バトラーと私   作:プロッター

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アッサム、誕生日おめでとう!

という思いから書かせていただきました。
結構長めですが、ゆっくりと読んでいただければ幸いです。


お茶の間のテレビでガルパンの名前が出てびっくりしました。


アッサム誕生日記念
会いたかった


 潮騒高校学園艦は、ゆったりと冬の海を航行している。学園艦の上にも雪は降っているが、豪雪とまでは言わない。しんしん降っているという表現がしっくりくる程度の量だ。

 そんな雪の降る窓の外を水上はちらっと見る。いつの間にか12月に突入していて、もう今年もあと1カ月足らずかと、雲から零れ落ちる雪を見て思う。

 

「水上ー、書けたー?」

 

 妙な感傷に浸っていると、教室のドアが開いて男子生徒が姿を現す。黒に近い茶髪のそいつは、水上の同級生にして、小学校以来の付き合いのある幼馴染の鴻野だ。

 

「もうちょっとで終わる」

「早く帰ろうぜ~。雪まで降って滅茶苦茶寒いんだぞ」

 

 水上が今書いているのは日直日誌。今日は、水上がクラスの日直を務めていたので、放課後に書かねばならなかったのだ。そして鴻野は、律儀にも水上の事を待ってくれている。この時間になって現れたという事は、図書室にでもいたのだろう。

 水上は、あまり待たせるのも悪いのでサクサクと残りの部分を書き、私見欄に自分の意見(と言っても抗議文や文句などは書かない)を書いて、ペンを置いた。

 

「よし、終わった」

「どれどれ?」

 

 鴻野が日直日誌を覗き込んでくる。書いたばかりの文章を見られるのは凄い恥ずかしいのでやめてほしいのだが、それを分かっているから鴻野は見る。それぐらい、2人は気の置けない仲だ。

 

「・・・・・・やっぱ他とは全然違うな」

「どこが」

「んー・・・色々」

「何だそれ?」

 

 鴻野は、水上の書いた総評欄を見てぼやく。他のクラスメイトが書いた日誌は、ありきたりなフレーズを使ってとりあえず適当に書いていることが多い。だが、水上は少し違い、どことなく他と比べて意見が客観的というか、何と言うかな感じだった。

 

「やっぱ聖グロで感性が変わったんかね」

「・・・・・・そんな気はしてる」

 

 鴻野に言われ、水上も乾いた笑みを浮かべる。

 さて、ここに長居していては、待たせている先生にも申し訳ない。無駄話は後にして水上は日直日誌を持って席を立ち、職員室へと向かう。鴻野もまた付いてきた。

 

 

 今年の5月中旬から8月の終わりにかけて、水上は聖グロリアーナで給仕の実習を兼ねた短期転校をしていた。その事は潮騒高校の教師を除けば、水上のクラスメイト全員と別のクラスの友人は皆知っていることだ。

 行く前には、担任からは『土産話を期待している』と言われたし、『彼女作ってこいよ』という下世話なことまで言ってくるクラスの連中もいたが、悪気が無いのは分かっていた。親友の鴻野だって、多くは言わずに『色々な意味で頑張ってこい』と言っていた。

 聖グロリアーナではかけがえのない経験をしたし、何より恋人もできてしまった。紅茶を淹れる技術だって聖グロリアーナに行く前よりも遥かに向上しているし、敬語や礼儀作法についても同年代と比べると秀でている面がある。学力についてはあまり変わらないがわずかにレベルアップした気もする。加えて、ぼんやりとしか見えていなかった将来の夢が明確なものへと変わり、そして聖グロリアーナがその夢を叶えるのに力を貸してくれると言ってくれたのが、一番の驚きだ。全体的に、聖グロリアーナで水上は成長できたと思っている。

 そんな水上が聖グロリアーナから潮騒高校に戻った初日、水上は当然と言える流れかもしれないが質問攻めにされた。

 可愛い子はいたのかとか、戦車はどうだったのかとか、給仕の仕事はどうだったのか、と容赦ない質問の雨に水上は晒された。

 そして全員が共通して聞いてきた質問がある。

 それは、『彼女はできたの?』だった。

 年頃の男子高校生がイレギュラーな形で女子校に行けば、そう言った事が起こりうる可能性だって十分に考えられる話だ。そうでなくとも、彼ら彼女らは立派で健全な高校生であり、こう言った色恋の話については興味がある年頃である。

 さて、その質問に対して水上は、こう答えた。

 

「皆の期待してるようなことはなかったから」

 

 隠した。それは、『できた』と素直に言ってクラス中のフリーの男子から裏切り者扱いされてどつかれるのが嫌だったのもあるし、何よりもアッサムとの関係は自分の中でだけ留めておきたいことだった。

 有り体に言えば、一種の独占欲が働いたのだ。

 どうやら、クラスの男女が気がかりだったのはその話だったようで、しばらくすると熱も冷めていき、こうして3カ月以上たった今では聖グロリアーナに行く前の学生生活を取り戻していた。

 

 

 

「お待たせ」

「おう、待たされたぞ」

 

 職員室の担任へ日誌を提出して、コメントを貰うと水上は職員室を出た。すぐそこで鴻野が壁に背中を預けて待ってくれていた。

 

「どうだった?」

 

 そして合流して昇降口へと向かう中で、鴻野がそう聞いてきた。どう、というのは日誌の出来栄えに対する担任のコメントの事だ。

 

「いや、べつに何にも?」

「嘘つけ。そう言う時は大体なんかあった時だ」

 

 鴻野に言われて、水上もそうかもしれないと思う。『別に何も』と言った時は大体後ろめたい事がある時だと、確かにそんな気はする。この文句はもう使えないな、と水上は内心で残念がった。

 

「で、実際どうだったの?」

「・・・・・・まあ、褒められた」

 

 先ほどの日誌の評価、担任からは『よく書けてる』とコメントを貰った。さらに、『結構客観的にいろいろ書けてるし、悪いところは無いな』とも言われた。

 何であれ、自分のものに良い評価がもらえるというのは、とても嬉しいものだ。

 そんな水上の中での特に嬉しい評価とは、聖グロリアーナに行って初めて紅茶を淹れた際に、アッサムからお代わりを頼まれた事だ。後で聞いた話だが、あの時は水上の紅茶の味が自分の好みだったからと聞いて、まさか自分の紅茶がアッサムの好みにドンピシャだったとはと驚いた。それと同時に、自分の紅茶が認められたのだと思って、少し涙ぐむぐらいには嬉しかった。

 後は、ダージリンから水上の淹れた紅茶が美味しいと評価された事だ。紅茶通で心身ともにお嬢様なダージリンから褒められたのは、とても嬉しかったと今でも覚えている。

 それはどちらも、水上が聖グロリアーナで通用するように紅茶の腕を自分で磨いていたからである。そしてその努力が実を結び褒められたことが、水上自身嬉しかった。

 やはり自分も、聖グロリアーナに行かなければ、他人から評価して褒められる事がどれだけ嬉しい事なのかが分からなかっただろう。

 そう考えると、やはり聖グロリアーナで短い時間だけでも過ごすことができたのは、貴重な経験だとつくづく実感する。いや、そもそも男の水上が聖グロリアーナに行けただけでも奇跡といっていいぐらいだ。

 

「どうかしたか?」

 

 なんてことを考えていると、鴻野に話しかけられた。考え事をしていたのがバレてしまったらしい。

 

「いや・・・・・・聖グロに行けてよかったなって」

「そうかい・・・・・・あー、俺も行きたかったなぁ」

 

 鴻野が頭の後ろで腕を組みながら、心底悔しそうにそう告げる。

 

「周りは女の子ばっかりだったんだろ?羨ましいよなぁ~」

「お前が想像するほどいいもんじゃないぞ」

 

 聖グロにいた間、水上は同じクラスにいたルフナを除けば完全に孤立している状態だった。昼食はダージリンたちと同じだったことが多く、ティータイムの時間では割と会話に花が咲いたものだったが、それ以外の時間では正真正銘の孤立無援だった。加えて、聖グロリアーナが元々女子校である故に男子である水上は好奇の視線に晒されてきた。それは例えるならば、全身を縫い針で浅く刺されるような感覚だ。それぐらい、痛かった。

 

「彼女はできなかったらしいけど、友達とかはできたんだろ?」

「友達・・・・・・まあ、うん・・・・・・うん?」

 

 友達、と聞かれて水上は返事に詰まる。アッサムはともかく、ダージリンも友達と言えるように打ち解けた感じはしなかった。何しろ自分はあくまで給仕だったので、常に一歩引いて接していたからだ。

 ルフナは友達、という枠組みではないような気がする。彼女とは色々とありすぎてしまったから。

 オレンジペコやルクリリ、ローズヒップもまた友達とは呼びにくい。親しい人、とは呼べるが友達と言うのもまた違う気がする。

 意外と、友達の距離感と言うものは難しかった。

 

「で、あの後聖グロには行ったのか?」

「行けるわけないだろ。そんな時間なかったんだから」

「まあ、そうだよな」

 

 聖グロリアーナから戻ってきてすぐに大学の受験勉強を始めたので、聖グロリアーナにはまだ行ってない。いつかは行こうと思っているのだが、如何せん学園艦と言う海の上にいる以上はなかなか簡単には行けないのだ。

 行けるとすれば、早くても春休み辺りになってしまうだろう。

 だが、それでは意味は無いのだ。

 

(約束したんだけどなぁ・・・・・・)

 

 聖グロリアーナを去る日。水上はアッサムに、『会いに行く』と言った。『電話やメールもする』と約束し、それは今でもやっている。だが、実際に会いに行くのはまだできていなかった。

 電話でアッサムの声を聞き、メールで話をするのは確かにつながっているのだと感じることができるが、やはり実際に会わないと寂しいものだ。

 今なお水上の中には、アッサムに会いたいという想いが積み重なっている。

 しかし早くしなければ、当然ではあるが3年生であるアッサムも聖グロリアーナを離れてしまう事になる。留年すればそれはないが、その可能性など万に一つもあり得ない。

 なら卒業した後で会いに行けばいいと思うだろうが、ダージリンたちの前でまた会いに来ると言った以上は聖グロリアーナで会わなければと、真面目な水上は考えてしまっている。

 何とかして会いに行きたいところだが―――

 そんな水上の思考をぶった切るような携帯の着信音が鳴り響く。

 

「おわっ!?」

 

 それに驚いたのは水上自身だ。考え事をしていて不意打ちに近かったのだから。

 

「お前、マナーモードにしとかないと風紀委員にどやされるぞ」

「ああ・・・忘れてた」

 

 鴻野が忠告するように言うが、確かに風紀委員に携帯を没収されるのは致命傷だし、教師に見つかるのも少しよろしくない。

 だが、かかってきた以上は電話に出なければならないので、画面を開いてみると。

 

「・・・・・・その風紀委員からの電話なんだが」

「は?」

 

 電話の相手は、まさかのその風紀委員だった。水上と鴻野、2人のクラスメイトの女子である鷺宮からである。

 なんでこんな時間に、という疑問を抱きながらも電話に出る。

 

「もしもし?」

『ああ、もしもし水上?今どこ?』

「学校。でも、もうすぐ帰るとこだけど」

 

 開口一番に問われたのは自分の居場所だ。

 まだ風紀委員の活動時間中だし、鷺宮は確か校門で監視のはずだったのだが、規則に厳しい風紀委員が学校の敷地内で電話とは、随分と珍しい事もあるものだ。

 それはさておき、なぜ自分の居場所を聞かれたのかをまず確かめる。

 

『ああ、学校なのね。なら丁度いいわ』

「何、なんで俺の居場所を?」

『それがね、あんたに会いに来たって人がいるんだけどね』

「誰?」

 

 会いに来た、と表現した辺り、どうやら水上たちの通う潮騒高校の人間ではないらしい。とすると、自然とこの学園艦の人間ではないという可能性も浮上してくる。

 だが、わざわざ学校まで来るとは一体どういう事だ?水上の親族であれば必ず一報が入るはずなのに、それすらも無いと言うと―――

 

『えっとね・・・・・・聖グロの人かな。コートの下に制服着てる』

 

 水上が足を止める。表情が真剣なものに変わる。鴻野が『どした?』と、水上と同じように立ち止まって振り返るが、今の水上には鴻野の姿は眼中にない。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰だって?」

『だから、聖グロの人。聖グロリアーナ』

 

 念のため、空耳か、聞き間違いかと思って聞き直すが、鷺宮の答えは変わらなかった。

 聖グロリアーナはイギリスと提携しているのと、戦車道の強豪校という2点があって全国に名が知れている。だから鷺宮も、聖グロリアーナの事は知っているし、恐らくは制服と校章でその“訪問者”が聖グロリアーナの人だと分かったのだろう。

 そしてそんな聖グロリアーナで水上と面識がある生徒となると、大分選択肢は限られてくる。

 けれど水上には、その訪ねてきた人物が誰なのか、その正体がなぜか1人しか思いつかなかった。

 

「・・・・・・どんな感じの人?」

 

 水上はそう問いかける。すると、電話の向こうで鷺宮はその“訪問者”の姿を今一度見直しているようで、電話口から少し離れたように聞こえる。

 そして少しして、鷺宮が告げた。

 

『長い、金髪の女の人。黒いリボンをつけてる』

 

 その鷺宮の言葉を聞いた直後、水上は『すぐ行く』と言って電話を切り、先ほどよりも歩調を速くして昇降口へと向かう。急に水上のペースが速くなったので、鴻野が若干遅れて反応して水上の後に続く。

 

「おい、何の話してたんだ?」

「俺に会いに来た人がいる」

「誰?」

 

 鴻野の質問には、最低限しか答えない。

 階段を降りて、昇降口で上履きからローファーに履き替えて、そして校門に向かう。普段は今の半分か3分の2ぐらいのペースで歩くのに、今回ばかりはそうはいかなかった。

 水上は、校門に向かう間でも、その訪れた人物の事を思い浮かべていた。

 まさか、そんな。

 いや、でも。

 バカな、どうして。

 認めたい、けれど何故だか不安だ、という相反する感情を抱きながらも、校門へ一目散に向かう。

 そして、校門が見えてきたところで、水上は目にした。

 校門の脇に立っているのは、風紀委員特有の青い腕章をつけた黒髪の鷺宮。

 その鷺宮と話をしている人物は。

 着ていたであろう紺のコートを腕にかけているが、着ている服は紺のカーディガンに青のプリーツスカート。

 そして長いブロンドヘアー。

 黒いリボン。

 聖グロの生徒でそのビジュアルの生徒は、水上の記憶している限りでは1人しかいない。

 そしてその1人とは。

 

「!!」

 

 水上は、駆け出した。早歩きではなくなった。隣に付いてきていた鴻野が『おい、どうした!?』と問いかけてくるが、聞こえない。鴻野には申し訳ないが、それどころではなくなった。

 校門へと駆ける水上。そこにいる、聖グロのある人物の下へと、一心不乱に向かう。

 そしてどうやら、向こうも水上に気付いたらしい。水上の方へと顔を向ける。その人物はやはり、水上の中に存在する心に決めた唯一の女性だった。

 

「ああ、水上。別にそんな急がなくても―――」

 

 鷺宮も水上に気付いて声をかけるが、今の水上の耳にはその言葉も入ってこない。

 走るペースを落とし、その人物の前では止まる。走ってしまったので少し息が上がっているが、すぐに呼吸を整える。

 改めて、水上の目の前にいる人物の容姿を確認する。

 けれどもやはり、その人物は水上が思っていた通りの人物だった。

 

 

「・・・・・・アッサム」

「・・・・・・ええ」

 

 

 呆けたようにその名を呼ぶと、その少女―――アッサムは微笑んでくれた。

 その傍に立つ鷺宮は『え、あっさむ?どういう事?』と頭に疑問符が無数に浮かんでいるし、やっと追いついた鴻野は『すげぇ・・・・・・美人・・・・・・』と直球なコメントを垂れる。

 鷺宮は、聖グロリアーナの戦車隊の中で選ばれた者のみが紅茶にまつわる名を名乗る慣習を知らない。だから、鷺宮の目の前の少女が『アッサム』と呼ばれた事に違和感しか覚えなかったのだろう。水上自身最初はそうだったので、気持ちは分かる。

 そして鴻野のコメントも至極尤もだと水上は思う。誰かと比較すると角が立つので多くは言えないが、アッサムは水上の出会った女性の中で一番の美人だと、胸を張って言える。聖グロリアーナには他にダージリンやルクリリ、ルフナなど綺麗な人物もいたが、アッサムを好いている水上にとっては、アッサムが一番だった。

 そして水上自身はどうなのかと言うと、今アッサムに会えたことは予想外だし、とても嬉しいと思っている。

 だがそれでも、気になる事が1つだけあった。どうしてここにいるのか、だ。

 だから、再会を喜ぶ前に、それを聞こうと思った。

 

「どうして―――」

 

 だが、その問いかけの言葉は途中で途切れてしまった。

 なぜならば。

 

「・・・・・・水上・・・・・・!」

 

 アッサムが、水上の事を突如抱き締めたからだ。

 鷺宮が『はっ、ええっ!?』と驚きを隠せない様子で声を上げ、後ろにいる鴻野は『なん・・・だと・・・?』と顔と声で驚きを表現している。

 そして抱き締められた水上本人は、突然のアッサムの行動に驚きはしたが、どうしてこんなことをしたのか、その理由だけは分かった。

 水上がアッサムに会えなかったことを寂しがり、会いたいと思っていたように、アッサムもまた水上に会えなかったことを寂しく思い、そして会いたかったのだ。

 それが分かったから、水上もアッサムを引きはがしたりはせず、周りに鷺宮と鴻野がいる事も今は忘れて、優しくアッサムの背中に腕を回し、優しく抱きしめる。

 

「・・・・・・ゴメン、会いに行けなくて」

「・・・・・・ううん、大丈夫。今こうして、会うことができたから・・・」

 

 だが、アッサムに寂しい思いをさせてしまった事については、水上も謝るべきだと思った。だから、謝罪の言葉を口にしても、アッサムは許してくれた。

 と、しばしの間再会を静かに喜んでいたところだったのだが。

 

「あのー・・・もしもし?」

 

 鷺宮の申し訳なさそうな声。

 そこで水上とアッサムは一瞬で現実に引き戻され、しかも抱き合っているところを別の人間に見られたことによる羞恥心が今更になって湧き上がってきた。

 

 

 

「・・・・・・ごめんなさい、少し先走って・・・」

「いや、まあ・・・・・・仕方ないよ。うん」

 

 水上とアッサムは、潮騒高校学園艦の街並みを歩く。雪が降っているので、水上が念のために用意していた折り畳み傘に2人で入って歩いている。相合傘だ。アッサムとの距離は限りなくゼロに近くなっているのだが、寒い今は温かいのでむしろ好都合である。

 鷺宮に指摘を受けた後で、2人はとりあえず場所を移そうという事で、水上の寮へと行くことにしていた。

 普段であれば、公衆の面前で堂々と男女が抱き合うのを厳しい風紀委員は見逃しはしないだろうが、水上が諸事情で聖グロリアーナに行っていたのは鷺宮も知っている。アッサムとも何かあったのだろうと思い、無下にする事もできなかったので、お咎めなしとなった。

 一方で鴻野は。

 

「裏切り者おおおお!!!」

 

 と叫びながら帰ってしまった。アッサムは何に対する裏切りなのかは皆目わかっていなかったが、水上は分かっていた。

 聖グロリアーナから戻った際にクラスの皆から聞かれた『彼女はできたのか』という問いに対して、水上は『皆の期待してるようなことはなかったから』と答えた。アッサムと付き合っているという事を隠したかったのと、一種の独占欲からそう答えたのだが、『彼女ができなかった』と明確には言っていないので、水上自身は悪くはない、と思っている。

 さて、潮騒高校学園艦には、チェーン系列のファミレスや、個人経営の喫茶店、あるいは図書館など、話をすることができるような場所は多くあるが、場所は水上の寮がいいと提案したのはアッサムだ。

 

「・・・多分、大丈夫だとは思うけど」

「?」

「なんで俺の部屋に・・・?」

 

 朝、部屋を出た際の記憶を掘り起こし、特に部屋は散らかっていないと思うので、一応アッサムの提案は聞き入れたが、それでもそれが気になった。

 

「それは・・・水上の部屋ってどんな感じなのかが、気になったし」

「男の部屋なんて見ても面白くはないと思うが・・・」

 

 なおも愚痴る水上だが、そこでアッサムが、水上の顔を覗き込むように歩きながら身をかがめる。そのアッサムの顔は少しジトっとした目をしていたので、水上は怯む。

 

「私の部屋には入ったのに?」

「ぐっ」

 

 水上の留学中、アッサムが風邪を引いて学校を休んだ際、水上はアッサムの部屋まで行って看病をした。本来女子寮に入ることは不可能なはずだったのだがどうにかそれはクリアできた。

 とはいえ、年頃の女の子の部屋に上がったあの日のことは、色々あったのであの時の緊張感も忘れてはいない。

 その時の事を引き合いに出されると、何も言い返せなくなる。確かに、自分だけアッサムの部屋に上がったのに、逆は駄目だというのも少し我儘に近い。

 そして特に何のアクシデントも無く、寮の水上の部屋の前に着いた。潮騒高校学園艦の寮は、男子寮と女子寮で分かれていると言うわけではなく、賃貸マンションの様な感じの寮がいくつもある。

 鍵を開け、ドアを開けてアッサムに入るように促す。

 

「どうぞー」

「お邪魔します」

 

 律儀に一度礼をしてアッサムは部屋に足を踏み入れる。水上も後に続いて部屋に入る。

 部屋は学生の一人暮らし向けなので、1Kぐらいの広さしかない。聖グロリアーナで一度だけ入った事のある女子寮の部屋よりも狭い方だろう。

 

「散らかってて狭いけど、くつろいでいていいぞ」

「・・・特に散らかってるようには見えないけど・・・?」

 

 一応定番のフレーズを言っておくが、アッサムは首をかしげる。見る限り、ごみは落ちていないし、本が床に散らばってるという事も無い。布団も整えられているし、学習机の上に教材が散乱している、なんて事も無い。全体的に散らかってるとは思えなかった。

 

「・・・水上らしい感じね」

「そうかな?」

 

 学生鞄を床に置き、手を洗いながら水上がアッサムの言葉に反応する。

 

「色々と綺麗に整えられてるところとか。留学してる時のホテルの部屋を見てても思ったけれど」

「あー・・・・・・どうも、物が散らばってるのが気に食わないって言うか、ソワソワする感じなんだよ。布団がぐちゃぐちゃだったり本が棚に収まっていないと、妙に気になると言うか」

「・・・几帳面、という事かしら?」

「神経質、とも言う」

 

 アッサムの評価に、水上が苦笑しながら返すと、お互いに小さく笑う。

 

「さてと、何か飲む?」

「そうね・・・・・・」

 

 積もる話もあるだろうから、何か飲み物の1つでも用意した方がいい。そう思い水上は聞いてみると、アッサムは少し考えてから、やがて笑って水上の方を見る。

 

「紅茶、大丈夫かしら?」

「ああ、大丈夫だよ。茶葉は・・・どうする?2、3種類ぐらいしかないけど」

「任せるわ」

「よしきた」

 

 水上は茶葉を選び、お湯を沸かそうとするが、そこでアッサムが何かに気付いた。その“何か”とは、学習机の上に置かれていた小さなバスケットだ。それはアッサムも、見覚えがある。水上が聖グロリアーナを去る日、連絡船に乗る前にダージリンが渡したものだ。

 聖グロリアーナで水上はたった一度だけだが、戦車長・小隊長としてダージリンと戦車で戦った。結局水上は負けたが、それでもダージリンはよきライバルとして、聖グロリアーナの慣習に則りティーセットを渡したのだ。

 

「これ、使ってないの?」

「ん?ああ・・・恐れ多くて使えないよ」

 

 水上の気持ちも分かる。

 このティーセットは特注品で、同じ模様のものが2つとない。そんな代物、いくらするのかは見当もつかないだろう。そんなものをうっかりと壊してしまえば悔やむに悔やみきれない。

 それともう一つ、水上がこのティーセットを使わないのには理由があった。

 

「・・・・・・ダージリンが、“家族”で使えって言っていたし」

 

 水上の、少し恥ずかし気な言葉にアッサムも、赤面する。その“家族”の意味は、2人ともよくわかっていたからだ。

 であれば、だ。

 

「・・・なら、今使っても問題ないんじゃないかしら?」

「・・・・・・」

 

 確かに、よくよく考えてみればそうかもしれない。

 水上が聖グロリアーナを去る前日に、アッサムに何を言ったのかを、水上は忘れた事は一度たりとも無い。だから長い目で見てみれば、2人は“家族”と言える、かもしれなかった。

 

「・・・・・・じゃあ、使いますか」

 

 お湯を沸かしながら、水上はアッサムからバスケットを受け取り、一度冷水でティーポットとカップを洗う。長い間保管していたので、多少埃がついていると思ったからだ。

 そしてお湯が沸くと、一度ポットとカップを湯通しし、茶葉を必要な分だけすくいストレーナーに茶葉を淹れ、そしてお湯を注いで砂時計で時間を計る。

 その迷いのない、慣れている動きにアッサムは感心した。

 

「手慣れた感じね」

「まあ、聖グロで嫌というほど淹れたし、今でも紅茶は続けてるから」

 

 確かに、戦車道の訓練がある日はほぼ毎日水上は紅茶を淹れていた。そして将来的に見れば、水上も紅茶の腕を落とすわけにはいかないから、常日頃から紅茶を淹れて技術を忘れないようにしているのだろう。

 紅茶ができるまでの間、アッサムは改めて水上の部屋を見渡す。

 先ほども言ったように、部屋は全体的に整理整頓がされており、壁や明りは暖色系の色で統一されている。

 本棚には、そこそこ名の知れている小説や漫画が多く、棚の下の方に収められている大判の本は紅茶にまつわる本がほとんどだった。聖グロリアーナに給仕として行く前に勉強していたからなのか、それとも聖グロリアーナから戻ってさらに技術を高めるためなのかは分からない。後で聞いてみよう。

 そして、棚の上の方にはよく目を凝らすと、ジョーク関係の本が多くあった。

 その中の1つの本、『面白いジョーク集』というタイトルにはアッサムも覚えがある。

 本当に最初に水上と出会った際、この『面白いジョーク集』という本をアッサムも水上も全くの偶然で所持していたことで会話に花が咲き、お互いに知り合うことができたのだ。

 そう考えると、あの本には中々に思い入れがあると言っていい。また読みたくなってきた。

 そこで、水上がソーサーとカップを先にテーブルに2つ置き、そして後からティーポットを持って来てカップに静かに注いでいく。

 そこで水上は。

 

「お待たせいたしました。アッサムティーでございます・・・・・・あ」

 

 聖グロリアーナにいた頃の癖で不意に敬語を使ってしまった。これは水上自身でもおかしかったと思っていたようだが、時すでに遅し。

 その敬語で、アッサムは聖グロリアーナに水上がいた時の事を思い出し、そして先ほどまでの水上の素の話し方とのギャップを感じて思わず吹き出してしまった。

 

「ふふっ・・・・・・久々に、水上の敬語を聞いた気がする」

 

 恥ずかしくなり、肩をすくめて気にしていない風を取り、水上はもう一つの自分のカップに紅茶を注ぐ。注ぎ終えると、アッサムに向き合って座り、それを見計らってアッサムが話しかけてくれた。

 

「いただいてもいいかしら?」

「熱いうちに、召し上がれ」

 

 水上がそう告げると、アッサムはカップを手に、静かに、優雅に紅茶を飲む。

 そのアッサムは、水上からすればおよそ3カ月ぶりに見るものなのだが、その所作の綺麗さは健在だなと、水上は思う。

 そしてアッサムは紅茶を少しだけ飲み、唇をカップから離してソーサーに置くと、水上を見て微笑んだ。

 

「懐かしい・・・この味」

 

 そう言われると、水上も少し照れる。それはアッサムが自分の淹れた紅茶の味を忘れていなかったという事だし、それだけアッサムが自分の紅茶の味を覚えるぐらい気に入ってくれていたのだと、そう思うからだ。

 

「・・・・・・水上の淹れる紅茶が、私は一番好きね」

「・・・そっか」

 

 その言葉も水上には嬉しくて仕方が無かったのだが、あえて1つ言うならば。

 

「・・・オレンジペコが聞いたら泣きそうだ」

 

 水上が聖グロリアーナに来るまでの間、紅茶の園で紅茶を淹れていたのはオレンジペコだと聞いていたので、水上が去った後もオレンジペコが紅茶を淹れているはずだ。なので水上はオレンジペコのことを言った。

 

「オレンジペコの紅茶も美味しいわよ?でも、水上の紅茶はそれ以上に美味しいし・・・・・・私の好みだから」

 

 最後の理由だけでも、水上は十分だったので、最早とやかくは言わない。素直に『ありがとう』とだけ告げて、自分も紅茶を一口飲む。ただ、とりあえずオレンジペコには心の中で謝っておいた。

 一口飲んだところで、水上が改めてアッサムの顔を見る。

 

「改めて・・・・・・よく来たね、アッサム」

「ありがとう、水上」

 

 歓迎の言葉を伝えると、アッサムは小さく頷いて微笑む。会った直後は驚きの余りこんな当たり前のセリフを告げる事もできず、驚きが引かぬままアッサムが抱き付いてきたので言う暇も無かった。

 

「・・・来てくれたのは嬉しいけど・・・事前に言ってほしかったな。そうすれば準備する事だってできたのに」

 

 部屋は普段から綺麗にしていたのでともかく、洗濯物も今日ではなかったので一安心だ。干していたら恥ずかしくて死ぬかもしれなかった。紅茶の茶葉も用意してあったので、最低限のおもてなしもできたのだが、前に言ってくれればもっとお菓子などを用意できたのだが。

 

「ごめんなさいね、ちょっと驚かせたくて」

 

 ちょっとどころではなかったのだが、なかなかにアッサムも茶目っ気のある性格をしていたようだ。また1つ、アッサムの魅力に気付けたので水上は笑みを零す。

 

「でもまあ・・・会えてよかったよ。少し寂しかったし」

「私も・・・・・・水上にずっと会いたかったから・・・」

 

 会えてよかったのは本当だ。寂しさを感じていたところでこうしてアッサムに出会えたのだから、嬉しくないはずもない。驚きはしたのだが。

 そして聞けば、アッサムはずっと学校の前で待っていたのではなく、学校が終わる辺りの時間までは近くの喫茶店で時間を潰していたとのことだ。それでも水上は日直で帰るのが遅かったので、雪の降る中でアッサムを待たせてしまった事になる。

 

「・・・ごめん、寒かったよね」

「ううん、大丈夫よ。私が自分でしたことだから」

 

 アッサムはそう言ってくれるが、少し罪悪感を抱く水上。後で何かお詫びでもしようと思った。

 

「・・・それでね、水上」

「ん?」

 

 カップの紅茶を飲んで、ソーサーに置いてアッサムが何かを言おうとする。水上は、急かさずにアッサムの言葉を待つ。

 だが、そこまで時間は空けずに次の言葉を告げた。

 

「あなたに会いに来たのは・・・ちょっとした理由があるの」

「?」

 

 理由と聞いて、何か深刻な事態でも起きたのかと思い、水上も姿勢を正す。

 だが、アッサムの表情は特に暗くはない。どころか、少し恥ずかしさを孕むように微笑んでいる。

 

「実はね・・・」

「うん」

「今日、私の誕生日だったの」

「・・・・・・え?」

 

 水上が呆けたように目を開き、口を閉ざす。だが、すぐに表情を喜びに変えた。

 

「お、おめでとう・・・!って、言っていいのか・・・」

「ええ、ありがとうね」

 

 だが、すぐに水上の表情が申し訳ないような表情に変わる。

 

「だったら、なおさら事前に言ってほしかったよ・・・。色々プレゼントとか用意できたのに・・・」

 

 もちろん、水上はそう言った類のものを用意していないし、持ち合わせてもいない。せっかくの恋人の誕生日だというのに何も用意できていなくて、無力感を味わってしまう。

 だが、アッサムは首を横に振った。

 

「いいのよ、何か特別なものなんて、必要ない」

「でも・・・・・・」

「だって・・・・・・」

 

 アッサムは、水上の事を真っ直ぐに見据えて、そして告げた。

 

「水上と一緒に過ごせるだけで・・・・・・私は十分だから」

「・・・・・・」

「今日ここに来たのは・・・今日という日にあなたに会いたかったから」

「・・・・・・」

「あなたと一緒に過ごせるって事が、私にとってのプレゼントだから」

 

 ものすごく嬉しくはあるのだが、同時に同じぐらい恥ずかしいことを言われてしまい、水上は紅茶を飲んで恥ずかしさを紛らわせようとする。だが、それだけではまだ顔の熱は引かないので、顔を抑える。

 

「・・・アッサム・・・」

「?」

「・・・・・・よく、そんな恥ずかしいセリフ言えるな・・・」

 

 少しだけ笑いながら水上が問うと、アッサムも少しはにかみながら答える。

 

「正直・・・・・・ちょっと恥ずかしい」

 

 クールなイメージのするアッサムも、流石にノーダメージでは済まされなかったようだ。なら言わなければいいのに、と思ったがそれではアッサムの真意が分からないままだったので、致し方ない事だった。

 

「・・・こうなると、ダージリンが羨ましくなるわね・・・」

「ダージリンが?」

 

 突然ダージリンの名前が出たので、水上も首をかしげる。

 

「だって、いつも日常的に格言やことわざを多用して、しかもそれを決め顔で言えるのよ?格言だって恥ずかしいのがいくつもあるのに、平然と言えるあの胆力は、すごいと思うわ」

「・・・・・・それは、たしかに」

 

 格言は、聞くと真理を突くような言葉ではあるが、同時に堂々と言う事が恥ずかしいようなものも多い。

 ダージリンはそんな言葉をよく言っていて、実際水上もその言葉を受けた事がある。そして、ダージリンは格言を言った後でも別に恥ずかしそうにはしていないし、むしろしてやったり顔をしていた方が多い。あの胆力は確かに、見上げたものだと思う。まあ、戦車隊の隊長を務めている時点で並の肝ではないのだろうけれど。

 と、そこでスマートフォンの着信音が部屋に鳴り響く。だが、水上のスマートフォンのそれではなかったので、消去法でアッサムのものだ。

 それは持ち主であるアッサム自身がいち早く気付いたので、『ごめんなさい』と断りを入れてからスマートフォンの画面を見る。

 

「・・・・・・噂をすればなんとやら、ってね」

「?」

「ダージリンからだわ」

 

 今日は偶然が重なる事が多くて怖いな、と水上は思う。アッサムと会う事を考えていたら本当にアッサムが会いに来て、ダージリンの話をしていたらそのダージリンから電話が来た。まるで非科学的な力でも働いているんじゃないかと思うぐらい、偶然が重なっている。

 そんな事を悠長に思っている水上を傍目に、アッサムは電話に出る。

 

「もしもし、ダージリン?」

『アッサム?水上には会えたかしら?』

「ええ、何とか」

『そう、それは良かったわ。で、今そこにいるのかしら?』

 

 水上の所在を聞いたところを見るに、どうやらダージリンも水上と少し話をしたいらしい。なのでその気持ちを慮り、アッサムは素直に答える。

 

「いますよ」

『じゃあ、ちょっと代わってもらえるかしら?』

「では、スピーカーフォンにしますね」

 

 アッサムは、水上に声をかけてから、スピーカーフォンにしてテーブルの中央に置く。これで、こちらの声は向こうに聞こえるはずだ。

 

『もしもし、水上?』

 

 この声も、随分と水上にとっては久々に聞こえるものだったので、少しばかり懐かしさを感じる。

 

「はい、水上です。お久しぶりです、ダージリン様」

 

 また自然に、敬語で話してしまう水上。それにアッサムは気付いたが、水上は少しだけ笑うだけだ。

 

『あら、もう給仕ではないのだし、その口調で話さなくても大丈夫よ?それに、最後の日にはあなたと素の口調で話した記憶があるのだけれど』

 

 水上が聖グロリアーナを去る最終日に、水上はダージリンと少しばかり言葉を交わした。その時だけは、水上も給仕の時に使っていた丁寧な口調ではなく普段通りの口調で話をしていたので、ダージリンはそのことを言っているのだ。

 

「いえ・・・聖グロリアーナにいる間にあなたと話す際は普段この口調でしたので、この話し方の方が私からすれば落ち着くので」

『そう・・・・・・まあ、そっちの方が私としても面白いわね』

 

 小さくころころと笑ってから、ダージリンが『さて』と一旦仕切り直す。

 

『アッサムとはもう会えたのよね?』

「はい」

『感動の再会はできたのかしら?』

 

 感動の再会、と言われて水上とアッサムは思い出す。学校の校門の前で、感極まってアッサムが抱き付いてきた時の事を。そして水上自身、アッサムを抱き返したことを。

 それが感動ではないとすれば、何だろうか。

 

「・・・ええ、できました」

 

 あくまで水上は自分の感想を述べる。そこでアッサムの表情を覗うと、穏やかな笑みを浮かべていて、アッサム自身も先ほどの再会は感動したのだと、理解できる。

 だが、水上の言葉を聞いたダージリンは。

 

『・・・キスとかしたのかしら?』

 

 それは果たして、水上とアッサムをからかうためなのか、それともダージリン自身の興味本位なのかは分からない。だが、その一言は水上とアッサムの空気を一瞬で変えるには十分な威力を持っていた。

 もちろん、ダージリンの言ったような事はしていない。聖グロリアーナにいた時は何度か交わした事だったのだが、出会い頭にするほど無節操ではないし、2人ともそう言う事をするにはちゃんとムードと場所を整えるべきだと思っていた。

 けれど水上は、思わずアッサムの方を向いてしまう。だが、アッサムは恥ずかしいのか、机に膝をついて手を組み、そこにおでこをくっつけて俯いてしまっていて、水上と視線を合わせようとはしない。援護は望めないので、水上は自分1人でどうにかしなければならなかった。

 

「・・・・・・まだ、していません」

『まだ、ね。じゃあ、する気はあるという事かしら?』

 

 言葉の綾を見事に突かれて、水上もぐっと口をつぐむ。

 一方でアッサムは、水上の先ほどの答え方が本当に間違えたからなのか、それともその気があったからのかは判別できていないが、実際そうした時の事を想像すると余計恥ずかしくなって、顔に赤みが差す。

 

『今日が何の日かは、アッサムから聞いたわよね?』

「・・・・・・はい」

『なら、こんな格言を知ってる?』

 

 ダージリンのお馴染みの言葉。それを聞いて水上も、ピクッと肩を揺らし、アッサムも顔を上げる。

 

『真面目に恋をする男は、恋人の前では困惑したり拙劣であり、愛嬌もろくにないものである』

「・・・・・・・・・」

 

 水上は、その格言を最初に聞いて、どう捉えればいいのか分からなかった。それどころか、水上はそんな格言は聞いた事が無い。アッサムの方を見ても、分からないとばかりに首を横に振っている。

 

「・・・・・・私は、オレンジペコ様のように博識ではありません。ダージリン様の格言が誰の言葉なのか、どういう意味なのかも、分かりかねます」

『あら。少しは勉強した方がいいんじゃなくて?』

 

 水上も、ダージリンのセリフが別の誰かから言われたものならカチンときたかもしれないが、実際勉強不足ではあるので反論はできない。そして、ダージリンの言葉には、なぜだか反論できないような気がした。流石戦車隊の隊長と言うだけあって弁が立つダージリンには、水上も一度も舌戦で勝てた試しがない。それも原因の一つだろう。

 

『今の言葉は、ドイツの哲学者のイマヌエル・カントの言葉よ』

 

 名前を聞いても水上には分からない。だがアッサムは分かったようで、『ああ、あの人』と言いたげに口を小さく開けている。後でちょっと調べたりアッサムに聞いてみよう。

 

『水上は、聖グロリアーナにいた時に限っての話では、真面目な男だと私は思う。だけど恋をする上では、真面目なだけでは必ずしもプラスにだけ働くと言うわけではない、と思うわね』

「・・・・・・・・・」

 

 今さらながら、ダージリンもすごい人だと水上は思う。こうしてその場に合わせた適切な格言や言葉を多く覚えている頭の引き出しもそうだし、その言葉をただ覚えるだけではなくちゃんと意味も理解し、時には独自の解釈もしている。その頭脳は恐らく、凡人な自分とは全く違うんだろうなと、水上はそう思った。

 そしてその格言の意味を聞いて、水上も流石に何が言いたいのかは分かった。要するに、時には真面目なだけではなく大胆な行動も必要だ、という事か。

 

「・・・・・・先の言葉、肝に銘じておきます」

『ええ、是非そうしなさい』

 

 これで話しも終わりかと思ったが、少し状況が変わる。

 

『ペコ、水上と話でもする?』

 

 電話越しのダージリンが、明らかに水上にもアッサムにも向けてはいない言葉を発し、“ペコ”という愛称だけでオレンジペコがダージリンの傍にいるというのが分かる。

 水上がチラッと時計を見れば、時刻は大体16時過ぎ。水上が聖グロリアーナにいた時と体勢が変わっていなければ、今は恐らく紅茶の園でお茶の時間だろう。だからダージリンは電話をかけてきたのだろうし、オレンジペコも傍にいるのだ。

 

『ペコに代わるわね』

 

 ダージリンは手短にそう告げて、電話を別の誰かに渡すような音がスピーカーから聞こえる。

 

『もしもし、水上さんですか?』

「はい。オレンジペコ様、ご無沙汰しております」

 

 心なしか、オレンジペコの声も少し嬉しそうに聞こえる。久々に電話越しとはいえ話ができるからだろうか。

 オレンジペコも水上も、互いに連絡先は聖グロリアーナで交換済みだったのだが、電話はしていないしメールは数える程度しかしていなかった。『アッサムだけと交換しているのは不公平』と随分と不可解な理由で交換させられたのだが、あまり使わないのでは意味がないのではと水上は思わなくも無かった。

 それはともかく、水上とオレンジペコが言葉を交わすのは、8月に水上が聖グロリアーナを去った時以来なので、懐かしいという感情もあるのだろう。

 

『お元気そうで何よりです』

「オレンジペコ様も、お変わりの無いようで」

『はい、私は大丈夫ですよ』

 

 水上の事を気遣うオレンジペコの言葉を、水上はありがたく受け取っておく。

 と、そこで電話を聞いていたアッサムが口を開いた。

 

「ペコ、来年から隊長になるのよね?」

『あ、アッサム様!?そ、それはまだ言わない約束で・・・』

 

 アッサムから新しい情報を提供される。オレンジペコの言い方からするに、どうやらその話はまだオフレコらしい。

 だがその話は、水上にとってはそれほど驚くような話でもなかった。水上が聖グロリアーナにいたころからそう言う話があったのはアッサムから聞いていたのだ。

 

「オレンジペコ様は立派な方ですし、当然ではないかと私は思いますけれどね」

 

 水上は既に聖グロリアーナの人間ではないので、今さら次の世代の隊長にとやかく文句をつけられる筋合いではないし、そもそも水上はオレンジペコの事は元々高く評価していた。

 ダージリンの格言が誰のものなのかを即座に把握できるぐらい博識だし、水上の紅茶の腕もオレンジペコに教わってから上達したのだ。聖グロリアーナに来る前に自分で学んではいたのだが、それでもオレンジペコに教わってからの方が上達したという自覚はある。加えて、ダージリンもオレンジペコを何度か大洗女子学園の試合に連れて行っているのだし、ちゃんと戦い方も学んでいるだろう。それらを踏まえた上でなら、次の隊長になるのもうなずける。

 

『立派って・・・・・・そんな・・・・・・』

 

 何やら電話の向こう側でオレンジペコが恥ずかしがるような声を上げる。少し直球過ぎたかなと水上は思わなくも無かったが、訂正するつもりは無かった。

 一方で、アッサムは水上の事を少しばかりジトっとした目で見ている。水上はそう言う性格をしているからこそオレンジペコの事を素直に褒めたのは、アッサム自身は分かっている。分かっているのだが、それでも嫉妬のような感情を抱かずにはいられなかった。

 その視線に気付き、水上も『ゴメン、すまん』と手と表情で伝えると、アッサムは『仕方ない』とばかりに小さく息を吐いた。

 

『ル、ルクリリさんに代わりますね!』

 

 一方で、オレンジペコは逃げるように、多少強引に電話をルクリリに代わらせてきた。若干のノイズが雑じったが、やがてクリアな音声に変わる。

 

『もしもし、水上さん?』

「お久しぶりです。ルクリリ様」

『オレンジペコに何言ったんですか?随分恥ずかしそうだったんですけど』

「大したことは、特に」

 

 オレンジペコが次の隊長になるという事はルクリリも知っているのかどうかは分からないが、とりあえず伏せておくことにしておいた。

 

『ダメですよー?アッサム様という素敵な方がいるのに、あんまり他の女の子口説いたりしたら』

「口説いてなどいませんよ。ただ率直な意見を述べさせていただいたまでです」

 

 口説く、という言葉にアッサムの肩がピクッと跳ねたのに、水上は気付いていない。

 それにしても、こうして結構ズバズバと遠慮せずに物申すのも、ルクリリの持ち味でもある。それは水上が聖グロリアーナにいた時とは変わっておらず、ましてやアッサムが聞いている前でそんな事が言えるのは相当なたまだと思う。ただ単にアッサムが聞いていることを知らないからかもしれないが。

 

「ルクリリ様は、お元気そうですね」

『まあ、いつも通りですね。水上さんはどうですか?』

「私も変わらず。いつも通りというのは元気な証拠、という事にしましょう」

『それ、いいですね』

 

 ルクリリと話すときは、ダージリンやオレンジペコと話すときのように、変に気張らなくていいように水上は感じた。それは恐らく、聖グロリアーナにいた時に見た、ルクリリの時折見せる気取らない態度や口調によるものだろう。お嬢様らしくはない勝気な口調や仕草が、一般人に過ぎない水上にとっては親近感を覚えるものだったから、接しやすかったのだ。

 

『水上さんの紅茶、また飲みたいなぁ』

「そうですね・・・そちらに伺うことができればよろしかったのですが、生憎都合が合わなくて」

『アッサム様にはもうお出ししたんですか?』

「ええ」

『アッサム様が羨ましいです』

 

 確か、前にルクリリが水上の紅茶を飲んだ時は、割と高く評価してくれたと水上は記憶している。どうやら、ルクリリはその紅茶が美味しかったことをちゃんと覚えてくれていたようだ。それだけで水上は嬉しくなる。

 そしてアッサムの名が出たのでちらっと様子をうかがうと、なぜか少しドヤ顔っぽくなっていた。ルクリリを差し置いて水上の紅茶を飲めたことが嬉しかったらしい。

 と、そこで電話の向こうから『ドバン!』という何か大きな音が聞こえた。それはさながら、扉を勢い良く開けたような―――

 

「・・・ローズヒップ様ですか?」

『お、正解です。よくわかりましたね』

「それはまあ・・・紅茶の園の扉を勢い良く開ける人など、ローズヒップ様ぐらいしか・・・」

『違いないですね』

 

 水上の前に座るアッサムが小さくため息をついて、紅茶を一口飲む。1杯目は飲み切ってしまったようで、水上はテーブルに置かれているスマートフォンにこぼさないように注意しながら、2杯目の紅茶をアッサムのカップに注ぐ。アッサムは、小さく頷いて『ありがとう』と言ってくれた。

 

『代わりましょうか?』

「ええ、そうしていただけると嬉しいです」

『分かりました。ちょっと待ってくださいね』

 

 少しだけノイズが走ったその直後。

 

『ごきげんようでございますですわ!』

 

 これが電話だと忘れているかのような大きな声。少し驚いたのか、アッサムのカップが揺れて紅茶をこぼしそうになる。だが、結局こぼしはしなかったので、日頃の戦車でバランス感覚は鍛えているようだ。

 

「お久しぶりです、ローズヒップ様。お元気そうですね」

『もちろんです事よ!このローズヒップ、今日も元気ハツラツにクルセイダーをガンガン走らせましたのよ!』

 

 ああ、この聖グロリアーナらしからぬはきはきとした声と、とんちんかんなお嬢様言葉。まさしくローズヒップだなと、水上は心の中で呆れを通り越して安心していた。その水上の前に座るアッサムは、頭が痛いとばかりに額を抑えている。

 

「ローズヒップ様は、いつも戦車道にはひたむきですね。感心です」

 

 水上の覚えている限りでは、ローズヒップは常に戦車道には全力で挑んでいた。クルセイダーで走り回る爽快感がたまらないのもあるだろうが、それだけ戦車を愛しているという事なのだろう。

 

『このローズヒップ、常に戦車道には全身全霊を籠めて挑んでるんですの。熱意なら聖グロの誰にも負けないと自負していますわ』

 

 そこまで言える自信もまたすごいと水上は思う。それはアッサムも同じく思ったようで、小さく笑っていた。

 

『ですが・・・・・・今日の訓練の事はアッサム様にバレてしまったらどうなる事やら・・・・・・』

 

 だが、そのボソッと呟いたローズヒップの一言でアッサムの表情が凍る。

 水上は即座に『ヤバイ』と思って話を打ち切ろうとしたが、アッサムが『話を伸ばせ』と言うハンドサインを送ってきた。逆らえる度胸は無いので、水上はローズヒップに心の中で謝りながらも続きを聞いてみる事にした。

 

「・・・・・・何か、あったんですか?」

『今日の訓練は、市街地エリアで隊列を組んで走行する行進訓練だったんですの』

「ほう」

『聖グロリアーナはいかなる時も優雅。ですから、綺麗な隊列を組んで前進するという目的もその通りと思い、私も最初は皆さんに合わせてゆっくり進んでいたんですわ』

「それは良い心がけです」

『ですが・・・こうしてちょろちょろ動いていては敵のいい的になると思い、私のクルセイダーはちょっと調速機を外して速度を上げましたの』

「ええ、それは良くない心がけです」

 

 アッサムの方からビシリ、という空気にひびが入る音が聞こえたのは幻聴だと信じたい。

 

『何より私は、ちまちま動いて戦うというのが誠におかったるく思うんですの。それで、調速機を外してクルセイダーを飛ばしたら・・・』

「飛ばしたら?」

『勢い余って廃屋に突っ込んでしまったんですの』

 

 見える、アッサムの背後に般若の様なものが見える。

 

『それで調速機を外してしまって、整備班の班長さんからお叱りを受けてしまいまして・・・』

「はい」

『これがアッサム様に知られたら、ただでは済まないですわね、と思いまして』

 

 ダメだ、これ以上ローズヒップを騙し続ける自信が水上には無いし、罪悪感で押し潰されそうになる。

 だから水上は。

 

「あー・・・ローズヒップ様」

『はい?なんですの?』

「この電話、実はハンズフリーになっていまして」

『はんずふりー?』

「はい、それでこの電話・・・・・・アッサム様もお聞きになっています」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・マジですの?』

「マジです」

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 

 ローズヒップが沈黙した。

 少しの間、時間にしておよそ1分ほどの沈黙を挟んで。

 

『・・・・・・ろ、ろーずひっぷはきょーもゆーがにせんしゃどーをあゆんでおりましたのよー』

「手遅れよ、ローズヒップ」

 

 取り繕うようなローズヒップの棒読み言葉を勢いよく切り落としたアッサムの一言に、電話の向こうでローズヒップが『ぴぃっ!?』と完全に怯え切っているような声を上げた。

 このまま黙っていては誘導尋問(?)の片棒を担いだ水上としても悪い気しかしないので、フォローはしておく。

 

「・・・・・・ローズヒップ様。あなたの戦車道に真摯に打ち込む姿勢は素晴らしいですし、あなたの破天荒ぶりも聖グロリアーナには必要かもしれません」

『え、そ、そうですの?』

「破天荒なのは悪い事とは言い切れません。ですが、それで人に迷惑をかけてはいけませんよ」

 

 ローズヒップが沈黙する。だが、今度はすぐに言葉を返してきた。

 

『・・・・・・・・・・・・はい、気をつけます。アッサム様、すみませんでした』

「・・・分かればいいのよ」

 

 アッサムも、水上の言葉を聞いて、さらにローズヒップの謝罪も聞いて、少し落ち着きを取り戻したようだ。

 最後にローズヒップが『ダージリン様に代わりますわ』と言って、電話はダージリンの下に戻った。

 

『お話は楽しめたかしら?』

「ええ、久しぶりに皆さまとお話ができてよかったです」

『それは良かったわ。それにしても、あのローズヒップをすぐに諫めるなんて、なかなかやるじゃない。水上』

「聞かれてましたか」

『ええ。あなたの「破天荒なのは悪い事とは言い切れない」って言葉、結構面白かったわよ』

「左様でございますか」

 

 格言やことわざを多用するダージリンから、自分の言葉が面白いと言われると、少しばかりこそばゆく思う。

 そこで水上は、もう1人だけ話したい人がいたので聞いてみる。

 

「ルフナ様は、今そちらにいらっしゃいますか?」

 

 少し気まずい仲になってしまったとはいえ、水上が聖グロリアーナにいた時はクラスで世話になった人だったし、親しい間柄でもあったので、この機会に話しておきたかった。

 

『残念だけど・・・ルフナは今日お休みなの』

「あ、そうでしたか・・・・・・。では、よろしくとお伝えしていただけるとありがたいです」

『分かったわ、伝えておく』

 

 ところがダージリンから告げられたのは不在の返事。だが、いなければ仕方がないので、水上は休んだ理由を無暗に聞いたりはせず、挨拶だけは伝えておくことにした。

 

『じゃあ、そろそろ切るわね』

「ええ、ありがとうございました」

『アッサムにとっても大切な日なのだし、きちんとおもてなしするのよ?』

「それは、言われるまでもありませんよ」

 

 最後に軽口を言い合って、電話が切れる。アッサムは、テーブルに置かれていたスマートフォンを鞄に仕舞った。

 

「まったくローズヒップったら・・・」

「はは・・・まあ、ああいうところがローズヒップの良いところだと思うぞ、うん」

「そうだけど・・・・・・来年からが心配だわ・・・・・・」

 

 アッサムとダージリンの卒業後は、オレンジペコが隊長となり、恐らくはローズヒップとルクリリがそれを支えていくのだろう。なるほど、不安になるのも頷ける。主に、ルクリリとローズヒップが。

 

「ま、皆元気そうで何よりだ」

 

 ルフナに挨拶ができなかったのは残念だが、皆も変わらず元気そうだったので、水上としてはそれが分かっただけでも十分だ。

 

「・・・・・・」

 

 ところが、アッサムの表情が微妙に曇る。何か気に障るようなことを言ってしまっただろうか。

 

「・・・どうかした?」

「・・・・・・いえ、別に何でもないわ」

 

 アッサムに問いかけるが、何でもないように笑って紅茶を飲む。

 だがその答え方は、ついさっき鴻野に指摘されたものだ。『「何でもない」と答える時は、大体何か隠し事がある時だ』と。

 

「・・・・・・言ってみて、アッサム。何かあるんだろ?」

「・・・・・・・・・」

 

 アッサムは少しだけ考えるように黙り込むが、やがて顔を上げる。

 

「・・・少しだけ、愚痴ってもいい?」

「大丈夫だ。何か悩んでるんなら、遠慮なく話していい」

 

 それで踏ん切りがついたのか、アッサムも小さく息を吐いて話し出した。

 

「聖グロリアーナにはね、OG会っていう後援会があるのよ」

「OG・・・ホームページにも載ってた?」

「そう、あれよ」

 

 そのOG会が、アッサムに限らず聖グロリアーナの悩みの種らしいのだ。

 聖グロリアーナのOG会は文字通り聖グロリアーナの卒業生(OG)で構成されている組織であり、聖グロリアーナに資金援助や戦車道界の情報提供をしてくれている、後援組織だ。

 それだけ聞けば別に問題は無いのだが、そのOG会が悩みの種な理由は、聖グロリアーナの戦車運営にまで口を出してきているのだという。水上が去ってから来た時は、全国大会で優勝できなかったことをチクチクといびってきたそうだ。

 しかもそのOG会、聖グロリアーナの主力戦車であるマチルダ、クルセイダー、チャーチルにそれぞれ乗っていた乗員たちで構成された、それぞれの名を冠した3つの派閥に分かれていて、その3つの派閥の間でも力の上下関係があるらしい。その中で一番力があるのはマチルダ派で、一番力が弱いのはチャーチル派。だから、聖グロリアーナの戦車はマチルダが多く、チャーチルが少ないそうだ。

 そして何より腹立たしいのが、この3つの派閥が聖グロリアーナの戦車運営にあれこれと注文を付けてくるので、思うように新しい戦車を導入することができないのだ。夏の終わりに水上も観た大洗女子学園と大学選抜チームの試合で、大学選抜チームの隊長である島田愛里寿が乗っていたセンチュリオンもイギリスの戦車なのだが、その導入もOG会の介入で望めないらしい。

 

「まったくもう・・・・・・嫌になるわね」

 

 アッサムが心底うんざりとばかりに息を吐く。そして、そんなOG会の介入にはダージリンも苦言を呈しているらしい。

 今の聖グロリアーナの生徒からすれば、OG会は目の上のたん瘤のような存在なのだろう。戦車運営に介入しなくなれば、センチュリオンなども導入できて、聖グロリアーナは今よりもずっと強くなれるはずだ。それなのに聖グロリアーナが強くなれない理由がその聖グロリアーナの卒業生とは、キツイ皮肉だ。

 

「・・・結局、私たちの代じゃどうする事もできなかったから・・・。ペコたちには申し訳ないと思うわ。来年からは、あの子たちだけでやって行かなくちゃならないから・・・ちょっと不安な気もするのよ」

 

 ダージリンとアッサムは来年にはいなくなる。だから残された者たちだけで、OG会と戦わなければならない。アッサムやダージリンもどうにかしたいと思ったのだろうが、彼女たちがいる間にできる事は少なかった。

 ダージリンの前の隊長であるアールグレイと言う少女がOG会に入ればまだ少しマシになるかもしれないとのことだったが、それはまだ先だろう。

 

「・・・・・・・・・はぁ」

 

 憂鬱そうにため息をつくアッサムを見て、水上は申し訳ない事を聞いてしまったと思う。

 OG会の存在は、聖グロリアーナ女学園の公式サイトにも記載されていたので名前だけは聞いていたのだが、そんな実態だったとは。

 そのOG会にチクチクとねちっこくいびられて、アッサムも疲弊したのだろう。もしかしたら、先ほど何事も無かったかのように電話をしていたダージリンたちも、心の中では疲弊していたのかもしれない。

 そして、今目の前にいるアッサムが少し憂鬱そうな感じになってしまったのは、水上がその話題をアッサムに話させたのもある。だから、今目の前で落ち込んでいるアッサムをどうにか元気づける責任が、自分にはあると水上は思っていた。

 

『アッサムにとっても大切な日なのだし、きちんとおもてなしするのよ?』

 

 ふと脳裏に、先ほどダージリンの言っていた言葉がよぎる。

 そうだ、今日はアッサムにとっては年に一度の大切な思い入れのある日だ。そんな日にアッサムを憂鬱な気持ちにさせてどうする。

 

「・・・・・・紅茶、淹れ直すね」

「ええ、お願い」

 

 水上は立ち上がり、新しい紅茶を淹れ直そうとする。それは決して、目の前の問題から逃げるためではない。ちゃんと理由はある。

 

「ごめん。嫌なこと思い出させちゃって」

「それは水上の謝る事じゃ・・・」

 

 2度目なので、お湯は案外早く沸いた。手際よく2回目の準備を進め、蒸らす間にアッサムに話しかける。

 

「俺はまあ・・・ダージリンやアッサムみたいに頭の出来はそんなに良くないから、ああした方がいいこうした方がいいって、アドバイスはできない」

 

 ダージリンは戦車隊の隊長として優れた頭脳を備えていて、聡明なその頭脳を持ってあの大洗女子学園に2度も勝利している。

 アッサムは聖グロリアーナの参謀として、聖グロリアーナ戦車隊の作戦を過去のデータとスパイ活動で得た知識で立ててきている。スパイ活動も馬鹿ではできないし、いかにアッサムが優秀かも分かる。

 そんな2人に比べて水上など取るに足らない存在だ。だから、聖グロリアーナの皆がOG会の存在に頭を悩ませている事に対して、明確なアドバイスをする事はできない。

 できる事と言えば、紅茶を淹れて気持ちを落ち着かせることぐらいだ。素人が首を突っ込むべきではないし、その方が元給仕としては落ち着く。

 時間を計っていた砂時計の砂が全て落ち、茶殻を濾してスプーンで少しかき混ぜる。

 ポットをアッサムの下へと運び、カップに紅茶を注ぐ。

 

「けど・・・今日はアッサムにとって大切な日だ。だから、せめて紅茶を飲んでリラックスして、そんな顔はしないでほしい。話させちゃった俺が言うのもなんだけどな・・・」

 

 アッサムのカップに、静かに紅茶を注ぐ。その水上の顔は少しだけ寂しそうに、申し訳なさそうに笑っていた。

 水上も、水上なりにアッサムの中の嫌な感情を払拭しようと努めている。それに気付けるぐらいには、アッサムもまだ冷静を保てている。

 アッサムは、カップの中の紅茶を見る。明るい茶色っぽい色の紅茶には、自分の顔が映っている。随分と、辛気臭い顔だなと失笑するが、やがて笑みを浮かべて水上の方を見た。

 

「・・・・・・ありがと、水上」

 

 そして紅茶を一口飲むアッサム。先ほどよりも、少し美味しく感じられた。

 

「そう言えば水上は、大学決まったの?」

「ああ、ギリギリ推薦が通った」

「・・・・・・それは点数的な意味で?時間的な意味で?」

「時間的な意味で。そう言うアッサムは?」

「問題ないわ」

「だろうな」

 

 その後、水上とアッサムはしばしの間、他愛も無い雑談を交わした。先ほどの暗い雰囲気から脱するように。

 

 

 最初はしんしん降っていた雪は勢いを増しており、外へ出るのが難しくなってきた。陽が落ちて夕食時になっても雪は収まらなかったので、やむを得ず2人で水上の部屋で夕食という事になった。

 重ねて言うが、水上は客人を招く予定も無かったので冷蔵庫の中には最低限のものしか入っていない。誕生日が男の手作り料理というのも些か変な感じがするが、それでも作らなければ夕飯は無しになってしまう。

 仕方なく、手軽に野菜炒めで済ませる事にした。聖グロの食事とは程遠い庶民的にもほどがあるものではあったが、それでもアッサムは『美味しい』とは言ってくれた。それがお世辞なのか本心なのかは定かではないが、一応今は本心だろうとだけ思っておく。

 そして夕食を食べ終えて、今は食後のティータイムの時間だ。茶葉はアッサムではなくアールグレイに変えている。

 

「ご馳走様。でもごめんなさい、食器洗いまで任せてしまって」

「気にしなくていいさ。アッサムは客人だし、それに今日は誕生日なんだから。ゆっくりしていていいよ」

 

 水上は食器を洗いながらそう言ってくれる。聖グロにいた時のように、水上の気遣いと優しさは健在だなと、アッサムは紅茶を飲みながら思う。

 やがて、食器を洗い終えたところで、水上もアッサムに向かい合って紅茶を飲む。

 

「・・・そう言えば、アッサムはこれからどうするの?」

「これから?」

「いや、今日のこのあと。学園艦に泊まってくの?」

 

 今日と明日だけアッサムは休みだが、明日には聖グロリアーナに戻るらしい。聖グロリアーナ学園艦と今いる潮騒高校学園艦は離れた場所を航行しているため、移動するのに時間がかかってしまうのだ。

 泊まらない場合は、まだ最終の連絡船は出ていないのでそれに乗れば帰ることができる。泊まるとすれば、確かこの学園艦にも民宿が1軒か2軒ぐらいあったはずだ。そこが空いていれば泊まれるだろう。

 ただ、アッサムの鞄が少し大きめのものだから恐らくは泊まっていくのだろうなと、水上は思った。

 ところが、その水上の予想は半分当たりで、半分外れだった。

 

「・・・・・・ねえ、水上」

「?」

 

 ティーカップをソーサーに置いたアッサムが、俯きながら呟く。水上は別にそれを不審に思わず、紅茶を啜る。

 

「・・・あなたさえよければ、何だけど・・・」

「何?」

 

 水上もまた、カップをソーサーに置き、アッサムが何を言おうとしているのかを考える。泊まるのであれば民宿まで送るし、はたまた連絡船で帰るのであればそこまで送るつもりだ。そして明日の朝、去る時だってもちろん見送る。

 ところが、次のアッサムの言葉はそのどれでもなかった。

 

「・・・今日、ここに泊まってもいい?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 水上の動きが止まる。表情が凍り付く。だがすぐ、思考は再起動した。

 

「・・・わ、笑えないジョークだなぁ。アッサムらしくない・・・」

「・・・・・・・・・」

 

 恥ずかしさと苦し紛れにそんなことを言うが、アッサムが何も言ってこない。水上の顔を、僅かに恥ずかしさを交えているように赤らめた顔で、水上の事を見ている。

 その反応で、アッサムの先の発言がジョークでないのは分かってしまった。

 

「・・・・・・・・・本気か?」

「・・・・・・ええ」

 

 アッサムは、ちらちらと水上の方を見て、恥ずかしいのか目を合わせようとしない。

 そんな恥じらう姿を見て、水上の中にある『ここに泊めない方が安心』という考えが雲散霧消してしまった。

 

「・・・・・・・・・泊まり心地は、それほどよくないけど」

 

 せめて自虐気味に返して恥ずかしさを紛らわせたのだが、それでアッサムは笑ってくれた。

 

 

 そのアッサムの少し大きめな荷物の正体は、寝間着やシャンプーの類だったので、やはりアッサムも元々は学園艦に泊まるつもりだったらしい。ハナから水上の部屋に泊まるつもりでいたのかは分からないし、聞くのも野暮な感じがしたので敢えて聞かなかった。

 さて、今現在アッサムは風呂に入っていて、水上は既に入り終えている。恐らく、このことが学校の連中、特に鴻野に知られたら面倒なことにしかならないので、このことは内密にして置く事にした。

 『面白いジョーク集』と表紙に書かれた本を開き、意識を集中する。浴室からシャワーの音が聞こえてくるのだが、その音に意識を向けると、良からぬ情景が目に浮かんでしまうので、かじりつくように本を読む。

 やがて、アッサムが風呂から出てきた。先ほどまで見た金の髪もウェーブがかってはおらず、水に濡れてストレートになっている。夏休みに大洗の潮騒の湯で見た時と同じだ。

 そしてアッサムが着ているのは紫のパジャマだ。以前アッサムが風邪を引いて看病した際はネグリジェだったと記憶しているが、もう冬なのだしあの恰好ではいくら何でも寒すぎるからだろう。それに、普通のパジャマの方が水上にとっては目に毒ではないので落ち着けるし、問題は無い。残念だ、とは“そこまでは”思っていない。

 

「いいお湯だったわよ」

「それはどうも」

 

 そしてアッサムは、ベッドに腰かけている水上の傍に自然と座った。それだけ、たったそれだけで水上の心拍数が急上昇する。何せ、温かい空気とか髪の香りだとかが伝わってくるせいで、目の前の本にすら集中することができない。

 だが、そんな水上とは反対にアッサムは、水上の読んでいる本に気付く。

 

「この本・・・・・・」

 

 どうやら、書いてある内容だけで何の本かに気付いたらしい。水上も少し別の事を考えて気を紛らわせようと思い、平然を装って本の表紙をアッサムに見せた。

 

「あの本だ」

「・・・・・・この本のおかげで、私たち、巡り会えたのよね・・・」

 

 アッサムの言う通り、初めて会った時にこの本を2人が持っていたから、お互いに話をすることができて、今に至るまでの関係を進展させることができたのだ。

 

「・・・・・・なんかもう、最初に会ったのがずいぶん昔な感じがする」

「1年も満たないのにね」

 

 3月の末あたりに出会ったのだから、アッサムの言う通り2人は知り合ってから1年も経っていない。昔のように思えて、案外そこまで昔ではないのだ。

 

「この本で、水上の好きなのってどれ?」

「え?ああ、そうだな・・・・・・」

 

 少しの間、この本でお互いの好きなジョークはどれか、という話題になった。オチはどれも笑えるが、少し想像を働かせないと理解できないものもある。けれど、2人とも根本的にジョークが好きだから、想像するのさえも楽しんでいるのだ。

 種類も様々で、人間の性格を表したものや、オチがとんちの様なものもあるし、民族性を揶揄するようなものもあった。それら全てが、2人にとっては面白く感じられる。

 水上はそこで面白いと感じただけで終わってしまうのだが、アッサムはさらに自作のジョークも持っている。それをいくつかアッサムが披露し、水上も笑うことができた。アッサムとしても、聖グロリアーナ以外で自分の作ったジョークで笑ってくれるのが新鮮だったから、とても嬉しかった。

 そして気がつけば、既に時間はいい感じに遅くなっていて、明日のためにそろそろ寝るべき時間となっていた。

 

「さて、そろそろ寝ようか」

「・・・・・・ええ、そうね」

「じゃ、アッサムはベッドでいいから。俺は夏用の布団で・・・・・・」

 

 そう言って、布団を取り出すために水上が立ち上がろうとすると、その袖をアッサムが小さく握ってきた。それに水上は気付いて、足を止める。

 

「・・・・・・どうかした?」

「ねえ・・・・・・水上」

「?」

「これが・・・・・・最後のお願い」

 

 その言葉に、水上も意識を向けざるを得なくなる。

 

「・・・・・・あなたと一緒に、眠りたい」

 

 その揺らぐ瞳を見て、断る事などできなかった。

 だから水上は『分かった』と頷いてしまった。

 

(・・・・・・眠れるはずがないよな)

 

 そして今、水上とアッサムは、2人でベッドに入っている。

 当たり前だが、水上は2人以上で寝る事など全く想定していなかったので、ベッドのサイズはシングルだ。おまけに外が雪で今の季節は冬であるからこそ、ただ布団に入っていても寒いので体を温めるために、身体をくっつける必要がある。だから今、2人の距離はほとんどゼロだった。

 こんな状況で眠れるほど、水上も図太い神経を持ち合わせてはいない。同い年の女性と同衾するなど生まれてこの方一度もなかったし、しかも1人で寝る時とは違い誰かが同じ布団に入っているという時点で違和感が否めない。そして何よりも、アッサムの身体が密着しているせいで、色々と何かが当たっているからそれが水上の脳を否が応でも覚醒させる。

 そんなわけで、水上は未だ寝付けずにいた。顔を合わせ眠っていないのは、恥ずかしさを逃すためのせめてもの抵抗だった。

 

「・・・・・・ねえ、水上」

 

 暗くなった部屋の中、眠気が全く起きない水上の耳に、アッサムの声が聞こえてくる。その声は、どこか寂しそうでもあったし、同時に嬉しそうでもあった。

 そして水上の背中に、アッサムの手が添えられる。突然の事で水上が内心びっくりするが、アッサムは続ける。

 

「・・・・・・ずっと、寂しかった」

「・・・・・・・・・」

「・・・あなたが聖グロを去ってから、ずっとあなたの事を想ってた。あなたがいた事が当たり前に思ってたから、あなたがいなくなって・・・・・・ずっと心に穴が開いたような感じがしていたの」

 

 水上の寝間着の背中が、小さく握られる。

 

「でも・・・・・・今は幸せな気持ち」

「・・・・・・・・・」

 

 また体をずらして、アッサムが水上との距離をより縮めようとする。

 

「だって、自分の誕生日っていう大切な日に、水上っていう私にとって一番大切な人と過ごせたんだから・・・・・・」

 

 その言葉を聞いて、水上の中に温かい感情が浮かび上がってきた。

 アッサムは、自分がいないことを寂しく思い、そして自分の事を求めてくれていたのだ。それが嬉しくないはずがない。

 だから、水上は少しだけ起き上がって、アッサムに向かい合うように、寝転がる。

 そして、少し困惑した様子のアッサムを、優しく抱きしめた。

 

「・・・・・・ありがとう、アッサム」

 

 いつもつけている黒いリボンは無いけれど、長い金色の美しい髪は、少し釣り目の眼は、紛れもなく、アッサムだ。

 水上だって、聖グロリアーナにいた時の事は忘れてはいないし、アッサムの事だってもちろん忘れた事など無い。だが、忘れた事が無いからこそ、いないことを寂しく思っていた。ずっと会いたいと思ってもいた。

 だから、今日最初にアッサムに会った時、困惑とは別に嬉しさも感じていたのだ。だが、その嬉しさは、まだ全部伝えきれていない。

 

「俺も、今日、またアッサムに会えて・・・・・・本当によかった。本当に、嬉しかった」

「・・・・・・・・・」

「本当に、会いたかったよ」

「・・・・・・」

「・・・大好きだ、アッサム」

 

 その言葉を聞いた直後、アッサムが身を捩るように水上の腕の中で動く。そんなアッサムを、水上は優しく、だが強く抱きしめる。

 すると、不意にアッサムが身体を離し、そして目を瞑った。

 それは、眠ろうとしているのではないと、水上は直感で察する。同時に、そう言えばまだこれはしていなかったなと、今日出会ってから今に至るまでを思い出してそう思う。

 水上は、少しずつ顔を近づけていき、頬に手を添えて、そして唇を重ねた。

 ほんの少しの間だけキスを交わして、その後は緊張感など全く感じず、いつの間にか眠りに就いていた。

 

 

 翌朝、雪は止んでいたが、学園艦は雪に覆われていた。よくテレビで見る、本土の豪雪地帯の雪の壁のようになるまでは積もらなかったが、それでもそこそこ積もっている。そのせいで歩く事もままならないのだが、学校は通常通り行われるとのことだった。生徒たちは、雪道に悪戦苦闘しながら学校へと向かう。

 そんな中で、水上は寄り道をしていた。その寄り道した場所とは、連絡船の乗り場。その理由は単純明快で、アッサムの見送りだ。

 

「・・・・・・ごめんなさいね。急に来た上に色々してもらっちゃって」

「いいって、気にしないで大丈夫。俺も会えてよかったから」

 

 連絡船へとつながるタラップの前で、アッサムと水上が向かい合って言葉を交わす。長い間会えなかったから、もっと一緒にいたいというのが本音だったが、水上もアッサムもそれぞれ学校があるのでそうもいかない。

 2人はもっと一緒にいたいという気持ちはそっと胸に仕舞って、別れの時を迎える。

 

「・・・また、近いうちに会えると良いな」

「そうね・・・・・・聖グロリアーナに来れたら、色々見て回れるけど・・・」

 

 確かに、水上もまた聖グロリアーナには行きたいと思っている。もちろん、学校の中に入る事は恐らく不可能だが、学園艦に行く事自体はできるはずなので、行けたら色々見て回りたいと思う。

 

「・・・早くても、来年ぐらいかな」

「・・・・・・そうよね」

「でも、アッサムが卒業するまでには、行けると思う。いや、行くよ」

「・・・・・・ええ」

 

 そろそろ、連絡船が出る時間になる。船が汽笛を鳴らし、その時間が近くなっているのを水上とアッサムの2人に思い出させる。

 

「・・・じゃあ、そろそろ行くわね」

「・・・・・・ああ。気をつけて」

 

 そこで、小さく触れるようにアッサムが口づけをしてきた。

 その動きが少し早かったので、水上から見れば、突然アッサムの顔が近づいてきて、気付いたらこちらに向けてウィンクをし、そして連絡船へと乗り込んでいったようにしか見えない。水上はその早業と、今さら湧いてきた恥ずかしさに、思わず笑って小さく息を吐く。

 やがてタラップが畳まれて、連絡船が離れ出す。デッキの上でアッサムが手を振ってくれたので、水上も手を振り返す。

 アッサムの姿が見えなくなるまで手を振り返して、そして時計を見たらもうすぐ学校が始まってしまうような時間になってしまっていた。水上は、急いでその場を離れて学校へと向かう。

 だが、その顔はどこか爽やかなものだった。

 

 

 

 

 

「どうかしたの?」

 

 紅茶のカップを見つめて昔の事を思い出していた俺を心配して、アッサムが声をかけてくれた。

 

「いや、ちょっと・・・・・・最初の誕生日の事を思い出して」

「最初の誕生日?」

「ああ、俺のいた学園艦にアッサムが来た時だよ」

「・・・あっ、あの時ね」

 

 アッサムも、俺の言葉でその時の事を思い出したのか、カップを置いて穏やかな笑みを浮かべる。あの時の事は、やはりアッサムの中でも大切な思い出の1つとなっていたらしい。

 

「あの時は・・・どうしてもあなたに会いたかったから」

「いや、それは俺も同じだったけどさ・・・・・・あの後大変だったんだよなぁ」

「え?」

 

 アッサムが俺のいた潮騒高校学園艦から帰った後、俺自身がどんな目に遭ったのか、そう言えばまだ話していなかったか。

 

「あの後、鴻野―――俺の友達が筆頭で、クラスの連中から尋問されたんだよ」

「尋・・・問・・・?」

 

 あまり穏やかではない単語を聞いて、アッサムも顔全体で『どういう事?』と聞いてくる。確かにこれだけ聞いたら大事と捉えるだろう。

 

「俺、聖グロから潮騒高校に戻った時、彼女ができたのかって聞かれたんだよ。それで俺は『皆が期待してるようなことは何もなかった』って言ったんだ」

「ああ、それで・・・・・・」

「で、あの後鴻野が『どういうことか説明しろー!』って。他の男子と一部の女子含めて。それで・・・・・・吐かざるを得なかった」

「そうだったのね・・・・・・ふふっ」

 

 どうやら、尋問と言うには微笑ましいその光景を想像したのか、アッサムが笑うが、俺としては勘弁してほしいと思った。聖グロから戻ってきた時以上に質問攻めにされたので、疲れることこの上なかった。

 

「でもどうして、最初に私たちが付き合ってるって事、隠してたの?」

「ああ、それは・・・・・・」

 

 アッサムの当然の疑問に俺は普通に答えようとするが、僅かに躊躇う。クサくはないかと、引かれるんじゃないかと思う。

 だが、アッサムとは今さらそんな事で遠慮したりするような関係ではないので、言わせてもらう事にした。

 

「・・・アッサムとの関係は、秘密にしておきたかった。独占欲・・・みたいな感じで」

 

 そこでちらっとアッサムの様子を伺うと、アッサムが少しだけ口を開けているが、やがて笑ってくれた。

 

「・・・それだけ、私の事を想ってくれていた、と捉えていいのかしら?」

 

 笑いながらのアッサムの問いに対する答えはもちろん決まっている。

 

「・・・ああ」

「・・・・・・ありがとう」

 

 そこで、メールの着信音が部屋に鳴り響く。俺の携帯のそれではなかったので、アッサムのものだろう。それにしても、今日はやけにこの音を聞いたような気もする。

 

「・・・・・・やっぱり、プロにもなるとお祝いのメールも結構来るんだな」

「そうね・・・。でも、悪い気はしないわよ。それだけ皆が私の事を祝ってくれているんだって思うし」

 

 メールを開いて、文章を読んでからすぐに画面を閉じる。またあとで、きちんと返信するのだろう。

 

「ダージリンたちからのメールは?」

「もちろん、貰ったわよ。プレゼントも一緒にね」

 

 そう言えば、部屋にいくつかラッピングされた小包が置いてあったが、あれがダージリンたちからのものだったのか。

 とすると。

 

「あの子からも、おめでとうってメールが来たわ。それと、少し寂しいけど何とかやってるみたい」

「そうか・・・なら、心配ないかな」

 

 学園艦で暮らし始め、アッサムの下を離れてから寮で1人暮らしとなると最初は不安だったが、寂しくても1人で大丈夫らしい。誕生日のお祝いのメールも送ってきてくれている辺り、やはり優しい子だ。

 小学生の間は、学校が陸の上にあったからアッサムが一緒に暮らしていて、俺自身は聖グロリアーナに務めている以上は別居しなければならなかった。

 だが、一人娘が学園艦の寮で暮らし始めてからは、アッサムと俺は一緒に住んでいる。アッサム自身一緒に暮らせなくて寂しいと言っていたし、俺自身も本音を言えば寂しかったので、こうして一緒に暮らすことができて、本当によかったと思う。

 

「・・・将来、聖グロに入りたいんだっけ」

「ええ。そのつもりで、あの子は勉強してる」

「で、戦車道もやってみたいと」

 

 俺の問いに、アッサムは頷く。もしそれが実現したとしたら、俺自身の教え子になってしまうのだろう。自分の子供が教え子と言うのは、いささか違和感を抱くものだ。

 そして戦車道を歩もうとしたきっかけは、やはり親であり戦車道選手でもあるアッサムだ。

 俺もアッサムも、聖グロに入れとか戦車道をやれなどと指図をしてはいない。全て、あの子が自らの意思で決めた事だ。であれば、道を外れるような事をしない限りは、俺とアッサムはその背中を押すつもりだ。

 

「やっとセンチュリオンも来た事だし・・・・・・アッサム、ありがとう」

 

 俺がお礼を告げたのは、俺と同年代のアッサムやダージリンがOG会に入り、センチュリオンなどのイギリス製の強力な戦車を導入するように口利きをしてくれたからだ。それに対して、戦車隊の顧問としては何もお礼を伝えないわけにはいかなかった。

 

「お礼はもう聞いたわ。十分すぎるぐらいにね」

「・・・お釣りとして受け取ってくれ」

 

 冗談めかしてそう言うと、アッサムは笑ってくれた。

 そこでふと時計を見ると、もうそろそろ夕飯の準備を始めてもいいぐらいの時間になっていた。

 

「そろそろ、夕飯の準備を始めるか」

「私も手伝うわ」

「いや、今日ぐらいは俺1人でやるよ」

 

 立ち上がろうとするアッサムを制止する。今日はアッサムにとっては記念日だ。そんな日ぐらいは、アッサムをゆっくり休ませたいと思い、俺1人で夕食を作る事に決めていた。

 

「・・・ありがとう」

 

 そう言ってアッサムは、微笑んでくれる。その顔が見れるだけで、俺は十分幸せだ。

 こうして一つ屋根の下で、誕生日を祝い、紅茶を共に飲み、言葉を交わしていると、やはり俺自身とアッサムは結ばれたのだなと、心底思わせられる。

 だが、これは俺もアッサムも望んだことであり、そしてそんな今に対して不満を抱いてなどいない。

 そしてこうして、自分の一番傍にアッサムがいるからこそ、俺はたとえ辛い事があっても乗り越えることができる。

 その、傍に自分が一番愛している人がいる事に対して、喜びと嬉しさを感じながら、カップに残っていた残りの紅茶を飲み干す。

 甘さと苦さが入り混じったその紅茶は、今も昔もアッサムの好みの味であり、俺だけが出せる味だった。




これにて、アッサムと水上の物語は、本当に完結となります。
長い間、ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

物語を一度完結させた後で、アッサムの誕生日が設定されている以上は書かずにはいられないと思いましたし、
やっぱり最後は一緒に暮らせた方がいいかなと思ってこのような形で収めました。

この作品の本編では触れられなかったOG会についても少し触れ、
それが後にどうなったのかについても挑戦してみました。

重ねて書かせていただきますと、
ここまで読んでくださり本当にありがとうございました。
作品に評価をしてくださった方、感想を書いてくださった方、
本当に、ありがとうございました。

次回作は年明けに出す予定ですので、
もしよろしければそちらの方も応援していただけると、
筆者としては嬉しい限りです。


それではまた、次の作品でお会いしましょう。


最後にこの言葉で、締めさせてください。
ガルパンはいいぞ。
アッサムは綺麗だぞ。
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