確認してみたらその通りでした。
よって、3話のあとがきを修正しました。
申し訳ございません。
午前5時半。
水上は、泊っているホテルのベッドの上で目を覚ました。間違いなく早起きの人生最速記録だ。
昨日はアッサムと別れた後、ホテルに戻った水上は夕食を摂り、風呂に入って、部屋着に着替えて、校長から渡された資料を読み、眠くなってきたところでベッドに入った。
ごく自然な流れで眠りに就いたのだが、度を越した疲労は不眠を引き起こす、と言う誰かの言葉の通り、水上はあまり眠れなかったのだ。
疲労と言うのも、昨日の慣れない敬語や、『紅茶の園』での緊張感マックスの紅茶淹れ、戦車道履修者に代わって掃除をしたこと。それら全てが水上の中に蓄積されていたのだろう。
まだ朝食には早すぎるので(そもそもこんな時間にホテルの食堂はやっていない)、水上は二度寝をしようと思ったが、目が完全に醒めきってしまっていたので寝る事もできない。
そこで水上は、昨日のレポートをまだ書いていないことを思い出して、鞄からノートパソコンを引っ張り出し、机の上にセットしてレポートを書く。
水上は、給仕として聖グロリアーナにいる間、給仕としての活動を毎日記録して、学校に報告することを義務付けられていた。
それでも、パソコンなのが水上にとって唯一の救いだ。これで手書きでの報告を命ぜられていたら、3日で投げ出してしまうだろうと自分でも思う。
昨日やったことは、自己紹介、戦車道の練習見学、『紅茶の園』でのダージリンたちの世話、そしてお茶会の後の後片付け。それらの出来事をパソコンに打ち込み、文章とその内容がおかしくないことを再三にわたって確認してから、電子メールで学校に送信する。
息をつき、時計を見直すと時刻はまだ6時過ぎ。パソコンで細かい作業をしていたせいで眠気は完全に失せてしまっていたので、眠る事もできない。
ホテルの食堂も開いていないので、どうしようかと悩んでいるところで、まだ日が昇っていない事に今更気付く。
そこで水上は、どうせなら外で日の出を迎えようと考えて、スマートフォンと財布を持ち、私服に着替えて外へと出た。
どこなら日の出が綺麗に見られるか。水上は聖グロリアーナ学園艦の地図を見る。そして、学園艦の側面部に沿うように公園があることが分かり、水上はそこへと向かうことにした。
まだ日も登っていない時間帯なので、外を出歩く人影はほとんどない。
聖グロリアーナの学園艦はイギリスをイメージしているという事もあり、レンガ造りのアパートや一軒家が目立つ。銀行やレストランまで同じような造りになっていて、どこからか魔法が飛んできてもおかしくないような雰囲気だ。
そんな街中を歩く事十数分。水上は、海に面した公園に到着した。空が白み始めているが、まだ日は登っていない。心地よい潮風が水上の鼻腔をくすぐり、髪を撫でていく。
「気持ちいいなぁ」
自然と口から言葉がこぼれる。
だが、来たのはいいが日の出まではまだ少し時間がある。
さて、どうやって時間を潰そうか。そう考えてポケットにあるスマートフォンを取り出そうとした時だ。
「水上・・・?」
遠くから、自分の名が呼ばれた気がする。周りを見回すと、一人の人影が近づいてくるのが見えた。
薄暗かったが、水上はその人物が誰だかすぐにわかった。
「アッサム様・・・?」
その人物は、普段は伸ばしているブロンドのロングヘアーをポニーテールに纏めていて、聖グロリアーナ指定の紺色のジャージを纏っていた。
「・・・やっぱり、水上ね」
アッサムの確認するような、安堵するような声を聴き、そこで水上は気付く。
今の自分の服装は、高校のブレザーでも、聖グロで着用するよう指示されたスーツでもない、普段着だ。
一応水上は、この学園艦に来る前に、聖グロの雰囲気に合うような服を選んで持ってきたつもりだ。だが、今の自分の服装のセンスがどうなのかは自分には分からない。改めて自分の服装を見る。
白のボタンダウンシャツに、紺のジーンズ。地味と思われるかもしれない。
「・・・こんな格好で失礼」
とりあえず先手を打つことにした。
「あ、気にしないでいいわ」
「申し訳ございません」
その後、2人は成り行きで並んでレンガが敷き詰められた公園の道を歩む。
「アッサム様はジョギングですか?」
「ええ、私の日課よ。あなたは?」
「私は少々早く目が覚めてしまいまして・・・どうせなら日の出をここで見ようかと」
自分がここにいる理由を、隠す必要も無いので素直に話す水上。水上の答えを聞いて満足したのか、アッサムは小さく笑う。
「私も、ここで日の出を見ながら走るのが好きなの」
「そうだったんですか」
なるほど、朝日を浴びながらジョギングと言うのも気持ち良いだろう。
そこで水上は、もしかして自分はジョギングの邪魔してしまったのだろうか、と思った。
「走ります?」
「あ、いいの。気にしないで」
アッサムが笑顔で手を振るう。水上はぺこりと頭を下げる。
と、そこで水上が何かに気付いて海を見つめる。
「・・・・・・わぁ」
アッサムも、水上が何を見ているのかに気付いて、同じく海を見る。
はるか向こうの水平線から、太陽が浮かび上がる。白んでいた空に赤みが差し、太陽を中心に空がグラデーションを彩る。
「・・・綺麗」
アッサムが声を漏らす。水上はここで、『君の方が綺麗だよ』なんて言える度胸を持ち合わせてはいない。
水上は、生まれてこの方一度も日の出の瞬間をじっくりと見た事が無かった。年始の初日の出も、水上の家族は眠りこけている。
「・・・私、初めて日の出の瞬間を見ました」
水上が言葉を漏らすと、隣に立つアッサムが水上の方を見て笑みを浮かべる。
「・・・なら、しっかりと目に焼き付けておくべきね」
「はい」
と、次の瞬間だ。
強い潮風が、アッサムの髪を纏めていた黒いリボンを吹き飛ばす。
「あっ・・・」
水上はすぐに駆け出して、飛ばされたリボンをキャッチする。
「大丈夫です、か・・・」
リボンを渡そうとして、水上は見た。
アッサムの解かれた艶やかなブロンドヘアーが、太陽の光を反射してキラキラと輝いているのを。
多分、きっと、水上はその見た光景を一生忘れることは無いだろう。
それほどまでに、その光景は幻想的で、美しかった。
「・・・・・・お返しします」
「ありがとう、水上」
アッサムは、笑顔で渡されたリボンを受け取り、手早く髪を纏め直す。
水上は、しばらくぼーっとアッサムの事を見つめていた。その目線に気付いて、アッサムが水上に尋ねる。
「どうかした?」
「あ、いえ、何でもないです」
アッサムの純粋な瞳を直視できず、朝日に目を逸らす水上。
その後は、二人で太陽が昇る様子を静かに眺めていた。その間、二人の間に会話は無かったが不思議と居心地の悪さは感じられなかった。
「アッサム様は、将来何になりたいのですか?」
太陽と水平線が離れたところで、水上がアッサムに質問をする。
その質問をしたことに当然理由はある。昨日、二人で帰っている時にアッサムが自分に聞いてきた事だ。自分の事は話したのだが、アッサムの夢は聞いてはいない。純粋に興味があったのだ。
「へ?そ、そうね・・・」
だが、アッサムにとっては唐突で予想外の質問だったのだろう。少し狼狽した様子だ。
「あ、答えにくいのであれば答えなくて結構ですよ」
無理に答えさせるのも忍びない。そう思って水上は付け加えるが、アッサムは『いえ、答えます』と改めて水上に向き直る。
「そう、ね・・・私は・・・」
アッサムが自らの髪をいじくって言い淀む。顔をわずかに赤らめて、恥ずかしそうに手をもじもじと動かす。
そこで、キリっと表情を改める。
「まず、私は戦車道履修者。だから、プロになりたいという願望はあるわ」
「プロ・・・プロリーグですか」
プロに入るのは簡単な事ではない。戦車道に限らず、あらゆるスポーツでもそうだし、プロになるのは目に見える戦果を挙げなければならず、簡単な道程では辿り着けない、茨の道と言ってもいい。
それを目指すとは、自分の漠然とした『人に尽くす仕事がしたい』と言う夢よりもとても明確で、輝いていた。
「・・・素晴らしい夢です。自分の『人に尽くしたい』という凡庸な夢と比べたら、とても」
「そんなことは無いわ。あなたの夢も立派よ」
それで、とアッサムは言葉を区切り、また先ほどと同じように手をもじもじと重ね合わせ、頬を赤くする。
「それで夢がもう1つあるのだけれど・・・笑わないでくれる?」
「笑うなんてとんでもない」
人の夢を笑うというのは、人の価値を貶める行為に等しいと、水上は思っている。だから、自分は今までで一度も、人の夢を笑ったことは無い。そして、この先笑うつもりもない。
だから、アッサムがどんな夢を語ろうとも、水上は笑おうとはしない。
その意思を伝えると、アッサムは安心したように息を吐き、自分の夢を告げる。
「・・・・・・・・・お嫁さん」
顔を真っ赤にして、注意深く聞かなければわからないほど、か細い声で告げられたその夢を聞き、水上は安心感を覚える。
聖グロリアーナの生徒に限らず、戦車道履修者は礼節ある、淑やかでつつましく、凛々しいと評されることがよくあり、実際の履修者たちもその傾向が強い。
だから、普通の女の子のような夢を聞くことができて、水上は安心する事ができたのだ。
「・・・とても可愛らしいです」
「かわっ・・・!?」
水上の率直な感想を聞いて、アッサムの顔がリンゴのように一層紅くなる。
「・・・さて、そろそろ私は戻りますかね」
時間は間もなく7時。日の出を眺めて、二人で話をしている間に随分と時間が経ってしまっていたようだ。戻る頃にはホテルの食堂も開いているだろう。
生まれて初めて日の出を見ることができて、アッサムの可愛らしい夢を聞くことができた。実りのある日の出だったと言えよう。
水上は、リンゴのように真っ赤になったアッサムの様子に気付かず踵を返してホテルへ戻ろうとする。
と、その時『ちょっと待って!』と強めの口調でアッサムに呼び止められる。
「な、なんでしょう」
素でビビった水上。何か間違った事を言ってしまっただろうか。
「・・・あなたに聞きたいことがあるの」
「・・・何なりと」
アッサムの口調が鋭い。ここで『嫌です』と答えようものなら、アッサムの切れ長の瞳で胃を射抜かれかねない。
「あなた、普段からその口調なの?」
「え?この口調ですか?」
なぜこのタイミングで、自分の口調の事を聞かれるのだろうか。しかし、別に答えない理由も無いので素直に答える。
「いえ。この口調は、聖グロリアーナで皆様に仕える身として相応しいかと思い、意識してこの話し方をしているだけです。普段の私は、割と荒っぽい喋り方だと思います」
「ふーん・・・」
アッサムが興味深そうにうなずく。
そこで、水上の脳裏に、次アッサムが発するであろう言葉がよぎる。
「・・・一つ提案なのだけれど」
「何でしょう」
「私と二人きりで話すときは、その普段の口調で話してくれる?」
やっぱり、と水上は心の中で呟いた。そんな事だろうと思った。
だが、それに対する水上の答えは決まっていた。頭を下げて、その答えを述べる。
「・・・それは、少々無理な話です。アッサム様は、どこにいようとも聖グロリアーナの戦車道履修者。そして私は、どこにいようとも聖グロリアーナの戦車道の給仕。その私がタメ口で話すなど、とても無理です」
「今、この時は、戦車道は関係ないわよね」
ぐっ、と水上が言葉に詰まる。
「それに、私たちはもう戦車道履修者とその給仕なんて間柄ではないわ」
「?」
アッサムの言葉に、水上は首をかしげる。
「あの時、バス停で出会い、お互いにジョークについて語り合って。昨日と今日でお互いの夢について語り合って。それはまるで・・・」
「友達のよう、ですか?」
アッサムの言いたいことを先読みして、水上が言葉を紡ぐ。アッサムはそれに頷き、太陽を背に優しい笑みを浮かべる。
「友達同士なのだから、敬語は要らないでしょう?」
水上は、太陽を背に、腕を後ろに回したアッサムの姿から目を離せない。
「それに、聞けばあなたも3年生と聞くわ。友達同士以前に、同じ学年で敬語は不要なはずよ」
この時アッサムは、ダージリンと話す際は尊敬を込めて敬語で話しているのだが、そのことは一旦頭の隅に置いておく。
水上は、アッサムの正論に成す術もなく、『うぬぬ』とうなり、やがて観念したかのように肩を落とす。
そして、口から出たのは。
「・・・分かった。元々、こんな口調な俺だけど、これからも友達として付き合ってくれると嬉しい」
友達として、と言うワードにアッサムは少し胸がチクリと痛む。
しかし、その原因が何なのか、アッサム自身にもそれはまだ分からなかった。
「・・・これからもよろしく、水上」
アッサムが太陽を背に右手を差し出す。水上は静かに歩み寄り、同じく右手を差し出して優しく握手を交わす。
「こちらこそよろしく、アッサム」
そして2人は、友達なのだから、と言う事でアドレスを交換して、アッサムは寮へ、水上はホテルへと戻った。
ついに素の口調で話してしまった。
この学園艦にいる間は、友人や家族との電話、独り言以外では素の口調は出ないと思っていたが、まさかわずか2日でその予想が外れてしまうとは。
しかし、悪くない気分だと俺は思った。
素の口調で話せるという事は、その相手に対して気を遣わないでいることができるからだ。そんな風に話せる人が、一人でもできた事に俺は感動に似た感覚を得る。
それにしても、と俺は改めて思う。
今日も朝から色々あった。
偶然にもアッサムと出会い、初めて日の出を見て、幻想的な光景に目を奪われて、アッサムの可愛い夢を聞くことができて、友達と呼べる人ができた。
「今日も1日、頑張りますか」
背伸びをして筋肉をほぐし、ホテルへと足を向ける。
今日はまだ始まったばかりだ。
私は全力疾走で寮へと戻っていた。
最早ジョギングなんてレベルではない。ランニングと言い換えるべきか。いや、そんな事はどうでもいい。
(私の夢、可愛いって・・・!)
犬の散歩をしていたおばあさんとすれ違い、『お嬢ちゃん朝から元気ねぇ』なんて言葉をかけられるが、今の私には届かない。
まさか、ダージリンやオレンジペコはもちろん、家族にも話した事のない『お嫁さんになる』夢を、水上に話してしまうとは。
女の子らしい、子供っぽい夢だと自分では思っていた。だが水上は、その夢を笑おうとはせず、優しく『可愛い』と言ってくれた。
それは何よりも嬉しかったし、同時に恥ずかしくもあった。その感情を紛らわせるために、私は今こうして寮への道を全力で駆けている。
やがて、行きの半分の時間で寮に帰り着く。
それでも体の火照りは引いていない。あ、全力で走ったのだから当然か。いや、それはともかくとして。
寮の中へと戻り、同じ3年生で、既に制服に着替えて食堂へと向かっていた生徒とすれ違う。
「あ、アッサム様。おはようございます」
「おはよう」
私は挨拶も早々に切り上げて、自分の部屋へと一目散に戻る。
そして、ドアを閉めたところで深呼吸をし、鏡を見る。
顔は、まだ赤い。
そして思い出す、公園での会話。
「~~~~~~~!!」
私は声にならない声を上げて、リボンを解き、ジャージを脱ぎ、冷静になるためにシャワーを浴びる事にする。
まったく、何て朝だ。
感想・ご指摘等があればお気軽にどうぞ。
ちなみに、筆者が持っているガルパン書籍の中で一番好きなのは『もっとらぶらぶ作戦です!』です。