『季節の変わり目ですので、体調管理にお気を付けください』
テレビの向こう側にいる、天気予報のアナウンサーがそんな事を言っていた。
ベッドの上で俺は、その言葉を聞いて苦笑する。懐から、ピピピという電子音が鳴り、その音を発する器具を手に取る。
手の中にあるそれは、体温計だった。
(37.9・・・風邪だな)
朝起きた時から身体が変だった。身体が妙に熱く、身体重く、動きが鈍く感じられる。
「ごほっ、ごほっ、ごほっ」
それに加えて咳が止まらない。典型的な風邪の症状だった。
しかし、風邪を引いたのはこれが初めてというわけではない。俺は環境の変化・・・例えば進学による人間関係の変化や気候の変化に対応できず、体調を崩してしまう事が多々あった。今回のこれもその一つだろう。
(休もう)
無理して学校に行って、給仕の仕事が務まるとは到底思えない。行っても迷惑になるだけと思い、俺は欠席することを決意した。
その旨を学校の先生に伝え、了承されるととりあえず一安心した。テレビを消し、ベッドに寝転がって息を吐く。が、吐息に混じって咳まで出てしまう。呼吸するのにも注意が必要な状態だった。
目を瞑る。そこで頭に思い浮かぶのは、給仕の仕事を休んでしまう事に対する罪悪感だ。
さらに脳裏によぎる事があった。それは、戦車道の事でも、授業の事でもない。
(・・・・・・どうして)
アッサムの事だ。
聖グロリアーナに行かなければ、当然給仕の仕事をすることは無く、戦車道のメンバーと会うことも無い。つまり、アッサムと会う事も無い。
(・・・・・・どうして、アッサムの事ばかり考える)
ダージリンやオレンジペコ、ルクリリやルフナ、他の戦車道履修者もいるというのに。どうして、アッサムの事を真っ先に考える?
(これが、恋なのか?)
昨日事務室で、アッサムの事を考えて、アッサムとの思い出に思いを馳せ、アッサムの横顔に見惚れて、自分の中に渦巻く感情はまさか恋なのでは?と考えて以来、俺の頭の中からアッサムの顔が離れない。
俺は、生まれてから一度も、人を好きになった事が、恋心を抱いた事が無い。だから、自分の中にあるこの感情が恋なのかは、分からない。
だが、これほどまでに一人の女性の事を想い、愛しいと感じた事は一度も無かった。
(・・・・・・)
俺は起き上がり、枕元で充電状態のスマートフォンを手に取り、メールを書く。
メールを書き終えて送信した後で、俺はため息をついた。
(・・・・・・俺、何してるんだろう)
メールの宛先は、アッサムだ。
内容はじつにシンプルで、『風邪を引いたから休む。給仕の仕事はできない』とだけ。
送る必要なんて、普通に考えれば無いはずだった。俺が風邪で休むという事は、同じクラスのルフナからダージリンに伝わるだろうに。
だが、どうしてか、アッサムと繋がっていたいと思ったから、メールを送った。
そして、心のどこかで、見舞いに来てくれたらいいな、と考えていた。
「・・・・・・自分勝手だな、俺」
俺が呟くと、タイミングよく大きく咳き込む。
変な事を考えるのは風邪で頭がぼーっとしているからだ。
そう考えて俺は、布団に潜り込んで眠ることにした。
そのメールが届いたのは、私が学校について、席に座り、一息ついた時だ。
こんな時間にメールとは珍しい。そう思いながら画面を開くと、
『新着メール:水上進』
私はすぐにメールを開く。そこには、風邪を引いたので学校は休むと書かれていた。給仕の仕事はできない、とも書いてあった。
そう言えば、季節の変わり目で体調管理に気を付けるように、と今朝ニュースで言っていた気がする。おそらく水上は、寒暖差によって体調を崩してしまったのだろう。
(そうか・・・・・・)
水上は、今日学校に来ない。
それはすなわち、今日1日水上の顔を見れないという事だ。
食堂で一緒にご飯を食べる事も、戦車道の授業を見ることも、給仕として紅茶を淹れてくれる事も、言葉を交わす事も無い。
「っ・・・・・・」
そう思うと、胸が苦しくなる。
たった1日でも会えなくなることが、こんなに苦しいなんて。
水上に会いたい。水上の淹れた紅茶を飲みたい。水上と言葉を交わしたい。
これほどまでに、誰かに会いたいなんて思ったこと、生まれて初めてだ。
(これが恋なの・・・?)
私は、生まれてから一度も、人を好きになった事が、恋心を抱いた事が無い。だから、自分の中にあるこの感情が恋なのかは、分からない。
だが、これほどまでに一人の男性の事を想い、愛しいと感じた事は一度も無かった。
(・・・・・・)
時計を見る。朝のホームルームが始まるまでにはまだ時間がある。
私は急いで席を立ち、職員室へと足を運んだ。
私のやろうとしている事は、余計なおせっかいかもしれない。
でも、私はそうしたいという衝動に駆られていた。
戦車道の時間になり、履修生たちが格納庫の前に集合する。
オレンジペコはダージリン、アッサムの傍に立って、集合した履修生たちの顔を見る。けれど、いつもいるはずの人がいない。
「あの、水上さんは?」
オレンジペコがダージリンに聞くと、ダージリンは肩をすくめるだけ。
すると、反対側に立っていたアッサムがダージリンに事務的に報告する。
「水上は、風邪を引いて今日は休むとのことです」
風邪、と聞いてオレンジペコは真っ先に、水上の身を案じた。
季節は春から夏になり、気温は夏に向けて順調に上がってきている。おそらく、水上は気温の変動についていけなくて、身体を壊してしまったのだろう。
だがなぜか、ダージリンは意地悪そうな笑みを浮かべてアッサムを見る。
「アッサム、どこでその情報を?」
「・・・今朝、水上からメールが届きまして」
ダージリンの問に、アッサムはつらそうに表情を歪める。その表情は雄弁に『面倒な事になった』と語っていた。
「いつの間に、水上とアドレスを交換する仲にまで進展していたのかしら?」
「・・・・・・今はそんなことはどうでもいいでしょう」
アッサムが投げやりな事を言って会話を打ち切る。しかしそれでも、ダージリンはにんまりと笑みを浮かべてアッサムを見つめる。
その間に立つオレンジペコは、どうしていいのか分からず、とりあえず視線を集合した履修生たちに向ける。すると、悲しそうな表情をしている、チャーチルの操縦手・ルフナの姿が見えた。
なぜ、ルフナはあのような表情をしているのだろう?
オレンジペコの疑問をよそに、ダージリンが練習の開始を宣言する。
オレンジペコは、疑問を頭の隅に追いやってチャーチルに乗り込む。
今日の授業内容は、明後日の大洗女子学園との戦いに向けて、改めて基本動作の見直しだ。停止しての射撃と、行進間射撃、そして躍進射撃。
「全車前進」
ダージリンが乗り込んで、すぐさま全車両に無線で指示を出す。だが、なぜかオレンジペコたちの乗っているチャーチルが動こうとしない。
「ルフナ?どうかした?」
ダージリンが、操縦手のルフナに声を掛けると、ルフナは慌ててチャーチルを前進させる。それから100メートルほど移動したところで、ダージリンが停車の指示を出す。
ここでも、ルフナは停車の指示を受けてもすぐに停車しようとせず、10数メートルほど進んだところでようやくチャーチルを停めた。
(何かおかしい)
普段ルフナは、指示に遅れて反応するというような事をしない。いつだって、ダージリンの指示が下った直後に戦車を動かし、停め、転進させる。
でも、今日は違った。
そして、違っていたのはルフナだけではない事に、オレンジペコは気付く。
「砲撃準備」
ダージリンの指示を受けて、オレンジペコが砲弾を軽やかに装填する。砲の左側に座って待機していたアッサムがスコープを覗き込み、数百メートル先の的に狙いを定める。
「砲撃」
そして、ダージリンの合図で発砲。砲弾は一直線に的に吸い込まれたかのように見えた。
ところが。
「アッサム」
「はい」
キューポラから身を乗り出して、他の戦車の様子を双眼鏡で見ていたダージリンが、再び車内に身を滑り込ませてアッサムの方を見る。
そして。
「外したわね」
「・・・・・・申し訳ございません」
ダージリンの指摘を受けて、アッサムは俯く。
オレンジペコは慌ててチャーチルから身を乗り出し、双眼鏡で的の方を見る。すると、確かにアッサムの撃った砲弾は、的から左にずれたところに着弾していたようだった。
(・・・・・・アッサム様が外すなんて、珍しい)
オレンジペコがチャーチルに乗ることが決まった時から、オレンジペコはアッサムの砲手としての腕前は噂で聞いていた。
曰く、狙った的を外したことは一度も無い。
曰く、試合では的確に敵戦車のウィークポイントを狙い、撃破する。
曰く、精密な計算とデータの上にアッサムの的確な砲撃がある。
実際にオレンジペコが、アッサムの傍でその砲撃の腕前を見ると、それは噂通りだという事に気付かされた。
そのアッサムが、練習とはいえ的を外すとは。オレンジペコにとっては初めての事だった。
そして、その後の行進間射撃、躍進射撃でも、アッサムは砲弾を的に命中させることはなく、目標から右にずれたり、左にずれたり、目標の手前に逸らしてしまったり、はるか上へと逸らしてしまったりした。
訓練が終わった後、ダージリンはアッサムにただこう言った。
「しっかりしなさい」
アッサムは、その言葉を受けてアッサムは悲しそうにダージリンから視線を逸らす。
(もしかして・・・)
オレンジペコは、一つの推測を立てる。
今日、ルフナの戦車の操縦には粗があった。
今日、アッサムは砲撃の腕が初心者レベルにまで落ちてしまっていた。
こんな事、オレンジペコがチャーチルに乗って以来初めての出来事だ。
では、仮にこれが今日だけの事とすると、今日に限って発生したイレギュラーがあるという事になる。
そのイレギュラーとは何か?オレンジペコは考えるが、その答えはすぐに見つかった。
水上がいない事だ。
アッサムとルフナの腕前は、水上が来る前からも、来てからも変わらなかった。だが、水上が来なかったこの日、2人の腕は落ちた。
つまり。
(2人とも・・・水上さんがいなくて、動揺してる・・・?)
この時オレンジペコは、アッサムとルフナの中にある感情の一端に触れていたことに気付いてはいなかった。
水上が目を覚ましたのは、夜の6時半。気づけば1日中眠ってしまっていた。
肝心の身体の方は。
(・・・・・・全然よくなってない)
熱は引いていないし、身体が重く感じられるのも変わっていないし、咳も止まってない。
試しに体温計で体温を測ると、何と体温は38.4。上がってしまったではないか。
(・・・・・・薬も飲んでないし、身体を冷やすような事もしていないし、当然と言えば当然か)
ため息をつくと、空腹感が沸き上がってくる。思えば、今朝から何も口にしていなかった。
だが、ホテル備え付けの冷蔵庫の中には何も入っておらず、冷却シートの1つも無い。あるのは電気ケトルと粉末状の緑茶の素のみ。
緑茶は喉に優しいと聞いた事があるので、仕方なくそれで空腹感を満たそうと思い、重い身体を無理やり起こして水を汲み、電気ケトルのスイッチを入れる。
「ごほっ・・・うっ・・・」
スイッチを入れたところで、水上はベッドに倒れこむ。
(俺、もうずっとこのままなのかな・・・)
風邪で体が重いので外に出られない。外へ出て薬を買う事も食べ物を買う事もできない。結果風邪が治らず症状は悪化していく。見事なまでの悪循環だ。
白い天井を仰ぎ見て考えるのは、やっぱりアッサムの事だった。
(・・・・・・もうアッサムに会う事はできないのか・・・?)
風邪が治る気配が一向に無い。もうずっとこのままなんじゃないかという思考で頭が埋め尽くされる。それは風邪で気弱になっているせいでもあるのだが、水上はそれに気づかない。
ずっとこのままと言う事は、アッサムに会う事はもう二度とないという事だ。
そう思うと、胸が苦しくなる。そうなりたくないと、切に願う。
だが、身体の方は正直でこうして考えている間も咳が止まらない。
その時、入り口のドアがコンコンとノックされる。
(誰だ、一体・・・先生か・・・?)
身体をゆっくりとおこし、マスクをつけ、のそのそとドアの前に立つ。そして、いつもの倍以上の時間をかけて、ゆっくりとドアを開く。
「あ、水上。大丈夫?」
そこにいたのは、水上が会いたいと切に願い、ずっと想っていた人物だった。
長いブロンドヘアーに、つり目の瞳。そして、長い髪を纏めているのは、この前自分がプレゼントした青いリボン。
「アッサム、様・・・?ごほっ、げほっ」
驚きの余り、2人だけの状況でも敬語を使ってしまい、さらに咳き込んでしまう。
だが、会えたことに対する嬉しさの前に当然の疑問が思い浮かぶ。
「どうして、ごほっ、ごほっ。ここが・・・?」
「先生に聞いたの。お見舞いに行きたいって言ったら、割とすんなり教えてくれたわ」
どうして自分の滞在しているホテルの部屋が分かったのか。それを聞くと、アッサムはすんなりとそれを教えてくれた。
ちなみに水上は、アッサムが顔を赤くしながら『お見舞いに行きたい』と先生に告げて、その先生から優しいものを見る目で部屋を教えてもらったその時の事を知らない。
さらに言えば、情報処理学部第6課(通称GI6)に所属しているアッサムにとって、短期入学している水上の滞在しているホテルの部屋を特定することは造作もない事だったのだが、今回そのような方法は控えることにした。
というのも、滞在先を特定するなどストーカーの所業に等しい事だと思ったし、それで水上に嫌われたくないと思ったからである。
「・・・・・・お見舞いはありがたいが、げほっ。俺はこの通りこんなだから、ごほっ。風邪がうつるかもしれん、ごほっ。部屋には入らない方がいい、げほげほっ」
一言言うたびに水上の口から咳が漏れる。苦しそうな水上を案じ、アッサムは水上に視線を合わせる。
「大丈夫?薬持ってきたわよ?あとおかゆとスポーツドリンクも」
アッサムが、手に持っていたビニール袋を掲げる。その袋からは、風邪薬のパッケージが透けて見えた。
「・・・・・・ありがとう」
咳の合間に水上が感謝の言葉を告げると、アッサムは優しく微笑んだ。
「とにかく、失礼するわね」
アッサムが、制止する水上の肩を優しく手で抑えると、部屋へと足を踏み入れる。
一応、水上は部屋は綺麗にしておいたつもりだったのだが、女子の目から見てどう映るかは分からない。アッサムは、部屋を一通り見て今さら気付く。
(男の人の部屋に入ったのって、初めてかも・・・)
アッサムには兄がいる。兄の部屋に入った事は何度もあるし、ここはあくまでホテルなのだが、アッサムは生れてはじめて男の人の部屋に入ったのだった。
アッサムはその動揺を隠すかのように、ビニール袋から風邪薬と、レトルトのおかゆ、そしてスポーツドリンクを取り出して机の上に並べる。
「風邪薬は食後って書いてあるから、とりあえずおかゆを食べましょう?作ってあげるから」
風邪薬のパッケージを見ながらアッサムが言う。そして、既に電気ケトルで沸いていたお湯をレトルトおかゆのパックへと注ぎこむ。
そこで、アッサムは気付いた。
「・・・・・・」
「水上?」
先ほどまで咳き込んでいた水上が静かになった。それを不審に思い、アッサムが水上の方を見る。
水上の瞳から、涙が流れ出ていた。水上自身もそれに気づくと、腕で涙を乱暴にぬぐう。だが、涙は止まらず、しまいには膝をつき、声を漏らしながら泣き出した。
「どうして泣いてるの?」
アッサムが、水上と同じように膝をついて目線を合わせる。水上は、泣きじゃくりながら言葉を切れ切れに紡ぐ。
「・・・俺、ずっと風邪ひいたままなのかなって、思って、それで、もうアッサムに会えない、って思ったところで、来てくれて、本当に嬉しくて、その上、優しくしてくれて・・・」
涙を流しながら語る水上の頭に、アッサムは優しく手を乗せる。そして、優しくその髪を撫でた。
「・・・寂しかったのね。でも大丈夫、今は私がいてあげるから」
聖母のような笑みを浮かべるアッサム。水上は、その笑みを見ると、また視界がぼやけていき、大粒の涙を流す。
水上が泣き止み、落ち着いたところで、ちょうどレトルトのおかゆが完成し、アッサムがそれを水上にスプーンで食べさせる。
「はい、あーん」
「あーん・・・」
食べさせるという事は、つまりアッサムが水上に『あーん』をしているという事になる。だが、水上は風邪で頭がぼやけていて恥ずかしさなど感じていなかったし、アッサムも恥を感じる以前に水上を助けたいと思う一心だったので全く気にしなかった。
おかゆを食べ終わると、風邪薬を飲み、水上はベッドに横になる。おかゆを食べたおかげで空腹感も満たされ、のどの調子も良くなったところで、水上はアッサムに改めてお礼を言う。
「・・・ありがとう、アッサム」
「このくらい、どうという事は無いわ」
水上のベッドのそばに椅子を持って来て、アッサムがそこに座る。
「・・・水上は、人に尽くしたいって夢を持っていたわよね?」
「?ああ、でもどうしてその話を今?」
アッサムの言葉に、水上は疑問を抱く。なぜ今その話をするのだろうか。
アッサムは、寝転んでいる水上の目を見て言った。
「あなたは、普段から給仕として私たちに尽くしてきた」
「・・・・・・」
「でも今は、私に尽くされている。その気分はどう?」
「・・・・・・心地良いよ、すごく」
アッサムに聞かれて、水上は素直な感想を抱く。
人に尽くしている時、水上はその自分の夢故に充実感を覚えていることが多かった。
しかし、今はその逆の立場として、アッサムに尽くされている。普段は人に尽くしていることが多いが、尽くされるというのも悪い気分ではない。想っている人に尽くされているからこそ、なおさらだ。
「夢を叶えるために、普段から人に尽くすのは大切だと思う。でも、一度だけでも尽くされる側に立って、尽くされる側の気持ちを知れば、あなたはもっと優しく人に尽くすことができると思うわ」
「・・・・・・アッサム」
「それに気づいてほしくて、私はここに来たの」
「・・・・・・」
言葉が出ない。アッサムが、そこまで自分の事を考えてくれていたなんて。
「それに・・・」
「?」
アッサムが、恥ずかしそうに視線を逸らして、顔を赤らめて、こう言った。
「大切な人が苦しんでいるのに・・・何もしないわけにはいかないから」
目頭が熱くなる。涙が流れそうになるのを必死でこらえるが、風邪のせいで涙腺が緩んでいるのだろう。
また、一筋の涙が水上の頬を伝う。
水上は、無理やりにでも笑って、感謝の言葉をアッサムに告げた。
「・・・・・・本当に、ありがとう・・・」
風邪薬が効いたのだろうか、水上は少ししてから静かに眠りに就いた。
私はそれを見て一安心すると、席を立ち、ごみを片付けて部屋を出ようとする。
そこで私は、もう一度水上の顔を見る。マスクをしていたので顔の半分は見えていないが、穏やかな顔で静かに寝息を立てていた。
だが、閉じた瞳からは一筋の涙が流れていた。
それを見て私は、どうしてか愛おしく感じてしまう。
(・・・・・・)
今思えば、この時の私は、多分水上の熱に当てられていたのだろう。
そうだ、きっとそうに違いない。
そうでなければ、
水上の顔に私の顔を近づけて、
涙を舐め取ったりなどしないだろうから。
舌を出して、頬を伝っている涙を静かに優しく舐めとる。
少し、しょっぱかった。
「~~~~~~~~!!!」
そして、今さらながらに自分のやった行動が恥ずかしくなり、自分の荷物をひったくると部屋を出る。水上は起こさないように、静かに扉を開閉したが。
ホテルの廊下を歩く中で、改めて私は私の行動を思い返す。
男の人の涙を舐めとるなんて、普通では考えられないような行動だ。
そんな行動を、まさか私が取ってしまうなんて。
でも、涙を流している水上の顔は、見たくなかった。いつか私に向けた、優しい笑顔でいてほしかった。
そんな事を願って、涙を舐めるなんて。
「・・・・・・・・・はぁ」
ため息をついて、ホテルの壁に寄り掛かる。
時折、私は私がどうしてそんな行動をとったのか分からなくなることがある。今日の事だってそうだ。
「私・・・・・・」
そして、これまでの行動と思考を冷静に、分析する。そこから導き出される答えは。
「やっぱり・・・・・・水上の事が・・・・・・」
結論付ける。このおよそ2週間で私の中に芽生えた感情が何なのか、ようやくわかった。
いや、分かっていたのだけれど、分からないふりをしていた。
でも、今日で分からないふりをするのは止めよう。
自分の気持ちに、素直になろう。
「好き、なんだ・・・・・・」
翌朝、俺は目を覚ますと、右の頬に何か温かい感触を覚えた。マスクを外して、その部分に手をやると、何か湿っている。
「・・・・・・泣いてたのか」
俺は右頬をこする。
そして体を起こしたところで気付いた。
「・・・・・・直った?」
昨日感じていた体のだるさも、熱っぽさも無い。肩を回してみるが、問題ない。
体温計を取り出して熱を測ってみるも、昨日の高熱はなりを潜め、平熱に下がっていた。
「・・・・・・アッサムの薬と、おかゆのおかげだな」
俺はベッドから起き上がり、スーツに着替える。もう学校を休む必要はないくらいに、快復していた。
スーツに着替える最中、俺の頭の中にはアッサムの顔が浮かんでいた。
「・・・・・・」
夢を叶えるうえで大切なことを気づかせてくれるために、アッサムは俺の事を見舞いに来てくれた。そして、俺みたいな男の事を『大切な人』と言ってくれた。
「・・・・・・俺」
風邪で弱っている間は、ずっとアッサムの事を考えていた。そして、本当に会う事が出来た時には、感極まって泣いてしまった。
アッサムに介抱されている間は、ずっとアッサムの顔を見ていた。
そんな風に、たった一人の女性の事を想うとは。
「・・・・・・やっぱり、アッサムの事が・・・・・・」
その気持ちの答えが導き出される。
それは、わずか数日の間に俺の中に生まれた感情だった。
でもこの感情は、認めざるを得ないほど大きくなっていた。
「好き、なんだな・・・」
毎度の事ですが、自分の書いた文章、表現が冗長になっている気がしてならないです。
感想・ご指摘等があればお気軽にどうぞ。