・大洗女子学園 対 大学選抜チーム戦

 日時:8月28日(金)

 会場:北海道大演習場

 天候:晴れ

 温度:23度

 目的:①大洗女子学園の存続を決定するため

    ②高校生と大学生の親睦と交流を深めるため

 車両数:大洗女子学園・・・30輌

     大学選抜チーム・・・30輌

 

 試合開始後、ルールによって10分間の作戦タイムが大洗女子学園に与えられる。そして、その作戦タイムが終わると、大洗女子学園は試合開始地点へと移動する。

 その移動中にアッサムは、チャーチルに持ち込んだ自分のパソコンで電子メールを作成し、水上へと送信する。

 水上は、その電子メールを受け取り、内容を確認する。そこに記されていたのは、今回大洗女子学園側が立てた作戦内容と作戦名、分割された3個中隊の隊長、副隊長、所属する戦車、最後に今回の試合で大洗女子学園チームが使用する無線の周波数だ。

 アッサムから届いたその情報すべてを水上は戦闘詳報に記録していく。だが、作戦名を見て水上は苦笑した。

(『こっつん作戦』って・・・迫力無いな)

 作戦内容は合理性のあるものだったが、作戦名のせいでなんだか弱そうに感じてしまう。大隊長である西住みほが命名したのだろうか?

 この時、作戦会議で作戦名を決める段階で、ダージリンを含む各学校の隊長が好きな食べ物の名前をそのまま作戦名にしようとした、と水上が知ったら割と本気で頭を抱えていたかもしれない。

 それはともかくとして、水上は無線の周波数を再度確認してから、脇に置いておいたクーラーボックスの蓋を開く。その中に入っているのは、冷えた飲み物でも、アイスでもない。

 メーターがいくつも付いており、ダイヤルやスイッチが取り付けられている黒い機械だ。

 試合前に、情報処理学部第6課(通称GI6)に所属するアッサムから貸し与えられたその装置の名前は、通信傍受機。手っ取り早く言ってしまえば、戦車の無線を聞くことができる代物だ。

 本来、無線傍受機は試合中に使う事を禁止されてはいない。ルールブックにも、『通信傍受機を使ってはならない』というルールも無い。だが、相手の無線を聞いて作戦を盗み聞きするというのは、スポーツマンシップに反するということで、使わないことが暗黙のルールになっている。

 なぜ水上が、このような物を持たされているのか。その理由は簡単、水上がこれからの試合内容を全て記録するように言われているから。

 ならば、エキシビションマッチや全国大会のように、普通にパソコンで記録するだけでいいのではないか。そう思い聞いてみたのだが、ダージリンはその問いに対して、今まで見てきた中でも一番真剣な眼差しでこう告げた。

『この試合は、恐らく、日本の戦車道の歴史に残る戦いとなるわ』

 そう言われてしまっては、突っぱねることもできなくて。アッサムから使い方を教わって、今こうして水上の手元に通信傍受機はある。

 だが、たとえ観戦客であろうとも、通信傍受機を使っているなんてことがバレれば大ごとになりかねない。ましてや水上は、今は聖グロリアーナ女学院の1人だ。このことが学校に知られれば、聖グロリアーナ女学院は糾弾されるだろう。

 それを避けるために、クーラーボックスというカモフラージュを使ってまでここへ持ってきて、人目につかない場所に陣取ったのだ。

 ちなみにこの通信傍受機、周波数が判明している無線しか聞くことができない。大学選抜チームの無線の周波数は、当たり前だが大洗女子学園チームは知らない。だから、水上は大学選抜チームの無線を聞くことはできないのだ。

 早速ヘッドフォンを付けて、周波数を合わせる。周波数を近づけると、ノイズに混じって女性の声が聞こえて来て、周波数を一致させるとクリアな音声が聞こえてくる。

 水上は、姿勢を正し、パソコンに手を置いて、これから始まるであろう戦闘を前に気を引き締める。

(みんな・・・・・・必ず、勝ってくれ)

 

10:30 試合開始

大洗女子学園チームは3個中隊同時に北上を開始、たんぽぽ中隊のアンチョビ車(CV33)が偵察として先行。

大学選抜チームは一列横隊でまとまって、試合開始地点より南下を始める。

 

11:02 森林エリア

あさがお中隊が敵と遭遇し、応戦開始。敵戦車は恐らくM26パーシングとM24チャーフィーかと思われる。

 

『3時方向より敵襲!』

 水上の耳に、あさがお中隊の副隊長・西絹代の声が飛び込んでくる。続けて、あさがお中隊長のケイの声が慌ただしく流れ込んでくる。そして、その無線に混じって砲弾が飛び交う音が聞こえてきた。

(始まった!)

 水上は、急いで時計を確認し、キーボードを指で叩く。

 そして続けざまに、聞き慣れたダージリンの声が耳に入ってくる。

『こちらダージリン、敵戦車発見』

 ダージリンが見つけたという事は、今度はたんぽぽ中隊が敵と遭遇したという事。そして、聞こえてくるのは砲弾が着弾する音。

 それを受けてもなお、ダージリンはひるまずにたんぽぽ中隊副隊長として、各車輌に指示を出す。

『向こうはまず、たんぽぽとあさがおを潰しに来た・・・!?』

 みほの困惑したような声が聞こえてくる。それを聞きながら、水上はキーボードに指を走らせる。

 

同時刻 湿地エリア

たんぽぽ中隊が敵と遭遇し、応戦開始。あさがお中隊同様、敵戦車は恐らくM26パーシングとM24チャーフィーかと思われる。

 

 今回の試合で疑問に思った事がある。

 それは試合前に、大学選抜チームの所有する戦車が明かされなかった事だ。

 本来ならば、両チームの所有する戦車は観客には知らされる。だが、今回はそれが無かった。

 だから、水上の今書いている戦闘詳報に書いている敵の戦車も、以前行われた社会人チームとの試合で大学選抜チームが使用した戦車から推測したものである。

 社会人チームと大学選抜チームの試合は、戦車道の世界でも有名な戦いだったので、その試合で使用された大学選抜チームの車輌、M26パーシングとM24チャーフィーが今回の試合にも使われているというのは、大洗女子学園チームのメンバーの多くが予想していた。

 だが、それでもなお、水上には気がかりなことがある。

 水上は、レポートソフトをいったん閉じて、戦車道ニュースのサイトを開き、一つの記事を表示させる。その記事は、昨日更新されたものである。

(・・・・・・これを使ってくるとは思いたくないが・・・)

 そのニュースの内容は、文部科学省及び日本戦車道連盟が、ある車輌を戦車として認可し、戦車道の試合での使用を許可するという内容であった。

 だが、この車輌はそう簡単に入手できるものではない。だから今回の試合で使ってくる可能性は低いが、ゼロではない。

 杞憂に終わる事を、願うほかなかった。

 

11:13 高地エリア

大洗女子学園チームひまわり中隊が高地頂上に到達。

左右に散開してたんぽぽ中隊及びあさがお中隊の援護準備に取り掛かる。

 

11:19 森林エリア

あさがお中隊の池田車(九七式中戦車チハ旧砲塔)が敵戦車の侵攻を阻止しようと前進するも撃破される。

大洗女子学園チーム残り29輌。

 

11:20 森林エリア

同中隊の名倉車(九七式中戦車チハ新砲塔)が敵戦車の侵攻を阻止しようと前進するも撃破される。

大洗女子学園チーム残り28輌。

 

『池田車、不覚にも被弾により行動不能!』

『名倉車、善戦するも撃破されました!』

 知波単学園の撃破された池田と名倉の悲痛な声を聞いて、水上は舌打ちをしながらキーボードを叩く。

 これがフラッグ戦であれば、30輌という大所帯の中でフラッグ車でもない車輌が1輌や2輌やられたところで大きな損害は無いのだが、これは殲滅戦だ。1輌撃破されるごとに敗北が近づいていく。

 敗北へのカウントダウンが始まった事に、水上は悪寒を覚えた。

 

11:27 高地エリア

散開し、砲撃を開始しようとしたあさがお中隊の背後で謎の大爆発が発生。砲撃は中断される。

 

『撃て―――』

 ひまわり中隊副隊長のカチューシャが、砲撃指示を出しかけたところで、それは起きた。

 ドゴゴッ!!!という轟音と共に、巨大な爆発が、ひまわり中隊の背後で起きたのだ。

 観客たちも騒ぎ、『空爆!?』だの『戦艦か!?』だのとわめいている。

 ヘッドフォンからも、困惑した様子の無線がひっきりなしに聞こえてくる。今の大爆発に動揺しているようだ。この爆発で1輌も行動不能にならなかったのは、奇跡に近い。

水上自身も、何が起きたのか分からないままとにかく戦闘詳報を書いていく。

 その数分後。

 ガゴォン!という謎の音がどこかから聞こえてくる。

 それから数秒経ったところで。

 ドゴゴッ!!!という爆発が再び、ひまわり中隊の近くで起きた。だが、今回は無傷とはいかず、爆心地近くにいたパンター2輌が爆発に煽られて斜面を転がり、それぞれ白旗を揚げる。

 

11:31 高地エリア

2度目の謎の大爆発が発生。

爆心地近くにいた赤星車と直下車(両者ともにパンターG型)の2輌が巻き込まれて横転し、行動不能になる。

大洗女子学園チーム残り26輌。

 

「・・・・・・まさか」

 水上の脳に、嫌な予感がよぎる。

 “あれ”を、用意したというのか。

 ひまわり中隊長のまほは、前後を敵に挟まれたことを受けて、高地を捨ててたんぽぽ中隊と合流する事にし、全速力で前方斜面を降り始める。さながら、島津の退き口のようだった。

 そこで、ぽつぽつと雨が降り出して来る。雨具を用意していなかったらしい観客たちは、慌てて売店へと向かって雨合羽やビニール傘などの雨具を買い求める。

 水上は、パソコンのキーボードに手を置いたまま、今なお敵戦車と頭上からの謎の“砲撃”から逃げているひまわり中隊の様子をじっと見つめる。

 最後尾を走っているのは、プラウダ高校からやってきたT-34。乗っているのは恐らくカチューシャと思われる。

 その時、ヘッドフォンに女性2人の言葉が聞こえてくる。だが、それは日本語ではなく、英語でもない。何を言っているのか水上にも全く分からない。

『あなた達、だから日本語で喋りなさいって何度言ったら分かるのよ!』

 カチューシャが、2人の何語か分からない会話を聞いて怒りの声を上げる。カチューシャが注意するという事は、先ほどの会話は恐らくプラウダ高校の生徒のもの。そしてプラウダ高校は、ロシアとの交流がある。つまり、さっきの会話はロシア語か。ロシア語と分かったところで、水上には何を言っているのかさっぱりだったが。

 そこで、最後尾を走るカチューシャのT-34の前を走っていたもう1輌のT-34急停車し、車体を道に対して垂直に向ける。カチューシャの乗るT-34はそれを避けるように通り過ぎて行った。

『カチューシャ様、お先にどうぞ』

 そして、ヘッドフォンから聞こえてきたのは、先ほどロシア語で会話をしていた女性の声。今度は日本語だった。だが、外国人特有の訛りがわずかに感じ取れる。

『それではごきげんよう』

『何、その流暢な日本語!?』

『クラーラは日本語が堪能なんです』

 ロシア語で会話していた、声の低い女性がカチューシャの疑問に答える。その女性の声は、水上も聞いた事があった。プラウダ高校の副隊長・ノンナの声だ。

 しかし、クラーラという女性のT-34は来た道を逆走し、追ってくるパーシングに対して発砲を続ける。

『カチューシャ様、一緒に戦うことができて、光栄でした』

 最期の言葉とも取れるクラーラの言葉。それを聞いてカチューシャがクラーラの名を叫ぶ。

 だが、クラーラは聞かず、ロシア語で何かを叫び、パーシングへと突進する。それをみて、追っていたパーシングはその勢いに怯んだようにわずかに後退する。

 だが、そんなクラーラの思いを踏みにじるかのように、頭上からの謎の砲撃がクラーラ車に直撃し、行動不能になってしまった。

 逃走を続けるひまわり中隊。だが、しつこくパーシングが最後尾のT-34を狙って追撃してくる。

 すると、今度はカチューシャの前を走っていたKV-2が急停車し、道を塞ぐように信地旋回を始める。だが、その途中で履帯に被弾したKV-2は動きを止める。それでも、パーシング目がけて発砲するKV-2。

 それを見ていたであろう、カチューシャのT-34も停車して超信地旋回をしKV-2を助けようとする。

『カチューシャ、逃げてください』

『逃げるなんて隊長じゃないわ!』

『お願いです!』

 KV-2の前を走っていたノンナのIS-2が、カチューシャの危機を察して急ブレーキをかけ、雨で路面が滑りやすいのを生かしてドリフトし180度向きを変える。そして、 おそらくIS-2の出せる最高速度をもってカチューシャの乗るT-34とKV-2がいる地点へと急行する。

 そして、IS-2はT-34を守るように回り込んでその最中に発砲。追撃中のパーシングの1輌に直撃し、擱座させることに成功した。

 だが、その擱座した後ろからもパーシングが何輌も迫ってくる。IS-2は、迫ってきた1輌のパーシングの横っ腹に突撃して動きを止める。そのパーシングはIS-2を黙らせようと機銃を掃射。IS-2の予備燃料タンクが破壊され炎上するが、IS-2は動きを止めない。

『カチューシャ。私がいなくとも、あなたは絶対に・・・・・・勝利します』

 ノンナの言葉の直後、IS-2とその正面にいたパーシングが同時に発砲。どちらも、相対する戦車に命中して白旗が揚がる。

 IS-2に動きを止められていたパーシングは、IS-2が行動不能になったのを確認すると再び前進。止まったままのT-34を狙おうとする。

『カチューシャ何をしている!』

 まほの責めるような声が聞こえてくる。

『カヂューシャ様ぁ!』

『さっさと行くじゃあ!』

 続けて聞こえてくるのは、恐らく今なお発砲を続けているKV-2の搭乗員の声。プラウダ高校は青森県を拠点としているため、生徒も東北弁をしゃべる生徒が多い。今聞こえてきた声も、東北弁なのだろう、訛っていた。

 そして、弾かれたようにカチューシャのT-34は移動を再開し、パーシングの群れの前から姿を消した。

 だが、その引き換えにKV-2は集中砲撃を喰らい、撃破されてしまった。

『九七式中戦車1輌、同新砲塔1輌、パンター2輌、T-341輌、IS-21輌、KV-21輌行動不能』

 雨が降りしきる中、アナウンスが聞こえてくる。それを聞いて水上は、思い出したかのように先ほどまでの戦闘の流れをレポートに入力していく。

 

11:43 高地エリア

逃走するひまわり中隊のカチューシャ車(T-34/85)を逃がすために、同中隊のクラーラ車(T-34/85)が盾となって急停車。逆走してM26パーシングを攻撃するも、頭上からの砲撃を受けて行動不能になる。

大洗女子学園チーム残り25輌。

 

11:47 高地エリア

ひまわり中隊のノンナ車(IS-2)が、カチューシャ車(T-34/85)とニーナ車(KV-2)が交戦中の地点へと転進し、カチューシャ車を守る形で回り込んで発砲。追撃中のM26パーシング1輌を撃破する。

大学選抜チーム残り29輌。

 

11:49 高地エリア

ノンナ車(IS-2)がM26パーシング1輌の動きを止め、その最中にノンナ車ともう1輌のM26パーシングが同時に発砲。お互いに行動不能となり、相討ちになる。

大洗女子学園チーム残り24輌。大学選抜チーム残り28輌。

 

11:50 高地エリア

ひまわり中隊を逃すために敵戦車の進路を妨害する形で停車したニーナ車(KV-2)が、敵戦車の集中攻撃を受けて撃破される。

大洗女子学園チーム残り23輌。

 

 水上は、初めてカチューシャに会って、ダージリンからカチューシャの人となりを教えてもらった時、『こんなちんちくりんが?』と素直に思った。

 さらに、大洗でのエキシビションマッチでのKV-2の事を思い出して、今回の試合では『大丈夫かな』とも思った。

 だが、この高地エリアでの一部始終を見て水上は、カチューシャとKV-2を侮った己の事を恥じた。

 カチューシャとノンナ、クラーラの無線を聞いて、水上は、本当に涙を流しそうになった。

 カチューシャは、皆が身を挺して逃そうとするほど、慕われていた。カチューシャが皆から慕われているという事は、確かだった。

 KV-2は、カチューシャを逃がそうとして、その巨躯を生かして道を塞ぎ、パーシングの大群と必死で戦った。KV-2は、ギガントの名に恥じない十分な役割を果たした。

 プラウダ高校は、信頼・絆の力が強かったことを、この目でしかと見届けた。

 

11:56 湿地エリア

大隊長・西住みほが、ひまわり中隊の角谷車(38(t)改造ヘッツァー)、たんぽぽ中隊の磯辺車(八九式中戦車)、アンチョビ車(CV33)、ミカ車(BT-42突撃砲)で小隊を編成。これを『どんぐり小隊』と命名し、頭上からの謎の砲撃の正体を探るために偵察任務に向かわせる。

 

 ひまわり中隊は高地から脱出したが残りは5輌。

 私は、チャーチルの中で砲撃を続けながら、ひまわり中隊を襲った頭上からの砲撃の正体を考える。

 だが、答えは分かり切っていた。

 あんな規模の爆発を起こせる砲撃が可能な車輌など、“あれ”しか考えられない。

 そこで、あさがお中隊のアリサから通信が入る。

 どうやらアリサも、私と同じ答えにたどり着いたようだ。

「ダージリン。私は“あれ”の位置を計算するため、少し攻撃を中止します」

「分かったわ」

 ダージリンから許可を取り、私は脇に置いてあったノートパソコンを立ち上げ、計算ソフトを開く。

 発射音がした方角と、“あれ”の最大射程を考慮して計算し、“あれ”がいるであろう場所を予測する。

 そして、その予測位置を大隊長である西住みほに伝える。

 あさがお中隊のファイアフライの砲手、ナオミも私同様に“あれ”の位置を計算したらしい。

 大隊長は、ヘッツァー、八九式、CV33、BT-42で小隊を編成し、“あれ”の捜索、可能であれば撃破の指示を出した。

 “あれ”の砲撃は、今や私たちたんぽぽ中隊へと狙いを変えている。

 小さな川を挟んで、たんぽぽ中隊と敵戦車隊は交戦状態にある。CV33が敵をかく乱させようと川のあたりをちょこまかと走っているが、それを狙っているかのように“あれ”の砲撃が降り注がれる。

 やがて、偵察に向かうように指示されると、CV33は移動を開始した。

 そして、入れ替わるようにローズヒップのクルセイダーが先ほどまでのCV33と同じように川のあたりをちょこまかと走り回る。

 私はそれを見て、こんな状況ではあるが、命令を無視して自分勝手な行動をしたことを後で叱ろうと、心の中で決めた。

 

12:09 山岳エリア

どんぐり小隊の偵察により、頭上からの謎の砲撃の正体がカール自走臼砲によるものと判明する。

 

 その車輌がモニターに映し出された瞬間、観客席からは大学選抜チームに向けてブーイングの嵐が巻き起こった。

 その車輌は、普通の戦車よりもはるかに巨大な砲塔を乗せていて、普通の戦車よりもはるかに巨大な砲弾を装填していた。

 その車輌の名は、カール自走臼砲。

 基本スペックがモニターに表示され、それを見てさらに観客たちが怒声を上げる。

 主砲の口径は何と600mm。チャーチルの主砲は75mmだから、その8倍もの大きさだ。さらに言えば、史上最強と言われる戦艦・大和の主砲でさえ46cm(=460mm)であるから、それよりもさらに大きいという事になる。

 水上は、舌打ちをしながら、別ウィンドウで開いてあった戦車道ニュースの記事を開く。その記事のタイトルは、『カール自走臼砲、戦車として戦車道の試合参加が認められる』だ。

 記事をスクロールしていけば、カールが認可された理由、条件が記されている。

 カールは元々、砲塔角度の調整、砲弾の装填、発射を全て車外で人力で行うものである。だから、選手が戦車の外にいる、オープントップの車輌は認められない戦車道では、カールは認可されることは無かった。

 だが、今回カールは、ある条件下で戦車道に参加する事が可能になった。

 その条件とは、本来は人間が車外でやるはずだった作業を自動化し、車外に人間を出さない事、である。

 モニターに映っているカールも、確かに砲塔角度の調整、砲弾の装填がすべて自動化されており、主砲の発射はカールの車体に新たに設けられた砲手席で行われている。

 そして、カールの認可は実験的な物であり、検証結果によっては認可を取り消すともニュースには書かれていた。

 カールがこうして認可されたのは、つい昨日の事である。

 大洗女子学園との試合の直前に認可されたとなれば、文部科学省は、大洗女子学園を潰すためだけに、カールを認可した。その可能性が非常に高い。

 

『カールがいるぞ!護衛にはパーシングが3輌だ!』

 偵察に出ていたどんぐり小隊のアンチョビからの報告を受けて、私は淑女らしからぬことだと分かっていたが舌打ちをする。

 昨日の夜、水上が戦車道ニュースを見ていた際に、私も偶然だがその記事を目にした。

 カール自走臼砲が認可された、というニュースを。

 だが、カールはそう簡単には用意できるような車輌ではない。だから、今回の試合に参加する可能性は限りなく低いだろう、と私は思っていた。

 だが、今現在こうしてカールは試合会場でその猛威を振るっている。

(まさか、文科省が・・・)

 可能性としてはあり得る。カールが認可されたのと大洗女子学園の試合、加えて大学選抜チームのバックには文科省が付いているとなれば、文科省が大洗女子学園を潰すために大学選抜チームに用意したのかもしれない。

(どうして、そこまで廃校させようとするの?)

 私の中に、考えても答えの出ないような疑問が渦巻くが、その疑問は頭の片隅に追いやって、目の前の試合に集中する。

ともあれ、カールがいては、この先の戦闘にも支障が出る。ここを離脱して、廃遊園地で局地戦に持ち込もうとしても、600mm砲は建物ごと戦車を一撃で破壊してくる。

 厄介だが、何とかして倒さなければならないものだ。

 

 厄介だが、何とかして倒さなければならないものだ。

 水上がキーボードを叩く手を止めて、モニターに映されているカールを見る。

 あれがいては、戦闘もままならない。局地戦に持ち込もうとしてもあの600mm砲は脅威だ。

 どうにかして倒さなければ。

 しかし、カールの護衛にはパーシングが3輌。迂闊に手を出す事はできない。

 では、どうすればいい?

 ここで水上が考えていても意味はなかったが、それでも何とかしたいと思った。

 だが、動きがあった。

 カールが陣取っているのは、山岳エリアの干上がった湖の中州。その湖の近くにある熊笹の生い茂る林の中から、継続高校のBT-42が飛び出してきたのだ。

 BT-42は、車体後部から白い煙幕をまき散らしながら崖を飛び越え、カールのいる中州へと着地する。

 護衛についていたパーシング小隊の隊長が唖然とした表情をするが、それをよそにBT-42は着地した直後360度のドリフトをかまし、周囲に煙幕を張る。そして、ドリフトしている最中に、突然の出来事に反応できなかった護衛のパーシング1輌に向けて発砲。撃破に成功した。

 突然の出来事に、水上は驚きを隠せないが、とにかく戦闘詳報に記録していく。

 パーシング小隊長もショックから脱し、中州から逃走したBT-42を残り2輌のパーシングで追撃する。

 これで中州に残ったのはカールのみ。

 それを見計らって、林の中から八九式とヘッツァーが現れる。そして、中州に向けて架かっているが途中で崩落してしまっている、廃線となった鉄道の石のアーチ橋を渡る。

 CV33は?と水上は一瞬思ったが、よく見るとCV33は八九式の車体後部に載っていた。一体何をする気だ?

 2輌の戦車が接近してくるのに先に気づいたのはカールだ。旋回して、600mmという破格の砲塔を迫ってくる八九式+CV33、ヘッツァーに向ける。そして、容赦なく発砲してきた。

 だが、八九式とヘッツァーはひょいっと右によけてそれをやり過ごす。八九式とヘッツァーの操縦手の動体視力は大したものだと水上は心の中で称賛した。

 カールの砲弾は八九式とヘッツァーの後方の橋を破壊し崩落を起こす。その真下を逃走中のBT-42が全速力で通過するが、それを追尾していたパーシングは落下してきた橋の一部に阻まれて急停車。バックして体勢を立て直そうとしたが、さらに落下してきた橋の一部に砲身を押し潰されて行動不能となってしまった。

 これで、護衛のパーシングは残り1輌。だがこのままパーシングも簡単にはやられはしない。BT-42の進路上に無理やり入ってきて、BT-42の左側に体当たりをかます。それを受けたBT-42は横転し、両サイドの履帯が外れてしまう。そして何度も転がり溝へと落ちた。

 最後のパーシングがゆっくりと近づいてくる。

 だが、その直後BT-42は勢いよく溝から脱出して再び逃走。

 履帯無しにも拘らず、BT-42は先ほどよりもさらに速いスピードで逃走を再開。パーシング小隊長を困惑させる。

 水上自身も困惑していた。戦車は履帯が無ければ動けないというのが、素人である水上の認識だ。

 だが、実際にBT-42は履帯無しで走っている。

 そんな戦車もあるのか、と水上は心の中で感心していた。

 一方、アーチ橋の上を走っていた八九式がスピードを上げる。すると、後ろに載っているCV33の重みで、八九式の前部が上向きになる。

 そこで、八九式は急停車。後ろに載っていたCV33は慣性の法則によって前に飛ばされる。投げ飛ばされたCV33は、カールのマズルを狙って機銃を斉射し、破壊しようと試みる。

(そんな事戦車でできるの!?)

 水上は驚きを隠せないが、ほとんど本能でパソコンに文章を打ち込んでいく。

 

12:16 山岳エリア

車体後部にCV33を載せた八九式中戦車が加速し、車体前部が持ち上がる。そして急停車し、車体後部が投石器のように前に上がる。CV33はその勢いで飛翔し、カール自走臼砲のマズルを狙って発砲する。

 

 しかし、CV33の8mm機銃では、マズルはおろかカールの装甲を破壊することもできず、重力に従い上下逆さまに落下してしまった。

 そこへじりじりと迫ってくるカール。砲塔は間違いなく橋の上にいる3輌の戦車に向けられていた。

『作戦失敗だ撤退しろぉ!』

 諦めた様子の声が無線から聞こえてくる。確かに、このままではCV33はもちろん、急停車した八九式も、その後ろで止まっていたヘッツァーもカールの餌食になってしまう。

『チョビ子、履帯を回転させろ!』

 そこに飛び込んできたのは、角谷杏の声だった。

 だが、その指示は転がったCV33の車長・アンチョビは気に食わなかったようだ。

『命令するな!私を誰だと思って―――』

『干し芋パスタを作ってやるからさ~』

 だが、杏のよくわからない料理の名前を出されて、アンチョビの声が輝きを取り戻す。

『パスタ!』

『マジっすか!』

 その直後、CV33の履帯が勢いよく回転し、履帯がピンと張られる。

 どうでもいい事だが、干し芋パスタってどんな味がするんだろう。聞いただけではひどい取り合わせだなと水上はこんな状況でも考えていた。

 だが、モニターの中ではヘッツァーが、CV33の履帯が張られたのを見て前進を開始する。そして、後退を始めていた八九式を避けて速度を上げ、CV33の上を通過しようとする。そこで、回転していたCV33の履帯がカタパルトのような役割を果たして、ヘッツァーを前へと飛ばす。

 飛び出したヘッツァーは、カールとの距離がゼロに近づくまで発射を控えて狙いを定め、やがて発砲する。

 ヘッツァーの砲弾と、装填されていたカールの砲弾が、カールの砲身内で爆発を起こし、砲塔から爆炎が噴き出す。

 そして、撃破された証である白旗が、カールの天井から揚がった。

 それを見て観客たちが、まだ勝っていないにもかかわらず大歓声を上げる。タオルを放り投げたり、腕を突き上げたりして喜びを表していた。

水上も『すげー!』と声を上げる。まさか、あんな方法でカールなどというデカ物を撃破するとは。

 興奮冷めやらぬ中で水上はキーボードを叩く。

 

12:19 山岳エリア

墜落したCV33が履帯を回転させ、後方に控えていた38(t)改造ヘッツァーが前進を開始。38(t)改造ヘッツァーがCV33の上を通過するとカタパルトの要領で前へと飛び、カール自走臼砲へと向かって飛翔する。

38(t)改造ヘッツァーはカール自走臼砲との距離がゼロになる直前で、マズル目がけて発砲。カール自走臼砲の砲身内で両車輌の砲弾が爆発し、カール自走臼砲は行動不能となる。

大学選抜チーム残り25輌。

 

 一方、カールがやられたと知った最後のパーシングは、ここに残る意義を失い本隊への合流を図る。だが、BT-42はそれをしつこく追い続ける。

 そこで、パーシングは急停車してBT-42を追い越させ、その側面に向けて発砲。砲弾はBT-42の左転輪を破壊する。

今度こそ動かなくなるだろうと思ったのだが、何とBT-42は驚異的なバランスと操縦能力をもってして右転輪だけで走行し、パーシングに肉薄する。

 BT-42はパーシングとすれ違う直前で発砲。だが、パーシングの砲手も何とか冷静さを取り戻して発砲。

 BT-42の砲弾はパーシングの車体側面に、パーシングの砲弾はBT-42の右転輪にそれぞれ命中し、両車共に行動不能となってしまった。

 そこで、水上のヘッドフォンに、透き通った女性の声が聞こえてくる。

『皆さんの健闘を祈ります』

 水上は、戦闘詳報を入力する。

 

12:28 山岳エリア

BT-42突撃砲が、本隊への合流を図るM26パーシングを追撃するも、M26パーシングが急停車したことでBT-42突撃砲はこれを追い抜いてしまい、その隙に左転輪に被弾。

しかし、残った右転輪だけでバランスを取って走行を再開し、M26パーシングへと肉薄。発砲してM26パーシングを撃破するが、同時に被弾してしまい右転輪も破壊されて行動不能となる。

大洗女子学園チーム残り22輌。大学選抜チーム残り24輌。

 

 おそらく、この山岳エリアでの戦闘は、水上が今まで見てきた戦車道の試合の中で、最も濃度の高いものになったと思う。

 カールと言う強敵を前にして、BT-42が囮を引き受けてパーシング3輌を相手取り、その隙に八九式、CV33、ヘッツァーでカールを攻略。

 BT-42は履帯無しで走行し、八九式はCV33を放り投げる、墜落したCV33をカタパルトの代わりにしてヘッツァーが飛び上がってカールを撃破、BT-42は片側転輪だけで走行するという、果たして戦車で成し遂げられるのか分からないような所業をやってのけた。

 特に、パーシングを1輌で3輌も撃破した継続高校は、すごいんじゃないかと心の中で思っていた。

 

13:02 廃遊園地エリア

大洗女子学園チームは廃遊園地エリアへと移動を完了。

南正門に西住まほ車(ティーガーⅠ)と逸見車(ティーガーⅡ)、カチューシャ車(T-34/85)を配備。

西裏門に西車と細見車(両者ともに九七式中戦車チハ旧砲塔)、玉田車(九七式中戦車チハ新砲塔)、福田車(九五式軽戦車)を配備。

東通用門にダージリン車(チャーチル歩兵戦車Mk.Ⅶ)、ルクリリ車(マチルダⅡ歩兵戦車Mk.Ⅲ/Ⅳ)、ローズヒップ車(巡航戦車クルセイダーMk.Ⅲ)を配備。

残りの車輌は中央広場にて整備を開始。

 

13:14 廃遊園地・東通用門

東通用門のシャッターを破壊して敵戦車が侵入。T28重戦車と判明。さらに後方から10輌以上のM26パーシングが続き、こちらが主力と判断する。

東通用門に待機していた3輌の戦車が応戦。西裏門に向かっていたサンダース大付属高校の戦車3輌及び南正門で応戦していた大洗女子学園の戦車7輌も東通用門へと応援に向かう。

 

『なんてこった!T28重戦車がいるぞ!』

 アンチョビの通信が聞こえた直後、モニターにT28の映像が映し出され、さらにそのスペックが表示される。観客たちはどよめいた。

 最大装甲305mmと言う数字を見て、水上は驚愕する。

 カールを倒したと思ったら、まだこんな化け物が残っているとは。

 だがショックは後回しだ。みほが無線で西裏門に向かっていたサンダース大付属高校の3輌の戦車と、南正門にいた大洗女子学園の戦車7輌に東通用門へと移動するように指示を出す。

 水上はそれを戦闘詳細に記していく。

 だが、どれだけ戦車が集まっても、T28の前面装甲305mmは撃ち抜く事などできない。何せ、戦艦の砲撃にも耐えられるような厚さなのだから。

 結果として、東通用門に集結した戦車でもT28の侵攻は止められず、敵戦車の侵入を許してしまう形となってしまった。

 T28の後ろからなだれ込むように大量のパーシングが入ってきて、東通用門にいた大洗女子学園チームの戦車は後退を開始する。

 

13:23 廃遊園地・西裏門

細見車(九七式中戦車チハ旧砲塔)が囮となって注意を引き付けている間に、池に潜伏していた福田車(九五式軽戦車)がパーシング1輌の履帯を破壊。西車(九七式中戦車チハ旧砲塔)もまたパーシング1輌の履帯を破壊。

そこで玉田車(九七式中戦車チハ新砲塔)が池から飛び出し、停車中のM26パーシング1輌のターレットリング目がけて発砲、撃破に成功する。

大学選抜チーム、残り20輌。

 

 場面が変わって西裏門。4輌のパーシングが門を破壊して進入。だが、そこにいるはずの知波単学園の戦車4輌の姿が見当たらない。

 4輌のパーシングが注意しながら池に架かる通路を前進すると、先頭を走っていたパーシングの履帯が突如どこかから撃ち抜かれて破損。動きを止める。さらに別方向からも攻撃を受けて、最後尾を走っていたパーシングの履帯も壊される。

 そこで、池から勢いよく姿を現した玉田のチハ新砲塔が動きを止めていたパーシングのターレットリングを狙って発砲、撃破する事に成功する。

 まさか、極端な事を言ってしまえば、突撃するしか能の無い知波単学園がゲリラ戦法を見せてくるとは思わなかった。観客たちも歓声を上げ、水上も驚きに満ちた表情でキーボードを打つ。

 

 ところが、ある変化が起きた。

 東通用門から撤退していた聖グロリアーナ、サンダース、大洗の戦車がT28と大量のパーシングに追い込まれて逃走を開始。それだけなら別に何の変哲もないのだが、まるでどこかに誘導するかのように敵戦車の動きが変則的だ。

 加えて、最後尾を走るダージリンのチャーチルに向けて発砲される攻撃も散発的。ダージリンも無線で『妙だ』と告げていた。

 その間も、ポルシェティーガーとファイアフライがパーシングを2輌撃破するが、素直に喜べない。先ほどと比べるとやけにあっさり撃破されている、と水上は思う。

 と、ここでモニターが遊園地の俯瞰図へと切り替わり、各戦車の動きが表示される。

 それを見て、観客たちが『マズいぞ』『そっちはだめー!』と叫んでいる。

 水上も、この俯瞰図を見て気付く。

 聖グロリアーナ、サンダース、大洗の戦車は、円形のステージに半円形の観客席が配置された、すり鉢状の野外劇場に追い込まれてしまった。しかも、観客席の反対側は遊園地の外壁。

 ステージに追い込まれてしまった3つの高校の戦車。その戦車を取り囲むように、観客席からパーシングとT28がやってくる。

 そこで、知波単学園の戦車が突撃して包囲網を破ろうとするが、まるで後ろに目が付いているかのようにパーシングが横にどく。知波単学園の戦車4輌は止まることができず、他の戦車と同様に中央のステージへと追いやられてしまった。飛んで火にいる夏の虫とはまさにこのことではないか。

 

13:41 廃遊園地・野外劇場

大洗女子学園チームの戦車多数が野外劇場でM26パーシングとT28重戦車に包囲される。

 

 やがて、南正門からやってきた3輌の戦車と、大隊長みほのⅣ号戦車もやってくるが、包囲網は既に完成しており、救出する事は不可能に近い。

 こんなところで一気に十数輌も失ってしまっては、せっかく見えてきた勝機が無くなってしまう。

 水上のパソコンに置いてある手が握りしめられる。

 だが、またも変化が起きた。

 バゴォォォン!!という轟音が、どこかから聞こえてきたのだ。

 試合会場を飛行中のドローンがその音のした方向にカメラを向けると、そこに映し出されていたのは大観覧車。だが、大観覧車は軸を破壊され、大量のゴンドラを付けたフレームがずり落ちていた。

 よく見てみれば、その大観覧車の近くにM3リーが停車している。まさか、あのM3リーが破壊したというのか。

 ずり落ちた観覧車は、丘の傾斜によって転がり始め、野外劇場目がけて転がってくる。

 それを見た大学選抜チームの戦車が退避行動をとったために包囲網に穴が開いた。

『ツァーリタンクか!?』

『パンジャンドラム!?』

『Wow!』

 困惑と驚きの様子の無線が聞こえてくるが、水上はひとまずほっとする。これで、大洗女子学園チームを取り囲んでいた包囲網は崩されたのだから。

 だが、ホッとしたのもつかの間。大観覧車はその大洗女子学園チーム目がけて転がってきたのだから。

 わちゃわちゃと慌てた無線が流れ込んでくる。大洗女子学園チームは観覧車から逃げまどうように劇場内を走り回る。

 そんな中で、ローズヒップのクルセイダーが転がってきた観覧車目がけて機銃と主砲を発砲。それによってそのまま野外劇場を通り過ぎるはずだった観覧車は向きを変えて、再び野外劇場内を転がりまわる。

『あら?変ですわ?』

 間抜けな様子のローズヒップの声が聞こえてくるが、続けて聞こえてくるのは。

『変ですわじゃない!』

『余計なことすんなぁ!!』

 怒った様子の女性2人の声。まあ、当然とも言える。ローズヒップのせいで再び観覧車に追われる羽目になってしまったのだから。

 さらに知波単学園の戦車も機銃を掃射して観覧車を狙う。どうやらあれで観覧車を野外劇場の外へと追いやり、外周に待機しているパーシングを後退させるつもりのようだ。

 そして、仕上げとばかりにファイアフライが観覧車の頂点目がけて発砲。見事直撃し、観覧車は向きを変えて野外劇場の外へと転がり出る。それに続く形で包囲されていた戦車たちが逃走する。

 

13:47 廃遊園地・野外劇場

M3中戦車リーが、野外劇場付近の丘の頂上にある大観覧車の軸を破壊して、大観覧車を転がす。転がってきた大観覧車によって、野外劇場を包囲していたM26パーシングとT28重戦車は退避行動をとり、包囲網に穴が開く。

大洗女子学園チームの発砲によって、大観覧車は向きを変え、包囲していたM26パーシングを後退させ、包囲網は完全に崩壊。

シャーマンファイアフライが観覧車を狙撃して向きを変えて野外劇場の外へと追いやり、包囲されていた大洗女子学園チームの戦車はその後に続き逃走する。

 

 今度こそ、窮地を乗り越えた事で水上は息を吐く。

 周りに座る観客たちも、パチパチと拍手を送っていた。

 その後、大洗女子学園チームはいくつかのグループに分かれて移動を開始。

 CV33は変わらずジェットコースターのレール上でGPS役を継続。

 各学校の戦車が手を組み、チームワークでパーシングを立て続けに撃破していった。昔ながらの街並みを再現したなつかし横丁、ボカージュ迷路、ドイツの超兵器・ラーテを模したアミューズメントエリア、西部劇を彷彿とさせるウェスタンエリアなどで、地形と建造物を最大限に生かした戦いを繰り広げる。

 そして、遂に大学選抜チームの戦車数が9輌と、二桁を切った。

 観客席は、大洗女子学園チームの快進撃を見て歓声を上げる。

 試合前はあんなに絶望的だったのに、今はそれが嘘であるかのように大洗女子学園がリードしている。

 水上も、このまま押し切れば勝てる、と思っていた。

 しかし、またしても変化が起きた。

 これまで戦闘には参加せず、後方で指示を出しているだけであった、大学選抜チームの隊長・島田愛里寿の乗るセンチュリオンが前進を開始し、廃遊園地へと向かい始めたのだ。

 敵の大将が動き出したぞ、と観客の誰かが言う。

 だが、水上はここで、悪寒を覚えた。

 まるで、ここからが本当の戦いだ、と告げられたような。

 

14:22 廃遊園地エリア外

大学選抜チームの隊長車・巡航戦車A41センチュリオンが廃遊園地エリアに向けて移動を開始する。

 

 そのころ、ニュルンベルクの城塞を模したレンガ造りの門では、ダージリンとルクリリの乗るチャーチルとマチルダⅡが、T28と相対していた。

 だが、T28の車幅ではレンガ造りの門を通る事はできないのが見て分かる。現に、T28は門につっかえて止まってしまった。

 それが間抜けに見えて、水上は思わず吹き出してしまう。

 だが、直後T28の履帯付近で小規模な爆発がいくつも起き、外側の履帯がパージする。それを見て、水上はもちろん、ダージリンとルクリリも驚いたように声を上げた。

 T28が再び前進してきたのを見てチャーチルとマチルダⅡは後退を再開。

 なつかし横丁では先ほどまで偽装作戦を取っていた三号突撃砲が撃破されてしまった。

 GPS役でジェットコースター上にいたCV33も大学選抜チームにバレてしまい、チャーフィーに追われることとなる。

 遊園地西側ホテルでは、大洗女子学園の八九式と知波単学園の戦車が、センチュリオンに奇襲を仕掛けていた。丘から急降下して奇襲するが、センチュリオンは戦車ではあり得ないような動きを連発し、奇襲してきた5輌の戦車を無傷で退け、全ての車輌を返り討ちにしてしまった。

わずか1分程度で、一気に5輌もの戦車を行動不能にしたセンチュリオンを目の当たりにして、観客席が困惑に染まり、観客がどよめく。

 水上だって、今見たものは信じられなかった。

 あのセンチュリオンの動きは、人並外れたものだ。山岳エリアでのBT-42もそうだったが、一体、どうやってあんな動きを可能にしているのだろう。

 あのセンチュリオンに乗っているのは、果たして自分と同じ人間なのだろうか。

 

14:33 廃遊園地・西側ホテル付近

進入してきたセンチュリオン目がけて大洗女子学園チームの5輌の戦車が奇襲攻撃を仕掛ける。

だが、センチュリオンは奇襲攻撃を全て避け、驚異的な回避能力と操縦能力、射撃能力をもってして、奇襲を仕掛けた5輌の戦車全てを返り討ちにする。

大洗女子学園チーム残り16輌。

 

 さらに、水上は映された画面を見て『あっ』と声を上げる。

 ニュルンベルクの城塞付近の橋の下で、チャーチルが橋のアーチに車体を半分乗り上げる形で待機しており、橋の上に砲塔を向けていた。

『17ポンド砲さん、準備はどう?』

 聞き慣れたダージリンの声が聞こえてくる。返ってきたのは、城塞付近に待機していたファイアフライの車長であり砲手、ナオミの声だ。

『とっくにできてる』

 その砲身の先には橋をゆっくり渡るT28。

『行くぞ』

『どうぞ』

 ナオミの合図にダージリンが答え、ファイアフライの17ポンド砲が火を噴く。

 だが、狙っていたのはT28ではなく橋そのもの。そして装填されていたのは榴弾。橋の一部が崩落して穴が開くが、T28はそれを気にせず前進する。

 だが、その穴の下にはチャーチルがおり、チャーチルはT28の下部装甲に狙いを定めていた。

 こここそが、アッサムがデータによって弾き出したT28のウィークポイントであり、その装甲の厚さは僅か25mm。

 アッサムが狙いを澄ましてT28下部を攻撃する。

 T28の巨体が一瞬持ち上がって、停車する。そしてその一瞬後、T28の後部エンジンが爆発炎上し、車体から白旗が揚がった。

 観客席からは再び歓声が上がるが、水上はそれどころではない。

 橋の崩落によって、チャーチルの周りにも橋の瓦礫が積もり、チャーチルは身動きが取れなくなってしまっていた。そこへ、チャーフィーとパーシングがやってきて、挟み撃ちにしようとする。

 水上は、思わず顔に手をやる。

『みほさん頑張って』

 そんな水上の耳に流れ込んできたのは、まったく焦ってはいない、いつものように優雅なダージリンの声。

『戦いは、最後の5分間にあるのよ』

 その直後、轟音が炸裂し、ノイズが走り、ダージリンの声が聞こえなくなる。

それはつまり、チャーチルが撃破された事を意味していた。

「くそっ!」

 水上は思わず、右手でベンチを殴る。

 今回、チャーチルはフラッグ車でなければ隊長車でもない。言ってしまえば、大洗女子学園チームを構成する戦車の1つだ。

 だが、この3カ月で水上は随分とチャーチルと、ダージリンたちと向き合ってきた。無論、チャーチルに乗っているアッサムとだって。

 そのチャーチルが撃破されてしまった事が、水上は悔しくて仕方がない。

 しかし、今は記録をするのが最優先だ。

 

14:42 廃遊園地・ニュルンベルクの城塞

T28重戦車がレンガ造りのアーチ橋を通過。ナオミ車(シャーマンファイアフライ)がアーチ橋の一部を榴弾で狙撃し破壊、穴を穿つ。

その穴を通過したT28重戦車の下部装甲を狙い、橋の下からダージリン車(チャーチル歩兵戦車Mk.Ⅶ)が攻撃し、T28重戦車を撃破する。

大学選抜チーム残り8輌。

 

14:43 廃遊園地・ニュルンベルクの城塞

T28を撃破したダージリン車(チャーチル歩兵戦車Mk.Ⅶ)だが、崩落した橋の瓦礫に阻まれて脱出できず、挟み込んできたM26パーシングとM24チャーフィーの攻撃を受け、撃破される。

大洗女子学園チーム残り15輌。

 

 戦いも佳境。

 ジェットコースター上で逃げていたCV33がチャーフィーに挟まれて、これまでかと思ったところで横合いからの砲撃でチャーフィーが2輌とも撃破された。その砲撃をしたのは大洗女子学園のM3リー。

 水上は、先ほどの観覧車による包囲網破壊の時と言い、今の援護射撃と言い、随分成長したと心の中で感じていた。

 何しろ、全国大会前の大洗と聖グロリアーナの練習試合では、M3リーの搭乗員は試合中にもかかわらず戦車を放り出して逃げたのだから。

 そのM3リーが、こうして仲間の危機を何度も救っている。それが単純に、すごいと思った。

 だが、そのM3リーも後ろからセンチュリオンの砲撃を受けて撃破されてしまった。

 西洋風の街並みが広がるエリアでは、大学選抜チームのパーシング3輌が、サンダース大付属高校の3輌のシャーマンと交戦。だが、パーシングは華麗なドリフトさばきと連携攻撃でシャーマン3輌の攻撃を全て避け、逆に全てを撃破してしまった。

 聞くところによれば、あのパーシング3輌に乗っているのは、大学選抜チームはもちろん戦車道界隈でも有名なバミューダトリオと呼ばれている選手だという。その3人の生み出す連携攻撃は強力で、社会人チームの多数の戦車もあれにやられてしまったと戦車道新聞には載っていた。

 さらに、エジプト風遺跡付近ではヘッツァーとチヌがセンチュリオンにやられてしまう。

 そして、ポルシェティーガー、T-34、ティーガーⅡと合流したルクリリのマチルダⅡも、万里の長城を模した建造物の前で、バミューダトリオの一角に撃破された。

『あ、くそぉっ!』

 その時、水上のヘッドフォンにお嬢様らしからぬルクリリの罵詈雑言が聞こえてくる。

 お嬢様としてそれはどうなんだよ、と水上は思わなくもなかったが、ルクリリはそういう言葉遣いをすることが多々あると聞いたので、黙っておく。

 カメラが切り替わり、江戸を模したエリアが映し出される。そこでは、堀を挟んでローズヒップのクルセイダーとチャーフィーが走りながらの撃ち合いを繰り広げていた。

『リミッター外しちゃいますわよぉ!!』

 興奮した様子のローズヒップの声が無線に飛び込んでくる。

 そして、調速機を外したらしきクルセイダーのモーター音が聞こえてくる。

 そして、堀を飛び越えてチャーフィーの前に飛来するクルセイダー。チャーフィーはあっけにとられたように何もすることができず、クルセイダーの砲撃を受けて撃破される。だが、クルセイダーも無事では済まず、壁に激突して横転、白旗が揚がった。

 

14:51 廃遊園地・江戸ランド

堀を挟んでチャーフィーと交戦していたローズヒップ車(巡航戦車クルセイダーMk.Ⅲ)が調速機を外し急加速。堀を飛び越えてチャーフィーの前に飛び出して砲撃。チャーフィーの撃破に成功するも、自身も壁に衝突して横転、行動不能となる。

大洗女子学園チーム残り7輌。大学選抜チーム残り5輌。

 

 釣り堀付近では、ジェットコースターのレールから降りたCV33と、大洗女子学園のルノーB1が前後でパーシングを挟み撃ちにし、パーシングの撃破に成功する。

 だが、その直後にセンチュリオンからの攻撃を受けて、CV33とルノーB1は撃破されてしまった。

 そして、水上は今気づく。

 このセンチュリオン、戦闘に参加してから1発も被弾していない上に、1発も弾を外していない。

 なるほど、あれに乗っている島田愛里寿が天才と謳われるのもうなずける。だが、何よりセンチュリオンの搭乗員もすごいと水上は思った。

 こんな相手に、勝つことができるのだろうか、と水上は今更ながら心の中で不安が募っていた。

 さらに画面が切り替わって、コンコルド広場。

 ポルシェティーガー、T-34、ティーガーⅡがバミューダトリオのパーシングの撃破を狙っていた。

 ポルシェティーガーが通常ではありえないような加速力でパーシングに接近するも、モーターが焼損して行動不能に。だが、その後ろからスリップストリームでついてきたT-34とティーガーⅡが連携して、バミューダトリオで一番後ろにいたパーシングの1輌を撃破。だが、残ったパーシング2輌にT-34とティーガーⅡが撃破され、沈黙。2輌のパーシングは中央広場へと向かって行った。

 これで、大学選抜チームの残りはセンチュリオンと2輌のパーシングの計3輌。大洗女子学園の残りは、Ⅳ号戦車とティーガーⅠの2輌。奇しくも、全国大会決勝戦で戦った西住みほと西住まほの姉妹が残ることとなった。

 そして、その合計5輌の戦車で、中央広場で最後の決戦とも言える戦いが始まる。

 最初にティーガーⅠが1輌のパーシングの動きを止めて、Ⅳ号戦車が上から砲撃。1輌を撃破。

 続けてⅣ号戦車はセンチュリオンの相手をし、ティーガーⅠは最後のパーシングを撃破しようとする。

 中央広場にあった遊具を利用してパーシングの動きを止め、その隙にティーガーⅠが撃破する。

 これで、大洗女子学園の残りは2輌。大学選抜チームの残りは1輌。

 観客席にいる誰もが、声も上げず、呼吸すら控え、目の前で繰り広げられている戦いを、固唾をのんで見守っていた。

 水上も、パソコンに手を乗せたまま、モニターをじっと見つめる。

 今もなお、モニターの中では戦いが続いており、両チームの戦車は激しい撃ち合いを見せている。

 島田愛里寿のセンチュリオンは、中央広場の遊具を破壊し、さらには利用して、大洗女子学園の戦車を徹底的に追い詰める。逃げ場など、逃げる隙など与えないかのように。

 Ⅳ号戦車の装甲板―――シュルツェンが剥がされる度に心臓が止まりそうになる。

 だが、センチュリオンがメリーゴーランドを突き破ってⅣ号戦車の前に現れて激突し、Ⅳ号戦車がスピン。その晒された無防備な後部装甲向けてセンチュリオンが砲塔を向ける。

 目が見開かれる。

 水上が頭を抱える。

 観客たちが前のめりにモニターを見る。

 これまでか。

 ところが、Ⅳ号戦車とセンチュリオンの間に割って入るように、クマの遊具が横切る。

 それでセンチュリオンの動きが一瞬遅れ、その隙にⅣ号戦車は前進してセンチュリオンの射線から辛うじて逃げ出す。

 そして、富士山を模した展望台にⅣ号戦車とティーガーⅠが登り、Ⅳ号戦車の後ろにティーガーⅠがついて、展望台の階段を下りる。

 センチュリオンはその正面にある広場入り口で、静かに砲塔を、向かってくる2輌の戦車に向ける。

 Ⅳ号戦車とティーガーⅠが1列に並んでセンチュリオンへと迫る。

 だが、そこでティーガーⅠが思いもよらない行動に出たのだ。

 なんと、後ろからⅣ号戦車を撃ったのだ。

「えっ!?」

 水上が声を上げる。

 だが、Ⅳ号戦車は行動不能にはならず急加速。どうやら、ティーガーⅠが撃ったのは空砲のようだ。

 空砲の勢いで一気にセンチュリオンとの距離を詰めるⅣ号戦車。これには流石の島田愛里寿も度肝を抜かれたようだが、一瞬遅れてⅣ号戦車を撃つ。

 Ⅳ号戦車は右転輪と履帯を破壊されるが、それでも空砲による加速は止まらず、センチュリオンに正面から激突。

 ゼロ距離で砲撃するⅣ号戦車。

 センチュリオンは後ろに飛ばされ、黒煙を上げながら停車する。Ⅳ号戦車もまた、やっと速度が収まって停車する。

 そして、両車輌が停止した瞬間、白旗が揚がった。

『センチュリオン、Ⅳ号、走行不能!』

 アナウンスの声が響く。

 

15:02 廃遊園地・中央広場

巡航戦車A41センチュリオンに向けてⅣ号戦車H型(D型改)とティーガーⅠが前進。ティーガーIが後方からⅣ号戦車H型(D型改)を空砲で撃ち、Ⅳ号戦車H型(D型改)は急加速。巡航戦車A41センチュリオンへと肉薄するも、右転輪と履帯を破壊される。だが、急加速の勢いのまま巡航戦車A41センチュリオンに激突して砲撃。

両車輌ともに行動不能となる。

大洗女子学園チーム残り1輌。大学選抜チーム残り0輌。

 

15:03

大学選抜チーム全車輌走行不能により

 

『残存車輌確認中』

 試合会場の上空を飛ぶ観測機『銀河』に乗る審判が、記録された白旗のデータと、実際に撃破された車輌の確認をする。

『目視確認終了』

 モニターに、両チームの30輌の戦車のリストが表示される。上から順番に×印がついていき、中央に表示されているチームの車輌数が減っていく。

『大学選抜、残存車輌無し。大洗女子学園、残存車輌1!』

 そして、右側の大学選抜チーム側の戦車の欄全てに×印がつき、左側の大洗女子学園チーム側の戦車の欄は、ティーガーⅠを除いて全てに×がついた。

 それが意味する事は、すなわち。

 

『大洗女子学園の勝利!!』

 

 審判長が告げた瞬間、爆発を起こしたような歓声が観客席から湧き上がる。誰もが手を叩き、ガッツポーズを取り、涙を流した。中には、隣にいた者同士で抱き合ったり、ハイタッチを交わしたり、嬉しさの余りタップダンスを踊っているおばあさんもいた。

「やった――――――ッ!!!」

 水上も思わず立ち上がって、両腕を挙げて、声を上げて、喜びを露わにする。膝の上に載せていたパソコンがずり落ちてしまったが、そんな事はどうでもいいくらいに、水上は喜んでいた。

 こんなに声を上げたのは、いつぶりだろう。最後にこんな風に素直に喜びの感情を表に出したのは、いつだっただろう。

 観客席の歓声は収まる事を知らず、大洗女子学園チームのメンバーが観客席の前に戻ってくるまで続いた。

 やがて、ティーガーⅠに牽引されたⅣ号戦車が到着し、乗員が戦車から降りる。

 大隊長の西住みほが降りたところで、角谷杏がよほどうれしいのだろうみほに飛びつく。

 そこへ、ダージリンや西、ケイなどの各校の隊長が満面の笑みで勝利を称え、みほたちの下へと集まる。

 みほたち大洗女子学園の生徒がお辞儀をしたところで、人波をかき分けるかのように、クマの遊具に乗って大学選抜チームの隊長・島田愛里寿が近づいてきた。

 みほの下へやってくると遊具から降り、ポケットから何かを取り出して何かを言いながらみほに差し出す。

 みほは、同じように言葉を返して、それを受け取る。愛里寿はそれがは恥ずかしいのか、頬を赤くして目線を逸らした。

「次からは蟠りの無い試合をさせていただきたいですわね」

「まったく」

 そこで、水上のすぐ近く、関係者席に座っていた2人の女性が言葉を交わして席を立った。

 水上の後ろを通り過ぎたところで、黒いスーツの女性がチラッと水上の方を見る。具体的には、水上の足元に置かれてあったクーラーボックスの中にある、通信傍受機を。

 それに気づかず、水上は興奮冷めやらぬ中で戦闘詳報を書き続ける。

 その様子を見ていた黒いスーツの女性―――しほは、ふっと笑うとその場を後にした。

 

 閉会式が終わり、記念撮影が行われたところで、大洗女子学園チームの選手たちが会場を後にする。

 だが、その近くで待っている人を見て、みほは足を止める。

「あれっ、水上さん?」

 先頭を歩くみほが足を止めた事で、後ろに続いていた生徒たちも立ち止まる。今この場にいる大洗女子学園チームの中で水上と認識があるのは、聖グロリアーナの生徒と、大洗女子学園のあんこうチームのメンバーと、潮騒の湯で挨拶をした角谷杏、さらにエキシビションマッチ前の会談で顔合わせをしたカチューシャとノンナだけだ。それ以外の人物は『誰?』と言った具合に頭に疑問符を浮かべていた。

「おめでとうございます、西住様」

「あ、ありがとうございます・・・。でも、どうしてここに?」

 水上がお祝いの言葉を告げるとみほはぎこちなくお辞儀をする。しかし、それでも水上がどうしてここにいるのかが分からないようだ。

 そこで、ダージリンが歩み出て、水上の事を知らない人物に対して紹介をする。

「聖グロリアーナに給仕として短期入学している水上よ」

「初めまして。以後、お見知りおきを」

 紹介されて水上はお辞儀をする。続けてダージリンが説明を続ける。

「水上には、今日の試合内容すべてを記録するように、頼んであったの」

「足元のそれは?」

 みほの隣に立つ優花里が、水上の足元に置いてあるクーラーボックスを指差す。水上はしゃがんでそのクーラーボックスの蓋を開ける。

「通信傍受機です。皆さんの無線内容を聞いたうえで、記録させていただきました。ダージリン様から貸し与えられたものです」

 通信傍受機、という単語を聞いて、列の真ん中あたりに立っていた1人の少女がしゃがみ込んでしまう。

 水上には見えなかったが、その人物はサンダース大付属高校のアリサ。

 アリサは全国大会で大洗女子学園の通信を傍受したことをケイから責められた事もあり、通信傍受機にはあまりいい思い出が無かった。

 加えて、今回の試合中に、大洗女子学園のM3リーの搭乗員からタカシの事について無線で言及されたのもあったので、あの時の会話が全部聞かれたのか、と落胆しているのだ。

 隣に立つナオミは、アリサの頭をポンポンと撫でる。

「それと」

 ダージリンが水上の横に立って、肩に手を乗せる。

「大洗女子学園を救いたいと言い出したのは、水上なのよ」

 その言葉を聞いて、大洗女子学園の生徒はおろか、その場にいたほとんどの生徒が『えっ!?』と驚きの声を上げて、表情を驚愕に染める。

 驚いたのは水上もそうであって、何を言っているんだこいつは、と心の中で叫ぶ。

「水上、言っていたわよね?大洗女子学園を助けたい、って」

「・・・・・・はい」

 確かに、水上はそう言った。嘘ではないし、これだけ衆人環視の中で『言ってません』と言うのは薄情だと思ったからである。

 だが、せめてもの抵抗とダージリンに言い訳する。

「ですが、私はあくまでそう言っただけであって、実際に行動を起こしたのはダージリン様です」

「・・・・・・」

 言い返されてダージリンも黙ってしまう。

 だが、ダージリンが計画の発起人であるという事は、今回協力を承諾した各校の隊長たちは知っていたので別に驚きはしない。

 むしろ隊長たちが驚いているのは、男である水上が『助けたい』と言い出した事だ。

 みほは、たまらず水上に問いかける。

「水上さん」

「は、はい」

「・・・・・・どうして、助けたいと思ったんですか?」

 みほが不安そうな表情で顔を俯かせて尋ねる。

「どうして、と言われましても・・・」

「・・・水上さんは聖グロリアーナの人で、大洗の人じゃありません。戦車道に深く携わっているというわけでもないのに、どうして・・・私たちの学校を助けたい、何て言ったんですか?」

 水上は、考える。

 あの時、大洗女子学園が再び廃校になってしまうと知った時、水上の中に生まれた感情を、全部白状してしまうべきか。

 みほは、今なお真剣な眼差しで水上の事を見つめている。後ろに控える何十人という生徒たちも、水上の言葉を待っていた。

 水上は観念して、全てを話す事にする。

「・・・・・・大洗女子学園が廃校になると知った時、私は激しく憤りました。大洗女子学園の皆さんが、必死の思いでつかみ取った優勝、そして約束されていたはずの廃校撤回。その思いが全て、踏みにじられたと聞いた時、私は、とても腹立たしく思いました」

 水上が言葉を切る。

「・・・・・・皆さんは、自らの力で自分たちの居場所を守った。それなのに、皆さんの積み上げてきた努力と思いが無駄になってしまうのを、黙って見過ごせなかったからです」

 みほが、目を見開く。

「ですから私は、無理だと分かっていてもダージリン様に『何とかならないか』と聞きました。そして、『大洗女子学園を助けたい』、と言ったのです」

 水上の言葉を聞いて、沙織が『やだ、イケメン・・・』と言って胸に手をやる。サンダース大付属高校のケイも、『ナイスガイね!気に入ったわ!』なんて言ってきたので、水上は恥ずかしくなる。

 肝心のみほは、瞳に涙を浮かばせて、水上にお辞儀をした。

「・・・・・・ありがとう、ございます!」

 そこで、みほの傍にいた、黒いパンツァージャケットを着た西住まほが、水上の前に立つ。

「黒森峰女学園隊長の西住まほだ」

「存じ上げております、まほ様」

 水上は平静を装って挨拶をするが、内心では緊張していた。

 戦車喫茶・ルクレールですれ違った時もそうだが、まほの漂わせる風格、大の大人も怯みそうな瞳、鋭い口調は、同じ高校3年生のそれではないと、水上は思った。

「さっきの言葉は本当なのか?」

「・・・はい?」

「君が『大洗女子学園を助けたい』と言ったのは、本当なのかと聞いている」

 まほが聞いてくる。その瞳はどんな嘘も見逃さないというように鋭かった。

「・・・はい」

 水上が、恐る恐る答えると、まほはふっと表情を柔らかくし、右手を差し出す。

「私からも、お礼を言わせてほしい。ありがとう」

 水上は、差し出された右手を見て少し戸惑う。

「そんな、私はただきっかけを作ったにすぎません」

「それでも、君が言わなければ、恐らくこうはならなかった」

 まほに強く言われて、水上は大人しく差し出されたその手を握る。

 しばしの間握手を交わし、手を解くと、次に知波単学園の西が歩み出る。

「私からも、お礼を言わせてください!ありがとうございます!」

 西が手を差し出し、水上は西とも握手を交わす。

「アンツィオ高校の総帥(ドゥーチェ)アンチョビだ。よろしく」

 アンチョビもまた同じように手を差し出してきたので、水上も握手をする。

 そこでアンチョビが顔を近づけて来て、頬ずりをしてくる。どうやら、イタリア風の挨拶らしいが、結構ドキドキする。

「サンダースのケイよ!よろしく!」

 先ほど自分の事をナイスガイと言ってくれたケイが近づいてきて、握手を求める。水上はそれに応じ、握手を交わす。

 それだけならよかったのだが、何とケイは頬にキスまでしてきた。

(!?)

 そして手を挙げて水上の前から去る。その後、アリサが『男性に対してまでああいうことを平然とするのは大したものというか天然というか・・・』とぼやいていたが、水上の耳には届かない。

 何より、傍にいるアッサムの視線がものすごく痛い。というか、他の皆からの視線も突き刺さってきたので胃に穴が開きそうだった。

 そしてカチューシャが歩み出てくる。

「一応私からも、お礼をさせてもらうわよ!」

 相変わらずの物言いだな、と思いながら水上はカチューシャと握手を交わす。

 そこで、水上はあの時―――高地エリアでのプラウダ高校の戦闘の様子を思い出した。

「カチューシャ様」

「何?」

 水上は、カチューシャの目を見てから、続いてその脇に立っているノンナとクラーラ、そして後ろに立つニーナを見てこう言った。

「カチューシャ様は、とても素晴らしい仲間に恵まれているのですね」

 その言葉に、カチューシャはハッとしたような表情になるが、やがて満面の笑みを浮かべて、大きく頷いた。

 ここで水上は、継続高校のメンバーがいない事に気付いたが、ダージリンは『あの人たちは、いつの間にか、風のように去ってしまうのよ』とだけ告げた。

 

 やがて、それぞれの学校の生徒たちは、それぞれの方法で自分たちの学校へと帰ることになった。

 サンダース大付属高校は、新千歳空港に駐機しているC5Mスーパーギャラクシーで。

 黒森峰女学園は、演習場外に留めてある飛行船で。

 知波単学園は、苫小牧駅から鉄道で。

 アンツィオ高校は、トラックで。そのことには誰もが驚いたようで、フェリーで帰る大洗女子学園や、学園艦で来た聖グロリアーナが同乗を申し出たが、アンチョビはそれを断る。どうやら、帰りながら各地で名物を食べたり食材を集めたりしたいらしい。

 プラウダ高校は、苫小牧港から揚陸艦で。

 大洗女子学園も、苫小牧港からフェリー『さんふらわあ ふらの』で。

 そして、聖グロリアーナ女学院もまた、苫小牧港から学園艦で。

 苫小牧港へ向かっている最中に、今回試合に参加せず学園艦で待っていたニルギリから、『皆でお茶会を開こう』と連絡が来たが、プラウダ高校は停泊できる時間が限られている、と言って断り、大洗女子学園もフェリーの時間に間に合わないと言ってこれを断る。

 残念だ、と水上は心の中で思った。

 苫小牧港で皆と別れ、学園艦に戻る水上たち。

 そして出港する際、大洗女子学園の生徒たちは手を振って聖グロリアーナを見送ってくれた。

 水上も、手を振り返す。ダージリンたちも、小さく手を振って応えて苫小牧港を後にした。

 その後、甲板上で聖グロリアーナのメンバーだけでお茶会が開かれた。ダージリンが何か講釈を垂れているが、真剣に聞いているのはオレンジペコだけ。アッサムは呆れたような表情をしているし、ローズヒップはキョトンとした表情。ルクリリに至っては疲れているのか、立ったままこくりこくりと舟をこいでいた。

 水上はそれぞれの反応を見て、小さく笑みを浮かべた。

 

 その日の夜、水上とアッサムは、戦いの前日と同じように、学園艦側部公園に来ていた。

 別に示し合わせたわけでもないのだが、2人は偶然にも公園で遭遇し、ベンチに隣り合わせで座って、遠く離れていく北海道の陸地を見つめていた。

「・・・すごい戦いだったな」

「・・・そうね」

 水上が、今日の戦いの事を思い出して、一言で総括する。アッサムは、不愛想な声で答える。

「・・・みんな、頑張ったよ。アッサムやダージリンはもちろん、大洗も、黒森峰も、サンダースも、プラウダも、アンツィオも、継続も、知波単も」

「・・・ありがとう」

「これで、大洗女子学園は救われた。廃校は無くなったんだ。それが、すごく嬉しいよ」

 だがなお、アッサムの表情はさえない。声も少し不機嫌だ。

 流石に気になったので、水上も聞いてみる。

「・・・どうかしたの?」

「・・・・・・はぁ」

 アッサムは、小さくため息をつきやがて自分が不機嫌な理由を告げる。

「・・・・・・・・・さっき、ケイ隊長にキスされてたのが、何だか、こう・・・」

 嫉妬か。水上は気付く。

 同時に、嫉妬されているくらい自分は愛されているのだと思うと、愛おしさが込み上げてくる。

「・・・サンダースは、アメリカ気質の生徒が多いって話だから。ケイさんも、ああいう事をしたんだと思うよ」

 言い訳じみた事を水上が言うが、それでもアッサムはムスッとしたままだ。

 困ったように頬を掻く水上。そこで、ある行動に出る事にする。

「アッサム」

 アッサムの名を呼び、アッサムがこちらを向いた瞬間。

 水上は少々強引に、自分の唇をアッサムの唇に重ねる。

 アッサムは、少し驚いた様子だったが、やがて瞳を閉じて水上のキスを受け入れる。

 少しの間、唇を重ね合わせた後、水上は唇を離す。

「・・・・・・これで、許してくれるかな」

 水上が、微笑を浮かべながら聞く。

 だが、アッサムは物欲しそうな目で水上の事を見つめていた。

「・・・・・・もっと」

「え?」

 意外なアッサムの言葉に、水上もさすがに困惑する。

 そんな水上をよそに、アッサムは水上の唇を奪う。

 それも、ただのキスではなかった。

 アッサムが、水上の口の中に、自らの舌を入れてきたのだ。

 突然のアッサムの行動に驚きを隠せない水上。

 だが、水上もやられっぱなしというのは性に合わない。アッサムの舌に絡めるように、水上も自身の舌を動かす。そして今度は、アッサムの口の中に自分の舌を入れる。

 どれくらいの間、お互いに舌を絡めるキスをしただろう。

 どちらからともなく唇を離す。呼吸が荒い。あんなに激しいキスをしたのは初めてだ。

「・・・・・・どうして」

 突然のアッサムの大胆な行動に、水上は息を荒くしながら聞く。

「だって・・・」

 アッサムは、瞳に涙を浮かべていた。

「もう、あと3日で・・・水上は、いなくなっちゃうんだから・・・・・・」

 そうだ。

 今回の戦いですっかり忘れてしまったが、あと3日で水上は聖グロリアーナからいなくなってしまう。

 水上もまた、それを思い出した。

「・・・・・・そう、だった」

 水上もまた、アッサムと別れる日が近づいてきたことを改めて認識する。

 あと、3日。

 だが、明日は戦車道の練習。明後日は水上は校長に呼ばれており、明々後日にはここを去ってしまう。

 本当に、もう時間が残されてはいなかった。

「・・・・・・・・・・・・」

 水上は、顔を俯かせる。

 せめてもの思い出作りに、アッサムはさっきのような大胆な行動に出たのだろう。

「・・・・・・」

 アッサムは、水上の顔を見つめたままだ。

 水上は。

「・・・・・・ありがとう、アッサム」

 そう言って、再びアッサムと唇を重ね合わせた。

 

 その翌日、大洗女子学園の西住みほから、『学園艦が戻ってきた』と言う連絡が、お礼の言葉と共に聖グロリアーナにやってきた。

 同日、水上の書いた戦闘詳報は、今回試合に参加した継続高校を除くすべて高校に配布されることとなり、水上の名は、その学校全てに知れ渡る事になった。

 一気に有名人になったわね、とダージリンが茶化すように言うが、あまり目立つのが好きではない水上は、あいまいな笑みを浮かべるほかなかった。




恋愛要素がほとんど皆無な恋愛小説とは一体。
今回の話を書き終えて、筆者は大いに反省も後悔もしています。

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