いつものノリと違いますが…ちゃんと私が書いてます。
あたたかな春の日差しが降り注ぐ――前に起床。寒い。
学生時代に「会社員って9時出勤でしょ。朝のんびりできていいなぁ」なんて優花と話していたのはもう何年前のことだろう。
AM5:00。
それが私の起床時間。そしてここからの1時間、嵐のように過ぎ去っていく。
嵐と言えば、最近飲み会で「田中先輩って松潤に似てるよねー!」と誰の心にもない会話で盛り上がっていたら、本気にしちゃった田中先輩がドラマの松潤の髪型真似て出勤してきたのよねー。うわー、まじ引くわー。…みたいな会話をしている女子にも私は引いているんだけど。
はい1分無駄にした。どうしてくれんの?
テレビをつけると、天気予報をしていた。よし、晴れる。昼夜の寒暖差が激しい…か。
私だってオシャレしたいのよ、と迷わずコートを着込むことに決める。
さぁ朝ごはんにする前に…それから…
ごめん、ちょっと小説書いてる場合じゃなかったわ。
気付くとAM6:00。出発。
私の職場は7:00までに出勤しなければならない。電車に揺られ、痴漢におびえ…
る必要はないのよね、田舎だから車出勤だもの。
愛車のステラに乗り、いざ行かん。
赤信号で止まると、タイミングを見ていたのではないかと思うようなジャストタイミングで、後輩の岡田くんからLINEが届いた。
「大根ください」
いやいや、スタンプミスったでしょ?
ピロローン。土下座のスタンプが送られる。まぁそうよね。
信号が青になる。私は携帯に構わず、発進した。
職場に着いてなんとか駐車場にステラをねじ込み、携帯を開くと5件ほど岡田くんからLINEが届いていた。なんだろう。
「(土下座)」
「(土下座)」
「(土下座)」
「(土下座)」
「石田さん、チョコレートはお好きですか?」
…ッチ。中身のないスタンプ送ってんじゃねーよ。
「チョコ?好きだよ」
何で急にまた。というか2年も私の後輩していて、改めてそれ聞く必要あるか?
返信が来る。
「よかったです。デスクに置いておきますね!」
直接渡せばいいだろう。机となりだろう?
まぁいい。そろそろ車を出なければ。今日も1日が始まる。今日も生きて帰る。
感情を押し殺し、車を降りる。
デスクの上には確かに岡田くんのものと思われるチョコレートが置いてあった。
「女子力高すぎてきもい」
おっと、口に出てしまったかもしれない。女性ばかりの職場でも2年間やってこれるんだから、入社時からかなり女子力は高かったけれど、ここ数か月は拍車がかかっていたような。
フォンダンショコラというやつだろう。好きだ。
白を基調とした袋に入れられており、間違いなく岡田くんが作ったのだろうが見た目は完ぺきだ。
…そして、気付いているとも。中に入っている封筒に。厄介なものではないといいが。私のセンサーがガンガンに反応してるから、これ読まないで捨ててもいいか?
…小説的にダメ?それだと面白くない。そうですか。
開封する。中身は、ええっと。読むよ。分かったよ、読めばいいんだろう。
これまた白を基調にした、オシャレな便せんだ。手書きの丸っぽい字が、隠しきれない女子力の高さをうかがわせた。くそ、私に分けろ。
「石田さん
この手紙を読んでいる頃、僕はもうここにはいないでしょう」
…待って。ストップ。こいつが冗談言うようには見えないし…。LINEは来たばかりだ。まだ間に合うか。早まるなよ、岡田くん!
『にいます』…ん。ちらっと手紙の続きが目に入った。読もうか。
「これを読んでいる頃には、きっと平成町にいます。僕の実家がある街です。」
もうちょっと書き方あっただろう。まあいい。生きているなら、まぁ。
「僕は3月いっぱいで仕事をやめ、実家の呉服店を継ぐことにしました。先に先輩に相談すればよかったんですけど…すみません。先輩なら、きっと僕がやめるのを知ったら『私のせいだ…!』って思い詰めてしまうと思って」
それはない、安心しろ。
「突然になってしまって本当に申し訳ないです。それから、直接言えなかったことも」
3月末ならまだ会うことはあるだろうよ。
「有休消化しないのはもったいないなぁと思って、実は昨日が最後の出勤でした。お世話になりました。石田さんのもとでたくさんのことを学べて、僕は光栄でした」
そうか…。
「それで、今日はホワイトデーなのでバレンタインのお返しです。石田さんからいただいた記憶はありませんが、感謝の気持ちを込めて精いっぱい作ったので、食べてください」
なるほど、ホワイトデーか。しかし、本当に感謝しているのか、この男は。
「…実は、ここからが本題です」
もう読みたくないんだが。仕事終わってからにするか…。ああ、読むさ。もちろん。
「石田さんは、本当に今の職場に満足していますか?変な言い方になってごめんなさい。その、もしよかったら僕と一緒にお店を開きませんか。石田さんは本当に頼れる人です。僕は石田さん以上に尊敬できる人に今まで出会ったことがありません。だから、ずっと一緒にいられればと思っています。ぜひ前向きに考えてほしいです」
仕事が終わると、考えないようにしていたがどうしても考えなければならない事態に直面する。岡田くんだ。私には手紙の真意が良く分からないから、何を前向きに考えればいいのか分からないが、全くこんな文章を書くように育てたつもりはないんだけど、さすがにおいしいフォンダンショコラもらってお返しをしないのも良くないだろう。
「彩音ちゃん、今日はお疲れ様。いつも以上に気合いが入っていたわね」
「気のせいですよ、部長」
「そうかしら。明日もお願いね。それじゃあ」
「はい。では、お先に失礼します」
「ええ、気を付けてね」
石の田んぼにどんな音を彩るというのか。さぞ地味な音だろう。
私の名前のことはいい。とりあえず、連絡するか。
LINEに「フォンダンショコラ、ありがとう」とだけ送った。
既読はつかない。まぁ実家にいるのだったら、何かしているのだろう。今日は帰ろう。
ステラは走る。アパートに着く。
別に岡田くんがいなくなったからってなんだというのだ。後輩の1人がいなくなっただけではないか。
それなのにどうした石田。なんか今日は変だ。頭が正常に動作していないような気がする。
疲れているのだろう。それだけだ。
アパートに帰って携帯を開くとLINEが来ていた。岡田くんだ。
「それは良かったです。お口に合いましたか?」
「まだ食べてない。後で食べる」
「そうですか。感想聞かせてください!
それで、お手紙はご覧になりましたか?」
「見たよ」
「それで…どうですか?」
「どう、とは?」
「僕と一緒に来ませんか。来てくれませんか!」
「そういうのはLINEでいうことではないだろう」
「すみません。そうですよね。今からちょっと出られますか?」
「今日は疲れたから、明日にしない?」
「分かりました。予約しておきます。
あ、車どうしましょう?」
「心配しなくていい。明日はバスで出勤する」
「分かりました。いつものお店、待ってますね!」
「りょうかい。
あ、退職おめでとう」
「おめでたくないですよ(。-`ω-)」
「だよね」
「スタンプ」
「スタンプ…」
……
なんだか今日は疲れた。本当にそれだけだ。目がなんとなく重いのも、花粉のせいだ。
…明日か。明日、私はいったい何を岡田くんに伝えればいいのだろう。
フォンダンショコラを袋から取り出す。レンジで少し温める。…これ、プレゼントとしてどうなんだ?焼き上がりでなくてもおいしいのか?
レンジから取り出すと、甘い香りが部屋中に広がった。
フォークで崩す。中からドロッとしたチョコレートが流れ出す。
なぜかフォンダンショコラに親近感を覚えて、私はしばらく見つめていた――
私もホワイトデーらしいホワイトデーがしたいです!