バトラーと私   作:プロッター

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今回ちょっと長めです。
ご注意ください。
女の子のファッションは分からん!


男として

 水上が聖グロリアーナ女学院に給仕として来てから6日が経過する。

 今日は土曜日だったが、聖グロリアーナは午前中だけ授業があった。世に言う半ドンと言うやつである。水上のいた高校も土曜日は半ドンだったので、水上は土曜に通学と言う事は別に苦ではなかった。

 しかし、戦車道は無くても『紅茶の園』でのお茶会はある。

 と言うわけで水上は、今日もスーツ姿で給仕としてダージリンたちの傍に立っていた。

「ところで」

 ダージリンが、先ほどまでの他愛も無い会話の流れを、一言で変える。

「寄港するのは今夜だったわよね?」

「はい、本日23時30分に寄港する予定です」

 ダージリンの問にアッサムがどこからかノートパソコンを取り出して答える。水上は、空になったオレンジペコのカップに紅茶を注ぐ。

「明日は、戦車道の練習は無かったわね?」

「はい、明日は戦車道の予定は無く、全員休みとなっております」

 水上が、懐から戦車道の予定表を取り出してダージリンに報告する。

 ルクリリから戦車道のスケジュール管理や物資の管理の方法を教えてもらって以来、水上はダージリンから戦車道の物資・スケジュールの管理一切を任されることとなってしまった。

 初めは何という無茶振りかと思ったが、ルクリリが懇切丁寧に教えてくれたのと、管理がパソコンであったため割と何とかなっている。水上はパソコンが得意な方だったので、呑み込みは早かった。この管理が手書きだったら、水上はとうの昔に逃げ出していただろう。

「明日は休み・・・そう・・・」

 ダージリンが考え込むように顎に指をやる。

 やがて、何か名案を考え付いたかのように指を鳴らす。

「では、明日は皆でショッピングにでも行きましょうか」

 何を思いついたかと思えばそんな事か。水上は心の中でそう思った。

「ショッピングですか、いいですねっ」

 オレンジペコが嬉しそうに手を合わせる。水上は、女の子は買い物が好きと聞いた事がある。オレンジペコも例外ではないのだろう。

「ショッピングか・・・」

 アッサムもショッピングと聞いて唇をにこりと歪める。アッサムのカップの紅茶が無くなっていたのを見て、水上は紅茶を静かに注ぐ。

(さて俺はどうするかな)

 ダージリンのカップにはまだ紅茶が残っているのを確認し、水上はそこで立ち止まり思考の海に身を投げ出す。

 水上は、休日はどちらかと言うと必要以上に外に出ないタイプだ。買い物など最低限の頻度しか外出しない。気力があれば学園艦内を散策したり、連絡船で本土まで出かけたりもするが、宿題などが溜まっている場合は大人しく家で過ごす。きわめてごく一般的な生活といえよう。

(校長から貰った資料を見直すか・・・聖グロの学園艦を散策するのもいいな・・・。あ、でも数学の宿題もあったな・・・)

 なんてことを頭の中で考えていると、ダージリンがこちらに顔を向けてくる。

「あなたも来るのよ、水上」

「へっ?」

 思考の海から戻され、割と素の口調で声を上げる。オレンジペコとアッサムを見るが、2人とも曖昧な笑みを浮かべるだけで水上に助け舟を出そうとはしない。

 なるほど、ダージリンの気まぐれか。

「失礼ですが、なぜ私まで?」

「・・・・・・」

 ダージリンは黙り込んで紅茶を飲む。ここでダージリンが何も言ってこなければ水上の勝ち、明日はホテルで宿題と格闘するのが決定する。

 しかし、そう簡単には行かなかった。

「私たちは知っての通り戦車道履修者。そしてあなたはその給仕。なら、その私たちが出かけるのに、給仕のあなたが付いてこないのはおかしいんじゃなくて?」

 水上は、ダージリンの意見を聞いて心の中でフッと笑う。

 残念ながら、水上はアッサムと“友達”になる時に似たようなやり取りを交わしていたのだ。

 だから、あの時のアッサムの言い分を利用させてもらう事にする。

「差し出がましい事を言うようですが、休日の間は皆さまも戦車道履修者ではなく、1人の女子として過ごすのが年相応ではないかと存じます。皆さまは戦車道で多忙な日々を送っておりますので、せめて休日の間だけでもその縛りから解放されるべきではないか、というのが私の意見です」

 ダージリンが『ぐっ』と言葉に詰まる。

 オレンジペコは、水上とダージリンの言葉のやり取りをハラハラしながら見守っている。

 アッサムは、水上の言い分に覚えがあるのだろう、口を押えて静かに笑っている。

(どうだこの正論)

 水上が手応えを感じる。

 しかし、一介の高校生水上が、戦車道隊長として、聖グロリアーナのトップとして幾多もの修羅場を潜り抜けてきたダージリンに、舌戦で敵うはずもなかった。

「・・・私達“ノーブルシスターズ”は、常日頃から戦車道履修者として恥のない生活を送っているわ。常に凛々しく淑やかに。たとえ休日であっても、それをモットーに掲げて生きてきた。だから私たちは、休日でも戦車道履修者として振る舞っているの。その私たちに付き添うのが、給仕であるあなたの役割ではなくて?」

 ダージリンがドヤ顔で水上の顔を見上げる。

 水上にはもう手持ちのカードは無い。大人しくサレンダーすることにした。

「・・・・・・分かりました。私も同行させていただきます」

「よろしい」

 オレンジペコが『はぁ~』と息を吐く。アッサムも仕方がない、と言った具合に目を閉じた。

 そこでダージリンが水上に紅茶を要求したので、水上はカップに静かに紅茶を注ぐ。

 最近は、ダージリンから紅茶についての評価を聞く事は少なくなった。どうやら、水上の紅茶は可もなく不可もなし、と言った具合なのだろう。

 これで、ダージリンから美味しいと言われれば紅茶の道を究めたと言っても過言ではない、と水上は考えていた。

 そして、ダージリンたちが明日の予定について話し合い、待ち合わせを10時に学園艦の大エレベーター前として、今日のお茶会はお開きとなった。

 

 水上が扉を開き、ダージリンたちを通す。3人が『紅茶の園』を出たのを見送ると、水上は厨房へ行き、ワゴンを押してお茶会の開かれていた部屋へと戻る。ティーセットや食器をワゴンに手際よく載せて、厨房へと運ぶ。そこで待っていたルクリリとルフナを含む6人の内3人の戦車道履修者たちが食器を洗い、残りの3人が掃除に向かう。水上は、食器を洗うのを手伝って、全て洗い終わると今度は、掃除を引き継いで掃除をしていた女子たちを帰す。

 時間をかけて掃除を終えると、掃除用具を片付けて自分の教室へと戻り、鞄を回収して帰路につく。

 これが、この数日でパターン化された水上の行動だ。水上の負担は決して小さくはないが、これも給仕の仕事と割り切って何とか自分を保っている。そのため、ホテルに戻るとすぐに倒れこんでしまうのだが、悪くない気分だと水上は思っていた。

 『紅茶の園』で給仕として仕えている間は、ダージリンたちに尽くしているという状況になっている。それは、『人に尽くしたい』という願望がある水上にとっては願ってもいない状況だ。だから、それで疲れてしまっても、人に尽くすことができたと水上は満ち足りた感覚を覚えていた。

 

 その日の夜、水上はなかなか寝付けずにいた。

 それもそのはず、明日はまさかの同世代の3人の女性と一緒に出掛けるのだから。この世に生を受けて18年、水上には一度もそのような経験は無い。これが高校の連中に知れたら何をされるかわかったものではない。

 緊張して眠くなくなるのも当然と言えば当然だ。

 何か失礼があったらどうしよう、服装はどうしよう、などと途方もない事を悶々と考えながら夜が更けていく。

 これは明日は寝不足かな、と考えたところで水上の意識は落ちた。

 

 翌朝水上が目を覚ましたのは朝の8時。

 寝不足で早起きしてしまうだろうと思ったが、意外にもそんなことは無くぐっすり眠ることができた。

 ベッドから起き上がり、寝間着から私服に着替えて食堂へと向かう。

 朝食を食べている間、水上は今日の服装について考えていた。

(私服でいいのか?いや、給仕としてってダージリンが言っていたからスーツの方がいいのかもしれないが・・・)

 結果、出発する寸前まで悩みに悩み、結局はスーツで行く事にしようと決めた。

 

 聖グロリアーナ学園艦は、アッサムの言った通り昨日の夜に寄港したので、眼下には陸の街並みが広がっている。

 時刻は待ち合わせの10時10分前。学園艦の下部まで向かう大エレベーターの前で水上はスーツ姿のまま立って待っていた。

 スマートフォンを眺めて待っていると、パタパタとこちらに向けて駆けてくる小さい影が見えた。

 その影の主はオレンジペコ。

 白のペザントブラウスにクリーム色のヨークスカート。可憐なイメージのあるオレンジペコに合った感じだ。

「あれ、水上さんスーツで来たんですか?」

 かけてきたオレンジペコは、水上の服装を見て心底驚いた表情を浮かべている。

「はい。皆さん戦車道履修者の給仕として同行するならば、給仕としてはこの服装がベストかと思いまして」

「そうですか・・・」

 オレンジペコがしょんぼりとする。水上の私服姿を期待していたのかもしれないが、男の私服は別に見て楽しいものではないと水上は思っていた。

「オレンジペコ様の私服はとても可愛らしいですね」

「へ?あ、ありがとうございます・・・」

 社交辞令でオレンジペコの服装を褒める水上。オレンジペコは自分の服装を褒められて気を良くしたのか、頬を赤くして水上から目を逸らす。

 そうしてオレンジペコと2人で待つこと数分。ようやくダージリンとアッサムが姿を現した。

 ダージリンの服装は青を基調としたウィピール。

 アッサムは薄い紫色のオーバーシャツに、それよりもわずかに濃い紫色のインバーテッド。

 3人とも、育ちの良さがうかがえる服装だった。同時に、下手な服を選んでこなくて正解だったと水上はしみじみと思う。自分の持ってきた貧相な服など着ていたら、自分が引き立て役になる事など目に見えていたからだ。

 ダージリンは、水上のスーツ姿を見てクスリと笑った。

「まさか、本当にスーツで来るとは思わなかったわ」

「給仕として、当然の恰好かと思いまして」

 ダージリンは水上の答えを聞いて満足したのか、大エレベーターへと向かう。アッサムとオレンジペコもそれに続き、水上は最後に付随してエレベーターに乗る。

 エレベーターが艦の下層につくと、扉が開く。その先にあったのは、久々の陸地だった。

 タラップを降りて陸地に足を付けると、ダージリンはうんと背を伸ばす。

「久々の陸地ね」

「ええ、そうですね」

 アッサムが周りをの街を見回しながら返事をする。

 学園艦は規模が大きいため、寄港できる港は限られている。だから、学園艦が寄港可能な港の街は大体規模が大きい。学生向けの店が多く、ファッション系の店からアミューズメント施設、飲食店まで種類も豊富だ。

 今日のショッピングは、そう言ったお店を巡るらしい。水上は昨日のお茶会での話を思い出していた。

 最初にダージリンたちが立ち寄ったのはレディース専門の洋服店。

 この時点からすでに男の水上にとっては敷居が高かったが、給仕として付いていかないわけにはいかなかったので、仕方なく縮こまりながらダージリンたちの後に続く。

 店員は、育ちの良さそうな3人の後にスーツ姿の同世代の男が入ってきたのを見て信じられない物を見るような目で水上の事を見る。すごく居心地が悪い。

 ダージリンたちは、もうすぐ夏になるのでそれ用の服を買うらしかった。値段をちらと見ると、水上は顔を青ざめる。まさか自分が払うのだろうか。一応金は持ってきたつもりだが、これだけあれば足りるという保証はどこにもない。

 ここで水上は、中学の修学旅行での出来事を思い出す。

 自由行動中に、女子たちがおみやげを買いたいと言い出して男だけで店の外で待っていたのだが、思いのほか女子たちの買い物に時間がかかり、炎天下で一時間以上待たされたのだ。

 何が言いたいのかというと、ダージリンたちの買い物も長かった。

 どうやら女性の買い物の時間は長いというのは誰でも同じらしく、水上はしばらくの間立ちっぱなしでダージリンたちの買い物を待つ事となった。

 だがボケーっとしているわけにもいかず、たまにダージリンやアッサムが『水上はどう思う?』と意見を求めて来たりする。水上は『似合っていると思いますよ』と当たり障りのない返答をして何とかご機嫌を取る。

 果たして自分の意見が参考になったのかどうかは分からないが、ダージリンやアッサム、オレンジペコは満足した表情で買う服をレジに持って行く。幸いにも、払うのは水上ではなく自分たちで払うようなので、水上はホッとする。

 が、ダージリンたちが揃ってカードを取り出したのを見て目を見開く。

(学生の身分でクレジットカードだと・・・!?)

 平凡な高校生・水上と、お嬢様学校のダージリンたちとのギャップを垣間見た。

 

 店を出たところで時刻は11時過ぎ。一つの店に1時間以上とどまるという考えが、水上には理解できなかったが口には決して出さない。

 次に目についたのはファーストフードの出店だった。オレンジペコがその出店をじっと見ていたのをダージリンが敏く感じ取り、『少し寄りましょうか』と提案する。オレンジペコは恥ずかしそうに視線を下に逸らす。

 ダージリンとオレンジペコはたこ焼き、アッサムはアメリカンドッグを頼んだ。水上も何か頼もうかと思ったが、腹があまり空いていなかったので結局何も頼まない。アッサムがそれを見て『遠慮しなくていいのに』という表情を浮かべたが、水上は気にしなくていいとジェスチャーを送る。

 と、ダージリンが何を思ったのか、自らのたこ焼きをふーふーして冷まし、オレンジペコにあーんを仕掛けてきたのだ。

 オレンジペコは恥ずかしそうに顔を赤らめて、あーんと口を開けてたこ焼きを食べる。

「美味しい?」

「・・・はい、とても」

 ダージリンが聞くと、オレンジペコは満足そうな笑みを浮かべて答える。そのお返しと言わんばかりに、オレンジペコが同じように自分のたこ焼きをダージリンに差し出す。ダージリンもまた『あーん』と口を開けてたこ焼きをほおばる。

(何やってんだか)

 水上が心の中で呟く。と、そこで水上が気付く。

「あ、アッサム様」

「何?」

 アッサムがこちらを向いたところで、ハンカチを取り出してアッサムの頬についていたケチャップを優しく拭き取る。

「え?」

「ケチャップ、ついていましたよ」

 ポケットにハンカチをしまいながら指摘すると、アッサムは恥ずかしそうに顔を赤らめてアメリカンドッグを食べる。

 そこでアッサムは、自分が恥ずかしい思いをしてしまったのだから、水上にも恥ずかしい思いをしてもらおう、という謎の理論を思いつく。

「水上」

「はい、なんでしょう」

 アッサムが何を思ったのか、アメリカンドッグを水上に差し出す。

 そして。

「・・・あーん」

「!?」

 水上の表情が驚愕に染まる。

 ただ、アッサムも無傷ではすんでいないのだろう、水上とは目を合わせようとせず、頬を真っ赤にして明後日の方向を向いている。

 水上は改めて、アッサムの差し出したアメリカンドッグを見る。当然ながら、アッサムも食べたものだ。

「け、結構です」

 水上が勇気を振り絞ってアッサムの『あーん』を断る。

 するとアッサムは。

「そう・・・・・・」

 悲しそうな表情を浮かべる。

 ずるい、そんな顔をされたら断る事なんてできないじゃないか。

「・・・いただきます」

 意を決して、アッサムが差し出したままのアメリカンドッグにかぶりつき、急いで咀嚼して呑み込む。

「・・・美味しいです」

「・・・そう、よかった」

 正直、味なんて分からなかった。おそらく自分の顔も真っ赤になっているのだろう。アッサムの食べたものを自分も食べる。それはつまり間接キス―――

(いかんいかんいかんいかんいかん!)

 自らの頬をバシバシ叩く水上。アッサムはそんな水上を見て、今さらながら恥ずかしい事をしてしまったと思い、水上と同じように顔を真っ赤にしながら、水上の齧ったアメリカンドッグをちびちびと食べている。

 先にたこ焼きを食べ終わり、すべてを見ていたダージリンとオレンジペコは、ニコニコと2人の様子を見ていた。

 ついでに言えば、出店のおっちゃんも同じような表情で水上とアッサムの事を見ていた。

 

 大分時間をかけてアッサムがアメリカンドッグを食べ終わると、4人は再び街を散策する。

 そしてダージリンが『次はあのお店にしましょう』と指差したお店は、色とりどりの女性用下着がウィンドウからちらつくお店である。

 下着専門店だった。

(ヤバイ)

 水上の脳内で危険信号がけたたましく鳴り響く。ダージリンは水上の脳内の状況など知る由もなく店に入ろうとする。

「では私は外でお待ちしています」

 水上が告げ立ち止まるが、そこでダージリンがガシッと水上の腕をにっこり笑いながら掴む。

「あら、あなたも来るのよ?」

「いえ、私は結構です」

 ダージリンが腕にぐぐぐと力を籠める。そこで水上は察した。

 ダージリンは楽しんでいる。

「私たちの給仕なのだから、私たちについてくるのは当然ではなくて?」

「給仕である以前に、このようなお店に男性が入るのは少々敷居が高いと言いますか」

 レディース専門店でさえ、いかに給仕係とはいえ普通の男子高校生である水上には敷居が高かったのだ。それをさらに上回る下着専門店など、耐えられるものではない。

「ペコ、手伝って」

「は、はい」

 ダージリンがオレンジペコに手伝うよう促すと、オレンジペコは顔を赤くして水上の腰を押して来る。

 おそらくオレンジペコも、男が付いてくることが恥ずかしいのだろうが、敬愛するダージリンの言う事には逆らえないと考えた末の行動だった。

 オレンジペコはチャーチルで装填手を務めているため、力が高校一年生の女子のそれではない。特に体を鍛えているわけではない水上は押され気味で店に入りそうになる。

 もはやこれまでか、水上が諦めようとしたところで。

「ダージリン」

 アッサムがダージリンを呼び止める。ダージリンは、腕に力を入れるの止めてアッサムの方を見る。

「なあに、アッサム?」

「用事を思い出したので、少し水上を借りてもよろしいでしょうか」

 アッサムが少々きつめに言うと、ダージリンは肩をすくめて、唇を尖らせて明らかに拗ねてますアピールをしながらそれを了承した。

 ダージリンとオレンジペコから解放された水上は、アッサムに手を引かれて街の中へと消えてしまった。

 

 アッサムに手を引かれながら水上は街中を歩く。

 私服姿の女子がスーツ姿の男子の手を引いて歩くというのは少々特異に見えるのだろう、周りの通行人からの視線を感じるが、アッサムも水上もそんな事は気に留めない。

 ダージリンたちから十分距離を取ったところで、アッサムは水上の手を放す。

「・・・ありがとうございます、アッサム様」

 水上がぜーはーと息をしながらアッサムに礼を言う。

 だが、アッサムは水上に背を向けたまま小さくポツリと言った。

「・・・敬語」

「はい?」

 敬語、と言われて水上は思い出す。

 2人きりでいる時は、素の口調で話す事。聖グロリアーナに来た翌日の朝、公園でアッサムから提案されたことだ。

 それを水上は思い出し、改めてアッサムに礼を言った。

「ありがとうアッサム、ホントに助かった」

「・・・いいえ、大したことじゃないわ」

 正直アッサムは、ダージリンに腕を掴まれ、オレンジペコから腰を押されている水上を見てなぜか無性に腹が立っていたのだ。

 これも、嫉妬なのだろうか。

 しかし、なぜ嫉妬心などを抱いてしまうのだろうか。

 その理由は未だつかめずにいる。

「で、これからどうする?」

 水上がアッサムに尋ねる。

 『用事がある』と言ってしまった手前、すぐに戻るわけにもいかない。何か時間を潰さなければならないだろう。

 アッサムが当たりを見回すと、ちょうどそこに本屋があった。

「ちょっと寄ってもいいかしら?」

「もちろん。俺も買いたい本があったから」

 確認を取ると、水上も承諾して2人で本屋の中に入る。

 本屋の中は広く、雑誌・小説・コミック・参考書などいくつものブロックに分けられていた。そして本特有の紙の匂いも感じられる。

 水上とアッサムは、本屋の中を進み目的の本を探す。そして、本屋の一角でそれを見つけた。

「「あった」」

 2人の声がハモる。2人は顔を見合わせて、その目当ての本を指差す。その先にあるのは『新刊!』とポップアートが施されている『エスニックジョーク集』と書かれた本だった。

 なんだか可笑しくなって、2人で吹き出してしまう。

 それから2人で本屋の中をしばらく歩き、お目当ての本を探し当てるとレジへ向かう。そこで水上が1つアクションを起こした。

「アッサムの買う本はそれだけ?」

「ええ、そうよ」

 アッサムが持っているのは、先ほど手に取った『エスニックジョーク集』の本。

 水上は『ちょっとごめんね』と断りを入れてアッサムの持っていた本を手に取りレジへと向かう。

「へ?」

 そして、会計を済ませてアッサムにその本を渡した。

「はい」

 アッサムが、開いた口が塞がらないと言った感じでその本を受け取る。

「そんな、どうして・・・」

「さっき助けてもらったからな。そのお礼と思ってくれ」

「いいのに・・・」

 アッサムが財布を取り出してお金を出そうとするが、水上はそれを手で制する。

「いいから」

「でも」

「じゃあ、こう思ってくれ」

 水上がアッサムを見つめる。

「いつも戦車道で大変なアッサムへのプレゼントだ」

 アッサムはそう言われて、また顔を赤くする。そして、その本をギュッと抱きしめて小さく、

「ありがとう」

 と言った。それだけで、水上は十分だった。

 

 本屋を出たところで時計を見ると、時刻は12時半。そろそろお昼時だったし、時間もいい感じに潰せたと思ったアッサムはダージリンに携帯で連絡を取る。

 しかし、なぜか電話が通じない。

「ダージリン、電話に出ないわね・・・」

「何かあったのか?」

 そこでアッサムは、ダージリンに連絡をよこすようにメールを送り、水上と散策を再開する。

 お昼時と言う事でどこの飲食店も混んでいた。しかし、アッサムは先ほどアメリカンドッグを食べたのでそれほどお腹は空いていない。水上も同意見だったので、喫茶店かどこかで軽めに済まそうと結論付ける。

 やがて、一軒の落ち着いた雰囲気の喫茶店を見つけると入店する。席はまだ空いていたので2人はホッとした。窓際の席に案内され、メニューを手渡されて2人は何を食べるか考える。

 水上は、サンドイッチにしようかな、と考える。セットで紅茶も付いてくるらしい。何にしようか。

 アッサムも決まったのか、店員を呼び止めた。

「私はパンケーキセットを1つ。飲み物はアッサムティーで」

「僕はサンドイッチセット、飲み物はダージリン・・・」

 水上が、セットでダージリンティーを注文しようとしたところで、気づく。

 アッサムが、少し寂しそうな表情をしていたのに。

「・・・すみません、僕もアッサムティーで」

「はい、かしこまりました」

 アッサムティーに選びなおすと、アッサムは安心したように胸をなでおろした。

 この時、水上はなぜアッサムが寂しそうな表情をしていたのかは分からなかったが、衝動的にアッサムティーにした方がいいと思ったのだ。

 その寂しい表情の理由は、水上には分からない。

 その表情の理由について水上がしばらく考えていると、先に紅茶がやってきたので、水上とアッサムは一口ずつ飲んで一息つく。

「さっきはごめんなさい」

 そこでアッサムが頭を下げた。水上は、アッサムが謝る理由について心当たりはない。

「ダージリンがふざけたりして。ダージリン、ああいうところがあるから」

 ああ、そのことか。水上は安堵する。

「別にいいよ、気にしてない。アッサムが気に病む必要はないさ」

 心からの本音をアッサムに告げると、アッサムは優しく笑った。

「お待たせしました」

 そこでアッサムの注文したパンケーキと、水上の注文したサンドイッチが届く。

 2人は手を合わせて『いただきます』と告げると食事を始めた。

 喫茶店で食べる料理はなぜか美味しい、と母がよく言っていたのだが、水上は確かにその通りだと思った。このサンドイッチは普通のファミレスなどのお店で食べるのと比べてはるかに美味しい。手が、口が止まらない。

 そこでアッサムの食べているパンケーキを見る。こちらも確かに美味しそうではある。だが、はちみつやバターが用意されているとは言え味が単調ではないだろうか、と水上は思った。

 そこで水上は、先ほどのアメリカンドッグでされた時の仕返しと考えて、

「アッサム」

「何?」

「はい、あーん」

「!?」

 アッサムに『あーん』を仕掛けた。アッサムは顔が真っ赤になって差し出されたサンドイッチを見つめる。

 その反応が見れただけでも満足だったので、水上はサンドイッチを引っ込めようとする。

「なんて、冗談だよ」

 と、言おうとしたところで、アッサムが身を乗り出して水上の差し出していたサンドイッチを頬張る。

 それだけならまだよかったのだが。

 

 アッサムは恥ずかしさのあまり目を閉じていて、

 水上の指までくわえこんでいた。

 

「!!!」

 水上が、右手の指先に温かい感覚を得て顔が真っ赤になる。

 アッサムもそれに気づいて、すぐに口を離して口元を抑える。

「・・・・・・美味しい?」

 水上が手を引っ込めてアッサムに尋ねる。

 アッサムは無言でこくこくと頷く。

「・・・・・・よかった」

 そこで水上は、自分の右手を見る。

 この指先に、アッサムが―――

 水上は頭をブンブン振って変な考えを払拭して、『左手』でサンドイッチを食べ始める。

 そのあと、お互いに食事が終わるまで会話を交わすことは無かった。

 

 喫茶店を出た後で、アッサムはもう一度ダージリンに連絡を取る。だが、やはり電話には出ない。

「やっぱりダメね・・・」

「・・・じゃあ、こっちはこっちで回ろうか」

 水上の具申をアッサムは受け入れて、2人でしばらく街を散策する。

 ウィンドウショッピングを楽しみ、気になったお店は入店して2人で商品を眺め、『これどう思う?』『うーん・・・』と話したりした。

 その間だけは、水上は自分が給仕であることを忘れて、アッサムと2人で休日の街歩きを楽しんだ。

 アッサムも、楽しいのであろう屈託の無い笑みを水上に向けている。

 水上は、アッサムが気分転換ができたことを確認してホッとした。

 そしてその間、30分ごとにアッサムはダージリンに連絡を取っていたのだが、一向にダージリンが電話に出ない。マナーモードに設定していて気が付いていないのだろうか。

 太陽が傾き始めたころ合いになって、水上とアッサムは『はぁ』と息を漏らす。

「結局、ほとんど2人で回ってしまったわね」

「そうだな。ホントにあの2人はどこ行ったのやら」

 水上が辺りを見回すが、ダージリンとオレンジペコの姿は見えない。アッサムも同じように周りを見ていたのだろう、やがて一軒のお店を見つけた。

「・・・ちょっと、寄ってもいい?」

「?」

 アッサムがその店を指差すと、それはアクセサリーのお店だった。水上もアッサムについてそのお店に入る。

 店の中は白を基調とした配色がなされており、ピアスやネックレス、リボンも置いてあった。

 アッサムは、リボンが置かれている一角へと足を運ぶ。

「新しいのに変えようかな・・・」

 アッサムが、並べられたリボンを見て考え込む。

 水上も横に並んで、一緒に考える。

「アッサムはそうだなぁ・・・知的なイメージがあるから落ち着いた色がいいと思う」

「えっ、そう?」

「ああ。今の黒いリボンも似合っているけど、それだけじゃなぁ・・・」

 水上は、いくつかの色のリボンを手に取ってアッサムの髪に当てる。

「赤はなんか違うし、黄色は髪の色と被るからなぁ・・・」

 うーんと唸りながら、水上はアッサムに似合うリボンを探す。

 アッサムは、水上がアッサム自身のために一生懸命考えてくれている様を見て、なぜか心が温かくなるような感覚を覚える。

 やがて、水上は『これかな』と青いリボンを手に取ってアッサムの髪に当てる。

「うん、この色があってる」

「そう・・・じゃあ、水上の言う事を信じてこれにするわ」

 アッサムが青いリボンをレジに持って行こうとするが、水上はそのリボンをアッサムからスッと優しく取り上げてレジへと持って行く。

「あっ・・・」

 そして会計を済ますと、どうという事は無いという表情でアッサムに手渡した。

「はい」

 アッサムはしばしの間口が利けなかった。だが、やがてその状態から抜け出して、精いっぱいの笑顔でこう言った。

「ありがとう」

 そしてお店を出て少し歩いたところで、ダージリンとオレンジペコと再会する。

 アッサムが何度も電話をしたとダージリンに言ったが、ダージリンは電話に気付かなかったと言っていた。

 ふん、と水上は息を吐く。オレンジペコは『あはは・・・』と苦笑していた。

 そして4人は、沈んでいく太陽を背に聖グロリアーナ学園艦へと戻って行った。

 

 実は、ダージリンとオレンジペコは、ずっと水上とアッサムの後ろをつけていたのだ。

 下着専門店の前で水上とアッサムが姿を消したのを見て、ダージリンとオレンジペコは2人ともこう思った。

『水上とアッサムはどういう関係なのか』

 2人は握手を交わして、下着専門店で素早くさっき買った服に着替えさらにサングラスをかけて水上とアッサムの後を追う。

 まずは本屋。

「ほう、アッサムの本まで買ってあげるとは・・・」

「水上さん、やりますね・・・」

 水上の行動を見て、2人ともうんうんと頷く。

 次に喫茶店。

「見なさいペコ!水上がアッサムに『あーん』を!」

「ふわぁ・・大胆です・・・」

 出店で買ったクレープを食べながら、水上とアッサムの店内でのやり取りに一喜一憂する。

 そして散策中。

「2人とも楽しそうね」

「これで水上さんの服がスーツじゃなかったら、完全にデートですね」

 オレンジペコが、やっぱり水上の服がスーツでよかったと改めて安心する。

 最後にアクセサリーショップ。

「ここでも買ってあげるのね、水上。いい気配りよ」

「ポイント高いですよ、これは」

 ダージリンとオレンジペコが、なぜか上から目線でコメントを残す。

 2人が店から出てきたのを見て、ダージリンとオレンジペコは通りのトイレに入り急いで着替えて、水上たちと何食わぬ顔で合流したのだ。

 

 夕食を食べ終えた俺は、部屋に戻ってベッドに倒れこみ、脱力する。

 初めて同世代の女性と出かけたが、ここまで疲れるものとは思わなかった。精神的な疲労もあるし、アッサムといろいろあり過ぎた。

 あーんをされて、あーんをして、指をくわえられて、そしてプレゼントをして。

 改めて、自分の右手を見る。正確には、アッサムがくわえこんだ右手の指先を。

(だから変な事は考えるなって!)

 右手を握りしめてベッドに叩きつける。

 と、そこで携帯がヴーヴー震える。バイブレーションの回数からしてメールだろう。

 俺は携帯を手に取り画面を開く。

『新着メール:アッサム』

 画面をスライドさせて、メールを開く。

 思えば、アドレスを交換して以来電話やメールをしなかった。となれば、これが初めてのやり取りとなる。

 そんな事を考えながら、メールに目を通す。

『今日はありがとうございます。

 兄以外の男の人と出かけたのは初めてだったので、少し緊張しました』

 兄さんいたのか、俺は小さく呟く。

『本をプレゼントしてもらい、リボンも買ってもらって、

 昼食の代金も払ってもらって、あなたには感謝しきれません。

 とても嬉しかったです。

 またいつか、機会がありましたら一緒に出掛けましょう。

 それでは、おやすみなさい』

 メールを読み終えて、俺は顔を抑える。

 端的な文章だったが、俺の心を温めるには十二分だった。

 今日、俺がアッサムに本を買ったのも、リボンを買ったのも、昼食の代金を払ったのも、全てはアッサムに尽くしたいと思ったからだ。そして、アッサムはそれを拒絶する事無く受け入れてくれた。

 それが、どうしようもなく嬉しい。

 俺は急いで返信のメールを書いて送信する。

 そして、再びベッドに倒れこみ、ふと気づく。

 アッサムに尽くしたいと思うようになったのは、なぜだろうか。下着店の前でダージリンとオレンジペコに連行されそうになったのを助けられたからだろうか。

 だが、本当にそれだけか?

 もっとほかに、根本的な理由がある気がする。

 しかし、その根本的な理由を考えている間に、俺の意識は眠りへと落ちていった。

 

 水上からのメールを見た私は、自分の机の上を見る。

 そこにあるのは、水上に買ってもらった本と、青いリボンだ。

 改めて水上の事を思い出す。

彼は、プレゼントと言って私にこの2つのものを与えてくれた。それはどうしようもなく嬉しかったし、心がとても満たされた。

(ありがとう、水上・・・)

 心の奥で改めてお礼を言い、私はベッドに寝転がる。

 そして眠ろうと目を瞑る。

 だが、脳裏に水上の顔が浮かぶ。私にプレゼントと称して本をくれた時の、あの優しい顔が。

(・・・・・・)

 最近、いつもこうだ。

 目を閉じればなぜか、あの人の事ばかり考えている。

 人に尽くしたいと願い、聖グロリアーナでそれを模索し、私の恥ずかしい夢を聞いても優しく笑う、あの人の事を。

 あの人の事を思うと、胸が焦がれる思いになる。動悸が激しくなる。顔が火照ってくる。

 これは、何?

 思い当たる感情は、一つしかない。

 だが、私はまだ、その感情を認めようとはしなかった。




次回、あの学校がついに登場します。

感想・ご指摘等があればお気軽にどうぞ。
それではまた。
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