バトラーと私   作:プロッター

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強豪校として

 5月が終わり、6月。

 夏に向けて気温が順調に上がってきたが、聖グロリアーナ女学院では変わらず戦車道の授業が行われていた。

 今日の訓練内容は、7月の全国大会に向けた模擬戦で、市街地エリアで5輌×2チームでのフラッグ戦だ。

 フラッグ戦は、あらかじめ1チームで1輌フラッグ車を決めて、お互いにそのフラッグ車の撃破を狙い、先にフラッグ車を撃破したチームが勝利するルールになっている。

 高台に上がった水上が、双眼鏡で戦況を確認する。

 ダージリンの率いるAチームの残りは3輌。フラッグ車のチャーチルが1輌、マチルダⅡが2輌。

 対するは、ルクリリの率いるBチーム。残りは2輌で、フラッグ車のマチルダⅡとクルセイダーが1輌ずつ。

 その時、ダージリンの乗るチャーチルが、曲がり角からクルセイダーの側面を狙い、砲撃する。弾丸は一直線にクルセイダーの側面に直撃する。そして、シュパッとクルセイダーの上部から白旗が上がった。

「有効。Bチーム、クルセイダー走行不能」

 水上が通信用のマイクで状況を伝える。

 水上は、この模擬戦の審判を任されているのだ。ダージリンから審判をするように突然言われた時は、『自分には無理だ』と断ったのだが、ダージリンの笑顔に押されてしまい、成り行きで今こうして審判を務めている。

 手元には戦車道のルールブックがあるのだが、分厚くて読む暇がない。

(迂闊だったな・・・ここに来る前にもっと戦車道についての勉強をしとけばよかった)

 なんて事を考えている間に、また1輌戦車が撃破された。双眼鏡でその撃破された戦車を見る。

「有効。Bチームフラッグ車、マチルダⅡ走行不能。よって、Aチームの勝利」

 水上が告げる。そして、周波数を変えて今度は整備班へと連絡を入れる。

「試合が終了しました。整備班の皆さん、戦車の回収に向かってください」

『了解!』

 整備班から威勢のいい返事をもらうと、水上は無線を切って改めて市街地エリアを見渡す。

 この入り組んだ地形で戦車を巧みに動かして敵を見つけ、撃滅する。それができるようになるには何回も何回も訓練を重ねる必要があるのだろう。

 あの場所にいるには、並大抵の度胸ではいられないに違いない。何度も挫折や苦悩を経験して、そして成長して、今を形成しているのだ。

 この聖グロリアーナに来てもうすぐ2週間となるが、改めて戦車道の難しさ、厳しさを痛感していた。

 ぼうっとそんな事を考えていると、ダージリンの乗るチャーチルが、市街地エリアを抜けて格納庫へと戻ろうとしているのが見えた。

 水上は、急いで高台から降りて格納庫へと向かう。

 

「初めてにしては上出来だったわよ、水上」

「ありがとうございます」

 場所は変わって『紅茶の園』。訓練後のお茶会が行われている中で、ダージリンが審判を務めた水上の事を褒める。

「今後、模擬戦や練習試合が増えるだろうし、その時は審判をお願いする事もあるわ。その時は、よろしくね」

「かしこまりました」

 水上がお辞儀をする。ダージリンは満足そうに紅茶を飲む。

 全国大会に出場する事が決まって以来、訓練で模擬戦や砲撃訓練を行う事が増えてきた。

 これまで聖グロリアーナでは、模擬戦を行う際は履修者の中から1人を選んで、その人を審判役にしていた。しかし、それではその審判役は訓練に参加できない。

 そこで、水上が審判役となる事でその問題を解消しようという事になったのだ。履修者たちは訓練に集中することができ、水上は戦車道を学ぶことができる。一石二鳥とダージリンは言った。

 と言っても、男の水上が乙女の嗜みである戦車道を学ぶことに意味はあるのだろうか、と水上は考えたが、あまり深くは考えないことにした。

「水上さん、この紅茶とても美味しいです」

 水上の淹れた紅茶を一口飲んだオレンジペコが、顔を明るくして水上を見る。水上は、オレンジペコに向けて笑みを浮かべて優しく一礼をした。

「ありがとうございます。これも、オレンジペコ様が教えてくださったおかげです」

「いえいえ、私は別に何も・・・」

 オレンジペコは謙遜するが、水上はそうは思っていない。最初にここで紅茶を淹れたあの日、オレンジペコに紅茶の淹れ方を教わっていなければ、変わることはできなかっただろう。

 そして、今でも水上はオレンジペコに紅茶の淹れ方を教わっている。水上は、そのオレンジペコの淹れ方を忠実に再現して淹れているに過ぎなかった。

「・・・確かに、水上の紅茶は2週間前と比べると変わったわね」

 ダージリンが水上の淹れた紅茶を見て、一言呟く。

「腕を上げたわね、水上」

「・・・ありがとうございます」

 最初に淹れた時、ダージリンから『美味しくない』と言外に言われた時、水上は小さくないショックを受けた。だが、今こうしてそのダージリンに褒められたことに、水上は充実感を覚えていた。

「それに、アフターヌーンティーでもあなたの紅茶は人気らしいじゃない」

「そうでしょうか?」

 水上は言うが、ダージリンの言葉に思い当たる節が無いわけではない。

 毎日のアフターヌーンティーの時間は、同じグループ内の女子から『水上さんに淹れてほしい』とせがまれる事が多々あった。

 男としては、悪い気分ではなかったのだが、流石に毎日淹れていては少し疲れてくる。しかし、そのアフターヌーンティーの時間で紅茶淹れの技術を磨く事が出来ているのも事実だ。

「私のクラスでも、噂になっているわよ」

「噂?」

「学校唯一の男子が淹れる紅茶がとても美味しいって」

「は、はぁ」

 そんな噂が流れていたことに水上は気付かなかった。だが、自分の淹れた紅茶が評判だというのは悪い気分ではない。

 その時だった。

 カチャリ。

 ソーサーとティーカップがぶつかる音を聞いて水上が、油の切れた機械のようにぎこちなくその音のした方向を見る。

 そこにいたのは、それまで一言も言葉を発していなかったアッサムだ。

 アッサムは、どこか不機嫌な様子で水上の事を見ていた。水上には、どうしてアッサムがそのような視線をこちらに向けてくるのか、まったく理由が分からない。

(え、俺何かしたか?)

 痛い視線を受けながら、空調が利いている部屋で額から汗を流す水上。

 ダージリンはじつに愉快そうな目で水上とアッサム、2人の事を見ている。オレンジペコは、『?』と表情だ。

 と、そこで。

 リリリリン、リリリリン。

 部屋に置かれている電話が鳴った。水上は慌てて、アッサムの視線から逃げるように電話へと向かう。

 この電話、見た目はダイヤル式だが最新鋭の機能が施されており、保留、留守電、内線、ファックスなどにも対応していた。そして、このベルの鳴り方は外線だ。わざわざ『紅茶の園』に電話がかかるという事は、戦車道関係の話だろう。

「はい、聖グロリアーナ女学院、紅茶の園です」

 水上が電話を取ると、向こう側から凛々しい口調の女性の声が聞こえてくる。

『突然電話して申し訳ない。大洗女子学園、生徒会の河嶋桃と言う者だが』

 

 まただ。

 水上が、他の子に褒められて、照れているのを見ると、私の中にこういうもやもやした感情が浮かんでくる。

 この感情は、間違いなく、嫉妬だ。

 それはもう、認めざるを得ない。

 でも、どうして嫉妬心を抱くのかが分からない。

 そこで私は、自分が水上の事をどう思っているのかを分析する。

 水上とは、ジョーク好きで趣味が合う。

 水上は、人に尽くしたいという夢を抱いている。それはとても素晴らしい事だと思うし、人に尽くしたいと思っているからこそ、ここでこうして給仕の仕事を務めていられるのだろう。

 水上は、優しく気遣いのできる男だ。

 総括すると、私は水上に対して悪い感情を抱いてはいない。

 だとすれば、私はプラスの感情を水上に抱いていることになる。

 人に対するプラスの感情とは、安心、共感、崇拝、尊敬、

 あるいは愛情、恋慕。

(・・・・・・やっぱり、これは・・・)

 私は、自分の中に眠る感情の、その一端に触れそうになる。

 だが、水上の一言で私は現実に引き戻される。

「ダージリン様」

「何?」

 水上が電話機を持って、ダージリンの傍に立っていた。

「大洗女子学園の河嶋という方からお電話が」

「大洗女子学園・・・?」

「はい。戦車道の事でお願いがあるそうです」

 ダージリンがいぶかしむような顔で受話器を受け取る。

 大洗女子学園、聞いた事も無い学校だ。私の記憶にはない。私はノートパソコンを取り出して、大洗女子学園について調べる。

「もしもし」

 ダージリンが電話を替わると、私は一先ず意識をダージリンに向ける。

「まあ、戦車道を復活なさったのですか?おめでとうございます」

 ダージリンが笑みを浮かべて電話の向こう側の人物と言葉を交わす。

 そして次に。

「結構ですわ」

 その顔に微笑を携えて、こう言った。

「受けた勝負は逃げませんの」

 受話器を置く。水上は、電話機を元あった場所に戻す。そして、戻って来た水上にダージリンが指示を出した。

「水上」

「はい」

「スケジュールの調整をお願い。今度の日曜日、大洗で10時から、大洗女子学園と練習試合をする事になったわ」

「・・・かしこまりました」

 しかし、指示を受けた水上は納得がいかないと言った表情をしていた。

「どうかした?」

「・・・今の電話は試合の申し込みだったのですか?」

「そうよ。それが何か?」

「・・・私見ですが、聖グロリアーナ女学院は戦車道の強豪校として名を馳せております。その強豪校が、無名の学校からの練習試合を受けるというのが少々意外と思いまして」

 無名の学校、という水上の単語を聞いて私は、パソコンの画面に表示されている大洗女子学園のホームページを見る。

 穏やかな校風ではあるが、これと言った特徴は特になさそうだ。

 しかし、サイトの半分を埋めるほどにでかでかと『20年ぶりに戦車道復活!』と表示されているのを見て、私はフッと小さく笑みを浮かべる。

 まるで、何の取り柄もない学校が必死に目立とうとアピールをしているように見えた。

「アッサム、大洗女子学園について何かわかった?」

 ダージリンは、既に私がパソコンで大洗女子学園について調べている事に気付いていたのだろう。私に聞いてくる。

「まだ漠然としか分かりませんが、特に取り柄も無さそうな学校です。また、改めて調べてみますが」

「でも、そんな学校が急に戦車道を復活させて、その上私たちに試合を申し込んでくるなんて、相当躍起になっているんですね」

 オレンジペコが言うと、ダージリンが顎に手をやり考え込むようなポーズを取る。

「戦車道の世界を、甘く見ているようね」

 そのダージリンの言葉に、私は重みを感じる。

 ダージリンは、この聖グロリアーナに入学した1年目から戦車道を歩んできた。それから今こうして戦車隊の隊長となるまで、どれだけの苦労と努力をしてきたか、私には分かる。

 私はダージリンに誘われて戦車道の世界に足を踏み入れたが、私だって戦車道の世界の辛さに何度か辞めそうになった。

 だが、ダージリンは決して弱音を吐かず、耐え抜き、戦車道の世界を今日この日まで生き残ってきた。

 遂には彼女の才能と努力がこの学校に認められ、『ダージリン』の名を貰い、戦車隊隊長となることができた。

 私は、そのダージリンの傍で、いつからかダージリンを支える様な人物になりたいと願うようになった。

 だから私も、戦車道の世界を必死で生き抜き、今では参謀として、『アッサム』の名をいただき、この『紅茶の園』にいる。

 戦車道の世界がどれだけ厳しいものかわかっているからこそ、ダージリンの言葉は重く感じられた。

 そして私も、その言葉の重さは十分に理解している。

「・・・でしたら、なおの事受ける必要はないのでは?」

 水上が、控え気味にダージリンに尋ねる。ダージリンは、その表情から笑みを消し、真剣な目つきで水上を見る。その眼差しを受けて、水上がつばを飲み込んだ音が聞こえた。

「いかに無名の学校と言えど、受けた勝負からは逃げなどしない。これは、聖グロリアーナの鉄則・・・いえ、戦車道の世界の鉄則ともいうべきものよ」

「・・・・・・・・・」

 水上は押し黙る。

 ダージリンの口調、表情は、真剣そのものだった。

 3年間ダージリンの傍にいた私でさえ、僅かに恐怖すら感じるほどの。隣に座っているオレンジペコなど、額から汗を流していて、瞳が泣きそうなほどに揺らいでいる。

「・・・出過ぎたことを申しました。申し訳ございません」

 水上が深く頭を下げる。それを見てダージリンは、先ほどまでの真剣な顔を隠し、小さく笑みを浮かべて水上を見る。

「そう言うわけだから、試合の調整をお願いするわ。詳しい事はまた後日連絡するみたいだから、その時はよろしく。それと、船舶科にも大洗に寄港するように連絡をしてちょうだい」

「かしこまりました。直ちに取り掛かります」

 水上はお辞儀をして、足早に部屋を出た。

 まるで、ダージリンから逃げるかのように。

 私は、さっきまで感じていた緊張をほぐすかのように水上の淹れた紅茶を飲む。

 少し、冷めてしまっていた。

 

 事務室に俺は『逃げ込んだ』。

 正直言って、滅茶苦茶怖かった。

 あの時のダージリンの顔と来たら、僅かながらに怒気を孕んでいるようにも見えて、口答えすら許さないような威圧感を放っていた。

 比較的肝の小さい俺でも、あそこで泣きそうにならなかったのは、我ながらに褒められたことだと思う。

「・・・・・・はぁ」

 ため息をついて、脳のスイッチを切り替える。

 いつまでもビビッていては給仕など務まらない。

 さしあたり、まずは戦車道のスケジュールの再調整だ。俺は事務室に備え付けてあるパソコンの電源を入れて、椅子に座る。

 パソコンの画面がデスクトップに移るまで、俺はあの時のダージリンの事を考えていた。

 ダージリンは知っての通り戦車道の隊長を務めている。そうなるためには、並々ならぬ努力を積み重ねてきたのだろう。それこそ、一介の高校生の自分には想像もつかないような努力を。

 だからこそ、ぽっと出の無名校が、いきなり戦車道の強豪校に試合を挑んでくることに、あのような言葉を言ったのだ。

 戦車道の世界を甘く見ている、と。

「・・・・・・男の俺が、でしゃばるべきじゃなかったんだよなぁ」

 自嘲気味に独り言をつぶやく。見ればパソコンは既に起動済みとなっていた。俺は素早くスケジュール表の画面を開き、日程を調整する。

 言われた通り、次の日曜日の10時から大洗にて練習試合と書き込み、戦車道履修者全員に更新されたスケジュール表を配るために印刷を始める。

 スケジュール表が印刷されている間、俺は別の事を考えることにした。

 アッサムの、あの刺さるような視線だ。

 俺の記憶している限り、アッサムに失礼な事をした覚えはこれと言ってない。

 1週間前に街へ出かけた時は、本とリボンをプレゼントした。昼ごはんの代金も払った。それが何か気に食わなかったのだろうか。まさか、プレゼントの内容にがっかりしてしまったのか。

 いや、それ以前からアッサムの視線を感じる事はあった。となると、あの街へ出かけた時に原因があるとは考えにくい。

 となるともっと前か。ここで初めて紅茶を淹れた時、この聖グロリアーナに初めて来た時、いや、もっと前、あのバス停で初めて出会った時・・・。

「・・・・・・」

 そこで俺は、ふと気づく。

 最近、アッサムの事について考えることが多くなった気がする。

 あの視線の原因について考えているのもそうだが、それ以外の時間帯でもだ。授業中でも、戦車道の訓練をしている時でも、この『紅茶の園』にいる時でも。

 授業中は、アッサムはどういう気持ちで授業を受けているんだろうか、と考えて。

 戦車道の訓練中は、アッサムの砲撃に一喜一憂して。

 『紅茶の園』では、自分の紅茶はアッサムに美味しいと思ってもらえただろうか、と心配して。

 改めて、アッサムについて考える。

 アッサムは、ダージリンの陰に隠れてしまっているが美人と言えるぐらい可愛い。

 頭脳明晰でありながらもジョーク好きというギャップが、その可愛さを引き立てている。

 そして自分みたいな凡人の夢を素晴らしいと評価し、その夢が叶うように応援してくれている。

 そして、ダージリン、オレンジペコと共に街へ出かけた時。2人きりになれた時間は少なかったが、その中でアッサムは俺に対して裏表の無い笑みを向けてくれた。

 ポケットの中に入れてあるスマートフォンに触れる。

 あの街へ出かけた日以来、アッサムとメールでやり取りをする機会が増えた。

 内容は取り留めも無いものばかりだ。授業が退屈だった、戦車道はやっぱり辛いが楽しい、今日食べた夕食は味がいまいちだった、などと内容には一貫性は無い。

 だが、そこにはまぎれもなくアッサムの本音が書かれていた。その、聖グロリアーナでは決して明かさない本音を自分に語ってくれると言うのは、なんとなく嬉しい。

 自分だけが、アッサムの本当の姿を知っているみたいで。

「・・・・・・」

 自然と唇がゆがむ。

 アッサムの事を思い浮かべると、自然と気持ちが豊かになるような気がした。

 同時に、自分が抱いているこの感情が何なのか、ぼんやりとしたものが明瞭になってくる。

(まさか、これは・・・・・・)

 俺は、その感情に気付きかけたところで、

「水上」

「はい!?」

 後ろから声を掛けられた。

 あまりにも不意打ちだったので声を大きくしてしまったが、そこにいた人物を見て安堵する。

 入口に立っていたのは、アッサムだった。

「どうしたの?そんなに慌てて」

「い、いえ。何でもありません、アッサム様」

 言って、自分で気づく。敬語を無意識に使ってしまっていた。そして、アッサムがムッとした表情をしているのを見る。

「・・・・・・何でもないよ、アッサム。心配しなくていい」

「そう、ならいいけど」

 アッサムがふっと笑い、部屋の中に入ってくる。

「どうかしたのか?」

「ちょっと、重い空気に耐えられなくて」

 アッサムが肩をすくめながら言う。

 重い空気、というのに心当たりは当然ある。俺がさっきダージリンに意見した事によるものだろう。

「・・・すまん、男の俺が戦車道についてでしゃばるべきじゃなかったな」

「いいえ、仕方ない事よ」

 アッサムが笑って言う。俺も少し安心した。

 と、アッサムが何かを見つけたのか、俺が開いているパソコンの画面を見て眉を顰める。

「何?」

「・・・そこ、間違ってるわよ」

「え、どれ?」

 アッサムがパソコンを指差すが、俺にはどこが間違っているのか分からない。

 俺がパソコンをよく見るが、やっぱり分からない。

 その時だった。

「ここよ、ここ」

 アッサムが俺の横にずいっと身体を滑り込ませてきたのだ。

「!」

 アッサムの横顔が大写しになる。

 少しつり目の眼。形のいい眉毛。煌びやかなブロンドヘアー。艶やかな肌。薄いピンク色の唇。

 それらすべてが俺の脳を刺激してくる。さらに、普段自分が使っているのとは違うシャンプーの香りが鼻腔を刺激して、理性を全力で揺さぶってくる。鼓動が高鳴るのが胸に手を当てなくても分かるぐらいだった。

「これ、時間が10時じゃなくて9時になってるわよ」

 アッサムが何かを言っているが、今の俺にはその言葉が異国の言葉にしか聞こえない。

 だが、理性の鎖によって俺の意識は現実に引き戻された。

「あ、ああ。そうだった。ゴメンゴメン」

 俺が慌ててキーボードを叩き、アッサムに指摘された場所を改善する。

 そして、既に印刷が終わってしまったプリントの山を見て溜息をつく。

「しまった、これだけ無駄にしちまった・・・」

「まあ、失敗は誰にでもある事よ」

 アッサムが慰めるように、小さな手を俺の肩に手を置いてくる。それすらも、今の俺にとっては致命傷となり得るものだった。

 俺は、その手から意識を逸らすようにパソコンに向き直る。

「じゃあ、印刷し直すか」

「頑張ってね。私はもう戻るから」

「ああ。それと、さっきは本当に悪い。空気を悪くしちまって」

「気にしないで大丈夫よ。でも、オレンジペコは本気で怖がっていたから、オレンジペコには謝っておいた方がいいかもしれないわね」

「そうする。ありがとうな」

 アッサムが扉を閉める。

 俺は、スケジュール表に間違いがない事を再三にわたって確認すると、もう一度印刷ボタンを押す。そして、天井を仰ぎ見る。

 アッサムの横顔が、俺の目の前に。

 あそこまで、人の横顔にくぎ付けになったのは、恐らく人生でも初めてだろう。

 今でも、ドキドキが止まらない。

 アッサムの横顔が、頭から離れない。

 街へ出かけた時の、アッサムの笑顔が、今でも脳に焼き付いている。

 顔を真っ赤にしながら夢を語ったアッサムの顔が、忘れられない。

 初めて出会った時のアッサムとの思い出が、色褪せることなく俺の記憶の中に残っている。

「・・・・・・やっぱり、これは・・・」

 

 ドアを閉めたところで、私は壁に背中を付ける。

 さっきは意識していなかったが、私は水上のすぐ近くに顔を寄せていた。そして、身体を密着させていた。

「・・・・・・」

 今頃になって、すごく恥ずかしくなる。

 同時に、愛おしくて仕方がないと思えてくる。

 そして、水上との思い出が、奔流のように私の脳を埋め尽くす。

 その思い出は、全てが私にとって大切な思い出だった。

 プレゼントをしてくれたことも、2人で街を歩いた事も、夢を語られ語ったことも、紅茶を美味しいと感じた事も、再会できたことも、初めて出会った時の事も。

 気が付けば、私の中は、水上との思い出で埋め尽くされていた。

 そして、今私の中に渦巻く、この心地よくも切ない感情を、認める。

「・・・・・・やっぱり、これは」

 

 

「「・・・・・・恋?」」

 

 




ダージリンはネタにされやすいけど、
人並外れた努力の上で今の立場があるんだと思います。

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