バトラーと私   作:プロッター

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仕事で忙しくて低クオリティです。
本当にすみません。


学生として

 聖グロリアーナ女学院の校門が開くのは朝の8時。そしてホームルームが始まるのは9時だ。

 今は8時半前。聖グロリアーナの女生徒たちに混じる形で、水上は白のシャツに灰色のベスト、そして黒のスーツと、戦車道の給仕として活動する際の恰好で登校していた。

 手に提げている鞄も、聖グロリアーナの生徒たちに支給されているものと同じであるため、必然的に他の生徒から注目を集めやすい。何せ、『男』が『聖グロリアーナの』鞄を持っているのだから。

(やめてくれ・・・俺は人に注目されるのが大の苦手なんだ)

 心の中で泣き言を漏らす水上。好奇の視線にさらされ、胃に穴が開きそうになりながら水上は聖グロリアーナの門をくぐった。

 

 水上がここに来るまでにイメージしていた聖グロリアーナの印象としては、全員が全員お嬢様言葉を話しながら扇子を片手にあははうふふと上品に笑っている、と言う感じだった。

 だが、いざ実際にクラスに入ってみるとその認識を改めされられる。別に手に扇子を持っているわけではないし、普通の話し方で普通に雑談を交わしている。しかし、素の水上のように荒っぽい話し方はせず、『昨日のドラマが泣けまして』『朝の授業は眠くて大変ですわ』と丁寧な話し方で愚痴をこぼしている。その様子を見て、水上は少しホッとした。

 さて、そんな水上の今の状況だが、完全にクラスで孤立してしまっている。

 無理もない。元々女子しかいない空間に男子が混ざっているのだ。興味深げにこちらを見てくるのは当然ともいえる流れだし、こちらを見てヒソヒソと何か言葉を交わしているのもまあ納得は行く。

 まるで腫れ物に触るようだ。

 もし友人や、学校の男子共がこのことを知ったら、水上は八つ裂きにされるだろう。だが、それは水上の心情を理解していないからできる事だ。

 今の状況を例えるのなら『変な時期に転校して来てクラスに馴染めない転校生』と言った具合だ。

 こういう時に限って“友達”のアッサムも、ダージリンもいない。この状況のまま、今日の戦車道の授業まで待つというのは、苦行にも等しい。

(早く戦車道の時間になってくれ!)

 水上は心の中で神に祈るように真剣に手を合わせる。

 

 楽しい時間はすぐに流れてしまうのとは逆に、苦痛な時間は流れるのに時間がかかる。

 と言うわけで、胃に穴が開く勢いで3時間目を迎えた。

(まだ3時間目か・・・くそう)

 生徒たちが自分に注目していたように、教師もまた珍しいものを見る目で水上の事を見ていた。

 やたらと教師に指名されて、黒板に求められた答えを書き記していく。その間は当然ながら女生徒たちの視線を集める事になり、背中に嫌な汗が浮かぶのを感じた。結果、凡ミスをやらかして教師や生徒に笑われる。凄く、いたたまれない。

 その時、教室のドアから顔をのぞかせた、4時間目の古文の中年教師からこんなことを言われた。

「おい水上」

「あ、はい」

「次の授業、参考書使うから職員室に取りに来てくれ。結構重いから誰かヘルプを呼んでもいいぞ」

「分かりました」

 水上の返事を聞くと、教師は顔を引っ込めて職員室へと戻って行った。

 一方の水上は、返事はしたものの、クラスの中に知り合いはいない。仕方なく、一人で取りに行こう。

 そう思った時だった。

「あの、水上さん」

「?」

 呼ばれて振り返ると、そこにいたのは、ウェーブがかった茶髪をした、見た事のある顔の生徒だった。

「貴女は確か・・・」

「チャーチルの操縦手です。ルフナとお呼びください」

ルフナと名乗った少女が頭を下げ、水上もお辞儀をする。

 まさか、同じクラスに戦車道履修者がいるとは思わなかった。今の今まで気づかなかったのも、水上がクラスの生徒から注目されているあまり、周りと目を合わせようとしなかったからだろう。

「ルフナ様、どうなさいましたか」

 戦車道履修者の前と言う事で、水上は自然と『紅茶の園』の時と同じ口調で話す。

 ルフナは、柔和な笑みを浮かべて水上を見つめる。

「さっき、参考書を持ってくるように言われましたよね」

「ええ。そうですが」

「私も手伝います」

 水上は、何を言われるのかと思ったが、ルフナの口から出た言葉を聞いて安堵する。

 まだ顔見知り程度の付き合いだが、戦車道履修者がいるという事で、少しだが緊張が和らぐ。

「ありがとうございます、助かります」

 と言うわけで、水上とルフナは一緒に職員室へ向かい、件の参考書を取りに行ったのだが。

「重い・・・」

「くっ・・・」

 水上とルフナは、渡された参考書を持って歩いている。

だが、その参考書は一冊がとても厚くて重く、一人では運べないほどの量だった。なので、水上とルフナは別々に持って教室へと向かっている。

「水上さん、やっぱり半分ずつにしましょう」

「いえ、大丈夫です」

 水上は全体の3分の2、ルフナは3分の1を持っている。最初は半分ずつ持とうとルフナが提案したのだが、水上はそれをやんわりと断った。

 女性に負担を強いるのは給仕としては御法度であるし、何より男としてダメだと水上が考えた結果、このような配分になったのだ。

 教室に運び終えると、水上は『ふぃー』と息を吐いた。

 水上は、それほど体を鍛えているわけではなく、同世代の男の中でもやせ型だ。今回のような重いものを持つのには慣れていなかったため、余計に疲れを感じた。

 しかし、疲れていても手伝ってくれた者に対しては礼儀を尽くす。

「手伝ってくださってありがとうございます、ルフナさん」

「いえ、これぐらい構いません・・・っ」

 と、ルフナが指先を抑える。よく見ると、皮膚が小さく切れていて血がにじみ出ていた。おそらく、本を運んでいた時に切ったのだろう。

 水上はそれを見て、懐から絆創膏を取り出し、ルフナの手を取る。

「失礼」

「あっ・・・」

 水上は、ルフナの手をガラス細工に触れるかのように優しく触り、絆創膏を丁寧に巻いていく。

 この時、水上はルフナの指先に意識を向けていたので、ルフナの顔が赤くなっている事には気づいていない。

 絆創膏を張り終えると、水上はルフナの顔を見る。

「これで、大丈夫だと思います」

「・・・ありがとうございます」

 ルフナは顔を俯かせて、水上と目を合わせようとせずに、足早に自分の席へと戻って行った。

(なにも間違った事はしていない・・・よな)

 水上は、どうしてルフナの態度がそっけなくなってしまったのか、全く分からなかった。

 

 12時。ようやく昼食の時間となった。水上は脱力する。

 生徒たちは、いくつかのグループを構成しながら食堂へと向かい、思い思いの料理を注文して席に座り昼食を摂る。

 水上は、当たり前と言えば当たり前だがどのグループにも馴染まず、一人で食堂に向かい料理を注文する。彼が選んだのは、フィッシュアンドチップスだ。

 食堂のメニューは、カレーやミートパイ、ホットクロスバンなど豊富だ。その中には“うなぎのゼリー寄せ”なるものもあったが、明らかに地雷臭がしたので、水上はそのメニューは見て見ぬフリをしてフィッシュアンドチップスを選んだのだ。

 さて、肝心の味の方は。

「・・・美味しい」

 イギリスの料理は不味いというイメージがあったので身構えていたのだが、そんな事は全くなかった。単純にここの料理人の腕が良いだけかもしれないが、ひとまず水上はホッとした。

 そうして食事を続けること数分。

「水上」

 名を呼ばれてハッと顔を上げる。そこにいたのは、ダージリン、オレンジペコ、アッサムの“ノーブルシスターズ”だ。

 ノーブルシスターズ、と言う呼称は先ほどルフナから聞いたものだ。“ノーブル”とは『気高い』や『高潔』と言う意味だったと水上は記憶している。

 3人は、戦車道以外でも注目を集めているようで、食堂にいる生徒たちはほとんどが3人の事を見ている。

 水上は慌てて席を立ち、3人に対してお辞儀をする。

「ダージリン様、アッサム様、オレンジペコ様、ごきげんよう」

「ごきげんよう、水上。相席してもいいかしら?」

「もちろんです。どうぞ」

 ダージリンの提案に水上は同意し、3人が座る椅子を引く。その様子を見て、何人かの生徒たちが『流石給仕係』なんて呟いているのが聞こえた。

 3人が椅子に座ると、水上も席に座り改めて3人目の前にある料理に目を向ける。

 目の前に座っているダージリンの前にはミートパイ。こんがり焼けた生地から覗く肉が美味しそうだ。

 そのダージリンの横に座るオレンジペコが持っているのは、カレーライス。だが、一般的に見るカレーライスとは違い、ルーの上に唐揚げのようなお肉が載っていた。

 そして、水上の隣に座るアッサムの前にあったのは、

 うなぎのゼリー寄せ。

「!!」

 その料理を認識した瞬間、水上はアッサムの顔を見る。

 アッサムは、凛々しい表情でフォークを手に取り、うなぎのゼリー寄せの一部を切り取って口に運ぶ。

 音もなく咀嚼して、呑み込み、二口目に入る。

 その一連の流れを見て、水上は口の中で『おぅ・・・・・・』と呟く。

(・・・あれだ。納豆を食べている日本人を見るアメリカ人の気分だな)

 水上は、外国人の気分を味わいながらフィッシュアンドチップスに口を付ける。

 それにしても、冷静なイメージの強いアッサムがうなぎのゼリー寄せを好んでいるとは思わなかった。いや、好んでいるわけではないのかもしれないが、進んで食べているという事は気に入っているのだろう。

 アッサムの意外な一面を垣間見た事に対して、水上は小さく頷き食事を再開する。

 この時アッサムは食事に集中しており、水上自身も気付いていなかったが、水上は終始アッサムの事を見つめていた。

 その様子が、ダージリンとオレンジペコには特異に映っていた様で、二人はじーっとアッサムと水上の事を注意深く見つめていた。

 オレンジペコは、真剣な表情で。

 ダージリンは、愉快そうに目を細めて。

 

 午後2時。

 食後で一番眠くなる時間帯にあたる5時間目を超えると、聖グロリアーナ特有の、“アフターヌーンティー”の時間になる。

 この時間は、クラス内で4人一組のグループを形成し、その中で1人が紅茶を淹れ、その紅茶とお茶菓子を片手に会話をするというものだ。

(ウチの学校で言うレクリエーションみたいなもんか)

 水上は、調理室で紅茶を淹れながらそんな印象を抱く。水上の所属する学校にも、生徒同士の交流を深めるために、そういう時間が月に一度ほど設けられている。聖グロリアーナはその頻度がほぼ毎日になり、内容がティータイムになったようなものだ。

(っと、そんな事より)

 水上は人数分のカップに紅茶を注ぐ。オレンジペコに教わった通りに淹れてみたが、果たしてどうだろうか。

 水上の所属するグループには、顔見知りのルフナがいた。最初は、ルフナが紅茶を淹れると具申したのだが、水上は『私が淹れます』と名乗りを上げた。

 周りに女性しかいない中で男の自分が待つというのは居心地が悪いし、それにオレンジペコに教わった淹れ方を実践してみたいと思ったのだ。

 と言うわけで、水上は現在ほかのグループの女子たちの視線を受けながら紅茶を手際よく、しかしオレンジペコから教わった通りに淹れていく。

 やがて、紅茶を淹れ終わり、ルフナたちの下へと持っていく。

「いただきます」

 3人にカップを運び終えて水上が席に着くと、ルフナと他の2人が水上の淹れた紅茶を一口飲む。

 そして、次の瞬間ルフナが顔をパァッと明るくする。

「美味しいです、すごく」

 他の2人も『これはなかなか・・・』とか『確かに』と珍しいものを見る目で紅茶を見つめている。

 水上は、自分の淹れた紅茶が美味しいと認められて胸をなでおろす。

「お褒めいただき恐縮です」

 そして、ほかのグループの女子たちはもちろん、教師までも、私も飲んでみたい、と言って水上の紅茶を飲む。そのほとんどが、水上の紅茶を『美味しい』と評価した。

 結局、この時間は水上の紅茶の評論会となってしまった。

 

 迎えた戦車道の時間。

 今日は平原地帯で砲撃訓練とのことだ。水上は、昨日と同じように訓練場の脇で双眼鏡を片手に訓練を見届ける。

 ダージリンの乗るチャーチルがゆっくりと前進し、前方およそ500メートル先にある的に向けて走行したまま弾を発射する。俗にいう行進間射撃だ。

 砲身から火が吹き弾丸が放たれた瞬間、轟音が水上の身体を震わせる。

 そして撃たれた弾は一直線に的へと吸い込まれ、見事的の中心に命中する。

「・・・すげぇ」

 水上の口から驚嘆の声が漏れる。

あんな大きい鉄の塊を手足のように動かして、標的に弾丸を命中させる。素人には決して真似できない所業だ。

 それを、当たり前のようにやってのける戦車道履修者たちに、水上は頭が上がらない。

 マチルダⅡやクルセイダーも同じように前進しながらの行進間射撃を行うが、撃った弾が的の中心からわずかにずれていたり、完全に的から外れてしまったりと、各戦車の出来はまちまちだった。

 昨日隊列を乱したクルセイダーも、同じように的から外してしまっていた。

 

 訓練が終わり、ダージリンが解散を告げると、昨日と同じように6人の女生徒が『紅茶の園』へと早歩きで向かう。その中にはルフナの姿もあった。水上もルフナたちについていく。

 『紅茶の園』の厨房につくと、既にお茶菓子(とキュウリのサンドイッチ)は用意されていた。どうやら、聖グロリアーナの栄養科の生徒たちが作ったものらしい。

 水上たちは食器棚から皿とティーセットを取り出し、用意されていたお茶菓子を手際よく彩り鮮やかに載せていく。そして、そのティーセットをワゴンに載せて、お茶会の開かれる部屋へと運ぶ。さらに白いテーブルクロスの掛けられたテーブルに素早く、色彩のバランスを考えて並べていく。

 それが終わると、水上は『紅茶の園』の玄関まで行き、“ノーブルシスターズ”を出迎える。

 この間僅か5分。

 昨日と同じように、先んじてドアを開いて椅子を引き、ダージリンたちを席に通す。3人が座り終えたところで、水上がこう言う。

「すぐに紅茶をお持ちします」

 昨日は、ダージリンに言われて初めて紅茶を淹れたが、あれは初日だったからだ。今日からは違う、自分から進んで淹れるべきだと水上は考えたのだ。

 水上の行動を見て、ダージリンやオレンジペコ、アッサムも満足したようにうなずく。

 紅茶を淹れるために水上が部屋を出ると、オレンジペコはダージリンに話しかける。

「水上さん、気配りが上手ですね」

「そうね。これで紅茶が美味しければ完璧と言ってもいいくらい」

 そんな事を言われているとはつゆ知らず、水上は給湯室でお湯が沸くのを待っていた。ここでようやく、水上は息を吐く。

「つ、疲れた・・・」

 訓練場で解散となってから、ここにきてティータイムの準備をし、紅茶を淹れるまでまだ5分とちょっとぐらいしか経っていない。こんなハードなスケジュールを、あのルフナたち6人の履修者たちはこなしていたというのか。

 そして、これが1週間続くとなると、身体がもつかどうかが不安になる。

 そうこうしているうちにお湯が沸き、水上は沸いたお湯でティーポットを温める。

 “アフターヌーンティー”の時と同じく、オレンジペコから教わったやり方を忠実に再現して、紅茶を淹れる。

 出来上がると、ダージリンたちの待つ部屋へと持っていき、静かに3人のティーカップに注ぐ。

 昨日と同じように、3人が示し合わせたかのように紅茶を一斉に飲む。

 水上にとっても緊張の一瞬。

 オレンジペコを見る。彼女は、信じられない物を見る目で、自らのカップに入っている紅茶を見ていた。

 アッサムを見る。彼女は、少し寂しそうな表情で、自らのカップに入っている紅茶を見ていた。

 そしてダージリンは。

「水上」

「何でしょう」

 真剣な表情で水上を見つめていた。

「まだまだ合格には至らないわ」

「・・・はい」

 ダージリンの評価を聞いて、水上はしょんぼりとする。

 でも、とダージリンが付け加える。見るとダージリンの顔には、穏やかな笑みが。

「昨日とは大違い。ペコに教わったのが功を奏したようね」

「・・・・・・オレンジペコ様から教わったおかげです」

 水上が、ダージリンとオレンジペコにお辞儀をする。オレンジペコは『いえいえ』と言った具合に手を横に振る。

「ルフナも言っていたわ。あなたの淹れた紅茶はとても美味しいって」

「ルフナ様が?」

「ええ。アフターヌーンティーの時間は随分盛り上がったようね」

 ルフナは、ダージリンたちと同じくチャーチルの搭乗員だ。自然とそういう会話も生まれるのだろう。

「絶賛してたわよ、ルフナは。あなたの紅茶を」

 自分の淹れた紅茶が、誰かに認められた。

「・・・ありがとうございます」

 その事実に水上は、心が満たされるような感覚を得た。

 と、その時、痛烈な視線を受ける。

 その視線の下を辿ると、そこにいたのはアッサムだった。

「・・・・・・」

 アッサムは何も言わずに水上を見ている。水上は、その視線を受けてどうしていいのか分からない。

「そう言えば、水上」

「あ、はい。なんでしょう」

「スケジュールと物資の管理の方法は、まだ教わっていないわよね?」

「ええ。まだ」

「そばの事務室にルクリリがいるから、それはルクリリに聞きなさい」

「かしこまりました」

 水上はお辞儀をして、部屋の外へ出る。そして、給湯室の隣にある部屋のドアをノックして入る。そこにいたのは。

「あ、水上さん。どうも」

 昨日一緒にワゴンを押し、部屋の掃除を引き継いだ、ロングヘアーをサイドで三つ編みにまとめている少女だった。

「まだ名乗ってませんでしたね、ルクリリです。昨日はどうも」

「いえ、こちらこそ」

 挨拶を交わし、ダージリンにスケジュールと物資の管理法を教わるように言われたと告げると、ルクリリは笑顔でその方法を水上に教え始めた。

 

 水上が出て行ったあと、ダージリンとオレンジペコは今日も他愛も無い話をしていた。戦車道の話、授業の話、次の休みの話と、とりとめのない内容だった。

 私も2人の会話に耳を傾けながら、手に持っている紅茶に目をやる。

 確かにダージリンの言う通り、水上の淹れた紅茶は昨日と比べると大きく変わった。

 しかし、私はなぜか、最初に水上が淹れた紅茶の方が美味しいと感じる。今日の紅茶も美味しいと言えば美味しいのだが、何か物足りない。

 それに、と私は思考に区切りをつけてさっきの話を思い出す。

 ルフナが水上の淹れた紅茶を褒めた話だ。

 その時のルフナの顔は、いつくしむかのように優しい表情だった。その表情だけで、水上の淹れた紅茶が美味しかったと物語っている。

 そしてその表情には、様々な感情が入り混じっているように見えた。

 憧れ、尊敬、安心、感謝・・・プラスの感情があふれ出ているのが分かった。

 けれどもなぜか私は、ルフナが水上の紅茶を褒めて、水上が照れていた時、なぜか私はムッとした視線を水上に向けてしまった。

 その時私は、本当に僅かだが、憤りを覚えていた。

 なぜ?

 どうして憤りを覚えてしまったのか?

 過去の自分の経験を顧みても、このようなケースは無い。初めて抱く感情だ。

 そこで私は、一つの推測を立てる。

「アッサム様」

(これは・・・嫉妬・・・?)

 仮に嫉妬だとしても、どうして?何に対して?

「アッサム様」

 そこで私は、オレンジペコに名前を呼ばれたことに気付く。

「何かしら?」

「どうかなさったのですか?難しい顔をしていましたけど・・・」

「何でもないわ。気にしないで」

 私はごまかすように紅茶を飲む。

 結局、あの時感じた憤りが何に対してなのかわからないまま、今日のお茶会はお開きとなってしまった。




ルフナさん
劇場版ノベライズに出てきたチャーチルの操縦手です。
ビジュアルについては完全に筆者のオリジナルです。
お気に召さないようでしたらすみません。

感想・ご指摘等があればお気軽にどうぞ。

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