今回は上海視点。
こんな人形あったら全財産はたいてでも手に入れたいです(真顔)
春だというのに雪が降り続けていた時のある日のことでした。
いつものこの時期はご主人様と森を散策するのですが、こんなに雪が降っていてはそれも叶いません。
他の人形たちは、屋根の上に積もった雪を下に落としています。
今日も家の中でご主人様と過ごすのかと思っていましたが、ご主人様は玄関先で何かを見つけたらしく、それを掌の上に乗せていました。
一瞬しか見えませんでしたが、あれは桜と呼ばれる花びらに似ていた気がします。
「上海、出かけるわよ。蓬莱は家の警護をお願いね」
「シャンハーイ!」
「ホウラーイ…」
出かける準備をしているご主人様に元気よく返事をして、その側へと向かいます。
蓬莱は行ってらっしゃい、と見送ってくれました。
「さて、上海、あなたに探してほしいものがあるの。これよ」
ご主人様が見せてくれたのは先ほどの桜の花びらのようでした。
しかし、ただの花びらにしてはどうにも存在感があるように感じます。
「これは春という概念に形を与えたものよ。これが幻想郷から減っているせいで春がやってこないの」
なるほど、だから妙に存在感があるのですね。
これを集めればいいのですか?
「ええ、そうよ、これを集めて私のところに持ってきてほしいの。魔法の研究に使いたいのよ」
「シャンハーイ!」
分かりました、ご主人様。では春を集めてきますね!
「えっ、ちょっと、上海!?」
なんとなくこっちにあるような気がします、では行きましょう!
「…行っちゃった。あの子、春のある場所が分かるのかしら…?」
意気込んでいた私には、ご主人様のそんな言葉が聞こえることはありませんでした。
…見つからない。こっちにあるような気がしたのですが。
私が春を探してふらふらしていると、鳥の群れが私に向かって飛んできました。
あ、ちょっと、突かないでください!
痛みはないですけど、中身がこぼれちゃいますから!
鳥たちをアリスに持たされた槍を振り回して追い払おうとしますが、鳥たちはこらえた様子もなく変わらずに突いてきます。
(うう、誰か助けてください!)
私が心の中で助けを求めると、鳥たちの目の前を何か光るものが飛んでいきました。
それに驚いた鳥たちは慌てて逃げ出しました。
私が何かが飛んできた方を向くと、そこにはすごく綺麗な銀髪のメイドさんがいました。
その手にナイフが数本握られていることから、先程横切った物体は、彼女が投げたナイフだったのでしょう。
私は彼女に礼を言うため、彼女に近づいていきました。
「シャンハーイ!」
お辞儀をしながらお礼を言うと、メイドさんは私の意図が分かったのか、どういたしまして、と笑顔で返してくれた。
私は嬉しくなって彼女の頭の上に乗り、いろいろ話しかけてみました。
「シャンハーイ、シャンハイ、シャンハーイ!」
メイドさんは私を頭の上から降ろそうとはせず、私の言葉に相槌を打ちながら何かを探し始めました。
彼女も私と同じで春を探しているのでしょうか?
話すことが無くなってしまい、彼女のヘッドドレスを弄っていると、聞きなれた声が掛けられました。
「上海、こんなところにいたのね。探したわよ」
ご主人様です!
私はご主人様のもとへすぐさま向かい、報告をします。
「シャンハーイ…」
「そう、春は見つからなかったの。まあ、上海が無事でよかったわ。次からは気を付けてね」
「シャンハイ!」
春が見つからなかったことを報告すると、ご主人様は苦笑しながら私の頭を撫でてくれました。
私が返事をすると、メイドさんが話しかけてきました。
「あなたがその人形の主人かしら?」
「ええ、そうよ。私はアリス・マーガトロイド。上海を保護してくれてありがとう」
「いいわよ、そんなこと。ところで、その人形、貴方が動かしてるの?」
「ええ、といっても、命令が無くても半自立型で動くようにしてあるのだけどね」
メイドさんはご主人様と話している間も私のことを見つめていました。
それはなんだか温かい視線で、少しむず痒かったです。
「ところで、今私は魔法の研究で春を集めているの。上海にもそれの手伝いをさせていたのだけれど…。あなたの春を譲ってくれないかしら?」
ご主人様がメイドさんにそんなことを言いました。
でも、彼女が春を持っていたようには見えませんでしたが…。
メイドさんも怪訝な表情でご主人様を見ています。
「何のことかわからないわね。私はそんなもの持ってないわよ?」
「とぼけないでちょうだい。あなたのそばにあるその球体に大量の春を感じるわ」
あのメイドさんのそばに浮いている球から?
メイドさんはそれを初めて知ったようで、どこか驚いた表情で球を見ています。
「まあいいわ、渡さないというなら奪い取るまでよ。私としては上海を助けてくれたあなたと戦いたくはないのだけど」
え?ご主人様、それはちょっと待ってくださ――
――紅符「紅毛の和蘭人形」
私がご主人様を止める前にご主人様は戦闘用の人形を召還してメイドさんを攻撃してしまいました。
奇襲じみたタイミングだったにもかかわらずメイドさんは冷静な表情でナイフで人形たちを撃ち落としていきます。
その動作だけで彼女が相当強いかが分かります。
彼女は人形のおよそ7割を撃ち落とし、弾幕を避けきってみせました。
――幻符「殺人ドール」
お返しとばかりに大量のナイフがこちらに飛んできました。
ご主人様は盾を持った人形を召還することでナイフを防ぎきりました。
――咒詛「魔彩光の上海人形」
私と同型の人形が召喚され、先程よりも濃い弾幕がメイドさんに向かっていきます。
メイドさんはしばらく弾幕を避けていましたが、避けきれないと判断したのか、スぺカを発動しました。
――時符「プライベートスクウェア」
人形たちが弾幕と共に動きを止め、ご主人様が無防備になってしまいます。
メイドさんから放たれたナイフは避けることが出来ましたが、球から放たれた弾幕が私たちを襲います。
ご主人様が避けきれないと判断した私はランスを振ることで弾幕を切り払いました。
弾幕の爆風が私たちを襲いますが、もともと非殺傷に設定された弾幕はそれほどの力も込められていなかったようで、私たちの服が揺れるだけにとどまりました。
「負けちゃったわ。ごめんなさいね、不意打ちみたいなことをして」
「シャンハーイ…」
ご主人様は襲ったことをメイドさんに謝罪し、私も一緒に謝ります。
彼女に嫌われてしまったでしょうか…。
優しい人だったので、お友達になりたかったのですけど…。
私が落ち込んでいると、メイドさんは球に手をかざし、何かを取り出します。
それが私たちに差し出され、何だろうと思って見てみると、桜の花びらによく似た春でした。
「これは…?」
「別に春を渡さないとは言ってないわ。これだけの量があれば研究に十分かしら?」
ご主人様が問いかけると、メイドさんは苦笑しながらご主人様に春を差し出します。
ご主人様はそれを受け取り、透明な瓶にしまいました。
「ええ、充分よ、ありがとう。行くわよ、上海」
「シャンハーイ!」
ご主人様が家に戻ろうと背を向けます。
メイドさんもそれを見て背を向けました。
私はご主人様についていきつつも、どこか寂しい気持ちになりました。
ご主人様がそんな私を見て少し考え込むと、メイドさんに話しかけました。
「機会があったら私の家に遊びに来て。一緒にお茶がしたいわ。あそこに赤い屋根の家が見えるかしら?私はあそこに住んでいるのよ」
メイドさんは少し驚いた顔をしていましたがやがて笑顔になり、
「ええ、喜んで」
と言ってくれました。
私はそれで嬉しくなり、去っていくメイドさんに手を振りました。
途中で振り返ったメイドさんが手を振りかえしてくれてますます嬉しくなりました。
メイドさんの姿が見えなくなって、ご主人様が気付いたように言います。
「そういえば、彼女の名前を聞いていないわ。今度会ったら聞かなくちゃね、上海?」
「シャンハーイ!」
もちろんです、と返すとご主人様は微笑み、行きましょうか、と家に向かいます。
今度会ったら思いっきり遊んでもらおう、と私はメイドさんを思い浮かべながらついていくのでした。