暑さにやられたり試験に落ちたりと色々ありましたが、今日も元気です。お待ちいただいた方には本当に申し訳ないと思っております。
そんな筆者の身の上話はどうでもいいとして、なんと、ついに、さよ朝DVD/BD発売決定ですよ!!!(ダイマ)
いえーい!やったぜ!絶対買います!特装版で買います!
皆さんも良ければ買ってください!さよ朝見たことないって人も(いないと思いますが)是非買って見てください!
10月末発売予定です!よろしくお願いします!
あ、それでは本編どうぞ。ちょっと短いですね、すみません。
しんと静まり返った部屋の中、マキアはエリアルと向かい合って椅子に座っていた。
その表情にいつもの柔らかさは欠片もなく、どこまでも真剣で、圧力のようなものを纏っているようにも感じられた。
エリアルも幼いながらにマキアの尋常ではない雰囲気を読み取った。ともすれば怒っているようにも感じられるマキアの表情に、エリアルは知らず小さなその身をさらに縮こませる。
「エリアル、大事なお話があるの。」
「……」
「…エリアル?」
マキアが話を切り出す。しかし待っても返事をよこさないエリアルに、マキアは不審がって顔を覗き込む。
「…!?」
マキアが身を乗り出してエリアルの顔を覗き込んだことにエリアルはビクッと反応し、両手を顔の前にやってマキアの視線から逃れようとする。
その様子に思わず表情がさらに険しくなるマキアだったが、次のエリアルの一言でハッとさせられることになった。
「ママ…、おこってるの?おかお、こわいよ…」
マキアはそこでようやく自分の顔が強張っているということに気づく。そして、エリアルがかなり怯えているということにも。
そんなことにも気づかないほど、マキアは自分がこれから話そうとしている内容に対して緊張し、動揺していた。
(私が怯えさせてどうするの。エリアルは、何も悪くないのに!)
マキアは顔を手のひらでグリグリと揉みほぐす。指で触れた眉間にはきつく皺が寄っているのがわかる。マキアは無意識のうちにここまで険しい顔をしていたのか、と自分を戒めた。
固まった表情を元に戻すためにやった顔面マッサージだったが、何故かエリアルも真似しだした。
「ママ、へんなかおー!」
ぐにぐに。
「え」
「みてみてー、ぶー!」
あっぷっぷー!とでも言わんばかりに、エリアルは両手で頬を押しつぶして唇を突き出す。
「ぷっ、ふふ、あはは!あはははは!!」
そのままエリアルが変顔を披露したので、マキアはたまらず吹き出してしまった。そのおかげで2人の間に漂っていたピリピリと引き攣るような空気は完全に霧散し、いつもの穏やかな雰囲気のマキアが戻ってきた。
「ありがとう、エリアル。なんかママも緊張しちゃってたみたい。でも、大事な話があるのは本当だよ?」
「そうなの?」
きょとん、と首をかしげたエリアル。いい意味で空気を壊してくれたエリアルに感謝し、マキアは今度こそ本題に入ることにした。
真剣な雰囲気が少し戻ってくる。エリアルも慣れないなりに背筋を伸ばし、居住まいを正した。
「ママね、ちょっとだけお出かけしなくちゃいけなくなったんだ。」
「おでかけ?」
「そう。1ヶ月とちょっとくらいかな…」
エリアルは想像していたよりもだいぶ長い期間に驚く。
「そんなにいくの?」
「うん。でも、そこは少し危ない所なの。だから、エリアルはお留守番になっちゃうんだ。」
「ええ?ぼくもいきたい…!」
「また今度連れて行ってあげる。だからね、今回だけは、どうしても我慢してくれない…?」
「……」
一月も置いていかれると言われ、俯くエリアル。エリアルはまだ3歳であり、マキアと一緒にいたいのは年齢からして当然のことだ。
しかしふと目線を上げたエリアルは、マキアの表情がだんだん曇っていくのが見え、考えを改めた。
マキアがエリアルをこの上なく愛しているように、エリアルもたった1人の母親であるマキアのことが大好きだ。
そして、そんな大好きなママを困らせるようなことを、エリアルはしたくなかった。
「帰ってきたら、エリアルの好きなもの何でも買ってあげる!お願い。ね?いい子だから…」
「……」
長い沈黙が部屋に流れる。それと等しい時間だけ、エリアルは悩んでいた。しかし、悩んではいたがエリアルの中で結論は既に決まっていた。
「……わかった。ぼく、おるすばんする…」
「エリアル…!」
エリアルは別に物に釣られた訳ではなかった。そんな条件を提示されなくてもエリアルはマキアのお願いを聞くつもりだった。
本当はマキアと一緒に行きたい。寂しくないわけがない。しかしそれ以上に、エリアルはマキアに悲しそうな顔をして欲しくなかった。
「いい子だね、エリアルは…本当に…」
マキアは感極まって椅子から立ち上がり、エリアルに抱きついた。マキアにはエリアルの気持ちが痛いほど分かっていた。実際、前回エリアルが兵士になってマキアの元から旅立ったとき、マキアは比喩でも何でもなく死ぬほど寂しかったし、悲しかった。ただエリアルと別れてすぐにマキアはクリムに連れ去られたため、悲しみに暮れる暇すら与えられなかったのだが。
エリアルはまだ3歳で、あのときのマキアはよりもずっと幼い。それなのにろくに不満も漏らさず、自らの寂しさをぐっと堪えてマキアの意思を尊重してくれた。
「ありがとう、エリアル…。絶対に、無事に帰ってくるから…」
「うん、やくそくだよ。」
「うん…約束だからね…!」
夜。
ミドを呼び出したマキアは、メザーテにレイリア達を助けに行くことを端的に告げた。
「準備ができ次第、行こうと思ってる。その間、エリアルのことをお願いしたいの。」
「マキア、あんた本気かい?エリアルはまだ3歳だよ?まだまだ甘えたい盛りだろうに…」
「エリアルには、昼のうちに言ってある。エリアルは、待ってるって。お留守番してるって、言ってくれた。だから、私は1人で行く。」
マキアの意思は変わらない。ミドにはずっと世話になっているし、ミドがマキアのことを心配して言ってくれているのも分かっている。そんなミドだからこそ、マキアは安心してエリアルのことを任せられる。
「正直に言って、レイリア達を助けるには危ない橋を渡らなきゃ行けないときもあると思う。もちろん私は帰ってくるつもりだけど、もしかしたら捕まって私も処刑されるかもしれない。」
「だったら…」
「でも、行かないっていう選択肢はないの。レイリアもクリムも、私の親友で、家族みたいで…。そして、レイリア達のいる所が安全でない以上、エリアルは連れていけない。」
「エリアルを守るためにって訳かい?」
ミドが顔を顰め、半ば睨むようにマキアを見る。ラングやデオルが見たら確実に泣き出すと思わせるほどの迫力があったが、マキアはそよ風ほども動じなかった。
「母親が子供を守る。確かに大事なことだよ。でもね、子供を悲しませないことも、同じくらい大事だってあたしは思ってるんだ。マキア、あんたの覚悟は立派だよ。その歳でエリアルを育てられるのも、根本にその信念があるからなんだろうさ。最初は拾い子かもしれないけど、今となってはあんたはエリアルにとって大事な、立派な母親だ。女手一つで2人の子供を育てて来たあたしにはあんたが頑張っているってことがよく分かるよ。…あんたにだって、エリアルにはまだ母親が必要だってことくらい分かってるんだろ?マキアがその友達を助けに行って、もし帰ってこなかったら。エリアルはどうなる?そんなことが分からないほど、あんたはバカじゃないはずだ。だからこそ、あたしにはマキアの心が分からない!」
ミドは静かに1つずつ、しかし重い言葉をマキアにぶつける。そこにはこれまでミドが女手ひとつで2人の子供を育ててきた大変さ、重圧などの実感がこもっていた。
しかしマキアはそれにもまるで怯む様子はなかった。むしろ、その威圧を受けてホッとしているようにも見えた。
「十分、分かってるよ。それでも。もう、決めたの。」
「別にあんたが行かなくても、他の人達に頼めば…なんだいその顔。」
マキアの表情の変化に気づいたミドが訝しげにマキアの顔を覗き込む。
「そうやって私たちのことを真剣に考えてくれるミドだから…」
「は?」
「私は、いつも安心して、ミドを頼れるの。」
そう話すマキアの瞳は透きとおっていた。ミドはこの目を1度見たことがある。それは、ミドの夫が赤目病にかかったレナトに襲われて命を落としたときのことだ。
ミドに子供達のことを託して亡くなった夫。自らの死を理解して、それでもなお家族のことを最期まで心配していた優しい夫の、死の間際の瞳。
今のマキアの瞳はそれと寸分違わなかった。
「今回の救出作戦は、メザーテの王宮の内部構造を詳しく知る私がいないと、成り立たない。だから他の人に任せるわけにはいかないの。」
「マキア、あんた…」
(そんな目をされたらもう、あたしにはあんたを止めることが出来なくなっちまうじゃないか…。)
マキアの目を見て全てを察したかのような声を出すミド。マキアが今回の作戦に命がけであるということが嫌でも分かってしまった。
もう止めることは出来ない。そう判断させられてしまったミドは、悲しげな表情でマキアを見つめることしかできなかった。
それに対しマキアは首を横に振って微笑む。
「ううん、死ぬつもりはないよ。私はお母さんだから、これからもエリアルを守らなきゃいけないし、エリアルの成長を見守っていきたい。それに…」
「それに?」
「エリアルと、約束したから。必ず帰って来るって。だから、ミドにはしばらく預かってもらうだけ。絶対に帰って来るから、それまでね。」
「…分かった。エリアルのことは見ておくよ。でも、ずっとは面倒見ないからね。ちゃんと帰ってくるんだよ。」
「うん。ありがとう、ミド。それじゃ、おやすみ。」
よろしくね、と言って身を翻し、そのまま自分の部屋に戻っていくマキア。
「マキア!」
ミドがマキアを呼び止める。マキアは振り向くことはせず、その場に立ち止まった。
マキアが話を聞いていることを確認して、ミドは言葉をつなげる。
「エリアルもそうだけど、あんたのことを心配してる人もいるってこと、しっかり覚えておきな。それじゃあね。」
マキアの背にそれだけ言ってミドも部屋に入っていった。
マキアはミドの言葉を聞いて、胸の中がじんわりと温かくなったような気がした。
「あーあ、ずるいよ、ミドは。あはは、本当に、ずるい…。私、頑張るよ。絶対に、みんなを連れて帰って来るから…」
そして、エリアルも眠って誰も見ていない部屋で、独り微笑んだ顔のまま静かに涙を零した。
翌々日、出発の準備を済ませたマキアは朝早くから港に来ていた。前回メザーテに行くときに曇っていた空は快晴で、マキアの心に燻っている不安を吹き飛ばしてくれるかのようだった。海上から吹いてくる潮風はマキアの肌にピリピリとした刺激を与え、適度に気を引き締めてくれる。
目の前に浮かぶ大きな船は、マキアが今回メザーテに行くのに使う帆船だ。どのくらい大きいかというと、バロウの乗って来た馬車がそのまま入るほどには大きい。前回のものよりもずっと大きく、初めに見たときマキアは呆気にとられてしまったほどだ。
バロウは先に馬車ごと船に乗り込み、マキアを船の上で待っている。マキアも船上で手を振るバロウを見上げ、それから手に持った袋に目をやった。昨日ミドから手渡されたものであり、少なくないお金が入っていた。断ろうとしたマキアだったが、何かと必要になるだろうからと手に握り込ませられたのだ。そうして少しの間革の袋をじっと眺めていたマキアは、後ろに広がる町を振り返りたくなった。しかし、いつまでも頼り切りではいけないと、不安や寂しさがないまぜになった感情を振り切るように、後ろを一切見ずに船に乗り込んだ。
「よう、マキア。決心はついたのか?」
バロウが手を挙げてマキアを出迎える。表情こそ軽く笑っているが、マキアが不安に飲み込まれないようにわざと軽い雰囲気を作っているのだということがマキアには分かった。
マキアはそんなバロウに対し、首を横に振って心中を晒す。
「…全然。決心なんて、つかないよ。でもそれで、ううん、そのほうがいいの。これから先、やりたいことがある。私のことを心配してくれる人がいる。この命に代えても守りたい大切な子がいる。帰る場所も、帰る理由もある。だから私は、レイリア達を助けて、そして絶対に帰るって、そう思えるの。」
マキアの独白を受けたバロウは、一瞬きょとんとした顔になってからフッと笑った。
「…なんだ、もう決心ついてんじゃねえか。」
「え?よく聞こえなかったよ?」
「さて、お見送りの時間だぞ?後ろを見てみろ、マキア!」
バロウがボソッと呟いた声はマキアには聞こえなかった。聞き返そうとしたマキアだったが、話を途中で切ったバロウに促されて後ろを振り向くと、そこにはマキアが予想もしなかった光景が広がっていた。
「マキアー!頑張れよーー!!!」
「エリアルのことは任せとけー!」
「絶対に帰って来なよ!!!」
先程までそれほど人が居なかったはずの港には、大勢の人が集まっていた。それこそ、町中の人が総出でマキアを見送りに来ていると言われてもおかしくないような人数だった。
その先頭で、ラング、デオル、ミドの3人が並んでマキアに向かって叫んでいた。
ミドの腕の中には、いつもはこの時間寝ているはずのエリアルの姿もあった。エリアルはミドに抱かれたまま大きく息を吸い込むと、既に港から離れ始めている船の上のマキアに聞こえるように、3歳とは思えないほどの大声で叫んだ。
「ママーーー!!!いってらっしゃーーーーい!!!!!!」
それに続くように周りの住民達からもマキアを送る声が続く。
「頑張れよー!」
「またあんたからチーズを買えるの、楽しみにしてるからね!」
「エリアルくんは皆んなで面倒見てるからー!」
「うおおおお、マキアちゃぁぁぁん!」
「行ってらっしゃい!」
「行かないでくれええええ!」
「帰ったらまた布を売ってちょうだい!」
「好きだぁぁぁぁぁぁ!!!」
「あんたら、うるさいよ!!!」
「みんな…」
「愛されてるねぇ。ほら、なんか言ってやりな。」
住民達の思わぬエールにマキアは感極まる。ミド経由でマキアが友人を助けにいくことは町中に広まっていて、それを心配した住民達が見送りに来ていた。実は昨日ミドに手渡されたお金は、話を聞いた住民達が自主的に集めたものをミドに渡したものだった。
マキアは胸の前で両手をぎゅっと握りしめ、溢れてきた涙を雑に拭った。これから向かうメザーテで、レイリア達を本当に助けられるのか。自分は帰って来られるのか。それらの不安や恐怖はマキアに声をかけてくれる人々の声援で全て吹き飛んだ。勇気をくれた人達に、今までマキア達を支えてくれた分の感謝も全て込めて、マキアはとびっきりの笑顔で住民達に手を振った。
そして、離れつつある住民達によく聞こえるように、かかる声援に負けないほどの大きな声でマキアは出立の言葉を叫んだ。
「行ってきます!!!」
マキアは人々の姿が見えなくなるまで手を振っていた。そして勇気をくれた人々に心の中で感謝を言い、城で1人ぼっちになっているレイリアを、牢に囚われているであろうクリム達のことを想った。
(レイリア、貴女は助けに行ったあのとき、私に1人で逃げるように言った。私も、レイリアは強い子だからって、自分に言い訳して逃げた。)
でも勝ち気で男勝りな性格とはいえ、レイリアも1人の女の子だ。恋人のクリムと離れ離れにされ、城に軟禁され、寂しくないはずが、怖くないはずがなかった。クリムに数年監禁され、マキアにもようやくそのことが分かった。いや、本当はもっと前から、レイリアが強がっていただけだということなんて分かっていた。ただ言い訳して逃げていただけだった。
(でも、今は違うよ。今度こそ、みんなを助け出すから。レイリア、クリム、前は助けられなくてごめんなさい。力になれなくてごめんなさい。でも私は、貴方達のことが同じくらい好きで、同じくらい大切なの。)
今回こそ、本当に余計なお世話になってしまうかもしれない。レイリアもクリムも、こうなってしまったことも含めて運命だと思っているのかもしれない。レイリアは城で幸せに過ごしているのかもしれない。…今回も、マキアだけで逃げるように言われるかもしれない。
それでもマキアは、クリムとレイリアを、みんなを助けたいと思ってしまった。だから、これはマキアの我儘だ。また3人で一緒に過ごしたいという、ただのマキアの我儘。
「マキア、あんまり風に当たりすぎると冷えるぞ。」
「うん、今中に入るね。」
(私の我儘。うん、そうだよ。でも、嫌って言っても、絶対に助けるから。もう決めたの。きっちり全員助けて、みんなであの村に帰る。だから、待ってて。)
マキアは強い意志を胸に、与えられた船の部屋へと戻っていった。
次はいつになるか分かりませんが、気長にお待ちいただければと思います…
完結はさせますので、よろしくお願いします。